けものフレンズRクロスハート   作:土玉満

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第29話『菜々の色鳥忍法帳』後編

 菜々とアカミミガメの降り立ったバス停はかなり大きな駐車場になっていた。

 まず、産直市などの観光客向けの施設があり、ここがバスターミナルとしても機能しているようだ。

 近くに見えるいくつかの大きな倉庫は採れた農産物を一旦保管したり出荷準備する為の施設でもあるのだろう。

 バスの他にもタクシープールには何台かのタクシーも停まっている。

 

「あ、お願いしまーす」

 

 アカミミガメがサッと手を挙げると、察したタクシーの一台が彼女達へドアを開ける。

 菜々とアカミミガメはそこへ乗り込んだ。

 

「で、何処に向かうの?」

「ええとですねえ。ゲンブ様のところへ戻って報告しようかと。菜々さんは時間もあるみたいですから助けてくれたお礼もしたいですし」

 

 アカミミガメの返答に、やはりビンゴだと菜々は内心ガッツポーズだ。

 ゲンブファームの主であり、守護けものの血を引くゲンブに出会えるというのならば“けもテモテー”が品薄になっている原因の手がかりを聞けるかもしれない。

 タクシーが少し走るともう辺りには田んぼや畑、ビニールハウスなどしか見えなくなってくる。

 田園風景が続いているが、ふと気になるものが菜々の目に留まった。

 背の高いビルのような建物がチラホラ見られるのだ。

 だいたい5階建てくらいになるだろうか?

 都会の高層建築に比べたら高いとは言い切れないが、平坦な田園地帯にあるとイヤでも目を引く。

 

「ねえねえ、アカミミガメ。あの建物ってなに?」

「ああ。あれは農業工場ですねえ」

 

 農業工場とは屋内で農産物を栽培する施設だ。

 屋内なので環境維持や病害虫の抑制もやりやすい。

 そして季節に関係なく様々な植物を栽培できる。

 

「内部は徹底した機械化で24時間常にAIやドローンが栽培を続けているんですよ」

 

 得意満面でアカミミガメは続けた。

 

「オートメーション化の恩恵は一次産業でこそ最も大きい……ってゲンブ様の受け売りですけど」

 

 てへへ、とアカミミミガメは頭を掻いた。

 どうやらゲンブファームの主であるゲンブはやり手であるらしい。

 もしかしたら、“けもテモテー”に起こっている異常についても既に何かを知っているかもしれない。

 これはますます会うのが楽しみだ。

 タクシーが走る事数十分。

 やがて生垣に囲まれた豪勢なお屋敷が見えて来た。

 大きな門扉から中へ入ると白の玉砂利が敷き詰められた立派な庭園に平屋建てとはいえ和風の大きな屋敷。

 物珍しさにキョロキョロしながらアカミミガメの後へ続く菜々。

 ガラガラと玄関を開けて中へ入ると勝手知ったる様子で客間へと通された。

 これまた立派な客間で待つ事少々。

 

「お待たせしました」

 

 現れたのは黒い和服に白い髪をしたフレンズだった。意思の強さが見て取れる吊り目は別な世界からやって来たセルゲンブとも似ている。

 彼女がゲンブファームの長、玄武ゲンブであろう。

 

「ウチの秘書が世話になったようで。まずはお礼を言わせて頂きます」

 

 どうやらアカミミガメはゲンブの秘書をしているらしい。

 

「少々のんびり屋なところはありますが、あの子もアレで中々優秀なのですよ」

 

 菜々の内心を察したのかそう言って微笑んで見せるゲンブ。

 で、とゲンブは続けた。

 

「今日はどういったご用向きでしょう? クロスレインボー」

 

 どうやら色々と事情は通じているらしい。

 同じ守護けものの血を引くセイリュウには菜々の正体も明かしているわけだから、ゲンブが知っていたとしても不思議ではないのかもしれない。

 

「これでも一応この地を守る守護者でもありますから」

 

 そう言ってイタズラっぽい笑みを浮かべて見せるゲンブ。

 菜々としては反応に困ってしまう。

 話が早いのは助かるが、それがセルリアン絡みの問題なのかどうかわからないからだ。 

 とはいえ、菜々の事情を隠すよりも全てを相談してみた方がよさそうである。

 そういうわけで菜々はかくかくしかじかと話を始めた。

 

「なるほど……。異世界の守護者である貴女が出張って来たのですから、てっきり怪異絡みかとも思いましたが……」

 

 事情を聞いたゲンブは小首をかしげながらタブレットを取り出すと数度操作して眉をひそめると……

 

「アカミミガメ」

 

 とアカミミガメを再度呼び出す。

 すぐにあらわれたアカミミガメはゲンブの求めに応じてノートパソコンを取り出してモニターをゲンブに向ける。

 

「実は私も“けもテモテー”が品薄らしいという噂は聞いていました。今日はアカミミガメに調査をお願いしていたのですが……」

 

 どうやらアカミミガメはゲンブから指示された調査の帰りに菜々と出会ったらしい。

 モニターに表示されたデータを一瞥したゲンブは眉をひそめてからノートパソコンを回転させて菜々にも示して見せた。

 菜々が画面を覗き込んでみると、季節を問わず安定していた出荷数量を示すグラフが最新のもののみガクリと落ち込んでいるではないか。

 

「先月の月時報告では特に問題なさそうでしたが、明らかに異常ですね」

 

 とゲンブは断定してみせた。

 

「となると、加工場か原料の栽培のどちらかに問題があると言わざるを得ません」

 

 ゲンブがアカミミガメへ視線を送れば頷きが返って来る。

 

「ならばアカミミガメ。帰ってばかりで申し訳ないですが“玄武花”の栽培畑と加工場を調査してきて下さい」

「かしこまりました。ゲンブ様」

 

 恭しく頭を下げるアカミミガメ。

 その姿に菜々は北部農村地帯を取り仕切る玄武家の姿を見た気持ちだった。

 となれば……

 

「あのさ、ゲンブ様。アカミミガメ」

 

 菜々は一息を置いてから言った。

 

「その調査、私も手伝っていい?」

 

 と。

 その提案にゲンブはしばし思案する。

 

「ですが、クロスレインボー。いいえ、菜々。今回は明らかに怪異の仕業というわけではないでしょう。あなたが骨を折る理由はないはずですよ」

 

 しかし菜々はふるふると首を横に振ると指を二本立てて見せた。

 突然のVサインにゲンブもキョトンと目を丸くする。

 

「理由は二つ。今、私が居候させてもらってる家でも“けもテモテー”を使ってるから早く元に戻ってもらわないと困っちゃうの」

 

 そして菜々は人差し指だけを残して続ける。

 

「それにね。私は通りすがりの正義の味方でもあるけど、飼育員でもあるの。困ってるフレンズがいたら力になってあげなきゃ」

 

 

の  の  の  の  の  の  の  の  の  の  の  の  の  の

 

 

「ふぅーん。で、これから“玄武花”を育ててるトコに調査しに行くってわけね」

『そうそう。多分お夕飯までには帰れると思うけども、もし遅れたら先に食べててね』

 

 おうちの掃除中だったカラカルは電話で菜々からこれまでの経緯を聞かされていた。

 電話からかすかに聞こえる走行音から、どうやらタクシーに乗っている最中のようだ。

 どうやらゲンブが手配してくれたタクシーにアカミミガメと一緒に乗って移動中らしい。

 ゲンブはと言えば、お留守番だ。

 彼女には玄武花の他にも沢山の仕事もあるし、もう少し時間が過ぎればゲンブの娘も帰宅するそうだ。

 となれば、まだ中学生だという娘の帰宅を出迎えたいというのが親心というものだろう。

 “玄武花”の調査は菜々とアカミミガメの二人に託されたわけだ。

 

「でも、菜々。アンタに何か出来る事ありそうなの?」

 

 カラカルは電話の先にいる菜々へ訊ねる。

 なんせ彼女はクロスレインボーとしてセルリアンとの戦いは得意でも、調査となるとどうだろうか。

 

『まぁ、行ってみれば何とかなるよ。きっと』

 

 カラカルの心配に対して菜々の方は楽観的だ。

 出来る事があるかどうか。それは実際に現場を見てみないと何とも言えない。

 

『鬼が出るか蛇が出るか、出たら出たで出たとこ勝負だよ』

 

 それに、と菜々は胸中で思う。

 クロスレインボーはニンジャなんだから諜報活動はお手の物のはずだ、と。

 

『じゃあ、そういう事でなるべく早く帰るから』

「はいはい、じゃあ気を付けて」

 

 こうなったら菜々は退かない。

 なんせ彼女はフレンズのお世話をする飼育員なのだから。

 困っているフレンズがいたなら手を差し伸べるのが菜々である。

 

「とはいえ……」

 

 電話を終えたカラカルは考える。

 菜々はたまにドジだったりもする。

 ご愛嬌と言っていいレベルではあるけど、それでも心配性……いや、警戒心の強いカラカルにとってはこのまま任せっぱなしにしているのも何だかソワソワしてしまう。

 

「んー……」

 

 掃除中だったカラカルは持っていたハタキで肩をポンポン叩きつつどうにも座りの悪い思いをしていた。

 別に菜々だったら任せて平気だとも思うけれど万が一という事だってある。

 かと言って、カラカルが手助けに行くというのもダメだ。

 今日はルリは学校なのだから夕飯の準備をするのはカラルしかいない。

 和香は暇だろうから手助けに向かわせてもいいだろうが、彼女は雑だ。おそらく今回の件には向いていない。

 しばらく考えたカラカルは……

 

―ポン

 

 と手を打った。

 こういうのに打ってつけでしかも手が空いてるどころか和香教授の手伝いもなくて暇を持て余していそうなのがいたのを思い出したのだ。

 しかも、彼女が出払ってくれれば掃除が捗る。

 一石二鳥、さすが飛ぶ鳥を落とすと言われるカラカルのフレンズだけの事はある。

 ニヤリとしたカラカルは早速行動に移った。

 

 

の  の  の  の  の  の  の  の  の  の  の  の  の  の

 

 

「ふぇー」

 

 菜々の目の前には不思議な光景が広がっていた。

 ここは“玄武花”の栽培工場だ。アカミミガメと菜々の二人はその制御室へとお邪魔していた。

 制御室の中からガラス窓一枚隔てた先では床から沢山の花が生えているように見える。

 白い花を咲かせた“玄武花”がズラリと列を為して並んでいた。

 その列がいくつもいくつも広がって、リノリウム張りの床と咲き誇る花のストライプ模様を描いている。

 

「ここは水耕栽培で“玄武花”を栽培しているんですよ」

 

 アカミミガメが得意気に解説してくれる。

 安定栽培の為に何度も何度も改良を重ねてきた施設である。他人に披露するともなればドヤ顔にもなろうというものだ。

 

「でも、パッと見た感じ何か問題があるようには見えないんだけどなあ……」

 

 菜々がガラス窓の先を眺めて言う。

 何台ものドローンが飛び交って栽培状況の監視や薬剤散布から受粉作業や剪定、収穫などを行っていた。

 そこに滞りがあるようには見えない。

 ここは屋内栽培場の制御室だ。

 徹底した自動化をしているから、常駐する作業員は一人いれば充分稼働する。

 

「工場長さん。最近変わった事はないですか?」

 

 アカミミガメが常駐職員である工場長さんに訊ねる。

 作業着を着た恰幅のいいおじさんで、わかりやすく言うならエビス様を彷彿とさせる男性だった。

 

「はい。特に問題はないですね。環境維持も正常値ですし、ドローンの稼働も問題ないです。収量だってほら、問題ありませんよ」

 

 工場長さんがパソコンを操作して菜々とアカミミガメにデータを示して見せた。

 菜々にはそのデータを見せられても問題があるのかないのか判断がつかないので横のアカミミガメへ視線をやる。

 

「ええと……確かに問題なく収穫までされてるようですね」

 

 アカミミガメの読み解いたところによると、収穫までは問題ないらしい。

 となると……

 

「その先って加工だよね?」

「ええ、併設の施設で植物油を精製しています」

 

 菜々の疑問にアカミミガメが頷く。

 そちらの加工施設も同じように自動化されていてこの制御室で管理されている。

 

「ですが、加工の方も問題なく行われていますよ? その先の工程でも何の問題もないですし……」

 

 工場長さんが示したデータではそこも問題ない。

 アカミミガメも収穫から加工、梱包、出荷までのデータを一通り眺めてみたものの工場長の言う通り何の問題もない。

 

「となると……出荷した先で問題が?」

 

 この後、“玄武花”から抽出した植物油は様々な工場に納入され、これまた様々な製品に添加されていくのだ。

 その出荷先で何かしら問題があれば“けもテモテー”だって製造できない。

 だが、データ上はどこにも問題がない。なのに“玄武花”は加工工場までは届いていないのだ。

 八方塞がりである。

 しばし考えた菜々はポンと手を打つ。

 

「ねえ。そもそもデータが間違ってないっていう保証……ないよね?」

 

 菜々の言葉にアカミミガメもハッとした。

 もしもデータだけを改竄して一見何の問題もないように見せたとしたら……。

 そうすれば、この不可解な状況も全て説明がついてしまう。

 それが出来るのはたったの一人……。

 

「お気づきになってしまいましたか……」

 

 先程まで温和に話していたはずの工場長さんがガクリと首をうなだれさせた。

 

「くっくっく……バレてしまっては仕方ありません……」

 

 工場長はガクリと首をうなだれさせたまま……

 

―パンパン!

 

 と、二度手を叩く。そして叫んだ。

 

「先生がたー! 先生がたー! お願いします!!」

 

 途端、先程まで栽培作業に従事していたドローン達が制御室へ雪崩れ込んで来た!

 

「えええ!? ど、どういう事ですか!?」

 

 慌てるアカミミガメを庇うように菜々が前へ出る。

 それに構う事なく、工場長さんはうなだれた首をガッと勢いよく上げると宣言した。

 

「あなた方を帰すわけにはいかなくなってしまったようです」

 

 その目に宿る輝きが明らかに尋常ではない。

 一体どうやってドローンを操作しているのかわからないが、このままでいれば危険な事は間違いあるまい。

 

「ここは一旦……!」

 

 菜々はアカミミガメの身体を引っ張り寄せて抱きかかえると……

 

「逃げるよ!」

 

―ガシャアアン!

 

 制御室のガラスを蹴破って栽培場へと逃げ出した。

 

 

の  の  の  の  の  の  の  の  の  の  の  の  の  の

 

 

―ブィイイン……

 

 沢山のドローン達が菜々とアカミミガメの頭上を飛び回る。

 現在、菜々とアカミミガメは栽培棚のわずかな隙間に身を潜ませていた。

 だが、ドローン達に見つかるのも時間の問題だろう。

 

「なんで……工場長さんが……。そんな……」

 

 アカミミガメはまだこの事態についていけていないようで呆然としている。

 なんせ工場長さんはここの責任者を任せられる人だ。

 ゲンブの信頼も篤い人物のまさかの裏切りだったのだから信じられないのも無理はない。

 

「さっきの工場長さん、明らかに変だった」

 

 菜々の呟きにアカミミガメもようやく顔を上げた。

 だが、それ以上の事は何も分からない。

 だから、今は……

 

「とりあえずここから逃げよう」

 

 菜々の提案にアカミミガメも頷いた。

 菜々がクロスレインボーに変身すれば、ドローンの囲みを突破するくらいは簡単だろう。

 けれど……

 

「ちょっとドローンとか壊しちゃうけど、いい?」

「あー……出来れば避けてもらえると……その……結構高いので……」

 

 菜々としてはそんな事言ってる場合かなあ、とも思うのだけれど、アカミミガメにとっては一大事なのだろう。

 その願いを無碍にも出来なかった。

 そうやって逡巡していると……。

 

「そろそろ隠れんぼは終わりにしませんか」

 

 工場長さんも栽培場へと降りてきていた。

 どうやら既に二人が隠れている場所の見当もついているようだ。

 

「ま、仕方ない。アカミミガメはここに隠れててね」

 

 菜々は一人、栽培棚の下から出て工場長さんと対峙する。

 

「さあ、出て来たよ」

「おや、往生際のよい事で」

 

 工場長さんはエビス様を彷彿とさせる目尻をさらに下げた。

 そして、再び両手を鳴らそうと構える。

 

「待った」

 

 と菜々がそれを制した。

 

「なんでこんな事したの? 教えてくれてもいいよね? ほら、冥土の土産、ってヤツで色々解説してくれるのがお約束じゃない」

「なるほど、それもそうですね。いいでしょう」

 

 言ってみるもんだなあ、という菜々の胸中はしまわれたままだった。

 

―ガクン。

 

 途端、工場長さんは糸の切れた操り人形のようにその場に崩れ落ちた。

 そして、黒い水のような物がその身体から滲み出て来る。

 

―モゴモゴ

 

 その水はあっという間に形を変えて人型へと変化した。

 古風な羽織りと袴を着た恰幅のよい体形だったが、顔だけが人ではなかった。

 本来顔があるべき場所には紐で巻かれた布製の何かが鎮座している。

 もしも菜々に知識があったのなら、それは江戸時代に使われていた財布である事が分かっただろう。

 

「はじめまして。手前は小さいながらこの地で商いを営んでおりますエチゴヤリアン、と申します」

「あ、それはどうもご丁寧に……」

 

 恭しく一礼をされて菜々も思わず返礼してしまった。相手はセルリアンなのにね。

 瞬間……!

 

「こちらはつまらない物ですが」

 

 菜々がほんの一瞬意識を逸らした瞬間に、エチゴヤリアンがいつの間にやら間合いを詰めていた。

 あと一歩を踏み込めば菜々の喉元へ手が届くといった距離。

 

「つまらないものですが、お近づきの印によかったらどうぞ」

 

 必殺よりも一歩手前という絶妙な距離感からエチゴヤリアンが両手で菓子折りを差し出して来た。

 

―パカリ

 

 勝手に開いた菓子折りからは目も眩まんばかりの黄金の輝きが溢れ出す!

 

「貴女様のお好きな山吹色のお菓子にございます」

 

 中には紙を巻いて束ねられた小判がギッシリと詰まっていた。

 これはエチゴヤリアンの技の一つ“ソデノシタ”である。

 黄金の魅力で人を惑わし催眠状態へと陥らせて意のままに操るという恐ろしい技なのだ。

 この技を使い工場長さんも操っていたというわけである。

 

「(くっくっく。この技は人間が持つ金銭への欲求を巧みにつく。いまだかつて一度たりとも外した事のない必殺技よ!)」

 

 エチゴヤリアンは自分の勝利を確信した。

 あとは隠れているゲンブの側近を探し出して同じように自分の支配下へ置けばよい。

 が……。

 

「ええと……ごめん。なんか食べられそうに見えないんだけど……」

 

 菜々はキョトンとしていた。

 

「あれ? ええと……山吹色のお菓子にはご興味ない……?」

 

 エチゴヤリアンも思わずキョトンとしていた。

 

「そもそもこれ……なに?」

 

 菜々は困惑のままに訊ね返す。

 エチゴヤリアンの“ソデノシタ”は黄金の魅力でもって対象の心を惑わす。

 が、そもそもセルリアンとの戦いが激しかった別世界で育った菜々には小判の魅力というのがイマイチよくわからなかったのだ。

 菜々はニンジャではあるけれど忍者ではないのでしょうがないね。

 

「ええい……!! こうなれば!!」

 

―バッ

 

 大きくバックステップで距離を取り直すエチゴヤリアン。

 両手をスッと構えて、そして二度。

 

―パンパン!

 

 と手を鳴らすと叫ぶ。

 

「先生がたー! 先生がたー! お願いします!」

 

 すると、無数のドローン達が再びエチゴヤリアンを守るように飛来する。

 こちらはエチゴヤリアンのもう一つの技、“ヨウジンボウ”である。

 機械や支配下においた者を思いのままに操り戦わせる技だ。

 続けてエチゴヤリアンは菜々に向けてビシリ、と指を差し向けると宣言した。

 

「先生方! やっちまって下さい!」

 

 その叫びに従って多数のドローン達が菜々へ向けて殺到し群がり、その姿を覆い隠す。

 さながらミツバチがスズメバチに対抗する為に作り出す蜂球のようだ。

 ドローンが群がっているから菜々の安否はわからない。

 が……。

 

―ポトリ

 

 と一機のドローンが地面に落ちたのを皮切りに、ボロボロとその全てが墜落して動きを停めた。

 その後から姿を現したのは菜々ではなかった。

 オレンジ色の着物。同じ色の袴は足先に向けてわずかに膨らみ、ふくらはぎ辺りから脚絆でまとめられていた。

 そしてサイドテールでまとめられたレモンイエローの髪。まとめられたテールの逆側にはキツネを模した面が横被りにされている。

 さらにその頭には毛先だけが黒いキツネの耳。そして尻尾も豊かな毛並みで膨らみを見せるキツネの物が生えていた。

 まるでニンジャのようなその姿こそ……。

 

「通りすがりの正義の味方。クロスレインボー。推参ってね」

 

 クロスレインボーキタキツネモードである。

 ただの小娘と思っていた菜々の変身にエチゴヤリアンは慌てふためく。

 だが、先程倒された物より数倍はいるであろうドローンがまだまだ健在だ。

 

「ええい! 通りすがりの正義の味方とてかまいやしません! 先生方! やっちまっておくんなさい!!」

「だから無駄だったら」

 

 先程とは比較にならない数のドローンが飛来するもののクロスレインボーは至って冷静だった。

 

「忍法! 木の葉手裏剣!」

 

 クロスレインボーの叫びと共に、一陣の風が巻き起こり、それに巻き上げられた無数の木の葉がドローン達を迎撃していく。

 ドローン達は再びボトボトと地に落ちていった。

 しかも今度は視界を埋め尽くしていたドローン達全てが、だ。

 つまり……

 

「全滅……だと……!?」

 

 エチゴヤリアンはその結果に呆然とする事しか出来ない。

 次は自身の番に違いない。

 と、思ったら……

 

「あぁー!?」

 

 意外なところから声があがった。

 隠れていたアカミミガメがドローンの全てが落ちた事にショックのあまり声をあげてしまったのだ。

 数機ならともかく、工場中のドローン全部修理となったらいったいいくらかかるのか、考えただけで頭が痛い。

 

「(チャンス!)」

 

 そこにエチゴヤリアンは勝機を見出した。

 

「修理代の事なら手前どもにお任せを。その代わり例の件……お願い致しますよ」

 

 いつの間にやら、エチゴヤリアンはアカミミガメの背後に回り込んでいた。

 そしてその耳元に囁くようにしつつ、目の前に先程袖にされてしまった山吹色のお菓子を差し出す。

 と、アカミミガメの目から光が消えた。

 そして……

 

「ふっふっふ。エチゴヤリアンさん。そなたもワルですねえ」

「いえいえ。貴女様ほどでは」

 

 言いつつ二人して高笑いを上げる。

 今度はクロスレインボーが呆然とその光景を見守る番だった。

 

「さあ、先生! それではお願いしやすぜ!」

「どぉれ。軽く一捻りしてやりますよ」

 

 エチゴヤリアンがビシリと指さす先、クロスレインボーの方へ向けてアカミミガメがゆらりと歩み出る。

 エチゴヤリアンの“ソデノシタ”によって支配下に入れられ“ヨウジンボウ”によって操られているのだ。

 

「曲者め! そこになおれい!」

 

 アカミミガメの右手に亀の甲羅を模した大きな盾が現れる。

 “ヨウジンボウ”によって操られた事でフレンズ本来の力を引き出されているのだ。

 

「シールドッ! バアァアアッシュ!!」

 

 そのまま盾を構えて突撃してくるアカミミガメ!

 

「うわわっ!?」

 

 幸い、スピードはそれ程ではないからクロスレインボーはジャンプ一番、飛び上がってその攻撃をかわした。

 しかしこれはまずい。

 アカミミガメは操られているだけだから傷つけるわけにはいかない。

 ならばどうするか。考えているうちに……。

 

「ふ。甘いですよ! シールドブーメランッ!!」

 

 アカミミガメが手にした甲羅型の盾を空中に逃れたクロスレインボーに向けて投げつけて来た。

 まさか追撃が来るとは予想していなかったクロスレインボー。

 空中では逃れる術もない。

 クロスレインボーはただガードを固めるしかなかった。

 彼女に向けて飛ぶ甲羅型のシールド。激突する寸前……

 

「なっ!?」

 

 アカミミガメが驚きの声を上げる。

 クロスレインボーの姿が消えたからだ。虚しく空を切った甲羅型の盾は大きく弧を描いてアカミミガメの手へと戻る。

 

「やあ。危ないところだったね」

 

 新たな闖入者にアカミミガメは身構える。

 クロスレインボーをお姫様抱っこしているところから察するに、彼女が空中でクロスレインボーをかっさらっていったのだろう。

 対するクロスレインボーはというと何故か呆れ顔だった。

 

「マルタタイガー。貴女、出て来るいいタイミングを探ってたでしょ」

「せっかくだから、格好よく登場したいからね」

 

 クロスレインボーの指摘にも新たな闖入者ことルターは悪びれる様子もなく続けた。

 

「カラカルに言われてね、クロスレインボー、キミを手伝いに来たのさ」

 

 それにクロスレインボーは「ああ、結局和香さんの手伝いが無くて家でゴロゴロしてたから掃除の邪魔になったんだな」と察した。

 そしてそれはほぼ正解ではあった。

 ただ、助かったのも事実ではある。

 

「ええい!? 貴様何者じゃ!?」

 

 せっかく大逆転のチャンスに現れた闖入者にエチゴヤリアンは地団駄踏んで苛立ちをあらわにする。

 それに応える代わりに、ルターはブレザーのポケットから豪華な飾りのついた香水瓶を取り出す。

 

「コネクトフレグランス……メタモルフォーゼッ!」

 

 と、同時、ルターの姿をサンドスターの輝きが包んだ。

 それが晴れると現れたのはオレンジ色のブレザーとチェック柄のスカートそして豪奢な巻き髪のフレンズである。

 

「ゴールデンタビータイガースタイルッ!」

 

 明らかに強そうな雰囲気に気圧されてエチゴヤリアンは一歩を退いた。

 それに構う事なく変身を果たしたルターは一歩を踏み出しつつ言う。

 

「さて、何者だ、と聞かれたならば応えなくては美しくない」

 

 ルターは芝居がかった調子で一礼をしつつ宣言する。

 クロスジュエルチームの皆で考えて割とあっさり決まった呼び名を。

 ダブルクロスに代わる自身の名を。

 

「クロスローズ。通りすがりの正義の味方さ」

 

 天然石のローズクォーツから取った名前ではあるが、いつもバラを持ち歩いているルターにはピッタリだったので満場一致で可決した呼び名である。

 そしてクロスローズの名に恥じる事なく、彼女の必殺技は……

 

「百花繚乱ッ!!」

 

 である。

 クロスローズが手をかざすとそれに従ったように無数の薔薇が周囲を埋め尽くし、視界を塞ぐ。

 視界を奪われたエチゴヤリアンが焦って叫ぶ。

 

「先生ッ! 先生ッ!! 数が増えても構う事はありません! やっちまって下さい!」

「って言われても……」

 

 アカミミガメだって命令されても視界一杯に薔薇の花吹雪が舞っていてはどうしようもない。

 彼女が戸惑っているうちに……

 

「美しいお嬢さん。キミに悪党の手先は似合わないよ」

 

 花吹雪に紛れて接近していたクロスローズがアカミミガメの顎に手をあてて囁いていた。

 いわゆる顎クイというやつだ。

 

「は、はい……」

 

 花吹雪舞う状況でそんな事をされては操られている状態のアカミミガメでも目がハートマークになっていた。

 ルター……もといクロスローズは女性にいつもこんな言動をする。

 和香教授譲りの行動ではあるのだが、見習った人と同じで耐性のない者にその効果は抜群だ。

 

「ではあとは任せるよ。クロスレインボー」

 

 クロスローズはアカミミガメをお姫様抱っこにするとそのまま大きく飛び退る。

 と同時、百花繚乱による花吹雪も嘘のように消え去った。

 

「あ……あれ?」

 

 あとに残るのはただ呆然とするエチゴヤリアンただ一人である。

 

「転身……ッ! チーターモードッ!!」

 

 対するクロスレインボーは既に必殺の構えに入っていた。

 纏う忍者装束はヒョウ柄に変化し、草履からは床をガッチリと掴む爪が引き絞られた弓弦のように力を解き放つ時を待っている。

 そしてその指先には猫科の鋭い爪がギラリと輝いていた。

 

「瞬・閃・撃ッ!!」

 

 必殺技の宣言と共にクロスレインボーは一条の矢となってエチゴヤリアンへ飛び込んだ。

 

「ヒ、ヒィイイイ!? 命ばかりはお助けぉおおおお!?!?」

 

 というエチゴヤリアンの悲鳴を無視する形でクロスレインボーの爪が振るわれて……

 

―パッカァアアアン?

 

 と小気味のよい音と共にエチゴヤリアンはサンドスターの粒子へと還っていった。

 

「……んー……?」

 

 クロスレインボーは一刀の下にエチゴヤリアンを撃破した自らの手をワキワキと開いたり閉じたりする。

 その様子にアカミミガメを抱えたクロスローズが近づいて来た。

 

「どうかしたかい?」

「いやぁ……なんか手応えが変だったような気がしたなあ……って」

 

 クロスレインボーの返事にクロスローズも周囲に漂うエチゴヤリアンの残滓をあらためて見てみる。

 だが、特に何かおかしな点は見当たらなかった。

 だからこう結論付けた。

 

「きっと気のせいさ。セルリアンも倒したのだからこれで一件落着だろう」

「そうかな……」

 

 クロスレインボーもしばらく考えたが、確かにセルリアンは倒した。

 その支配下に置かれた工場も元に戻るだろうし、工場長さんもじきに目を覚まして正気を取り戻すだろう。

 撃破してしまったドローンの修理代の事はあるだろうが、一応交換しやすそうなプロペラなんかを狙っているからそこまで手間でもないだろう。

 ということは、そのうち“けもテモテー”の供給も元に戻るという事だ。

 つまりはクロスローズの言う通り一件落着なのである。

 

「そうだね」

 

 クロスレインボーも同じように結論付けた。

 あとは相変わらず目がハートマークになっているアカミミガメをゲンブのところに送り届けて任務完了だ。

 

「そういえば、今日の夕飯なんだろうね?」

「カラカルの事だから美味しいに決まっているさ」

 

 クロスローズの返事にクロスレインボーも、違いない、と相槌を打つのだった。

 

 

の  の  の  の  の  の  の  の  の  の  の  の  の  の

 

 

 どことも知れぬ闇の中。

 エチゴヤリアンはただただ平伏する事しか出来なかった。

 確かにクロスレインボーの必殺技を受けたはずのエチゴヤリアンは何故か生きていた。

 それはエチゴヤリアン最後の技、『イノチゴイ』の効果である。

 これは自らの窮地に、その死を偽装して一時的に身を隠す技だ。

 その効果は手練れのクロスレインボーとクロスローズの二人をも欺いて見せた。

 そんなエチゴヤリアンが平伏する事しか出来ない理由は一つ。

 自らの前に圧倒的な強者が存在するからだ。

 

「エチゴヤリアン。別に我が主は怒ってなどおらぬ」

 

 エチゴヤリアンの前に立つ強者の一人、セルビャッコは鷹揚に頷いてみせた。

 

「左様。我が主は作戦目的は完遂出来た、とお考えだ」

 

 その隣にはセルセイリュウがいる。

 

「まあ、当初の目標よりも幾分手狭な拠点となったがな」

 

―パチン

 

 セルセイリュウが部屋の電灯スイッチを入れた。

 と、どことも知れぬ闇が晴れてワンルームアパートの部屋が露わになった。

 単身者向けのアパートの一室なので四人もいると幾分手狭感がある。

 セルビャッコとセルセイリュウには与り知らぬ事ではあるが、この部屋はつい最近までハクトウワシが住んでいた場所であったりもした。

 

「は、ハッ! 本来であれば姫に相応しい居城を用意すべきところ、通りすがりの正義の味方を名乗る輩の邪魔が入りまして……」

 

 エチゴヤリアンは尚も平伏したままだった。

 その相手は目の前のセルセイリュウ、セルビャッコに対してもそうだったが、一番畏れていたのはその奥に鎮座する異世界の女王に対してだった。

 エチゴヤリアンはつい最近、この女王に捕らえられて彼女達に協力させられていたのだ。

 

「まぁ、いいよ。この狭さも趣きがあって嫌いではないし」

 

 見た目は日焼けしたような褐色の肌色をした少女。これが異世界の女王であると言われても普通ならば信じがたい。

 だが彼女の放つ威容はセルセイリュウやセルビャッコを圧倒するものだ。

 

「それに、必要な軍資金は殆ど確保できたからね。あとは計画を微修正するだけだよ」

 

 エチゴヤリアンが“玄武花”を横流ししていたのは、この異世界の女王の企みによるものだった。

 その先に何をするつもりなのか、エチゴヤリアンは知らされていない。

 

「それよりも、今日は引っ越し祝いでしょう。始めましょう」

 

 女王の合図に、残る二人の視線もエチゴヤリアンへと向く。

 

「ハッ! かしこまりました!」

 

 エチゴヤリアンは一も二もなく返事した。

 「なんで手前が」と思わなくもないエチゴヤリアンであるが、目の前の三人いずれもが機嫌を損ねれば命の保証がない相手である。

 だから大人しく従う他はない。

 エチゴヤリアンは土鍋をセットした卓上コンロに火を灯した。

 今夜はすき焼きである。

 

 

 

 けものフレンズRクロスハート第29話『菜々の色鳥忍法帳』

―おしまい―




【セルリアン情報:エチゴヤリアン】

 古の時代に大商人が使っていたとされる財布に憑りついたセルリアンである。
 イリアやレミィと同じように長い時代を生きて来たセルリアンで人間社会に溶け込んで暮らして来た。
 特にお金にまつわる人の感情を糧にしている。
 その技も多彩でパワーには劣るものの、厄介なセルリアンだ。
 黄金の魅力で人を惑わせ支配下に置く“ソデノシタ”や支配下に置いた者を自在に操る“ヨウジンボウ”などが得意技だ。
 さらに、やられそうになった時には自らの死を偽装する“イノチゴイ”があるので、かなりしぶといセルリアンである。
 どうやら異世界の女王に囚われて、その計画に協力させられているようであるが果たして……
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