ひとのゆめ   作:adbn


原作:刀剣乱舞
タグ:御手杵 日本号
よくある都市伝説と御手杵の夢の話。あとなんかいつもの感情が重い東西槍。

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ひとのゆめ

 御手杵は毎夜、同じ夢を見ている。そう言うと少なからぬものが炎を連想するらしいが、そうではない。御手杵が見ているのは、彼が焼け落ちて百年も過ぎた頃の、人間の夢だった。

 

「来週休講だよな?」

 時代を差し引いてなお、その夢の舞台はどこもかしこも御手杵には全く馴染みない場所だった。大学、バイト先のファミリーレストラン、カラオケボックス、自宅でさえ。そこには御手杵が知るはずもない世界が広がっている。

「あれ、そうだっけ」

「そのはず……ああ、うん。休講」

 たった今鞄から手帳を取り出した「友人」も、今頃働いているだろう「父親」も、御手杵の知らない人間の姿をしている。はっきりと見える彼らの姿を全く知らないことを、知っている。それが、これを夢だと一方的に判断する最大の理由だった。

「まじかすっかり忘れてたわ。サンキュ」

 それにしても明晰夢というのはもっと、体が自由になるものではなかっただろうか。この夢で御手杵にできるのは、ただこの体が動くのを一人称視点から眺めることだけだった。

「お前今日空いてる?」

「ゴメン、バイト」

「じゃあしゃーねーわ、また今度な」

「おー」

 愚にもつかない会話も、槍の役には立たない授業とやらも、このただ過ぎ行く時間の全てが、御手杵にはどうでもよかった。僅かにあった興味も、「今日」の年月日が“20”から始まるのを見た瞬間に消えた。どちらの意味でも御手杵の在る「現在」でなく、御手杵が愛する人間はここにはいないとわかってしまったからだ。

 

 電車に乗って、家よりも数駅手前で降りる。嫌だ面倒だ行きたくないと独り言ちながらもバイトとやらを辞めない理由が、御手杵にはわからない。御手杵はいつでも、結城松平の家宝だった。

「いらっしゃいませ」

「ご注文はお決まりですか?」

 笑いかけるこの顔が、色味以外は今の自分にそっくりなことが、むしろ気色悪かった。どこにも他の刀剣男士に似たものは見当たらなかったし、この体は武具に関心がないようだったから、果たしてこの夢世界に東の手杵の槍があったのかさえ、御手杵にはわからない。一夜毎に、自分というものがあやふやに解けていくような気さえした。

「お会計、1289円になります。二千円からお預かりします」

 この夢の主の名前を、御手杵は知らない。大学──御手杵の知る大學とは幾分扱いが違うような気はしたが──に通う学徒であること、父母と妹がいること、酒が飲めないこと、本が嫌いなこと、庭球(テニス)の観戦を趣味としていること。知っているのはそれくらいだ。

 

「ただいま」

「◼︎◼︎」

 まただ。相変わらず名前だけが聞こえない。誰の、名前も。それが刀剣男士に掛けられた呪ゆえであると、御手杵は信じたかった。仮の名のみを聞き取る、(まじな)いが彼らには掛けられる。それは彼らの名こそ仮のものであるからだと御手杵は知らなかったが、自身が名で定義されていることは知っていた。具体的な逸話や、鋼の姿よりも、手杵の名前で彼は定義される。復元品(レプリカ)でも、空の鞘でも、御手杵を名乗れた。そうあれかしと、人が祈ったから。

「飯は食ってきた。俺もう寝るから」

「ああ、そう。おやすみなさい」

 名を呼ぶ声が聞き取れた時、これこそが「現実」になってしまうのではないかと、御手杵は恐れていた。この恐れさえ忘れてしまうことを、恐れていた。

「はいはい、おやすみ」

 

 夢の中で見る夢の中で夢を見る。どこからがどの夢で、どこまでが現実なのかわからなくなる。

 

 本当の自分が松平の蔵にあるのを、御手杵は三日に一度は自身に言い聞かせねばならなかった。御手杵が炎に消えたことを、この学生は知らない。

 

 

 

「また、あの変な夢か……」

 一日中開墾作業をした後のような疲れ切った声でその言葉を聞くのはもう十何度目かで、日本号はいい加減うんざりしていた。

「おい、」

 変な、と言うからには、変な夢なのだろう。何がなんだかわからない夢なら、少なくとも焼夷弾は降ってこない夢なのだと、日本号は信じたかった。

「お前、一体何を見ている」

「あんたには関係ない」

 御手杵は、優しい槍だ。優しくて、いいやつだ。けれどもそれ以上に、脇差や太刀ならともかく、間合いの近しいものに彼が頼ることはまずない。いつでも供槍を引き連れていた日本号とは違うのだ。対等でありたいがために日本号や蜻蛉切には、余計。

「関係ならあるさ。毎晩妙な寝言を聞かされる身にもなれ」

「なら部屋を変えればいい」

 東の槍がこうして突っぱねるのは一種の甘えでもあると、日本号は思っている。彼が、どうでもいい相手にはむしろにこやかに笑いかけることも、一度敵と見なせば言葉はおろか視線さえ向けないことも、何百回の神在月で知っている。

「言いたくねえか?」

「言っても仕方ない」

 その冷えた水のような声が少し拗ねたように聞こえるのは、幾ら何でも幻聴の類だとわかっている、が。

 

 手杵、と呼べば、まだまだ引く気がないのがわかったのだろう。

「……少なくとも、あの夜の夢じゃあないよ」

 夜に見るのは。とまでは言わなかった。逆効果だろうから。

「尚更だ」

 何が、尚更なのだろう。どうして苦しんでいるのかわからないからか、と御手杵は思考を巡らす。自分なら、放っておけと言われれば自分では放っておくけどなあ、とも。この槍の情深いのが人間のようで、御手杵は少し苦手だった。

 

 自分でも何が何だかわからないものを、なんと説明したものだろう。

「なら聞くが。この身体、誰のものだと思う」

 この身体に持主がいたとしたら、それが夢の主だった。だからそう聞く。返答は、まあこの正三位の槍ならそう言うだろうというものの通りで、御手杵は少しだけ落胆した。

「俺のものだろう。それか審神者だ」

 こいつは違うのか、と思った。この人の姿をした身体は第一に“日本号”で、つまり今代の主たる審神者の所有物であるが、それ以外の解が、よりにもよってこの槍にあり得るのかと、驚きを隠せなかった。

 

「聞いた話だが、」

 それは、酒の席だった。夕食後に次郎太刀が押しかけてきて、陸奥守が加わって、そのあと誰が来て誰が話したのか、誰も気にしなかった。

「“刀剣男士は人間の身体に付喪の思念を入れている”という話があるらしい」

「どんな与太話だ、そりゃ」

 呆れたように、否、心底から呆れて日本号が言う。

「まあ、審神者以外なら信じることもあるだろう」

 刀剣男士の細かな成立要件など、市井に広まっているはずがない。歴史修正主義者の大半は、まさにその市井から生まれるのだから。

「“元になった人間がいる”ってんならまだしも、……ああ、いや。そういうことか」

 誰かが信じたからそう在ると言うのなら、信じるものなどこの城には一人しかありえない。一振りだけが()()である理由は日本号にはとんと検討がつかなかったが、ともかくはそういう話なのだろう。

「すまん、ちょっと用ができた。抜けるわ」

 

 自分たちは人の願いと、祈りでできている。東の槍が毎夜見ているというあれはきっと。人である夢で、人が見る夢なのだ。

 

 真夜中だったから、当然御手杵は眠っていた。それを蹴り起こす。

「東の」

「大した用じゃないなら寝かせろ」

「一言で済むから聞け。自分が何だか分からなくなったら俺に言え、いいな」

 いくら夢が嫌いでも、真夜中に寝ているところを起こされればそれ以上に機嫌は悪くなる。だから、意地の悪い言葉を返したのは、わざとだ。西の槍も、常勝の槍も、当の御手杵以上に五月の二十五日を気にしている。

「折ってくれでもするのか?」

 日本号の目を、御手杵は見なかった。それが今、何色なのかさえ、知りたくなかった。

「ああ」

 戦場を知らぬ身でなお幾百年、槍であり続けたこの東の片割れが槍でなくなるよりは、この手で冥府へ突き落とす方が余程ましだった。たとえ昭和のあの夜には身が砕ける程の痛みを覚えたのだとしても、それでもこの稀代の名槍が、只人に成り果てるのを見るよりは。

 

 ほとんど閉じられていた榛色が見開かれる。そのくらい意外で、衝撃だった。そんな終わり方を御手杵は、考えたことさえなかった。

「いいな、それ。そうなったら頼むわ」

 そうしたら、この夜の終わりには日本号が居る。この夢の果て、もうどうしようもなかったはずの死際に。一番居て欲しかったもの、日ノ本一の西の槍が。この非戦の象徴を、あくまで槍として終わらせてくれる。それは叶うはずも、願うことさえなかった、夢物語だ。

 

 隣に引いた布団に、日本号が収まる気配がする。聞こえていてほしいのか、眠っていてほしいのか、自分でもわからないまま、御手杵が呟いた。

「……()()もさ、たぶん夢なんだと思うよ」

「夢か」

「ああ。末期の夢だ」

 末期の。では矢張り彼は大久保にいるのだ。それで、この夢を終わらせろと西の槍に言う。二百六十年後から来た三位の槍に、その手で、その鋼で以って東の槍を殺せと言う。ただしく、その絶望を為せと言う。それがどれだけ苦しいのかわかっていて、黒田の槍の情深いのを知っていて、それでも御手杵はそう言う。

「……やっぱオマエ、薄情モンだなァ」

 言いながら隣へ腕を伸ばして、抱きすくめる。この東はいつでも、どこか遠い所へ行ってしまいそうな槍だった。そして最後にはほんとうに、遠い、遠い所へ消えてしまった。

「でもあんたならやってくれるだろう?」

 それができてしまうのだから、あんたこそたいがいにひどいやつだ。囁きは、音にはならない。これが西の槍である前に日ノ本一の、正三位の槍であるのを知っている。これは情も、そんなものが鋼にあるとして恋も愛も、すべて抱えたまま、それでも全てをおいて「相応しく」振舞えてしまう槍だった。自身を抱え込む腕に、御手杵はそっと手を置いた。

「見送ってくれよ」

 俺という槍の死ぬ様を、いつか。あの日にはそれどころではなかったのだろうけど、それでも西の槍が来てくれたら、それだけで救われただろうと、御手杵は思うのだ。

「ああ、きっとな」


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