古明地さとり(偽)の現代生活   作:金木桂

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本作はサブタイ50文字以上で提供しております。


問3:見た目と中身は未成年者だが設定上確実に500歳は超えていると思われる少女を合意の上で自宅に連れ込むのは犯罪か?

「こいし!!」

 

 走る。

 走る、走る、走る!

 

 僕の身体は酸素を求めて、何回も荒く呼吸が繰り返される。その度に苦しくて足を止めそうになるけど、それでも僕は前を向いた。

 僕のせいだ。

 陰鬱とした日常に愛着を抱いて、想いを捨てきれなかった僕の決断力の無さが全部悪い。

 

 ……でも、苦しい!

 僕の本来の身体より体力が無いんだ。

 それは自然の摂理だ。妖怪といえ古明地さとりは少女、男子高校生だった僕より体力がある訳がない。

 

「こいし……!!」

 

 走りながら僕は叫んだ。

 声が掠れて、息がダムの放水みたいに空気中に流れるけど、構わず僕はこいしの名を呼んだ。

 

 こいしは恐らく能力を使っている。

 無意識を操る程度の能力。

 それは目の前にいてもその存在に気づけなくなる、RPGで言えばステルス魔法。

 心でも読めれば良いんだけどこいし相手じゃそれも出来ない。

 正直、お手上げだった。

 僕から発見することは絶対に出来ない。不可能だ。天地がひっくり返ってもあり得ない。

 だから僕に出来ることはこいしに呼び掛けることだけ。

 とにかく走って、こいしの居そうな場所でその名前を呼び掛ける。

 

 走っている内にいつの間にかフードが外れていることに気付いた。

 髪の毛が風に揺れる感覚が、鮮明に神経を刺激したのだ。

 でもそんな事はどうでも良い。

 それはこいしより大事なのか?こんな意味不明なことに巻き込まれて、否応なしに家出した女子中学生を救う以上に優先度が高いのか?

 否。んな訳がない。

 フードを被り直す体力があるならば、その足を動かす為に使うべきだ。

 

「……あっ!」

 

 ドサッ、と。

 僕は小石に躓いて転んだ。

 何とか肘で受け身を取れたから第三の目は無事だ。だけど、もし自分の体重でこの目を潰してしまっていたらどうなってたのだろう……。

 ヒヤリとした感覚が縦横無尽に巡りながら、僕は身体を立て直そうと腕を伸ばす。

 倒れたことで一気に襲ってきた疲労感を無理矢理撃退しつつ、また僕は立ち上がって走ろうとした。

 

 けど、上手く走れない。

 右足を挫いた。挫いてしまったのだ。

 走るどころか歩くたびに痛みで顔が引きつる。

 きっと白い靴下を捲れば蒼くなった痣が現れるのだろう。

 

「こいし……」

 

 自然と僕の声はヘリウムの抜けた風船みたいに萎んで、空気中に霧散した。

 探す気持ちはある。

 こんな中途半端なとこで引き下がったら、僕は絶対に後悔する。だから逃げないし、諦めない。

 

 でも気持ちに反して身体が上手く言うことを聞かない。

 怪我もそうだけど、何十分も走った僕の身体は鉛みたいに重い。

 酸素をどれだけ体内に取り入れても、二酸化炭素をどれだけ体外に吐き出しても。

 疲弊した身体は先程みたく駆けることを許してくれない。こいしを全力で追うことを、許してくれない。

 

 

 

 それでも、歩いた。

 

 

 

 太陽が地平線の彼方へ姿を隠そうとするのを傍目に、僕は足を止めた。

 

 そこは公園。

 さっきの小さな児童公園。

 ブランコが一つ、滑り台が一つ、申し訳程度にベンチが二つ添えられたこじんまりとした公園。

 

 そのブランコの座板の一つに、微動だもせずこいしは座っていた。

 こいしと初めて会ったときの僕みたいに。

 

「こいし……」

 

 蚊の無くような声が僕から発せられる。

 俯いていたこいしは、その声に顔を上げた。

 

「……お姉ちゃん?」

 

 小さな声でそう言った。

 こいしは放心したみたいに口をポカリと開けると、幽霊でも見たかのように目を見開いた。

 あの時何も言えなかった僕が来たのが不思議なのだろう。心は読めないけど、何となくそんな気がする。

 そんな事を考えて少し口元が緩むのを自覚しつつ、僕はこいしの元へと進む。

 

「こいし、一緒に帰るわよ」

「……良いの?」

「どうして?」

「だってお姉ちゃん、悩んでたから……」

 

 僕はこいしの窄んで行く声に胸が痛んだ。

 こいしは良い子だ。

 短い時間だけれどそれは疑う余地も無い事実で、きっと両親からも大事に育てられたんだと思う。

 

 下手な言葉を選べば、今度こそこいしは僕の目の前から文字通り消えるだろう。

 今はこいしが意図的に僕の無意識を操作していないから僕も認知できる状況にあるだけで、やろうと思えばマッチの火を消すより簡単にその存在を消すことが出来る。だからこそ、次は多分無い。今度は跡形も無く、この世から浮いた存在になる。

 でもそうやって消えるのは僕が嫌いだからじゃなくて、僕に迷惑を掛けたくないからで。

 

 座ったこいしの前に立つと、僕は少し屈んで背中に手を回した。

 少し間を置いて、僕は口を開く。

 

 ───これから紡がれる言葉に、心が軋む。

 

「私は……古明地さとりは、古明地こいしの姉なのよ?妹が姉の家に泊まるのなんて、当たり前じゃない」

「でも……迷惑じゃない?」

「そんなことは無いわ。私たちは、姉妹。お互いに助け合う関係性であるべきなの。だから、ね……私と一緒に帰りましょう?」

 

 僕はこいしを優しく抱き締めながら、一方で心臓が潰れていくような感覚に襲われた。

 詭弁を塗ったくったような言葉。

 欺瞞の海底に沈めたような行動。

 もし僕が古明地さとりじゃなかったら、古明地こいしを助けることは無かったと受け止められかねない発言だけどそんな事はない。

 寧ろ、目の前の少女が正真正銘の古明地こいしだったら助けなかったかもしれない。

 古明地こいしだけど、古明地こいしじゃないから僕は柄にも無くこんな情動に駆られて走り回ったのだ。

 

「そっか……。私はこいしだもんね……お姉ちゃん。ありがとう」

 

 こいしは僕の腕をポンポン、と優しく叩いた。

 もう大丈夫、そう言外に察した僕は抱きしめていた手を離した。

 ブランコから立ち上がると、頬を赤く上気させたこいしは思わず見惚れる天使みたいな微笑みで僕

 こいしの言葉に強い安堵感を覚えながら、こんな事しか言えない自分に拳を強く強く握りしめた。

 

 

 

 

 

─────────────────

 

 

 

 

 

 

 家に戻ると、既に外は薄暗闇に覆われて月が空の裏側から浮かび上がってきていた。

 昼飯は食べなかったけど不思議とそこまで空腹感は無い。燃費が良いのか、元が妖怪だからかは判断に迷うところだけど。

 満身創痍な状態で飯を作るのも憚られたので、夕飯は帰りにスーパーで買った惣菜弁当だ。398円のサバの味噌煮弁当。値段相応な見た目を少しはマシにしようと思って電子レンジに掛けた結果、室内はホカホカとした味噌の美味しそうな匂いで充満している。

 こいしはそれを見て複雑な顔で、自分の懐を弄った。

 

「お姉ちゃん。私、ご飯代くらいは自分で出すわ」

「いいのよこいし。私は地霊殿の主よ?」

「地霊殿の主はこんなチンケな1DKのアパートに住んでないわ」

 

 ち、チンケって……。

 確かにちょっと狭いし服は散らかってるし大した物も無いかもしれないけど、これでも気に入ってるんだからね?

 

「とにかく、お金に関しては余裕があるの。ほら、冷めるわよ」

 

 誤魔化すように僕は割り箸を割って、いただきますとサバの身を突いた。

 こいしも少し不満そうに割り箸を割りつつも、一口大に割いたサバを口に入れると頬に手を当てた。

 

「これ美味しいわ!世の中にはこんな食べ物もあるのね!」

「大袈裟ね……。たかがスーパーの弁当よ?」

「私、あんまり外食とかしたことないからこういうのは新鮮なの」

 

 だからってそこまで驚くほど美味しいかな?

 僕的にはまあ、いつもの味って感じの安心感はあるけどさ。

 

「世の中、こんな弁当が500円以下で売られてるなんて信じらんないわ〜。私、これになら諭吉は出せる!」

「どうしよう……妹が不安だわ」

 

 主に悪い人とか(マルチ商法)に騙されそうで怖い。というかこいしってもしかして、箱入り娘だったりするんだろうか。

 座布団の上で座って食べてる内に、いつもの癖で僕は少し離れた場所に落ちていたリモコンを手繰り寄せるとテレビを付けた。

 

「何お姉ちゃん、見たい番組でもあるの?」

「えっと、そういう訳じゃ……」

「じゃあ私がチャンネル権貰うね!」

 

 やった!と子どもみたいに騒ぐこいしに隠れて溜息を一回。

 ……まさか、普段は無音過ぎて寂寥感が増すからそれを誤魔化すためにテレビを付けて夕飯を食べてる、なんて言えない。

 

 バラエティ番組に夢中になるこいしにそこはかとなくシュールさを感じつつ、箸を進めているとすんなり弁当は無くなってしまった。

 飢餓感は無かったけど、自分の体感以上に実際はカロリーを必要としてたのかも知れないね。それでもさとりんボディーが僕の身体より省エネなのは疑いようもない事実だけど。

 

 芸人の合いの手やらボケやらが騒々しく部屋に響いて、その度にこいしが爆笑する。

 この子、意外と笑いの沸点低いんだなぁ。ゲラだね。

 何となく楽しげに笑うこいしの姿を観察していると、無意識に気付いたのか不意にコチラへと振り向いた。

 

「ねえお姉ちゃん。一緒に漫才やらない?」

「…………へ?」

 

 死角からガゼルパンチを食らったみたいに僕の言葉は上擦った。

 ……漫才?

 漫才ってボケとツッコミの、あの漫才?

 

「お姉ちゃんがツッコミね!私がボケるから適切なタイミングでツッコミを入れてくれれば良いわ!」

「いや無理!こいし、無理だから!」

 

 それ東方M-1じゃん!

 再現しなくて良いよ!さとりこいしなんてやらないからね!

 

「……てか、こいしってそういうのも詳しいのね?」

「そういうの?」

「ほら、同人誌とか。同人ゲームとか」

 

 そこまで言って僕はこれが意味が無いことを悟った。

 東方Projectは同人ゲームの範疇だ。

 こいしは自分が古明地こいしである事を知っていたし、さとりの事も知っていた。加えて能力も然りだ。

 

 の、はずなのに。

 こいしは軽々と首を横に振った。

 

「いや?知らないわ」

「でも貴方、自分のことも私のことも……」

「あ〜それね。実は朝起きてこの姿になった時、色々と知識が湖面に浮かぶブイみたいに浮かんできたの」

 

 全くこの世は摩訶不思議よね〜、と他人事みたいにサバを口に運んだ。

 

 ───知識が、与えられた?

 こいしに嘘を言ってる様子はない。言う理由も無いだろうし。

 

「こいし……なら何処まで知ってるの?」

「自分の事とかお姉ちゃんの事、後は良く分からないけど知らない人の事とか?でもアレ人、なのかしら?猫とか、烏とかだし」

 

 間違いない、火焔猫燐と霊烏路空だろう。どちらもさとりの住む地霊殿のペットだし、こいしは古明地こいしの周辺人物の知識とか設定とかをインプットされたのかもしれない。

 

「……東方Project、という言葉に聞き覚えは?」

「ん〜無いわ。何かの計画書?」

「なるほど……」

 

 ゲーム自体は知らないと。

 まあ事前に何処からか授かった知識は役立っているようだけど。

 ただそれだと、そんな偏った知識だと、これからの生活とかにモロに影響が出てくるだろう。

 特に巨大同人ジャンルとしての東方を知らないと正しいリスク度合を測れないのは自明の理だ。

 

 ───それに、こんな状況な訳だし神主への信仰心って重要だよね。

 

「こいし。一つ、提案があるのだけど」

 

 なので。

 僕が家にある某縦画面弾幕シューティングゲームを薦めるのは当然の流れだった。

 

 

 

 

 

「お姉ちゃん、これ難しいわ」

 

 そんな訳でパソコンを起動して、東方紅魔郷を起動させてこいしにやらせてみた。何だか昔ニコニコで流行ったゲームプレイ動画ジャンルみたいだけど気のせい気のせい。

 かっこいいと言う理由で魔理沙を選んでプレイしてるこいしだけど、4面のパチュリー・ノーレッジに至る道中で残基が尽きてしまう。

 パソコンはともかく、ゲームというもの自体あんまりやったことないようだった。

 

 真剣な表情でキーボードを操作するけど、またピチュンと自機が消滅した。

 

「魔理沙ーー!」

「ゲームオーバー、ね」

 

 難易度設定にも問題があるかもしれないな。

 東方のNORMALは正直、普通に難しい。殊にシューティングゲームを触ったことない人だと輪に掛けて難易度は上がる。

 

「難易度下げたほうが良いんじゃないかしら」

「ううん、これで行くわ。イージーなんて小学生が選ぶ難易度よ?」

 

 ニヤリと口角を上げながら再び挑むその姿は薬物でアッパーになってしまった中毒者みたいで、僕は目を背けた。

 きっと彼女は純粋無垢な少女だったろうに僕がサブカルの第一歩を踏ませてしまった……!しかも沼にハマりつつある……!

 

紅美鈴(くれないみりん)……?何て読むのかしら。まあいっか、中国なんてお呼びじゃないわ」

 

 その後、徹夜で弾幕STGを続けようとするこいしから逃げるように僕は布団を敷くと就寝した。

 おやすみ。

 

 

 




キャラ紹介
・古明地さとり
趣味は特に無いが強いて言うならネットとゲームとアニメ。ミーハーではないので部屋にグッズは無い。出る言葉全て古明地さとりみたいな口ぶりになってしまう現象をさとりんフィルターと名付けた。

・古明地こいし
純粋培養娘。サブカル知識ゼロ。放課後は数々の習い事をしてたので実は色々出来るらしい。

次回:お風呂回

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