けものフレンズRクロスハート   作:土玉満

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第28話『木の実探偵の事件簿』⑥

 

 

 日曜日の朝がやって来た。

 だというのにエゾオオカミは未だ戸惑いの中にいる。

 朝ご飯は昨日と打って変わっていつも通りだ。

 メニューは普通にワカメと豆腐の味噌汁と白ご飯。

 あとは目玉焼きとウィンナー。ついでに野沢菜の漬物が付いていた。

 いつも通りの朝食だけど、エゾオオカミは難しい顔をしたままだ。

 

「エゾオオカミ? 食べないの?」

「ああ……いや……」

 

 母エミリに言われてようやくエゾオオカミはノロノロと箸を手にした。

 エゾオオカミは昨日帰って来てからずっとこんな調子だ。

 もしかして玉砕でもしたのだろうかと母エミリは心配している。

 かと言って下手に突けば傷口に塩を塗る事になりかねない。

 とりあえず無難な話題を振って探って行くしかない。そう思ったエミリはエゾオオカミに訊ねる。

 

「今日は空手大会よね?」

「ん。ああ」

 

 エゾオオカミは生返事を返す。

 彼女の頭の中は昨日一晩ずーっと同じ事で一杯だった。

 もうすぐ東京へ引っ越して行ってしまうセルシコウに何が出来るのか、と。

 

「俺も一般組手の部に出るべきなのかな……」

 

 セルシコウの為に一般組手の部へエントリーすれば、もしかしたら彼女と戦う事が出来るかもしれない。

 大舞台で彼女と戦うチャンスは今回が最初で最後だ。

 けれども今の自分がセルシコウに敵うはずがない。

 それどころか一般組手の部で一回戦を勝ち抜けるかどうかすら怪しい。

 無理して一般組手の部へ出場したところでセルシコウと戦える可能性は皆無なのだ。

 

「それはお母さんには決められないわねぇ」

 

 選ぶのはエゾオオカミであって母親ではない。

 だけれど、エゾオオカミは今、誰かに答えを与えられたらそれに飛びつきそうになっていた。

 それではダメだ、とエゾオオカミ自身も分かっている。

 けれど答えが出ないのだ。

 それに考えなくてはならない事はまだある。

 

「ルターを止めろってどういう意味だよ」

 

 エゾオオカミは空になったお茶碗に視線を落として呟いた。

 昨夜半ば強引に頼まれた和香教授からの依頼。

 全くもって意味が分からない。

 こちらに至っては考える糸口すら殆どないのだ。

 悩む間にもエゾオオカミはいつも通りの朝食を食べ終える。

 そしていつも通りに顔を洗って歯を磨き身支度を整え終わった。

 昨日の夜に用意しておいた空手道着とエミリが作ってくれたお弁当を持って準備は完了だ。

 

「もう行くの?」

 

 母エミリは短く訊ねて来た。

 もう選択の答えを出さなくてはならない時間は近い。

 それは誰に頼って答えを出すわけにもいかない。エゾオオカミ自身が自ら導き出さなくてはいけないのだ。

 

「なあ。お母さん」

「ん? どうしたの?」

 

 エゾオオカミは母エミリに頼んだ。

 

「切り火、してもらってもいいか?」

 

 そのくらいなら甘えても許される気がした。

 今日は節目のお出かけというわけでもないが、空手大会だというなら切り火にも相応しいだろう。そう判断したエミリは快く頷く。

 

「それじゃあ、エゾオオカミ。後ろ向きなさいな」

 

 玄関でエゾオオカミは母エミリに背を向けて瞳を閉じる。

 色んな悩みがグルグルと頭の中を渦巻いていた。

 

―カチッ

 

 背中で火打石が打ち鳴らされる音が聞こえた。

 エゾオオカミが目下悩んでいる事は大きく分けて二つ。セルシコウ達の事と和香教授からの依頼だ。

 そのうちの和香教授からの依頼については今どうこうする事は出来ないと思えた。

 必要な情報が得られない以上、まずは成り行きに身を任せてみるしかない。

 だからまずは一旦この事で悩むのはヤメだ。

 

―カチッ

 

 二度目に火打石が打ち鳴らされる。

 考えなくてはならないのはセルシコウの事だ。

 セルシコウとは最初は敵同士だった。

 むしろ歯牙にすらかけてもらえなかった。

 だけれど、今は友達だ。

 その友達が遠くへ行こうとしている。

 今。

 今しか高みに手を伸ばすチャンスはないのだ。

 どんなに可能性がなくても、どんなに望みがなくても、無駄だとしても手を伸ばすべきではないのか。

 

―カチッ!

 

 三度目に火打石が高らかに打ち鳴らされた。

 と同時、エゾオオカミの脳裏にはセルシコウから言われたある言葉が思い出された。

 それは一昨日の夜、セルシコウから空手大会に誘われた時の言葉だ。

 

『あなたはきっと自分で練習量を二倍に増やして欲しいと言い出すはずですよ』

 

 セルシコウはそう言った。

 だからセルシコウが期待しているのは……。

 

「そうだな……そうだった」

 

 目を開けたエゾオオカミの瞳にはもう迷いはなかった。

 

「じゃあ。行ってきます」

 

 やるべき事は決まった。

 ならば今は時間が惜しい。

 だが、まずは言うべき事があった。

 

「悪い、お母さん! 今日から1週間くらい忙しくなるからあんまり手伝いとか出来なくなる!」

 

 振り返って言ったエゾオオカミに母エミリは苦笑する。

 

「子供が心配しなくたって大丈夫よ。やりたいようにやりなさい」

 

 エミリはエゾオオカミの顔から迷いが消えた事を悟った。

 

「じゃあ、急ぐから!」

 

 わたわたと玄関を出て行く娘の背中を見送って母エミリは呟く。

 

「いつの間にやらいい顔するようになっちゃって」

 

 どうやら進むべき道を決めたらしい娘の為に、母エミリはもう一度火打石を打ち鳴らすのだった。

 

 

の  の  の  の  の  の  の  の  の  の  の  の  の  の

 

 

 色鳥武道館が市民空手大会の会場である。

 セルシコウが会場に辿り着いた時、既にそこは沢山の参加者で溢れていた。

 そして応援のお客さんも。

 急遽決まったというのに中々盛大な集まり具合になっているらしい。

 

「あら、セルシコウさん」

 

 セルシコウが声を掛けられて振り向くとそこにはヤマさんの奥さんであるヤマバクがいた。

 ただ、そのファッションが何と言っていいのかよく分からない。

 いつもの上品な黒のワンピースの上にピンクの法被を羽織り両手には団扇を持っていた。

 そして額には全く似合っていないハチマキまで巻いてある。

 その全てに同じ文言が綴られていた。『I ♡ Love』と。

 ハートマークの中にはヤマさんの顔がプリントされている。

 一人だけまるでどこかのアイドルイベントにでも来たようだ。

 その様子を見るに……。

 

「もしかして?」

「ええ。うちの主人も出場するんですよ」

 

 訊ねるセルシコウにヤマバクは得意満面で答えた。

 どうやらヤマさんは一般男子組手の部に参加するらしい。

 柔剣道に加えて空手の段位も持っているらしいヤマさんは強敵ではあろうが今回当たる事はない。

 

「色鳥警察署からも代表で参加者が出ていますよ。本当ならハクトウワシさんも代表選出される予定だったみたいなのですが……」

 

 ヤマバクが教えてくれる。

 つまりヤマさんが男子の代表で女子代表がハクトウワシになる予定だったのだろう。

 ただ、ハクトウワシは約一週間後に東京への栄転を控えている身だ。

 ただでさえ多忙の身はさらに忙しくなっているだろうから今回の大会に参加する事は出来なかったらしい。

 セルシコウは無理もない事だ、と思う。

 そうこうしていると……。

 

「あっ! あなたー!!」

 

 ヤマバクは参加者の中にヤマさんを見つけたらしくそちらへ駆けて行った。

 セルシコウが遠くから見守っていると、ヤマさんは自分の妻の格好にしばらく頭を抱えてから諦めたらしい。

 会場を見渡せば何人か強者と思しき人物がチラホラ見られる。

 まずキンシコウ。彼女は既に気合十分といった様子で受付を済ませていた。

 他にはいつぞやの空手大会にも出場していたオウギワシとヘビクイワシの二人もいる。

 ただ、こちらの二人は中学生女子組手の部への参加らしい。

 どうやら二人も白黒つけるために揃って今回の大会への出場をしたようだ。

 他には赤毛で糸目の女性が見られる。立ち居振る舞いからどう見ても一段抜きんでた強者と思えた。

 応援に来ているらしい癖っ毛の男性には見覚えがある。

 確か青龍神社の夏祭りで大人気の鈴カステラを出していた菓匠『若葉』の主人だったか。

 応援らしい赤毛の姉妹に囲まれて余裕たっぷりといった様子だ。

 それと、一昨日出会ったマルタタイガーのフレンズ、ルターもいるではないか。

 彼女も空手道着に身を包んでいる辺り参加者の一人らしい。

 これだけ沢山の参加者に強者も揃っているというのに、セルシコウの胸中は全く躍らなかった。

 

「(どうして……)」

 

 そう思うセルシコウだったが、理由は明白だった。

 昨日、うっかり東京へ引っ越す事をエゾオオカミに言ってしまったせいだ。

 こんなどうしようもない事を告げて、それでも彼女だったら何か言ってくれるんじゃないかと期待してしまっていた。

 だが、結果はエゾオオカミを困らせ傷付けただけだ。

 もしかしたら今日は会場に来てくれないかもしれない。セルシコウはそう思っていた。

 が……。

 

「セルシコウ」

「ひゃ、ひゃい!?」

 

 後ろから声を掛けられた。

 その声は何度も聞いて来たエゾオオカミの物である。

 おそるおそる振り返ったエゾオオカミの顔は今までに見た事もないものだった。

 その表情を何と評していいのか。

 いや、セルシコウは一度だけこんなエゾオオカミの表情を見た事があったはずだ。

 

「(そうだ……セルゲンブ様と戦った時はこんな顔してましたね)」

 

 セルシコウはようやくその正体に思い至っていた。

 早い話がこの場にエゾオオカミはあの時と同じ心境で現れたという事なのだろう。

 もしかしたら……。

 セルシコウは心の何処かで期待してしまう。

 エゾオオカミも一般の部で参加してくれる事を。

 そして、この舞台で戦える事を。

 が……。

 

「セルシコウ。俺は……。俺は中学生(かた)の部に出る」

 

 告げられたのは望みと反対の事だった。

 エゾオオカミの表情を見るに、決してそれを翻したりしないだろうと思える。

 

「そうですか……」

 

 セルシコウはその決定に異を唱える事は出来ない。

 エゾオオカミが一般の部に出場したところでセルシコウと戦える可能性すら殆どないのだ。

 落ち込むセルシコウにエゾオオカミは続けた。

 

「この大会が終わったら話したい事があるから少しだけ時間をくれ」

 

 セルシコウは頷くしか出来ない。

 それを確認したエゾオオカミは用事は済んだとばかりに踵を返した。

 試合開始前に一人集中する為だろう。

 だがセルシコウとしてはもう少し一緒にいたかったな、とか話しって何だろう? まさか絶交とか言われなければいいな、とか気になる事だらけだ。

 

「い、いけません……こんな事では……」

 

 気を引き締めようと深呼吸するセルシコウ。

 だが、いつもの平静は戻らなかった。

 そんなセルシコウを時間は待ってくれない。

 間もなく大会が始まろうとしていた。

 

 

の  の  の  の  の  の  の  の  の  の  の  の  の  の

 

 

「なあ、ヘビクイワシ」

「なんでありましょう? オウギワシ君」

 

 空手大会は滞りなく進行している。

 ヘビクイワシとオウギワシの出番はまだなので他の試合を観戦していた。

 今二人が見ているのは中学生(かた)の部である。

 

「エゾオオカミのやつ、上手くなったな」

「で、ありますな」

 

 そちらではちょうどエゾオオカミが(かた)を披露していた。

 今演武しているのは最も基本的な平安初段という(かた)だ。

 ちょうど夏休み前の中学生空手大会で披露した物と同じである。

 が、以前と今の演武は別物だ。

 

「以前は規定通りに(かた)をこなすだけで精一杯といった印象でありましたが、今は一つ一つの動きが流れるように繋がっております」

 

 ヘビクイワシから見たエゾオオカミの演武は劇的によくなっていた。

 もう少し突き詰めれば空手部主将のキンシコウと互角に渡り合えるとさえ思える。

 

「ああ。これだったら昇級試験とか受けた方がよさそうだ」

 

 未だ白帯とは思えないエゾオオカミの演武にオウギワシも上機嫌で頷く。

 これなら来年以降の空手部にも心強い味方が増えた。

 そんな上機嫌の友にヘビクイワシはニヤリとしつつ言う。

 

「それならエゾオオカミ君の頼みを聞き入れてもよいのではありませんか?」

「元々俺は断るつもりはない」

 

 同じ空手部の先輩という立場であるオウギワシはエゾオオカミから大会開始前にある事を頼まれていた。

 あまりにも真剣に頼みこんでくるものだから、ヘビクイワシも時間があれば手を貸してやろうかと思った程だ。

 

「これも愛の為せる技というやつでありますかな?」

 

 ヘビクイワシも噂程度には知っていた。最近エゾオオカミにいい人が出来て一緒に練習していたらしい事を。

 それでこんなにも大きく成長しようとしているのなら、それは素晴らしい事だ。

 もっとも、傍らのオウギワシは「あ、愛ッ!?」とそれだけで顔を赤くして事情を把握してなさそうだったが。

 そんな友に苦笑しつつヘビクイワシは呟く。

 

「本当に強い者とは心技体を兼ね備えた者であります」

 

 それはかつてイエイヌに強さとは何かと問われた時に返した言葉だ。

 心は身体を動かし、身体は技を繰り出す。どれが欠けても強さは得られないが、そのバランスは人それぞれだ。

 ヘビクイワシは今日この場で心を強く持っている者はエゾオオカミではないかと思える。

 その心があるならさらに身体を動かし技を高めるだろう。

 

「身体の方はあのフレンズもかなりのものでありますな」

「ああ……。あのマルタタイガーってフレンズだよな」

 

 オウギワシもヘビクイワシに同意する。

 一般女子組手の部にはマルタタイガーことルターも出場していた。

 その身体能力は群を抜いている。

 軽々と一回戦を勝ち抜いて見せた。

 

「で、あっちは流石キンシコウ先輩だぜ」

 

 オウギワシの目は別の試合へ移る。

 そこではキンシコウが相手の正拳を回し受けしてからの返し技で一本を決めていた。

 夏休み前よりもさらに技のキレが増している。

 それに何より気合の入り方が違うのだ。

 中学生空手大会で死線を潜り抜けた事と己の道を定めた事でさらに成長してみせたのだろう。

 

「ええ。キンシコウ先輩の心技体はこの場で誰より充実しているように思えますな」

 

 ヘビクイワシも頷く。

 心技体の総合力で言えばキンシコウは群を抜いていた。

 大人達に混じっているから体格などで不利な面はあるが、実力は周囲と比べても遜色ない。

 他にも色鳥警察署から一般女子組手の部代表として出場しているオオタカもいる。

 彼女はハクトウワシと同じセルリアン対策課へ転属になったらしい。

 今回は多忙のハクトウワシに代わって色鳥警察署女子の部代表に選出されたようだ。

 さらに、赤毛を後ろで短い三つ編みにして束ねた糸目の女性がやたら楽しそうに対戦相手を圧倒したりもしていた。

 

「あの辺りが優勝候補と言った辺りでありましょうか?」

「だな」

 

 ヘビクイワシに同意を返すオウギワシ。

 強者ひしめく一般女子組手の部ではあったが、二人には一つ心配事があった。

 それは……。

 

「しっかし……アイツ、どうしちまったんだ?」

「本当でありますな……。病気とかでなければよいのでありますが……」

 

 明らかに精細を欠いているセルシコウの事だった。

 心が曇れば身体が強張る。身体が強張れば技も鈍る。

 どうにか一回戦を勝ち抜いたようではあるが、全く楽しそうに見えない。

 以前の空手大会ではあんなに楽しそうにキンシコウと激闘を繰り広げたというのに。

 

「あとで声ぐらいかけてやるか?」

「それがいいでありましょう」

 

 昼休みに入ればセルシコウと話す機会も出てくるだろう。

 そう思った二人は気持ちを切り替える。

 もうすぐ中学生女子組手の部も始まろうとしているのだから他人の心配ばかりしているわけにはいかない。

 

「さて、そんじゃあ俺と当たるまで負けるなよ!」

「そちらこそ」

 

 オウギワシとヘビクイワシは軽く拳を合わせてからそれぞれの試合会場へと向かうのだった。

 

 

の  の  の  の  の  の  の  の  の  の  の  の  の  の

 

 

 大会は順調に進行して行った。

 一回戦、二回戦と終わってここからは試合ペースも大分早くなる。

 キンシコウはもちろん勝ち残っていたし、ヘビクイワシもオウギワシも同様だ。

 そしてエゾオオカミも。

 今は昼休憩だ。

 ジャパリ女子中学校組で集まってお昼休憩中である。

 

「ふむ。セルシコウ君は?」

 

 ヘビクイワシは周囲を見渡して言う。

 セルシコウだけは学校が違うが満更知らない仲でもないし、お昼を一緒にと誘っていたのだが姿が見当たらない。

 

「あいつ、調子が悪そうだったからなぁ……」

 

 オウギワシの言葉にキンシコウとエゾオオカミは「そうなの!?」とばかりに驚いていた。

 二人はそれぞれ自分の試合に集中していた為、セルシコウの様子まで見ている余裕がなかったのだ。

 

「私が夏休み最終日に会った時には普通だったんですけど……」

 

 キンシコウが思案しつつ続ける。

 

「エゾオオカミさん。その後って何かあったりしました?」

 

 ヘビクイワシもオウギワシもエゾオオカミの方を見て話し始めるのを待った。

 

「あー……昨日も会ったけど、何かあったって言えばあった……んスかね」

 

 エゾオオカミは微妙な敬語で答えた。

 何とも歯切れの悪い物言いだが、セルシコウが東京へ引っ越ししてしまう事はまだ誰にも言わないように頼まれている。

 エゾオオカミはそれが不調の原因だろうと思っていたのだが、それをキンシコウ達に伝えるのが躊躇われた。

 ただ、心配する彼女達に何も言わないのもそれはそれで不義理な気もする。

 エゾオオカミはしばらく考えた後、こう切り出した。

 

「もしも……。もしもの話ッスよ。友達が急に遠くへ引っ越すってなったら……やっぱ動揺しちまうもんスかね」

 

 キンシコウもヘビクイワシもオウギワシも揃って顔を見合わせた。

 話の流れから急に遠くへ引っ越すのはセルシコウだと分かる。

 だとしたら、試合での不調も有り得ると思えた。

 それに、もう一つキンシコウが納得した事がある。

 

「なるほど。エゾオオカミさんが今朝あんな事を頼んで来たのにはそんな理由がありましたか」

 

 実はキンシコウとオウギワシは空手部の先輩としてエゾオオカミからある事を頼まれていた。

 その理由に合点が行ったのだ。

 それはヘビクイワシもその場にいたから知っている。

 

「だったらエゾオオカミ君。キミは今やらなくてはならない事がありましょう?」

 

 ヘビクイワシは感じていた。きっと今、セルシコウに響く言葉を掛けられるのはエゾオオカミであろう、と。

 だから、セルシコウを探しに行くべきだ、とも思う。

 

「けど……俺、何て言ったらいいか……」

 

 エゾオオカミはセルシコウの為に出来る事を考え、そしてするべき事を決めていた。

 けれども、まさかセルシコウが大好きな強者との手合わせを楽しめないくらいに思い悩んでいるとは考えていなかった。

 そんなセルシコウに何と言ったら慰める事が出来るのか分からない。

 

「けれど、好きなんでありましょう?」

 

 ヘビクイワシはエゾオオカミに問う。

 キンシコウもうんうん頷いていた。オウギワシだけは「そ、そうなの!?」とばかりに真っ赤になっていたが。

 対するエゾオオカミの反応は……

 

「え?」

 

 と何の事かわかっていない様子だった。

 

「「え?」」

 

 その反応にキンシコウとヘビクイワシも予想してた答えと違うなぁと不思議そうだった。

 一人、オウギワシだけが真っ赤な顔で何度もエゾオオカミとキンシコウ達を見比べている。

 

「いや、好きってそんなんじゃ……! そんなんじゃあ…………」

 

 ようやく我に返ったエゾオオカミが言おうとした。

 けれどそんなんじゃあない、とまで言い切れない。

 何が引っかかっているのか。

 エゾオオカミは考える。

 初めて会った時、セルシコウとは敵同士だった。

 むしろ歯牙にすらかけて貰えなかった。

 しかも再会した時には覚えられてすらいなかったし。

 けれどもそこから少しずつ仲良くなって、敵同士だけど友達同士にもなって、一緒に戦ったりもして一緒に遊んだりもして……。

 

『エゾオオカミ』

 

 エゾオオカミの胸中にセルシコウの顔が思い出された。

 セルシコウはエゾオオカミにとって、初めは敵同士だった。

 ついこの前まで敵同士だけど友達同士だった。

 最近は友達同士だ。

 そう。

 大切な友達だ。

 

「(大切って何で……?)」

 

 セルシコウはちょっとだけそそっかしい所もあるけれど、仲間想いのいいヤツだ。

 それだけじゃない。

 エゾオオカミは思い出す。

 昨日繋いだ手の暖かさと柔らかさを。

 別れ際に見たセルシコウの悲しそうな顔を。

 セルシコウにそんな顔をして欲しくない。

 彼女には側で笑っていて欲しい。

 それが一番彼女らしいから。

 

「あ……あれ……?」

 

 エゾオオカミは思い至った。思い至ってしまった。

 側で笑っていて欲しいって何で? と。

 その答えは一つしかない。

 

「も、もしかして……俺って……セルシコウの事好きだったりするんスか?」

「「いや、私達に訊かれても」」

 

 キンシコウとヘビクイワシは揃ってごもっともな答えを返した。

 だが、とヘビクイワシは気を取り直す。

 

「まぁ、噂で聞く限り、分かりやすいくらいにはお互い好意を抱いているものとばかり思っておりました」

「むしろもうお付き合いをしているものとばかり」

 

 キンシコウも苦笑する。

 若干聞き捨てならない事もあった気がしないでもないが、当のエゾオオカミはそれどころじゃなかった。

 口元を抑えて顔を真っ赤にし動揺していた。

 そうしていないと意味も分からず叫び出しそうだった。

 

「エゾオオカミッ!!」

 

 そんな動揺するエゾオオカミの両肩をガシリとオウギワシが掴んだ。

 無理にこちらを向かせるオウギワシ。

 

「先輩命令だ! 行け!!」

 

 行けってどこに? とは誰も問わなかった。

 エゾオオカミも含めて、彼女が今行かなくてはならない場所を理解していたからだ。

 即ち、セルシコウの所へ。

 

「好きなヤツを泣かすな! だから行け!」

 

 さっきまで恋バナ(?)にあわわわ状態になっていたオウギワシだったが、その言い分は今もっとも大切な事だと思えた。

 シンプルな叱咤にエゾオオカミも自分が何をしなくては行けないかを自覚する。

 

「はい!」

 

 エゾオオカミは立ち上がると駆け出した。

 何をどう言えばいいのかなんてわからないけれど、それでも今は行かなくてはならない。

 

「行ったか……」

 

 オウギワシはその背中を見送ってポツリと呟く。

 その後真っ赤になって両手で顔を覆った。

 どうやらオウギワシに恋バナは刺激が強かったらしい。

 それでも頑張った、とキンシコウもヘビクイワシもよしよしと頭を撫でてやるのだった。

 

 

の  の  の  の  の  の  の  の  の  の  の  の  の  の

 

 

 セルシコウは独り、人気のない裏庭にいた。

 ついこの前、セルシコウは色鳥武道館で行われた音楽ライブイベントで護衛の仕事をした。

 その際に、目立たない死角になりそうな場所も知ったわけだ。

 まさかこんな形で役に立つなんて思わなかったが。

 

「はぁ……本当、何をやっているんでしょう」

 

 セルシコウは大きな溜め息を吐いた。

 どうにかセルシコウも勝ち残ってはいたけれど、どうにも集中出来ずにいつもの調子が出ない。

 これではキンシコウと当たる前に負けてしまうかもしれない。

 それに次の相手は顔見知りだ。

 始業式の日にも会ったマルタタイガーのフレンズ、ルターである。

 

「彼女……かなり強いんですよね」

 

 セルシコウは彼女の試合をチラリと見た。

 かなりの身体能力を持っているし、まだ本気を出しているわけでもないらしい。

 今、『アクセプター』の出力を最低に絞っている上に絶不調のセルシコウでは分が悪い。

 

「なんとか……なんとかしないとですよね」

 

 ただ、セルシコウにはその何とかするイメージがちっとも沸かない。

 八方塞がりだった。

 こんな時に思い出されるのは、あの未熟なオオカミのフレンズだ。

 

「来るわけないですよね」

 

 この裏庭は殆ど人気がない。

 セルシコウだって警備の仕事をしていなかったら気づかなかったくらいだ。

 わざわざこんな場所に逃げ込んでおきながら、エゾオオカミが来る事を期待するなんて矛盾している。

 

「それにこれは私の問題です。自分で何とかしなくては……」

 

 ともかく、集中力を取り戻すべくセルシコウは瞳を閉じた。

 が、胸のモヤモヤは全く晴れない。

 そこに……。

 

「やあ、レディ。こんなところで一人とはどうしたのかな? せっかくだ。ご一緒にお茶でもいかがかな?」

 

 と、声が掛けられた。

 

「あなたは確か……マルタタイガー」

「そうとも。ルターと呼んでくれたまえ」

 

 現れたのは青みがかった美しい毛並みを持つフレンズ、ルターであった。

 次にセルシコウが対戦する相手でもある。

 どうしてここに、と思うセルシコウ。

 

「そうだね。僕は獲物の隙を見逃すつもりはない、という事さ」

 

 ルターがここに現れた理由は、単純にセルシコウを狙って隙を伺っていたからだ。

 そう理由を説明しつつ彼女は“けものプラズム”を変化させていた空手道着をいつものブレザーとスカートに戻した。

 と同時にルターから殺気とも呼べる程の圧を叩きつけられる。

 

「一体どういう……!?」

 

 突然殺気を叩きつけてくる理由が分からず、セルシコウは叫んだ。

 

「理由も分からぬまま果てるのはキミも本意ではないだろうし、キミという獲物への敬意も欠ける」

 

 ルターの目は完全に獲物を狩る狩人の物だった。

 

「キミというセルリアンフレンズを贄として、僕は最愛のパートナーを取り戻す。だから大人しく狩られてくれたまえ!」

 

―ダンッ!

 

 一気に踏み込んで間合いを詰めて来るルター!

 

「(は、速いッ!?)」

 

 セルシコウはどうにか後ろへ跳んで最初の一撃をかわした。

 身体能力が高いと思っていたが、これはイエイヌやアムールトラと比べても勝るとも劣らない。

 つまり……。

 

「あなたも別な世界から来たフレンズという事ですか!?」

「そうとも」

 

 あっさりと肯定しつつルターは手指から猫科の鋭い爪を生やしてみせた。

 どうやら相手は本気であるらしい。

 

「ならば……!」

 

 相手が別世界からやって来たフレンズだというのならこのまま『アクセプター』の出力を抑えたままでは勝てない。

 

「『アクセプター』セット・メダルッ!」

 

 セルシコウの額にある『石』にスリットが現れる。

 

「カラテリアンッ!」

 

 そのスリットにセルシコウは『セルメダル』を投入する。

 と、空手道着が空中に解けるようにして消えて、代わりにレオタード姿のセルシコウが現れる。

 頭に付けた金冠は形を変えてバイザーつきのヘルメットに。

 最後に燕尾状の飾りが腰に巻き付いて変身完了だ。

 

「なるほど、クロスレンジャー・イエロー。和香さんのデータにあった通りだね。強そうだ」

 

 セルシコウがクロスレンジャー・イエローに変身したからには『アクセプター』の出力も元通り。

 つまり、ルターと互角になったと言っていい。むしろカラテリアンの『セルメダル』から力を借りているイエローの方が有利にすら思える。

 だが、ルターは余裕の表情を崩さない。

 

「ならばこちらも遠慮なく奥の手を切らせてもらおう!」

 

 ルターはブレザーのポケットから黄金色に輝くクリスタルがついた豪奢な香水瓶を取り出した。

 

「そ、それは!?」

 

 イエローはそれに見覚えがあった。

 何故ならそれはエゾオオカミの持つ変身アイテム『リンクパフューム』と同じ物だったのだから。

 

「コネクトフレグランスッ! メタモルフォーゼッ!!」

 

 動揺するイエローの前でルターは高らかに叫びつつ香水を振りかけて行く。

 両手、両足。

 吹きかける度にそこがサンドスターの輝きに包まれていく。

 そして……。

 

「変身した……!?」

 

 イエローが驚愕に目を見開く。

 そしてその輝きが晴れた時、そこにいたのは金色に似たオレンジの毛並みを持つフレンズだった。

 金色の髪は豪奢にロールを巻き、ブレザーはオレンジを基調としたものに変わっている。

 チェック柄のスカートも、ニーソックスも同じくオレンジ色を基調としたものだ。

 呆然とするイエローの前で変身を完了したルターが宣言する。

 

「ゴールデンタビータイガースタイルッ!」

 

 その姿はセルシコウにはわからない事ではあるが、ルターのパートナーであったゴールデンタビータイガーのルビーそっくりであった。

 

「ふふ。この綺麗な毛並みも懐かしいね」

 

 変身したルターは背中まである豪奢な巻き髪をいじってみる。

 

「ルビー……もうすぐだ。もうすぐキミに会える」

 

 その匂いに懐かしいものを感じつつもルターはイエローに向き直った。

 セルリアンフレンズを捕えればルビーの“メモリークリスタル”を解凍するまではあと一息なのだ。

 

「さて、待たせて悪かったね。改めて名乗ろう」

 

―ザッ

 

 ルターがただの一歩を踏み出しただけだというのに、あまりの圧にイエローは一歩を後退る。

 構う事なくルターはもう一歩を踏み出しつつ改めて名乗った。

 裏切りの意味を持つその名を。

 

「僕はダブルクロス。通りすがりの悪党さ」

 

 

 

―⑦へ続く

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