けものフレンズRクロスハート   作:土玉満

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第28話『木の実探偵の事件簿』④

 

 

 明くる朝。

 その日は金曜日。いよいよ二学期が始まる日だ。

 とはいえ、今日は始業式と軽いホームルームくらいのもので本格的な授業は週明けの月曜日からとなる。

 それはジャパリ女子中学校でもそうだったし、ここ色鳥東中学校でもそうだった。

 

「ねえねえ、セルシコウちゃん。青龍神社の夏祭り、行ったよー」

「『グルメキャッスル』ってセルシコウちゃんのお店なんでしょ? 凄かったー」

「あ、ありがとうございます……」

 

 既に始業式も終わった色鳥東中学校の教室ではセルシコウがクラスメイトの女子に囲まれていた。

 こんな感じで教室内では夏休みにあった事をクラスメイト同士で話していたりする。

 と、男子達が色めき立った。

 

「おい! 2年に今日転校してきた子、すっげー可愛いらしいぞ!」

「マジかよ! 見に行こうぜ!」

 

 どやどやと男子達が半分ほど教室を飛び出して行く。

 

「大変ですね。オオセルザンコウも」

 

 そんな様子をセルシコウは苦笑と共に見送った。

 今頃オオセルザンコウは丸まりたいのを我慢している事だろう。

 

「(まぁ、それも1週間程の辛抱ですね)」

 

 東京へ引っ越しとなれば、また転校になるだろう。

 引っ越し先の学校で同じ目に遭うかもしれないが、よい予行演習にもなるというものだ。

 そんなセルシコウの様子をクラスメイトは不思議そうに眺める。

 

「どうかした? セルシコウちゃん」

「いえ、何でもありませんよ」

 

 取り敢えずセルシコウは誤魔化した。

 引っ越しの事はオオセルザンコウの気遣いによってセルシコウには伏せられている……事になっている。

 なのでまだセルシコウも知らないふりをしておかないといけない。

 クラスメイト達への挨拶などは来週以降でも十分間に合うだろうし。

 そう思っていると、飛び出して行った男子達が慌てて戻って来た。

 

「バカな事してないで席につけー」

 

 どうやらホームルームが始まるのでクラス担任の先生に追い立てられて来たらしい。

 そこから担任の話、その後夏休みの宿題の提出と続く。

 マセルカと同じ事を考えて、そして実行してしまった生徒が怒られたりもした。

 後は大掃除が終われば今日の学校は終わりだ。

 

「……さて」

 

 大掃除も終わったところでセルシコウは席を立つ。

 オオセルザンコウはおそらくこの後部活勧誘を受けまくる事になるだろう。それにマセルカの方は久しぶりに会ったクラスメイト達とおしゃべりに興じるだろうから帰りは遅くなるに違いない。

 

「お昼ご飯の支度は私がしますか」

 

 ついでに買い出しとかもしたいし、とセルシコウは考える。

 帰り支度を終えて、何人かの女子生徒に囲まれたままセルシコウは昇降口から校舎を出た。

 すると……。

 

―きゃあきゃあ……

 

 黄色い声が校門の方から聞こえて来る。

 何かあるのかと思ったセルシコウがそちらに視線をやると先に帰っていたはずの生徒達で人だかりが出来ているではないか。

 なんだろう、と思いつつもセルシコウはそれに大した興味を抱く事はなかった。

 人通りを避けてセルシコウは校門の端っこから帰ろうとする。

 と……。

 

「ちょっと失礼。レディ達」

 

 人だかりの奥から声がしたと思ったらザッと海が割れるように人だかりが左右に別れた。

 その中心にいたのは青色のブレザーを着たトラ系のフレンズだった。

 長身で美しい毛並みを持つ彼女はなるほど人だかりが出来る程に綺麗だ。

 そんな彼女が開いた道を進んで真っ直ぐセルシコウの所へやって来る。

 

「こんにちわ。美しいレディ」

「は、はぁ……」

 

 セルシコウの前までやって来たフレンズは芝居がかった調子で一礼してみせる。

 

「僕はマルタタイガーのフレンズ。ルターと呼んでくれたまえ」

「ええと……どういったご用件でしょう?」

 

 周りの視線を気にしつつ訊ねるセルシコウ。

 

「ふっ。美しいレディに会いに来るのに理由がいるのかい?」

 

 ずい、と顔を近づけつつルターは青バラを差し出して来る。

 そんな様子を見て周囲のギャラリーはますます色めき立つ。

 

「ねぇねぇ、最近セルシコウさんにいい人が出来たって噂だったじゃない?」

「え!? じゃあもしかしてこの人が!?」

「そうじゃないかな! だってすっごいイケメンだもん!」

 

 いつの間にか人だかりの中心となってしまったセルシコウはあわあわしっぱなしだ。

 そんな様子を見てルターは一度ギャラリーに向かって振り向くと……

 

「シーッ」

 

 ウィンクしつつ立てた人差し指を口元にあてて静かにするよう促す。

 周囲のギャラリー達からは再び黄色い歓声が上がったけれどそれ以降は静かになった。

 それを見計らったルターはセルシコウに向き直る。

 

「さて、美しいレディ。ここは少し騒がしい。静かな場所でゆっくりお茶でもいかがかな?」

 

 その誘いにセルシコウは考える。ルターが何者なのかはわからないが自分に用事があるのだろう、と。

 そしてこの周囲に集まる野次馬達の前で話せないだろう事も。

 好奇の視線から逃れられるだろうからいっその事誘いに乗ってしまうのも手だろうか。セルシコウの天秤は誘いに乗る方へ傾きつつあった。

 そこに……。

 

「あ。おーい、セルシコウー」

 

 声が掛けられた。

 なんでこんなところに人だかりが出来ているんだ? と言わんがばかりに不思議そうな顔をしつつも現れたのはエゾオオカミである。

 

「今帰りか? 行き違いになんなくてよかったぜ」

「え、エゾオオカミ? どうしてここに……?」

 

 ルターを置いておいてエゾオオカミとセルシコウは話し込み始めた。

 

「いやさぁ、母さんに明日の事話したら『だったら色々準備しなきゃでしょ!』って言われてさ。セルシコウを誘って買い物行って来いって……」

 

 明日の事とは即ち『わくわくプールランド』でのデートの事である。

 今日は始業式なのでどの学校も同じような時間に終わる。なのでセルシコウを誘いに東中学校まで足を伸ばしたというわけだ。

 まさかこんな人だかりが出来ているとは思わなかったが。

 

「んで、用事なかったらさ、行こうぜ」

 

 言ってエゾオオカミは手を差し伸ばす。

 と……。

 

「待ちたまえ。先に誘っていたのは僕だよ。せめてお誘いの返事くらいは聞かせて欲しいところさ」

 

 セルシコウを挟んだエゾオオカミの対面からルターが同じように手を差し伸ばして来た。

 セルシコウを取りあう二人のフレンズという構図に周囲のギャラリーは黄色い声を上げる事さえ忘れて固唾を呑んで見守る。

 果たして彼女がどちらの手を取るのか。

 

「ええと……はい……」

 

 赤面しつつセルシコウが取ったのはエゾオオカミの手だった。

 周囲としたら、文武両道で落ち着いた雰囲気のあるセルシコウが普段見せない表情に……。

 

「「「「「「(乙女の顔してるー!!!)」」」」」」

 

 と言葉もなく盛り上がっていた。

 そんな様子にルターも肩をすくめる。

 

「やれやれ。フられてしまったね」

 

 そう言うルターにエゾオオカミがとことこ近づいて行く。

 セルシコウを巡ってすわ一触即発か、とギャラリーも息を呑む。

 

―パン!

 

 エゾオオカミはルターの前で両手を合わせた。

 

「悪い! 今回はさ、チケット二枚しかねーんだ!」

 

 そのまま拝み倒すように謝って来る。

 ルターは話が見えない。が、野次馬の中でそうされるのは如何にも具合が悪くもあった。

 戸惑うルターを置いてエゾオオカミはさらに続ける。

 

「今度さ、正式オープンしたら皆で行こうぜ。しばらく教授のところいるんだろ?」

 

 エゾオオカミとしてはルターも『わくわくプールランド』に行きたいんだと思っていた。

 まさかセルシコウをナンパしに来たなんて思ってもいなかったのだ。

 それとルリ達からルターの事も聞いていたので、彼女がやって来ていた事も知っている。

 そしてエゾオオカミはルターの事を「せっかくこちらに来たんだから遊びに行きたいんだろ?」と思い込んでいたのだった。

 ルターは相変わらずエゾオオカミの想いを理解していなかったが、セルシコウにお誘いを断られたのは確かだ。

 

「いいさ。さ、二人はデートなんだろう? 僕の事は気にせず楽しんで来て」

 

 敗者であるルターとしては潔く引き下がる他ない。

 

「そっか。あ、俺はエゾオオカミ。今度教授んとこにも遊びに行くからさ。そん時ゆっくり話そうぜ」

「ああ。また今度ね、エゾオオカミ」

 

 ルターはエゾオオカミがセルシコウの手を取って去っていく背中を見送った。

 

「今回は挨拶だけに留めておこう……」

 

 去り行く背中にルターは鋭い視線を投げる。

 

「データ通りならば、彼女こそが『コレクター』の所持者であるセルシコウ……」

 

 今日のところは退いておくが……と胸中で呟きつつその視線は鋭さを失う事はなかった。

 

「僕は狙った獲物を逃した事はないよ」

 

 その鋭い視線は獲物を見定めた猛獣のものであった。

 

 

の  の  の  の  の  の  の  の  の  の  の  の  の  の

 

 

「(こちら中央市場! こちら中央市場! BigMam! 応答してくれ! どうなってやがる!?)」

 

 色鳥町商店街。

 その食品類を扱う中央市場では八百屋さんが戸惑っていた。

 今日は“BigMam”から「エゾオオカミとセルシコウの二人は水着を選びに行く」と聞いていた。ところがどっこい、二人揃って中央市場に現れているのだ。

 中央市場で取り扱っているのは食品類が主で新鮮さとお値段には自信があるが水着なんてものは置いていない。

 ましてやエゾオオカミとセルシコウくらいの子が着るようなものとなると尚更だ。

 なので、商店街の面子としては悔しいけれど水着選びならばショッピングモール『cocosuki』に行くものと思い込んでいた。

 そんな内心を抑えて八百屋の主人は二人に声を掛ける。

 

「よう、お二人さん! 二人して何を買いに来たんだい?」

 

 エゾオオカミは商店街で育った子だし、セルシコウは中央市場のバイトをしてくれていた子だ。

 何を買いに来たにしてもオマケくらいしてやろうと思う。

 セルシコウは横のエゾオオカミに訊ねる。

 

「ええと……何がいいですか? エゾオオカミ」

「うーん……やっぱ何でもいいってのは……」

「なしです」

 

 目移りして決められずに丸投げしようとするエゾオオカミにセルシコウがピシャリと言い放つ。

 二人は明日のお弁当に使う材料を買いに来たのだ。

 エゾオオカミに食材を選んでもらえば、彼女の好みに近づくだろうというセルシコウの作戦でもある。

 だが、取っ掛かりもない状態では買い物が進まない。そう思ったセルシコウは八百屋の主人に訊ねる。

 

「何かオススメとかありますか?」

 

 八百屋の主人としては何故水着を買いに行かないのか問い質したい気持ちだった。

 が、下手な事を言えば青龍神社にまで協力を仰いだ作戦が台無しになってしまう。

 

「そうだなー。旬で言えばキュウリ、トマト、トウモロコシ、ナスなんかもいいけどなあ」

 

 取り敢えず通常通りの返事をしつつ八百屋も考える。

 何故商店街に来たのかというのもそれとなく聞き出さなければ。

 

「ところで、二人で買い物だなんてなんかあるのかい?」

 

 なんとも微妙な八百屋の演技に他の店主達は一斉に目を覆った。

 

「ええと、それは……」

「ああ。明日さ、セルシコウと一緒に出掛けるんだ。で、そん時にセルシコウがお弁当作ってくれるって言うからさ」

 

 赤くなって俯くセルシコウに代わってエゾオオカミが店主に応える。

 幸いな事に二人とも八百屋の下手くそな演技に気付く事はなかった。

 

「へぇー。それでお弁当の材料を買いにってわけかい」

 

 八百屋はうんうん頷く。

 一応明日のデートの準備という目的に沿っているらしい。

 ならば八百屋らしいアドバイスが必要だろう。

 

「お弁当用なら水分が少ない野菜がいいかもなぁ……」

「「なるほど……」」

 

 となると何がいいか。セルシコウとエゾオオカミ二人して再び悩み始める。

 二人の目が逸れた瞬間に、他の店主達が一斉に何やら身振り手振りで八百屋にコンタクトを送る。

 そうだ。

 水着を買いに行かないのか訊ねないといけない。それとなく。

 それに気づいた八百屋はぎくしゃくと再び口を開いた。

 

「あー。二人で出掛けるんだろ? せっかくだからめかしこんだり……。ほら、例えば海に行くとかだったら水着欲しくならないのかい?」

 

 それにエゾオオカミとセルシコウは二人して顔を上げると、お互いに顔を見合わせてから言う。

 

「学校のでいいよな?」

「ですよねぇ」

 

 どうやら二人は水泳の授業で使う水着をそのまま流用していいと判断したらしい。

 しかし、それは今回のデート作戦を企んだ大人達の想定外でもある。

 どうするか悩んだ大人達はこの作戦を発案し指揮する“BigMam”に指示を仰ぐ事にした。

 八百屋がエゾオオカミとセルシコウの相手をしている間に他の店主が“BigMam”へ電話で連絡する。

 

『問題ないです。そのまま見守ってあげて下さい』

 

 電話で指示を受け取った店主はシャカシャカと身振り手振りで八百屋へと伝える。

 八百屋はサムズアップで了解の意を返した。

 

「それならとりあえずジャガイモはどうだい? ポテトサラダにもコロッケにもフライドポテトにも使えるし」

 

 八百屋のオススメにセルシコウはふむふむ、と考え込みつつ傍らのエゾオオカミに訊ねる。

 

「エゾオオカミはどうです?」

「ん? どれも好きだぜ。マヨネーズにも合うし」

 

 ならば、とセルシコウはジャガイモの乗ったザルを一つ取る。

 

「じゃあ、これ下さい」

「あいよ! こいつはオマケだ!」

 

 八百屋からの大盤振る舞いでザルの中身は二倍近くにも膨れ上がった。

 だが、ジャガイモだけでお弁当にはならない。

 セルシコウはさてどうしたものか、と周囲を見渡す。

 すると、待ってましたとばかりに他の店主達がセルシコウの周りに群がった。

 

「お弁当なら足の早い青魚よりもこれがいいと思うんだ! 今日は塩鮭がいいの入ってるよ!」

「卵も新鮮なのが揃ってるぜ!」

「おおっと、ウチのオススメも見てってくれよ! タコさんソーセージやベーコン巻きはお弁当の華だろう!」

 

 あっと言う間に大量の店主達に囲まれるセルシコウとエゾオオカミ。結局明日のお弁当どころか今日の昼食と夕飯の材料までも、かなり格安で持たされてしまった。

 何度も礼を言いつつ大荷物を抱えて帰って行くセルシコウとエゾオオカミの二人。

 その背中が見えなくなるまで見送った商店街店主達は、彼女達の姿が見えなくなったのを確認してから……。

 

―パチン!

 

 一斉にハイタッチを交わし合った。

 

 

の  の  の  の  の  の  の  の  の  の  の  の  の  の

 

 

 夜。

 今日は暑いが空調の効いた部屋の中なら寝苦しいという事はない。

 ユキヒョウの家が所有するマンションはもちろん冷暖房完備だ。

 だから夏真っ盛りの熱帯夜であろうと眠るのに支障があるわけがない。

 だというのに……。

 

―カタカタカタ……。

 

 そのマンションの一室からはまだ明かりが漏れてパソコンのキーボードを叩く音が聞こえていた。

 そこは和香教授の書斎兼研究室だ。

 最近は夜更かしを控えていた和香教授がまた夜行性に戻ったのかといえばそうではない。

 研究室に設えられたパソコンのキーボードを叩くのはその主ではなかった。

 

「やはり、理論上は可能……か」

 

 複数のディスプレイに表示された数値を見て呟くのはルターである。

 和香教授の家に居候させてもらっていたルターは夜中にこっそり和香教授の研究室に忍び込んでいた。

 目的を達したルターはパソコンを元に戻して潜入の痕跡が残っていないか周りを見渡してから立ち上がる。

 と。

 

「やあ。ルター。調べ物は終わったのかい?」

 

 部屋の入口に和香教授がもたれるようにして腕を組んでいた。

 

「和香さん……寝てたんじゃないのか……」

「はっはっは。これでも元夜行性なんでね。可愛い妹分の様子が変だったら起き出すくらいわけないよ」

 

 ルターは全員が寝静まったのを確認してから行動を開始したつもりだった。

 が、和香教授にはお見通しだったらしい。

 

「で……。何をしていたんだい?」

 

 和香教授の声は勝手に研究室に入られたというのにむしろ優し気だった。

 別に詰問するつもりはないし、何だったらルターが事情を話してくれるのなら協力するのだってやぶさかではない。

 話を始めてくれるのを待つ和香教授の前にルターは青いブレザーのポケットから取り出したUSBメモリを放って寄越す。

 

「これは……」

 

 受け取った和香教授はそれに見覚えがあった。いや、むしろよく知っている。

 それはつい先日、ルター達の住む世界に送った和香教授の研究成果を記録したUSBメモリだったのだから。

 

「もう僕が何を言いたいかわかるだろう?」

 

 ルターの瞳は鋭く和香教授を射抜いていた。

 

「和香さん。キミはそのUSBメモリに全てを書き記していなかった」

 

 一歩を進めつつルターは続ける。

 

「“メモリークリスタル”を解凍する仮説を和香さんは思いついていたんだろう?」

 

 ルターの視線を受けて和香教授は気まずそうに目を逸らした。

 その態度は図星をつかれたと言っているようなものだ。

 和香教授も仮説ではあるけれど“メモリークリスタル”を解凍する可能性がある理論を思いついてはいた。

 けれどそれは実行を躊躇うような内容だったのだ。

 だからこそ向こうに送ったUSBメモリにはそれだけは記載しなかった。

 答える事が出来ない和香教授にさらにルターは詰め寄る。

 

「“メモリークリスタル”はフレンズの形を維持出来なくなった者達のけものプラズムが結晶化したものだ」

 

 “メモリークリスタル”化したフレンズはセルリアンからの捕食を免れる事が出来る程、強固な守りを得る。

 そうしてセルリアンの魔の手から逃れて未来に種を残そうとしたわけだ。

 が、“メモリークリスタル”を元のフレンズに戻す事も出来なかった。

 和香教授もそしてルター達の世界でも“メモリークリスタル”を元のフレンズに戻す試みは研究されていたが未だに実現に至っていない。

 ならばルターが思いついた……いや、和香教授が思いついたが躊躇った仮説とはどんなものなのか。

 

「フレンズとしての形を得られないならセルリアンとしてならどうかな?」

「それは無理だ」

 

 即答する和香教授。

 その試みも既に試されていた。

 セルリアンを構成するセルリウムと“メモリークリスタル”は相いれない。

 “メモリークリスタル”がセルリアン化する事はないのだ。

 

「そうでもないだろう? いるじゃないか。こちらの世界にはセルリアンとフレンズが見事なまでに共存している存在が」

 

 もう目の前にまで迫って来たルターに和香教授もとうとう観念してぽつりと言葉を漏らす。

 

「セルリアンフレンズ……」

「そう。セルリアンフレンズとしてなら“メモリークリスタル”を解凍する事は可能なんじゃないかい?」

 

 和香教授は小さく頷いて見せる。

 その通りだった。

 まだ仮説の段階ではあるものの、オオセルザンコウ、マセルカ、セルシコウの協力を得て調べたところによれば、『アクセプター』と同じ機構を再現できれば“メモリークリスタル”とセルリウムの融合は可能である。

 そして、“メモリークリスタル”はセルリウムによって再び肉体を構成し、セルリアンフレンズとして蘇る事が可能であろう、と。

 

「だが、未だに『アクセプター』の機構を再現は出来ていない」

 

 和香教授は言う。

 だから現段階では“メモリークリスタル”の解凍は実現に至っていない。

 

「違うだろう? 和香さん」

 

 ルターは和香教授の耳元に口を近づけて言う。

 

「再現する必要なんかないじゃないか」

 

 それは悪魔の囁きのように蠱惑的な音色で続けられる。

 

「いるだろう? 既に『アクセプター』を持った者達が」

 

 今、この世界にはオオセルザンコウ、マセルカ、そしてセルシコウというセルリアンフレンズ達がいる。

 

「つまり、彼女達セルリアンフレンズの『アクセプター』に“メモリークリスタル”をセットさせればそれで解凍できる」

「だが! 『アクセプター』に“メモリークリスタル”は適合しない!」

 

 ぶん、と腕を振ってルターを引き剥がす和香教授。

 『アクセプター』は『セルメダル』を受け入れる事は出来ても“メモリークリスタル”は受け入れない。それは規格が違うからだ。

 だがルターは和香教授の反論にニヤリとした。

 彼女は和香教授が思いついたけれど実行を躊躇った方法に既に辿り着いていたのだ。

 

「適合しないのなら適合させればいい。『コレクター』で」

 

 『コレクター』はセルシコウが持つアイテムだ。

 倒したセルリアンを『セルメダル』にする事が出来る。

 その機械を和香教授は調べさせてもらった事がある。

 複雑な機械であったし、分解して元に戻す事も出来るかわからなかったので全てを調べられたわけではない。

 けれど、ルターが言うような事は可能であろうと推測できた。

 

「『コレクター』を使って“メモリークリスタル”を……そうだね“メモリーコイン”とでも呼ぼうか……“メモリーコイン”にする」

 

 ルターの後を和香教授が続ける。

 

「“メモリーコイン”を『アクセプター』にセットすればおそらくセルリアンフレンズとして“メモリークリスタル”は蘇るだろう」

 

 つまり、セルリアンフレンズと『アクセプター』が揃えば“メモリークリスタル”の解凍は可能という事だ。

 

「だが! それではオオセルザンコウ君達がどうなるかわからない!」

 

 和香教授が実行せずに向こうの世界へ研究成果として提出しなかったのもそれが理由だった。

 今はオオセルザンコウもマセルカもセルシコウも見知った仲だしルリ達の友達だ。

 

「そうだね。和香さんは目的の為なら手段を選ばないとか言いつつ、その実そんな事はない。一度関わった者を決して見捨てたり切り捨てたりできない人だよ」

 

 ふ、とルターは自嘲の笑みを浮かべる。

 そんな和香教授がルターは大好きだ、と言いたかったがそれは胸の内だけにしまい込む。

 代わりにルターは和香教授の胸倉を掴みあげた。

 

「だが僕は違うよ」

「そんなはずがあるか。私の知っているルターは決して女の子を傷つけたりしない」 

 

 お互いに睨み合うルターと和香教授。

 と、ルターは胸元から鎖で繋がれてペンダントのようになった“メモリークリスタル”を取り出して和香教授の前に突き出した。

 

「僕はやるよ。たとえ何を犠牲にしようが。ルビーにもう一度会えるのなら手段は選ばない。その為なら誇りも矜持も喜んで捨ててみせよう」

 

 ルターが和香教授に突きつけたのはオレンジ色の“メモリークリスタル”だった。

 その“メモリークリスタル”は和香教授もよく知っている。

 それはルターのパートナーであったゴールデンタビータイガー、通称ルビーの物だ。

 ルターとルビーは幼い頃に初代クロスメロディーであった和香に助けられて保護され育って来た。

 だが……。

 

「なあ、クロスメロディー。どうしてルビーを守ってくれなかった」

 

 和香教授の胸倉を掴みあげるルターの腕に力が籠る。

 ルビーは激しい戦いの中で“メモリークリスタル”になってしまった。

 

「そうだね……すまない」

 

 和香教授はその出来事を自分の力不足だと思っていた。

 戦いは激しく、当時の和香が守り切れなかったものはいくつもある。

 

「私は通りすがりの正義の味方にはなりきれなかったよ」

 

 だが、それは和香のせいばかりではない。

 むしろ絶望的な状況から和香のおかげで世界が救われたと誰もが感謝する程なのだ。

 それはルターにだって分かっていた。

 それでもルターは選んだ。

 誇りも矜持も投げ捨てて目的の為に和香教授を傷付ける事を。

 ルビーに会いたい。

 その目的の為だけに。

 

「和香さん。ルビーを守れなかった事を本当に悪いと思っているのなら味方になれとは言わない。僕の邪魔はしないでくれ」

 

 ルターは和香教授を押しのける。

 抵抗はなかった。

 だが出口へと向かうルターの背中に和香教授の声が届く。

 

「わかった……私にキミの邪魔は出来ない……」

「ああ。そうしてくれたなら和香さんにもメリットがある。セルリアンフレンズは三人いるからね」

 

 ルターが言うメリットとは和香教授にとってもどうしても解凍したい“メモリークリスタル”の事だ。

 その“メモリークリスタル”は二つ。

 娘であるルリとアムールトラが一つずつ預かっている“メモリークリスタル”だ。

 それは向こうの世界でパートナーとして共に戦った二人の人造フレンズ、サバンナキイロネコのキィとサンのものである。

 和香教授だって二人の“メモリークリスタル”を解凍する為ならなんだってするつもりでいる。

 実際に、こちらの世界に帰って来たばかりの頃ならルターと同じ事をしていたかもしれない。

 だが、今の和香教授はルリとアムールトラの母だ。

 二人の母として恥じる事は出来ない。

 だからセルリアンフレンズ達を使って“メモリークリスタル”を解凍する方法だけは隠したのだ。

 

「和香さんが出来ないのなら僕がやってあげるよ。ルビーとキィとサンの“メモリークリスタル”の解凍を。幸いな事にちょうど数もピッタリだ」

 

 間違っている、と和香教授は言いたかった。

 けれどその言葉が出て来ない。

 ルビーを守れなかったのは和香教授にとって負い目だ。そしてルターがどれ程ルビーを大切にしていたかだって知っている。

 なんせルビーだって和香教授にとってもう一人の妹のようなものだ。

 止める事は出来ない。

 

―ギリィ!

 

 和香教授は昔の力不足だった自分と今何も出来ずにいる自分の両方に対し歯噛みした。

 ルターを止める事は出来ない……だが。

 

「ルター。これだけは言っておくよ。キミがしようとしている事は叶わない」

「どうして?」

 

 ルターは背を向けたまま問い返して来た。

 

「この世界には本物の通りすがりの正義の味方がいる。きっとキミの往く道にフラっと通りすがって立ちはだかってくれる」

 

 そうとも。

 この世界にいる通りすがりの正義の味方がこの企みを見逃すはずがない。

 

「そうだね。知っているよ」

 

 背を向けたままだったルターの表情はわからない。

 ルターはそのまま懐からあるものを取り出した。

 

「だから和香さん。悪いけどこれは借りていくよ」

「それは……」

 

 それはエゾオオカミが持っている“リンクパフューム”とよく似た豪奢な香水瓶だった。

 

「来るなら来るがいい。通りすがりの正義の味方達」

 

―ガチャリ

 

 ルターは玄関の扉を開けると夜の街へと踏み出しつつ宣言した。

 

「それでも僕の邪魔はさせない。ルビーは必ず取り戻す」

 

 

―⑤へ続く 

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