夏休みもついに終わりを迎えて新学期が始まろうという頃に、エゾオオカミはセイリュウから一つの依頼を受ける。
アオイとコイちゃんのデートを見守って欲しいという依頼をセルシコウと共にこなすエゾオオカミ。
その終わりにセルシコウが東京へ引っ越してしまうという話を聞く。
時を同じくして、かつて和香教授が渡った別世界からマルタタイガーのフレンズ、ルターがやって来る。
彼女は“メモリークリスタル”を解凍するべく、セルリアンフレンズの身柄とセルシコウの持つ“コレクター”を狙っていた。
ルターは市民空手大会に参加していたセルシコウへ狙いを定めて一人でいるところへ襲撃を仕掛ける。
和香教授のところから持ち去った“コネクトフレグランス”を使い、通りすがりの悪党ダブルクロスへと変身するルター。
自身の力と“コネクトフレグランス”の力を合わせたダブルクロスに敗北を喫するセルシコウ。
そのセルシコウを助けに入ったエゾオオカミ。
クロスアイズに変身したエゾオオカミであったが、ダブルクロスの圧倒的な身体能力に苦戦を強いられる。
あわや、という場面でクロスアイズは野生解放を果たしてダブルクロスと互角に持ち込んだ。
最後の最後にダブルクロスを上回り激闘を制したクロスアイズ。
セルシコウのお引越しも実は彼女の勘違いとわかって一件落着となるのだった。
2学期が始まった。
日中はまだ夏が居座っているように思えるが、日が落ちる頃には秋らしさを感じる。
そんな中でも色鳥町商店街は相変わらずの千客万来だ。
中央市場では秋の味覚が居並び、それらは飛ぶように売れて行く。
「今日は何がいいかなあー?」
そんな色鳥町商店街ではちょっと珍しいお客さんが一人来ていた。
薄手のジャンパーにシャツとハーフパンツ、それに伊達メガネとキャップで軽い変装までしている。
菜々だ。
彼女は別な世界からやって来ている。
しかもこちらの世界にいる別世界の同一人物である奈々が商店街に住んでいるわけだから、こうして変装しておかないとややこしい事になってしまう。
そこまでして菜々が買い物にやって来ているのは理由があった。
実は今日、菜々とカラカル、ついでにルターが居候するマンションにハクトウワシ一家が引っ越してくるのだ。
大家さんになるユキヒョウはもちろん、お隣さんになるルリ達もお手伝いに張り切っていた。
そういうわけで、今日は菜々もお手伝いに出ているというわけだ。
菜々の役割はお昼と夕飯の準備である。
「お昼は簡単に食べられるようにおむすびとお味噌汁とかがいいと思うけど、夕ご飯は……うーん」
菜々は悩む。
こういう時には店員さんにオススメを訊ねたりしたら取っ掛かりになりそうなのだが、こちらに住むもう一人の奈々と勘違いさせてもまずい。
なので一人ではどうにも突破口が思いつかない菜々である。
―クイクイ。
そうしていたら、ジャンパーの袖を誰かに引っ張られた。
菜々がそちらを振り返ると……
「あ。やっぱり奈々……じゃない方の菜々」
その相手はキタキツネだった。その後ろにはギンギツネもいる。そしてさらにその後ろにはお使い中だったらしいイエイヌもいた。
ちなみに、キタキツネとギンギツネの二人は菜々がクロスレインボーである事を知っている。その他色々な事情についても同様だ。
なので、安心して話せる相手である事は間違いない。
「それにしても珍しい取り合わせじゃない?」
と菜々は小首を傾げる。
キタキツネとギンギツネの二人は元々商店街に住んでる仲良しキツネコンビだから不思議ではないが、そこにイエイヌが混ざっているとなると話は別だ。
「え? イエイヌはオイナリ校長の会の名誉部員だし一緒にバイトもしたし応援団も一緒にやったし」
「こら。勝手にイエイヌを名誉部員にしないの」
と、キタキツネはギンギツネに窘められてしまうが、どうやら三人は学校でも結構仲良しらしい。
三人が一緒にいた理由はわかったが、何をしていたのだろう、と菜々はまだ疑問が晴れていなかった。
「今日はお使いに商店街まで来たんですけど、お二人も手伝ってくれてたんですよ」
なんだかんだ別世界からやって来たイエイヌもこちらの世界に馴染んで仲良しのフレンズも増やしているという事なのだろう。
菜々とイエイヌもそれぞれ別な世界に住んでいたわけだが、フレンズの成長は彼女も飼育員として嬉しい。
そうして菜々がホッコリしているとイエイヌが逆に訊ねて来た。
「菜々さんはどうしてこちらに?」
「ああ。今日はね……」
菜々はかくかくしかじかと今日の用向きを説明した。
「えぇー!? オオセルザンコウ達、今日お引越しだったの!?」
と驚くキタキツネ。
さすがに学校が違うので、オオセルザンコウ達がユキヒョウのマンションへ引っ越しする事は知らなかった。
「ならお手伝いに行くべきかしら……」
ギンギツネが考え込んでいる横でイエイヌもうんうん頷いている。
「えぇー……ボク、コントローラーより重いものは持った事ないよー」
キタキツネだけはダルそうにしていたが。
三人してお引越しの手伝いに行こうかと張り切っているところに、思わぬところから待ったがかかる。
「みんなー。お手伝いだったらもうエゾオオカミが行ってるから平気平気ー」
そう言って待ったをかけたのは菜々にそっくりな少女、奈々である。
キタキツネとギンギツネは「なるほど」と納得した。
エゾオオカミが最近さらにセルシコウと仲が深まったらしいというのは噂になっている。
であれば、あまり外野が騒ぎ立てずに生暖かく見守るのが一番だというのが商店街の総意だ。
「でさ? 菜々。なんだってそんな変な格好してるの?」
やって来た奈々はキャップと伊達メガネで変装している菜々を見て小首を傾げる。
菜々としてはこちらの世界で暮らしている奈々の為を思って変装していたわけだが、奈々本人にそう言われると肩を落とさざるを得ない。
ところがどっこい奈々は何と菜々の変装用キャップと伊達メガネを取り上げてしまった。
「ちょちょちょ!?」
「大丈夫大丈夫」
慌てる菜々に涼しい顔の奈々。同じ顔が二つ並んだ。人通りの多い商店街だというのに、だ。
途端に周囲からの視線が二人に集中する。
「あわわわ……」
周囲を商店街の店員さん達が取り囲み始めたので菜々はもうパニック状態だというのに、奈々は相変わらず涼しい顔だった。
やがて周囲の店員さんが口を開く。
「奈々ちゃん。こっちの子が……」
「そう。遠くに住んでる従妹のハチちゃん」
奈々の答えに商店街の人達もワッと沸き立つ。
「いやぁー! 本当にそっくりだねぇ! 双子だって言われても納得だよ!」
「奈々ちゃんの親戚って事ならサービスしなきゃあねえ!」
「で、今日は何を買いに来たんだい!」
菜々がポカーンとして傍らの奈々を見ると、イタズラ大成功なんて顔をしていた。
どうやら奈々は同じ顔をした別世界の自分を遠い親戚のハチという事にして根回しまで済ましていたわけだ。
「ハチって……」
「なんか……ね」
ギンギツネとキタキツネはイエイヌの方をチラリと見ながらヒソヒソ苦笑する。
なんだかまるでペットの犬にでもつけるような名前だなぁ、なんて思いながら。
で、当のイエイヌはといえば「?」マークを浮かべている。
「まぁ、これで大手を振ってこの辺りを出歩けるでしょ?」
と奈々が菜々に耳打ちしていた。
奈々だって菜々が気を遣ってあまり出歩かないようにしていたのは知っていたので、こうして気を回したわけだ。
「でもますますややこしい事になっちゃったね」
と苦笑の菜々である。
だがせっかくの気遣いだ。遠慮して無駄にしてしまう事もない。
となれば、まずは思う存分買い物をさせてもらう事にしよう。
「えっと、お引越しの合間に食べる食事には何がいいかなーって……」
菜々は周囲に集まる店員さんに相談してみる事にした。
「それだったら、やっぱり引っ越し蕎麦じゃねーか?」
とはいえ、それはもう食べてしまっている。
「いやー。お昼はおむすびとお味噌汁とお漬物とかで簡単に済ませようかと思ってたんだけど、夕飯に迷ってて……」
菜々の悩みにキタキツネとギンギツネにイエイヌと店員さん達も含めて全員が首を捻って考える。
「あ、あのー……」
と、イエイヌが小さく挙手した。
彼女が持つ買い物カゴを指し示す。
そこには椎茸、エノキ、ブナシメジや白菜などが入っていた。
それを見て誰もが納得する。
「あぁー……鍋物の材料だねぇ」
と奈々がその中身を見て言う。
「なるほど。お引越しが一通り終わった後に皆で鍋を囲むってのはいいかもしれないね」
と菜々も乗り気である。
鍋ならば準備もそこまで大変じゃない。何より大人数にも対応出来る。
「それならやっぱ旬のキノコは外せないよなぁ!」
「豆腐とシラタキだって必須だぜ!」
「メインなら魚も肉もどっちもいいのが揃ってるよ!」
で、例によってあれよあれよと言う間に菜々は鍋物の材料をかなり格安で持たされてしまっていた。
これで菜々の用事はひと段落だ。手伝ってくれた皆にお礼を口にする菜々。
「みんなありがとうね」
どういたしまして、とそれぞれ返事が返って来る。
「そういえば、イエイヌ。今日はともえちゃん達と一緒じゃないんだ?」
思ってたよりも早く用事が済んだので余裕が出来た菜々は気になった事を訊ねてみた。
イエイヌが一人で行動しているのは珍しい気がする。
「はい! 今日はお使いに来たんです!」
イエイヌはえっへん、とドヤ顔だ。尻尾もぶんぶん揺れている。
確かに一人でお使いだなんてかなりの成長だ。
菜々はイエイヌの頭をえらいえらい、と撫でてあげた。
「そっか。もうお使いは済んだの?」
と言いつつも、キタキツネとギンギツネが一緒に案内して回っていたようだからきっとイエイヌのお使いも順調だったのだろうと予想出来る。
「そうですね……。あと一つだけ頼まれたものが見つからないんです」
イエイヌの答えに、そうなの? と菜々はギンギツネとキタキツネの方を見てみる。
「あー……うん。そうね……」
とギンギツネの歯切れが悪い。
何か含んだものがあるような物言いに菜々も何かあるんだろうかと訝しむ。
そんな様子にキタキツネが説明してくれた。
「あのね。けもテモテーが売り切れてたの」
“けもテモテー”とは何だろう?
という菜々の疑問を余所に奈々が別な事を言い出す。
「ああ。そういえば最近かなり品薄だよね」
どうやら“けもテモテー”なる商品が品切れを起こしている事は理解出来た。
「でさ、けもテモテーってなんなの?」
「えっとね。シャンプーの事だよ。無香料タイプの中でも人気あるんだ」
奈々の解説でようやくそれが洗髪剤である事がわかった。
「あー……それは……」
菜々には思うところがあった。
彼女は向こうの世界で飼育員という仕事をしていた。
動物達は匂いに敏感な者が多い。
当然、フレンズもだ。
だから菜々は身に着けるものはもちろん、普段の生活に使う石鹸やシャンプーなどにも細心の注意を払ってきた。
もしも普段使っている物がなくなったらとても困るだろう。
ましてやフレンズ達の洗髪に使うものとなれば尚更である。
「それにしたって、今まで“けもテモテー”が品薄になるなんてなかったよね」
「そうね。色鳥町で作られてるから入荷しないなんて事は今までなかったのにね」
キタキツネとギンギツネも小首を傾げていた。
実は二人も“けもテモテー”を使っている。
今はまだ買い置きがあるので問題ないが、このまま品薄が続けばいずれはなくなってしまう。
「(あれ? もしかして結構なピンチだったりしない?)」
と菜々は考える。
どうやら“けもテモテー”はフレンズ達に大人気らしい。
それの供給が滞っているとなれば、いずれ彼女達の生活に少なからず影響があるに違いない。
菜々の背筋にえも言われぬ冷たいものが走る。
例えて言うなら薄氷の足元から巨大魚が忍び寄って来ているかのような。
「ちょっと調べてみようかな……」
菜々は胸裏に沸き上がった不安に思わずそう呟いていた。
の の の の の の の の の の の の の の
ハクトウワシ一家のお引越しはつつがなく終了した。
宝条家の面々にハクトウワシとセルリアンフレンズの三人。それにエゾオオカミが手伝ったのだからこの結果も当然だ。
そして、菜々が用意した鍋も好評だった。
今は菜々が後片付けの洗い物中である。
「そういえばさ。二人は“けもテモテー”って知ってる?」
菜々は横で洗い物を手伝うルリとイリアに訊ねる。
「うん、うちで使ってるのもそれだよ」
ルリによると宝条家でも“けもテモテー”を愛用しているらしい。
「まだ買い置きはありましたぜ。菜々姐さん、それがどうかしましたかい?」
細長い蜘蛛のような足を器用に使って洗った食器を拭いて戻しつつイリアが答えた。
それに頷きつつ菜々は話を続ける。
「うん。なんか商店街で品薄になってるって噂を聞いて気になっちゃって」
「そういえば、ショッピングモールの方でも最近になって仕入れが減っちゃって困ってるみたいだってユキさんが言ってたかも……」
ルリの呟きで分かった。
商店街での“けもテモテー”欠品はどうやらライバル企業が買占めなどをしているわけではないらしい。
もしかすると市内全域にこの現象は広がっている可能性すらある。
「ってなると、供給側の問題かなぁ?」
いくら人気商品でも製造が追いつかなければ品薄になるのは道理だ。
であれば調べるべきは“けもテモテー”を製造している工場だろう。
「そもそも“けもテモテー”って何処で作ってるの?」
それは途方もない疑問のように思えた。
別世界からやってきた菜々はもちろん、ただの中学生であるルリにだってその疑問に答える事は出来なさそうだ。
そして、それを調べる事も。
「それでしたら、北部のゲンブファームですぜ」
答えは意外にもイリアがあっさりと教えてくれた。
なんで、という視線を向けるとイリアは胸を反らすような仕草をしつつ続ける。
「そりゃあ、あっしは油壺のセルリアンですぜ? オイルの事だったらちょっとばかり他人様より詳しいんです」
「まってまって。なんでオイルに詳しいと“けもテモテー”の事も詳しくなるの?」
菜々としてはそこが分からない。
オイルとシャンプー。一見すると関係ないように思える。
「“けもテモテー”はとある花の種を絞って採る油を使って作られてるから、ですぜ」
「へー。ねえねえイリアさん。それって凄いの?」
ルリも興味をそそられてイリアに訊ねるが、それでイリアのスイッチが入ってしまった。
「そりゃあもう! なんせ玄武花から採れる油は一見すると水のようにあっさりしてるってえのに、ほのかな甘い香りがして、その上品な事といったら!!」
勢いこんでルリに解説するイリア。それを聞きつつ菜々は訊ねる。
「で、その玄武花っていうのが“けもテモテー”の材料ってわけね」
「ですぜ。玄武花は守護けものであるゲンブの加護を受けた土地でしか育たないって言われる花でして、そこから採れる油はレア中のレアってわけでさぁ!」
なるほど、と菜々は納得する。
どうやら“けもテモテー”の品薄について鍵は北部の農業地区であるゲンブファームにありそうだ。
となれば……。
「ゲンブファームかあ。ちょっと行ってみよう」
まずは糸口が見つかれば……。
そう願いつつ、菜々は明日からの予定を考え込むのであった。
の の の の の の の の の の の の の の
一夜明けて月曜日。
昨日が大忙しの日曜日だったからと言って今日が休みになるわけではない。
なので、ルリ達も昨日引っ越して来たばかりのオオセルザンコウ達も迎えにやってきたユキヒョウやエゾオオカミも学校へ行かなくてはならない。
もっとも、エゾオオカミとセルシコウの二人が短い距離でも一緒に登校していく様子は誰もが生暖かく見守るものではあったけれど。
朝の見送りと後片付けも終わって菜々とカラカルも一息ついた。
「あ、そうそう。私、今日は出掛けて来るからお昼の事はカラカルにお願いしてもいい?」
菜々は傍らのカラカルに訊ねる。
「別にそのくらい構わないわよ。面倒みるったってそこの二人だけだものね」
カラカルが視線で指した先には和香とルターの二人がいた。
お昼ご飯を作らせたら食材をダメにするのがルターで、何故か全く別な化合物を合成してしまうのが和香である。
なので二人ともに家事に関しては関わらないのが最大の貢献になってしまう。
「で、何か気になる事でもあるの? 何だったらルターでも連れてく?」
「あー。いいよいいよ。何があるって決まったわけでもないから」
カラカルが何故ルターの同行を言い出したのかと言えば、こう見えてルターは斥候として優秀なのだ。
菜々もカラカルも彼女達の世界でセルリアン達との戦いに明け暮れていた頃はルターの偵察能力に助けられた事も多い。
それでもルターの同行を断ったのにも理由がある。
「それに、和香さんからルターを取っちゃうのも悪いからさ」
ルターはセルリアンとの戦いがひと段落した後は、メモリークリスタルの解凍方法を研究する手伝いをしていた。
決して頭脳労働が得意なタイプとは言えなかった彼女だが、パートナーであるルビーを取り戻したい一心で研究助手を出来るまでになったのだ。
和香の送った研究データを一目で見抜いた程度には優秀だし、その手伝いだって出来る。
家事以外は割と万能なのがルターというフレンズだったりする。
「何をするつもりなのかわかんないけど、助けが必要な時はさっさと連絡しなさいよ」
「うん。ありがとね」
そうしてカラカルの見送りを受けた菜々は出掛ける事にする。
まず向かうのは色鳥市北部の農村地帯だ。
「とりあえず、調べておきたいのはゲンブファームよねえ」
北部農村地帯の殆どは代々守護けものの一人であるゲンブが治める地である。
おそらく玄武花もその直営農場で栽培されているはずだ。
とはいえそこへ行くには一苦労……のはずだった。
本来なら青龍川に掛かる玄武大橋を渡って玄武峠を越えなくてはならない。
が、峠越えの山道は最近開通したばかりの玄武トンネルによって大幅に時間が短縮された。
これによって北部との物流もかなり良くなっている。
「なのに“けもテモテー”だけが品薄になるなんてやっぱり変だよね」
バスに揺られながら考えているうちに菜々は色鳥市北部へ到着した。
降り立ったバス停では空気感が少々違う。
まず土の匂いが濃い。
菜々の世界のように自然そのもである土の匂いではなく、管理された田園の匂いというのはまた少々趣きが違うように思う。
しかし、いつまでもこうしてはいられない。
まずはどこから調べたものか。菜々は辺りを見回す。
「およ?」
と、気になるものが見えた。
沢山の書類を両手いっぱいに抱えて、同じバスから降りて来たフレンズだ。
書類を今にもこぼしそうでとても見ていられない。
「あわわわ……」
菜々の見ている前で、こぼれそうになった書類を抑えようとして、さらにバランスを崩す。
このまま放っておけばそのフレンズは盛大にすっ転んだ上に手にした書類もぶちまけてしまうし、今日は気持ちのいい秋風が吹いているからぶちまけられた書類を飛ばされてしまうのは必至だ。
が、そうはならなかった。
「大丈夫?」
菜々があっと言う間に間合いを詰めて、そのフレンズが転ばないように支えていたからだ。
「あ、あれ? ありがとうございま……」
何が起きたのかわからない様子のフレンズだったが、ハタと気が付いた。その両手に抱えた書類が無くなっている事に。
「ああああああ!?」
それに気付いた瞬間慌てるが……。
「はい、これ」
と、フレンズの眼前にまとめた書類を差し出す菜々。
彼女にとってはこのくらいの芸当なら変身するまでもない。
「あ、ありがとうございます……?」
しばらく何が起きたのか分からずにキョトンとしているフレンズだったが、どうやら助けられたらしい事を悟ると打って変わってペコペコと頭を下げだした。
「あわわわ、助けていただいてありがとうございます! わ、わたしはアカミミガメといいます!」
なるほど、緑がかった髪色のおかっぱ頭にのんびりした性格はカメ系フレンズの特徴だったわけだ、と納得の菜々。
「どういたしまして。私は菜々。ええと……通りすがりの飼育員、かな」
言いつつ菜々はアカミミガメと名乗ったフレンズに取り落しそうになっていた書類をあらためて渡した。
「助かりました。書類の見直ししてたら降りるバス停になってて、慌てて降りようとしたら転びそうになって……書類失くしてたら大変なところでしたよぉ」
やはりカメ系のフレンズなのか、少しのんびりした印象があるアカミミガメである。
慌ててしまうとその分ミスが多くなりそうでもある。
やはり飼育員という職業上、こうしたフレンズの困りごとには菜々だって敏感だ。
「なんだか大変そうだね。何か手伝える事ある?」
菜々にも用事はあるが、かと言って具体的にどう行動するかはまだ決めていない。
一方でアカミミガメは見たところ、この付近で仕事をするらしい。という事はこの辺りの土地勘があると期待してもよさそうだ。
ならば行動の取っ掛かりとしてアカミミガメの手伝いをするというのも決して悪くはないだろう。
何より困っているフレンズの力になれる。
「いやぁ、でも、見ず知らずの人に悪いですよぉ……」
まだ遠慮するアカミミガメだったが、菜々にも実は引き下がれない理由がある。
それは先程拾ったアカミミガメの書類に気になる文言が見えたからだ。
そこには確かにゲンブファームの文字が見えた。
という事はアカミミガメはゲンブファームの関係者である可能性が高い。
これは思わぬ幸運というものだ。
「気にしないで。ちょうど私も手が空いてたところだし」
それに、と続ける菜々はいい笑顔と共に続けた。
「こう見えても私、通りすがりの正義の味方でもあるから」
―後編へ続く
大分お時間が空いてしまい申し訳ありません。
最近忙しい日々が続いておりますがどうにか隙間時間を見つけて書き続けていました第29話をようやくお届けできます。
まだまだ忙しい日々が続きそうですが、お楽しみいただければ幸いです。
後編は書き溜め分があるので近いうちにお届けできるかと思いますのでお待ちいただければ幸いです。