子連れ少女は生き延びたい 作:ちゃっぱ
世界は本当にクソでしかない。
だってそうだろう。
俺が覚悟を決められなくても、その時はやってくる。
俺が何をした?
何かやってしまいましたかね?
全くもって俺に幸運は訪れないもんだ。
そろそろ弟を預けても良いような誰か、もしくは一年以内に逃げられる住処を見つけたいというのに何も見つからねえ。
できれば弟と離れたくない。
でも弟を幸せにしたい。
優柔不断でちゃんと目的を決められない俺だからいけないのか?
はっきりと弟と離れると決める、もしくは住居を探し出すと決めたら幸せになれたのか?
なあ、どうなんだ?
いつもいつも不幸が起きれば自分のせいなのかと考えている。
魑魅魍魎その他もろもろ、俺たちは何故そいつらにばっかり会ってしまうのだろうか。
いや、たぶん旅をしているせいだろう。いろんな場所を転々としているせいで目を付けられるのだろう。
音が聞こえてわざと近寄らないようにしていても、子供の足だと鬼どもに気づかれればすぐ追いつかれる。
だから今までは、幸運だったのだろう。
俺と弟は餌じゃねーぞこのやろー。
そう叫んでいても変わらないのが現実。
大きな町にいても、保護者のいない俺たちを狙う人攫いの音が聞こえてきた。
村に行っても俺たちを警戒するか利用してやろうとわざと近づく音が聞こえた。
鬼もクソなら人もクソ。
この世界に優しい人なんていないんじゃねーのかって言うぐらい全員が畜生だ。
耳が良くなければ対処できなかっただろう。
ああもうクソすぎて泣きそうだ。弟の前で泣くつもりはないけどな!
「はぁ……はぁっ……」
心臓の音が早くなる。駆ける足は止まらない。
――――身体は動くが、頭は別のことを考えてしまう。
優しい音なんてこの世には存在しない。
俺も両親や餌と呼ばれた人を切り捨てたぐらいなんだ。優しいのはこの可愛い弟ただ一人。
弟は何もしていない。
俺は弟を守っていきたいだけ。
だから神様。
――――俺たちが何をしましたか?
「う、うぅ」
「っ……ごめん。ごめんね。今は泣かないでくれ。頼むから」
「ふぇぇ」
「大丈夫だから。お姉ちゃんがついてるから」
町から村へ、村から町へ。そうやって行くためには山道を通る必要があった。
贅沢するような金がない俺は、早く弟が無事に暮らせる場所を見つけるために旅をする必要があった。
でも山道を赤ん坊を連れた子供が行くような場所じゃない。
たとえ中身が子供じゃなくても、山道が本当に危険なのは知っている。一日で渡りきれないのも分かっている。
だからこうなるのは必然だった。
頼れる人がいない今、最善なんて分からない。どうしたらいいのかさえ分からない。
俺にはどうしようもなかったんだ。
「お姉ちゃんだから、大丈夫」
「うぅ」
でも、もう死ぬかもしれない。
どう考えたって人間が鬼に敵うわけはない。
子供が抵抗なんて出来るはずはない。
本当に死ぬかと思った体験は二回ある。
でもそれは、誰かに助けられて今があると実感した。
一回目は両親と餌と呼ばれた人々に。
二回目は、あの琴葉さんと伊之助くんに。
俺だけだったら無理だった。
前世の記憶があっても、身体が子供なら何も意味はないんだ。
戦う力も何もない無力な子供は喰われるだけなんだろう。あの一年の約束をしてきた化け物に喰われるより前に。
「はぁ……はぁ……」
「ふぇぇ」
弟の背を叩く。
大丈夫だと焦る気持ちを、自分に言い聞かせるように。
「大丈夫。お前だけは、だいじょうぶだから」
ガサガサガサと、草木をかき分けるような音が響いている。
血の臭いがする。
吐き気のするような、化け物の音が聞こえてくる。
俺たちを探す音がする。
新鮮な肉が食べたいのだろう。血肉をすすりたいのだろう。
欲求の音がする。気持ち悪い音が俺の心を急かす。
「大丈夫。だいじょうぶ」
早く、早く―――――。
汗を垂らし、草で切れるボロボロの布地を気にせず。ただ弟だけを気にし続けて。
「っ……あ、った」
人がいると分かる火の光はなかったけれど。
人のいない建物だったけれど、希望はあった。
この山はとても大きいから、途中でぽつりと休憩所のような家が建っているという誰かの話を耳にした。
そこにあったのは、小さな山小屋だった。
絶対に安全にとはいかないかもしれない。でも、もしも朝まで耐えることが出来るなら、誰かが来るのなら。
その入り口近く――――柔らかい布地に包んで隠すように置いた弟を見た。
「うぅー」
涙を浮かべた弟が、俺に手を伸ばした。
置いて行かないでと叫ぶように。一緒にいて欲しいとでも言うかのように。
「ふぇぇぇ!」
「泣くな。泣くなよっ」
何が起きるのか分かっているのかもしれない。
弟はいつもとは様子が異なり泣き叫んでいた。いつもならちょっとした涎を垂らして眠っているはずなのに。
こんなにも泣いて泣いて、必死にこちらへ手を伸ばしているのはおかしい。
でも――――。
「お前は絶対に生きて。大丈夫、俺が鬼を引き寄せるから……」
山小屋は誰かが通るたびに使っている跡があった。ここへ来る前に聞いた人々の噂話はたくさんあった。
大丈夫だ。この山を通る人は絶対にいる。
明日も誰かが通る筈。
せめてそこに誰かが通ることを祈ろう。
朝日が昇るまで、この子が見つからないことを願おう。
弟が、優しい人に会えることを願って。
「大丈夫だよ。俺は……私は――――お姉ちゃんだから」
必死に伸ばされた紅葉のような小さな手に、そっと手を重ねて。
弟が俺の指を掴んで離さないその手を、自ら解かなければならないと思ってしまって。
溢れてくる思いが、止められなかった。
「ずっと一緒に、生きたかったのにっ……」
かみさま。
おれのつみはなんですか?
「死にたくないよぉっ……」
ぼろぼろと涙がこぼれてくる。
死にたくないと、本気で思ってしまった。
地面に置いた赤ん坊に覆い被さるように、その柔らかな頬と俺の頬を重ねて泣き崩れた。
弟も大粒の涙を流している。
悲しそうな音が聞こえてくる。でもそれを突き放さないといけない。
弟だけは、救わないといけない。
あの地獄で死ぬと思っていた俺が、初めて笑いかけてくれた弟。
ただただ幸せに生き延びて欲しいと、弟に対して思えてしまったのだから。
あの地獄を救ってくれた優しい弟を、救いたいと思えてしまったのだから。
不穏な音は近づいている。
早くしないといけない。
一年の命より先に。
このまま逃げてももう無理だと悟ってしまったのだから。
良すぎる耳が、俺に死神の足音を教えてくれたから。
「ばいばい」