古明地さとり(偽)の現代生活   作:金木桂

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場面が全然移らない……。
長くなりそうなので無理矢理途中で区切りました。


問10:質量Nの物体Fを地面から100mの位置から初速α、加速度gで投げ上げた場合の最高点の高さを求めよ。ただしこの物体は空を飛べるものとする。

「ありがとうございます」

 

 内心ホッと息をつく。

 大きな成果を得たと思う。これでフランという武力的な後ろ盾を僕達は得ることに成功した。

 

 ───何でこんなに回りくどいことをしたのか?

 直接フランに頼めば「そんなこと?別に良いわよ?」とはにかみながら八重歯を覗かせて快諾するかもしれない。そしてその場面が来たらちゃんとその口約束を果たすかもしれない。

 でもそれじゃ駄目なんだ。

 世の中ギブアンドテイクで出来ていて、提供した労力の分がちゃんと返って来ないと信頼関係がいずれ破綻する。トラブルが起こる。

 僕はそう思ってるし、基本的にそう考えてる。

 だからこそ対価を明確にして、先の憂いを経ったのだ。

 

「全く……無い腹を探すなんて辛い立場ね」

「同感です」

「貴方は人の腹を読む側でしょうに……まあ良いわ、続けましょう」

 

 その時、ピロロロロッ、と壁に備え付けられた内線電話からけたたましい音が鳴り響く。

 時間ね、と言ってレミリアは一瞬何か苦いものでも口に含んだような嫌そうな表情を浮かべて受話器を取ると、数言ほど言葉を交わして直ぐに受話器を戻した。

 

「大丈夫ですか?」

「え、ええ。問題無いから続けましょう」

 

 微妙に鼻がかった声でそう答える。

 

「分かりました。改めて協定の話に戻りましょう。他に何かありますか?」

「私からは後1つ、あるわ」

「……何ですか?」

 

 強調するように区切って言ったレミリアに僕は視線を投げ掛ける。

 その神妙な顔付きに、僕も更に真剣にならざるを得ない。

 

「確認として、私達は東方Projectのキャラクターに先日突然なってしまった。それは同じよね?」

「はい。朝起きたら、既にそうでした」

「ある物事が変化するときには必ず理由があるわ。森羅万象、それだけは絶対よ。だからこそ、今大事なのは何故、じゃなくて誰がこの現象を起こしたのかなの」

「誰が、ですか……」

 

 そこに察しが付いていれば僕も苦労していない。

 誰がなんて検討が全く付かないし、判断材料が1つもないからこそこうなってるのだ。

 真紅の瞳はそんな僕の思考を見通すかの如く、槍みたいに僕の身体を貫いた。

 

「確かにこれは超自然現象だわ。普通の人間には到底無理な所業なのは自明の理。しかし私は何かしらの理由があると仮定しても一貫して東方Projectのキャラクターである必要性は皆無だと思うのよ。全員そうなのかは分からない、でもここに集まった四人は少なくとも東方キャラ。偶然よりも必然を疑った方が早いわ。だから東方キャラで統一されている、そこに何か取っ掛かりがあるのよ」

 

 そう言ってコーラを啜った。

 カラン、氷がグラスに当たって転がる音が部屋に響く。

 

「東方キャラで統一されている……。何かしらの目的を果たす為には東方キャラでなくてはならない、または東方キャラしかこのような憑依現象の条件を満たせない?」

「ええ。違いないわ」

 

 個人的には後者ね、と付け足すようにレミリアは口にする。

 しかし分からない。東方キャラであるのが必要条件だろうと十分条件だろうと、動機が不明過ぎる。

 例えばもし好きなキャラを現実に呼びたいとかならば、僕の近くに元凶がいなくては説明が付かない。

 

「まあ目的なんてこの際どうでも良い。問題は、誰がやったか。……私が思うに一番怪しいのは、結局はこのゲームの製作者なのよ」

「製作者……ですか」

 

 ピンとは来てないけど、口で噛み締めるみたいに言えば何となく関係している気がした。

 

 東方Projectの製作者、その正体はこのゲームの人気さに反比例するくらい不明だ。情報は皆無と言って良い。

 イベントでは一切姿を見せず、ブースでは売り子が一人で捌くのがいつもの光景。取材も拒否し、完全にベールで覆われ尽くされた人物。

 博麗神社から肖って神主と便宜的に呼ばれてるけど、その正体を知るのは売り子しかいないと言われている。

 

 製作者ならばまあ、東方という枠に拘る理由がありそうな気もする。気がするだけで何一つ確定的な事実は無いんだけど。

 

「確かに……分からない話ではないですが」

「私だって半信半疑よ?でも手元にある情報から推測するのはこれが限界なのよ。で、ここからが協定の話になるわ」

 

 コトン、とグラスを机に置くと両方の指を絡めて肘を机に乗せる。

 

「貴方達には東方例大祭でその辺りを探ってほしいのよ。確信を得る為にね。その間に私達は仲間を探す。要約すれば、東方例大祭において私達は共同作戦を行う、これが3つ目の協定よ」

「良いですよ」

「……ヤケに返事が早いわね」

「元々行くつもりでしたから」

 

 ペンを走らせると、レミリアは紙を手に取り満足げに自分の書いた文字に頷いた。

 

「なるほどね。まあ、私からは以上よ」

「私も無いです。では、協定はその3つということで宜しいですか?」

「異存は無いわ」

 

 カチッ、とペンを仕舞う音。

 これで大体、話すことは話したと思う。

 

 ……いや、1つ残ってることがあったな。

 

「レミリアさん。用件は2つじゃなくて、3つでしたよね?」

 

 情報共有と協定締結で2つ。

 ……じゃあもう1つは何だろう?

 レミリアは吃りながら肯定する。

 

「え、ええ。そうだけれど……」

「"延長料金で遂に支払い金額が財布の総額を越しちゃったから不足分払ってほしい"…………ですか。ええ、そうですか」

 

 流れてきた思考を紐解けば、随分現金な事実が明らかになった、

 この似非ロリ吸血鬼、あろうことか最初の時点から僕に支払いを押し付ける気満々だったみたいだ……!

 

「こ、心を読んだわね!?この人でなし!鬼!」

「鬼は貴方でしょうに……」

 

 辟易とした気分になって、溜息を吐いた。

 払うのは別に良いよ、良くないけど許容するとして。

 

「この状況も運命を操って出来たもの……だったりしないですよね」

「そ、そこまでしないわよ。それに私の能力にそこまでの力は無いわ。出来るのは精々不確定の未来を見通す程度。鮮明に見える時間距離は1時間以内に限定されてるのよ。それ以上の未来を見ようとすると汚い川を泳いだみたいに先の景色が曖昧模糊に濁ってピントが合わないからやらないわ」

 

 口を尖らせて言う。

 やはり能力のデチューンはされているみたいだった。誰が何の為に能力の制限を掛けているのかは分からないけど、今はありがたい。

 しかし1時間先までの未来を見通す、かぁ。

 ショッピングモールで僕が襲われる事を知ったのも1時間以内の話ということになる。

 

「まあ、支払いしてくれれば貸し借りは無しって事でいいわよ」

「はあ……そうですか」

「元々そういうのは好きじゃないしね、私」

 

 腑に落ちないけど、僕は頷く。

 結局お金で解決してしまった。貸し借りがイーブンになるのは確かに良いことだけど何となく小骨が喉に引っかかる感覚がある。

 レミリアは脱力するようにソファーにどっぷりと座った。

 

「用件2と3は終わりね。後は情報共有しましょ」

「……そうですね。まずはそちらの能力について知りたいです。具体的に、どの程度原作より性能ダウンしているのかを」

 

 あ〜それね、とレミリアは親しい友人にでも話しかけるかのような軽い声音で紡いだ。

 

「私の能力はさっき話した以上の事はないわ。フランに関してはまあ、ある一定質量以上の物は壊せないってとこかしら」

「一定質量、ですか」

「ええ。10kgを超えるものは破壊出来ないと言っていたわ」

 

 チラリと僕はこいしとトランプで遊んでいるフランのことを確認する。

 

 たった10kg。

 人間1人どころか、ちょっとした小動物すら壊すことも出来ない。

 ───それなのに、僕を庇うように男の前に対峙したのか。

 

「ま、そうは言っても実際はそんな法則有ってないようなもんね」

「どういうことですか?」

「貴方、仮に車がここにあるとしてそれが一つの物質から出来ていると思う?ボディー、エンジン、タイヤ、マフラー、シート。更にそれを分解すれば基盤やらネジやら、沢山の部品が出てくる。簡潔に言えば、世の中の有機物は単体が集まって構成されているのよ」

「その1つ1つを壊していけば、何れは大元も破壊されると」

「そゆこと」

 

 例え大きなものであっても、構成要素を破壊していけばそれほど時も要さず機能不全を起こす。タイヤに穴を開ければ車は上手く走れなくなるように、心臓の細胞をプチプチと壊していけば人間に不可逆的なダメージを与えられるように。壊せる。壊せるんだ、きっと。

 

 レミリアは金色の髪を見ると、目を細めた。

 

「あの子のそれは本物なのよ。過程は有れど結果は同じ。時間を掛ければ完璧な破壊も容易い、原作同様ね」

「なるほど……理解しました」

「じゃ、こちらからも質問良いかしら?」

「はい。どうぞ」

「貴方達の関係は何なの?見たところ仲が良いようだけど」

 

 僕とこいしの関係。

 ……正直、バッサリと言えば。同じ立場というだけだ。

 この状況が終了すれば、僕たちの数奇な巡り合わせも終わるだろう。

 

「……能力で分からないのですか?」

「分からないからこうして聞いてるんじゃない。心が読める癖に悪趣味ね」

 

 …………確かに。本当に知らないみたいだ。

 無難な言葉を掻い摘んで、たっぷり数秒置いてから息を吐く。

 

「私とこいしは姉妹ですが他人です」

「へえ、そうなの」

「今は一身上の都合もあってこいしは私の家に泊まっていますが、血は繋がってないです」

 

 面白そうにレミリアの口元は弧を描いた。

 

「貴方も変わってるわね、女の子のなのに他人を簡単に家に上げるなんて。見た目に沿わず温情深いのかしら、それとも善人志望?」

「私は男ですよ?」

「……………………………………え?」

 

 500年もの歳月を生きてきた幼い吸血鬼は、大層な時間を使って言葉にもなってない、吐息にも似た音を発した。

 ポカンと、何か理解できないものでも見てしまったかのように目を大きくする。

 心を読まなくても分かる。メチャクチャ動揺してる。

 

「お、男……?」

「ええ。今はご覧の通り少女ですけど……安心して下さい。こいしはちゃんと女の子ですよ」

 

 レミリアはカッと目を見開いた。

 

「へ、変態…………変態よ!変態じゃない!」

「ち、違います!?不可抗力ですから!」

 

 FXで全財産溶かしたような目をしたと思ったら急に糾弾され始めた件について。

 変態変態連呼しないでよ!ほら、脇で遊んでた二人がこっち向いてるから!

 気持ちは分かるよ?分かるけど僕の事情を慮って欲しいんだマジ。

 

「私だって好きでなったわけじゃないんですよ!それに私の本来の性別くらいパパっとその大層な能力で見通せば分かるじゃないですか!」

「能力で過去の事は見通せないわよ!運命っていうのは人の意思を超越してやってくる将来の吉凶禍福の巡り合わせの事を言うの!だから貴方がカマでも知らないわよそんなの!」

「カマじゃないです普通です!」

「え、お姉ちゃんカマだったの?」

「カマじゃない!」

「女の子が好きなの?」

「そうだけど違うわこいし!」

「じゃあ男が好きなのね」

「だから違うわよ!」

 

 こいしまで面白そうと思って乱入して来ないでよ!今めっちゃ面倒くさいんだからね!

 こいしが来たということは、つまりフランも側にいるということで。

 見てみれば、不思議そうに首を傾げるフランがこいしの後ろから出てきた。

 

「別に良いじゃない。男だろうと女だろうと。私もバイ(可愛い女の子好き)だし」

 

「「「………………へ?」」」

 

 間抜けに響く、疑問符の三重奏。

 ……今、なんか凄いことカミングアウトしなかった?

 

 フランは再び首を傾げながら「え?私そこまで変なこと言ったかしら?」

「……変というか、驚き十割と言うべきか」

「ふ、フラン?それホント?ホントのホントのホント?」

「お姉様、私は嘘を吐かないわ。それにここには便利な悟り妖怪がいるじゃない」

「古明地さとり!さっきの協定よ!フランの心を読みなさい!今!すぐに!」

「まあいいですけど……嘘をついてる気配は無いですね」

 

 レミリアすら知り得なかった真実に、今までの空気がガラリと変わる。

 僕としては恋愛対象なんて別に好きになった人を好きになれば良いと思うし、どうでも良いけども。そもそも恋愛したことないし。

 でもレミリアは違うようだ。

 現にブツブツと「フランが女の子のお嫁さんに……でも男に奪取されるのも嫌だけど……」とか言い始めた。普通に気味が悪い。シスコンかよこの人。

 

「お姉ちゃん、バイって何?」

 

 あ〜こいしには分からないよね。だよね。

 でもその穢れを知らぬ純粋無垢な質問は僕に効くから止めてくれないかな。いやホント。

 

「こいしにはまだ早いわ」

「へ〜。教えてフラン」

「男も女も好きになれる魔法の言葉よ」

 

 あのさぁ、人が折角飛んできた豪速球を受け止めようとしたのに無理矢理打ち返さないでよフラン……。

 人を好きになるのって奥が深いのねー、とかこれまた微妙にズレた事を言い出すこいしに肩を竦めつつレミリアの方を確認する。

 

「フランが同性と結婚フランが同性とハネムーンフランが同性と新妻生活」

「あの、レミリアさん……?大丈夫ですか?」

「私は大丈夫よ。ノーマルだもの。でもフランと結婚するかもしれないわ。だって私は長女だから。長女は妹の責任を取る責務があるのよ、長女だもの」

「ダメみたいですね」

 

 グルグルと目を回すレミリアの眼前で僕は手を振ってみる。反応が無い。ただのヴァンパイアのようだ。 

 

「レミリアさん、気を確かに持って下さい。フランさんはバイと言いました、即ちまだ決定的な同性愛者という訳ではないという事です。好きな相手次第で恋愛対象の性別が変わるということは、男と恋愛することだって十分考えられます」

「…………でもそしたらフランが男とくっつくじゃない。それはそれで嫌よ」

 

 うわっ、この人面倒っ。

 シスコンって初めて生で見たけどこんなに面倒なんだ。思わず一歩後退っちゃったまである。

 

 そんな本音(?)が聞こえたのか、フランはぶすっと顔を歪ませた。

 

「お姉様にとやかく言われる筋合いは無いわ。……大学2年にもなって処女の癖に」

「フラン!?そういう事を何で言っちゃうの!?」

 

 小首を傾げるこいしを尻目に僕は部屋の薄汚れた壁を見た。

 居辛い。こういう話題に着いてけないから曖昧に笑って誤魔化す。

 女三人集まれば姦しいとは言うけど、殊にスカーレット姉妹に関しては二人でも姦しい。

 と言うか大学生だったんだレミリア。なのにカラオケの延長料金すら払えないんだレミリア。

 

「言われたくないなら恋人の二人や三人作ればいいじゃない」

「そんなに出来たら苦労しないわ……ってそんな事どうでも良いのよ。話が逸れ過ぎよ全く」

 

 レミリアはマラソンを走りきったよりも深い疲れを見せながら溜息を吐いた。

 漸く元の話に戻れる。

 ……でもまた無関係な話に流れたら嫌だなぁ。

 一縷の不安を感じた僕は話の主導権を握るために口を開いた。

 

「他に何か聞きたいことはありますか?」

「他に、ねぇ……」

「さとりは彼氏いるの?あ、彼女か」

「いませんけど何か」

「ふーん。お姉様にピッタリじゃない?」

「フラン、その話題は終わりよ。終わり。真面目になさい」

 

 へーい、とフランは面白くなさそうに口を結んだ。

 レミリアにしては粗雑な言葉だ。本当に鬱陶しく思ったのだろう、シスコンだけど〆るところは〆るようだ。

 

「そういや貴方、今何歳なの?」

 

 思いついたかのように八重歯を光らせてレミリアは言った。

 身の上の話はあんまりして無かったね。どうでも良い身の上話は散々してた気はするけどそれはノーカンとして。

 

「今年高校生になりました」

「あら、存外に若いわね。一緒にワインでも飲もうかと思ったのだけど、如何かしら?」

 

 何で未成年と分かった上で誘ってくるのか。

 僕の中のレミリアのイメージが駄目大学生と凋落してきたのを声音に包みつつ、僕は喉を震わせた。

 

「遠慮します」

「つれないわね……。他に聞きたい事はない?」

 

 レミリアは目を細めながら緩慢に指を絡めた。

 聞きたいことと言われても……。

 粗方、現状に関しては共有出来たし能力についても理解した。他に知りたいことと言えば……。

 

「……そうです。貴方とフラン、実際血が繋がった姉妹なんですよね?」

「ええ。その通りよ」

「何で貴方達、互いにその姿の名前で呼んでいるんですか?」

 

 

 

 




本編よりサブタイで悩んでる。

次回:帰宅(の予定)

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