子連れ少女は生き延びたい   作:ちゃっぱ

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第七話 今日からお前の名は

 

 

 

 

 前世を思い出した時のあの瞬間を俺は昨日のことのように覚えていた。

 乱暴で自己中心的な中二病を患った姉と喧嘩して家を飛び出して、そのまま車に跳ねられた衝撃を、痛みをはっきりと覚えている。

 

 もう二度と体験したくない地獄も、全てを。

 

 

 それでも俺は、混乱したことはない。

 悲鳴を上げることはある。怒りと恐怖をこの身で感じたことはある。

 しかし、どんな状況でもすぐ理解し対処する感覚を忘れたことはない。

 

 

 ―――だって、俺の耳が良すぎるから。

 様々な音が、俺の身に一体何が起きたのかすぐ教えてくれるからだ。

 

 

 それと同時に、感情の全てが弟に向けられているからかもしれない。

 

 死ぬかもしれない状況に絶望をすることは何度もあった。

 ただそれは、弟にもしものことがあったらという前提がつくからだ。

 

 

 前世を思い出しても、今の『私』が死ぬことはない。

 上書きされた心は、全てを理解した上で弟を見てしまう。

 

 前世の最後でさえ他人事のようにああそれで死んだんだと思えたし、ああ生まれ変わったのかと分かってしまった。

 思い出した瞬間でもずっと、弟に感情を向けていた。

 

 

 弟がいなければ自分は生きていても仕方がない。

 居場所がなく、生きる理由さえない。

 

 

 死にたくないからと一人で生きていても、何もない自分は生きる意味があるのだろうか。

 

 

 弟がいない前提で生きることはできない。

 それが、『私』という存在を覆い隠すように思い出し、生まれ直した俺にとって弟がすべてだったからだ。

 

 

 

 

 だから、こんな状況は初めてだった。

 

 

 

 

 

(知らない天井っ……痛い。い゛っだい゛)

 

 

 

 

 身体中に包帯を巻かれ、首を動かすことさえ難しい。

 寝かされているのだろう。包帯が巻かれていない指先で敷布団の感触を微かに感じた。

 

 しかし身体が動かない。動かすことができない。

 

 

 指を動かしただけでも身体中に激痛が走るのだ。

 小さく動かしただけで涙が出るほど痛みが止まらない。

 

 唯一と言っていいのは目だけだ。

 視界しか動かせない。首も足も、腕も動かない。

 

 

 自分の身体がどんな状態なのかさえ、包帯をぐるぐると巻かれて動かせないため分かりにくかった。

 

 

 

 しかし、それよりも一番大事なのは―――――

 

 

 

 

(俺の弟は何処だよっ!!)

 

 

 

 一瞬叫びそうになって、喉に激痛が走った。

 でもこのままじゃいけない。だから身体を必死に動かそうとする。

 それでも少し動かすだけで包帯から血が滲み出るようだと思えた。

 

 ギシギシと骨が鳴る嫌な音が聞こえた。

 体の内部で悲鳴が上がるのが聞こえていた。

 

 でも俺は、止まることは許されない。

 

 

 身体全体を切り裂かれたのかもしれない。

 このまま無理をして動かせば、死んでしまうかもしれない。

 

 

 ―――それでも、今大事なのは弟の安否だったのだ。

 

 

 

「ぐぎぎっ……っ!!」

 

 

 

 もはや根性と気合のために動かしているような状態だった。

 身体を仰向けにして這って進もうと思っていても、まず寝転がるという状況さえ難しい。

 

 赤ん坊より身体が動かせないことに、苛立ちが込み上げてきた。

 

 幼い身体が怪我をしただけでこんなにキツイもんなのか。

 いや違う。ガチギレした前世での姉貴に半殺しにされた時の方が痛かった。

 

 前世で死んだ瞬間の方が痛かった!

 

 

 大丈夫。ほら、俺はお姉ちゃんなんだからいけるいける。

 

 

 

「ふぬ……ぬっ……ふっ……!」

 

 

 

 いけるいけるいけるいける!

 頑張れ俺。弟の笑顔を見るためにがんばれがんばれ。

 

 脳内の弟だって応援してくれているぞ。やれ! たとえ死んでも弟に会うんだ!!

 

 

 

 

 

「こら、止めなさい」

 

「っ!」

 

 

 

 集中し過ぎていたのだろう。

 いつもなら聞こえているはずの音だったのに、目の前で俺の額に手を当てた男がにこりと笑った。

 

 酷く病弱そうな男だが―――――。

 

 

 いや、それはどうでもいい。

 そんなことはどうでもいい。

 

 

 

「あっ……」

 

 

 

 男の抱いた胸の中に、うるうると泣きそうな顔をしてこちらへ手を伸ばしている赤ん坊がいた。

 

 手を伸ばすことさえできない。

 でも必死に、首だけでも動かそうとして―――――男が赤ん坊を俺の顔の横近くに降ろした。

 

 

 

「ふぇぇぇぇっ!!」

 

 

 

 泣いている赤ん坊に。

 とても悲しい音を響かせている弟に自然と涙が込み上げてくる。

 

 

 

「……めん。ごめんね」

 

 

「びぇぇぇぇっ!」

 

 

 

 

 死んではいない。

 生きてまた会えた。

 

 それはどんなに幸運なのだろうか。

 

 

 あの時の恐怖が込み上げる。

 弟が無事でよかったという気持ちがとめどなく溢れてくる。

 

 痛みなんてどうでも良かった。

 必死に顔を動かして、泣き疲れて眠りそうな弟の頬にすり寄った。

 

 

 

 

「ねぇ……ねー……」

 

 

「っ……うん、ありがとう」

 

 

 

 

 俺のことをお姉ちゃんと呼んでくれてありがとう。

 私を覚えていてくれて、ありがとう。

 

 

 

 優しい音が、俺を生かしてくれる。

 愛おしいと思える感情が、私に人としての心を教えてくれる。

 

 

 ――――だから(わたし)は、お前と一緒に生きるんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

・・・・

 

 

 

 

 

 

「君を助けてくれたのは炎柱様……煉獄槇寿郎さまだよ」

 

 

 

 順調に身体を回復させていた俺に向かって、あの夜の真相を教えてくれたのは藤の花の家紋を持つ家に住むおじさんだった。

 

 

 おじさんは、その炎柱様に頼まれ俺たちの面倒を見てくれると言って笑ってくれた。

 優しい音がした。病弱の死の音も聞こえてはいたけれど、それでも俺たちを家族だと言って笑ってくれた。

 

 だから感謝しているのだ。俺を生かしてくれた命の恩人たちに。

 

 

 左腕は肩から切り落とされてもうなくなってしまった。

 傷は深く、生死の境を彷徨っていたようだった。

 

 けれど、命に別状はないぐらいには元気になったし、片腕でも弟を抱き上げることが出来るならそれでいい。

 

 痛みは微かに残ってはいるが、それでも立って歩けるならもう問題はない。

 

 

 

 あの日失ったものは大きい。

 しかし得られた情報も大きい。

 

 

 鬼と呼ばれる生き物のこと。その弱点。

 そしてそれを倒す人々のことを。

 

 

 瞳に刻まれた鬼の意味を――――。

 

 

 

 

 

「名前がない? そうか。なら私が名づけよう。名前があった方が何かと分かりやすいだろう? それに苗字も……うん。炎柱様が君を拾った場所の名と同じものを」

 

 

 

 笑って、俺たちに我妻の苗字を。

 

 

 

「琴音」

 

 

 

 俺に、その名を与えてくれた。

 

 

 

 

 それが、半年前の出来事だった。

 ―――約束のあの時から、半年が経ってしまった。

 

 

 俺と弟を置いてくれたおじさんは良い人間だった。

 病弱なのに怪我によって高熱を出した俺の看病をしてくれて。

 医者を呼んでくれて、お金をいっぱい使って俺を治してくれたあの人は命の恩人だった。

 

 

 

 その嫁と子供は俺たちを邪魔者扱いするような嫌な奴だけれど……。

 

 

 その人が持病によって死んでしまった数日前に覚悟は決めた。

 今日、おじさんの嫁によって家から追い出される前にと、自室で軽く荷物をまとめていた。

 

 

 居場所がないなら頼れるところへ行かなくてはならない。

 このまま一年の時が過ぎたらいけない。

 

 怪我はまだ十分完治していないけれど、歩ける程度には回復したのだから頑張らなくてはならない。

 だって俺は、お姉ちゃんだから。

 

 

 だから、俺は弟のために炎柱様に会いに行くことを決めたのだ。

 

 

 

 

「炎柱様に会いに行って、あの鬼について話さなきゃ……」

 

 

 

 

 忘れてはならないことだ。

 

 約束の日が迫ってきている。

 奴は必ず追ってくる。

 

 

 それに故郷の事も気になっている。

 あそこはまだ、地獄のままだろうか。

 鬼殺隊は、俺たちの故郷については知らないだろうか。

 

 

 今は亡きおじさんは炎柱様について話してくれた。

 

 だから会いに行って、無茶だとしても守ってもらえるよう頼もう。

 弟だけでも幸せに生きていけるよう頼むんだ。

 

 

 肩まで伸びた髪を三つ編みにして、旅路のための荷物をまとめていく。

 ――――しかし、近づいてくる音を耳にして不意に手が止まった。

 

 

 純粋だけどちょっとだけ不安定に揺れている音に後ろを振り向いた。

 

 

 トコトコと、しかし自分の足で歩くとても小さな幼児。

 大きな涙を浮かべてそのちっちゃい手を俺に伸ばしてくる弟が、悲しい音を立てていた。

 

 

 何かあったのか?

 もしかしてあのおじさんの嫁と子供に苛められたのか?

 

 

 

「ぜんいつ?」

 

 

 

 おじさんから貰い受けた名を呼ぶと、悲しみの音が大きくなった。

 

 

 

 

「ねーちゃ……ぐずっ……」

 

 

「どうしたの善逸っ――――ってありゃりゃ。もしかして転んで怪我したのか?」

 

 

「う゛んっ…」

 

 

 

 良かった。

 苛められて傷ついていないのなら良かった。

 

 転んで膝に怪我をしたのならそれはいつか治せるものだ。だから大丈夫。

 

 

 

「ほらおいでー」

 

 

 

 右手を広げて見せれば、小さい弟は突進するかのように俺の腹に抱き着いた。

 ぎゅーっと抱きしめて腹にぐりぐりと弟の顔がめり込む。

 

 お腹部分が冷たいと感じるのは、おそらく弟の涙のせいだろう。

 

 

 

「その泣き顔、赤ん坊のころから変わらないなー」

 

 

「あかちゃ、じゃにゃいっ!」

 

 

「はいはい」

 

 

 

 元気ならそれでいい。

 

 泣けるほどの感情があるのならいいんだ。

 

 

 優しい音は変わらない。

 弟はまっすぐ成長してくれる。

 

 

 

「さあ、行こう」

 

 

「……んっ」

 

 

 

 弟と共に、生きるためにも。

 

 

 

 

 

 

 

 








お姉ちゃんのイメージは三つ編み女体化善逸の少女バージョンです。


前世にいた乱暴者の姉は獪岳さんに似てます。


次からは幼児な善逸がいっぱい喋ります。
その前に章を変えて番外編のみにしておまけ書くつもりなのでよろしくお願いします!

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