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追記:東方知識があれば更に楽しめます、特に同人関連とか。あしからず。
問1:朝起きて今日も一日頑張るぞ〜って欠伸をしながら顔を洗おうとして、鏡を確認したら東方Projectの古明地さとりになってしまった時の僕のセンチメンタルな感情を述べよ。
恐らく美容院でデジタルパーマとか掛けていないのにも関わらず毛先が全体のバランス良く跳ねた薄紫色の髪の毛。
まるで人外みたいに整った顔立ちに、冷徹な真紅の瞳は全てを見通すかの如く鋭い。
そして小柄な体型を包み込む水色のフリルたっぷりの服にピンクのセミロングスカート。
何より胸元で開く
───古明地さとり、ですよね。
僕は自分の頬を両方の人差し指でぷにぷにと突いてみる。
雪原を思わせるほど白くてハリのある肌は触れば温かく、血の通った人間なんだなぁとかこの場では関係ない事すら考えてしまう。
いや、人間なのだろうか?
古明地さとりと言えば妖怪だ。それもさとり妖怪だ。コードで胴体と繋がったこの第三の目によって、自分の意志とは無関係に人の心を読んでしまう能力なんてのもある。
一人暮らしだからこの家には僕しかいないけど、今のところはそういった不思議な感覚は特にないから問題ない。
ん?問題ない?
───いや問題しかないでしょ!
現実逃避気味になっていた思考をふっとばすように頭を左右に振る。
昨日まで、というか昨晩寝るまで、僕はただの不登校な男子高校生だった。それはもう、学校に行っていない事以外特徴の無い男子高校生だった。
なのにこれはどういう事なんだろう。
高校をサボり続けた天罰なのか。
それとも神様が今さら僕にくださった特典なのか。
後者なら全力で遠慮したい。これでももう16年人生を謳歌しちゃってる訳だし今更新アバターでやるとかないよないない。
というか本当にどうなってるのだろう。
鏡の中のさとりは胸骨のあたりに手を押し付けた。
思考がグルグル回って足元が覚束ない。
いや、一応目の前のさとりは何一つバランスを失うことなく華奢な体を細い足で支えているから問題は無いんだけど。
きっとこれは僕の精神的な問題なんだろう。
TRPG風に言うなれば今の僕はSAN値チェックに失敗した挙げ句一時的発狂している感じで。
だから落ち着こう、落ち着くんだ僕。
「ふー、はー。ふー、はー」
深呼吸をゆっくり2回、繰り返す。
幼い少女の息が掠れるみたいな、普段の僕からは考えられないような静謐な息が溢れた。
少し落ち着いたかもしれない。
水道水を手で汲んで口に含んで鏡をまた見てみる。
改めて考えてみれば、僕の姿は服装まで含めて完全に古明地さとりになっていた。何故こうなったのか、どういう原理が働いたかは全く検討もつかないけど、それ即ち古明地さとりという概念は肉体だけではなく服まで含めて『古明地さとり』なのだろう。
とすれば、もし僕をさとりにしたがってる神様がいるとするならば。
「そういうことですか……神の存在というのも考えものですね」
このように、言葉までフルオートで古明地さとりのものになってしまうかも。なんて予想はド真ん中で的中してしまった。
因みに僕は本来「そうか……もしそんな神がいたら四肢断裂して死んでくれ」と我ながら宗教者がここにいたら半日は説法されそうな事を言ったつもりだったんだけど、さとりフィルターを通せばこんな丁寧な言葉に変換されてしまうらしい。
流石さとり。
旧地獄の管理人は常にマナーに則った物言いじゃなきゃ務まらないのだろう。
「問題は…………そうですね。やはり、現状の確認かしら」
僕は目を細めながら言った。
自分の容姿については理解した。
けど問題はなんと言っても、能力。
心を読む程度の能力があるかどうかで問題の緊要さが変わってる。もしあるならこの現代社会、生き辛いにも程があるからね。
とは言え。
だからといってそれで焦るのも何だか馬鹿らしい。
どれだけ考えても結論は結ばれないし、元の身体に戻れる保証なんて何処にも無い。
だから取り敢えず、平凡で恙無い日常を遂行しよう。
「まあ、まずは朝食ね」
─────────────────
食欲を満たした僕は、ネットで色々と検索することにした。
古明地さとりは有名人だ。架空のキャラとは言え東方Projectを知ってる人間なら絶対に知ってておかしくないほど有名なキャラである。
そういう時こそ頼りになるのはこの時代、インターネットだ。
こんな状況になっちゃった以上、僕はこれがもっとマクロな問題ではないかと疑っていた。
この世界が昨日まで僕が生きてきた世界なのか、知らぬ内に世界が入れ替わってしまったのではないか、と。
確かに今いる部屋は明々白々に僕の住む1DKのちょっと手狭なアパートだし、床にゴロゴロと転がっているゲーム機も、服も靴下も、僕のものだ。
しかし、それでも僕一人だけこんなフィクションみたいな現象が起こるとは思いにくい。ならまだ別の世界の似た部屋の誰かに、更に古明地さとりに良く似た誰かに憑依してしまったと考える方が不思議じゃない気がしたりする。
もしかしたらコスプレイヤーかもしれないからね。
そんな期待を込めてキーボードをカタカタと鳴らす。
「……古明地さとり、というキャラは存在してるのね」
ガックリと肩を落とす。
ここは僕の元から住んでた世界に違いないらしい。良くある憑依ものなら「アレ……東方キャラが検索で引っかからない……?」なんて展開で物語が始まるのに何でさ。何でだよ。何でですかの三段活用。
要するに、この姿で外に出るのはリスキーのようだ。良くてコスプレイヤー、悪くて本物だと思われる。不幸だ。
古明地さとりのコスプレイヤーについても検索してみるけど大した情報は得られない。だからといって某大ヒット映画みたいに入れ替わってない保証なんて無いけど、今のところはその可能性は低そうだね。
この奇抜な色をした髪もウィッグじゃなければ染めたようでもなさそうだし。
「もしかして、他にも東方Projectのキャラになった人がいるとか」
ポツリと、一縷の希望を抱くように僕は言う。
僕だけがこうなったなんてやっぱり考えにくい。何せ天下不動の一般人だよ僕は。他にも古明地こいしとか、八雲紫とかになっちゃった人もいるかもしれない。
そのままSNSとかで1時間くらい僕と似た状況になってしまった人を探すことを試みるけど、そんな特殊な状況を経験してる人が見つかる訳もなく時間だけが無為に過ぎ去る。
まずいな……。
気安く外に出ることすら出来ない。
でも日々を生きるには糧が必要だし、生活必需品だって買いに行かなきゃならない。
僕は引きこもりだけど、一人暮らし。「もう何年も外出てないわ〜」とかネット掲示板で書き込むような人よりはまだマシな立ち位置だったりする。
外に出るのに抵抗感は無いけどこのまま馬鹿正直に出てしまえば日常生活でもコスプレするTPO度外視オタク少女としてネットで拡散されちゃう。絶対にされる。確信すらある。
「全く……現実というのは間々ならないものですね」
そう呟くさとりの言葉は辟易としたような声音に包まれている。
幻想郷なんて無い現代は、残念なことに暮らしにくいことこの上ないだろう。
取り敢えず、買い物に行こう。
髪の毛は帽子で何とか誤魔化せるハズ。
僕は適当なキャップを自分の頭に乗せて鏡の前に立ってみる。
…………駄目だ。
これじゃ帽子を被ったさとりにしか見えない。どう見ても古明地さとりだ。さとりん with つば付き帽子だ。
仕方ない。
僕は服の上から黒いパーカーを着ることにした。
フードを被れば、服自体の明度が低いのがさとりの容姿と合わさっていつも以上にミステリアスな風貌になっている。
……ぶかぶかなのを除けば、だけど。
「……服買わないと、ですね」
控え目に言って、兄からのお下がりを着させられた根暗なぼっち少女。あながち間違ってないけど。
見た目は少しアレでも、上からパーカーを着たおかげで第三の目が隠れて見えなくなったのは良い点だ。ただ僕の頭頂部にあるカチューシャから伸びたコードだけはフードを良く覗きこめば見えてしまう。
「まあ、良いでしょう。これなら私の事を悟られずに町が歩けるというもの。まさか悟り妖怪なのに悟られてはならない立場になるなんてね……」
準備は万端。
見てくれだけは普通の少女だから、スーパーに行っても家のおつかいと思われるはず……!
逸る心臓に胸を抑えながら僕はサンダルを履く。サンダルのサイズは本来の僕基準だから少し大きいけど、うん。靴よりは履きやすい。
ドアをガチャリと開けて、僕は手のひらを太陽に重ねた。
─────────────────
(あ〜塾ダルいな。教師全員インフルになりゃいいのに)
(あの上司ホント殴ってやりてえ!机の中にミミズでも入れたろか!)
やっぱり能力、あったみたいです。
表情に出さないようにしながら僕は肩を丸めて歩道を歩く。
これまで何十人かすれ違ったんだけど、その全員の心の声がすーっと頭を過ぎってったんだけど。何これ。僕本当に古明地さとりじゃん。世界一位の姉になっちゃってる〜(今更)。
ともあれ。
つぶらに観察して、大体その能力の概要が分かってきた。
僕を中心とした円の、目測で半径約5メートル程が能力の範囲内らしい。
その範囲内ならばハッキリと相手の考えてることが分かる。水が細かい網戸をすり抜けてくるように、無理矢理僕の脳内へと相手の言葉が透き通ってくる感じだ。正直あんまり気持ち良いもんじゃない。だから原作の古明地さとりも地霊殿に引き篭もってるんだろうね。
逆に、能力の範囲外に人がいると訳の分からないハエがブンブンと羽音を鳴らすような、高音の不快な雑音が脳の片隅でチラつく。そりゃさとりも人との接触を避ける訳だね。現に僕も帰りたい。
原作より能力が弱体化してるのは疑いようもない事実だと思う。
本来ならもっと広範囲に適用されてるはずだけど、古明地さとりである僕はそこまでじゃない。つまり厳密には、僕は古明地さとりであって古明地さとりでないのかもしれない。
僕は悠々と、パーカーのポケットに手を突っ込みながら歩く。
今のところは誰も僕がさとりであるとは気付いてないみたいだ。注目されず何とかスーパーへと進めている。
きっと普通ならビクビクしながら歩くんだろうけど、僕の能力は心が読める。読心なのだ。
僕へと関心が向けば心でも僕の事を考える。だからそうなった時は僕はその人の心を読んで注目されている事を悟り、素早くリスクを避ける事ができる。ふっ、これぞさとりんグレイズ。弾幕なら
(あの女の子……なんかに似てるな)
と、ヤバい。
早速前から歩いてくる男が僕に目を付けやがった。
慌てて下を向いて、早足で通り過ぎる。
5月の太陽は程よく暖かくコンクリートを照らしていて、割れ目から明るい緑色の雑草が生えていた。
引き離すと、僕はわざと息を静かに吐き出した。
スーッ、という歯と歯の間を息が通り過ぎる鋭い音が漏れる。
……もし、バレたら。
僕は、僕は、どうなってしまうんだろう。
前髪を少しかき上げて、それから最悪のシナリオに身を馳せる。
古明地さとりを知ってる人はこのご時世、サブカル文化が強く浸透している日本において、ぶっちゃけてかなり多い。だから最初はコスプレだと思われるかもしれない。
でも今の僕の髪はウィッグじゃないし、第三の目と身体を繋ぐコードは贋作じゃない。触れば滑らかで温かみも感じる。第三の目だってガッチガチの本物で。
それに気付いた人は僕をどうするだろう?
善人なら良いけど、悪人なら。
僕を攫って拉致監禁……とか、ありうるのかな。
テレビの中でアナウンサーが淡々と読み上げる事実としてしか知らない、そんな事案。
それが僕の身に起こる。……かもしれない。
自然と僕の腕は何かを掴んでいた。何か、と言うのは僕にそこまで意識を傾ける余裕が無かったからだ。
段々と僕は胸元を見下ろす。
僕の腕は自分の胴体を、怖がりな女の子が親に抱きつくみたいにキツく抱きしめていた。大きすぎるパーカーは、力強く握りめられたせいで余った生地が大きな谷みたいに皺として屹立していた。
……僕は、これからどうなるんだろう。
そう一度考えるだけで僕の心は底抜けの恐怖で包まれた。
「……逃げなきゃ」
僕は、僕の身体は勝手に動き出した。
どこに向かうかなんて、そんな理性的な思考回路はもう僕には1ミリも残っていなかった。
使い切ったトイレットペーパーの芯を放り出すより容易に、僕は理性を全て放り投げた。
僕は走り続けて、走り続けて、他人の心の声も読めないフリをして。
気が付くと見知らぬ公園に立っていた。
団地の側にあるような小さな公園で、ブランコとシーソーと滑り台。それに申し訳程度にベンチが2つ。
僕はブランコの、2つ並んだ座板の1つにお尻を置いた。座板を吊っている2本の鎖が擦れて、ギチギチと耳障りの悪い金属音が鳴った。
辺りを見渡すと時間はそれほど経ってない。午後に入って間もない、のかな。時計もスマホも無いから分からないけど、多分そのくらい。
……はぁ。
何をしてるんだろう、僕は。
地面を蹴って、ギーコーギーコーとブランコを漕いだ。
虚しい。何もかもが、虚しい。
生きる意味なんて無いし、きっとこれから生きてく価値も将来の希望も無い。
これまでふとした瞬間に考えて、あぶくのように去来して弾ける虚無感が、この日ばかりは僕の身を完全に包み込んだ。
僕の人生の絶頂期はきっと高校受験に合格した時。
難関校と言える学校に頑張って頑張って合格して───その後、両親は死んだ。
交通事故だった。
その日、僕は中学校の卒業式の予行演習で学校へと登校していた。
だから事故を知ったのは放課後、携帯に病院からの電話が来ていたからで。
現実感に乏しかった。
家に帰ればいつか会えると思っていた。
だから僕は涙に目を濡らすことなく、葬式が行われるまで普段通りの日々を過ごして。
その後の日々は嫌になるほどトントン拍子で話が進んだ。
葬式で僕は漸く現実と直面して人生で一番泣いた。みっともなく泣いた。我ながら愚かだと思う、それまで何一つ分かってなかったなんて。
父方の祖父母が保証人になってくれたけど、彼らの家に入居するのは気が引けて、予定通り僕は高校近くの下宿先にアパートを一室借りた。元々高校は家からも、祖父母の家からも遠かったから彼らの理解を得るのは予想よりも簡単だった。
なのに。
高校には入学式だけ行って、それっきり。
足に鎖でも付いたかのように僕はアパートの一室に囚われていた。
5月も中旬になっても尚、僕は変わらない。
胸に穴でも開いたような、そんな感覚が神経を蝕む。
「なにを、してるんでしょうね」
古明地さとりとなっても、僕は僕だった。
当然だ、例え外身が変わって心が読めるようになっても、
ブランコを漕ぐ音が悪戯に辺りに響く。
児童公園だと言うのに子供の姿は一人もいない。
さながら、僕のために誂えられた孤独のステージ。
風によって揺らぐ木々の音、小鳥の囀り、鎖が軋む音、その全てが僕を嘲るように聞こえてしまう。
勿論そんなのは僕の心が生んだ恣意的な考え。
だって『古明地さとり』は心が読めるんだから。
汗を掻いたからだろう。
もわりと、暑苦しくなった頭皮に耐えきれず僕はフードを外す。途端に旋風が髪の毛を引っ張って、このまま転がって崖に落ちたいなんて自虐的な思考に心が向かってしまう。
……僕ばかり、なんでこうなるのさ。
もし、これが。
これまで逃げてきた天罰なら、いっそのこともう──────。
「お姉ちゃん?」
風と共に負の方向に流れて行く感情を、そんな聞き慣れない声が断ち切った。
変声期を迎えてない、幼い女の子みたいな声。
……お姉ちゃん、って僕のこと?
とにかく顔を上げてみて、僕は声のした方向へと首を回す。
誰も居なかったその空間。いつの間にかその少女は置物みたいに立っていた。
知らない少女だけど、僕は知っている。
灰色にくすんだライトグリーンの髪に、その上にぽふりと置かれた鴉羽色の帽子。髪と同じく翡翠色に染められた瞳に幼い顔立ち。極めつけは紫色のコード、そして閉じられた
「……こいし?古明地、こいしなの?」
その少女───暫定、古明地こいしは小さく微笑んだ。
原作、東方で良いのかこれ。