子連れ少女は生き延びたい   作:ちゃっぱ

4 / 21
第三話 鬼の戯れ、一年の命

 

 

 

 何故こうなったのだろう。

 

 何で俺は、こんなに無力なんだろうか。

 

 

 

 俺と弟を見て、それで彼女は何を考えたのだろうか。

 

 

 

 

 

「私たちは大丈夫だから、あなたは町の方へ――――安全な場所へ、逃げて」

 

 

 

 

 方向を変えてどこかへ去っていく琴葉さんに対して、俺は何もできなかった。

 囮になったのだと気付いた。

 

 俺たちを救ってくれたのだと気付いた。

 

 

 

 

 

 

 何故彼女は血濡れだったのだろうか。

 

 

 

 

 

 何処からか血の臭いがした。

 

 気づいたのだ。こいつが琴葉さんを追っていた化け物だと。

 

 

 

 

 

「やあ。初めましてだね。俺の名前は童磨。いい夜だねぇ」

 

 

 

 

 嫌な音が響いた森のなかにいたのは何時だったか。

 

 鬼が迫り、琴葉さんが赤ん坊を抱えて囮のように気を引いて俺と弟を助けてくれたのは何時だったか。

 

 琴葉さんを追いかけようとしたのだ。

 でも捕まった。いつの間にか近くに来ていた化け物に見つかった。

 

 

 先ほどの鬼ではない。もしかしたらこいつに殺されたのかもしれない。

 食われてはいないけれど。時間の問題だ。

 

 

 離れてしまった琴葉さんと伊之助くんは大丈夫なのだろうか。殺されていないだろうか。

 

 そう思える余裕があったのは、この化け物に出会う前だ。

 

 

 足を数歩しか退く力が出なかった。

 尻餅をついて、耳を押さえたい衝動にかられた。

 

 

 

 

「ひぅ……」

「ふぇぇぇぇ!!」

 

 

「あらあら」

 

 

 

 吐きたい。鼓膜を今すぐぶち壊したい。

 狂いそうなほどの音に泣き叫ぶ弟の両耳を手で押さえた。

 

 弟も聞こえているんだろう。

 俺と同じ地獄の音を。

 

 こんなにも嫌な音がする生き物を見たことはないんだ。

 不協和音なんて優しいものだ。恐怖を煽る音なんてまだ良い。あの畜生や鬼共だってこんなに酷くはなかった。

 

 

 数多の死の音がする。

 恐怖の叫びが聞こえる。

 阿鼻叫喚の地獄が鳴り響く。

 

 

 ぐるぐるぐるぐる、呆然と。その男の化け物を見た。

 

 

 

「ん?」

 

 

 

 瞳に奇妙な文字と数字を刻んだ、鬼。

 俺を見た。赤ん坊を見た。

 

 あれは俺たちを生き物を認識していない目だ。

 可哀想な無機物を見ているよう。いや、あの畜生みたいな人間がたまに見せた瞳をしている。

 でもダメだ。あの目は駄目だ。

 この音を鳴らす男に近寄ってはいけない。

 

 例え優しくされても心を許してはいけない。意味がない。

 

 殺される。殺される。

 このまま捕まっていたら、殺されて喰われる。

 

 泣きじゃくる弟を強く抱きしめて、絶対に奴に渡さないようにしないと―――――。

 

 

 

 

「そんなに怖がらなくていいよ。もう大丈夫だ。安心して」

 

「っ」

 

 

 

 化け物は爽やかに微笑む。

 無防備な人が見たら絶対に気を許しそうな瞳で、嫌な声を出す。

 

 

 

「可哀想に、君たちは不幸なんだよね。捨てられたんだろうね。だから俺がちゃんと、幸せにしてあげよう」

 

 

「あっ……いや……」

 

「ん?どうしたの?」

 

 

 

 考えろ。考えろ考えろ考えろ考えろ!

 

 俺が出来る最大限のことを考えないと。こいつは俺たちを食らう。食べられる!

 

 

 だらだらと汗が吹き出す。死ぬかもしれない瞬間はずっとずっと、何度も起きたことだけれど。ここまで酷いものはない。

 

 早く。早くしないと……

 

 

 走馬灯が出てきたように今までのことを思い出す。あの琴葉さん―――少しの時間しかいられなかったけれど俺たちを守ってどこかへ行った優しい音を奏でたあの琴葉さんと赤ん坊の親子を。

 

 弟が生まれた瞬間を。逃げたときの地獄を。

 

 

 

 前世を思い出す。

 

 鬼を見て、無意識に言葉が飛び出てきた。

 

 

 

 

「あ、げ、ゲームを、しませんか?」

 

 

「げぇむ?」

 

 

 

 口が震える。身体が寒く、弟の声が聞こえない。

 

 

「そ、そう。遊戯。あそび、です。……お、俺はまだ、生きたい。お、弟と、一緒に。その、逃げたい、ので」

 

「このまま俺から離れて外に出たら不幸になるのに?」

 

「ひぅ……そ、れでも……俺は生きたい、ので」

 

「ほら、逃げても意味はない。俺がちゃんと幸せにしてあげるよ―――」

 

 

 

 幸せにしてあげる。

 その言葉に含まれる意味はなんだよ。どうして死の音を奏でることが出来るんだよ。

 

 

 

「俺は! 弟がちゃんと成長して幸せになってくれるまで! 死ねませんので!!!」

 

 

 

 ハッと思わず我に返った。

 化け物は呆然と俺たちを見ていた。何故か驚いているような顔だった。

 

 

 なんで俺は怒鳴ってしまったんだろうか。

 ひぇっ、と悲鳴が口から出た。

 

 

 死ぬ。死ぬ……。

 駄目だ。弟だけでも……。いや無理だ。駄目だ。

 

 

 ぶるぶると弟ごと震えて、顔を俯けた。

 

 

 

「君は?」

 

「ひっ」

 

「ねぇ、君の幸せは?」

 

「おれ……俺は、幸せになる資格はない、から……」

 

 

 

 あの地獄に置いてきた両親を思う。餌と呼ばれた人々を思う。

 俺の生きる意味は弟だけだ。

 

 だから、胸に抱いた弟を見た。

 

 

 

 

「じゃあ」

 

 

「でも今、弟から離れたらこいつは不幸になる。一人で生きれずに死んでしまう。だから俺は」

 

 

「死にたくないと? それは駄目だよ。不幸になるのなら放っておけないよ」

 

 

「っ」

 

 

 

 狂っている。

 気持ち悪いほど、狂いきっている。

 

 

 へらへらと笑うこいつから逃げないと。逃げないと。

 

 

 

「だ、だから遊びをやろうと……さ、誘っているのです。……お、俺が逃げるので、あなたは、お、弟が成長して幸せになってから追いかける、のでっ……ど、どうですか?……」

 

 

「へぇ、俺を遊びに誘ってくれるだなんてね!」

 

 

 

 

 無謀な言葉だ。意味のない我が儘だ。

 鬼は分かっている筈だ。俺の言葉が生き延びたいだけのものだということを。

 

 

 

「ああでも。弟。弟……あっちは息子、息子……ふぅ」

 

 

「あ、の……」

 

 

 

 鬼が何故か、考える仕草をした。

 そうして、にっこりと笑ったのだ。

 

 

 

「あの娘は息子だけじゃなく君たちも最後まで心配していたからねぇ」

 

「さいご……?」

 

 

 

 頭がまわらない。何をいっているのだこの化け物は。

 

 しかし鬼は指一本を指し示して笑う。嗤う。

 

 

 

 

「一年だけ待ってあげるよ。君はまだ幼いから。それまでは待っておくよ。

 

 でもそのあとは君のお誘い通り―――」

 

 

 

 

 鬼事をしようか。

 

 

 

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。