時は再び1年程前に遡る。
白い濃霧の中で翻弄されて額に一撃を受けたクロスシンフォニーであったが、幸いにもダメージは大した事はなかった。
少しばかり額に痛みがあって、赤く腫れているようではあるがその程度の被害だった。
なるほど、これが頭痛の正体か、と納得したクロスシンフォニー。
濃霧の晴れた旧校舎へと続く道を歩いてみたし、旧校舎の中も調べたが結局セルリアンの手がかりを見つける事は出来なかった。
既に完全下校時刻も過ぎてしまった為、校内に長居する事も出来ず、変身解除したクロスシンフォニー達は一度場所を変えて対策を考えるため作戦会議をする事にした。
その場所こそが春香のいる喫茶店『two-Moe』だったのだ。
事情はよくわからないが、自分たちと同い年…もしくは年下にすら見える小さな女の子が頑張っているお店、と勘違いしていたかばん達は『two-Moe』をひいきにしていた。
そして、とある事情で春香はクロスシンフォニーがセルリアンと戦って街を守っている事を知っていた。
なので、『two-Moe』は気兼ねなくセルリアンの話が出来る場所でもあったのだ。
早速定位置となった一番奥のテーブルに座るかばん達。テーブルの真ん中にラッキービーストをちょこんと置いて作戦会議を開始した。
「やっぱりあの濃霧が厄介ですよね…。」
今日は店内だというのに、珍しくトレードマークとなっている二本羽根のついた帽子をかぶったままのかばんが言う。
それに頷く一同。
「それにさー。何を飛ばして来てたのかわからないけど、あの射撃も厄介だよー。濃霧の中なのに私たちの位置が正確にわかってるみたいだったからねえ。」
そのフェネックの言葉にも全員頷かざるを得なかった。
「ラッキーさん、あのセルリアンは何を飛ばして来てたかはわからないですか?」
とテーブル中央のラッキービーストに訊いてみるかばん。
「わからないヨ。何せあの霧デ光学センサーが殆ど効かなかったカラ解析できなかったんダ。」
普段は検索してみて該当するものがなければ「アワワワワ。」となるラッキービーストも検索そのものが出来ずにいた。
「ケド、今までのセルリアンに比べテ、あんまり攻撃力は高くないネ。」
というラッキービーストの言葉に頷く博士。
「確かに今回のセルリアン…。攻撃力が低いのは幸いだったのです。おかげで大した怪我もせずに済んだのです。」
「でもいくら攻撃力が低いって言ったって、あれだけ連射されたら大変だよぉー。」
博士の言葉にサーバルはテーブルに顎を乗せて疲れた様子を見せた。
今まで出た言葉のどれもが実感がこもっている。実際に全員が戦いに参加していただけにどの言葉も正しい事は全員がわかっていた。
相手の強みは理解出来たが、ではそれをどう攻略していくか…。それが難題であった。
「あの濃霧の中を動くのならやはりフェネックシルエットが一番なのです。それは間違っていないと思うのです。」
助手の言う通り、砂漠の砂に穴を掘って地中ですら状況把握が出来るというフェネックギツネの特徴をもつフェネックシルエットは今回の濃霧対策にはうってつけだった。
「けどさー。サーバルが言う通り、あの連射力は厄介だよー。無理やり前に進もうとしたってまたハチの巣だよー。」
特にフェネックはフェネックシルエットとして一番近くで戦ったわけでその言葉は一段と実感がこもっていた。
「なら、私のアフリカオオコノハズクシルエットか助手のワシミミズクシルエットで空から近づくというのは…。」
「いえ、空から近づいても結局濃霧に突っ込むのは変わりないです。むしろ思わぬ障害物に衝突するかもしれないぶん危険かもしれません。」
博士の提案にかばんは被りを振る。
「ってことは私のサーバルシルエットで一気にスピードで駆け抜けるって手も…」
「間違いなく途中で木にぶつかるですね。」
「サーバルはドジっこだからそうなる未来しか見えないのです。」
「もぅ!博士も助手もヒドイよぉ!」
とは言え、空から近づく案もスピードで一気に駆け抜けるという手も難しいように思えた。
やはりここはフェネックシルエットを中心に作戦を考える他なさそうだ。
「むむむぅ……なんで…」
とここに来てアライさんが唸り声をあげる。
何事かと全員がそちらを見ると同時、バッと顔をあげるアライさん。
「なんで誰もアライグマシルエットについては触れないのだー!アライさんの可能性も探って欲しいのだー!」
アライさんが言うように最初からアライグマシルエットに関しては今回の突破口としては除外されていた。
アライグマシルエットは手で触れたものの特徴を把握する破格の分析技である『アライアナライズ』を使えるし、手先も器用なので即席トラップを作ったりも出来る。
だが…
「だってアライさーん。アライグマシルエットって若干目が悪いからねぇ。」
フェネックの言う通り、アライグマシルエットは視覚がよくないという弱点もある。
今回、濃霧を突破するには一番不向きだと思われたのだ。
つまるところ、フェネックシルエットを中心として濃霧を突破しなくてはならないのだが、何か対策がないと今日と同じ結果になってしまう。
今のところ、八方塞がりに思えた。
と、そこに…。
「みんな、そろそろ注文決まったかしら?」
春香がやって来た。
慌ててメニュー表を見る6人。作戦会議に夢中で全然何を注文するか決めていなかった。
「ごめんなさい。お話の邪魔をしちゃったかしら?お水のおかわり持ってくるからゆっくり決めてね。」
春香としてもこのタイミングで話しかけたら邪魔になるのは分かってはいたのだが、大分煮詰まってしまっているようだったので少しでも空気を入れ替えてあげたかった。
そして、かばん達としても何も頼まずにお店に長居するわけにはいかない。
たとえ春香がクロスシンフォニーの協力者だとしても、年下(だと思い込んでいる)の子に迷惑を掛けるわけにはいかないのだ。
「あ、いえ、注文します。」
と反射的に答えるかばん。とはいえ、現在のお小遣い事情は芳しくなかった。
なので、あまりお高いものは頼めない。それは全員似た様なもののようだった。
だというのに…、全員の視線はメニュー表の一つに釘付けになっていた。
それは1ページ丸々使って宣伝されている期間限定メニューの超ジャンボパフェであった。
もちろんお値段は結構してしまう。
だが、考えれば考えるほど、その超ジャンボパフェに目がいってしまうのだ。
早くしないと春香にも迷惑がかかる、と全員が焦りを覚える。
「だったらさ、コレ頼んでみんなでわけっこしない?」
と言うサーバルの言葉に全員がナイスアイデア!と目を輝かせた。
確かに結構なお値段の超ジャンボパフェであるが、6分の1なら現在のお財布的にも優しくなる。
「わかったわ。じゃあ作ってくるからちょっと待っててね。」
と、春香がキッチンへ向かおうとしたところで…。
「ちょっと待ったなのです。」
と博士が待ったをかけた。
何事だろう、と博士を見る一同。
そんな中で博士は一度店内をぐるり、と見まわして他にお客さんがいない事を確認。
「そのジャンボパフェ。変身して食べたらどうなるか、興味がないですか?じゅるり。」
その言葉に一同ハッとする。
「なるほど、変身して出来る事の検証というわけですね。これは重要な事なのです。決してジャンボパフェを丸ごと味わいたいというわけではないのですよ?じゅるり。」
博士の言葉に助手が早速食いついた。語尾に食い意地が出てしまっているがそこは敢えてスルーされていた。
かばんを除く全員がその提案を面白そう!と思っていたからだ。
「で、でもそれはさすがにお店にも迷惑がかかりますし、他のお客さんに見られたら…。」
と、しどろもどろに反対意見を言うかばんであったが…。
「あら、私は構わないわよ。私も実際どうなるのかって興味あるし、この時間には多分他のお客さんも来ないわよ。」
と春香にあっさりと許可されてしまってはお店の事情でダメという事は出来なかった。
一縷の望みをかけてラッキービーストに助けを求める視線を送ってみるかばんであったが…
「タマニは、イイんじゃないカナ。」
とその望みもあっさり断たれてしまった。そして他のメンバー達に「さすがボスぅ!」と抱えられていた。
「じゃあ、ジャンボパフェを作ってくるからちょっと待っててね。」
春香がキッチンへ入って待つことしばらく。
超特大サイズのジャンボパフェがやって来た。
それは大きなグラスに渦を巻いたホイップクリームがそびえたち、グラスの淵にはバナナやキュウイ、イチゴなどがトッピングされている。見た目にも鮮やかなジャンボパフェであった。
これには博士と助手ならずとも、思わず「おいしそう…」と声が漏れてしまった。
かばんは運んで来た春香に「ほんとにいいの?」と視線を送るが、「もちろん」とでもいうように笑顔で頷かれてしまった。
みんなワクワクした目でかばんを見ているので、もう覚悟を決めるしかない。
やけくそ気味に…
「変身!」
と叫び、他のメンバーの
「「「「「「クロスシンフォニー!」」」」」」
という声が重なる。
サンドスターの輝きがその場を覆い隠し、一瞬後に現れるのは金色の髪に白いブラウス、ヒョウ柄のスカート姿のクロスシンフォニー・サーバルシルエットであった。
初めて変身を間近で見ていた春香の小さな拍手が続く。
それにちょっと気恥ずかしそうに頭の後ろをかいてみせるクロスシンフォニー。
「ともかく…。じゃあいただきます。」
一度手を合わせてから、クロスシンフォニーはスプーンを手にとった。
スプーンを手にとるとあらためて大きさが比較されて、その特大サイズのジャンボパフェがどれだけジャンボなのかより際立った。
心の中では他のメンバーがわくわくしている様子が伝わってくる。
とりあえずホイップクリームをひとすくいして口の中に入れてみる。
『あまーい!』
と心の中でサーバルが喜んでいる様子が伝わってくる。
だが、ホイップクリームの層だけで結構な量だ。ちょっと食べ方を工夫しないと甘さに飽きてしまいそうだ、とかばんはあたりをつける。
なので、なるべく一点を掘るように、下の層を目指していった。
アイスクリームの層にたどり着けば、そこで味が変わってくるはずだ。
途中でトッピングされた果物類を挟みつつクロスシンフォニーは最初のホイップクリームの層を進んでいく。
なるほど、キュウイやイチゴなどやや酸味が強いフルーツの方が甘さをリセットするのにはちょうどいい。
程なくしてグラス内の最初のアイスクリームの層に到達した。
そこをホイップクリームと混ぜるようにしてアイスクリームとホイップクリームの両方を攻略していくクロスシンフォニー。
『ホイップクリームとバニラアイスの組み合わせは中々ですね。助手。』
『ええ。今度おうちでもやってみるのですよ。博士。』
この組み合わせは鉄板だ。食べ進めるクロスシンフォニーにも勢いが増す。
あれだけあったホイップクリームとアイスクリームの層はあっという間に平らげられていった。
続けて現れるのは再びホイップクリームの層だ。
溶けかかったバニラアイスが混ぜ合わさって、1層目とは違う味に変化しているのが予想できた。
だが、先程まで食べていたバニラアイス+ホイップクリームの組み合わせと一緒であるから、クロスシンフォニーは飽きも覚悟していた。
しかし……。
『おお!?これはなんなのだー!?クリームの中にモチモチしたものが隠れているのだー!?』
『これって白玉団子かなー?面白い食感だねー。』
『し、しかもなんかザクザクしたのも混ざってるのだー!』
『こっちはシリアルを混ぜてあるんだねえ。さっきまでと味に変化があって面白いねえ。』
と、食べ進めていくとアライさんとフェネックが言った通り、白玉団子やシリアルが顔を出して味と食感に変化をもたらす。
その食感を楽しんでいるうちにあっという間に第二のホイップクリームの層も制覇していた。
最後は再びアイスクリームの層である。
いきなりカラメルソースがお出迎えであった。
「なるほど……。ちょっとビターなカラメルソースが嬉しいですね…。」
ここまで甘い味が続いていただけに、カラメルソースに隠されたちょっとした苦みはよい清涼剤となった。
「(多分、カラメルソースを作るときに隠し味でインスタントコーヒーを混ぜたのかな?これ、おうちでも作れそう…。)」
かばんは心の中で味を分析していた。
外で何かを食べる時には味を分析しておうちで再現するのが常であった。
「(でもサーバルちゃんとノナ母さんは苦いのあんまり好きじゃないからミライお姉ちゃんに試してもらおうかな?あ、ミライお姉ちゃん用ならラム酒とか少し混ぜちゃってもいいかも。)」
とアレンジレシピまでも考えていると…。
『かばん!我々にもそれを食べさせるのです!』
『これはとても美味しいのです!なので我々にも作るのです!』
その心の声を察知した博士と助手がそう言い始める。
変身中は一心同体なわけで、油断するとこうした心の声は察知されてしまうのだった。
『私も!私も!』
と言うサーバルに、かばんは今度のオヤツにこのアレンジカラメルソースを利用したちょっと苦めのプリンでも作ってみようかな?と考える。
家族分はおうちで作れるからいいとして、博士助手とアライさんとフェネックの分は保冷バッグとかを使えば何とかなるかな?とさらに考えを巡らせていく。
『アライさん達の分も作ってくれるのかー!ありがとうなのだ!やっぱりかばんさんは偉大なのだー!』
『よかったねえ。アライさーん。』
と嬉しそうな声が聞こえてくると、何とか実現したくなってしまう。
そうやって考えているうちに、あっという間に最後の層も制覇してしまった。
特大ジャンボパフェ、完食である。
「ごちそうさまでした。美味しかったです。」
言いつつ変身解除したクロスシンフォニー。元の6人へと戻る。
「でも、さすがにこれだけ食べるとおなかが苦しいですね。今日の夕ご飯入るかなあ…。」
と零すかばんに他の5人が「「「「「え?」」」」」という顔をする。
「いや、私は全然おなかが苦しくはないですが助手はどうなのです?」
「ええ、私も…。おなかが苦しい、という程ではないのです。」
その博士と助手の言葉にアライさんとフェネックも自身のおなかをさすってみる。
「アライさん達もおなかが苦しい、という程ではないのだ。」
「もしかして、かばんさんだけがおなかが苦しくなってるー?」
と考え込む一同。
「クロスシンフォニーはかばんが中核となるわけで、変身解除後はかばんだけが食事をした状態…?いや、それだと我々もちょうどいい満腹感を得られた説明が…。」
と真剣な表情で考え込む博士。
しばらく独り言のようにブツブツと考えに没頭する。
そして、かばんへと顔を近づけるとじーっとその瞳を覗き込む。
すぐ近くに博士の顔があってタジタジのかばん。
「あ……、あの…博士先輩?」
と、戸惑いを口にしたかばんに、博士は店内だというのに被ったままにしていたかばんの帽子をひょいっと脱がせた。
そして、そのままかばんの前髪をあげさせると…。
「「「「あー!?」」」」
と全員がそれを見て驚愕の声をあげた。
かばんの額にだけ、まだ赤い跡が残っていた。
これはクロスシンフォニーがセルリアンの射撃を受けた位置である。
「助手。」
と目配せする博士。その意を汲み取って、助手はささっとかばんの脇にまわると、なんと制服のスカートを捲り上げてしまった。
「ひゃわぁあああ!?じょ、助手先輩っ!?!?」
と思わず悲鳴をあげてスカートを抑えるかばんであったがもう遅い。その露わになった太ももには、ちょうどクロスシンフォニーが先程射撃を受けたのと同じ位置に同じように赤い跡が残っている。
「誰か、同じ跡が残っている者はいるですか?」
博士は自身の前髪をかき上げながら訊ねるが、誰の額にも同じ跡はない。
そして太ももの跡も同様だった。
「まったく…。かばん。お前というやつは…。」
ハァ、と嘆息してみせる博士。その嘆息には呆れが混じっていた。
サーバルもアライさんもフェネックも何がどうなっているのだろう、と戸惑ってお互いに顔を見合わせる。
そこに助手が解説の声をあげた。
「博士は気づいたのです。かばんはクロスシンフォニーに変身した際、痛いとか苦しいとかそういうのは私たちに来ないように全部自分だけで引き受けている、という事に。」
それに再び「「「えー!?」」」とサーバル、アライさん、フェネックの三人が驚愕の声をあげた。
かばんは気まずそうに視線を逸らしているあたり、助手が解説した事は本当なのだろう。
「しかも、さっきのパフェでわかったのです。かばん。変身中の色々な割り振りはかなりコントロールできるのではないですか?」
さらに顔を近づける博士にかばんは観念したかのようにコクリと一つ頷く。
「しかし、こうなると、あのセルリアンとの戦いにも一つ作戦があるのです。」
そのことを黙っていた罰だ、と言わんがばかりにツン、とかばんの額を指でつついた博士。そのままみんなに振り返って言う。
「この作戦の鍵は、アライ。お前なのです。」
先程一番に濃霧突破役から除外されたアライグマシルエット。しかし、それを使うという事だろうか。
博士はテーブルにみんなを集めてコショコショ、と作戦を説明する。
「そ、そんな!?そんなのダメですよ!?」
と、かばんが反対の意を示すものの…。
「いや、アライさんやるのだ。かばんさんが痛いのはアライさんだってイヤなのだ。だから任せるのだ。」
かばんの肩をポム、と叩くアライさん。
「そうなのです。我々は先輩でしかもこの学校の長なのです。少しは頼る事を覚えるといいのです。」
「かばんは優秀ですが他人に任せるという事をしないで我慢してしまうのが悪い癖なのです。」
と博士と助手もそれぞれにかばんの肩に手をおく。
「それにさー。ほら、見てみなよー。」
と今度はフェネックがサーバルを指さす。
フェネックの示した先にはしょんぼりしたサーバルがいた。
「ごめんね。かばんちゃん。私、一番最初にかばんちゃんと一緒にクロスシンフォニーになってたのに、全然気づかなかったよ。」
そんなしょんぼりした顔をされてはかばんの胸も痛んでしまう。
「だけどね!これからは一緒がいい!楽しい事だけじゃなくて痛い事も辛い事も一緒にしたい!お願い、かばんちゃん!」
その訴えにとうとうかばんも折れるしかなかった。
「ありがとう、サーバルちゃん。ありがとうみんな。じゃあ、明日博士先輩が考えてくれた作戦でもう一度あのセルリアンと戦おう。そして今度こそ勝とう!」
かばんの差し出した手の甲にまず博士と助手が手を乗せた。
「もちろんなのです。我々はかしこいので。」
「ええ。我々は学校の長なので。」
続けてアライさんとフェネックがその上にさらに手を乗せる。
「アライさん達は嬉しい事は6倍の無敵のチームなのだ!」
「ついでに、これからは辛い事は6分の1の無敵のチームだねえ。」
そして最後にサーバルが手を乗せて、さらにその上にラッキービーストを乗せた。
「じゃあ、今度こそ勝ってかばんちゃんにオヤツ作ってもらって祝勝会しようね!ボスも一緒に!」
「マカセテ。」
こうして1杯のジャンボパフェはクロスシンフォニーの結束をより強固なものにしたのだった。
の の の の の の の の の の の の の の
翌日。
時刻はもうすぐ下校時刻となる夕方。
何故かはわからないが、あの濃霧は下校時刻の放送が鳴り始めると同時に現れて、完全下校のお報せの頃に消えてしまう。
その短い間にセルリアンを見つけ出して倒さなくてはならない。
夕暮れの中、6人は揃って濃霧が発生する問題の場所で待ち構えていた。
と…、下校時刻を報せる校内放送が鳴り始める。
かばん達6人は同時に左腕をバッと前に突き出して制服の袖の下に隠された腕時計のようなものを露わにし、それを揃いのポーズで引き寄せて叫ぶ。
「変身!」
「「「「「「クロスシンフォニー!」」」」」」
サンドスターの輝きと白い濃霧が現れるのは同時だった。
濃霧の中でフェネックシルエットへと変身したクロスシンフォニーは旧校舎へ向けて走る。
―ヒュン!
と風切り音を伴って、昨日と同じように謎の射撃攻撃が開始された。
聴覚を頼りに回避しながら前へ進み続けるクロスシンフォニー。
だが、前へ進めば進む程、弾幕はどんどん濃くなっていく。
ここまでは昨日と同じだ。
『アライ。かばん。準備はいいですね?』
確認するように博士の声が心の中に響く。それにアライさんが頷いて返す様子が伝わってきた。そしてかばんも既に覚悟は決まっている。
―ヒュン!ヒュン!ヒュン!
昨日と同じように濃くなった弾幕はまず、クロスシンフォニーの足を狙い動きを止めて、そして眉間に狙いすました一撃を放ってきた。
―ビシィ!
と、昨日と同じようにクロスシンフォニーの太ももに射撃が命中した……が、
『いったあああああ!?!?く、ないのだぁああああああああああっ!』
とアライさんが心の中で吠える。クロスシンフォニーの足は止まらない!
動きが止まったところを仕留めるつもりだった必殺の一撃は当然修正を余儀なくされた。
『なんだかんだ、この中で一番根性があるのはアライなのです。我々もアライの根性は買っているのですよ。』
『それはそれで何だか複雑だけど、フェネックやかばんさんが痛い思いをせずに済むならアライさんが全部引き受けてやるのだ!』
博士の立てた作戦とはこれだった。
そう。
クロスシンフォニーは一時的に痛覚のほぼ全てをアライさんに回すという荒業に出たのだ。
旧校舎まであと一歩と迫ったクロスシンフォニー。
しかし、かろうじて間に合ったのか眉間への射撃が放たれた。
「みんな!いくよ!」
かばんは言いつつ痛覚を全員に均等に割り振った。
と同時、歯を食いしばってそのまま走る!
―コッ!
と軽い音を響かせながら額に衝撃が走るが、それでもかまわずにクロスシンフォニーは走り続けてとうとう旧校舎へ辿り着いた。
『うへぇ…。6分の1でも結構痛いね…。』
とサーバルの声が響く。セルリアンの火力が低く、直撃を受けても大きな怪我にはならないからこその強硬策だった。
その作戦はとうとう実を結んで旧校舎内へと侵入できた。
セルリアンは木造2階建ての旧校舎、その2階部分から射撃してきたのだろう。クロスシンフォニーはそこへと駆け上がる。
そのうち、クロスシンフォニーへ射撃できる教室の位置は多くない。
その中で何か物音のする教室の扉をガラリ、と開けるクロスシンフォニー。
と、同時。
―ヒュン!
とクロスシンフォニーに向けて何かが飛んでくる。
扉を開けると同時の狙い撃ちだったが、それは警戒済みだ。
すぐに扉の影に身を隠して射撃をかわすクロスシンフォニー。そして教室の中にいたセルリアンをとうとう発見した。
その姿は最初やたら細長い何かだと思ったが、その実は違った。
一言でいうと大きな黒板だった。
それが横向きになっていたから最初細長い何かに見えたのだ。
そして、黒板の下の方にあるレール状のチョーク置き場を銃身にチョークを飛ばして来ていたのだった。
さらに、その足を形成しているものが正確無比な射撃の原因であった。
それは教室によくある大型の三角定規と分度器である。
それが足のように黒板を支えていた。
黒板セルリアンは今はクロスシンフォニーが教室内に入ろうとしている扉に狙いを定めていた。教室の出入り口を最後の防衛線として入ってくる直前でハチの巣にしようと待ち構えている。
『なーるほど。けどまぁ煙幕はそっちの専売特許ってわけじゃないんだけどねー。』
フェネックの声が心の中に響く。と、同時、教室に砂ぼこりが舞い上がり視界を塞いだ。
それはフェネックシルエットの技、『砂隠れ』である。
砂ぼこりに身を隠したクロスシンフォニーはいとも簡単に最後の防衛線を突破した。
そしてそのまま黒板セルリアンへと肉薄!
「シルエットチェンジっ!アライグマシルエット!」
交錯する直前でアライグマシルエットに変身するクロスシンフォニー。そのままするり、と撫でるようにして黒板セルリアンへとタッチ。
『アライアナライズ』を発動させた。
『ふむふむ、なるほど。このセルリアンは黒板、分度器、三角定規とそして黒板消しのセルリアンがそれぞれ合体しているのですね。』
『ええ。分度器と三角定規で敵の位置を正確に割り出して黒板の長いレールを利用して狙撃していたのです。』
早速『アライアナライズ』で得られたセルリアンの特徴を博士と助手が解説してくれる。
そして…
「白い霧の正体は黒板消しのセルリアンの能力だったんですね。」
クロスシンフォニーの言う通り、黒板消しのセルリアンの能力は自身をバフバフ叩いて白い霧を発生させるものだった。
次々と特徴を言い当てられて、黒板セルリアンはギィ、とたじろぐが、だからどうした!と言わんがばかりにレールの先端をクロスシンフォニーへ向けようとしてきた。
だが、それはあまりにも遅すぎる。
長いレールは遠距離射撃では正確無比な一撃を可能としていたが、反面取り回しは悪く接近戦ではすぐに狙いをつける事が出来なかった。
『さて、あとは最後の仕上げです。』
『最後はサーバルに任せるのさー。』
助手とフェネックの声が聞こえてそれに頷くクロスシンフォニー。
二人の言う通りサーバルシルエットへと変身した。
そのまま、サンドスターを自慢の爪へと集めて黒板セルリアンへと突撃!
「疾風の……!サバンナクロォオオオオオオッ!」
と必殺の斬撃を放つ…と見せかけて…途中でそれを止めた。
かわりにパシン、と黒板消しセルリアンをその手に捕まえる。
爪の一撃を待ち構えていた黒板セルリアンは「!?!?」と驚愕している様子を見せた。
『ふっふっふー!さっき『アライアナライズ』でバッチリ見破っているのだ!』
『そう。黒板セルリアンに爪の斬撃を当てると超音波攻撃で反撃してくることは既にお見通しなのです。』
アライさんと博士の言う通り、黒板セルリアンの最後の奥の手はそれであった。
だが、それも既に見破られれば意味はない。
『じゃあいくよ!かばんちゃん!』
「うん!サーバルちゃん!」
捕まえた黒板消しセルリアンを黒板セルリアンの『石』へ投げつけるクロスシンフォニー。
―ぽふん。
と軽い音を立てて『石』へぶつかる黒板消しセルリアン。
そこに足にサンドスターを集めたクロスシンフォニーはサーバルキャットの特徴である強靭な脚力で飛び込む!
『「烈風の…!サバンナキィイイイイック!!」』
とサーバルとかばんの声が重なって黒板消しセルリアンの上から黒板セルリアンの『石』に強烈な飛び蹴りを叩きこんだ!
―パッカァアアアアン!
と二体まとめてサンドスターへと還る黒板セルリアンと黒板消しセルリアン。
さらに…
『「怒涛のぉ!サバンナクロォオオオオオオッ!」』
着地と同時に今度こそ自慢の爪が煌めく。
数度振るわれるクロスシンフォニーの爪。スクリ、と立ち上がった時には…
―パッカァアアアアン
と、残った三角定規セルリアンと分度器セルリアンもバラバラになってサンドスターの輝きへと還った。
の の の の の の の の の の の の の の
「旧校舎のオバケ騒動もアライさん達無敵のチームが解決なのだー!」
夕暮れ時の通学路を連れ立って歩く6人。
アライさんの太ももにはクッキリと赤い点のような腫れが残っていたが骨などにも異常はなく大事には至っていない。
のしのしと先頭を歩く姿もいつも通りだった。
これは『アライアナライズ』で得られた情報の一つなのだが、あの黒板たちは昔、まだ夜間学校が行われていた頃に使われていたものらしい。
かつては旧校舎で行われていた夜間学校であるが、町内の各高校に定時制学校も整備されてジャパリ女子中学校の夜間学校は役目を終えた。
その後旧校舎に安置されていた当時の黒板や黒板消しや三角定規に分度器がセルリアンにとりつかれてしまったのだ。
ちょうど下校時刻の放送から完全下校のお報せの間に現れるのは、当時、夜間学校の開校時間がその時間だったからであるらしい。
その時間だけに現れるのは、三角定規のセルリアンが特にルールにこだわる特性をもっていたからだった。
「まったく。定規だから杓子定規に時間を守って行動するなんて、サーバルにも見習わせてやりたいですね。」
と博士がサーバルのほっぺをツンツンしていた。
そんなサーバルは「もうー。」と言いつつも、されるがままだった。そしてかばんに向けて言う。
「でもオバケじゃなくてよかったね。かばんちゃん。」
「うん。そうだね。安心したらお腹空いてきちゃった。」
かばんの言葉に全員が空腹を覚えた。
先程の戦いで大分サンドスターも消耗していたのでそれも無理からぬ事だった。
「「我々も!我々もお腹が空いたのです!」」
と博士助手がかばんにまとわりつく。
「そうですね。カレーでよかったら全員分材料もありますし作りますよ。みんなで夕ご飯にしましょう。」
「アライさん達もいいのか!?やったのだ!」
「いやあー、悪いねえ、かばんさーん。」
その姿を見守るラッキービーストはそれぞれの家に、今日は夕飯をご馳走になる旨の連絡を入れていた。
ノナとミライにも今日の夕飯は人数が多くなる旨もあわせて報せておく。そういうところはソツがないのがラッキービーストであった。
「ふふ。ボク達仲間ですからね。」
微笑んでからかばんはトレードマークのくたびれた帽子を脱ぐと前髪をかきあげる。
その額にはセルリアンが飛ばしてきたチョークの跡がまだくっきりと赤く残っていた。
それに全員が同じように前髪をかき上げてみせると、そこには全く同じ赤い跡がついていた。
なんだかそれが仲間の印のような気がして自然と笑いがこみ上げる6人。
その跡はすぐに消えてしまうだろうけれど、6人と1機のクロスシンフォニーチームは決して消える事はないと思えた。
の の の の の の の の の の の の の の
「おおおお!さすがクロスシンフォニー!同じ相手に二度の敗北はないね!さすがだね!」
かばんの思い出話を聞き終えたともえは大満足、というように手をぶんぶんさせて瞳を輝かせていた。
手放しのほめ言葉にかばんは照れ臭そうに顔を赤らめた。
と、ちょうどそこに…
「お待たせしましたー。」
と超特大ジャンボパフェが登場する。
1年前のものとは違い、白のホイップクリームとストロベリーのホイップクリームが交互に渦を巻いて彩りがより綺麗になっていた。
さらにホイップクリームの下の層にはアイスクリームの層があるのだが、より細かく、ハチミツや特製カラメルソースや黒蜜などで層が別れていた。
「ふ…。一年前よりもさらに腕をあげたですね。遠坂春香。」
「みただけで味に変化があって楽しめるのがよくわかるのです。」
と既に博士と助手も大満足であった。
「でも、それだけじゃないのよ。」
とグラスを回転させてみせる春香。先程まで後ろを向いていた面をかばん達に見せると、そこにはチョコレートソースで描かれた目と口があった。
そして口元からペロリ、と小さな舌を出している。
さらにトッピングのチョコチップクッキーがちょうど耳のように見える。
「もしかして、これってイエイヌさんですか?」
というかばんの言葉に春香は嬉しそうに頷いて見せる。
「なんだか食べるのがもったいないくらい可愛いですね。」
というかばんの感想に、博士と助手が青い顔をする。
「なななな、何を言うのですかばん。美味しいものは食べてこそですよ!」
「そうです、こんなに美味しそうなので食べてあげる事が一番なのです!決して我々が食べたいから言っているわけではないのですよっ!」
と慌てはじめた博士と助手に全員顔を見合わせて「ぷっ」と吹き出す。
「じゃあ、博士たちも待ちくたびれてるみたいだし、そろそろ。ね?かばんちゃん。」
とサーバルが促す。
「そうなのです。さっさとしないとサーバルにかばんを抱っこさせたうえではい、あーんで食べさせるのですよ!」
と博士が両手をぶんぶんさせる。
「さ、さすがにそういうのはお外では……。」
と真っ赤になるかばんにサーバル以外の全員が一様に同じ事を思って戦慄した。
「「「「「「「(おうちでならいいんだ……)」」」」」」」
その後、変身したクロスシンフォニーは超特大パフェを見事に完食した。
けものフレンズRクロスハート第10話『1杯のジャンボパフェ』
―おしまい―
【セルリアン情報公開】
・黒板型セルリアン『ブラックボードスナイパー』
黒板型のセルリアン。チョーク置き場を発射台にチョークを飛ばしてくる。
その射撃は長い銃身からかなりの射程距離を誇るが反面接近されると取り回しが悪く狙いが付けづらい。
また、飛ばしてくるのがチョークなのでその火力も低い。
接近された際に爪による攻撃を行うと、イヤな音の超音波を発して反撃してくる。
後述のセルリアン達と合体して遠距離狙撃特化型の手ごわいセルリアンとして登場した。
・三角定規型セルリアン『ジョー・ギリアン』
黒板型セルリアンと合体していた三角定規型セルリアン。
一応刺突攻撃もしてくるが、決して強い個体ではない。
ただし、対象までの距離を正確に測る事が出来る特殊能力を備えており、黒板型セルリアンにその情報を伝えていた。
なお、このセルリアンは何かしらのルールを守りたがる傾向が見られる。
それがどんなものであれ、一度決めたルールを決して破ろうとはしない。
・分度器型セルリアン『ブーン・ドッキー』
黒板型セルリアンにと合体していた分度器型のセルリアン。
盾のような形をしているものの、実は防御力もそんなに高くなく、攻撃手段もほとんど持ち合わせていない。
単体で現れたのならばハッキリ言って弱い個体だ。
だが、対象への角度を正確に測る事ができる特殊能力を持つ。
その情報を黒板型セルリアンに伝えていた。
・黒板消し型セルリアン『イレイサーオクトパス』
黒板消し型のセルリアン。タコのような足が生えている。バフバフと自身の身体を叩きつける事で周囲に白い霧を発生させる特殊能力を持つ。
この白い霧は『サンドスター・ロー』で構成されておりチョークの匂いはしない。
また、強い打撃を受けた時にも白い霧を発生させて目くらましをしかけてくる。
劇中でも実は最後の一撃を受けた際、能力を発動しかけていたが、それよりも早くセルリアンが消滅した為、最後に白い霧は発生しなかった。
体当たりをしかけて服を白い粉で汚す程度の攻撃力しかない上に、防御力も大した事はなく単体で出てくれば弱い個体である。