さっき書いててふと思った。
前回の軽い百合描写、全然百合と思ってませんでした。
こいしによって身体の水滴を拭かれ、適当な服に着換えさせられた僕は今だけはかつてないほどの喪失感を味わっていた。
朝から、滅茶苦茶に疲れた。
おまけに大切なものまで失ってしまった。自信とか尊厳とかプライドとか、多分そういった類の。
「はぁ……」
ちゃぶ台の前で座りながら僕はお茶を口に含んだ。安物ながら深みのある良い味わいである。おかげで少し心が落ち着く。
落ち着いてきたからか、欲求が心の表層に揺蕩い始めた。
具体的には、服を買いに行きたい。
だが問題は外に出るならまたあのパーカーを使わなければならない、ということ。
そして、レディースものを買わなくてはならないということ。
後者はまだ良い。流石にレディース専門店に行く勇気は無いけどメンズもレディースも取り扱ってる大きい服屋なら特に問題は無い。
そう、外出自体が大きなハードルである。
他人の心が読めるからって僕の身体能力が上がったり能力で相手を倒せる訳でも無い訳で、もし悪意のある人に追いかけられたら僕は終わりだ。
少し悩んで、ネット通販で買うかぁと僕は思考放棄した。
よくよく考えれば実店舗に行く必要なんか無いね。うん。
パソコンを使おうと思って視線を隅に寄せてみると、残念ながらパソコンはこいしが使用中のようだ。
またゲームだろうか?昨晩も遅くまでやってたようだし、いい加減年上として注意しないといけないかな。
思い至ったので一先ずこいしの後ろに回り込んで画面を見ようと僕は立ち上がろうとした。
「お姉ちゃん、これ見て」
と、同時にこいしは感情が含有されていない、驚くほど平坦な声を出した。
「何かしら……?」
元々こいしのやってるパソコンを覗き見る気満々だったからそのまま僕は背後へと回る。
……もしかしてEXのフラン突破したの?ヤバない?まだ初めて1日も経ってないよね?僕より上手いってそれは。
とか栓無きことを考えながら見てみると、画面に映っていたのは見慣れた縦シューのゲーム画面ではなくて、代わりに何処かのネット記事だった。
こいしは「んっ」と指を記事へと突き出した。読めということかな。
「ええと……超朗報、東方キャラが現実に現るwww……!?」
横から思い切り頭突きでもされたかのような鈍い衝撃が僕の前頭葉に走った。
思わず二度見して、目を凝らす。
文面を見間違えてるかもしれない、はたまた解釈を誤ってるかもしれない。
そんな一縷の希望は、そこに載っている写真を見て「これお姉ちゃんだよね」と現実を突き付けるこいしの指摘により直ぐに潰えることになった。
……これは、恐れていた展開だ。
胸骨の内側から溢れ出した焦りから、マウスを手に取って僕は記事の入稿日を探す。
スクロールしてみると一番上にMSゴシック体で書かれていた。今日の日付。更に言うなれば、今朝。
スクロールして見れば街を歩く
良く見ればその僕はカラフルな髪を露わにして、足を引きつりながら苦悶の表情を浮かべている。
───こいしを探してる途中に撮られたんだ。
「これは……」
「私たち有名人だね!」
言ってる場合か!?
暢気に構えてる場合じゃないからね!?
僕は更にパソコンへと前のめりになる。
最悪な事にこれはまとめ記事で、情報としては2次ソース。どうにもTwitterで僕を盗撮した人がいるらしく、そのツイートが既に1万RTを越していた。
しかし幸いというべきか、Twitterではこの姿はコスプレであると思われてるようだった。
冷静に考えれば当たり前で。
朝起きたら古明地さとりでした〜なんて超常現象、実際に経験しなかったら絶対に信じない。僕だって信じない。何なら今だってニ時間に一度鏡で確認しないと落ち着かないまである。
「どうするのお姉ちゃん?」
「少なくとも髪の毛と第三の目は隠した方が良いわね……って言うかこいし、私達って言ったけどけど貴方は関係ないじゃない。写真無いし、能力で気配隠せるし」
「まあそうだけどさ。でも私はお姉ちゃんが有名になって鼻が高いわ」
「他人事過ぎない?」
もうちょっと当事者意識を持ってほしいなと考えてしまう今日この頃。
僕はお気楽な妹に頭を抱えながら、Twitterを更に見流す。
住んでる場所は
でも昨日歩いた場所は観測されちゃってるみたいだ。特にフードが脱げてから歩いた場所は当分は近づかない方が良いかもしれない、あの公園とかね。
こいしは僕の発言を聞いて心外そうに肩を一回震わせた。
「そんなこと無いわ。能力はちゃんと毎回発動してるか確認してるもの」
「そうなの?どうやって?」
「目の前に立って一円玉落とすのよ。それで目をまんまるくして驚いたら成功してる。今のところ百発百中よ」
「もうちょっと他に方法なかったの……?」
中途半端に成金っぽい方法……。思わず半目で見てしまうけどこいしは我関せずに僕の後ろからパソコンの画面を見ている。
「ともかく保険が必要じゃない?」
「保険?」
「フードなんて一回事故で脱げたら終わりよ、終わり。髪を染めるとかしなきゃ何れ古明地バレするわよお姉ちゃん」
「カラーリングねぇ……」
唸りながらピンク色の髪先を捻る。
髪を染めるといっても美容院なんて使えないし……カラーリング剤を買ってきて染める?
アリと言えばアリだ。
試して見る価値はあるかもしれない。
ネットで黒染め用のものを買おうと脳内の買い物リストに刻むと、こいしは僅かに口を開いた。
「でも私たちって本当にそんな有名なの?テレビとかで見たことないわ私。それに東方は楽しいけど私たち登場しないじゃない」
「言ってなかったかしら、東方は同人なの。個人制作のゲームってことよ。だからテレビで目にする機会は少ないでしょうね。あと紅魔郷終わったら地霊殿やりなさい、貸してあげるから」
「へ〜。てかシリーズものなのね」
僕は棚から東方地霊殿を出すとこいしに渡す。
喜んでいるところ悪いけど残念ながらこいしの出番はEX。RPGで言うなれば隠れボス的な存在、よって本人同士の邂逅はまだ先になる。
……でもこいし、ゲーム上手いみたいなんだよなぁ。
上機嫌にパソコン前のスペースを僕から奪取すると、こいしは紅魔郷を再びやり始めた。身バレについての会話はこれで一区切り、というつもりらしい。
不安になりながらも、僕は再びお茶を飲む。
家の食料品は十分。
生活必需品もオールオーケー。
今日は何てことない平日だけど不登校だから学校も問題無し。
と言う訳で、まあ。
今日も一日、元気に引きこもろう!
僕は固い決意と共にテレビのリモコンを手繰り寄せた。
─────────────────
撮り溜めしていたアニメを観ている内に昼になった。
時計の針は天辺を超えて、午後を回っていた。
お昼ご飯で炒飯を作り終えると皿に盛って、ちゃぶ台へと運ぶ。
「こいし、お昼にするからパソコンは片付けて頂戴」
コクリと頷いて、こいしはパソコンを棚に置いた。因みに紅魔郷はこの数時間で完全クリアしたらしく、既に地霊殿をプレイし始めていた。恐るべしこいしの攻略力。
「わお!お姉ちゃん料理も上手いんだね!」
「一人暮らしだもの。これくらい出来なきゃやってけないわ」
皿をちゃぶ台に置いて、僕は出来栄えを確認する。悪くない。今日は米がパラパラとしてるし、何より具材も豊富だ。
「いただきます」
僕とこいしは手を合わせると、レンゲで炒飯の海をすくい取って頬張った
「シンプルで美味しいわ!」
「ふふ……ありがとう」
僕の声帯から慈愛に満ちた言葉が紡がれた。それはただの相槌として言った僕の意志とは反して、さとりんフィルターが勝手に起動した事による感情の発露な訳だけど。
……もしかして、僕の中に古明地さとりがいたり?
ジキルとハイドみたいに僕の知らない心の奥底に本物の古明地さとりがいたり?
いやいや無い無い、と小さく頭を振って仮説にすらなっていない仮説を思考の埒外まで吹っ飛ばしているとこいしは炒飯をごっくんと飲み込んで口を開いた。
「私思ったんだけどさ、私達の他にも東方のキャラになった人たちがいるんじゃないかな?」
「……私もこうなったとき最初に考えたわ。自分以外にもいるんじゃないかって。実際、貴方がいた」
ただ今のところ、何でキャラは東方Project限定なのか……それについてはイマイチ分からない。
私とこいしをこうした何者かがいたとして、東方に拘る理由は何か。考えたって及び着かない事だけども考えざるを得ない。もしかしたら他の作品のキャラもいるかもしれないけど。
こいしは髪を掻きあげて、深く頷いた。
「だよね。取り敢えず他にもこの現象が身に振りかかっちゃった人たちがいるとするよ?」
「ええ」
「多分その人達も私達と同じように自分の同類を探すと思うの。で、もし孤軍奮闘するとしてどこで見つけようとするか」
「……ネットじゃないかしら。情報が溢れているわ」
「それも一つだと思うけどやっぱり数が多過ぎるわ。質より量と言っても流石に一人では処理しきれないよ」
言って、レンゲを皿に置いた。
言われてみればその通りだ。
インターネットの情報は多過ぎる。その癖ハズレも多いし、人海戦術の取れない以上探し人には適していない。
唯一、自撮りした上で状況を説明して「自分と同じ状況の方はいらっしゃいませんか?」とリスク承知でネット上に投稿すれば多少効果が見られるかもしれない。それでも非現実的すぎてあまり話題にはならないだろう。コスプレの完成度は話題になるかもしれないけど。
「全く、お姉ちゃん含めてみんなインターネットに頼り過ぎなんだよ。幾らネット文化が発達したからと言って、電脳世界に重点置きすぎ」
呆れるようにこいしは額に手を当てた。ウザ可愛いなその仕草。
でもネットは正義だ。
だって外に出なくとも情報が手に入る。これ以上に素晴らしいことがあるだろうか。いやない。
「じゃあこいしは何か案があるのかしら?」
突っぱねるように僕が言うと、こいしはちゃぶ台に置いてあったスマートフォンを操作して。
「モチのロンだよ!ほら、これ!」
勢い良くスマートフォンが私の眼前へと突き出された。
───東方例大祭?
知ってる。行ったことは一度も無いけど、知っている。
東方Projectに限った同人誌、同人音楽、同人ゲームなどが集まる一大イベントだ。会場もビックサイトを使うだけあってかなり大規模。
「私思ったのよ。ここならもしかすればいるんじゃないかって」
鈴を鳴らしたみたいな声を出すこいしに、思わず納得してしまう。
可能性としては、有り得る。
僕と同じように、こいしと同じように、東方キャラに憑依してしまった人がいたならばこのイベントに参加してるかもしれない。同じ状況下に陥った同類を探しているかもしれない。
何せ利点がある。この異質な容姿も再現度の高いコスプレで通せるのだ。
「なんと頃合いの良い事に東方春季例大祭、次の日曜日にやるらしいのよ。なら勇往邁進、行くしかないわ」
「……貴方。もしかしなくとも自分が行きたいだけじゃないの」
「そ、そんなことないわ!別に新作の体験版が欲しいとか微塵も思ってないよ!」
思ってるじゃん。
微塵どころか主目的そっちじゃん。
ジト目で見ていると焦りながら「とにかく!」と語調を強めた。
「分からないけど、この現象が東方Project限定ならこのイベントで真相に近付けるかもしれないわ!ってことで行こうお姉ちゃん!」
「……まあ良いわ。別に体験版を手に入れるくらいはいいけど、目的は見失わないでね?」
「分かってるわ、任せといてお姉ちゃん」
いや、うん。不安しかないぞこの妹。
でもまあ東方例大祭に行くことで進展があるかもという期待感は確かにあるし。
駄目で元々、行く価値はあるかな。
さーてと、と何故か腕を鳴らすこいしに首を傾げつつ僕はホームページを更に読み進めた。
今回は難産でした。何時もなら一気に書いちゃうのですが、この回は最初に流れを書いて何度か推敲するくらいとてもとても難産でした。
次回は買い物。