古明地さとり(偽)の現代生活   作:金木桂

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もうちょっとぼやかそうと思ったけど辞めました。



問6:通販サイトは便利にして快適であるが、実物を手にとって見れないことによって生じた情報非対称性によるリスクの観点からネットショッピングが望ましいか否か、自分の考えを述べよ。

 昼下りの町並み。

 学校終わりと見られる制服姿の学生と行き違いながら僕は交通ICカードを改札に翳すと、ピッ、という軽い電子音が鳴って扉が開く。残額は微妙だけど、数駅を往復くらいなら余裕だろう。

 電光掲示板を見ると次の電車は5分後のようだ、と確認し終えると構内放送が流れ始める。

 

『次に一番線から発車します電車は総武快速線直通、横須賀線、千葉行きです。グリーン車は7号車、8号車になります』

 

 この放送も久々に聞いたなあ、とか思いながら意識的にアナウンスをシャットアウトする。

 僕は時刻表を確かめると、隣にいるこいしに話しかけた。

 

 

「何で、今、外に出る必要があるのよ」

 

 

 ───現在。

 昼飯を食べ終えた僕は真っ黒なフード付きパーカーを着込んで絶賛、外出中だった。

 あんなまとめサイトが早々に出来ていたにも関わらず、である。

 こいしは心底不思議そうに首を傾げた。

 

「だってお姉ちゃんが服買いに行きたいっていうんだもの」

「ネットで良いって言ったわよね私?」

「ネットじゃ駄目だわ。ちゃんと実店舗に行って選ばないと」

 

 と、もっともらしい事を嘯く。

 確かにネットで買うと当たり外れはある。前にも良いなぁと思って買ったジャケットが安っぽくて落ち込んだ事もある。

 

「でも状況が悪いわ。今身バレしたら不味いってことはこいしも分かってる……のよね?」

 

 不信感から思わず疑問系になった。

 正直、本当に現状を理解してるのか怪しいとか思っちゃうくらいにはこいしはノリノリだ。何なら道中なんか鼻歌混じりにウキウキ気分が一目で分かるほど軽やかにスキップしていた。僕なんか相変わらずビクビクなのに。

 

「大丈夫だわ!だってお姉ちゃん可愛いもの」

「何が大丈夫なのかさっぱり分からないわこいし」

 

 ……まあ僕が細心の注意を払っていれば問題は無いか。

 目の前のこいしを一瞥して、諦めた。

 こいしは自前の能力でステルスしてくれるし、僕さえ隠れ切れれば乗り切れるはず。

 感慨深そうにこいしは別ホームで乗る電車と逆方面へと走り出した電車を見遣る。

 

「それにしても電車なんて修学旅行ぶりに乗るわ」

「普段使わないの?」

「通学も習い事も全部車よ」

「ご両親の苦労が忍ばれるわね」

「そんなことないわ?全部使用人がやってくれるから問題無いもの」

 

 リッチ…………!

 貴族か。いや華族か。

 当然のように話すけど昨今使用人なんて単語日常生活では出て来ないからね。どこのミステリー小説の舞台なのこいしの家は。

 友達がいないと言ってたし、そのへんの感覚もズレてるのだろう。ついでにフードに隠れた僕の顔はきっと引きつってるに違いない。

 そこはかとなくスケールが違いすぎる話にどうにか僕は相槌を返す。

 

「そ、そう」

「でもお姉ちゃんも電車乗らないよね?」

「え?」

「部屋にほっぽり投げられてた財布に定期券とか無かったわ。……聞きたかったんだけど、本当に高校生?」

「勝手に見ちゃ駄目じゃないこいし」

「ごめんごめん。

 ───で?」 

 

 槍みたいに鋭く貫きそうなこいしの視線に、僕は反射的に俯いた。

 直感的に誤魔化しは通用しないと悟る。

 間違いない、薄明と察していたんだ。

 心の中で両手を上げながら僕は肯定する。

 

「……私は高校生よ。行ってないだけ、学籍はあるわ」

 

 言葉として紡ぐと間欠泉のように罪悪感が湧出した。

 でもどうしてそんな感情が溢れているか分からなくて、僕は困惑する。保証人の祖父母には少し心が痛むけど、でも学費は両親の残してくれた銀行口座から割り当てられているから、引け目はあれどそこまででもない。

 なら、と思って更に自分自身の奥底を探ろうとして、こいしは目をまんまると大きくした。

 

「不登校だったのね……」

 

 恥ずかしくなって瞬きが多くなる。

 周りに気を遣ったのだろう、言葉を窄めてこいしはその事実を噛み締めるように口の中で藻掻く。

 私は心からはみ出る感情を言語化しようとして、ホームに入ってきた電車にフードが激しく揺れる。慌ててフードが落ちないよう、叩くみたいにボフッと手で抑えた。

 

 電車内はガラガラと言うほどでもないけど、午後3時を回るか回らないかという時間帯もあって座席は結構埋まっている。占拠してるのは学生。それと物見遊山をしていただろうレジャー姿のお年寄り、スーツを着ているリーマンやOLは殆ど居ない。

 僕は連続で空いている席を見つけると、静かに腰を下ろす。その隣でこいしも同じように椅子へと座った。

 

「……いつから行ってないの?」

「入学式以来、一度も」

「……そっか」

 

 こいしはそれ以上は何も言わず、かといって押し黙った様子も無かった。

 こいしの性格上からかってくるかも、とも思ったけどそんな雰囲気は一切無い。少し空気が重くなる。吸った息の質量が、2倍くらいになって吐き出される。

 

「私、何度も学校を辞めようかと思った時期があったの」

 

 ポツリと。

 教会で懺悔をするみたいにこいしの言葉は掠れて消える寸前の声音だった。

 

「何度も、と言うのは嘘。ホントは毎日だったけど。それでも私は毎日通ったわ」

「私と違って、偉いじゃない」

「違うの!偉いだなんて、大層なもんじゃないよ……」

 

 軽快な電子音が鳴って、電車のドアが閉まる。

 高い唸り声を上げてエンジン音が床を微かに揺らし、鉄の塊が動き始めた音。やがて車両は重々しくも走り始めた。

 ゆっくりと窓ガラス越しに見える周りの景色が流れて行くのを眺めながら、こいしは続けた。

 

「縛られてたの。お父さんとお母さんに、立派な娘になるようにって。私は期待には応えたいと思ってた、けれど苦しいのも事実なのよ。正直通ってたのも惰性よ、惰性。藻掻いても藻掻いても水中から這い出ることが叶わない。そんな日々、そんな日常に、ちょっぴりでも嫌悪感を抱くことは許されないことかしら?」

 

 僕はじっとこいしの瞳を見つめる。

 気付かなかった、そんな葛藤があるなんて。

 いや。

 姉だから、古明地さとりだから、その事情くらい知らなきゃならない。なんて思考は傲慢そのものなのだろう。

 必然的に僕はこいしの言葉に頷く。

 

「そんなことないわ。貴方は間違ってない」

「ありがと。でも、それなら。そう思うのならお姉ちゃんも気にする理由なんて無いわ」

「……通ってないのよ?私は」

 

 言葉を吐き出そうとして、遮るようにこいしは私の肩に手を置いた。

 温かい、安心するような温度。

 

 こいしは何も言わなかった。

 慈母みたいな微笑みを浮かべて、時にガタンゴトンと身体が揺れる。

 続ける言葉を失ったから黙ったとも違う。

 僕も言葉が出てこない。途中で霧散した言葉を集めても躊躇が口に残り、また霧散して消えてしまう。

 少ししてこいしはニコリと口角を上げた。

 

「お姉ちゃん、可愛い服買お?」

 

 ……元気付けようとしてくれたのかな。

 もどかしさを感じながら、僕は頷いた。

 

 

 

 

 

─────────────────

 

 

 

 

 

 僕の家から数駅先に巨大商業施設がある。

 湘北センターモール。

 大きな直方体の箱に多数の専門店が軒並みを連ねる一大商業ビルだ。

 

「ここがショッピングモールってところなのね」

 

 入り口に入ると、こいしは物珍し気に右に左に上にまた右とキョロキョロ見渡した。

 三階まであって、一階は大きな通路が奥まで広がっており、その中央上は吹き抜けとなっている。

 放課後だからかやはり学生が多い。制服姿で闊歩する女子高生と見える集団とすれ違いつつ足を進める。

 ……あれ、良く見たらウチの高校の制服だよなぁ。

 まあ校内に知り合いとか皆無だからどうでも良いけど。

 

「お姉ちゃん、ここ入ろ!」

「あ、こいしちょっと……!」

 

 僕が止める間もなく、ピュー、とこいしは立ち並ぶ専門店の一つに早足で駆け込んでしまう。

 こういうところに一度も来たこと無さそうだし仕方ないけどさぁ……。

 

 僕はこいしを追いかけようとして、直ぐに足を止めた。

 良く見ればそこは女性用の服を専門に扱っているお店だった。

 読めないけどオシャレな店名で、多分フランス語かなにか。

 カラフルな淡い色のワンピースを着たマネキンはさながら男は入店禁止だから周れ右して帰れや!と言葉を発してるかのように店頭に置かれてある。

 

 ……入り辛い、てか入れない。

 いらっしゃいませ〜、と愛想良く客を向かい入れるファッショナブルな店員に寧ろ気後れする。

 頼むからこっち向かないでくれ。頼むから「もしかして入るの戸惑ってるのかな?」みたいな視線を向けないでくれ。頼むから「現在全品セール中で〜す!」とか目と目合わせて叫ばないでくれ!!

 ……い、いや。

 多分これは全部僕の自意識過剰が生み出した幻想だろう。僕があまりにも場違い感とかエキゾチック感とかその他諸々とかを受信しちゃった故に生まれた歪みなんだきっと。

 でも、動けない……!

 まるで結界でも張られているかのように僕は店に近づけない……!

 

 まさかここまで女性用の服屋に入るのが大変だとは……。世の中の女の子はいつもこんな苦痛に耐えて買い物をしてるとは、敬服せざるを得ないな。

 

 僕は諦めて踵を返すと、中央通路に置かれたベンチの一つにもたれかかった。

 地元の通勤通学時間帯並みに通行する人々に、溜息が溢れる。

 思えば、まだこんな事態に陥って一日ちょっとしか経ってない。たった一日でここまで気疲れしているんだ僕は。

 これが更に一週間、一ヶ月と続くとしたら……。

 そこまで考えて僕は思考を閉じた。思考停止。これ以上考えても悲観的になるだけ、元の姿に戻ることを考えよう。

 

 そう、元の姿に戻る。

 僕の悩みの原点は結局のところそこだ。

 古明地さとりの姿も個人的に悪くはない。寧ろ良い。鏡で360度どこから見ても可愛いし、能力は厄介なれど好きな作品に出てくるキャラクターだ。

 けど、それと僕の生活とは別問題。

 このままでいれば将来的に絶対に困るときが出てくる。

 戸籍とか無いし、学校も退学するしかなくなる。就労機会だって皆無。

 社会との繋がりが、プツリと絶たれる。

 それは即ちマトモな生活からの放逐とも言えるべき未来地図で、存在しない人間としての生を余儀なくされる。

 どう考えてもそんなの、認められない。

 

「あ、お姉ちゃん!何で勝手にはぐれちゃうのよ」

 

 そろそろ十分が経つかな、と思っていると店からこいしが飛び出てくる。僕の姿を見つけるや否や少し怒ったように頬を膨らませながら歩み寄ってきた。

 

「はぐれたんじゃないのよ。ただこいしに付いていこうとして、結界に阻まれたのよ」

「何言ってるのお姉ちゃん。服買うんでしょ?行くわよ?」

「だ、駄目よ。ここじゃなくて、男女どっちの服も売ってる場所が良いわ」

「……あ〜そういうこと」

 

 何となく察したみたいにこいしは半目で呆れる。

 しょうがないと思うんだ。

 普通の服屋すらロクに行かないのに小洒落た店なんか入れるはずがない。僕は鋼鉄の心臓なんて持ってないんだ。

 

「仕方ない……じゃあさっくり行っちゃおう」

「何ならこいし一人で巡ってても良いのよ?」

「そんなの面白くないから良いって。それにこれからは何度も来る機会ありそうだし」

 

 入口で手に取ったパンフレット片手に先導し始めるこいしに、僕は微妙な笑みを作りながら後を追った。

 

 フロアマップと現実とを交互に見ながら歩くこいしの歩いた場所を進んでいく。

 ……今のとこ、何も問題は無い。

 僕のフードはちょろりとも捲れてないし、こいしの気配に気付く人もいない。通り過ぎる女子高生の心を読んでも青春の1ページみたいな心の声が聞こえるだけだ。青春とか無かったから若干凹む。

 エスカレーターを上ると、目的の店が見えてきた。

 

「ここがルリクロ……おっきいねー」

「こいしは初めて?」

「うん、基本外出なかったから。服屋行くときもドレス仕立てたりする時だけで基本お母さんが買っちゃうからね」

 

 え、なにそれ。ドレス仕立てるってなんでせうこいしさん。

 少なからず動揺で足が止まったけど、やにむに先を進むこいしに慌ててパタパタと早足になる。

 

「うわぁ、沢山ある!しかも安いわ!」

 

 忙しなくあっちへこっちへ、商品を見たり触ったりしながら確かめるこいしにやがて僕は着いて行けなくなる。

 おかしい。

 姉妹だから体力は同じはずなのに、何でこうも僕は疲れてるんだ。

 

 下らない疑問を地中深くにスコップで埋めつつ、仕方無しに女性コーナーへと赴く。

 スカート売場まで来ると周囲には女性しかいなくなった……けど、あんなキャピキャピな専門店よりは幾分と入りやすいね。何より廊下を通り掛かる男性からは元気を貰える。僕は頑張ってるよみんな。

 

 でもスカートかぁ……。

 思わず自分の履いてるセミロングのそれを見る。

 意識して気にしてこなかったけど、正直スカートはやり辛い。違和感はあるし、スースーする。

 それに最初からあるものとして着ていたこれはともかく、意識的に買うのは精神的ハードルが高いことこの上ない。こんなの精神的女装だよ、女装。

 

「お姉ちゃん何してるの?」

「ひゃっ!?こ、こいし!いるならいますと言って頂戴!」

 

 正面、鼻と鼻が近付きそうな位置に突如現れたこいしに僕は驚いて仰け反って数歩下がる。

 無意識を操る程度の能力、ヤバ過ぎる。

 いることに、それどころか人が目の前に存在している事にも一瞬たりとも気付かなかった。

 これが、こいしの力。

 いつもは僕には能力が向けられてないから分からなかったけど、凄まじい。

 

「スカート?お姉ちゃん、スカート買おうとしてんの?」

「……見てるだけよ。ジーンズとか、チノパンとか買うわ」

「えーっ。勿体無い、絶対似合うのに」

 

 まるでちゃんと売れば古物商に何千万の価格で売れるアンティークを断捨離されてしまう父親みたいに、口を尖らせて不満を表した。

 しかし僕はそんな事には屈しない。

 そう、僕は男。田に力と書いて、男。

 男には決して引き下がれない時がある。

 それが今。今なんだよ。

 

 可愛らしく上目遣いまで駆使してくるこいしに、断固たる矜持を僕は示すのだった。

 

 

 




キャラ紹介

・古明地さとり
見た目は少女、中身は男。その名も古明地さとり。
スーパーやゴミ出し以外は基本引きこもってるので自分の住んでる地域にあまり詳しくない。スマホ片手に歩かないと迷うけど方向音痴ではない(自称)。服は親に買ってもらってた。

・古明地こいし
かなり金持ちの一人娘。兼箱入り娘。
実は矢鱈とゲームが上手い。今までボードゲーム以外のゲームなんて触れたことなど数えるほどしかなかったが、最近東方紅魔郷を完全クリアした事をさとりに報告したら無茶苦茶驚かれて嬉しかった。地霊殿もスピードクリアするつもり。自機キャラになりたい。

段々文が荒くなって来たけど許して。
次はまだ買い物。

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