よろしくお願いします。
気軽に親しみを籠めてレイちゃんと呼んでくれ
プロローグ
なぜ、戦うのか。
なぜ、強くならなければならないのか。
与えられた力の意味を探して、彼女は旅に出る。
その果てに答えはあるのだろうか。それでも歩みを止めることだけはなかった。
誰かのために力を行使する者もいれば、自分のためだけに使う者もいる。
それでも少女たちは幸せを願い、祈りを捧げたのだ。
01
――輝く彗星のようだった。
少女は飛来する光弾の悉くを弾き尽くした。
対する浮遊する怪物は不気味な声を上げつつ、迫る銀色の少女を見つめている。
少女は無手である。否、その両手には赤い籠手がはめられていた。
相対する怪物の黒いドレスにシルクハットを被った令嬢のようだ。しかし、その姿に人間味はほぼ無い。ゆらゆらと揺れ、少女を翻弄した。
怪物の放つ光弾に終わりはない。眼前に迫る少女を打ち落とすため、その行為の苛烈さは増していく。しかし、危険を本能が察知したのか、後退した。余儀なくされていく。
声には困惑が含み始めていた。そして、怒りに変わる。
食物連鎖の頂点に至るはずの怪物が自身に劣るはずの矮小な存在が目の前に立ちふさがることに、いまだに醜く地べたに這いつくばっていないことに、魔女である怪物が年端もいかぬ少女を殺せぬことに。
『ウギギギキャァァァッァァァァァァ!!』
発狂とも思える叫びにも少女は臆さない。ここに活路を見出す。
拳にありったけの力を籠める。左手は防御に徹し、右の籠手には魔力が迸った。
耐える。数十の光弾を受けきる。この時既に、魔女との距離はもうゼロだ。
『イギッ!?』
驚愕のまま間髪いれず、魔女は最後の足掻きを見せる。
あまりにも巨大で、途轍もないほどの熱量を内包した光線。少女の身体がその閃光にかき消される。
やはり所詮は人間。怪物である自身には到底かなわないのだと、魔女は嗤った。嗤うはずだった。
『ッッッ!』
健在である。それも、無傷だ。
打ち出された拳を目にした魔女は合点する。攻撃に使うための魔力をあの一瞬で光線を防ぐことに使ったのだと。
「今のは驚いたよ。でも――僕の勝ちだ」
打ち出された拳にはまだ大量の魔力が秘められていた。すなわち、それを魔女に放ち直すのみ。
「はああああああ! ブレイジング・バスター!」
炎が爆ぜた。
魔女は苦悶の雄叫びを上げながら、その身体が崩れ落ちていく。墜ち行き、地に接触する寸前、消え去った。
魔力をすべて炎に変換して、力の限り叩きつけた。そのエネルギーの総量は魔女を絶命させるには十分なほどだった。
それが存在したはずの痕跡は掻き消え、結界も解ける。辺りは町の廃工場へと戻る。
ああいう存在にとってここは、人が寄り付かなくなったことと、経営者たちの無念が呪いを増大させるのにはうってつけの場所だったのだろう。そして人を招きいれ、呪い殺すのだ。
そして、宙には禍々しい宝石が浮いていた。
この宝石こそが少女にとって危険を冒してでも手に入れたいものだった。
「よし、回収完了」
掴み取り、胸の内にしまう。
ああ、そうだ。あと、もう一つ仕事が残っていた。
「君、怪我とかないー?」
あの魔女が殺そうとしていた人間の安否確認。小さく幼い少女の命を救えたのかどうか。
「ふえ……大丈夫」
「よし、よかったぁ。とりあえず、交番まで送っていくよ」
夜も遅いし、親御さんが心配しているだろうなーと、一緒に連れていくことを決める。そのまま戦装束を解除した。
少女に手を差し出す。
「ほら、行こっか」
「あのね、おねえちゃんは……」
「え、僕のことかぁ。あれはまあ……なんというか」
思いっきり見られてたため、この際、テキトーなことを言っても今どきの若い子は信じてはくれないだろう。ならばあえて、
「僕は魔法少女レイちゃん。気軽に親しみを籠めて、レイちゃんと呼んでくれ」
真実であるがゆえに荒唐無稽なことを述べてみた。
――名を飛鳥レイ。魔法少女である。
02
――風見野市。
強く風が吹くこの町で、佐倉杏子はこの町でもとびっきり高い電波塔の上に佇んでいた。
風を感じるのは嫌いじゃない。肌を撫でるような風も、吹き抜けていく風も、どちらも。
だからこうして、彼女は高いところを好む節があった。
「今日もいい風が吹いてんじゃん」
残っていた最後の一個の団子を口にする。自然と癖で串は咥えたままだ。
佐倉杏子は、ここ風見野市の魔法少女である。赤く長い髪を髪留めで纏め、水色のジャージを羽織り、下はホットパンツという少女らしい見た目をしていた。
「ちょっと中二病すぎないー?」
「おま、レイ! いつのまに!?」
後ろに突如として現れたレイに杏子は驚く。
銀色の髪にキラっとした赤と青のヘアピンで前髪を分けている快活な少女だ。彼女お装いはいったてシンプルなジーパンにオフショルの白い洋服を着ている。今日は服装のせいか、清楚な印象を強く受けた。
「いつも言ってるじゃんー。僕のことは気軽に親しみを籠めてレイちゃんと呼んでくれって」
「別にアンタのことをどう呼ぼうがアタシの勝手だろう。それとも下よりも上の名前の方がよかったかい」
「うーケチんぼめ。下の名前でよろしくお願いします」
たはは、としょんぼりするレイ。彼女がこの町に来たのは最近のことだ。魔女狩りの一環でつるみ始めたものの、今では共同戦線を張る仲になっていた。
基本的にはあまり人に頼ることをしない杏子ではあるが、レイの実力は相当なもので、性格的にも信頼に値すると判断したうえでの関係が築いている。
「それで、何か用があって来たんじゃないのか」
「それよりも、まず、ホットパンツって寒くないの?」
杏子お気に入りのパンツである。
うむ、確かに寒い。寒いが、我慢もオシャレの内というだろう。
「ケッ、ほっとけ」
他人に言われる筋合いはないのである。
ファッションとは自分の好きなものを好きなように着る。そういうものだろう。
まあ、しかし、思いっきりダサい服装であったならば、指摘される方がいいのかもしないが。
「ふぅーん。寒いんだねー」
「なんだよ、レイ。からかいに来たんなら帰れよ」
「いや、別にそういうわけでじゃないけど」
「じゃあ、なんか用があったのかい?」
「用がなかったら来たらダメ?」
改めて、理由を聞いてやったのにひどいやつだ。
だからこそ、こっちもそういうふうに帰してやる。
「めんどくせーやつだな」
「く、冗談が通じないっ」
こういったところでレイは杏子に敵わない。
杏子は杏子で彼女のノリが良いところは気に入っている。だから、つい他人より自分を優先することをポリシーにしているのに、彼女とつるんでしまっていた。
レイもこの関係性を楽しんでいるところがある。
少し口を尖がらせた彼女だったが、話を本題に戻した。
「さてと。最近、魔女とかその使い魔とかがよく出没する地域があるんだけど、けっこうまずい感じでさ」
「ふうん、いったいどうまずい感じなのさ」
「ここ風見野とお隣の見滝原とのちょうど間のところで……」
魔法少女たちには己の縄張りがある。そこで狩りをし、継続的にグリーフシードを手に入れている。手に入れなければならない。
なぜなら、魔法を使うたびに彼女たちの命とも呼べるソウルジェムに穢れが溜まっていってしまうからだ。その穢れをグリーフシードに移すことで浄化し、また日々を過ごしていく。
ここから導き出されるのは、
「つまり、魔法少女同士の殺し合いってか。上等じゃねえか、やってやるよ」
「なんで喧嘩上等みたいな感じで、殺し合いおっぱじめようとするの杏子さんは」
「グリーフシードなんていくらあってもこまりゃしないだろ。出会わなかったらラッキー、出会っちまったら、その魔法少女の持ってるグリーフシードを頂いてラッキーってことで」
これにはレイの顔が引きつっていた。
「まあ、アタシだって、無理に事を荒立てる気はないさ」
咥えていた串を引き抜き、レイに向ける。杏子の顔はいつになく獰猛で、挑戦的だった。
歯ごたえのある敵と相対することがあまりなかったせいか、いつになく興奮気味である。レイは強いが、杏子が槍を構えても、本気を出してはくれない。つまり、退屈な日常を打破してくれる何かを探していたのだ。
「それで、いつ行くんだい」
「今日は動きがなさそうだから、明日に行くことになるかな。ああ、それと杏子」
「なんだい?」
レイが懐から何か赤い箱を取り出して、封を切る。ビリビリと紙を破るような音が聞こえた後に、中からチョコでコーテイングされたスナック菓子を杏子に向けた。
「食うかい?」
「それアタシのなんだけど」
最後にアイデンティティーをレイに取られてしまう杏子なのであった。しっかりとお菓子は食べた。食べ物を粗末にしないのも杏子のポリシーなのである。
03
立ち昇る熱気、壮大な富士山、じんわりとかいてくる汗。飛鳥レイは一人で風見野にある銭湯にやってきていた。
富士山はもちろん壁の絵だが、銭湯と言えば、富士山だろう。毎日のようにレイはここに通っている。
住所不定、
「この時間帯は貸し切り状態と言っても過言じゃないし、ホント快適♪」
平日の午前中。無類のお風呂好きであるレイにとって、訪れる町の銭湯の混まない時間帯は魔女やその使い魔を調査することよりも最優先事項のリサーチ対象なのである。
銭湯の楽しみ方は様々ある。まず、銭湯に足を踏み入れる前に外観を楽しむこと。昔ながらの脱衣所、お風呂の中にある壁画など。ほかにも、サウナに入ったあとに水風呂に入るのが至高という人だっている。
そんな中でも、レイはただ湯船にゆったりと浸かることが最高に好きだった。
しかも、今日は彼女以外、誰一人として現在、入浴している人はいなかった。
「女の子のお風呂を覗きに来るなんて、紳士じゃないなー、君は」
浴槽の淵の上を起用に歩く白い獣の如き生物がいた。
『君の裸体になんて、まったく興味ないから気にする必要はないよ』
女子に向かって、そんな心にもないことを言う。
真っ白な体に赤い目、大きな尻尾を持つ小動物。特徴的なのは、耳から垂れる髪のようなもの。その先端が淡いピンクになっていて、両方に黄色いリングをしている。
かわいい見た目とは裏腹に、この小動物の発言はなかなかにデリカシーが欠けているのだ。
「いや、欲情されても困るし、それもそうか」
冷静に受け入れる器量があった。自身に異性を魅了する武器は今はない……。
まだ年端もいかぬ少女飛鳥レイ。絶賛、成長期真っただ中である。未来は明るいはず。
自分の中で納得し、切り返す。
「いったい僕に何の用?」
『君たちが見滝原の方に向かうと聞いてね、ちょっと様子を見に来たんだ』
「ご心配どうも」
「いや、興味が湧いただけさ」
やはり、この小動物は人間とは価値基準が異なるらしい。対象にとっての興味の有無が行動原理にあるだけ。あまりこちら側が気にするだけ無駄であることは察しがついている。
頭に乗せた白いタオルで目を温める。
「まあ、無難にやりたいのはやまやまなんだけどね~」
『佐倉杏子かい?』
「うん、そう」
懸念事項はそこにあった。
喧嘩っぱやい性格と自分の信念を曲げない性質が杏子にはある。それがいざこざを起こしやすい原因であることは目に見えていた。だとしても、それをなんとか収める方法はレイにはない。
「無理やり、止めるのも杏子に悪いし」
『杏子を止めるのなんてわけない。そんな物言いだね』
「簡単ではないけど、無理でもないと思うよ。僕は相手の意思を尊重したいだけだ」
杏子を力ずくで止めてしまって嫌われるのもなー、と胸の裡で思う。
レイはタオルを取り、天井を眺めた。
憂いても何も事は進まないのだ。
「キュゥべえは僕たちにどうして欲しいんだい」
『ボクは別に君たちがどうなろうと構わないよ。ただエネルギーを回収することさえ達成できれば、それで何も問題ないんだ』
隠しもせず、大っぴらに言うキュゥべえ。それを聞き、「やっぱ最低だなぁ」と口にしたい気持ちが生まれるが、一度言ってしまえば、自身を貶されたと更なる追及は免れないだろう。
苦笑し、飲み込む。
「さて、さっぱりしたし、僕は上がることにするよ。それじゃ」
『そろそろ杏子と見滝原に向かうのかい』
「うん、そんなところー」
レイは立ち上がり、タオルを肩にかけ、湯船から出た。
キュゥべえの方に振り返り、銀色の髪が揺れる。
「ああそれと、お風呂はリラックスする場所だから、今度からは入る前に来てくれないかな」
『オーケー、了解したよ』
「よろしい」
至福の時であるお風呂タイムを他人に邪魔されたくないのだ。お風呂から上がった後の冷たい牛乳を飲むところまでも邪魔されたくない。そしてできれば、そのあとはゆっくり過ごしたい。
「このタイミングで現れたってことは絶対に何か企んでるなー」
その読みは当たっているのだろう。きっと見滝原にいる魔法少女とぶつかることになる。
魔法少女になって早三年。孤児院を出て、旅をしながら色んな場所を訪れてきたが、キュゥべえが顔を出すとろくなことにならないのはこれまでの経験から分かり切っていた。
「できれば、仲良くなれればいいな」
溜息を一つ吐く。
その期待は儚く、銭湯の脱衣所で今後を憂うのであった。
もしよかったら、感想と評価ください。