けものフレンズRクロスハート   作:土玉満

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【用語解説:野生解放】

 野生解放とはフレンズ達が使う共通技である。
 獣としての本能を呼び覚ます事で元の動物に応じて能力が強化される。
 野生解放中は瞳に強い輝きが宿り一目で野生解放中とわかる。
 サンドスターを大量消費するが、野生解放による強化は凄まじく、まさに多くのフレンズにとって切り札とも言うべき技だ。
 なお、本作中でともえ達が暮らす世界のフレンズはヒトとかなり近くなっている為、野生解放が使えるフレンズもまた存在しない。
 


第8話『騎士と野獣』(中編)

 

 アムールトラは既に日も沈もうとしている街を一人歩く。

 あの後、アムールトラは保健室で大分落ち着いたらしいルリを背負って家路についた。

 ルリがあそこまで大量の“セルリウム”を生み出したのは初めての経験だった。

 それまでも“セルリウム”からセルリアンが生まれる度にアムールトラはそれを駆除してきた。

 それでも見落とし、見逃しもあった。

 結果、ルリの生活圏を中心に極端にセルリアンの出現率が上がってしまっていたのだ。

 本当は、その後始末をしてくれていたクロスハートにもクロスナイトにも感謝の気持ちがあった。

 けれど…。

 ルリがセルリアンを生み出すセルリアンである事がバレてしまった以上、彼女達はルリを排除しようとするだろう。

 ならば戦うしかない。

 

「ルリはウチの命の恩人やからな。」

 

 何故アムールトラがこれ程までにルリを守ろうとするのか。

 それは彼女がこちらの世界に来た直後、ルリの小さな背中に背負われてたどり着いた先の家での出来事を語らなくてはならない。

 アムールトラはそこで後に自分の保護者となってくれる女性から傷の手当を受けた。

 その後、自分の身に何が起こったのかを彼女から聞く事となった。

 

『へえ。珍しいね。元ビーストだなんて…。』

 

 その女性はアムールトラの身体に何か計器のようなものを当てながら続けた。

 

『キミのビースト因子は既に殆ど残っていない…。一度ビースト化したなら元に戻れる可能性は極めて低いのに…。』

 

 ふむふむ、とアムールトラ自身に聞かせるというわけでもなくその暗緑色の癖っ毛をした女性は独り言のように続ける。

 

『そうか。ルリがキミのビースト因子を喰ったわけか。なるほどこれならビースト化が解けたのにも納得がいく。』

 

 そしてアムールトラはふと気が付く。

 先程自分を運んでくれた小さな女の子が寝ている自分のおなかあたりに頭を乗せてベットサイドで寝こけている事に。

 

『これならキミは今後、普通のフレンズとして生きていく事が出来るだろう。』

 

 それまでのアムールトラには殆どハッキリとした記憶はない。

 ただ、泥の中でもがいているような悪い夢でも見続けていたような気がする。

 そんな夢の中で彼女はその泥を振り払おうとただただ暴れていた。

 眠ったらまたあの泥の中をわけもわからず這い回る悪夢に引き戻されそうな気がして今一つ眠る気にならなかったアムールトラ。

 

『気持ちはわかるがね。これからはもうそんな事はない。だから安心して眠りたまえ。』

 

 それを暗緑色の髪の女性は見抜いたのかそんな事を言う。

 

『そして、ルリにも感謝するといい。ビースト因子を喰うなんて、ルリにとっては毒を食うようなものだからね。』

 

 その言葉に大きく目を見開くアムールトラ。

 この小さな女の子は自分の為にそんな事をしてくれたのか、と少女の頭を撫でる。

 

『さて、多少困った事になった。ルリには出来る限り早急に“輝き”を補充してやらなくてはならない。』

 

 よくわからない事を言い始めた暗緑色の髪の女性にアムールトラはもう少しわかりやすい説明を求めた。

 

『そうだね。キミの身体にあった毒をルリが引き受けたわけだが、それを放出する際に今まで貯めた“輝き”をも放出してしまったわけだ。』

 

 つまり、ルリは自分を助ける為に毒を喰らって、それを体外に放出する為に身体に貯め込んでいた栄養をも手放したというのだ。

 

『だから近いうちに街に引っ越そうと思う。本来ならもうしばらくはこの山奥で暮らしたかったがね。』

 

 街に行けばまたルリの栄養ともいうべき“輝き”が手に入る、と女性は言った。

 このままでいけば遠からずルリは栄養を使い切り飢えてしまうであろう事も。

 

『後で落ち着いたらきちんと説明をしよう。だからキミにはルリを守ってやって欲しい。』

 

 そういう暗緑色の髪をした女性にアムールトラは即答した。

 もちろんだ、と。

 その後、ルリがセルリアンであること。

 本人にその自覚はないこと。

 ルリが“キラキラ”と呼ぶ“輝き”を取り込んで“セルリウム”に替えてしまうこと。

 様々な衝撃の事実を知ってしまった。

 だが、それでもアムールトラのルリを守るという決心は揺らぐ事はなかった。

 世界がこんなにも美しい事を教えてくれたのもルリだったし、誰かとお喋りする楽しみを教えてくれたのもルリだったし、美味しい料理を食べる楽しみを教えてくれたのもルリだった。

 アムールトラにこれらをくれたのはルリだった。

 アムールトラにとってルリは全てと言っていい。

 だからこそ、彼女は絶対にルリを守るとそう誓ったのだ。

 

「せやから何があったってルリは守る。安心しとき。」

 

 学校から家に帰ってからも眠り続けていたルリ。

 おそらく、無意識のうちに“セルリウム”の放出を抑えようとしていたのだろう。

 そして溜まった“セルリウム”がとうとうあふれ出したのがさっきなのだ。

 一度溜まったものを吐き出したからか、ルリの容態は目を覚まさない以外は至ってよさそうに思える。

 そして今はユキヒョウだってそばについていてくれる。

 だから自分はやるべきことをやらなくてはならない。

 ともえ達の家へと向かう道すがら、公園の前に差し掛かったアムールトラ。

 ふ、と思い至ったかのようにその中に足を踏み入れる。

 既に夕暮れも間近の公園はチラホラと街灯も点灯しはじめていた。

 この公園はかつてイエイヌがともえと出会った場所でもあり、こちらの世界で初めてセルリアンと戦った場所でもある。

 非常に広い大きな公園で昼間はたくさんの人で賑わっている場所だ。

 だが、この時間にはすっかり人気もなくなって公園の中にはアムールトラ一人なんじゃないだろうか、と思えた。

 いや、もう一人公園にやって来た。

 それは…。

 

「よう。イエイヌ。」

「ええ。こんばんわ。アムールトラ。」

 

 イエイヌだった。

 

 

の  の  の  の  の  の  の  の  の  の  の  の  の  の

 

 

 お互いにお互いが来る事は予想通りだった。

 しかし、アムールトラにとっては少しばかり嬉しい誤算が一つ。

 イエイヌの表情が随分と落ち着いている事だ。

 アムールトラには分かる。

 それは戦う決意をした戦士の表情だ、と。

 悲しまれたり憐れまれたり憎悪の表情を向けられる覚悟すらしていたのだから遥かにマシな顔を向けられて少しばかり嬉しくなってしまう。

 そして…。

 

「もう、ウチが何をしに来たかは分かってるようやな?」

「ええ。わたしが貴女だったなら同じようにしたでしょうから。」

 

 そう。

 アムールトラはクロスハートを排除することを諦めていない。

 そして、イエイヌ…クロスナイトの事も。

 彼女達はこの世界における数少ないルリの天敵…、セルリアンハンターとも言うべき存在だ。

 そしてルリがセルリアンを生むセルリアンである事も知っている。

 戦わないわけにはいかない。

 

「アムールトラ。最後にいいですか。」

「おう。」

 

 今度はイエイヌがアムールトラに言う。

 

「アムールトラ。わたし達と一緒にルリさんが普通に暮らせるようにしませんか。」

「どうやって。」

 

 その疑問にイエイヌはゆっくりと被りを振る。

 

「わかりません。ですがわたし達には萌絵お姉ちゃんがいます。ともえちゃんもいます。」

「おう。せやからどうした。」

「かばんさんもいます。サーバルさんも。それにヘビクイワシさんやゴマさんだって事情を話したら絶対協力してくれます。オイナリ校長先生の会のみんなだって。」

 

 イエイヌの言葉にアムールトラは落胆の表情を浮かべる。

 そんな事はとっくの昔に何度も考えた。

 けれど、彼女にはそんな方法を見つける事は出来なかったのだ。

 だからそんな夢物語のような甘い考えを一言で切り捨てる。

 

「子供に何が出来る。」

 

 一言で切り捨てたアムールトラに対してイエイヌの表情は変わらず静かなままだった。

 

「でしょうね。逆の立場だったならとても信じられないでしょう。」

 

 断られる事は想定内。だからリアクションも薄いのか。と納得のアムールトラ。

 そしてイエイヌは一歩を踏み出す。

 

「ですから、貴女に信じさせますよ。力づくで。」

 

 ぐい、と拳を持ち上げ示してみせるイエイヌ。

 

「……ハッ!面白いやないか…!やれるもんなら…」

 

 獰猛な笑みと共にビーストドライバーを取り出すアムールトラ。

 

「やってみい!」

 

 吠えつつ右手に持ったビーストドライバーの一つを左腕に装着。

 

―Beast

 

 の文字が手枷に浮かび、続けて左手に持ったビーストドライバーを右腕に装着。

 

―Drive

 

 の文字が手枷に浮かぶ。

 

「ビーストドライブ!」

 

 烈風がアムールトラを中心に巻き起こり、そうして彼女を黒いオーラを纏ったビーストへと変化させる。

 彼女の中にわずかに残ったビースト因子を活性化させ制御するのがビーストドライバーの役割なのだ。

 

「で。そっちは変身せえへんの?」

 

 そのくらいの時間は待ってやる、とでも言いたげなアムールトラことビースト。

 しかしイエイヌは変身の代わりに指を二本立てて示して見せる。

 

「わたしが変身しない理由は二つあります。」

 

 ハテナマークを浮かべて訝しむビースト。

 

「一つは、わたしの変身はしてもしなくても強さに大差はありません。」

 

 そして指を一つ減らして人差し指を残して続けるイエイヌ。

 

「そしてもう一つ。今から貴女と喧嘩するのに正体を隠すだなんて…お行儀悪いでしょう。」

 

 その言葉に面食らったように一度キョトン、とするビースト。

 その後片手で目元を覆いくつくつ、と忍び笑いを漏らす。

 

「せやなあ!こいつは一本とられたわ!」

 

 まだくつくつ、と笑いが治まらない様子のビースト。

 

「やっぱウチ、イエイヌの事好きやわ。」

 

 ビーストはあまりに笑い過ぎたのか目元の涙を拭っていう。

 

「ええ。わたしもですよ。アムールトラ。」

 

 それは偽らざる二人の気持ちだった。

 

「せやけど、心意気だけではウチには勝てへんぞ。言っとくがウチは遠慮なくビーストドライバーを使わせてもらうで。」

「ええ、かまいません。こちらにも切り札はありますから。」

 

 応えてイエイヌはザッと構えをとる。

 いま、イエイヌの本能は叫んでいる。

 

―群れを守れ。と。

 

 だからこの気持ちに火を入れる。イエイヌの青い右目に青い炎が宿る。

 

「野生…!」

 

 そしてイエイヌの理性は叫んでいる。

 

―家族を守れ。友を守れ。と。

 

 だから同じくその気持ちにも火を入れる。

 するとイエイヌの金色の左目に金色の炎が宿る!

 

「解放ッ!!」

 

―ゴウッ

 

 と巻き起こった烈風はビーストが変身した時と遜色ない。

 これがイエイヌの野生解放だった。

 本能と理性の両方が揃ってはじめて出来るイエイヌだけの技なのだ。

 いま、イエイヌから立ち上るサンドスターのオーラはビーストに十分匹敵する。

 

「はじめる前に一言だけ。大好きですよ。アムールトラ。」

「ああ。ウチもやで。」

 

 それを合図に互いに踏み込み。

 一瞬でお互いの距離が詰まる。

 ビーストが拳を振りかぶり、そして振り抜く!

 その一撃はイエイヌの顔面を横から打ち抜いた。

 両足を踏ん張りその一撃をガードすらせずに顔面で受け止めるイエイヌ。

 イエイヌの口の中に鉄の味が広がる。

 だが、それだけだ。

 野生解放したイエイヌの防御力はビーストの一撃に十二分に耐えられる。

 

「わざと喰らったか?」

 

 一撃を放った体勢のままイエイヌを睨みつけるビースト。

 

「ええ。」

 

 殴られた頬を手の甲で軽く拭いつつ応えるイエイヌ。

 ビーストの胸には軽い怒りがあった。

 ガードすらしないなんてどういうつもりなのか。まさか手加減でもするつもりかと視線で問う。

 

「わたしは昼間に一度。そして以前住んでいた世界でも一度、合計二度も貴女に負けています。」

 

 ビースト、いやアムールトラにとって昼間の事は記憶に新しいがもう一度、というのは記憶にない。

 おそらくビーストとして暴れまわっていた頃にイエイヌにも遭遇して迷惑をかけてしまったのだろう。

 アムールトラはそれに心苦しい想いがないではなかった。

 だが、それが今どうして関係あるのか。

 

「だから、まあ…。その負け分のハンデとして先手くらいは譲ってもいいかな、と。」

 

 それでビーストは理解した。

 イエイヌが仕掛けているのは命の奪い合いではなく喧嘩なのだ、と。

 喧嘩をする、という宣言はハッタリでも何でもなかったのだ、と。

 何故かよくわからないがビーストの心はそれを嬉しい、と感じていた。

 

「じゃあ、次はわたしの番ですね。」

 

 イエイヌは腰の捻りを加えてフック気味にアムールトラの顔面に横合いから拳を叩きこむ。

 当然、これはかわす事もガードする事も出来ない。

 いや、ビーストはそれを出来ないのではなく、しなかった。

 先程のイエイヌと同じように両脚を踏ん張り歯を食いしばってその拳を受ける。

 

―ゴンッ!

 

 と凄まじい音が響いて思わずビーストは1歩、2歩と下がってしまう。

 野生解放したイエイヌの拳は思った以上に重たかった。

 

「やるやないか…。けどお!!」

 

 次はビーストの手番。アッパー気味に放った拳がイエイヌの腹に突き刺さる。

 

「力比べでウチに勝とうなんて無謀過ぎるんとちゃう?」

 

 たしかに、いくら野生解放しているとはいえ、アムールトラとイエイヌではパワーはアムールトラに分がある。

 ましてやビースト化している今ではこの殴り合いは無謀としか思えない。

 身体がくの字に折れて顔が下がるイエイヌ。

 しかし、イエイヌはそこから左手をポム、とビーストの肩に乗せると…。

 

「余計な……お世話です!」

 

 右の拳を渾身の力を込めてビーストの腹に突き刺した。

 同じようにアッパー気味に突き刺さった拳はビーストの身体を一瞬宙に浮かせたようにすら見える。

 

「だいたいですね、アムールトラ。貴女はこうでもしないと納得しないでしょう。」

 

 確かに、イエイヌの言う通り、仮に負けたとしてもビーストはクロスハートを狙うのを諦めたりしないだろう。

 だから、これはビーストの…、いやアムールトラの心を折る為の戦いだったのだ。

 

「こんなもんで納得なんかするかい!」

 

 今度はビーストのストレートが放たれてイエイヌの顔面を捉える。

 たまらず1歩を下がったイエイヌであったが2歩目で踏みとどまる。

 

「この頑固者っ!」

 

 さらに野生解放した瞳の炎を大きく燃やし、イエイヌのアッパーカットがビーストの顎を捉える。

 数歩たたらを踏んで下がるビーストであったが…

 

「イエイヌにだけは言われとうないわ!」

 

 そこからビーストの拳が再び唸りをあげる。

 再びかわすこともガードする事もなく受け止めるイエイヌ。

 

「このわからず屋!」

 

 今度はイエイヌの手番。全力で振るわれる拳をやはりビーストは同じようにノーガードで受け止める。

 

「なら、そっちは生真面目優等生か!?」

 

 と、ビーストが反撃の拳を振るう。

 

「そっちなんて面倒見よくて気配り上手じゃないですか!」

「ハッ!そっちはいつでも一生懸命で優しいヤツやないか!」

「優しいのはそっちでしょう!」

 

 言う度に攻守を入れ替えて拳を振るい続けノーガードで受け合うイエイヌとビースト。

 どんどん加速度的に生傷が増えていく。

 そうして、先に音をあげたのはビーストの方であった。

 

「ちょ、ちょっとタンマ。」

「どうしました…。」

 

 お互いに肩で息をしながら少しの小休止。

 

「なんで途中からお互いの事を褒めとんねん!?ウチら喧嘩中や!?」

 

 ビーストは思わずツッコミを入れてしまった。

 

「ごめんなさい。わたし、友達と喧嘩するのって初めてで…。」

「ウチも初めてやけどコレは絶対違う気がするで!?」

 

 とはいうものの、不思議な事に楽しくて仕方がなかった。

 痛くて辛くて苦しいはずなのに、なんでかわからないけれども楽しいのだ。

 けれど、このまま楽しく殴り合うわけにもいかない。

 イエイヌはともえと萌絵たちの命を、ビーストはルリの命をそれぞれに賭けているのだ。

 

「(認めるしかない。イエイヌ…。コイツは強い。)」

 

 ノーガードでの打ち合いというビーストにとっての独壇場だったはずの喧嘩で、むしろ優勢なのはイエイヌの方だった。

 打たれても打たれても全然へこたれる様子がない。

 野生解放で底上げされているのは攻撃力や防御力ももちろんそうだ。しかし、一番強化されているのはイエイヌ最大の特徴である体力と持久力だった。

 パワー比べだったら確かにビーストの勝ちだっただろうが、我慢比べに持ち込んだいま、優位なのはイエイヌである。

 ビーストは胸中で根競べの負けを認めた。

 だが、この喧嘩自体の負けを認めるわけにはいかない。

 ビーストは拳を振りかぶるとそれを地面へと叩きつける!

 

―ゴォッ!

 

 と土煙が巻き上がってビーストの姿を一瞬隠す。

 その一瞬でイエイヌの背後へと回ったビーストは黒いオーラを固めた必殺の拳を放つ。

 それは今まで繰り出してきたものとは桁外れの威力を持つ一撃だ。

 たとえ野生解放したイエイヌであっても無事ではすまないだろう。

 そして、背後をとられたイエイヌはまだ振り返る事すらなく反応できていない。

 

「(とった!)」

 

 と確信するビースト。

 そのまま無防備なイエイヌの後頭部に向けて必殺の拳を振るう!

 が…。

 ひょい、っとお辞儀をするようにイエイヌが頭を下げた事でその一撃は空振りに終わる。

 まるで後ろに目があるかのようなこの動きに、警戒したビーストは思わず一度大きく距離をとる。

 

「見よう見まねマグネティックサーチです。」

 

 本来『マグネティックサーチ』はキタキツネフォームの技だったはずだ。

 だが野生解放したイエイヌの鋭敏な感覚器官は不完全ながらも『マグネティックサーチ』を再現していた。

 『マグネティックサーチ』は磁場すら感じとるというキタキツネのように、周囲の状況を把握する索敵技だ。この程度の目くらましなど意味がなかった。

 そして今度はイエイヌの手番である。

 

「あぁああおおおおおおおおおおおおおおおおん!」

 

 イエイヌは天に向かって高らかに遠吠え。『ウォーハウリング』を発動させた。

 一時的に身体能力をあげる効果があるものの、それは野生解放の完全な下位互換だ。

 だが、『ウォーハウリング』にもたった一点だけだが野生解放に勝る点がある。

 それは、野生解放にさらに効果が上乗せできるという事だ。

 さらに身体能力を向上させたイエイヌ。

 大きくジャンプしてビーストの頭上をとると…

 

「見よう見まね!スタンプビィトォオオオオオッ!」

 

 そこからマシンガンのように連続キックを叩きこむ!

 それはまさにヘビクイワシフォームの必殺技、『刻み込む蹴撃・スタンプビート』だった。

 繰り出す型は洗練されたものではないが、それでも限界まで引き上げた身体能力から繰り出される連続踏みつけは本家のそれと変わらぬ威力を持っているように思えた。

 ビーストは両手を交差させて蹴りの雨をどうにかガードする…が、そのガードもいつまでも保たない。

 たまらず、後方へと大きく飛んで蹴りの雨から逃れるビースト。

 イエイヌはビーストが逃れた事で蹴りの反動を失い、四つ足の構えで着地。

 そこから両手を支えに、お尻をクイ、と高く上げる。

 それはまさに陸上のクラウチングスタートの構えだった。

 

「見よう見まね…爆走!スピードスタァアアアアアッ!」

 

 クラウチングスタートから綺麗な加速でもってトップスピードに乗せたイエイヌはそのまま着地前で体勢の整わないビーストへと突撃。

 そのままスピードを緩める事なく……。

 

―ガンッ!

 

 とビーストの顔面に頭突きを叩きこんだ!

 思わぬ追撃にビーストの膝が崩れそうになる。

 が、イエイヌがグイ、とビーストの胸倉をつかみあげてそれを止める。

 

「だいたいですね!アムールトラ!」

 

―ガンッ!

 

 ビーストの胸倉を掴み上げたイエイヌの頭突きが再度ビーストの顔面に叩きこまれる。

 

「貴女、わたしやともえちゃんを倒してその先どうするつもりですか!」

 

―ガンッ!

 

 さらにもう一発頭突きを叩きこむ。

 

「その先あなたはどんな顔してルリさんの隣にいるつもりなんですか!」

 

―ガンッ!

 

 と、さらにもう一発。

 

「どうせ貴女の事だから全部ひとりで抱えるんでしょうけど…。貴女はその時笑っていられるんですか!」

 

―ガンッ!

 

 まだまだ終わらない、とばかりにもう一発。 

 

「どうせ貴女は気に病んで下手くそな作り笑いでもするんでしょう…。そんな顔するアムールトラなんて…そんなの…そんなのわたしが絶対許さない!」

 

―ガァァン!

 

 とどめ、とばかりに大きく頭を引いたイエイヌの頭突きがビーストへとクリーンヒット。

 それに、ああ、なるほど、とビーストは納得をしてしまっていた。

 イエイヌがこんなにも強いのは野生解放のせいだけじゃなかった。

 確かにイエイヌが見せている野生解放は本能と理性の両方から力を引き出した凄まじいものだ。

 さらに人類と共に生きて来たイエイヌという動物の学習能力の高さから繰り出される多彩な技も強力だ。

 だが強さの根本はもっと違うところにある。

 殴られても殴られてもへこたれることがないのは、いま喧嘩しているアムールトラ自身の事をも想っているからだ。とビーストは思い至っていた。

 そして、今言われた事が図星すぎて頭突き以上に痛かったりもしてしまった。

 

「(まったく。誰や。こいつにナイトって呼び名考えたの。ピッタリ過ぎや。)」

 

 正直とても嬉しい。

 あんなにヒドイ事をしたのに、それでもこんなにも想ってくれているのがとても嬉しい。

 そしてこんな自分の為にも信じられない程の底力を発揮してくれているのがとても嬉しい。

 まさに誰かの為にならどこまでも強くなる、おとぎ話の騎士のようじゃないか、と胸中で呟くビースト。

 だが…!

 

「そんなもん…。とっくに覚悟してるわっ!」

 

 ゴウ!とビーストの圧があがる。

 そして、その瞳がギラリ、と光を放った。

 

「野生…!解放ッ!」

 

 と、ビーストのその瞳に金色の炎が宿る!

 正直ビースト状態での野生解放なんてどうなるのか想像もつかない。

 それに、これほどの決意をもって自分を止めに来てくれたイエイヌならルリの事だって本当に何とかしてくれるかもしれない。

 しかし、それでもビースト…いや、アムールトラはそんな不確かなものにすがるわけにはいかなかった。

 彼女にだって意地というものがある。

 ルリの命運を不確かなものに委ねる事など…、まして自分以外の誰かの手に委ねるなど出来ない。

 そんな最後の意地を込めたビーストの野生解放は凄まじかった。

 

「ぐるぁああああああああああああああああああっ!」

 

 横なぎに振るわれたビーストの拳は一撃でイエイヌを吹き飛ばした。

 さらにそのイエイヌに追いすがるビースト。

 

「ああああああああああああああああああああああああっ!」

 

 野獣の咆哮をあげつつイエイヌを掴むと地面へ叩きつけ、とどめ、とばかりにまるでサッカーボールのように蹴飛ばした!

 

―ダァン!

 

 と凄まじい音が響いて公園に植えられた樹へ激突してようやく止まるイエイヌ。

 服も泥だらけで最早ボロボロのイエイヌ。

 ビーストドライバーによるビースト化+野生解放という最後の最後になる奥の手はイエイヌの野生解放を上回った。

 最早ピクリ、とも動かないイエイヌ。

 どこか残念さを感じながらもビーストはイエイヌへと歩みよりとどめの一撃を加えようとする。

 

「イエイヌちゃん!」

「アムさん!」

 

 と、そこに声が響く。

 あらたに公園に現れたのは萌絵を伴ったともえと、そしてユキヒョウを伴ったルリであった。

 

「あー…。うん…。その、なんや。次はお前が相手って事でええんか?クロスハート。」

 

 あえて、ビーストはルリを無視した。

 彼女が何を言ったとしてもやる事はかわらない。

 イエイヌを倒した今、次の相手はともえ…、クロスハートである。

 

「ううん。違うよ。」

 

 しかし、それにともえは首を横に振る。

 どういう事だろう。ともえは戦うつもりがないのにここに来たというのか、と少しばかりの怒りがこみ上げる。

 願わくば、もうやめて、だとか、私たちが戦う必要はない、だとかそういう興ざめな事は言わないで欲しい、とビーストは思っていた。

 しかしともえの口から出た言葉は全くの予想外だった。

 

「だって、イエイヌちゃん。まだ負けてないじゃない。」

 

 そのともえの物言いにゾクリ、と冷たいものがビーストの背筋を走った。

 そしてゆっくりと振り返ったとき、そこには樹にもたれるようにしてボロボロになりながらも立ち上がるイエイヌの姿があった。

 瞳に宿る野生解放の炎は消えかけ、立っているのもやっと、といった様子のイエイヌ。

 だがその闘志にだけは陰りが見えない。

 

「わたしは、ここに、今まで色んな人たちと築いた絆も生きてきた全ても全部持ち込んだつもりでいました…。」

 

 静かな物言いのイエイヌ。ゆっくりとその顔があげられる。

 その視線は眼光鋭くビーストを射抜いていた。

 

「全部全部出し切ったって…そう思ってました。でも…さっきともえちゃんの声を聞いて思い出したんです。あと一つだけ、まだ出してないものがあるって…!」

 

 イエイヌは首もとのチョーカー、ナイトチェンジャーに触れると叫ぶ。

 

「変身!」

 

 カッ、とイエイヌの身体がサンドスターの輝きに包まれる。そして現れるのは腰までの短いマントに手足を覆う金属製の手甲にレッグガードをつけた騎士…

 

「クロスナイトッ!」

 

 である。

 今更変身などしてどうなるというのか、と訝しむビースト。

 だいたいにして、変身してもしなくても強さに大した差はない、といっていたのはイエイヌ…いや、クロスナイト自身ではないか。

 正体を隠す為に目元に装着されたミラーシェードを自ら外して投げ捨てるクロスナイト。

 あらわになったその瞳にはほんのわずかに野生解放の炎がまだ残っている。

 対するビーストもビースト化+野生解放は思っていた以上に身体に大きな負担がかかっていた。

 おそらく互いにあと一度の攻防が限界であろう。

 

「あ、アムさん…!」

 

 ルリはそんな彼女達を止めようと飛び出そうとするがユキヒョウに抱きしめられてそれを果たせなかった。

 

「あの二人は何を言ったところで止まらぬじゃろう。じゃから…今は見守るしかない。」

 

 事情はわからないがユキヒョウはそれでも二人の最後の攻防を見守る事にした。

 そしてそれはともえも萌絵も変わらない。

 イエイヌの張った意地を最後まで見届ける。その為にここに来たのだ。

 

 騎士と野獣。

 

 

 その最後の攻防が今、始まろうとしていた。

 

 

 

―後編へ続く

 

 

 




【用語解説:セルリウム】

 セルリウムとはけものフレンズ2において登場した物質である。
 これがサンドスターと共に火山から吹き出しているのだが、セルリウムが何かに付着する事でその特性をコピーしてセルリアンへと変化する。
 外見は黒くドロドロした液状のように見える。
 本作中ではサンドスター・ローと非常によく似た性質をもつが似て非なる物質として扱う。
 サンドスター・ローは空気中に放出されたままのものであるが、セルリウムは何らかの原因でサンドスターが変化したものである。
 つまり、サンドスター・ロー→サンドスター→セルリウムという変化をする場合がある。
 またセルリウムはセルリアンが砕かれた際にサンドスターへと変換される性質をもつ。
 セルリアンが砕かれた後にキラキラとしたサンドスターの輝きが見えるのはその為だ。
 サンドスターは何らかの原因でセルリウムへ変化する事もあるし、セルリウムがサンドスターへ変化する場合もある。
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