古明地さとり(偽)の現代生活   作:金木桂

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やっと買い物編が終わります、長かった。


問11:二国間協定とは何か簡易に説明せよ。またTPPについて古明地さとりとレミリア・スカーレットの会話を例に用いていて具体的に説明し、言及せよ。

 口にしてみれば、余計にその疑問は風船みたいに膨らんだ。

 姉妹であるなら互いの名前で呼び合うはずなのに、フランとレミリアがガワの名前で呼んでいるのは何故か。想像を働かせても分からない。

 

 何でかレミリアはキョトンとした顔を張り付けて、それから思案するように俯いた。

 

「…………気付かなかった」

 

 強張った顔で、そう低い声で囁いた。

 

「……え?」

「気付かなかったの。気付かなかったわ!今指摘されるまで、私は微塵も疑問に思わなかった!」

 

 それ、は。

 頭を上げたレミリアと目と目が合った。紅の双眸と視線が交わる。

 部屋は空調で温度が保たれているのに、慄くようにその額からは玉の汗がツーと流れていた。

 幾許かその状態が続いて、何かを察したようにレミリアは虚空を見つめて、再び僕へと視線をスライドさせる。

 

「いや、もしかして……」 

「どうかしました?」

「貴方、自分の名前を言ってご覧なさい?」

 

 冷徹な瞳から繰り出された言葉に僕は分からないながらも、小声で紡ぐ。

 

「古明地さとりですけど…………!?」

 

 ───どういうことなんだ。

 僕は確かに本名を言ったつもりだった。

 綾辻廣弥(あやつじひろや)

 珍しい名字に、妙に難しい漢字の入った名前。

 でもそんな文字列は口から出て来ず、代わりに出てきたのは僕の良く知る架空のキャラクターの名前。

 冷たい手で心臓を鷲掴みにされたような、酷い不快感を覚える。

 

「……やっぱりね」

「これは……?」

 

 確信が練られたレミリアの物言いに、反射的に聞き返す。

 

「本名が、口から出せないのよ」

「何でそんな……」

「分からないわ。でも私の感覚だけで物を言うなれば、同一化が起きてるのかもしれない」

「同一化、ですか」

 

 ……同一化といえば。

 他人の感情とか行動とかを学習して、自己に取り入れ模倣し変容していく心理的過程のことだ。

 でも僕が、身体だけではなく精神まで古明地さとりになりつつある?

 

「そんなことが、ありえるのですか」

「さあ?分からないわよ……。あくまで推測よ推測、考え得る可能性の一つに過ぎないわ」

 

 つまらなそうに、はたまた物憂げな表情で、レミリアは前髪を捻る。

 

「ただ、私の口調がレミリアに寄ってるのもそのせいかもしれない。預かり知れぬところで同一化が進行してるという仮説を否定する材料は私達には無いわね」

「……では、この状況を放っといたら本当に外見通りのキャラになると?」

「それこそ分からないわよ。しかしまあ、もしそれが真なら私達にはそう多くの時間は無いでしょうね」

 

 その為の協定よ、そうレミリアは窓越しに浮かぶ月に語りかけた。

 

 

 

 

 

 

─────────────────

 

 

 

 

 

 

 微妙に高いカラオケ料金に涙目になったレミリアを哀れんだ僕が全額支払うと、ボロいビルの一角から僕たちは再び街へと繰り出した。

 既に夜の帳は完全に降り切っている。月は天高く上り、生暖かい空気の遥か上空では星々が瞬いていた。

 パラバラと帰宅していくスーツ姿の社会人とすれ違いながら紙袋を手に駅へと向かう。

 

「あの、レミリアさんはどちらにお住まいなんですか?」

 

 無言の間に耐えれず、ついおずおずと聞いた。

 

「貴方達と同じ最寄駅よ。方向自体は反対だから少し遠いけれども」

「何で家を知ってるんですか……」

「それも運命よ」

 

 ハイハイ、能力と。

 万能過ぎるでしょレミリアの能力。

 僕のと交換してほしい。てか僕の能力は悟り妖怪だから分かるにしても何でレミリアは運命を司る能力なんだろう。ヴァンパイアなのに。格差を感じる。

 

「思ったんだけど、レミリアもフランも髪の毛隠さないのね」

 

 二人の姿を凝視してからこいしは淡々と言葉を漏らした。

 言われてみれば、確かに。

 目立つ帽子こそ外しているものの金髪銀髪というのは目立つ。現にここに来るまでと同様、対向者の視線を感じる。

 フランは当然とばかりに飄々と答える

 

「面倒だもの。流石に翼は不味いから頑張ってるけど、髪くらいどうってことないわ。それに金髪なんてその辺のチンパンジーが良く染める色じゃない」

「フラン!口を慎みなさい」

「ごめんなさいお姉様」

 

 レミリアに一喝され、素直に謝るフラン。でもその表情筋はピクリとも仕事をしていない。

 うん。絶対反省してないなこのロリ。

 ……まあそれは置いといて。

 こいしの疑問も分かる。僕なんか黒いパーカーを着てフードを奥までずぽっと被ってる訳で。

 

「レミリアさんは銀髪ですよね。目立ちますけど、隠さないんですか?」

「私の場合は逆を狙ったのよ。ほら、帽子を被っていないレミリア・スカーレットなんて正しく認識されないでしょ?」

「私はしましたけど……」

「そりゃそうよ。貴方は私と同じく憑依をしてしまった人間、それにフランの事を先に見ていたのだから容易に想像できるでしょ」

 

 そう言われると反駁は出来ない。

 ショッピングモールの時点でレミリアが居ることはほぼ分かっていたし、カラオケルームで見た時も驚きは無かった。別の驚きはあったけどね。

 だが、懸念はもう一つ。

 

「ですが、金髪と銀髪の少女が歩いていたらこうして注目を惹きます。その内勘付いて接触する人もいるのではないでしょうか」

「その時はコスプレで押し通すわよ。それにリスクを取る分リターンもあるわ」

「リターンですか?」

「ええ。他にもこの状況に陥った人がいたら話し掛けてくるかもしれない、というリターンがね」

 

 可能性は、あると言えばある。

 僕だってこいしより先にスカーレット姉妹を見かけていたら話し掛けていたかもしれない。

 

(───まあこんなの建前だけど。だって面倒じゃん。変装とか。ただでさえ羽隠すので精一杯なのに)

 

 しっかし。

 心の読めない覚り妖怪だったら僕を騙せたかもしれないね。

 フレンドリーファイアする趣味は無いから口にして言う気はないけど、誰も彼も僕がさとりである事を忘れがちだね。こいし以外の心は手に取るように汲み取れるというのに。

 

 改札内に入ると、取り留めのない話をしながら階段を上ってプラットフォームに立つ。

 構内に吊り下げられた時計で時刻を確認すれば、午後7時。道理で外が暗い訳だよ。

 

「夜ご飯、どうしようかしら」

 

 主婦みたいな独り言が漏れた。何時もならこういう時、適当に牛丼屋とか入って済ませてしまうんだけど今はこいしもいるしなぁ。

 レミリアも疲れたように自分の肩を解しながら反応した。

 

「そうねぇ。ねえフラン、冷蔵庫に何かあったかしら?」

「覚えてないわ。ビールならダース単位であるけど」

「流石にお酒でお腹は満たせないわよ」

 

 揶揄するようなフランの返事にレミリアは溜息を吐いた。

 ウチの冷蔵庫は何があったっけ。……覚えてないけど昨日買い出しに行ったばかりだから沢山食材はあるはず。

 

「お姉様、私寿司食べたい」

「そんな贅沢する余裕無いわよ……!」

 

 紅魔館が爆破された後みたいなやり取りを聞きながら、線路の向こうで光の点となった電車が近づいて来る様子をぼんやりと見つめる。

 次第に大きくなる光と、明瞭になる輪郭に目を細めているとガタンゴトンとスピードを緩めた電車がホームへと進入して来る。

 車内にはそこまで人がいなかった。この手前の方はかなりの人口を抱えた住宅街だけど、この先はもう過疎地域一歩手前だからだ。

 終点まで約30分、東京までは一時間弱。地理的に妥当なとこだと思う。

 

「電車って凄いわ……1分のズレも無いなんて」

「なにそれ。こいしは乗ったことないの?」

「今日初めて乗ったわ」

「そうなんだ。不思議な家庭環境ね」

 

 フランは内心(電車に乗ったことないなんて……面白え女)とか呟いてたけど口に出してないからまあセーフ。思考が完全にサブカル女のそれだよね、実際。

 

 電車に乗ると、控えめに顔を上げつつ空いている席を探してみる。

 1つや2つならともかく、4人連なって座れる席は無い。

 レミリアが「あそこで立ってましょう」と閉まっているドアの前に行こうとするのを手で制す。

 

「あそこの2つ空いている席の右隣りに座ってる美男美女のカップル、次の駅で降りますよ」

「貴方の能力、こういう時に便利よねぇ」

 

 もし僕がちゃんと学校に通う高校生で、長距離通学ならとても重宝したことだろう。

 ただ生憎高校までは家からバスで10分、歩いても40分。

 宝の持ち腐れとはまさにこの事だった。

 

 僕は吊り革を握ろうとカップルの前に立つ。冷房が身体に降りかかって、思わず握ってない方の手を袖の中に入れる。所謂(いわゆる)、萌え袖。別に何か狙ってる訳じゃないけどあざとい、我ながらあざとい。

 僕は無言で吊り革を掴もうとして、スッとすり抜けて僕の手が空を切った。

 …………アレ。

 

「お姉ちゃん……それは無理だと思うの」

「…………そうだったわ」

 

 僕は上を見て、漸く理解した。

 癖で握ろうとしちゃったけど、客観的に吊り革に手が届くはずがない。伸ばしても伸ばしても精々吊り革の下の部分を掠めるのがやっと。背伸びして何とか輪っかを掴めるのが、今の僕の身長だった。

 

「お姉ちゃん座らないの?」

「ええ、こいしが座りなさい」

「分かったわ」

 

 こいしは未だ珍しい物を見るみたいに電車内を見回しながら席に座った。

 隣でも似たような会話があったようで、レミリアがこいしの隣に座る。

 

「さとりも座らないの?」

「はい。まあ理由は特に無いです」

「あら、似たもの同士ね。私も同じ」

 

 そう言ってフランは穏やかに笑って、鉄のポールを握った。

 程なくして電車は動き出して、揺れる車内に抵抗すべく足で踏ん張る。

 

 何となくカップルの方を気付かれないように見遣る。

 

(ハル君……横顔も可愛い!いけないいけない、私なんかがそんな事を考えたら。私は姉、ハルの姉なのよ)

(フユ姉さん…………駄目だ、早く帰らなきゃ。こんな事を考えてるなんてバレたらそれこそフユ姉さんに合わせる顔が無くなる)

 

 ……どうやらとっても複雑な関係のご様子。

 羨ましいとは別に思わない。思わないったら思わない。ラノベ主人公に憧れる年齢はもう過ぎ去ったのだ、と僕は思い込んだ。

 

「……チッ」

「"ぎゅっとしてどかーん、してやろうか"…………フランさん?駄目ですからね?」

 

 小さく舌打ちをするフランに間髪入れず指導を入れる。

 怖い。この妹怖すぎる。

 狂気に狂ってるはずじゃないのに、ナチュラル狂気を感じる。

 

「冗談よ冗談、するわけ無いじゃない」

 

 あははは、とフランは軽やかに笑って僕は溜息を吐いた。

 心の中の声なんだよなぁ……。

 

「こういうのはレミリアさんの役回りでしょうに」

「私は楽だから良いけれどね」

「私は良くないです。元からこうなんですか?」

「まあ……元よりまだマシかも」

 

 元よりマシってどういうことさ。

 不穏な一言が胸を掠めるけど、思考を深める前に減速していた電車がゆっくりと止まった。

 心を読んだ僕は譲るようにスペースを空ける。すると前に座っていたカップルは立ち上がり、電車から降りて行った。

 

「ふー。やっと座れるわね」

 

 僕は無言で相槌を打って、同じく座る。

 シーツは人の座っていた温もりで生暖かい。残り香が鼻孔をくすぐる。

 湿度の籠もった涼しい風が車内に流れ込んだ。

 

 

 何の気無しに力の無い会話を30分ほどしていると目的駅には容易に着いた。

 開いた扉を潜って、蛍光灯で明るいプラットホームへと立つ。心地の悪いモワッとした空気が髪を撫で上げる。

 

「……古明地こいし、貴方今日もさとりの家に泊まる気?」

 

 階段を上ろうと足を上げたところで、一筋の悪寒が身体を走った。

 

「うん、そのつもりだけど」

「今は童女と言え、元が男の家じゃ辛いものもあるでしょうに。……私の家に来ないかしら?フランと二人で暮らしてるから、性差で悩むこともないわ」

 

 こいしは肯定も否定もせず、段差を越えようと右足を上げた。

 

 …………道理だ。

 僕は男だ。外見が少女のそれになろうと、精神に変異を来した訳じゃない。

 頭で僕はそれを理解した。理解しても砕けない感情があった。

 感情を解体して正体を掴もうと躍起になる。この心に鉛が沈んだような感情は何なのか。どう出来ていて、何でシナプスまで作用しているのか。

 

 分からない。

 何も分からない。

 一つ確かなのは、僕は古明地こいしに執着心のような、何か醜い感情を投影していると言うことだ。

 

「こいし、レミリアの言う通りです。男の家ではなく女の子の家に泊まるべきよ」

 

 感情を噛み締めて飲み込んで、ザラザラとした口内を無視して僕は言った。

 こいしの考えている事が分からない。

 当たり前だ。そういう風に出来ているのだから。

 何時もならばその方が接しやすいと大した思考もせず受け入れていたのに、今はそれが恨めしい。

 

 他人の感情なんて至極どうでも良い。両親が亡くなってからはより顕著に、一人で生きてきた。これまでの軌跡だってそれなりの日々を過ごしてきた。

 幸福だったかどうかは分からない。慣れた日々に流されるのは不自由もなく、でも幸福も無く。

 虚ろな僕の日常はそれでも悪いものではなかったはずだ。

 

 だけれど、僕の内側でそれをブチ壊す何か、知らない情動が芽生えているのかもしれない。

 

「……私はお姉ちゃんの家に泊まるわ」

「……へ?」

 

 何の迷いも無いみたいに、こいしは唇を戦慄かせる。僕は素っ頓狂な声を上げた。

 レミリアは心配そうに眉を上げた。

 

「私が口を出すべきか迷うけれど、暮らし辛いんじゃないの?」

「いいえ。そんなこと無いわ。お姉ちゃんは私が居ないと駄目なんだから」

 

 だ、駄目……って。

 人をそんなクズ男みたいな扱いして欲しくないんだけど………………否定出来ない。片付けとか掃除はこいしだし、風呂まで介抱されてるし。

 静かに項垂れていると、階段のてっぺんに足を付けた。トン、と踵が床を鳴らす音が響く。

 

「それに、私達は姉妹。お互い助け合うべきだと思うわ」

 

 意識してるのか、こいしは片目を瞑り僕へとウインクを飛ばした。

 

「…………そこまで言うのなら、もう何も言わないわ。為すがままになさい。その先に果実が実ることを願ってるわ」

 

 御機嫌よう、とレミリアは反対方向へと歩んで行く。二回改札から出れば閑静な住宅街だ、そこにレミリア達の家があるのだろう。

 

「じゃあねこいし、また明日」

 

 フランもそう言うとレミリアの後へと続いた。

 また明日という言葉がそこはかとなく引っ掛かるけど……大した意味は無いか。フランだし。

 

 分かりにくい言い方だったけど、あれはレミリアなりの励ましの言葉だったのだろう。

 為すがままになさい、か。

 偶には本物っぽいことも言うじゃん、あの吸血鬼。

 

「……帰りましょう」

「うん、帰ろ」

 

 暗くなった夜道。

 心許ない足元をしっかり踏み締めて、帰途へと就いた。

 

 




これで男物の服を着るさとりは居なくなった(精神的女装)

次回:日常生活(たぶん)
ちょっと時間開くかも
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