けものフレンズRクロスハート   作:土玉満

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第28話『木の実探偵の事件簿』③

 

 夏というのは日が長い。

 和香教授が買い出しも終えてユキヒョウのマンションへ戻ってもまだ夕暮れ時であった。

 

「ただいま」

 

 それぞれに買い出しの荷物を抱えた和香教授と菜々とカラカル、そしてルターの三人が玄関のドアを開けるとそこには……。

 

「おっかえりー!」

 

 両手を腰にあてて仁王立ちのマセルカが待っていた。

 めちゃくちゃドヤ顔のところを見るに……。

 

「お、どうやら宿題は無事に終わったみたいだね。エライよ、マセルカ君」

 

 という事らしい。

 和香教授はぐりぐりとマセルカの頭を撫でてやる。

 

「ふっふーん! マセルカはやれば出来る人魚だからね!」

 

 カラカルと菜々としては「やれば出来るなら最初からやっておけば苦労しなくて済んだのに」と言ってやりたかったが、マセルカの嬉しそうな表情を見てツッコミは控えた。

 そして、マセルカの後ろには普段着に戻ったオオセルザンコウも控えている。

 和香教授は買い出ししてきた荷物の事を思い出す。

 

「二人も夕飯はコチラで食べて行くかい?」

 

 そして二人に訊ねた。

 食材は多めに買って来たから二人ぐらい増えたところで問題ないだろう。

 

「いや。ハクトウワシさんももうすぐ帰ってくるだろうから支度しておかないといけない」

 

 だが、オオセルザンコウは首を横に振った。

 今日もハクトウワシは激務から疲れて帰ってくるだろうから精一杯労ってやりたい。あとついでに宿題を最後までやり遂げたマセルカの事も。

 

「だから、今日はお暇させてもらうよ」

「そうかい。じゃあまた今度ゆっくりね」

 

 和香教授も引き留める事はしなかった。

 が、マセルカの方はと言えばルターの事が気になったらしい。

 

「ねえねえ。和香ー。この子だあれー?」

 

 ルターは長身なのでマセルカからすると見上げるようになってしまう。

 

「ああ……この子は……」

「僕はマルタタイガー。親愛を込めてルターと呼んでくれたまえ。ステキな人魚(マーメイド)さん」

 

 言いつつルターは青バラをマセルカに差し出す。

 それに対し、マセルカはと言えば一度キョトンとした後、和香教授の方を振り返る。

 

「ねえねえ、和香ー。もしかしてルターも和香んちの子?」

 

 物言いや行動が似ているのでそう思ってしまったマセルカ。

 それに吹き出したのはカラカルと菜々だった。

 

「隠し子じゃないかって疑われてるわよ、和香」

「まぁ、ルターは言うなれば……妹?」

 

 カラカルが和香教授の脇腹を肘で突くのを菜々がフォローしていた。

 そして菜々はマセルカとオオセルザンコウの二人に視線を合わせて続ける。

 

「ルターはしばらくの間こっちにいる予定だから仲良くしてあげてね」

 

 マセルカもオオセルザンコウも揃って頷いてくれた。

 

「とはいえ、今日のところはお暇しないと。ルター。また今度」

「ハクトウワシを待たせるのも悪いもんね。なんか話があるって言ってたし」

 

 オオセルザンコウとマセルカは言いつつルターにも手を振ってから帰って行った。

 ルターも扉が閉まるまで二人を見送る。

 

「(ん……?)」

 

 和香教授はまたも小さな違和感を覚える。

 笑顔で二人を見送ったルターだったがほんの一瞬だけど随分と鋭い視線を送ったように見えたのだ。

 殺気とすら思える鋭利な物が込められた視線だったように見えて、和香教授が我が目を疑った次の瞬間には既にルターはいつも通りの表情だった。

 

「(見間違い……か)」

 

 和香教授は再び首をもたげた違和感を封じ込めると気を取り直した。

 

「宿題が終わったという事はみんな今はゆっくりしているかな? ルター。ルリ達にも紹介しよう」

「おお。あの時の子か! 無事に育っているんだね! ねえねえ会っていい? 会っていい?」

 

 やたらキラキラした目で見て来るルターに和香教授もカラカルも菜々も苦笑を隠し切れない。

 やはりさっきのは見間違いだろうとホッと胸を撫で下ろす和香教授。

 

「もちろんさ。さあ」

 

 和香教授がリビングへの扉を開けると、そこではルリとアムールトラとユキヒョウ、イリアとレミィも寛いでいた。

 

「あ、お帰りなさい。お母さん菜々さんカラカルさん。あれ? お客様?」

「そうとも! 僕はマルタタイガーのフレンズ。親愛を込めてルターと呼んでくれ」

 

 早速ルターはソファーに座るルリの前に片膝ついていた。

 その姿に思わずルリは既視感を覚えて笑みを零してしまう。

 

「何か変だったかな? もっとも、キミの笑顔が見られるなら僕は道化師にも魔法使いにもなってみせよう。出来る事ならキミの王子様になりたいけれどね」

 

 言いつつ青バラを差し出すルターの姿に今度は寛いでいた全員が笑いを堪え切れなくなった。

 

「ご、ごめんなさい。なんだかお母さんそっくりだったから、つい」

 

 気を悪くされる前にルリは慌てて謝った。

 アムールトラもユキヒョウも同じ事を思っての反応だったので一緒に謝る。

 

「そ、そうかな……似てるって言われると何だか照れちゃうな……」

 

 ルターは赤くなって後ろ頭を掻いていた。

 そんな反応がますます和香教授に似ていたのでルリは思わず訊ねてしまう。

 

「ねえ、お母さん? もしかしてルターさんって私達のお姉ちゃんだったりしない?」

「ほら。また隠し子じゃないかって疑われてるわよ」

 

 またもカラカルに脇腹を肘で突かれる和香教授。

 

「いやまぁ……むこうの世界にいたとき妹同然で暮らしてたから関係性としては叔母にあたるのかな?」

「それで教授殿にすっかり似てしまったというわけかのう」

 

 なるほど、とユキヒョウも納得した。

 どうやらルターは菜々やカラカルと同じ世界で暮らしていたらしい。

 

「で、しばらくこちらにいるのかのう?」

 

 ユキヒョウは続けて訊ねた。

 菜々とカラカルを見るに別世界への行き来はそう簡単にもいかないらしい。

 ルターが何をしに来たのかはわからないが、やはり何かをして帰るにもしばらくの時間が必要だろうと思えた。

 

「うんうん、ルターもしばらくコッチにいる予定だから仲良くしてあげて」

 

 菜々の言葉にアムールトラががばりと身を起こした。

 

「っちゅう事は、歓迎会せなな?」

「ええ。そのつもりよ」

 

 とカラカルは買い出ししてきた荷物を指し示す。

 それを見て小さく「よっしゃ!」とガッツポーズのアムールトラ。

 どうやらルターの歓迎よりも今日の夕飯が豪勢になる事に気を取られているようだ。

 

「あ、じゃあ用意しないと」

 

 席を立とうとしたルリをカラカルが留める。

 

「アンタ達は宿題終わったところでしょう? ゆっくりしてていいわ」

 

 それより、とカラカルは続ける。

 

「ユキヒョウ。アンタも食べて行くでしょう?」

「うむ。そうじゃのう。せっかくじゃからご相伴に与ろうかのう」

「そっか。じゃあサオリさんにも連絡しとくね」

 

 菜々が早速ユキヒョウの家に連絡を入れていた。

 

「イリアと菜々は手伝ってよね」

「合点承知でさあ、カラカル姐さん!」

 

 ルターの正体がわからなかったので壺のふりをしていたイリアも姿を現した。

 それで姿を消していたレミィもユキヒョウの膝へ戻る。

 そんな様子を感慨深げに見つめるルター。

 

「ここは本当にセルリアンもフレンズも一緒に暮らしているんだね……」

「気が付いたらこうなっていたよ」

 

 ルターの呟きが耳に入った和香教授が苦笑交じりに続ける。

 

「だが、悪くないだろう?」

「そうだね」

 

 ルターは頷いていた。

 

「フレンズとセルリアンそして……」

 

 直後の言葉を呟くルターの表情に和香教授は再び違和感を抱く。

 彼女が団らんの場に相応しくない鋭い視線で呟いたのはたった一言……

 

「セルリアンフレンズ……」

 

 のみであった。

 

 

の  の  の  の  の  の  の  の  の  の  の  の  の  の

 

 

 日がすっかり沈んで遠くの空に夕焼けと夜の色が混じり始める頃、公園にはエゾオオカミとセルシコウがいた。

 

「ふひー! 今日も疲れたぁー!」

「はい。お疲れ様です。麦茶ですが飲みますか?」

「さんきゅー」

 

 今日の稽古が終わってエゾオオカミはセルシコウから受け取った水筒の中身を呷る。

 夏休みにライバルとなった二人は暇さえあればこうして公園に集まって稽古に勤しんでいた。

 今は一通りの稽古が終わって休憩中だ。

 

「やはり、最初に比べると随分腕が上がったと思いますよ」

 

 それはセルシコウの偽らざる本音である。

 練習は主に(かた)を二人で繰り返す。セルシコウのお手本をエゾオオカミが真似る形だ。

 ただ、それを繰り返すばかりではエゾオオカミの方には腕が上がったという実感がない。

 

「そうなのか? 俺としたら、まだセルシコウが満足できるレベルになったとは思えねーんだけど」

「それはそうです。簡単に追いつかれたら私の立つ瀬もありませんから」

 

 と言うものの、セルシコウは前よりも実力を詰められている事を嬉しく思っている。

 エゾオオカミが自分を追いかけている事になんだか胸が暖かくなっているのだ。

 いつからこんな気持ちを抱くようになったのか。

 それは判然としない。

 最近はこの時間が来る前には酷く気恥ずかしいような気がして足が重くなるけれど、実際こうして共に時間を過ごしているとそれが嘘のように楽しくて仕方なかったりする。

 そんなセルシコウを不思議そうに眺めるエゾオオカミ。

 

「どうした? 顔赤いけど熱中症だったりしないだろうな? あ、水筒の中身まだ半分くらい残ってるぞ」

「あ、ありがとうございます」

 

 エゾオオカミはセルシコウに水筒を返した。

 残っていた水筒の中身を全て呷ってからふと気が付く。

 

「(こ、これって間接……!?)」

 

―ボンッ

 

 自らの行いに気が付いたセルシコウの顔は音を立てる勢いで真っ赤になった。

 

「お、おい!? 大丈夫か!? 熱ないだろうな!?」

 

 慌ててセルシコウのおでこに自身のおでこをあてて熱を測るエゾオオカミ。

 さらに近くにエゾオオカミの顔があってセルシコウは慌てる。

 

「もう! もう! そういうところですよ!」

「だからどーいうところだよ!?」

 

 この場合の「そういうところ」はエゾオオカミの軽率な距離の詰め方を指すわけだが、やはり彼女にはそこのところの機微は分かっていないらしい。

 慌てて身体を離すセルシコウにエゾオオカミもポリポリと頬を掻く。

 少しの間、沈黙が流れた。

 この沈黙に気まずいものを感じた二人は、話題を変えようと何を話せばいいかお互いに思案する。

 そして……。

 

「「あ、あの……」」

 

 同時にお互いの方へ向き直って、同時に声をあげた。

 

「そ、そちらからでいいですよ、エゾオオカミ」

「いやいや、セルシコウからでいいぜ」

 

 お互いに譲りあっていても話しが進まない。

 セルシコウはコホンと咳払いをしてから話始めた。

 

「実は今度の日曜日、市民空手大会というのがあるそうです」

「あぁ……。参加者募集の貼り紙を商店街でも見た気がするな……」

 

 エゾオオカミも市民空手大会の事は聞いたような気がする。

 なんでも、中学生の地区予選が中止になった穴埋めの意味もあるとかなんとか……。

 

「私もそれに参加しようかと」

「へぇ。いいじゃねーか。セルシコウなら優勝間違いなしだぜ」

 

 お世辞じゃなくエゾオオカミはそう思った。

 だが、セルシコウは被りを振る。

 

「そうもいきません。私が参加するのは大人もいる一般の部ですから」

 

 大人と戦うならセルシコウに匹敵する技を持つ者もいるかもしれない。

 それに……とセルシコウは続ける。

 

「同じ部にキンシコウも出場します」

 

 いつかの空手大会でセルシコウとキンシコウは人知れず白熱した戦いを繰り広げた。

 その実力は傍で見ていたエゾオオカミにもわかる程に拮抗していたように思う。

 セルシコウがいつものように“アクセプター”の出力を最低に抑えた状態でなら互角の勝負になるだろう。

 今のエゾオオカミなら分かる。

 あの二人の技がどのくらい高みにあるのかを。

 

「(羨ましいな……)」

 

 と思うエゾオオカミだ。

 今、エゾオオカミが目指している場所はその高みだ。

 自分がまだ届かない場所にいる二人が羨ましくて仕方なかった。

 そこにセルシコウの声が続く。

 

「エゾオオカミ。あなたも出場してみませんか?」

 

 と。

 エゾオオカミは考える。

 今の自分がその高みに届くのか、と。

 手を伸ばしたいと思える自分もいるし、躊躇う自分もいる。

 だが、エゾオオカミの技は遠くセルシコウに及ばない。それは彼女自身がよくわかっている事だ。

 セルシコウはそんなエゾオオカミの悩みを見て取ると、続けて言う。

 

「エゾオオカミに出て欲しいのは、中学生(かた)の部です」

 

 悩んでいるエゾオオカミが無理をしてセルシコウと同じ部に出てしまって玉砕するのは望むところではない。

 出来る事ならエゾオオカミ自身で出場を決めて欲しかったが、それは意地悪が過ぎるかと反省するセルシコウ。そのまま説明を続ける。

 

「今のエゾオオカミならば、いつかの大会よりも成長した自分を実感できるでしょう」

 

 本当にそうなのか? とエゾオオカミは思う。

 確かにセルシコウの技を見よう見真似でいくつか咄嗟に使った事はある。

 けれどそれが成長なのかと言われると今一つ実感がない。

 今やっている事もセルシコウのお手本をなぞって(かた)を繰り返すだけだし。

 だが、他ならぬセルシコウが言うのだ。

 やってみる価値はある。

 

「わかった。俺も出場するぜ。中学生(かた)の部に」

「ええ。成長を実感したあなたはきっと自分で練習量を二倍に増やして欲しいと言い出すはずですよ」

「いや、さすがにそれは……」

 

 かつて一度練習量を二倍に増やされた事がある。

 その時は筋肉痛で大変な事になった。

 なんでそんな事になったのか、イマイチ思い出せないエゾオオカミであったが。

 

「で、エゾオオカミの方は何の話だったんですか?」

 

 今度はセルシコウがエゾオオカミからの用事を聞く番だ。

 エゾオオカミはしばらくポケットをゴソゴソすると一枚のチケットを取り出した。

 

「あのさ。明後日の土曜なんだけど、ここに一緒に行ってくれないか?」

 

 セルシコウがチケットを見るとそこには『わくわくプールランド』と書かれている。

 一応、プール設備なのはわかる。

 だが、それを何で自分に、と「?」マークを浮かべるセルシコウ。

 

「いや、チケット二枚しかねーからさ。マセルカには内緒だぜ」

 

 エゾオオカミからの返事は微妙にズレていた。

 確かにプールならばマセルカが喜びそうである。二人だけで遊んで来たとなれば後でほっぺた膨らませるのは容易に想像できる。

 が、問題はそこではない。

 二枚しかないチケットのうち一枚はセルシコウ。もう一枚は当然エゾオオカミが持っているという事になる。

 という事は、これは……。

 

「(ででで、デートの誘いというものではないでしょうか!?!?)」

 

 とセルシコウは結論付けた。

 まさかエゾオオカミの方からこういう誘いが来るとは思ってもいなかった。

 挙動不審なセルシコウを不思議そうに眺めつつエゾオオカミは重ねて訊ねる。

 

「で、どうなんだ? あ、もしかして何か用事あったりしたか?」

「いえ!? あ、ありません! なにも!」

 

 何故かセルシコウは背筋を伸ばして答えていた。

 

「じゃあ……」

 

 確認するように訊ねるエゾオオカミに今度は俯いて応えるセルシコウ。

 そうしないとまた赤くなってしまった顔を見られてしまいそうだった。

 

「はい……当日のお弁当に何かリクエストはありますか?」

 

 つまり、一緒にお出掛けOKという事らしい。

 しかも『グルメキャッスル』総料理長のお手製弁当付きである。

 

「やったぜ! いやぁ、セルシコウの作るモンって何でも美味いからさー」

 

 エゾオオカミは思考を巡らせる。

 だが、これというリクエストは思いつかなかった。

 後ろ頭を掻きつつ続けるエゾオオカミ。

 

「やっぱ、何でもいいって言ったら困るヤツか?」

「そうですね。一番困るヤツじゃないですか」

 

 とはいいつつも、悩んだ結果候補がありすぎて絞れなかった様子を見てとったセルシコウは悪い気分ではなかった。

 

「いいでしょう。当日の楽しみにしてて下さい」

 

 セルシコウは休んでいたベンチからパッと立ち上がりつつ言った。

 そうと決まったらこうしていられない。

 エゾオオカミを唸らせるだけのメニューを考えなくては。

 

「じゃ、じゃあまた明後日ですね」

 

 赤い顔を見られたくなくて背を向けたまま言うセルシコウ。

 

「おう。また明後日な」

 

 対するエゾオオカミはいつも通りの調子だった。

 そうして足早に去って行くセルシコウの背中が見えなくなるまで見送ったエゾオオカミ。

 

「あ」

 

 完全にセルシコウの背中が見えなくなってから気が付いてしまう。

 

「土曜は仕事でプールに行くって言うのすっかり忘れてたぜ……」

 

 まぁ当日言えばいいか。と軽く考えるエゾオオカミ。

 二人きりの公園だったが、もしも誰かが見ていたのなら口を揃えて言うはずだ。

 そういうところだぞ、エゾオオカミ。と。

 

 

の  の  の  の  の  の  の  の  の  の  の  の  の  の

 

 

 もうすっかり日も暮れた街を足早に帰るセルシコウ。

 その頭は明後日に作るお弁当の事が支配していた。

 さて、何を作ってぎゃふんと言わせてやろうか。

 

「いやいや……」

 

 今考えるのはお弁当の事だけではない、とセルシコウは首を振って思考を改める。

 正直に言えば、デートに誘われるなんて初めての経験だ。

 とはいえ、エゾオオカミには情けないところを見せたくはない。

 

「となると……何か作戦が必要ですね」

 

 それならば、とセルシコウはポケットに入れていた携帯電話を取り出す。

 呼び出すのはオオセルザンコウの電話番号だ。

 作戦を考えるのならば彼女程の知恵者はいない。

 数回コールすると……。

 

『どうした? セルシコウ』

 

 と応答があった。

 

「実はですね……。エゾオオカミからデートに誘われました」

『は?』

 

 担当直入に言ったところ、オオセルザンコウは最初意味がわからなかったらしい。

 

『そ、そうなのか!? ほ、本当に!? マジか!! マジなのか!?!?』

 

 セルシコウはこれ程慌てふためくオオセルザンコウの声を聴いた覚えがない。

 

「まぁ……はい」

『そうか……! とうとうやってくれたか』

 

 電話の向こうにいるオオセルザンコウの声は弾んでいるように聞こえた。

 

『それで、デートの作戦を考えたいってわけだな』

「さすがオオセルザンコウ。話が早くて助かります」

 

 さすがにこの辺りはツーカーの仲である。

 オオセルザンコウは皆まで言わなくてもセルシコウの言いたい事を察してくれた。

 

『ならまずは知っている限りの情報をくれ』

 

 オオセルザンコウの求めに応じてセルシコウは道すがら明後日のデートについて話す。

 場所は『わくわくプールランド』というプールレジャー施設だ。

 

『あぁ……それはマセルカには内緒にしておいた方がいいな』

「ですね……」

 

 どうやら二人揃って同じ結論に達したらしい。

 マセルカに知られたら彼女も連れて行かなかった事を羨ましがられそうである。

 オオセルザンコウとは帰れば面と向かって相談できるが、先に電話したのもマセルカの事を考えてであった。

 

「ちょっと悪い気がしてしまいますが……」

『なあに。後でハクトウワシさんも休みの時に皆で連れて行ってもらったらいいさ。その前に偵察しておいてくれ』

 

 と電話の向こうからオオセルザンコウが苦笑する様子が伝わってくる。

 

『まぁ、明後日の事は帰ってから相談するとして……他には何かあるか?』

 

 そう訊ねるオオセルザンコウにセルシコウは今日あった事を色々と話しつつ帰り道を歩く。

 土曜日にデート、そして日曜日には空手大会である事も。

 

『はは。セルシコウらしい』

 

 ようやくセルシコウらしい話が聞けてオオセルザンコウも安堵の吐息を吐く。

 

『空手大会の方ではキンシコウと決着をつけるというわけか』

「ええ、楽しみです!」

 

 デートがどうのと言っているよりも、強敵との戦いに目をギラつかせている方がいつも通りのセルシコウだ。

 

『ちなみに、その日はエゾオオカミは?』

「はい。エゾオオカミは私とは別な部に出てもらって成長を実感してもらおうかと」

『なるほどな……』

 

 電話の向こうでオオセルザンコウが考え込む様子が伝わってくる。

 セルリアンフレンズの司令塔である彼女の頭脳がフル回転しているのだろう。

 

「ではいい作戦を期待していますよ」

『ああ。ぶっちゃけ私もデートなんてした事もないが精一杯知恵を絞ろう。続きは帰ってからだな』

「ええ」

 

 電話を終えてセルシコウは帰路を歩く。

 その足取りは軽かった。油断したらスキップしてしまいそうな程に。

 土曜日も日曜日も両方楽しみである。

 そんな浮かれた気分だったから、ハクトウワシのアパートまでもアッと言う間だった。

 部屋のドアを開けようとしてドアノブに手を掛けたところで中からハクトウワシの声が聞こえて来た。

 どうやら彼女ももう帰って来ているらしい。

 きっと今日も疲れているであろうハクトウワシの為に早く夕飯の支度をしないと。

 そう思ったセルシコウの手は中から聞こえるハクトウワシの声に固まってしまった。

 

「そう………引っ越し……………東京へ……」

 

 聞こえて来た途切れ途切れの会話にセルシコウは耳をドアにピタリと付けた。

 何かイヤな言葉が聞こえた気がしたが気のせいであればいい、そう思って。

 

「そうか……ずいぶん急なんだな」

「マセルカはいいよ。お引越し」

 

 扉の向こうからオオセルザンコウとマセルカの声も聞こえてきた。

 どうやら気のせいではないらしい。

 呆然と背中をドアに預けて崩れ落ちてしまうセルシコウ。

 

「Sorry。本当は夏休みの間に引っ越し出来れば学校始まってから引っ越ししなくて済んだのに」

 

 漏れ聞こえて来た話を総合すると、どうやら東京へ引っ越ししなくてはならないらしい。

 東京はここから随分遠い。

 引っ越したら気軽に色鳥町へ遊びには来れないだろう。

 それにハクトウワシは一応ではあるがセルリアン対策課の次期課長である。

 東京へ栄転だって有り得る話だ。

 そう考え込んでいたセルシコウの耳にオオセルザンコウとマセルカの声が聞こえて来る。

 

「なあに、構わないよ」

「うんうん。新しいおうちはここより広いんでしょ? プールとかもついてる?」

「さすがにそこまで広くはないわ」

 

 と苦笑のハクトウワシ。

 どうやらオオセルザンコウとマセルカの二人は引っ越しに反対ではないようだ。

 

「引っ越しは再来週か……それだったらハクトウワシさん、マセルカ。二人に頼みがあるんだ」

 

 扉の向こうからオオセルザンコウの声が聞こえる。

 一体何を言うつもりなのか、と耳をピタリとドアにつけるセルシコウ。

 

「この事はせめて月曜まではセルシコウに内緒にしてやって欲しい」

「それはいいけど、why?」

 

 理由を訊ねるハクトウワシにセルシコウもドアの向こうでうんうん頷く。

 オオセルザンコウがそんな事を言い出す理由が分からなかった。

 

「実はセルシコウは土曜日にデートがあるし日曜は空手の大会がある」

「「デートぉ!?」」

 

 扉の向こうからハクトウワシとマセルカの驚く声が聞こえる。

 セルシコウとしては「そこをバラしちゃいますか!?」と声が出そうになって慌てて自分の口を両手で塞ぐ。

 どうやら中の三人には気付かれずに済んだようで、マセルカの弾んだ声が続けて聞こえて来る。

 

「相手は!? 相手は!?」

「想像通りだよ」

「おおおお! 意外とやるねえ! 見直しちゃった!」

 

 はしゃぐマセルカにセルシコウは一人外で真っ赤な顔をしていた。

 そうしている間にもオオセルザンコウの話は続く。

 

「まぁ、それは置いておいて、だ。空手大会では因縁のキンシコウとも決着をつけるらしい」

「I see。つまりセルシコウに集中して欲しいからお引越しの事は月曜までは内緒にして欲しいって事ね」

「そういう事さ。引っ越し準備は私達だけでも問題ないだろう。それにまだ1週間以上時間もある」

 

 納得するハクトウワシ。扉の向こうからでもグイと腕まくりする様子が伝わってくる。

 

「OK。それなら私も頑張ってお仕事早めに切り上げられるようにしなくちゃ」

「いやいや。ハクトウワシさんは無理しないでくれ。引っ越し準備くらい私達だけでも何とかなるから」

 

 ハクトウワシは今やセルリアン対策課の方で毎日大忙しだ。

 それならオオセルザンコウ達で準備した方がいいだろう。

 

「そっかぁ。じゃあ頑張って、オオセルザンコウ」

「いや、マセルカ……キミも手伝え!」

「きゃああ! 冗談だってば!」

 

 きっと扉の向こうではオオセルザンコウがマセルカを捕まえたのだろう。

 意外と楽しそうなマセルカの声から察するにオオセルザンコウはくすぐり攻撃を仕掛けているらしい。

 そんな様子にセルシコウはたった一言……。

 

「そっかぁ……」

 

 と呟く事しか出来なかった。

 オオセルザンコウが気を使ってくれた事は嬉しかった。

 それにハクトウワシが東京へ栄転なのだとしたら喜ばしい事だ。

 だからセルシコウだけがそれに反対する事は出来ない。

 わかっている。

 わかってはいるけれど……。

 

「そっかぁ……東京ですかぁ……遠いなぁ……」

 

 セルシコウは呑み込み切れないモヤモヤを抱えてすっかり日が暮れて暗くなった夜空を見上げるのだった。

 

 

―④へ続く

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