第1話『パートナー』(前編)
暗い暗い家の中に、窓から細い月明かりが差し込む。
ここはジャパリパーク居住区跡地。
ヒトの去ったこの地でイエイヌのフレンズが一人暮らしていた。
「今日もご主人様は帰って来ません……」
彼女はヒトの去ったこの暗い家を一人守り続けて来た。
こうして一人の夜を何度過ごしただろう?
「いえ。でも明日こそはきっと……。もし明日帰ってこなくたって明後日だって! いつまででも待たなきゃ……! それが私の使命なんですから……!」
このジャパリパークと呼ばれた巨大動物園では動物がヒトと似た姿になったアニマルガール達が暮らしていた。
アニマルガール達はいつしかフレンズと呼ばれるようになる。
ヒトとフレンズが暮らす巨大総合動物園ジャパリパークであったが、ヒトはこの地から去ってしまった。
それ以来ジャパリパークはフレンズ達が暮らす場所となった。
そんな中でイエイヌはいつかヒトが帰って来る事を信じて、この居住区を守り続けている。
それは毎日が報わぬ日々だった。
ヒトが帰ってきた時に快適に過ごせるように家の掃除は毎日欠かさず行った。
ヒトが帰ってきた時に寛いでもらえるようにお茶の淹れ方だって試行錯誤して覚えた。
待ちきれなくて他のフレンズに頼んでヒトを探して連れて来てくれるように頼んだ事だってある。
「あの時は楽しかったですね……」
そのフレンズ達はなんとヒトの子供を連れて来てくれた。
ほんの一日にも満たない時間だったけれど、フリスビーを投げて遊んでくれた。
けれどその子供はイエイヌの待っていたヒトではなかったらしく、彼女を置いて他のフレンズと旅立ってしまった。
それからはまた一人の日々だ。
誰も訪れる者のないこの家を毎日掃除して、寝床を整えて、セルリアン達が来ないか見回りをして……。
セルリアンとは、簡単に言えば化け物だ。
フレンズ達を捕食して元の動物に戻してしまう天敵である。
セルリアン達は建物を壊す事だってあるので、家を守る為にセルリアンと戦った事だって数えきれない。
そうやって、イエイヌはずっとずっと一人でこの家を守って来た。
いつか主が、ヒトが戻って来る日を信じて。
そして「よくやったね」と褒めてくれる日を信じて。
けれど、心のどこかで……
「やはり、もう戻って来てはくれないのでしょうか……」
そう思ってしまう。
イエイヌはぶるぶると頭を振ってそんな考えを追い出した。
「弱気になってはいけません! そうだ、こういう時は……宝物ですっ!」
イエイヌはおうちの中にある金庫を開けると、その中に入っていた手紙や絵をテーブルに広げる。
それはかつてまだジャパリパークにヒトがいた頃に遺された手紙や絵だ。
イエイヌには文字は読めないけれど微かにヒトの残り香がする。
それに絵にはヒトやフレンズが仲良く楽しそうにしている姿が描かれているのだ。
自分によく似た姿のフレンズが飼育員らしきヒトに甘えている姿を見ると自然と笑顔になれる。
そして、それらを眺めているだけで、いつかヒトが再び戻って来ると思えるのだ。
………けれども。
「前よりもヒトの匂いが薄くなってる……」
嗅覚が敏感なイエイヌだからこそ気が付くわずかな差異。
それでもその差異はイエイヌの心を揺らすには十分過ぎた。
考えてはいけない。
イエイヌは咄嗟に目を固く瞑って耳を塞ぎ頭をぶるぶると振って頭の中に生まれつつあった物を追い出した。
「宝物は本当に落ち込んだ時だけにしましょう」
イエイヌは手紙と絵を大切に金庫の中へしまった。
それでもカタカタと、金庫を閉じた自分の手が震えているのがわかる。
その手を抑えつけるようにして胸元で掻き抱く。
「あれ? お、おかしいですね。今日は寒くないはずなのに震えが止まりません……」
どうやら手の震えが全身にまで回ってしまったのだろうか。
まったくおかしな事もあるものだ、とイエイヌは笑おうとした。けれども上手く声も出ない。
一体どうしてしまったというんだろう。
その時だ。
イエイヌ一人しかいないはずのおうちに涼やかな声が響く。
「見ていられんな」
いつの間にかテーブルの向かい側に真っ白な一人のフレンズが座っていた。
それはキツネの耳と尻尾を持ったフレンズだったが、真っ白な毛並みが月明かりを反射して幻想的ですらある。
しばらく見惚れていたイエイヌだったが、我に返ると訊ねた。
「誰……ですか?」
突然現れた彼女にイエイヌは警戒していた。
縄張りを奪いに来たフレンズであれば戦わなくてはいけない。ここはヒトの家なのだから。
だが、白いフレンズは敵意はない、とでも言うように両手を広げて見せる。
「わらわか。わらわはそうさな。昔ヒトが呼んでいた通りオイナリサマ、と名乗ろうか」
オイナリサマと名乗ったフレンズが放った言葉の中に『ヒト』というものがあった。確かにそう言った。
イエイヌはさっきまでの警戒も忘れてオイナリサマに詰め寄る。
「ヒト!? いま、ヒトって言いましたよね!?」
興奮気味に食ってかかるイエイヌにオイナリサマは「まあ待て」と言いたげに手で制する。
「先に言っておく。お主の望みは叶う事はない。決してな」
「なんで!? あなたは今、ヒトって言ったじゃないですか! いるんですよね!? ヒト!」
手で制されている事すら忘れてイエイヌはさらに詰め寄る。
けれどもオイナリサマと名乗ったフレンズは気を悪くした様子もない。
逆に憐れみとも言える目をイエイヌに向けると短く告げる。
「昔はいた。だが、今はいない」
その答えにイエイヌの尻尾と耳がしゅんと垂れた。
それは彼女自身が心のどこかでそう思っていた事だ。
こうやって他人に言われてしまうと、それが紛れもない事実だと思い知らされてしまう。
―パン!
暗い思考に落ちようとしていたイエイヌは突然の物音にビクリとする。
その音の正体はオイナリサマが両手を打った音だ。
先程までの神秘的な表情から一変。今は人好きのする笑みを浮かべるとオイナリサマは言った。
「のう、イエイヌ。茶を淹れてくれんか? お主風に言うと『お湯に葉っぱを入れたヤツ』じゃ。のう? かまわんじゃろう? わらわももてなしておくれ」
さっきまであんなに超全とした雰囲気だったオイナリサマが今はイエイヌに身体をこすりつけんばかりだ。
イエイヌはクスリと笑うと「いいですよ。すぐに用意します」と返事をした。
やるべき事があった方が余計な事を考えなくていい。
イエイヌは敢えて全ての意識をお茶を淹れる事だけに集中させた。
いつもやっている通りにいつも通りの手順でお茶を淹れていく。
何度も何度も、美味しいと思えるようになるまで試行錯誤して見に着けた手順だ。
今日も完璧な出来栄えだ、と一つ頷くとイエイヌはティーカップをオイナリサマの前に置く。
「どうぞ」
オイナリサマはティーカップを持ち上げるとまずは香りを楽しむ。
「うむ。よい香りじゃ」
そうしてから口元へティーカップを運んで一口。
満足そうにティーカップを掲げて見せる。
「それに味もいい。独力でここまで辿り着くとは。さぞ研鑽を積んだのであろうな。珠玉の一杯じゃ」
こうして誰かにお茶を振る舞うのは初めてで、こんなにも誰かに褒められたのも初めてだった。
我知らずイエイヌの尻尾はぶんぶんと揺れる。
誰にも知られていなかった努力に労いの言葉をかけてもらったのも初めてで、イエイヌはなんだか胸にむず痒いものがこみ上げていた。
そんなイエイヌにオイナリサマは微笑みを浮かべると、「さて」と言葉を続ける。
「これほどの茶のもてなしには礼をせねばなるまい。イエイヌよ。お主に二つの道を選ばせよう」
オイナリサマはピースサインのように指を二つ立てる。
「一つはこれまでと変わらず、この家で帰らぬヒトを待つ道じゃ。今までと変わらぬ生活が送れるじゃろう。その先にお主の望みが叶う事は決してないがな」
そして、中指を折って人差し指を残して続ける。
「そしてもう一つはここではないどこかの世界へと旅立つ道じゃ。なあに、お主に繋がる強い縁が見えておる。もしも旅立つのならお主は得難い友人と出会えるであろう」
オイナリサマは言う事は言った、とばかりに残った人差し指をクルクルと回してイエイヌの答えを待つ。
突然の事にイエイヌはようやく一言を絞り出す。
「なんで……。なんであなたはそんな事をしてくれるんですか……?」
まだ呆然とするイエイヌの肩をオイナリサマはポム、と叩く。
「言ったじゃろう? 美味い茶の礼じゃと。珠玉の一杯への返礼としては安いくらいじゃ」
オイナリサマは真っ直ぐにイエイヌの目を覗き込むと告げる。
「イエイヌ。お主がどちらの道を選ぶも自由じゃ。さあ。選ぶがいい」
こうして自由にしていい、と言われるとどうしていいのか分からなくなる。
けれど、これは自分で考えなくてはならない。それはイエイヌにも理解出来ていた。
自分には使命がある。ヒトの帰りを待ち、この家を守る事。
それこそが使命だ。
けれど……。
こんなにも頑張っているのにどうして帰って来てくれない。
どうしてただの一言も労ってくれない。
どうして……。
答えはイエイヌだってもう分かっている。ただ見ないようにしてきただけだ。
オイナリサマの言う通り、イエイヌの望みは叶う事はないのだろう。
だからイエイヌの口からは言葉が漏れようとしていた。
「わたしは……わたしは……!」
「うむ」
オイナリサマの優しい声音が続く言葉を促す。
とうとうイエイヌの口からは言葉が漏れた。
「寂しいです! ずっと誰も帰ってこない日を過ごすのはもうイヤです……!」
オイナリサマはイエイヌの身体を抱きしめた。
「わかった。お主の願いを聞き届けよう。今まで辛かったのう。じゃが次の世界ではきっと努力は報われる」
その言葉はオイナリサマの体温とともにイエイヌの身体に染みて行く。
「イエイヌよ。大切なものを探せ。見つけよ。そして全力で守れ。それが新しいお主の使命じゃ」
抱き締められた耳元にオイナリサマの囁きが届く。
そして、暗い暗い室内にサンドスターの輝きが満ち溢れはじめた。
その暖かい輝きはイエイヌの周囲へと寄り添う。
「ではさらばじゃ。次の世界でお主の幸せが見つかるよう祈っておる」
サンドスターの輝きが強くなって、目を開けていられない程になった。
それが治まったとき、イエイヌの姿もオイナリサマの姿もそこにはなかった。
の の の の の の の の の の の の の の
「うーん……。こ、ここは…?」
眩しさが治まって、目を開けたイエイヌの瞳にはコンクリートで舗装された道がまず映された。
先程まで包まれていたオイナリサマの温もりも今はない。
風や匂いからここが屋外なのはわかる。
そして太陽のかげり具合からすると、今は夕方くらいか。きっとこれから夜へと向かうのだろう。
周りを見渡せば空に届かんばかりに高い塔のような建物がいくつも立ち並んでいた。
そのどれもがきちんとした手入れがされている。
ヒトの住まなくなった建物しか見た事のないイエイヌにとっては新鮮な光景だった。
そして……。
「な、なんて沢山の匂い…。」
イエイヌの鼻には今まで嗅いだ事のないような匂いが沢山届く。あまりの情報量の多さに頭がクラクラする思いだ。
あらためて周囲を見渡すと、イエイヌのいる一画は小さな神社のようなもので、小さな祠が見える。
「凄い場所に来ちゃいましたね……。ともかく、ここにずっといても何ともなりません」
今はオイナリサマもいない。一人呟くとその小さな一画を出て路地へと出るイエイヌ。
「うわぁ……」
一歩路地へ入ると、イエイヌは思わず感嘆の声を漏らした。
そこには沢山の人間が行きかっており、獣の耳や尻尾をもったフレンズの姿もちらほらと見える。
そして車道には沢山の車が走っていた。
あれ程に待ち焦がれていたヒトの匂いが今はそこらじゅうからしている。
この道を行きかう沢山の人達は間違いなくヒトだ。
それに気が付いた時、イエイヌは思わず路地から飛び出して手近なヒトに声を掛けていた。
「あ、あのっ……!」
ところが、そのヒトは戸惑い、怪訝な顔をするばかりだ。
相手が困っている事を察すると、イエイヌも自分が焦っていた事を自覚した。
「あ……。いえ、その……。何でもないです」
相手は自分の事など知らないのだ。
ヒトに会えさえすればそれで望みが叶う。イエイヌはそんな自身の甘えを恥じた。
「そう。もうすぐ暗くなるからあなたも早くおうちに帰った方がいいわよ。」
そのヒトはそう言って立ち去りすぐに雑踏に消えてしまった。
行きかう人々は誰もがイエイヌには興味がないようで、それぞれがどこかに向かって歩いている。
おうちに帰った方がいい、と言われたけれど、オイナリサマが言う通りここはもう別世界なのだろう。
「おうち……。今はもうないんでした」
イエイヌはトボトボと歩き始める。
雑踏に紛れて歩き続けていると、周囲に木々や芝生の生えた一角を見つけた。
そこは公園なのだが、今のイエイヌには分からない。
ただ、何となく雰囲気が違って過ごしやすそうだなと思えた。
遊歩道にあるベンチに座ってイエイヌはようやく一息をつく。
「ふう。ここは落ち着きますね……。この辺りならとりあえずねぐらにするにはよさそうです。誰かの縄張りだったりしなければいいんですが……」
周囲を見渡せば、この時間には家に帰ろうとしている人達ばかりが見える。
手を繋いで家路に向かう親子らしきヒト達。並んで歩く友人同士らしいヒトとフレンズ。
その誰もがイエイヌを気にした様子もない。
もしかしたらここを縄張りにしているフレンズはいないのかもしれない。きっと一晩くらいならここで眠っても大丈夫だろう、とイエイヌは判断した。
「さて、そうなったら……次はごはんですよね。おなかは……」
ぐぅう……とイエイヌのおなかは正直な反応を返す。
「ええと、ここではボスはいないんでしょうか……。どうやってジャパリまんを手に入れたらいいんでしょう」
多分一晩くらいなら食べなくても何とかなるだろうが、それが続けば動けなくなってやがてはサンドスター切れで元の動物に戻ってしまう。
いつもならフレンズ達がボスと呼ぶ、ラッキービーストというロボットがジャパリまんを運んで来てくれる。
けれどここは別世界だ。ラッキービーストは見当たらない。
ふ、と気づけば近くに何か箱のようなものがある。
それは自動販売機なのだがやはりイエイヌには何の機械なのかよくわからない。
ただ、その中にはペットボトル飲料や……。
「ジャパリまん!」
ジャパリまんも陳列されていた。イエイヌは早速そこに駆け寄る。
「ええと、この透明な板みたいなのが邪魔でジャパリまんがとれませんね……。どうしたら?」
カリカリ、とアクリル板を軽くひっかいてみてもジャパリまんはとれない。
すると、それに反応したのか自動販売機が動き始めた。
「イラッシャイマセ。自動販売機デス」
「あ、どうも。わたしイエイヌです」
機械音声で反応した自動販売機にとりあえず挨拶を返すイエイヌ。引っ掻いたのはまずかったろうか? 引っ掻いたのはまずかったろうか? 機嫌を損ねたりしていないだろうかとおっかなびっくりである。
「あ、あの……。ジャパリまんが欲しいんですが……」
「ジャパリまんデスネ? 150円ニなりマス。お金ヲ投入口カラ入れて下サイ。」
「オカネ…ってなんでしょう。それがないとジャパリまんは貰えない、という事でしょうか…。わたし、持ってないです…。」
オカネというのが何の事かわからず、イエイヌは途方に暮れてしまった。
一体どうしたらいいのだろう。
そう思っていると、ゴロゴロと何かが転がる音がした。
「へーい、そこの可愛い子ちゃん。そんなしょぼくれた顔してちゃせっかくの可愛いお耳と尻尾が台無しだよ?」
その音と共に背後から声が掛けられる。
イエイヌが振り返るとそこには、スケートボードに片足を載せた女の子が一人こちらを見ていた。
パーカーを羽織ってサマーセーターにブラウス。チェック柄のミニスカートにスパッツといった女の子らしいがどこか活発な印象を与える感じのする服装だ。
それに髪の色が緑がかって見えるし、爪の色も髪に似た碧色だ。
その女の子は人好きのする笑顔でイエイヌの顔を覗き込む。
「うん? どうしたの? 本当に困っているみたいだね。よかったらどうしたのか話してみてくれない?」
そうされるだけで、何故かイエイヌは心底安心を覚える。
この緑色の髪を後ろでまとめた女の子からは不思議と安心できる雰囲気がするのだ。
気が付いたらイエイヌの口からは言葉が出ていた。
「あ、あの! わたし、イエイヌです」
「うん、イエイヌちゃんだね。私はともえ。遠坂ともえ。気楽にともえって呼んでね」
「あ、はい。ともえさん」
「うん、よろしくね、イエイヌちゃん」
ともえと名乗った女の子が名前を呼んでくれただけでイエイヌの胸は何だか暖かくなった。
「で、イエイヌちゃんは何か困ってたの?」
そう言われてみれば、イエイヌは途方に暮れていた事を思い出した。
まず、目下一番困っているのは、このぐうぐう鳴るお腹だ。
イエイヌのお腹の音を聞いたともえはぷっと吹きだした。
「あはは。とりあえずお腹空いてるらしい事はわかった!」
ともえは自動販売機にお金を投入するとジャパリまんのボタンを押す。
自動販売機から出て来たジャパリまんを半分に割ると、片方をイエイヌに渡す。
「ごめんね。今月、お小遣いちょっとピンチで。半分こでもいい?」
「あ、はい。ありがとうございます」
二人してベンチに座ってジャパリまんをかじる。
今まで食べたどのジャパリまんよりも美味しいとイエイヌには思えた。
半分のジャパリまんはあっという間に食べ終わってしまった。
包み紙をイエイヌの分も備え付けのゴミ箱に捨てて来ると、あらためて、ともえは膝を折ってイエイヌの前にしゃがみ込む。
「ねえ、もしかしてだけど、イエイヌちゃんってフレンズになりたての子なのかな」
「あー……。いえ。そういうわけではないのですが……言っても信じて貰えるかどうか……」
「まあまあ。話をするだけならタダだよー。アタシもイエイヌちゃんのお話聞いてみたいし」
やはりともえは人好きのする笑みを浮かべてイエイヌの手をとると「ね?」と促して来た。
「そうですね。じゃあ……」
そうして、イエイヌはポツリポツリと今までの経緯を話す。
ヒトのいなくなったジャパリパークの事。
ヒトの帰りをずっと待ってお留守番していた事。
そしてオイナリサマがこの世界に送ってくれた事を。
「そっか……。今まで一人で大変だったね。うん。エラかったね」
「信じてくれるんですか?我ながら突拍子もないお話だと思うんですが……」
「信じるに決まってるよ。イエイヌちゃんが嘘言ってない事くらいはアタシわかるよ」
自分の言う事をともえがちゃんと聞いてくれた。それだけでもイエイヌは何だか嬉しくてたまらない。
「ともかく、これから行くところがないっていうのが大問題だよね」
「はい。そうですね……」
ともえの言葉にイエイヌは直面している問題を再認識して肩を落とす。
尻尾と耳がへにゃり、と勢いを失ってしまった。
そんな様子のイエイヌにともえは両手を広げる。
「ならとりあえずウチにおいでよ! 大丈夫、お父さんもお母さんもお姉ちゃんも絶対イエイヌちゃんを歓迎してくれるから!」
イエイヌが迷う暇もなく、それで決まりとばかりにともえは勢いよく立ち上がると右手を差し出した。
「さ、一緒に帰ろ。暗くなっちゃうよ」
その差し出された手にイエイヌはぽふ、と自分の手を載せた。
ともえはそれに再びぷっと吹きだす。
「もうー。イエイヌちゃんったら。お手じゃないよ」
彼女は可笑しそうに笑いながら、イエイヌの手を握って逆の手にスケートボードを抱えて歩きはじめる。
さっき見た連れ立って歩いているヒトとフレンズと同じように歩ける事にイエイヌの胸には何か暖かいものがこみ上げているのであった。
の の の の の の の の の の の の の の
「はい。ここがアタシのおうち。多分今の時間はお父さんは研究所だろうけどお母さんとお姉ちゃんがいるはずだから」
ともえに連れられてやってきたそこは喫茶店という風貌をした二階建ての一軒家だった。
「へへー、アタシも時々放課後とかここでバイトもしてるんだよー。イエイヌちゃんもそのうち一緒にやろうねっ」
どうやら一階部分が喫茶店らしいのだが、イエイヌにはよくわからず、ともえにされるがままで店内へと連れられて行った。
カランカラン、とドア鈴が鳴る。
「お母さんただいまー」
おうちの中はお茶やコーヒーのいい香りが漂っていた。
ドア鈴に気が付いたのはカウンターの内側にいた黒髪をツインテールにした女の子だった。
カチューシャとエプロンをつけた女の子でパッと見た目はメイドさんだ。
その女の子はこちらに気が付く。
「あ、お帰りなさい。ともえちゃん。あら……?そちらは……」
カウンターの向こう側にいた女の子はイエイヌの姿を認めると何かに気が付いたように慌て始めた。
トトト、っとカウンターから出て来てともえに駆け寄る。
「ともえちゃん……、あなた……いくら可愛いからといってフレンズちゃんを誘拐してきたらダメよ」
やたら真剣な顔でともえの肩を揺さぶってくる。思わぬ冤罪にともえは慌てた。
「違うよぉ!?」
「大丈夫。まだ罪は軽いわ。お母さん一緒に警察にいってあげるから……」
「だから違うったら!この子はイエイヌちゃん!公園で困ってたみたいだからとりあえずうちに連れてきたの!」
「ふふ、わかってるわ。ちょっとした冗談よ」
まったく心臓に悪い冗談だ、とともえはホッと胸を撫で下ろした。
相好崩してニコリと笑う女の子。この子が母親らしい。
「はじめまして、イエイヌちゃん。私はともえちゃんのお母さんで遠坂春香です。気楽にお母さんって呼んでね」
イエイヌの微かな記憶によると母親というのはもう少し年上のはずでは……と混乱していた。
これでは姉妹……その妹というのが適切なように思えるが、きっと自分が無知なのだろうとイエイヌは納得する。
その間にともえは春香に事情を説明しはじめていた。
「で、ね? お母さん。イエイヌちゃんね、実は……」
イエイヌがどうやら別な世界のジャパリパークという場所からやって来た事や、ヒトのいなくなったその世界でヒトの帰りを待って一人でお留守番を続けていた事などを説明していく。
その説明を聞いた直後、春香はイエイヌに詰め寄りその手を取った。
「イエイヌちゃん。あなたウチの子にならない? いえ。なるべきだわ、なりましょう!」
「あの……その……」
ずずいと詰め寄られてイエイヌは戸惑った。
どうしよう、とともえに視線を送る。
「とりあえず行くところがちゃんと決まるまでの間でも一緒にいよう? もちろんアタシもイエイヌちゃんがウチの子になってくれるなら大歓迎だけど!」
寄る辺もないこの世界で頼ってくれても構わないというのはありがたい。
それに、ともえとももっと一緒にいたい。
イエイヌはその厚意に甘える事にした。
「あの……じゃあ……。とりあえずお世話になります」
ペコリ、と頭を下げるイエイヌにともえも春香もパッと顔を輝かせた。
「ええ!大歓迎よ!」
ガバリ、とイエイヌに抱き着く春香。
「ああー! お母さんずるい! アタシだってずっと我慢してたのに! イエイヌちゃんモフるの我慢してたのにー!」
出遅れたともえが後ろ側からイエイヌに抱き着いてくるから、サンドイッチになってしまうイエイヌであった。
「あわわわ…。」
イエイヌは怒涛の展開についていけず目をぐるぐるさせる。
と、そこに…。
「もしもしポリスメン? うちの母と妹がとうとうやらかしたかもしれません」
「「ノー!あいむなっとギルティー!」」
新たにあらわれた女の子の言葉にともえと春香の抗議が重なる。
階段の方からやって来たのはこれまた黒髪の女の子だった。
顔立ちはともえと瓜二つなのだが、どこかのんびりした印象があるように思える。
服装もワンピースタイプのロングスカートでお淑やかな感じだ。
活動的なともえとは対照的に見える。
「あはは、ごめんごめん。冗談冗談。ともえちゃんお帰りなさい。大体の事情は聞こえてたよー」
そんな事を言いつつ、ともえとそっくりな女の子はイエイヌの目の前までやって来ると自己紹介した。
「アタシは遠坂萌絵。ともえちゃんの双子のお姉ちゃんだよ。気楽に萌絵お姉ちゃんって呼んでくれていいからね」
「あ、はい。萌絵さん」
「あのねあのね、イエイヌちゃん、萌絵お姉ちゃんは凄いんだよ! なんたってもう飛び級で外国のすっごい大学の卒業資格取っちゃってるんだよ!」
「ふふー。ともえちゃんに褒められるのは嬉しいけど、アタシは身体が丈夫じゃないしともえちゃんみたいに運動得意じゃないからねー。ともえちゃんの方が凄いんだよおー」
「つまり、ともえさんも萌絵さんも凄いんですね! わたし覚えましたよ!」
ふんす、とイエイヌが両手を握りしめて尻尾をぶんぶん揺らす。
ふむ、と何事かを考えた萌絵はそのままイエイヌを抱きしめる。
「ねえ、ともえちゃん。この子可愛すぎない? とりあえずモフっていいかなあー?」
「お姉ちゃん! もうモフってる!モフってるよ! ずるい!!」
「あのー!? お二人ともー!? ちょっと苦しいですー!?」
イエイヌは再びサンドイッチにされてモフり倒されてしまった。
そんな様子に春香の助け船が入る。もっとも春香も先程までイエイヌをモフり倒してたわけだが。
「ねえねえ、萌絵ちゃん。とりあえず市役所にイエイヌちゃんの仮保護申請出しちゃうから手伝ってくれる?」
「あ、うん。任せてちゃちゃっと申請出しちゃうね」
言うが早いか、萌絵はカウンター内のパソコンに取りつくと猛烈な勢いでキーボードを叩きはじめる。
「うへ。仮保護から本保護までに最低でも一週間かぁ……。ちょっとデータベースを弄って……いやいやそれはポリスメン案件になりそうだからやめておかないと……」
聞こえて来る物騒な言葉は聞かなかった事にしておく。
仮保護申請とは動物からフレンズになったばかりの子を一時的に家庭で預かる申請を意味する。
オンラインでの申請が可能とはいえ、項目は多岐に渡るのでパソコンが得意らしい萌絵でも大分時間がかかりそうだ。
「じゃあ、ともえちゃん。その間にイエイヌちゃんを上に案内してあげて。私はお父さんにも新しい家族が増えますって電話しちゃうから」
春香はもう決定事項ですとばかりにウィンクしてみせる。事情が事情だけに父親だって反対はしないだろうが。
萌絵は萌絵でパソコンのキーボードを叩きっぱなしだし、どうやらこの場でともえに出来る事はないらしい。
言われた通りにともえはイエイヌの手を引くと二階の住居部分へと向かうのだった。
の の の の の の の の の の の の の の
二階は以前イエイヌが暮らしていたおうちに似た雰囲気があった。
いや、決定的に違う点が一つある。
それはとても賑やかな雰囲気がするところだ。
リビングやキッチン、お風呂やそれぞれのお部屋に客間や物置などなど。
生活に必要そうな物は揃っていてなお余裕を感じさせる作りになっている。
そのどこからもヒトが生活しているという匂いがするように感じられた。
ともえは取り敢えずリビングのソファーにイエイヌを案内すると、そこに座らせてテレビのリモコンを手に取る。
「まだご飯までには時間があるからテレビでも見てくつろいでてね」
リモコンを操作するとソファーの前にあったテレビにパッと電源が入る。
『六時のニュースです』
「あ、どうも。イエイヌです」
突然現れた箱の中にいるヒトに向かってイエイヌはお辞儀をした。
一体誰だろう。このヒトもともえ達の家族なのだろうか?
「あの……、ともえさん。こちらの箱の中にいる方は……」
混乱するイエイヌはともえに訊ねる。
「ええとね、それはテレビって言って遠くの絵を映す機械なの。だから中に誰もいないんだよ。」
「そう……なんですか?」
イエイヌはそれを確かめるようにテレビの裏側を覗き込んでみて、また元の位置に戻って「解せぬ」とばかりに小首を傾げて、またまたテレビの裏を覗いてを繰り返していた。
ともえにとってはとても新鮮な反応でそれはそれは可愛く思えた。
なので、まだ肩に掛けたままにしていた愛用の鞄からスケッチブックを取り出すとイエイヌの姿をスケッチしはじめた。
「めっちゃ絵になる…! めっちゃ絵になるぅー! もう、イエイヌちゃん可愛すぎか!」
情動の赴くままに筆を走らせていると、いつの間にかその横に萌絵まで混じっていた。
同じように彼女もスケッチブックに筆を走らせているではないか。
「ほんとにね…! ほんとに絵になるぅー! いいよ! いいよイエイヌちゃん…!」
イエイヌには二人が何をしているのかよくわからなかったが、あんまりにも動きがそっくりすぎて何だか可笑しくなってしまった。
なるほど双子とはこういうものか、と納得である。
シュバババ、と物凄い勢いでスケッチを完成させると二人はスケッチブックを交換してお互いに食い入るように見つめる。
そして、無言のままにパシン! と大きな音を立ててハイタッチ。
どうやら二人とも納得の出来だったようだ。
お互いに満足そうにしていると、萌絵は「あ」と思い出したかのように言った。
「いけない、忘れるところだったよ。イエイヌちゃんはとりあえず生まれたてのフレンズってことで仮保護申請出して許可されたから」
イエイヌには自身の事だというのによく分からない。
「ええと、どういうことでしょう?」
そこに萌絵が説明してくれる。
この世界ではヒトとフレンズが仲良く暮らしている。そんな中でごく稀にフレンズが自然発生する事があるそうだ。
そうした自然発生したフレンズは知識にも偏りがあるため、一般家庭で保護される。
その保護を遠坂家が申し出たというわけだ。
「今は仮保護って言ってお試し期間みたいな感じ。うちがイエイヌちゃんの住む場所に相応しいって市役所の方が判断すれば本保護になるんだよ」
と言われてもやはりイエイヌにはよくわからなかった。
「つまり、まずはしばらくの間イエイヌちゃんはウチで暮らしましょうって事になったんだよ」
ともえに言われて自分はここにいていいのだとようやく思えてきたイエイヌである。
それに萌絵もニコリと笑う。
「今日はイエイヌちゃんの歓迎会だからね」
そのまま萌絵がキッチンに入って料理の準備をはじめた。
「ともえちゃーん、お手伝いお願いねー」
「あのあの!わ、わたしも何かお手伝いがしたいですっ」
「そっかあ。じゃあ、お手伝いお願いしようかなー」
イエイヌも交えて三人で調理。
これまたイエイヌにとっては初めての経験である。
「ちなみに、イエイヌちゃん。お肉系は合成肉だけど平気だよね?」
「合成肉……ってなんでしょう?」
萌絵の質問にやはりイエイヌは小首を傾げる。
「ええとね、フレンズちゃんの中には肉食系動物でも天然肉を食べるのイヤがる子もいるから。植物由来の品とサンドスターで合成したお肉が合成肉なんだよ」
どうやらこの世界にもサンドスターはあるらしい。
サンドスターは不思議な物質だ。イエイヌがアニマルガール、つまりフレンズになったのもサンドスターのおかげらしい。
キラキラと輝く結晶のようなものらしいが、その詳細はイエイヌどころか頭脳明晰な萌絵ですらわからない。
ただ、この世界ではどうも食べ物にもサンドスターが活用されているらしい。
そんな事を考えていたら、いつの間にか料理も完成していた。
「ふふー。見た目は割と豪華になったよね」
色とりどりのサンドイッチにクリームシチュー、あとは大皿にミートボールパスタにポテトサラダというラインナップだ。
主に料理を担当していた萌絵も満足そうに額を拭う。
萌絵もともえも手際がいいのは何となくイエイヌにも分かった。
ただ、途中、萌絵がともえの手を何度か止めていたのが気になったが。
「もう。ともえちゃん? ともえスペシャルは禁止だよ」
「ええー!? 新しい味は常に冒険から生まれるんだよ!?」
「ともえちゃんのともえスペシャルは冒険じゃなくて暴走だからダメ」
どうやら萌絵はともえが料理に調味料を混入するのを止めていたようだ。
わさび、だとか、マスタード、だとか何だかよくわからないが不穏な単語が聞こえたような気がしてイエイヌの本能は警鐘を鳴らしていた。
何はともあれ料理は無事に完成である。
「お父さんもそろそろ帰ってくるだろうから、そしたらご飯にしようね」
「はいっ! 楽しみです!」
尻尾をぶんぶんさせるイエイヌにともえと萌絵は顔を見合わせて微笑みあう。
イエイヌの目の前にあるのはどれも食べた事のないものばかりだ。
そのどれもがイエイヌ自慢の鼻に全力で「美味しいよ」と語りかけてくるのだ。
と、そこに春香が戻ってくる。
その腕に赤いカラーリングのラッキービーストを抱いていた。
「もう、お父さんったらこんな日に仕事だなんて。ラモリさんだけ戻さなくてもいいじゃない」
春香は頬っぺたを膨らませてぷんすかしてみせる。もっとも外見のせいで何だか可愛らしくしか見えないのだが。
そんな彼女をなだめるべく、その腕の中に納まったラッキービーストが声をあげる。
『悪いね。サンドスターに大規模な変動が観測されてるんだ…。こんなの観測史上初めてかも。今夜はどうしても帰れそうにない』
これは通信機能なのだろう。
春香に抱えられた赤色のラッキービーストは通称ラモリさんという。
アイセンサー部分にサングラスを掛けて、尻尾部分が試作多機能アームに換装されているのが特徴だ。
どうやら父は今日は仕事で戻れないらしい。
ともえが残念そうに言う。
「そうなの?せっかくイエイヌちゃんの歓迎会でご馳走作ったのに残念だなあ。」
『僕もめっちゃ残念だっ!! もう何もかもぶん投げて今すぐ帰りたいっ!!』
「はい、お父さん。今度のお休みに何か好きなの作ってあげるからお仕事頑張って」
仕事では仕方がない。萌絵が苦笑とともに窘めた。
父親も娘に応援されては張り切るしかない。
『よぉし、お父さんちょっと気合いれて頑張るよ……。とその前に。イエイヌちゃんっていうのはキミかな?』
父はラモリさんの通信機能を通してイエイヌに話しかける。
『こんな姿でごめんね。僕はサンドスターの研究を仕事にしてる。皆はドクター遠坂と呼ぶが好きに呼んでね。』
とはいえ、ともえには一つ心配事があった。
「あのね、お父さん……それだとイエイヌちゃんはラモリさんがお父さんだって思っちゃうよ……」
『あ、そうか!? イエイヌちゃん。このラモリさんを通して会話しててラモリさんはラモリさんだからね!?』
その物言いはかえって混乱を助長するのではないか。
ともえも萌絵も春香も揃って振り返ると、やはりイエイヌはぐるぐると目を回していた。
「あ、ええと……。ラモリさんというボスがお父さん……ではない? ううー……」
「もうー、お父さん、イエイヌちゃんが困ってるでしょっ!」
ともえ達三人が揃ってイエイヌを抱きしめる。ついでにモフモフ具合も楽しんでいた。
『ああああ!? なんかごめん!? ともかく、イエイヌちゃん。今日はどうしても帰れないけど歓迎するからね! 後でちゃんと挨拶するから!』
「あ、はい。ええと、よろしくお願いします。」
相変わらずイエイヌは混乱していたものの、分からない事は分からないまま流される事にした。
「デ。俺はラモリ。ラッキービースト試作多機能アーム搭載モデルダ。イエイヌ、ヨロシクナ」
ラモリさんは先程までとは全く違う機械音声で話し始めた。
どうやらお父さん? というのは声が二つあるのだろう。凄いヒトだなあ、とイエイヌは思っていた。
「今は難しい事を考えないでもいいよ。ラモリさんの他にお父さんっていうのがいるって思っておけばいいから」
ともえの説明を理解はしていないが、とりあえず言われるがままに頷いておく。
それよりも重要な事が目の前にある。
「さ、イエイヌちゃんもお腹空かせてるだろうし、お父さんは帰って来れなくて残念だけどご飯にしましょう」
そう。
目の前のご飯だ。
食事はイエイヌが今まで食べた事のないものばかりだったが、とても美味しかった。
というか…
「天国ですか。ここは……」
父のドクター遠坂が急に帰れなくなって一人あたりの分量が増えた夕飯をイエイヌがペロリと平らげてくれた。
あまりにも美味しくて食べ過ぎてしまったお腹をさするイエイヌである。
「ふふ、お粗末様」
満足そうにしてくれると作った萌絵としても嬉しいものだ。
「へへー。萌絵お姉ちゃんのお料理美味しいでしょっ! アタシも大好きなんだー」
「ともえちゃんはお料理もう少し頑張った方がよくないかな? 特にともえスペシャルって言って調味料適当に入れるのだけは止めようね? お嫁さんの貰い手がなくなっちゃうかもだし」
「その時は萌絵お姉ちゃんをお嫁さんに貰うからいいもーん」
「ともえちゃんがお嫁さんになってくれるならいいけどー」
そうやって双子姉妹はキャイキャイじゃれ合っていた。
「ともえさんと萌絵さんは仲良しですね」
「「うん!」」
イエイヌの言葉に二人同じ動きで頷くのもとてもそっくりだった。
「じゃあ、食後のお茶でも淹れましょうか」
春香が立ち上がりキッチンの収納から何かを取り出した。
それはイエイヌがよく見知ったものだった。
「あ。それ……もしかして……お湯に葉っぱ入れたヤツを作るヤツですよね」
それはティーセットだった。
コンロも見知ったIHコンロだし、淹れ方は何度も練習して知っている。
「あのあの! わたしに作らせて貰えませんか!」
真剣な表情で頼みこんでくるイエイヌに春香はちょっと迷う。
お湯に葉っぱを入れたヤツという程度の知識ではお茶を上手に淹れられるだろうかと不安になってしまったからだ。
「大丈夫だよ、お母さん。ともえスペシャルよりひどいものはそうそう出てこないから」
「萌絵お姉ちゃんヒドくない!?」
「それもそうね」
「お母さんもヒドいよぉ!?」
ともえの抗議は置いておいて、春香も思い直す。
「じゃあせっかくだからイエイヌちゃんのお手並み拝見しちゃおうかしら」
「はい!わたし頑張りますねっ!」
尻尾をぶんぶん揺らしながらイエイヌはキッチンに入った。
まずはお茶の葉っぱをクンクンと鼻をならして嗅いでいる。
そうしたら、ティースプーンで目分量のブレンドをしてみせた。
ブレンド後のお茶っ葉も同じように匂いを嗅いで満足そうに頷く。この香りなら美味しくなるに違いないと経験で知っていた。
続けてお湯の準備だ。
IHコンロでお湯を沸かし、注ぎ口から吹き出す蒸気にティーポットを逆さにあてて暖める。
「へぇ。面白い事をするのねえ」
「要はティーポットを温めればいいんだもんねえ。お湯捨てないあたりがなんかアタシ好きだなあ」
その様子を見守っていた春香と萌絵が感心したように言う。
ともえもそれに倣ってうんうん頷いていたけれど、その表情は明らかに何の話をしているのかわかっていない様子だった。
「ともえちゃんにはもうしばらく、お客さんに出すお茶は淹れさせられないわね」
と苦笑の春香である。
そうしている間にも、お茶の準備は滞りなく進んでいく。
高い位置からお湯を一気に注いで茶葉を躍らせる方法も、抽出時間もキッチリしている。
ところどころにオリジナルの所作は見られるが、よく出来ていると春香には思えた。
「ねえ、イエイヌちゃん。誰かからお茶の淹れ方って教わったの?」
「はい、一番最初は帽子を被ったヒトによく似たフレンズに教わったんです。それからは何度も美味しくなるまで練習してました」
とうとうお茶の準備が出来たイエイヌがティーポットを持ってやって来る。
それぞれに用意したカップにお茶を注いで
「どうぞ」
と緊張の面持ちで差し出す。
三人とも香りを嗅いでからカップを口元に運ぶ。
萌絵と春香は驚いたように目を丸くしてみせた。
「お母さん……これ」
「ええ……」
その言葉少ない反応に、やはり美味しくなかっただろうか、とイエイヌは不安になってしまった。
「めっちゃ美味しいよ! お母さんや萌絵お姉ちゃんが淹れてくれるお茶と同じくらい美味しいよ!」
ともえがイエイヌと萌絵と春香を忙しく見まわしながらフォローする。
直後、萌絵と春香はイエイヌに詰め寄った。
「とっても美味しいよ、イエイヌちゃん。完璧すぎてちょっとビックリしちゃったよお」
「もう喫茶店の即戦力よっ! もう今すぐにでもウチの子になりましょう! そうしましょう!」
二人に詰め寄られたイエイヌは凄く褒められているとわかると、安心したようにほにゃりとした満面の笑みを浮かべた。
「えへへ……。こんなに沢山のヒトに美味しいって言って貰えたの初めてで凄く嬉しいです」
その笑みに再びともえと萌絵の手がうずく。
「イエイヌちゃんの笑顔可愛いね! これはヤバイ! めっちゃ絵になるぅー!」
「ほんとだね! ほんとに絵になるぅー!」
再び二人して取り出したスケッチブックに物凄い勢いで絵を描き始める。
そんな楽しそうな様子に春香はエプロンのポケットからデジタルカメラを取り出すと今日の記念に一枚パシャリ。
こうして、遠坂家での一夜は賑やかに過ぎていくのだった。
―後編へ続く。
言い訳のコーナー。
オイナリサマの口調が原作と違うのは一応仕様なんです、はい。
2020年11月24日改稿
今後第1話から順次改稿も少しずつ進めていく予定です。