古明地さとり(偽)の現代生活   作:金木桂

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遅れました、ごめんなさい。
グダります、ごめんなさい。
今日は番外編含め2話投稿しています。


2章 古明地さとり(偽)と艱難
問12:綿産業に関して、1000年から2010年までを第一期から第四期に分けて世界的視点で説明せよ。或いは古明地さとりの可愛さを記入せよ。


 翌朝。

 

 カーテンから漏れる、掠れた太陽の光が目に入ってきて僕は目覚めた。

 

「暑いわね……」

 

 今日こそはとちゃんと布団を用意したのにも関わらず寝床に入り込んで来たこいしを剥がして、僕は起き上がると伸びをする。

 腕を頭の上まで持っていたついでに髪の毛をクシャッと掴んでみると滑らかな生糸みたいな感触が手のひらを走る。

 

「……古明地さとりですか」

 

 憑依が始まって3日目、未だに治す方法は分からず。自然治癒にも期待できそうにない、駄目だこれ。どうしよう。

 

 クヨクヨ考えても何も分からない。

 溜息吐いて、窓の外側を見てみる。

 今日の天気はすこぶる快晴……じゃないみたいだ。空の向こう側に浮かぶ鉛筆で何度も塗り潰したかのような黒い雲は方角的に此方へと流れてくるだろう。

 スマホで天気を検索しても僕の予想通り、本日は晴れのち雨。一番どう過ごすか迷う天候だね。

 

 朝の6時に起きたからと言って無趣味な僕にやる事も無く、冷蔵庫から買い溜めしていたパックコーヒーの中身をコップに注ぐと働かない思考でベランダを開ける。朝の爽やかな木漏れ日と共に内外の気圧差でゆるかな風が室内へと吹き込んだ。

 

 ベランダにある木製のチェアに座って手前の快晴を肴にコーヒーを煽る。

 

 思えば、一昨日にこんな事態になってから引きこもってたニヶ月とは比較できないほど色々とあった。

 初日はこいしと出会って、他人とは思えず何故か家に泊め始めた。

 昨日はショッピングモールに行って変な人に襲われて、そこでフランとレミリアに会った。本当の姉妹とか言ったけど、ホントなら全然性格似てないなぁと思う。

 だいぶ端折っても濃い日々である。

 そしてその三日目。水曜日となる本日。

 世間的には漸く平日の半分で、学校や会社などで忙しい人たちも少し肩の荷が下りてくる曜日だろう。

 

「まあ、関係ないけど」

 

 現役引きこもり高校生的には普通の休日なんだけどね。

 

 

 

 

 

 

 こいしは8時頃になるとモゾモゾと起き出した。

 丁度その時間に朝食が出来上がっていたので、朝食の出来た匂いで目が覚めたのかと勘繰るほどのタイミングの良さだった。

 

「お姉ちゃんおはよう……」

「おはようこいし。良い朝ね」

「ええ……二度寝に良い朝だわ。おやすみ」

「起きなさい。起きなさいこいし」

 

 違ったみたいだ。眩しくて起きただけだこれ。

 僕は寝入ろうとするこいしをゆさぶって起こすと、その足で朝食の席に着く。こいしもフラフラと卓袱台の前に座った。

 

「いただきます」

 

 手を合わせて、ロールパンに齧りつく。ふんわりとした食感が口の中に広がり、生地に練られたバターの芳醇な香りが鼻腔から抜けていく。

 朝ごはんをゆっくりと食べながら、脳内でどうでも良い事を考え始める。

 地霊殿ではこうしてご飯を食べる時、いただきますとか言うのだろうか。

 覚り妖怪は日本の妖怪だから言うのかもしれない。語源として、この言葉は自然の実りや食材への感謝を表したフレーズであり、原始的でアニミズム的な側面を含んでいるから、つまり近代的な考え方に従属するものじゃない。どちらかと言えば先時代的な思想によるものだ。

 けど「いただきます」という言葉が挨拶として用いられ始めたのは一説によれば昭和中期とも言われているらしい。もしこの世界に古明地さとりが居たとして、昭和中期に日本にいたのだろうか?

 うん、まあ多分居ただろう。

 ただし幻想郷の旧地獄という酷く辺鄙な場所だろうけど。

 

 結論、地霊殿では食前の挨拶は無い。多分。

 

「お姉ちゃん、今日はどうするの?」

 

 朝から一つ真実を暴いて満足げな僕にこいしは不思議そうに首を傾げつつ、その疑問を形にすることなく別の話題を振った。

 

「そうねぇ……」

 

 正直なところ、何も考えてない。

 例大祭は日曜日。まだ少し先だけど……ん?

 何かを忘れているような。

 

「……あ、カタログ」

「カタログ?」

 

 突いて口から出た言葉をこいしはオウム返しするように繰り返した。

 そうだよ、なんで忘れてたんだろう……!

 例大祭の入場にはカタログが必要なんだ。

 カタログには例大祭に参加するサークルの詳細が書いてあって、入場する際にはそれを頭上に掲げて例大祭の運営さんに見せる。無ければ現地で買うことになる。

 

「カタログよカタログ。例大祭の」

「……あ〜、そう言えばサイトに書いてあったかもしれないわ。入場には必要って。お姉ちゃん知ってたの?」

「ええ、絶対に買わなきゃならない本だわ」

 

 一応、現地でも買えるけど場合によってはそこそこ長い列に並ぶ可能性もあるから避けたいところだ。

 

 何より今の僕の姿。

 古明地さとり。

 今まで外で何度かその姿を意図的では無いにせよ、白日の元に晒したにも関わらず大きな問題に巻き込まれなかったのは一概に古明地さとりの知名度に助けられたに他ならない。

 

 もしこれが少年ジャンプの有名キャラなら僕はもっと目立っていたに違いない。

 もし国民的アニメの猫型ロボットだったら更にヤバい状況下だったと想像は容易い。

 もし夢の国の住人とかだったら……うん、もう考えたくない。あと著作権に厳しいからこれに関しては訴訟されそう。良かった夢の国のキャストになってなくて。

 

 脱線してしまった。

 ともかく、古明地さとりは一般的には知名度が低い。所謂、オタクへの影響力はあるけどその他の層は名前を聞いても「え?誰なんですかそれ」と首を捻ってまあどうでも良いかと思い直すだろう。

 しかし。

 東方例大祭は違う。

 その名が冠する通り、東方(・・)だ。

 新キャラならまだしも、古明地さとりを知らない例大祭参加者なんてほぼ居ない。ゼロに等しい。何なら「小5ロリね〜分かる。分かるよ、俺めっちゃすこ、東方ロリと言えばの5本の指に入るよね〜」とか言ってる参加者がノーマルだったりする。

 

 僕たちの目的は例大祭で同人誌を漁る事でもなければブースを冷やかす事でもない。

 この奇っ怪な現象のチップを見つける為に参加するのだ。

 だから、幾らコスプレのフリをするとしても。現地で長い時間並んで正体が露見するリスクは絶対に無い方が良い。

 

 ロールパンのつるっとした表面にいちごジャムを塗りながら、視線をパンに向けてこいしは口を開いた。

 

「ふーん。カタログってどこに売ってるの?」

「それは行ってからのお楽しみよ」

「えー?どうせ本屋とかでしょ?」

 

 そう言ってこいしはつまらなそうにパンを齧った。

 ただ、その辺は安心して欲しい。

 確実にこいしが人生で一度も行ったことが無い場所だからね。

 

 

 

 

 

 

 

─────────────────────

 

 

 

 

 

 

 

 

 朝ごはんを食べ終え、色々と家事も終えて一時間後。

 

 僕は買ってきた服を目の前に苦悩していた。

 それはもう、ド忘れしてしまった英単語をどうにか捻り出そうと躍起になった受験生みたいに苦悩していた。

 

「着替えないの?」

「ちょっと待ってこいし、もうすぐ終わるから」

「そう言って30分経ったわよ?」

 

 じゃあもう30分待ってほしい。

 可愛らしいトップスや、ヒラヒラとしたスカートを床に並べて頭を抱える。

 

 そもそもの僕の失点は、昨日ジーンズやチノパンを買わなかったことだった。

 並ぶのは全てスカート。長さに違いがあれど紛うとことなく女性用のスカートだ。ついでにゴスロリドレスもあるが、流石に普段着として使うには論外なので畳んで衣装棚に仕舞ってある。

 

 悔やむべきはやはり昨日の買い物だ。

 あの時僕はこいしの着せ替え人形となってしまった。意志の弱さから、こいしに折れてしまったのだ。

 そうして一旦着せ替え人形と化してしまったせいか、僕の思考は自然と女性用の服を選出しようと手に取って購入してしまった。

 果てはゴスロリドレスまで買っちゃう始末……ホント、どうしよ。

 

「今更悩んでるの?スカートなんて昨日も履いていたじゃない」

「元から履いていたのとは別よ別」

 

 確かに古明地さとりという、キャラクターとしての衣装なら恥ずかしさはない。何でか良く分からないけど、自然体だからなのかな。

 でも新たにこういう服を手に取ると、嫌でも女装という単語が脳内を過るんだよね……。

 

 こいしは深く溜息を吐くと、やれやれとばかりに首を横に振った。

 

「思い切りが悪いのねー。お姉ちゃんなら何着ても違和感無いのに」

「心の問題なのよ」

「そんなのお燐にあげれば良いのよ」

「お燐はそんなの食べないわよ」

 

 適当に相槌を打ちつつ、広げたスカートを眺める。

 2分くらい触ったり見つめたりして時間を無駄に過ごす。

 その間に分かったのは僕がこのスカートを履くのを嫌がっているということ。取り忘れた値札の書かれたタグがまだ残っているということ。あと何かもう、通販で服買おうかなあということだった。

 

「お姉ちゃん、着替えないとお外に出れないわ」

「分かってるわよ。分かってるけどね」

「…………ちょっと目を瞑って貰って良い?お姉ちゃん」

「え?何で?」

「いいから、いいから!」

 

 問答無用!

 そう言わんばかりにこいしは困惑している僕の瞼に人差し指を伸ばし、僕は反射的に咄嗟に目を閉じた。

 何なんだろ一体……?

 よしおっけ、と呟くと瞼の上に置かれていた指の熱が無くなる。

 

「そのままね〜」

 

 そのままって言われましても……。

 視界を奪われるとか、まるで風呂に入るときの構図だ。

 

 その直後のことだった。

 ふわりと腰から勢い良く布が取れる音。風が直に皮膚へと当たって、身震いする。

 

「ちょ、こいし!?」

 

 1秒して、僕は悟った。

 ……寝間着にしてたズボンを脱がされたと。

 

「だって遅いんだもの。こんなんじゃ一生外行けないわ」

「だからって強引よ強引……!」

「別に良いじゃん。それに恥ずかしがり屋なお姉ちゃんの為に目を瞑らせたし、私結構忖度してるよ?」

「忖度してないわよ!ちょっと、ドサクサに下着まで……!」

「安心してお姉ちゃん。丁寧な仕事を心掛けるわ」

 

 そういう問題じゃない!

 思わず目を開けようとして、弾かれたように眉間に力を込める。

 駄目だ。今開けたらさとりの裸体を直視することになってしまう。それは避けなきゃならない。

 僕がそう判断している間にもこいしは手を止めない。ハキハキと、楽しんでるんじゃないかと疑うほどの手際の良さで服を取り去る。

 

「こ、こいし……!」

「大丈夫、大丈夫よお姉ちゃん。着替えは私が全部やってあげるからお姉ちゃんは手を上げてくれるだけで良いの。そのついでに下着も替えましょうね?」

 

 

 

 

 …………僕は、無力だった。

 こいし相手に力任せに振り解くことなんて出来ず、それ以前にそんな力は今のこの身体には存在せず。

 服を完全に取りされ、素早く新しい服を着させられた僕が次に何をしたかと言えば鏡の前で落ち込んでいた。

 鬱だ。

 とても鬱だ。

 後何日こんな思いをすれば神様は納得してくれるのだろう。

 長年培われて来た男としてのアイデンティティがいとも容易く崩れていく。

 そろそろ泣きたい。泣いたってバチが当たらないと思うんだ。

 

「お姉ちゃん、可愛いわよ」

「…………ありがとうこいし。でも嬉しくないわ」

 

 何とか現実を受け入れようと瞼を僅かに開けると、僕の服装はその辺を歩いている女子大生みたいな格好になっていた。

 袖口が大きく、首襟が波状に立った黒い服にグレイチェック柄のスカート。服だけ見れば大人の女性っぽい出で立ちでも、さとりの幼い顔立ちに小さな身体、気怠げに細められた瞳と癖っぽく跳ねた薄紫の髪の毛がどうしようも無いほど少女っぽさを演出していた。

 もっとも、髪を隠すために今回は帽子を被るけど。

 

 ……うん、言い訳が出来ないくらい似合ってる。

 僕が古明地さとりじゃなかったら赤面して可愛いねとか口走っちゃうかもしれないくらいには可愛い。 

 ……アレ、何だろう。我ながらこの余裕のある感想。

 そんな思考回路で良いのか僕。

 自分自身に問いかけながらも、理解したのは順調に僕もこの状況に慣れつつあるという事だった。

 

「お姉ちゃん、私も準備終わったわ」

 

 そう言うこいしの服装も普段のと変わっていた。

 こいしは水玉模様のワンピースの上に白いTシャツを着ていて、また普段とは違う印象だ。

 

「こいしも似合ってるわ……ところでそれファッション?」

「ファッションらしいわ。ネットで見たの、良く分からないけどこういう着方がトレンドらしいのよ?」

 

 とは言うけど、そのこいしの表情もはてなマークがありありと浮き彫りになっている。

 鏡で確認しても自信無さげにポーズを仕切りに変えて違和感を確認している。

 ……僕的にも、そのファッションは良く分からない。

 

「……シャツは脱いだ方が無難だと思うわ」

「……かな」

 

 最近のファッショントレンドって紅魔郷ルナティックより難しいのね、そう静かに溢したこいしに僕は流石に首を振った。

 

 




登場人物

・古明地さとり
本名は綾辻廣弥。3日目になって段々慣れてきる自分にちょっぴり恐怖感を抱いている。元は東京在住。アイスクリームは素早く食べる派。

・古明地こいし
この状況を割と楽しんでる。本名は雛菊千里。アイスクリームは舐めて食べようとする派(失敗していつも手をベトベトにしてしまう)



サブタイで2時間悩みました。悩みすぎて大学のとある講義の期末試験の問題になりました…。
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