色鳥武道館裏庭に烈風が吹き荒れる。
それはダブルクロスへと変身したルターが放つ圧倒的な“けものプラズム”によって巻き起こされていた。
「くっ……!?」
クロスレンジャー・イエローに変身したセルシコウですらも気圧されてしまう。
だがダブルクロスはイエローの体勢が整うのを待ってはくれなかった。
「さて。では行くよ」
―ダンッ!
ダブルクロスが地を蹴ったかと思ったら、次の瞬間にその姿は掻き消えていた。
「(どこに!?)」
イエローは慌てて周囲を見渡す。
彼女の本能はほんの一瞬であろうともダブルクロスから視線を逸らす事に警鐘を鳴らしていた。
それなのに……
「ふぅん? これは手加減が難しいな」
声は後ろから聞こえて来た。
つまり、ほんの一瞬でダブルクロスはイエローの背後を取ったという事だ。
「なっ!?」
驚き考えるよりも早く、イエローの身体は動いていた。
背後のダブルクロスへ向けて渾身の回し蹴りを放ったのだ。
「おっと」
が、その一撃はダブルクロスが軽く上げた腕でいとも簡単に止められてしまった。
ダブルクロスはそのままイエローの足を掴むと……
「手加減はまだ苦手なんだ! どうか死なないでおくれよ!」
そのまま彼女の身体をぶんぶん振り回し始めた!
「そぉらっ!」
存分に振り回したところでダブルクロスはイエローを壁に向けて投げ放つ。
「がっ!?」
あまりの力で振り回されたおかげでイエローのバランス感覚をもってしても受け身が間に合わなかった。
背中から壁に叩きつけられたイエローの口から苦悶の息が漏れる。
「どうして……パワーもスピードも桁違いじゃないですか」
壁に手をつきどうにか立ち上がるイエロー。
お互いに変身した状態だというのにここまで差があるのは何故なのか。
「簡単さ。僕は僕自身の力とルビーの力を同時に使っているからね」
ダブルクロスは『コネクトフレグランス』でゴールデンタビータイガーの“けものプラズム”をも上乗せして纏っている。
つまり、単純に考えてもその力は二倍というわけだ。
二倍のパワー。
二倍のスピード。
二倍の防御力。
それを兼ね備えた敵。
それがダブルクロスなのだ。
「もちろん簡単な事じゃあないよ。ルビーの“メモリークリスタル”と僕の相性が格段にいいからこそ出来た事さ」
普通なら強すぎる“けものプラズム”はお互い反発しあって変身には至らない。
だが、ルターとルビーはパートナー同士であった。
だからこそ二人の力を上乗せしたダブルクロスへと変身出来たのだ。
「キミが簡単に壊れなくてよかった。もしもキミが壊れでもしたら予備の二人を使わざるを得ない」
「予備……?」
「そうさ。“メモリークリスタル”を解凍するにはキミ達セルリアンフレンズの身体とセルメダルを作り出す『コレクター』が必要なのさ」
ダブルクロスとしてはこの場でセルシコウと『コレクター』の両方が手に入れば一番いい。
けれど、クロスレンジャー・イエローを倒せば最低でも『コレクター』は手に入る。
つまり予備というのは……
「オオセルザンコウとマセルカの事ですか……!」
完全にイエローのスイッチが入った。
この場で負ければオオセルザンコウとマセルカの二人に累が及ぶ。
不調だとか何とか言っている場合ではなくなった。
何としてでもこの場でダブルクロスという敵を倒さねばならない。
「チェンジメダルッ! チープロンッ!」
イエローはもう一枚のメダルを取り出す。
それをヘルメットに現れたスリットを通して『石』へと投入する。
カラテリアンのセルメダルが排出されて、かわりにチープロンのメダルから力を借りるイエロー。
チープロンは最速を誇ったセルリアンだ。
そのメダルの効果はクロスレンジャー・イエローのスピードを高めてくれる。
「これならスピードくらいは互角とはいかないまでも引けを取りませんよ」
「試してみるかい?」
―ダンッ!
再びダブルクロスがイエローへと躍りかかる。
が……
「見えるっ!」
その動きをイエローは捉えていた。
ダブルクロスが繰り出して来る拳も十分に見える。
―パァンッ!
見えていれば対処は出来る。
ダブルクロスが放ったパンチをイエローは回し受けで力の流れを逸らした。
いくら二倍のパワーでも、流れを逸らすくらいならイエローの技をもってすれば何とかなる。
「そこっ!」
パンチを放った後のダブルクロスに隙が生まれた。
ダブルクロスの身体が強すぎるパワーに流されて、無防備な脇腹を晒してしまったのだ。
当然その隙を逃すイエローではない。
さらに一歩を踏み込みダブルクロスへ密着しつつ拳をその脇腹へと押し当てる。
「せぇい!!」
それはゼロ距離から放てるイエローが最も得意とする技の一つであった。
寸打。寸勁。ワンインチパンチ。様々な呼び名があるが、その技は衝撃を透して防御の上からダメージを与える。
つまり、いくら二倍の防御力といえどもこの技ならばダメージが入る!
「(透った!)」
イエローは拳に伝わる手応えに確信した。
相手の急所に十二分なダメージは入った事を。
が……。
「やるね!」
ダメージが入ったはずのダブルクロスは密着した状態のイエローを両腕で捕まえた。
「おおおおおっ!!!」
ここがチャンスとばかりにダブルクロスはイエローを抱えたまま壁へ向けて突進する。
―ドゴォオオオオッ!!
イエローは再び壁に叩きつけられた。
今度はダブルクロスに捕らえられた状態だから受け身すら取れない。ダメージは甚大だった。
―シュウ……
壁に叩きつけられたイエローの変身が解けて元のセルシコウへと姿が戻る。
「どうして……。寸勁が完全に入ったのに……」
背中を強打して息も絶え絶えだがセルシコウは呟いた。
おそらくしばらくの間まともに動く事すら難しい。
「なあに。これも簡単な事さ」
言いつつダブルクロスも決着がついた事を悟って変身を解く。
「防御力が二倍なら当然耐久力だって二倍ある。今のパンチは中々効いたよ」
つまり、ダメージは負ったが二倍の耐久力で耐え抜いたという事だ。
イエローがカラテリアンからチープロンのセルメダルへ交換した事も災いした。
カラテリアンの力を借りて空手技の威力を底上げした状態であれば攻めきれたかもしれない。
だが、今となっては結果は見ての通りだ。
ルターも変身を解除し姿を元に戻してから、セルシコウの懐を探る。
まともに動く事が出来ないセルシコウに抗う事は出来ない。
やがてルターは目的の物を見つけた。
「あった。これが『コレクター』だね」
板状の薄い機械を奪い取り、ブレザーのポケットへ捩じ込むルター。
「さて。次はキミの番だ」
あとはセルシコウの身柄を手に入れればそれでルビーの“メモリークリスタル”を解凍する準備は整う。
「しばらく眠っていてくれたまえ」
ルターは動けないセルシコウの意識を刈り取るべく抜き手を構えた。
が……。
―ガシリ
その手が誰かに握られて止められた。
の の の の の の の の の の の の の の
ルターは握られた手を振り払いはしたものの、まずは様子見とそれ以上の追撃はしてこなかった。
セルシコウは窮地を救った者の顔を見上げる。
「(どうして……)」
背中を強打したせいで呼吸も整わずまともに声すら出せないが、その顔はハッキリ見えた。
「あー。まぁ……俺は探し物は得意なんだ。なんせ探偵だからな」
それはエゾオオカミだった。
どうしてこの場にいるのか、セルシコウは訳がわからなかった。
けれどそれを嬉しいと思う反面、危険だ、とも思う。
逃げろ、と言いたいが呼吸が整わず喋る事すら難しいセルシコウ。
そんな彼女にエゾオオカミは言った。
「悪かったな、セルシコウ」
何が? とセルシコウもルターも分からない。
エゾオカミが謝るような事は一体何があったのか。そうセルシコウとルターが戸惑っているとエゾオオカミが続ける。
「いや、東京へ行っちまうセルシコウに何をしたらいいのか俺なりに考えてはいたんだ。けどさ、それを言うのって大会が終わってからの方がいいと思ってたんだ」
セルシコウはまだ話が見えていない。
だが今はそれどころではない。
すぐにでも逃げれば犠牲はセルシコウだけでいい。
だがエゾオオカミがルターの邪魔立てをするとあれば、ルターは躊躇なくエゾオオカミをその手に掛けるだろう。
だからセルシコウは「(そんな事はいいから早く逃げて下さい!)」と思っていたが、強打した背中のダメージはそれを言葉にする事すら許してくれない。
そんなセルシコウにエゾオオカミは片膝を付いて言った。
「なあ、セルシコウ。これからは練習量を二倍にしてくれ」
でもって、とエゾオオカミは懐から手紙の形に折りたたんだ和紙を取り出す。
そこにはやたら達筆で『果たし状』と書いてあった。
実はエゾオオカミ。こう見えて書道だけは優秀だった。
エゾオオカミはその果たし状を動けぬセルシコウの手に置く。
「それでさ。引っ越しする前に俺と試合してくれ」
その言葉にセルシコウもようやくエゾオオカミが言いたい事を理解した。
つまりこの果たし状はエゾオオカミがセルシコウの望みを叶えるまわりくどいラブレターともとれる。
けど、そんな事をエゾオオカミがするものか、とセルシコウは驚愕の眼差しを送った。
それを疑念と取ったのかエゾオオカミは慌てて言い募る。
「な、なんだよ。言っておくけどな。キンシコウ先輩とオウギワシ先輩にも頼み込んで部活で特訓だってしてもらうんだ。見とけよ。1週間でセルシコウに追いついてやるからな」
エゾオオカミが大会前に空手部の先輩達へ頼み込んでいた事はそれだった。
つまり、エゾオオカミはセルシコウと大舞台で戦う望みは捨ててギリギリまであがき続けて高みに手を伸ばす事を選んだのだ。
一番大事なのは大舞台で白黒つける事じゃない。
セルシコウが自らの手で育て上げた強者と心の底から満足できる試合をする事なのだ。
「(そうでしたね)」
まだまともに声も出せないのに、セルシコウは感慨に耽る。
今も昔も、エゾオオカミは本気でセルシコウ達セルリアンフレンズの事を考えてくれていた。
セルシコウがエゾオオカミを鍛えると言い出した時に、エゾオオカミだけがオオセルザンコウとマセルカに累が及ぶ事を心配してくれたのだ。
「(エゾオオカミはそういう子でしたね)」
その優しさにいつの間にか心を許してしまった。
それに……
セルシコウが次の想いに至る前にエゾオオカミは行動を起こしていた。
即ち、立ち上がって振り返り、背中にセルシコウを庇ったのだ。
その背中はかつてセルゲンブに立ち向かった時と同じだった。
エゾオオカミにとって相手が強いかどうかは関係ない。
セルシコウがピンチだったらどういうわけかエゾオオカミは必ず助けに来てくれた。
セルシコウにとってエゾオオカミは紛れもなくヒーローなのだ。
「事情はよくわかんねーけどな……」
エゾオオカミはギラリと視線でルターを射抜いた。
ルターはその視線を受けても涼しい顔で言い返す。
「事情が分からないなら引っ込んでいてくれないかな。キミには関係のない事なんだから」
ルターとしては『コレクター』を手に入れた今、セルシコウの身柄を手に入れる為ならばどんな犠牲だっていとわない。
けれど、無駄な犠牲だって出したくはない。
エゾオオカミが引いてくれるのならば見逃すつもりでいた。
が、エゾオオカミはルターに向かって指を三本立てて突き付けて見せる。
「関係ない? そんなわけあるか」
エゾオオカミは一本目の指を折って続ける。
「俺は探偵だ。探偵は依頼を受けたらそれを果たすもんだ。だからルター。お前を止めなきゃなんねえ」
ルターは内心「(探偵……? 依頼……?)」とハテナマークを浮かべていたがそれをおくびにも出さず続きを待つ。
エゾオオカミの立てた指はまだ二本残っていた。
そのうちの中指を折って人差し指を残して続けるエゾオオカミ。
「それにセルシコウは友達だ。困ってるなら助ける。当たり前だろう」
「だが、その友達の為にキミは命を懸けられるというのかい?」
ルターの問い掛けにエゾオオカミは最後に残った指を折り、ルターへ拳を突き付けて告げる。
セルシコウの為に命を懸けるその理由を。
「惚れた女を守るのに命を懸ける理由がいるのかよ」
しばし時間が止まった。
ルターが言葉の意味を吟味し、理解した瞬間、顔が茹でダコのように沸騰した。
まさかこんなところで他人の告白場面に遭遇するだなんて思っていなかった。しかもとびっきり情熱的なヤツに。なんならルターだって言われてみたい。
で、当のセルシコウはといえば目を丸くしたまま固まっていた。
今ばかりは背中の痛みすら忘れているようだ。
ルターとしても出来る事ならその反応を待ってやりたい。
だが……ルターは選んでしまったのだ。通りすがりの悪党となる道を。
だから告白の結果を待つ事は選べない。
「いいだろう! エゾオオカミ君! 僕はキミを敵と認めた!」
―バッ!
ルターは再びポケットからゴールデンタビータイガーの“メモリークリスタル”が付いた香水瓶『コネクトフレグランス』を取り出す。
「キミも狩ってやろう! 全力で! 愛しい人と同じところに送ってやるのがせめてもの情けというものだ!」
対するエゾオオカミも懐からニホンオオカミの“メモリークリスタル”が付いた香水瓶『リンクパフューム』を取り出す。
「ごたくはいいんだよ。さっさとかかってこい」
二人は睨み合い同時に動き出した。
「コネクトフレグランス……」
「リンクハート……」
そして同時に叫ぶ!
「「メタモルフォーゼッ!!」」
二人がそれぞれに香水を手、脚と振りかけていく度にそこがサンドスターの輝きに包まれる。
やがて全身が輝きに包まれて、それが弾け飛ぶ。
「ゴールデンタビータイガースタイル!!」
「ニホンオオカミスタイルッ!!」
そうして現れるのは、ルターの方が豪奢な巻き髪にオレンジのブレザーとチェックスカートのタブルクロスだ。
対してエゾオオカミは茶色の長い髪に同じ色のブレザー、ピンクのチェックスカートのクロスアイズである。
変身を果たした二人は示し合わせたようにずんずんと無造作に歩を進め間合いを詰める。
やがて蹴りの距離を越えて、拳の距離、膝、肘の距離を詰めてもお互いに攻撃を繰り出す事なくさらに接近する。
―ピタリ
ようやく互いの胸が触れ合うくらいの距離で歩みを止めると眼前の相手に向けて互いに視線でバチバチと火花を散らし合う。
「さて、改めて名乗ろうか。僕はダブルクロス。通りすがりの悪党さ」
「そうかよ。似合ってねーぜ」
ダブルクロスにとってクロスアイズの名乗りは必要ではなかった。
既に和香教授が別世界に送った研究データで彼女の事を知っていたのだから。
もしもその通りならば、ハッキリ言って相手にならない。
ダブルクロスの見立てでは、クロスアイズはこの世界のヒーロー達の中でも最弱だ。
それにパワーもスピードもルター達が住んでいた世界における普通のフレンズと同じ程度なのだ。
全てにおいてその二倍のパワーを誇るダブルクロスに敵うはずがない。
「ならば、会って早々で悪いけど……消えてもらおう!!」
先に仕掛けたのはダブルクロスの方だった。
―ブンッ
ダブルクロスは無造作に腕を横薙ぎに振るう。
そのパワーだけでクロスアイズを吹き飛ばせるはずだった。
が……。
―パァン!
クロスアイズは相手の腕を下から跳ね上げた。
ほんのわずかに軌道がそれたところへ身を屈めて懐へ深く潜り込む。
「せぇい!!」
下から打ち上げるように放たれたクロスアイズの掌底を、ダブルクロスは身をのけ反らせてかわした。
「少しはやるようだね!」
バク転を三回決めてダブルクロスは大きく距離を離す。
セルシコウとしていた稽古は確実にクロスアイズの技を強化していた。
今だって身体が勝手に動いてくれた。
かつてのクロスアイズであれば最初の攻撃で簡単に吹き飛ばされていたに違いない。
「(これなら……!)」
思いクロスアイズは構えなおす。
突き出した左拳を前に、右拳を腰だめに。空手の基本となる左半身で腰を落とした構えだ。
パワーもスピードも分が悪い。
ならばクロスアイズが頼るのは技しかない。
だが……。
―ダンッ!
ダブルクロスが地を蹴ったとき、クロスアイズはあまりのスピードにその姿を見失ってしまった。
「技に頼るのなら、さっき戦ったクロスレンジャー・イエローの方がマシだったよ」
声は耳元で聞こえた。
驚き、そちらを振り返ろうとしたところでクロスアイズの目前にダブルクロスの拳が迫っていた。
「うぉっ!?」
体勢を崩しながらも辛うじてその拳をかわすクロスアイズ。
「ほら。イエロー君であれば今の攻防で目ざとく反撃を捩じ込んできたはずだよ!」
ダブルクロスは言いつつ無造作な蹴りを放って来る。
体勢の崩れたクロスアイズではその一撃をかわせない。
―バキィ!
辛うじて両手でガードしたものの、一撃でクロスアイズは壁際まで吹き飛ばされる。
「くっそ……! なんてパワーだよ……!」
しびれる両腕を構う余裕はない。もう既にダブルクロスは追撃を仕掛けんと迫って来ているのだから。
「(このままやられっぱなしじゃあダメだ!)」
このままでは勝機は見えない。
無理をしてでも攻撃へ転じなくてはならない。
クロスアイズは意を決する。
「おおおおおおおおおおおおっ!!」
気合の雄叫びを遠吠えがわりに必殺技である『天上ぶち抜きボイス』を発動させた。
この技はクロスアイズの攻撃力を引き上げてくれる効果がある。
その上でクロスアイズのもつ最大級の技をカウンターで叩き込めれば勝機があるかもしれない。
そう考えたクロスアイズは両腕にサンドスターをかき集める。
そこから放たれるのはクロスハートとクロスナイトの二人から見よう見まねで覚えた必殺技『ワンだふるアタック』だ。
「ワンだふるッ! アタァアアアアックッ!!」
両手の掌を顎に見立てて放つ渾身の攻撃は、だがしかし……
「無駄だよ」
必殺のはずの『ワンだふるアタック』はダブルクロスが無造作にあげた腕に阻まれ、オレンジ色のブレザーにほんの少しの皺を作ったに留まった。
二倍の防御力がクロスアイズの牙を通さなかったのだ。
「さて……それじゃあ!」
そこで攻防は終わらない。今度はダブルクロスの番だ。
ダブルクロスはクロスアイズが突き出した両腕を捕まえた。
「そう簡単に壊れないでくれたまえよ!」
そのまま二倍のパワーでもって振り回し壁へと叩きつけた!
「まだまだぁ!!」
先程は横への振り回しだったが、今度は縦への振り回しだ。
―バキィイイッ!
今度は地面に叩きつけられ、クロスアイズの口から「かはっ……」と空気が漏れる。
「ふぅ。ここまでかな?」
地面に叩きつけられたクロスアイズは既に息も絶え絶えといった様子だった。
これ以上の抵抗はしてこないだろうが、彼女はこの戦いに命を懸けると言っていた。
それは口先ばかりの事ではないだろう。
ならば、トドメを刺すのも武士の情けというものか。
そう思ったダブルクロスは地面に倒れ動かないクロスアイズへ向けて脚を振り上げた。
「やめて下さい!」
その声はセルシコウの物だった。
ようやく呼吸が整ったセルシコウが静止の声をあげたのだ。
「あなたの狙いは私でしょう。あなたの言う事を聞きますから……だから……」
まだセルシコウはまともに動く事は出来なかった。
だからこの場でクロスアイズを助ける為には自身を犠牲にするしかない。
その提案にダブルクロスは一度肩をすくめてみせてから、振り上げた足を戻した。
「まぁ、キミがそう言うのならそうしよう。命拾いしたね、クロスアイズ。せいぜいその命を大切にするがいい」
ダブルクロスは踵を返してクロスアイズへ背を向けてセルシコウの方へ歩んでいく。
「(ちくしょう……!)」
薄れゆく意識の中でクロスアイズはダブルクロスの背中を見ていた。
セルシコウを守りたいというのに身体は言う事を聞かない。
仮に立ち上がれたところで何が出来るというのか。
クロスアイズはクロスハートのようにフォームチェンジによる多彩な戦術を取れるわけでもない。
クロスシンフォニーだったらトリプルシルエットでダブルクロスと互角に渡り合ったはずだ。
クロスナイトだったらその戦闘経験を活かして隙を見計らっただろう。
クロスラピスのように機動力があるわけでもない。
クロスラズリのように圧倒的な怪力があるわけでもない。
それに、セルシコウに鍛えてもらったってその技は彼女に遠く及ばない。
「(ちくしょう……ッ!!)」
クロスアイズには何もない。
だから圧倒的な身体能力を持つダブルクロスを前に一人ではセルシコウを守る事すら出来ない。
「(これじゃあ……あの時と何にも変わってねぇじゃねえか!!)」
かつて商店街にハチの化け物が現れたとき、エゾオオカミはクロスハートに助けられた。
自分の住む商店街を守る為にエゾオオカミは何も出来なかった。
そしてオオセルザンコウ達が商店街にセルリアンを出現させた時だって殆ど何も出来ずにいた。
今だってこの様だ。
だが、今この場には他のどのヒーローもいない。
「今……今やらなきゃダメなんだ……! なんか……なんかねーのか!?」
それでも身体は言う事を聞いてくれない。
もちろんクロスアイズに打てる手もない。
クロスアイズの意識は闇に呑まれようとしていた。
もう目を開けているのも辛くて、クロスアイズはとうとうその瞳を閉じてしまう。
『あるよ。何か』
瞳を閉じた瞬間、クロスアイズの脳裏に声が響いた。
初めて聞く声だが、不思議と馴染みがある気がする。
それよりも今重要なのは、クロスアイズに出来る何かがあるという事だ。
「俺にまだ何か出来るのか……?」
『うんうん、いけるいける』
謎の声が言うと、クロスアイズの閉じたまぶたの裏に三つの人影が見えた。
一つはクロスナイト、一つはクロスラズリ、そしてもう一つはクロスレインボーの姿だった。
「なんだよ。この三人に助けてくれって頼めって事か?」
『違う違う。もしかしたらなんだけどね。この三人に出来る事がエゾオオカミも出来るかもしれないの』
クロスナイトとクロスラズリとクロスレインボーの三人に共通している何か……。
一体何だ。
考えてもクロスアイズには分からない。
謎の声はしょうがないなあ、とでも言いたげに続ける。
『心を燃やすの』
どういう事だ、とクロスアイズは訳が分からない。
『心を燃やして野性を解き放つの』
つまりこの三人に共通する技は……
「野生解放……」
クロスアイズも聞いた事がある。
フレンズが己の野性を解き放ちけものの力を引き出す技の事を。
だが……。
「出来るのかよ……俺に」
こちらの世界に住むフレンズ達はヒトと長い時間を過ごし世代を重ねて来た。
その中でけものとしての本能は薄らぎ、ヒトと仲良く暮らせるようになった代わりにけものとしての力を失っている。
つまりだ。
こちらの世界で生まれ育ったエゾオオカミが野生解放を使う事なんて出来やしない。
エゾオオカミいがいでもこの世界に住むフレンズの誰も野生解放を出来る者はいないだろう。
『出来るよ。だってわたし見てたよ。エゾオオカミが頑張ってるの。ずっとずっと見てた』
謎の声はさらに続けた。それに……と。
『出来るかどうかじゃないよ』
それにクロスアイズも思い直す。
そうだ……。
「やるしかねーんだ!」
今やらなかったら今日まで積み重ねて来たクロスアイズとしての矜持を失う。
それに何よりセルシコウを失う。
「やるしかねーんだぁっ!!」
クロスアイズは痛みに悲鳴をあげる身体を無視して膝を立て身を起こす。
『そうそう。これで勝てたら今日のご飯はマヨネーズ大盛ね』
それを最後にクロスアイズの脳裏に謎の声は聞こえなくなった。
だが、さっきまで話してたのが誰なのかをクロスアイズは理解した。
そして、和香教授がどうしてルターに『コネクトフレグランス』を作ったのかも。
だから決して負けるわけにはいかなくなった。
ここで負ければルターだって本当の悪党になってしまう。
「(立ち上がれ……!)」
だからクロスアイズは痛みを無視して立ち上がった。
立っているのですらようやくだが立たねばならない。
「エゾオオカミ! いいから寝ていなさい!」
セルシコウが叫ぶが、それは聞けない。
ダブルクロスも肩ごしに振り返った。
そして、クロスアイズの瞳を見て驚きに目を見開く。
―バチッ!
クロスアイズの瞳に火花が散ったのだ。
それは野生解放の炎が灯る前兆だ。
それより何より、ダブルクロスの本能が危険を告げている。
先程クロスレンジャー・イエローと対峙した時にすら感じなかった危険をだ。
「行くぜ……」
―バチバチッ!
ルターを本当の悪党にしたくないと願う心に。ヒーローになりたいと願う心に。そして何よりセルシコウを守りたいと願う心に燃料をくべる。
クロスアイズの瞳にさらに激しく火花が散った。
身体能力ではダブルクロスに遠く及ばない。
技ではクロスレンジャー・イエローに遠く及ばない。
それでも、それでも心だけは負けない。
「野生……ッ!」
クロスアイズは叫ぶ。
「解放ッ!!」
―ボッ!!
とうとう火花は炎となった。
クロスアイズの両目に灰色の炎が灯る。
さらにその姿が変化していた。
茶色のブレザーは灰色のジャケットに。肘から先が黄色の布で継ぎ足されたようになっている。
さらにチェック柄はそのままだが、ピンクを基調としたものから灰色を基調としたものに。
長かった茶色い髪は短い灰色のものに。
そして、何より、その顔は普段のエゾオオカミそのものだった。
初めて見る現象にダブルクロスは驚愕の声をあげた。
「な……どういう事だい……!? キミは一体何なんだい!?」
「とっくにご存知だろうが」
しかし野生解放を果たした彼女は静かに告げた。
誇り高きヒーローの名を。
「クロスアイズ。通りすがりの正義の味方だ」
―⑧へ続く。