無限の時間の中で、僕の時間は無限じゃない   作:モトヤス

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一週間ぶりなのであらすじ

ソウルジェムを取り戻した飛鳥レイと黒い飛鳥レイ(魔女)との戦い。

さて、本当に12話で終わるかという。頑張ります。



永遠

 

 

10

 

 

『――――』

 

 ――どうして、この光に憧れてしまったのだろう。

 

 絶望を振りまくだけの存在となった存在に自分という意識はあるはずもない。

 この世界に生れ落ちた時から、誰かを不幸にすることしかできない。それが魔女となってしまったものの運命(さだめ)

 希望を信じ、祈りを捧げた少女の末路。

 今となっては、自分にどういった願いがあって、自分がどういった者であったかも覚えてはいない。

 

 ――希望(ひかり)を見た。

 

 命を摘むために目にしたものの中に、一際輝くものがあった。

 

 ああ、これはいったい何なのだろう。そんな疑問が魔女の中に湧く。

 

 データとして取り込み、閲覧していく中で、少女の生を見た。

 人として生まれ、人には不釣り合いの運命を背負う。それが少女のこれから辿る未来だ。

 孤児院にて育ち、父親代わりとなる人物から愛を貰う。友達を作って、愛が何なのかを知る。失って、失う。

 奇跡を起こす所業とは、人の手には余るのだろう。それでも、この少女は友達を守るために命を張った。自分を張り続けた。

 膝を折り、地面に倒れたこともあった。けれども、立ち上がる。そう、その胸には消えることのない光があったから。

 

 どうして、こんなにも。

 

 旅を始めた。

 少女には仲間が出来るが、本当の意味で信じられる存在にはなれない。

 過去に想いを裏切られたことがあったからだ。

 疑心が心の奥から離れない。

 旅を続けた。

 同じところに留まることは精神が疲弊する。どうせ、また裏切られるのだと、心のどこかで叫ぶ少女がいる。

 旅を続けた。

 紡いだ絆は確かにそこにあった。しかし、過去に囚われて進めないでいる。

 旅を続けた。

 友を持つことを恐れた。それでも誰かを助ける度、仲間が出来る度、少女はこの繋がりを絶たせないために拳を振るう。

 旅を、続けた。

 これまでに幾度となく別れがあった。ただ別の土地に向かう別れがあれば、死別することもある。しかし、足を止めることはない。

 旅を続けた。

 そうして、少女はこの地にまでやってきた。

 仲間を疑ったことが無いと言えば、嘘になる。過去は変えられぬ事実であり、それが少女を形作っていく。

 だが、現在(いま)もこれからの少女を形作る。

 彼女との出会いこそが一歩踏み出すためのきっかけだった。

 それは痛烈で。忘れることはない。

 助けてあげたはずなのに、仇を討つように返された。少女は、たいへん憤慨したのを覚えている。

 その土地に留まることにしてからというもの、時折、ぶつかるようになった。考えてみれば、彼女の縄張りに何も考えずにずかずかと踏み荒らしていれば、戦うことになるのは明白である。

 あとで反省した。

 剣を交えてみれば、通じるものがある。どこかで聞いた言葉は本当みたいで、次第になんとなくではあるが相手のことを理解出来るようになっていった。

 彼女の性格や、本質が少女を大きく救ってくれていたことを知りはしないのだろう。知られれば、きっと恥ずかしいに違いない。

 出会いがまたあった。

 一気に二体もの魔女を相手にしたのは、あれが初めてだ。しかも両方とも強い。少女が一人では勝ち目はなかっただろう。

 新たな仲間がいたから勝つことが出来た。生き抜くことが出来た。仲間を信じることを恐れなくなっていった。

 信じることを臆すこともある。それでも、前に進もうとした。

 

 少女は決して強くない。だが、弱いわけではなかった。

 折れない芯が胸にある。

 諦めない志が足にある。

 

 きっと、その命の輝きこそ――

 

 生前の自分には無いもので、その輝きがどうしても欲しくて。

 諦めてしまった自分にさらに絶望して、その中で少女なら、と考えて、魔女は模倣した。

 どんな絶望の中でも、希望を捨てず、不可能を可能にしてしまう。そんな未来を夢に見て、諦めることを辞めようと思ったのだ。

 

『――だから、(わたし)(あなた)みたいに……』

 

 ――なりたかった。

 絶望して終わった魔女は、もう一度だけ、もう一度だけ希望の花を咲かせたかった。

 

「僕は(きみ)の分まで、誰かを助けられる人になるよ」

 

『まったく、どこまで、かっ、こ、いい、の、やら……』

 

 偽りの肉体が消えゆく。

 腹を光線で貫かれたはずなのに、不思議と痛みはない。驚きもない。

 撃ち抜かれた光が暖かく、心地いい。

 そうか。やっと、未来へ進める――

 

 

 

11

 

 

 輝きの衝突は熾烈を極めた。

 命を刈り取るに余り得る一撃が振るわれる。

 繰り出す拳は鋭く、放たれる蹴りは重く、その全てが相殺される。

 思考は読まれ、繰り出される技の数々は鏡で映し出されたそのもの。だからこそ、勝利は遥か地平線の彼方にあるかのように思われた。

 両者は同一のような存在だ。だが、唯一違いがあるとすれば、光の巨人(ウルトラマン)と呼ばれる者たちの光を受け継いでいたかどうかの差。

 そこに勝機があった。

 飛鳥レイには、彼に託された光があったのだ。

 光線の撃ち合いにおいて、彼女が単純な力負けをするはずがない。受け継ぎ、自分の魂に融け合わせ、己が光に昇華する。

 もうそれは与えられただけのものではなく、借り受けたものではなく、仮初のものでもない。飛鳥レイという彼女自身の光だった。

 受け継ぐことの本当の意味はそういうことなのだろう。

 

「……終わった」

 

 黒い自分が消えていくのを看取る。

 その表情はどこか幸せそうで、本当の彼女を救うことが出来たように思えた。

 

「やったな」

 

「やったねー、レイちゃーん!」

 

 離れた所にいる杏子と、顔を上げた瞬間に迫ってくるピンク色の髪。

 

「待って、その勢いはっ、がっ」

 

 しゃがんでいた姿勢から立ち上がろうとしたところに、抱き着かれ、まどかの頭がレイの顎にぶち当たる。

 ごつんと痛そうな音が響いた。

 

「あたたた……」

 

「ちょーいたい……」

 

「もう、嬉しいからって、はしゃがないの」

 

「はーい……」

 

「まったく。いつも通りだねー、アンタたちは」

 

「ちょっと嬉しそうだねー、杏子」

 

「な、ばっか。安心したとか、そんなんじゃあねぇ」

 

 全部口から出ちゃうツンデレさんなのである。

 

「かわいいなぁー、もうー」

 

「あんま、人のこと、おちょくってんじゃねぇぞ……」

 

「あ、杏子ちゃんが怒った!」

 

「こらぁー!」

 

「ほらー、追いつかないよーだ」

 

「待てっ、レイー!」

 

「なんでか、私も一緒に逃げてる!?」

 

 マミの周囲をぐるぐると駆け回る。

 

「みんなったら」

 

 マミが妹を見守る姉のように穏やかな目でみんなを見つめていた。

 

「何が、みんなは手を出さないでくれーだ。カッコつけてんじゃねえ~よ!」

 

「あれは僕が一人で戦わなきゃ意味がなかったんだよ」

 

「何を!」

 

「何だとぅ!」

 

 槍を取り出し、籠手を取り出し、互いに距離を取る。

 本気でケンカしたいわけではない。ただ、己の主張を通すには実力を示さねばならぬ時があるということだ。

 

 騒がしく、楽しい日常が戻ってきた気がした。

 戦いの日々は続く。しかし、こんな友達がいれば乗り越えていけるとレイは感じる。

 

 だからこそ本当に今まで通りの毎日が戻ってきたと思っていたのだ。

 

『――見つけたぞ、光を継ぐものよ』

 

「誰だ!」

 

 レイは声の先を見上げる。

 頭上、まだ魔女の結界は解かれず、禍々しく歪んだ空間の先にそれはいた。

 

 ――あれは、なんだ。

 

 あまりにも異質。少なくとも、魔女の類ではない。

 これまでを見ても、魔女の中にも異常な個体は存在していた。その最たる例が、先ほどの人間をコピーする魔女だ。だが、コイツはどう考えても違う。

 金色の鎧と赤い羽衣を身に纏い、深紅の割れた仮面をつけている。そこから覗く顔は、この世の悪逆を尽くしたかのような(ぼう)だ。

 一対の角は、バイソンの如き猛々しさがある。

 

『我が名はエタルガー。全てのウルトラ戦士を滅ぼす者』

 

 彼はそう名乗った。

 

「ウルトラ戦士? なんだそりゃ……」

 

「……光の巨人が冠する名だよ。つまりは、僕がお目当てみたいだ」

 

「レイちゃん、巨人だったの!?」

 

「鹿目さん、それはないと思うわ」

 

「うん。それは、ない」

 

 理論が飛躍しすぎである。勘違いさせるような物言いをしたのはレイではあるが、間に受け過ぎなのもどうかと思う。

 

「それにしても、コイツは」

 

「強敵に違いなさそうね」

 

『そこの銀色の以外に興味はない。疾く失せろ、俺の邪魔をするな』

 

 金色の戦士はレイ以外は眼中にないらしい。

 

「だからって、レイちゃん一人を戦わせるわけにはいかない」

 

「そうだな。レイ、アンタは今の戦いで相当消耗しているはずだ。だから、後ろの方でアタシたちが勝つこと信じて、見物でもしてな」

 

「私たちに観戦させたのだから、休んでて頂戴」

 

「みんな……」

 

 魔力の枯渇と体力の消費は、前回の戦いから続いている。

 意識を失い、回復もせずにもう一度戦い、何の躊躇いもなく光線を撃ちまくった。とっくにレイには限界が訪れている。だが、ギリギリのところで意識は保っていた。

 

「けど、ピンチだったら、すぐに助けに入るからね」

 

「その時はお願いするわ」

 

 レイたちの会話が終わるのを待っていたエタルガーが声を発する。

 

『作戦会議は終わったか? では、俺が本物の絶望を見せてやろう』

 

 腕を横に薙ぐ。たったそれだけの行為が爆風を生んだ。

 全員が顔を腕で防ぐようにする。

 

「腕、振っただけだぞッ!」

 

「なんて威力……!」

 

 腕の隙間から、無数の光弾が迫ってくるのが見えた。

 

「まずい、みんな!」

 

 体力を温存するとか、そんな悠長にしていられない暴力の散弾が飛来した。

 前に出て、ディフェンサーを展開する。それは光の防護壁。(ゼロ)の技にあるものを彼女が魔力によって形成したものだ。

 後ろに攻撃が行かないように張った。防ぎ切る。

 

「大丈夫!?」

 

「さっそく助けられちまったな」

 

「来るよ!」

 

 まどかが叫ぶ。

 レイは即座に魔力を滾らせ、防護壁をさら強化する。

 まずい、という直感から成す行動だった。

 その行動は間違ってはいなかった。にも、関わらず、戦士の放つ拳の膂力に耐えられなかったのであった。

 

「がッ――」

 

 背中に大きな衝撃が走る。瞬時に吹き飛ばされたようだ。

 血がドクドクと流れているのがわかる。瓦礫が真っ赤に染まっていった。

 防護壁の上から殴られたのにこのありさまだ。さらに強化を加えたというのに、防ぐことは敵わず、容易に砕かれ、ディフェンサーは見る影もない。

 レイは意識を繋ぎとめておくので精一杯だ。気を抜けば、このまま死んでしまうだろう。

 嬲られ、遊ばれるように殺される。これは直観でもなく、この先に待ち受ける現実。

 

『ぬるい、ぬるすぎるぞ。それでも、かのウルトラ戦士屈指の実力を持つゼロの光を受け継ぐ人間の強さか? 拍子抜けにも程がある』

 

「ぐ、っふ」

 

 喉の奥から血が溢れ、口から流れる。

 今の一撃で内蔵までずたずただ。腕の骨も軋み上げていた。

 ――エタルガーは凄まじき戦士だ。さながら、昔話に登場するかの阿修羅の如し。

 超高速で繰り出されるパンチは、それこそ(ゼロ)でなければ受け止めることすら困難を極めるのではないかと考える。

 エタルガーはレイを見下ろすかのように立つ。

 一瞬のうちに起こる現実に魔法少女たちは追いつけない。自分たちとは次元が違う者の動きに着いていけるはずがなかった。

 これら一連はレイが吹き飛ばされた僅か二秒のうちに起こった出来事であった。

 

『興覚めだ。過大評価しすぎたようだったな。ここで死んで逝け』

 

 そうして、少女を戦士が踏みつぶした――かのように見えた。

 戦士の足裏に大きな衝撃が加えられる。押しつぶすには至らなかったらしい。

 

「拍子抜けにも……程があるって? そんなもんかよ。僕を倒そうなんざ――二万年早いんだよぉ!」

 

 足に膨大な熱を感じたエタルガーが退くように、離れた。

 そこには拳を突き上げるレイの姿があった。

 エタルガーは後退し、距離を取る。

 その小さき身体のどこに、それほどまでのパワーを秘めているのか。

 銀の輝きに赤き光を纏い、強き太陽の力(ストロングコロナ)を現出させる。

 前髪の青いピンを外すことで変化するのは以前と変わらないが、赤き装束の中に銀のラインだけでなく、黄金のラインが追加されている。

 彼の前に進むための力を彼女のものとして具現化させたのが、この姿である。

 

「はぁ、はぁ――は、――は」

 

 力を振り絞れたのはこの一回限りであった。

 消耗の激しさから、銀の姿へと強制的に戻される。

 身体から力が抜けた。

 

「死んでねえよな、おい」

 

 地面に倒れける寸でのところを杏子に支えられる。

 

「ありがと。でも、けっこう限界」

 

「無理しないでね、レイちゃん」

 

「でも、全員の力を合わせても勝てるのか、どうか……」

 

 おそらくは、この戦士に食い下がれることが出来るのはレイだけだ。この戦場においての絶対覇者はエタルガーただ一人。天がひっくり返らなければ光明すら見えないだろう。

 

『片鱗は見せるか……キサマ、名を何と言う?』

 

「……飛鳥、レイ」

 

 エタルガーは少女の名に歓喜を上げた。

 

『飛鳥レイか、覚えたぞ。魔法少女、飛鳥レイ。キサマとは真正面から戦い、打ち倒したのちに殺してやる。そのためには――』

 

 戦士の視線がマミに向けられて、

 

「マミっ!」

 

「え――」

 

 迫られた。眼前に掌を当てるように青白い球体を生み出す。まるでそれは、水晶のようだ。

 間に合わない。

 驚愕を顔に張り付けたまま彼女の身体は吸い込まれ、水晶の――鏡の中に閉じ込められた。

 

「マミ!」

 

「マミさん!」

 

「くっそ……」

 

 凄まじき戦士は、悦に浸りながら呟く。

 

『まずは一人』

 

「みんな気をつけッ」

 

 身体が浮く感覚に襲われる。

 その次には、後方に転がっている自分がいた。

 

「杏子っ! 何を!?」

 

 キックしたままの杏子が目に映る。

 鎖が壁のようにしてレイを守るために展開された。

 槍を構え、杏子はエタルガーを見据える。

 

「レイ、お前がアタシたちの最後の希望だ。コイツはアタシたちが幾ら束になって掛かっても勝てるような相手じゃない。だから後はお前に託す」

 

 言われなくとも分かった。彼女はこう言いたいのだ。

 

――逃げろ。と。

 

「バカか、君は! どうやっても勝てないと分かっているなら、その中でなんとかして生き残る術を見つけようとしなくちゃならないだろ!」

 

「そうさねー。ケド、コイツはどうあっても、放っておいていいようなやつじゃないだろう? きっと地球くらい簡単にぶっ壊しちまう力くらい持ってて、気が向けばそうしちまうんじゃないかって思うのさ。

 だから、倒さなくちゃならないんだ。レイ、お前ならやれる――」

 

「僕は君の友達だろ! だから、助けたいんだっ!」

 

「アタシだって、アンタのこと、友達だって思ってるさ。だから同じだ。アタシもアンタを助けたい」

 

 その瞳を見て、レイは何も言えなくなった。

 覚悟の炎を宿す、女の瞳。この決意は誰であろうと揺らがすことはできないと告げていた。

 

「まどか、損な役回りを押し付けちゃって悪いね。どうしても、ここは譲れそうにないんだ」

 

「杏子ちゃんは本当に友達想いの良い子だよね。そういうところ、私も好きだよ。だから、最後までとことん付き合わせてもらうよ」

 

 まどかは弓に魔力の矢を番える。

 

「さあ、いくぞ!」

 

「うん!」

 

「杏子! まどか!」

 

『無駄だぞ。コイツらはキサマが逃げられないための楔だ』

 

「上等だ。掛かってこいよ!」

 

 さらに二重の鎖が展開され、杏子のこっちには来るなという意思と、レイを守るという想いが伝わる。

 ダメだ。彼女たちの想いを反故にはできない。

 

『やはり、人間と光の巨人(ウルトラマン)との絆とは面倒だ。ゆえに封印する』

 

 飛鳥レイはボロボロの身体に鞭を打ちながら走った。

 絶対に振り返らない。振り返ってしまえば、必ず自分は足を止めて助けに入ろうとするからだ。

 レイは魔女の結界を抜け、虚構から脱出する。

 

(ごめん。絶対に助けにいくから)

 

 心に誓う。

 仲間を、友達をこのまま見捨てるわけにはいかない。だが、助ける力がないジレンマがあった。

 少女の祈りはきっと届く。されど、叶わぬ願いもあるのだ。

 力を、身に余るものを振るうには相応の対価が必要となる。それが飛鳥レイにとっては一番大切な仲間を天秤にかけることに他ならないのかもしれない。

 

 

 

12

 

 

 

 変身が解ける。

 もうとっくに限界なんて越えて、立っているのも無理だった。

 服が血に濡れている。それでも、こんな人目に付きかねない場所で倒れて通報でもされてしまえば、大ごとになる。それだけは避けなければならない。

 だが、体を動かそうとしても、力が入らなかった。

 

「はぁー、くっ、そ」

 

『まさか、君以外、全滅してしまうとはね。想定外だったよ』

 

「……キュ、べ……」

 

 ――白い獣がいた。

 魔法少女を生み出す者。それが、この生物。

 相変わらず、人がこんな状態であっても人のように感情を露わにしない。

 

『おや、いつもボクに対して失礼な君はどこに行ったんだい? 今にも死んでしまいそうな顔をしているけれど』

 

「とりあえず……ほむら、呼んでもらえるかな」

 

 レイには、皮肉を返している余裕がない。

 比較的人気の無いところで助かった。人の往来があれば、ジ・エンドだっただろう。

 なんとか背中を壁に預けて、天を仰ぐ。

 空は曇っていた。今にも雨が降り出してしまいそうなほどに。

 

「早く、治して、助けにいかないと……」

 

 ああ、背中が冷たい。

 そういえば、ずっと瞼が重かったんだ。

 レイはそのまま流されるようにすぅー、っと意識が離れていった。

 

 

 

13

 

 

 

『レイが重症を負った、来てくれないかい、ほむら』

 

 その報せを受けた暁美ほむらは街を疾駆する。

 決して、身体が強い方ではない。病気で先月まで入院していた身だ。あまり無理をしていいような状態ではない。それでも、無理を押し通さなければならなかった。

 

「レイさん!」

 

 見つけた裏路地で、息絶えたかのようにぐったりとしている少女。

 激しく乱れた呼吸が、彼女の死にそうな姿を目にするだけで止まっていく。

 

「ひっ……」

 

 正確には息をするのを忘れていたのだ。この凄惨さに。

 

「やぁ、ほむ、ら。ちょっと手を貸してくれないかい?」

 

「う、うん。血が……」

 

 ほむらに気づき、意識を取り戻したレイに頼まれる。

 鞄からハンカチを取り出し、なんとかして止血しようとするが背中の傷が酷い。こんなサイズでは、どうにもならなかった。

 

「私が魔法を使えたらっ」

 

「そこ、くやまない」

 

 身動きの取れないレイの無様な姿を見かねたのだろう。キュゥべえが、

 

『……仕方ないね。こうなったら、一つグリーフシードを君にプレゼントしよう。今回だけの特別サービスだ』

 

 それを渡してくれた。ほむらが補助する。

 魔力回復のみに使う。普段、全くと言っていいほど穢れを蓄積しないレイのソウルジェムだが、ここまで消耗すれば、魔力の補填という方法としてのグリーフシードの運用は可能だ。

 飛鳥レイの魔力量は無尽蔵と言い換えてもいい。だが、生命である以上、必ず限界がある。

 そんな最初の戦闘、加えて、奪われた際の消耗に、再度魔女との戦闘、そして新たな敵の出現。この連戦を全力で乗り越えてきた彼女に、魔力の節約なんて不可能だった。

 ましてや、エタルガーとの死闘は予期できるものではない。それらの戦闘での魔力の補填をグリーフシード一つで賄えるはずもないが、ないよりはマシなのである。

 魔力の回復を以てして、なんとかする。力技だが、これくらいしか方法がなかった。

 回復させ、背中の傷を塞いでいく。

 

「とりあえず、ここだと……私の家に」

 

「お言葉に甘えさせてもらうよ」

 

 ほむらは肩を貸した。

 

「すまない」

 

「謝らないで、ほら、いこ」

 

「……すまない」

 

 レイはただ辛そうに目を伏せる。

 あえて今は聞こうとはしなかった。この場にいない三人の少女たちのことを。

 

 

 

14

 

 

 

「鹿目さんが……っ」

 

「ああ」

 

 レイは真実を告げる。

 

「杏子も、マミも、みんなやられた。そして、僕を逃がしてくれたんだ」

 

 ほむらはどこかでこの答えを予想はしていたのだろう。

 あの裏路地で重症のレイが倒れていたこと。そして、助けを求めるのに同じ魔法少女ではなく、ただの一般人である暁美ほむらを頼ったのだ。その時点で、彼女たちに何かあったことは明らかであった。

 

「すまない」

 

 力が及ばなかった。

 守ると誓ったはずなのに、誓いを果たせなかった。

 

「レイさんは、何も、悪くない、から」

 

 包帯をレイの額に巻くほむら。

 彼女が震えているのが分かる。

 きっと、レイが付いていながらどうして! と心では叫びたいはずだ。マミや杏子も相当な実力者であることには違いなく、魔法少女になって日の浅いまどかも強くなっていた。

 魔女と戦った後という悪環境での連戦だった。けれども、四人がかりでも敵わなかった。それも手も足も出ないほどに。

 

「悪くないから……」

 

 だから、ほむらはレイを責めるわけにはいかなかったのだ。

 

「だったとしても、君にはのこのこと一人生き残って逃げ帰ってきた僕を責める権利がある。君は友達を守れなかったやつを殴る権利だって……」

 

 レイは無力だった自分をとことん追及して欲しかった。

 助けたかった。助けられなかった。こんなにも、自分は無力だった。

 消えてしまいたくなるほどにレイは自分を責めていた。

 

「やつのパワー、スピード。どれをとっても何も敵わない。手も足も出なかったんだ」

 

 連戦で消耗していた?

 それが敗けていい理由になるはずがない。

 

「貰ったものを何一つ活かせていないんじゃ、なんの意味もない」

 

 そんなことない。レイは彼の光を受け継ぎ、しっかりと自身のものにしていた。魂に融けたものを最大限に扱えていた。

 けれども、エタルガーの攻撃を防げず、瞬く間にマミを封印される。

 一矢報いることすら敵わなかった。

 殺されなかっただけなのだ。戦士の気まぐれによって、戦いの嗜好によって、見逃されただけ。

 

「そんなこと、ないよ。レイさんは……」

 

「僕の力では届かない――ッ」

 

 エタルガーからすれば、小手調べのようなものだった。それで魔法少女たちは全滅し、こうしておめおめと逃げ帰っている。

 

「何も見てないくせに、分かったように言うな。

 ……もしかしたら、僕が死ぬ気で頑張っていれば、僕が命を投げ出していればみんな助かったかもしれない!」

 

 決死の覚悟でレイを逃がしてくれた杏子とまどか。

 なぜ、あの時の自分は流されてしまったのだろう。少しでも、彼女たちを信じようと思ったことがダメだった。

 彼女たちの想いを無視してでも、あそこで踏ん張らなかったのか。何も出来なかった自分を殺したいほどに憎んでしまう。

 力を入れ過ぎた拳から血が滲む。ずっと握り続けていたからだろう。レイの悔いが痛いほどそこに現れていた。

 

「僕が、僕が――!」

 

「――あなたは独りじゃないでしょっ!」

 

 不意に抱きしめられた。

 彼女の温度に強張った身体から力が抜けていく。

 

「……ほむら」

 

「諦めるな。戦いの時に言ってましたよね。挫けそうになった鹿目さんや巴さん、佐倉さんに希望を見せていた」

 

 暁美ほむらは魔法少女たちの戦いを目にしていた。

 

「あなたが魔法少女になった理由(ワケ)を私は知っている。だから、みんなを救えなかったのは辛かったよね」

 

 飛鳥レイの魔法少女としての原点を耳にしていた。

 

「出会って間もなかったのに、親身になって私を助けてくれた。だから、今回だって友達を助けるのに必死だったんだよね。全力だったんだよね」

 

 友達に対する想いの強さを理解(わか)っている。

 

「だから誰もあなたのことを責めたりなんてしない。もし、責める人がいるなら、私が許しません」

 

 だから、レイの気持ちが分かるからこそ、その矛先は、

 

「なのに、レイさんがこんなにもボロボロになりながら戦っていたのに私は……」

 

 ほむら自身に向くのだ。

 

「――私は魔法少女ですら、ないッ!」

 

 怒りが溢れ出してしまっていた。

 

「君は……」

 

 歯を食いしばり、目に涙を溜めてしまう。助けに行けるならば、助けに行きたいと思っている。

 だが、彼女には助け出すための力がなかった。

 何も出来ない自分はただの足でまといにしかならない。戦うために魔法少女であるというスタートラインにすら立てていない。

 どこまでいっても、暁美ほむらは戦場に立つ資格がなかった。

 友達を助けるためには誰かに頼らなければならない。しかし、頼れる誰かなんていない。

頼れるのは、大怪我をして、今にも死んでしまいそうなもう一人の友達だけだ。

 都合の良い誰かとして、飛鳥レイにお願いするなんて出来なかったのだ

 本当の強さを持つのがほむらなのかもしれないな、とレイは思っている。

 

「そうだね。ここで目を瞑って、諦めてしまえば、僕は死なずに助かるかもしれない。だけど、そうしたら、手にしたこの希望(ひかり)は意味を失ってしまう」

 

 手を見やる。

 とっくにそれは握り拳に変わっていた。

 

「守るんだ。僕が、この手で。友達(みんな)を守り抜く」

 

 ――失いたくないと願った。

 力がなかった。

 ――助けたいと祈った。

 力がなかった。

 ――そうして、守ると誓った。

 魔法少女になった。

 

 それが飛鳥レイの原初の願い――

 

 どんな絶望の中でも決して諦めたりしないのが飛鳥レイという少女だ。

 レイはほむらの涙を拭う。

 

「ほむら。僕がみんなを助けに行く」

 

「そんなボロボロのあなたを一人でなんて行かせられない。もし、それでも行くというなら、私も……私も連れて行って!」

 

「……それは出来ないよ」

 

「確かに私は魔法少女じゃない、けどっ!」

 

 ほむらの友達を助けたい想いは、きっとレイにだって負けていない。

 

「……」

 

 無言で意思の籠った目に見据えられる。

 レイは思わず身構えそうになる。堪えた。

 

「わかった」

 

 溜め息一つ。

 ほむらの強い目に押されて、ついに観念したレイ。

 

「ただし、キュゥべえと一緒に絶対に危なくない位置にいてくれ」

 

『おや、どうしてボクも一緒なんだい?』

 

「いざとなれば、囮役くらい買ってでてくれるだろう?」

 

『ボクは別に便利な道具というわけではないんだけどな』

 

「エタルガーを相手にほむらを守って戦う余裕なんて無いだろうし、ね?」

 

『……エタルガー。あのエタルガーかい?』

 

 キュゥべえがその名に反応を示した。

 

「キュゥべえ、君はやつのことを知っているのか」

 

『過去、宇宙にその名を轟かせたことがあるからね。

 数々の光の戦士を打ち倒した戦士。時空間を超越できることから、彼のことを超時空魔人と呼ばれ、畏れられている』

 

「弱点は?」

 

『さてね。聞いたこともないよ。でも、あの金色の鎧は驚くほどに頑強で、どんな攻撃も寄せ付けないと謳われている。

 魔女であるワルプルギスの夜と比較するのは難しいが、この宇宙において彼の強さは間違いなく最強の一角に席を置いているだろう』

 

 ほむらはハテナを浮かべている。ピンと来ない話なのである。

 ワルプルギスの夜については、詳しくはレイも知らない。知っているのは災害級の魔女ということだけ。

 

「たとえ、相手が最強だったとしても倒すだけさ。でなければ、みんなを助けられない」

 

『みんなを助ける……か。マミたちが死んでいない根拠はあるのかい?』

 

「やつが言ってたよ。こいつらはお前が逃げないための楔だと。だから、殺されていないと思う」

 

 レイはマミを鏡に封印したのを目にしていた。だから、そんな推測を立てていた。

 となると、杏子もまどかも鏡に封印されて、囚われの身だ。エタルガーを倒し、彼女たちも助け出さなければならない。

 

「なんとしてでも、まずはやつを倒さないとですね」

 

「百パーセント勝つ見込みが無くったって、戦いの中で可能性を見出してやるさ」

 

 強き太陽の力(ストロングコロナ)で迎撃した際、耐え切り、しかも打ち返せたのだ。まだ分からない。可能性はゼロではない。諦めてなるものか。

 ブレスレットの輝きは、やはり消耗が激しかったせいか、グリーフシードを一つ使用したくらいでは元の輝きを取り戻せてはいなかった。

 だが、戦いまで少しの休養を取り、出来るだけ万全の状態にしなければならない。

 人事を尽くして天命を待つ。否、待ち受ける天命を、運命を覆してやる。

 

「地球の危機なんだ。最大限、あいつが外に出てこられないように時間稼ぎヨロシクー」

 

『今回だけだからね』

 

 キュゥべえが姿を消し、どこかへ向かう。

 

「少し、眠らないと……」

 

 回復させなければならない。そのためにも睡眠をとることにした。

 

「おやすみなさい。しっかりと休んでね」

 

「ありがとう、ほむら」

 

 彼女のベッドを借りて、横になる。

 すぐに意識は離れていった。

 






強襲エタルガー!

というわけで、最後を飾るのは超時空魔人エタルガー。象徴は「永遠」。

彼は魔女とは一応何も関係ありません。

ウルトラ十勇士にて、ウルトラマンたちを苦しめた金色の戦士。
その頑強さは、溜め時間が短かったものの、ウルトラマンゼロの『ファイナルウルティメイトゼロ』の一撃を耐え切ったほど。

その他に特徴として、エタルダミーという相手が最も恐れる存在を実体化させるという技を持つ。
これによってダークルギエルやウルトラマンベリアルなど、宿敵が生み出されたことがある。

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