古明地さとり(偽)の現代生活   作:金木桂

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一瞬日間入ってた……。
ありがとうございます。


問4:5月早朝に入る湯船に立ち込める湯気の量を概算せよ(ただし湯船には古明地さとりと古明地こいしが入浴してるものとする。)

 朝、ということを理解するのは曇り硝子を通したような視界でも比較的容易だった。

 カーテンを開けっ放しで寝たから光が強く室内へと入り込んでるのだろう。こういう光の強さの単位のことをカンデラって言うんだっけ。そんなのを中学の時に習った気がする。

 

「……朝、ですか」

 

 僕の意志とは別に声が出た。

 と同時に覚醒しかけた思考で、僕は布団の中に異物感を覚える。

 まるでドーベルマンか何かに抱きつかれてるみたいな、そんな圧迫感。それと温かみ。

 僕は多少アニメやらゲームやら、いわゆるサブカルに入れ込んでるのはあるけど抱き枕とかそういう類の物は所持してない。

 だからこれは、無機物じゃない。

 生きてる、何かだ。

 でも僕は正真正銘一人暮らしだ。ペットだって飼っちゃいない。

 

 恐る恐る僕は布団を捲ると、妙な違和感の正体が顕現した。

 

 僕の胴体を抱いてムニャムニャ眠る、色素の薄い薄幸の美少女がいた。

 ───そうだ。思い出した。僕は昨日、こいしを泊めたんだ。

 何で僕の布団の中に潜り込んでるのかは分からないけど……でも布団って一つしかないもんなぁ。完全に僕の落ち度だ。

 

 そういや昨日はシャワーにも入ってないし、寝間着に着替えてもない。

 激動の一日だったからね。

 丁寧に、慎重に、僕は絡まったこいしの腕を静かに退かすと欠伸しながら立ち上がる。

 不意に、自分の身体を見下ろすと色白で華奢な女の子のそれが目に入る。

 ……風呂に着替え、どうしよう。

 

「う〜ん……お姉ちゃん?」

 

 もぞもぞと。

 微かに布団の中で動くと、如何にも眠そうにこいしは瞼をゆっくり開けた。

 半目で僕の姿を視認すると、「うぬ〜」と言葉にならない呻き声を上げながら目を閉じた。

 え、死んだ?

 

「起きなさいこいし。こいし、こいし!」

 

 二度寝しようとするこいしに僕は肩を掴んで揺さぶった。

 マリオネットみたいに為されるがままに揺さぶられること何度か、漸くこいしは寝ぼけ眼を開けた。

 

「朝〜?」

 

 う〜ん、と体を解すみたいに腕を伸ばすと。

 

「……お姉ちゃん。腕が痺れた」

「寝てる間も抱きしめるからよ。自業自得ね」

 

 僕はにべもなく言い放ち、キッチンへと立った。

 

 

 

 

 

 朝食が終わると、お互いにシャワーを浴びることにした。

 朝シャンである。

 僕もそうだけどこいしも昨日はゲームしている内に眠くなって、気付いたら無意識で僕の布団に入っていたらしい。どんだけハマってるんだよ弾幕ゲーに。

 

 ともかく、良い加減汗が気持ち悪い。

 早くお風呂には入りたいし、綺麗になってサッパリさとりんになりたい。

 けど心の中のブレーキが盛大に僕の行動を阻んだ。

 

 そう、問題は僕が古明地さとりという事だった。

 古明地さとりは少女だ。そして僕は男子高校生だ。そこにはどうやっても抗えない性別の壁があって。

 つまり気恥ずかしい。

 気不味い。

 プラスアルファで罪悪感とか背徳感。

 

「どうしたのお姉ちゃん?」

「……私、お風呂に入れないわ」

「本当にどうしたのお姉ちゃん!?」

 

 こいしは両眉を上げて、大袈裟に叫んだ。

 

「大したことじゃないわ。……ほら、私って見た目はこんなんだけど中身は男じゃない?」

「あ〜〜。そゆことね」

 

 合点がいったようにこいしは手を叩く。

 TS小説とかじゃ良くある展開だけど、実際どうすれば良いんだろう。

 いや、落ち着いてよく考えるんだ僕。

 古明地さとりは一部で揶揄される通りちっちゃくて可愛い小学5年生みたいな容姿だ。僕は神に誓ってロリコンじゃないし、なら裸を見たとしたって別にどうってことないじゃないか!そう、疚しさなんて欠片も無い!ただ風呂と着替えという文明的生活を維持する為の必要な代償なんだ!必要悪なんだ!

 

 ……と、どれだけ自己肯定的に捉えようとしても踏ん切りが付かなかった僕は頭を抱えた。

 こんなの言っちゃえば仕方ないのに、なぜ僕は少女の裸を見るという行為に頭を悩ませているんだろう……。

 

「……なら、私と一緒にお風呂入る?」

「……………え?」

 

 最近、疑問符を付ける回数が多い気がする。

 

 

 

 

 

 

─────────────────

 

 

 

 

 

 

 こいしの出した案はこうだった。

 まず僕がタオルで目隠しをする。それでこいしがそれを確認したら僕の服を脱がして身体を洗う。

 極めてシンプルな作戦だからこそ、成功率も高い。ただ代わりに何か途轍もなく大事な物を失っている気もするけど……うん。考えたくない。考えたら負けだ。

 

 意気揚々と目の周りにタオルをぎゅっと締めると、僕は「出来たわよ」と扉の向こうのこいしに呼びかけた。

 すると、ドアが開く音がする。

 

「お姉ちゃん……これからビーチでスイカ割りする小学生みたいだわ」

「言うな」

 

 そりゃそういう見た目になるけどさ。

 今の僕はタオルによって完全に視界が封じられている。こいし無しでは歩くこともしゃがむことも間々ならない。つまり要介護者だ。

 

「はい、手を上げて」

 

 こいしの言葉に従って僕は慎重に手を上げた。

 何時もなら両腕を目一杯上げて万歳をしたら天井に当たってしまうけどこの身体は小学生高学年くらいの背丈だからか掠る感覚もない。

 服が脱ぎさられる感覚が身体を走る。年下女子によるぬぎぬぎ。ヤバい、理性を封じないと背徳感で僕は今日死ぬかもしれない……!

 

 腰からも布が取り去らわれ、靴下も脱がされ、ついに僕は何1つ纏わぬ裸体になったようだ。見えないから伝聞系だけど。

 

「ふ〜ん。お姉ちゃんのそれ可愛いね」

「か、可愛いって何見てるんですこいし!?」

 

 きっと悪戯心でも芽生えたのだろう、耳元で囁かれて思わず身体がビクリと震えた。

 セクハラ親父か己は。おかげでラノベのヒロインみたいな台詞吐いちゃったじゃん。

 

「ごめんごめん」

 

 全く反省の色の無い声音で謝ると、よいしょっ、という小さな掛け声と共に服が擦れる音。足を上げたことから重心がもう一方に寄って、床が微かに軋む音。それに僕の身体に軽く肘がぶつかった。

 

 ───もしかして、服を脱いでませんかこいしさん!?

 

「こいし、止めなさい」

「え?どうしてお姉ちゃん?」

 

 慌てて口で止めようとすると、こいしは依然手を動かしながら反応した。

 

「だってお姉ちゃんの身体を洗うなら、私も一緒に自分の身体を洗った方が手間無いでしょ?」

「私は男よ?」

「でも私お姉ちゃんの元の姿知らないもの。それに早くルナティッククリアしたいし」

 

 早ない?昨日の夜やり始めたばっかでルナティックまで行くのはおかしくない?

 ってそうじゃない!

 百歩譲って古明地さとりが脱ぐのは良いけど、こいしは許容出来ない!主に僕の理性が!理性が!

 うぐぐぐぐ…………。

 

「駄目よ!姉として、年上一般男子高校生として、それは認められないわ!」

「お姉ちゃん?」

 

 ……アレ、気のせいかこいしの目が怖い。

 いや気のせいのはずだ。

 タオルを目に巻いてるから利休鼠色の瞳なんて見えてないはず、なのに心の中でこいしの円な瞳が浮かぶ。深淵に吸い込まれるような奇妙な感覚。或いは背筋にドライアイスでも突っ込まれたかのような感覚。

 か、狩られる!

 

「うふふ。違うわお姉ちゃん。可哀想に、思い違いをしてるのね」

「こ、いし?」

「チェックメイトって言えば分かるかしら?お姉ちゃんはもう詰んでるのよ。お姉ちゃんは私が居なければ自分の身体すら満足に直視できない初心でしょ?」

 

 う、初心……。

 年下の女の子にそう言われるなんて、なんか複雑……。

 

「つまり、お姉ちゃんはもう私抜きでは満足出来ない身体なのよ!」

「言い方……!」

「でも違いないでしょ?もしここで私がお風呂場から出てったらお姉ちゃんは立ち往生するしかないの。選択肢なんてここに入った瞬間から1つしかないのよ?

 ───そう、私と一緒に入るっていうね!」

 

 デデーン!、とSEが入りそうなほどのドヤ声でこいしは言った。

 僕からはこいしの表情を伺うことが出来ないけど、顔も多分ドヤってることだろう。想像してみたけどちょっと可愛い。正直少し、いやかなり見てみたい。

 

 しかし、それとは話が別に。

 結果的に僕はこいしに、女子中学生に口で負けたということを意味していて。

 

「…………煮るやり焼くなり好きになさい」

 

 だからつい本音が溢れたのは仕方がないことだろう。多分。

 

 こいしが完全に服を脱ぎ終えると僕は連れられて浴場へと足を踏み入れた。

 何時ものように使っているシャワーと浴槽が詰まった狭い一室。なのに今日だけは全く違った雰囲気を感じる。

 さながら異空間。或いは異世界。

 少なくともここは僕の知ってる風呂場じゃない……!

 

 為されるがままに僕は手を繋がれて「そこに座ってね」と言われたので恐る恐る座る。

 ……何も出来ない。

 下手に身体を動かすと、その、どこに手が当たるか分かったものじゃない。

 自分の身体なら、駄目だけどまだマシだ。僕がさとりに土下座すれば済む話である。自分で自分に土下座って効果あるか分からないけど。

 ……でもこいしの胸とかに手が当たったら、申し訳なさすぎて罪悪感で死にそうになる。胸がキュウッてなる。キュウッてなるから。

 

「はいお姉ちゃん、シャワーで流すよ」

 

 キュッとハンドルを回す音と共に水の流れる音。

 って冷たい!

 

「こいし!冷たいから!少し時間置かないとお湯にならないから!」

「え?そうなの?私の家は直ぐにお湯になるのに」

 

 疑問を浮かべつつもハンドルを逆に回したようで、水は止まった。

 こいしの実家絶対金持ちだ。出始めは冷水でしょ、普通。

 謎に確信を深めつつ、今度はちゃんと温度が上がってからこいしは僕の身体をシャワーで流す。

 

「お姉ちゃんの背中、白くてスベスベ。流石アニメキャラだわ」

「貴方もそうでしょうに。それにアニメキャラじゃないわ、ゲームキャラよ」

「アニメもゲームもそんな変わんないじゃん」

 

 サブカル初心者のこいしにはその辺の感覚がまだ養われていないようだった。でも僕には見える。その内ガチ勢になって僕以上に用語に厳しくなる未来が。

 個人的に汚れて欲しくないなぁ……と目を閉じていると、布で身体が洗われ始めた。

 芸術品を扱うような繊細な手付きに少しくすぐったくなるけど我慢。これ以上年上の威厳を失う訳にはいかないのだ。

 

「お姉ちゃんはアニメも見るの?」

「ええ、少しね。」

「へー。どんなの見るの?」

「基本は深夜アニメね。後は……劇場アニメとか」

「なるほど〜、深夜アニメなんてものもあるのね。私、アニメって呼ばれるものは童話とか国民的アニメくらいしか見たことないからちょっと気になるかも」

「そこまで無いの?」

「親が厳しかったのよ。それに凄い過保護だから」

 

 話しながらザーッと泡をシャワーで落としていく。

 全身をくまなく洗われた、という羞恥心は内心に何とか留めとく。もう尊厳なんてシャワーと一緒に洗い流されてしまった気がするけど、それでも僕にだってなけなしのプライドがあるんだ……!

 …………向こうは全く意識してないのが丸わかりなのが、少し虚しいけど。

 

 身体を洗い流せば、次は髪の毛だ。

 そこでこいしは「ん?」と疑問の声を上げた。

 

「リンスインシャンプーしかないの?」

「一般的男性はそれで十分なのよ」

「それじゃ駄目だよ!特にお姉ちゃんは可愛いんだから、こんな安物使っちゃ勿体ないよ!」

 

 力説されましても……。

 僕は別に貧乏と言うわけではない。

 亡くなった両親はそれなりの職業に就いていてその遺産も沢山引き継いだし、僕自身趣味を除けば大してお金を使う事もないからだ。祖父母からの仕送りだってある。

 けれど当然ながらお金は有限で、抑えるべきところは抑えなくてはならない。浪費しがちな一人暮らしならそれも十念に。

 

「はぁ……。今度から洗髪料は私が買うね」

 

 溜息を一度すると、髪の毛を梳かれるように洗剤が付けられる。

 

「いいわよ。私はこれで十分だわ」

「駄目だって。良い?お姉ちゃんは今男子高校生じゃないの。女の子には女の子の身だしなみがあるわ」

「でも」

「でもじゃない!郷に入れば郷に従えだよ、お姉ちゃん」

 

 ……お姉ちゃん、口では妹に絶対勝てないようです。

 ちょっぴり自分が情けなくなりながら、あと時折「自分って本当に年上だよね?」とか思考が倒錯しながらも5分くらいでシャンプー自体も終わった。

 

 こいしの手に引かれて誘導され、僕は戸惑いながらも何とかお湯の張った浴槽に入ることに成功した。

 温かい2日ぶりの浴槽に心が安らぐ。

 良い気分だ。誰かさんが命の洗濯と言いたくなる気持ちが大いに分かる。

 

 そのまま5分ほど経っただろうか。

 自分の身体を洗い終えたこいしが「入るね〜」と軽い声で僕の前へとちゃぷんと浸かった。

 え、どういう状況。どうなってんのコレ。

 異性と同じ風呂入ってんの僕。

 それってつまり。つまりどういう事だってばよ。

 

「お姉ちゃん、顔が赤いよ?」

 

 それは多分湯気のせいです、とか誤魔化す余裕も無い。

 ひたすら能面を被って心を奥底に仕舞おうとしてるのだ。

 

 だってさ!

 今時、カップルだって同じ湯に浸かるか怪しいのに昨日今日会った少女とお風呂入っちゃってる……!

 

 変に緊張感を持ってるのはこの場では多分僕だけだ。

 声音的にこいしは風呂に入る前と変わらない。寧ろ何だか楽しそうですらある。

 

「……どうしてこいしは私とお風呂に入ろうと思ったの?」

 

 誤魔化しの言葉の代わりに出てきたのは、純然たる疑問だった。

 

「え?」

「こいしは普通に服を着たまま入っても良かったのよ?勿論私はこんな事を頼んでる以上濡れても良い服くらい用意するし、何なら水着だって買ってもいいわ」

 

 僕は疑懼を抱いていた。

 何をどう取り繕ったところで僕は男だ。小学校低学年ならともかく、男女の差を露骨に意識し始める思春期真っ只中な中学三年生のこいしが、何で身は少女とは言え異性である僕との入浴に拘ったのだろう?

 言葉を吐き出そうとして、飲み込んだのだろう。

 数拍置くとこいしは緩やかに話し始めた。

 

「私ね、友達がいないんだ」

「友達?」

「うん。同世代と話すことはあるんだけどね、こうやってお泊りなんか学校行事以外だと初めてなのよ。放課後とかも誘われても忙しかったし」

 

 意外。

 そんな感情が僕の中で渦を巻いた。

 こいしも、出る言葉が全て古明地こいしのような口調になるフィルターがあるだろうから一概には言えないけど。でも接している感じ、友達が出来なさそうな気難しい雰囲気は一切無かった。

 それ故に、意外だ。

 

「ごめんねお姉ちゃん。だからほんのちょっぴり、気分が上がっちゃったのかも」

「別に構わないわ。……私も似たようなものだから」

「お姉ちゃんも友達いないの?」

「まあ、そうね。どの境界線を超えたら友達と呼称できるのか、理非直曲を無視して定義付けたとしてもそのラインを超えてる人間なんていないわ」

「私と同じね!」

 

 そう言ってこいしは満面の笑みを浮かべる。

 ───でも、言う気はないけど、実際には僕とこいしは違う。

 敢えて他人を避けてきた僕と、そういう環境下にならざるを得なかったこいし。

 どちらが良くてどちらが悪いなんて定めることは出来ないけど、もしするなら僕の方がしょうもないしみっともない。

 

 少し間が空いて、それからこいしは糸をぴんと張った声を出した。

 

「……ねえお姉ちゃん。私と友達になってくれる?」

「……何言ってるのよ、姉妹じゃない」

 

 我ながら卑怯だなあと思う。

 紛れもなく、性懲りもなく。

 何も変わっていない僕は曖昧模糊にして答えを濁した。

 

 

 




どうでも良いけど古明地姉妹の第三の目と胴体を繋ぐ細長い血管みたいなやつ、何なんでしょうね。本作ではコードと称しました(実は最初は触手としていたけど何かエロゲっぽいので訂正した)。

次回は身バレ回?伏線回?

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