ヒトがいなくなった別世界のジャパリパークからやってきたイエイヌは遠坂ともえとその家族に出会う。
本来その世界にはいないはずだったセルリアンが突如として襲い来るが、フレンズの姿に変身する不思議な力を得たともえと共に平和な日常を守って来た。
ところが、イエイヌと同じ世界からやってきたアムールトラとそのパートナーの少女ルリとの出会いが大きくイエイヌの運命を動かす。
何と、アムールトラはかつてイエイヌを打ち倒したビーストであり、そしてルリはセルリアンを生み出すセルリアンだというのだ。
一度はアムールトラに敗北を喫するイエイヌであったが、全てを救う決意と共に再戦。
激闘の末にアムールトラに勝利する事が出来た。
そして、ルリもともえの姉である遠坂萌絵が作った『パーソナルフィルター発生装置』のおかげでセルリアンを生み出す事がなくなった。
こうしてルリも含めて誰一人欠ける事なく平和な日常が戻って来たのだった。
第9話『クロスナイトは甘えたい』
あれから数日。
セルリアンも出ないわけではないけれど、発生頻度はかなり低くなっていた。
あれだけ毎日のようにセルリアンが発生していた日々から比べたら随分と穏やかだった。
なので、ともえが…
「平和だねえー」
と、少しばかり気が抜けた様子を見せるのも無理からぬ事だったし、それに萌絵が…
「そうだねえー」
と、こちらものほほんとした様子を見せるのも仕方がない事のように思えた。
今は放課後。
美術室でそんな風にすっかり気の抜けた様子のともえと萌絵であったが、一人、イエイヌだけは様子が違った。
イエイヌだけは何故かため息をついていたいたのだった。
二人の様子を悲嘆してのため息というわけでもないらしい。
となると、ともえと萌絵はイエイヌが何か悩み事でもあるのだろうか、と顔を見合わせる。
何せ、別な世界からこちらにやって来たイエイヌだ。
ともえと萌絵にはわからない悩みもあるのかもしれない。
「ねえ、イエイヌちゃん。何か悩み事?」
「何かあったら言ってね。アタシ達、力になるから。」
と、ともえと萌絵がイエイヌの顔を覗き込む。
それにようやく物思いに耽っていたイエイヌがハッと我に返った。
「ともえちゃん、萌絵お姉ちゃん。心配かけてすみません。ありがとうございます。」
お礼を言いながら、「実は」と切り出すイエイヌ。
「その…。春香さんを春香お母さん、と呼んでみたいのですがそれがいい事なのかどうなのか…。」
その言葉にともえと萌絵は一度顔を見合わせる。
どうやら緊急性のあるような悩みではなさそうだったのでまずは一安心して、その後二人で頷き合うとずずい、とイエイヌに詰め寄る。
「呼んであげよう!」
「うんうん、そうしてくれたらお母さんは絶対喜んでくれるよ!」
二人に詰め寄られて、勢いに押されるイエイヌ。
「その…。それはわたしにも何となくわかるのですが、何でかは分からないのですが、そう呼ぶのが気恥ずかしくて…。」
とイエイヌはモジモジしてみせていた。
イエイヌにはフレンズ化する前の動物だった頃の記憶はおぼろげにしかない。
その記憶の中で、ヒトの役に立ってヒトと共に生きる事が使命だと何となく理解はしていた。
しかし、そのもっと以前に暖かくて安心できる何かに包まれていた微かな記憶だけがあった。
今にして思えばそれが母親というものなのだろう。
春香も、そしてともえと萌絵も、イエイヌにとってはその暖かくて安心できる相手なのは確かだった。
けれども、そうして無条件に甘えてしまう事をイエイヌは心のどこかで良しとは思っていなかった。
それが気恥ずかしさとなって表れていたのだ。
「そっかあ…。気恥ずかしい、かあ。」
「うーん。一回呼んじゃえば後は勢いでー、ってなると思うんだけどねえ。」
ともえと萌絵は同じポーズで腕を組み首を捻る。
思い返してみると、今朝の出発前にもイエイヌが春香に何かを言いたそうにしていたが結局断念して、普通に行ってきます、と言っていた。
あれは何とかお母さんと呼ぼうとしていたのか、とようやく理解したともえ達。
イエイヌ自身も努力はしていたが、結果に結びついていない状況を打破するのは容易ではない事のように思えた。
「となると…、何か切っ掛けが必要だよね。」
萌絵の言葉に再び同じポーズで頭を捻るともえと萌絵。
「例えば、なんだけどお母さんに何かサプライズを仕掛けて、そのどさくさでお母さんって呼んじゃうのはどうかな?」
「あ、それいいかも。でもサプライズって具体的には何がいいかな…。」
ともえの提案に乗っかって萌絵がどんどん話を進めていってしまう。イエイヌは一人オロオロするばかりだ。
「せっかくだからイエイヌちゃんが得意な事でサプライズを仕掛けるのがいいよね…。じゃあ…。」
「うん、イエイヌちゃんといえばお茶を淹れるのが凄く上手!」
「うんうん。つまり…。」
そして二人は再びずずい、とイエイヌに詰め寄る。
「「サプライズティーパーティーとかどうかな!?」」
と二人揃ってキラキラした目をイエイヌに向ける。その勢いに押されて思わず頷いてしまったイエイヌだった。
「主催はイエイヌちゃんでー…、アタシ達がお手伝いしてお母さんをおもてなしする、っていうのがいいかな。」
「いいねいいね。イエイヌちゃんが一番得意なお茶って紅茶系だから、アタシ達でスコーンとか焼いたらそれっぽくなるよね。」
どんどん話が進んでいるけれど、肝心のイエイヌは今一つ置いてけぼりになってしまっていた。
「でもさ、ティーパーティーをするにしても名目は欲しいよね?」
「あ、そっか。イエイヌちゃんがお母さんって呼ぶ為のパーティーっていうのは伏せておかないとダメだもんね。」
萌絵の言葉にともえが頷いて続ける。
「母の日、はとっくに過ぎちゃってるよね…。」
「ええと、その母の日、というのは…。」
萌絵の言った言葉にイエイヌが疑問の声をあげた。別な世界に暮らしていたイエイヌにとっては母の日も含めて年間行事という習慣が今までになかった。
何せカレンダーどころか人そのものがいなかったのだ。大まかな季節くらいはわかるけれど、記念日なんてものは存在すら知らなかった。
「ええとね、母の日っていうのは日ごろの感謝をお母さんに伝える日だよ。」
「それは凄くいいですね!」
初めて母の日という行事を聞いたイエイヌの尻尾はぶんぶんと揺れていた。
確かに母の日だったら今回のサプライズを仕掛けるのにうってつけの行事だった。
だが、残念ながら5月はとっくの昔に過ぎてもう6月も下旬へと差し掛かっていた。
だから萌絵は凄く残念な事実をイエイヌに伝えようとした…のだが。
「じゃあさ、今年の母の日は終わっちゃったけど、母の日その2をやってもよくない?」
とともえに遮られてしまった。
確かに母の日を一回だけしかやっちゃいけないなんてルールはなかった。
しかもイエイヌは母の日未体験なのだ。せっかくだから体験しちゃおう、という大義名分も立つ。
「それだよ、ともえちゃん!」
「はい!わたしも母の日というのやってみたいです!」
その提案に萌絵とイエイヌも目を輝かせた。イエイヌに至っては尻尾までぶんぶん揺れている。
こうして、三人の『母の日その2大作戦』がスタートしたのだった。
それを見守るラモリさんだったが、これを春香にこそっとバラして上手く乗っかる方向に持っていくか、それともサプライズ計画をそのまま秘密にするか大いに悩む事となった。
の の の の の の の の の の の の の の
サプライズティーパーティーを実行するにあたって、三人は何か物足りないものがあった。
おそらく春香は普通にティーパーティーをしただけでも喜んでくれるだろうと思えた。
けれども、せっかくなら驚かせたり大喜びさせたりしたい。
そんな三人は何かアイデアの切っ掛けがないかと放課後の校内を歩き回る事にした。
とりあえず向かう先は茶道部室である。
ティーパーティーといえばお茶、お茶といえば茶道部、という安易な発想ではあったけれど、何かアイデアの切っ掛けさえあればいいのだ。
そんなわけでやって来た茶道部室は今日も賑やかだった。
「あっ、萌絵さんっ。」
茶道部室へお邪魔すると一番に顔をパッと輝かせたルリが出迎えてくれた。萌絵に飛びつくとすっかり甘えたように抱き着いてきた。
「ルリちゃんは今日も元気そうでよかったよ。」
それを受け止める萌絵はそのままラモリさんへと視線を移す。
その視線を受けてラモリさんも一瞬スキャンモードへと入って…。
「サンドスターフィルターは正常稼働中。ルリ自身にも異常はナイぞ。」
と簡単な経過観察を済ませていた。
「誰かお客さんー?って、ともえ先輩たちだ。」
とキタキツネがルリの真似、とでも言いたげにともえにまとわりついてきた。
「何や、イエイヌ達か。取り敢えず上がってき。」
そして、イエイヌにはアムールトラが早速、といったように出迎えていた。
和室の奥ではちゃぶ台にユキヒョウとギンギツネがいた。
二人はともえ達を出迎える三人の様子を微笑ましく眺めつつも、お客さん用の湯飲みに新しいお茶を淹れていた。
「して、今日はどうされたのじゃ?」
と、ともえ達が座布団に座るのを待ってからユキヒョウが切り出す。
しばらくともえ達の話を黙って聞いていた茶道部兼オイナリ校長先生の会のメンバー達。一通り話を聞き終えると…。
「ほう。母の日その2とは面白いのお。」
と、ユキヒョウが口元を抑えて可笑しそうに笑っていた。
「ねえねえ、アムさん。私たちも母の日その2やっちゃおうか?」
「あー。まあ、“教授”にはなんだかんだで世話になっとるからな…。イエイヌ達を見習って何かするのはええかもな。」
そんなルリの提案にアムールトラが頭の後ろをガシガシかきながら少しばかり照れた様子を見せる。
「しかし、あの御仁はむしろルリに感謝すべきではないかと思うのじゃが…。ルリがおらなんだら生活が成り立ってない気がするぞ。」
と苦笑するユキヒョウであった。
そしてはた、と気が付く。すっかり相談しに来たともえ達をほったらかして話が脱線してしまっていた事に。
「まあしかし、なんやな。天下無双のクロスナイトにも意外な弱点があったもんやな。」
と冗談めかしてアムールトラがイエイヌの脇腹をひじでつんつんしていたが、その言葉にギンギツネが…
「クロスナイト?ってなんでクロスナイトが母の日その2と関係あるの?」
と疑問の声をあげていた。
この場でギンギツネとキタキツネの二人はまだともえ達の正体を知らないのだ。
「あー。いやウチ、クロスナイト派やから。な?イエイヌ。イエイヌもやろ?」
「え、ええ!?」
そんなアムールトラの誤魔化しにイエイヌは驚きとも肯定ともとれる素っ頓狂な声が出てしまっていた。
しかし、それでギンギツネの方は勢いが増してしまった。
「二人ともそうだったの!?そうよね、クロスナイト、かっこいいわよね!」
ギンギツネはクロスナイト派だったのである。
「ええー。クロスハートもかっこいいよ。」
とキタキツネはクロスハート派だった。
「「ちなみにルリは!?」」
とキタキツネとギンギツネの二人が揃ってルリの方を振り返ると…。
「私は萌絵さん派だよー。」
と何故か全く関係ないように思える第三者に飛び火していた。
「あらら、アタシでいいの?ありがとう。」
と萌絵に頭を撫でてもらってルリはご満悦の表情だった。
そうしてそれぞれにキャイキャイしていると…。
「お前ラ。ココに来た目的ヲ忘れてるゾ。」
とラモリさんが嘆息交じりの様子で指摘して、全員がそれにハッとする。
「うむ、そうじゃったな。つまり、ここには何かサプライズのよいアイデアがないか、と聞きに来たんじゃったな。」
腕を組んで考え込むユキヒョウに倣う茶道部兼オイナリ校長先生の会メンバー達。
「ねえ、ユキさん。衣装を変える、っていうのはどうかな?私たちもちょうど…。」
と、言葉を続けようとするルリの言葉をユキヒョウが遮った。
「ルリ、それはまだ内緒じゃろう?」
「あ、そ、そうだった。」
と慌てて自身の口を抑えるルリをアムールトラが怪訝な様子で眺めていたが、それもすぐに終わる。
「衣装チェンジ…いいかもしれないね!」
とともえがパッと顔を輝かせる。
そして持ってきていた肩掛け鞄からスケッチブックを取り出してシュバババ、と何かを描きはじめた。
「ねえねえ。こんな感じはどうかな!」
と、皆に見せたイメージスケッチに一同「「「「おおー…!」」」」と感嘆の声をあげていた。…がイエイヌだけは…。
「ええー!?」
と驚きの様子を見せるのだった。
の の の の の の の の の の の の の の
今日も喫茶店『two-Moe』は中々の繁盛を見せていた。春香は今日も忙しく働いていたが、おかげで家族のいない時間があっという間に過ぎてくれた。
先程、娘達のただいまー、という声が聞こえていた。
三人とも前にも増して仲良くなっているようで春香としても嬉しい限りであった。
と、ピョインピョインと跳ねながらラモリさんがやって来る。
「あら、どうしたの?ラモリさん。」
珍しく何かを言いよどむような様子を見せるラモリさんに小首を傾げる春香。
「アー。その…。ナンダ。春香…。」
しばらく迷った後、ラモリさんは再び言葉を紡ぐ。
「今日ハ少しバカリ閉店ヲ遅らせた方がイイゾ。」
ラモリさんは結局、サプライズ計画を成り行きに任せる事にした。春香は外見こそ幼くすら見られがちだが、母親としては優秀だ。
彼女に限って娘達の仕掛けるサプライズを無碍にする事もあるまい。
そう判断したラモリさんはささやかな時間稼ぎをするに留めた。
そんなラモリさんの様子に春香も詳しい事は訊かずに、
「そうね。じゃあそうしようかしら。」
とだけ返すのだった。
一体何が起こるのか、不安がほんのちょっぴり。ワクワクが9割くらいの心持ちの春香であった。
閉店時間が今から待ち遠しいが、今日は少し遅めの閉店にしなければいけない。
焦りは禁物である。
とはいえ途端に時計の進みが遅く感じられる。しかも間の悪い事にちょうど客足も途絶えてしまっていた。
早めの店仕舞いをしてしまいたい誘惑を必死に耐える春香である。
遅々として進まない時計の針を待つ事しらばらく。
なるべくゆっくりと閉店作業をした春香は住居部分へと上がる階段を昇る。
「ただいまー。」
と玄関を開くと…。
「お、おかえりなさいませ。ひ、姫っ。お待ちしておりました。」
と恭しく出迎えたのはイエイヌであった。
白のYシャツに紺色のベスト。そしてネクタイにベストと同色のスラックスという執事スタイルである。
ちなみに、ともえ達の服の中からそれらしいものをかき集めたのはいいが、スラックスは尻尾穴を急遽増設したのでこれはイエイヌ専用の服になる予定である。
そして、ともえと萌絵は今回は脇役なので、それぞれ『two-Moe』のメイドさん風制服である。
ちょっとセリフはたどたどしかったがそれでも様にはなっていた。
「あらまあ。今日はステキな執事さんがお出迎えね。」
最初目を丸くしていた春香ではあったがすぐに相好崩す事となった。
今日はボーイッシュスタイルなイエイヌは格好イイよりも可愛いが先に来ているなあ、と春香は心の中で微笑む。
何なら今すぐにでもモフり倒したいくらいではあるがそこはグッと我慢である。
ちなみに、イエイヌ用の『two-Moe』制服制作中の春香にとってこのボーイッシュ路線はよい刺激にもなっていた。
「さあ、姫。ど、どうぞこちらへ。」
と、春香の手をとるイエイヌ。やはりどこかぎこちない動きではあるが、それもちょっとしたスパイスだ。
そういえば、イエイヌはクロスナイトなのだからこの場で執事さん呼ばわりはちょっと不適切かな、なんて思う春香は少し考えてからイエイヌに手を伸ばして言う。
「じゃあ可愛い騎士さん。エスコートお願いね。」
そうして春香の手をとってエスコートするイエイヌ。
ここまでの動きは完璧だ、と心の中でガッツポーズのともえと萌絵である。
サプライズティーパーティーの準備と並行して付け焼刃ながら立ち居振る舞いの演技指導をした甲斐があったというものだ。
ちなみに、どさくさに紛れて散々自分たちも姫呼びしてもらったのはちょっとした役得と思っているともえと萌絵であった。
そして何より、姫呼びを乗り越えた今となっては、勢いで春香をお母さんと呼ぶのだってぐっとハードルが下がっているはず。
さあ、次はリビングへ移動して、春香をテーブルにつかせたら、得意のお茶を淹れるだけだ。
リビングのテーブルまでのエスコートを終えて、いざ、という時テーブルについた春香がこんな事を言い出した。
「もしかして、皆も知ってたの?」
その春香の言葉に一瞬時間が止まる。
知っていた?何が?
と、これは完全に想定外のセリフだった。
戸惑うイエイヌ達を余所に春香はエプロンのポケットから一枚の封筒を取り出すと、その中身を広げて見せる。
それは市役所からの封書だった。
そこにはイエイヌが正式に遠坂家で保護されることを認める通知であった。
今までは仮保護で、もしもこの家がイエイヌの保護に相応しくないと判断されれば別な場所での保護になったであろう。
だが、これからは本保護だ。公的にもイエイヌは遠坂家の一員として認められたという事でもある。
そして、これからはイエイヌは遠坂イエイヌとしてこの街の住民の一人となった、という事でもある。
なるほど、これはお祝いには相応しい。
だが、この想定外に果たしてイエイヌは対応出来るのか。事によっては作戦が台無しなるかもしれない。
ハラハラと見守るともえと萌絵。しかし、春香の目の前で下手なアドバイスなど送ったらそれもそれで作戦台無しコースだ。
そしてラモリさんも遠巻きに「やっぱりサプライズ計画をバラしておくべきだったのか!?」と悩んでいた。
「ええと、これはこれでもちろん嬉しいんですが…、今日はわたしの事じゃなくて春香さんの事でお祝いなんですよ。」
ハラハラと見守られる側のイエイヌはというと意外にも落ち着いたものだった。
春香の出した封書の上にそっと一枚のメッセージカードを置く。
それは本当は最後の最後にとっておく保険とも言うべき切り札だった。
そこには
~母の日 Ⅱ~
という飾り文字の下に、大分上手になった文字で
『春香お母さん ありがとうございます。』
と書かれていた。
ここが正念場、とばかりにともえと萌絵も一歩を踏み出し
「そう!母の日を二回やっちゃいけないって決まりはないから、今日は母の日その2なんだよっ!」
「そうそう!普通の母の日の時はまだイエイヌちゃんがいなかったから今日こそが真の母の日なんだよっ!」
完全に打ち合わせにはなかったがもうノリと勢いだけで援護に入った。
これには、あらまあ、と言いたげにもう一度目を丸くする春香。
春香の動きが完全に止まった今がチャンスだ!
ともえと萌絵も、そして普段は見守る事に徹しているラモリさんまでもがイエイヌに合図を送っていた。
そこでハッと気が付いたイエイヌ。
学校から帰る道すがらも何度も練習したたった一言を絞り出そうと全身全霊を掛ける。
「は、春香おかあさん!いつもありがとうございますっ!」
そしてついに目的の一言が出た。
よし!と手のひらを合わせるともえと萌絵。そして今日はラモリさんの多機能アームもそこに加わっていた。
そして、肝心の春香の反応はというと……。
「~~~~~!!」
もう無言のままにイエイヌに飛びつき抱きしめてめちゃめちゃモフっていた。
すっかり顔まで埋めてモフってるのは油断するとあまりに嬉しくて泣きだしそうなのを隠す為でもあった。
「はい。イエイヌちゃん、萌絵ちゃん、ともえちゃん。お母さん今日はとても嬉しかったのでこのままイエイヌちゃんを離したくありません!」
と散々モフモフしつつ春香はキッパリと宣言した。
もう、どうぞどうぞ、と萌絵もともえもほっこりとその様子を見守っていた。
当初予定していたのとは全然違うが結果オーライだ。
ただし、問題が一つ。
「あ、あのですね。わたし、この後春香さんにお湯に葉っぱ入れたヤツを淹れたかったんですが…。」
とモフられたままではそれが叶わないイエイヌが控え目に言う。
そこに挙手したともえ。
「大丈夫!ともえスペシャル新作があるから!」
「だ、ダメですともえちゃん!?春香お母さんにそんなものを飲ませるわけには!?」
「そんなものってイエイヌちゃんヒドくないっ!?」
そんな賑やかな言い合いを始めたともえとイエイヌを萌絵とラモリさんがホッコリと見守っていた。
既に自然と春香の事をお母さん呼びになっている事に作戦成功を確信する萌絵とラモリさんだった。
そして春香は終始ご機嫌でイエイヌをモフり続ける。
おそらく今日はこのまま春香がイエイヌを離す事はなさそうだ。
の の の の の の の の の の の の の の
その後は結局、春香がイエイヌを離したがらなかったので色々と想定通りにはいかなかった。
イエイヌ得意のお茶の代わりに新作ともえスペシャルが振舞われるハメになったり、その後のお茶菓子タイムも春香がイエイヌにはい、あーんをしたりと、ともかく賑やかな一夜だった。
サプライズティーパーティーから夕飯が終わっても春香がイエイヌを離したがらなかったので、ずっとモフられっぱなしのイエイヌ。
結局その日は一晩中、春香がイエイヌを独占する事となったのだが、ともえと萌絵はそれに異議を唱える事はなかった。
なんだかんだでイエイヌも満更ではないことを知っていたからだ。
一夜明けた今日も春香はご機嫌だった。
昨日のお礼に、と今日はお弁当をいつもよりも豪勢にしてみた春香である。
「じゃあ、萌絵ちゃん、ともえちゃん、イエイヌちゃん。三人とも気を付けていってらっしゃい。ラモリさんも皆をよろしくね。」
それに三人とラモリさんがそれぞれに返事をする。
そして、口を揃えて…。
「「「いってきます、春香お母さん。」」」
という言葉に、春香は嬉しそうに目を細める。
今日から名実ともに遠坂家は三人姉妹となり、遠坂春香は三人の母親となったのであった。
けものフレンズRクロスハート第9話『クロスナイトは甘えたい』
―おしまい―