ドクター遠坂
色鳥町にあるサンドスター研究所の所長。そしてともえと萌絵の父親でもある。
やせ型で年齢相応の渋さもあるのだが、その生活力は壊滅的だ。
放っておくとドンドン身だしなみが乱れていき、せっかくの渋さが台無しになる事もしばしば。
研究員としては優秀であり、機械工作などもかなりの腕前。
ラッキービースト、ラモリさんをはじめとしてクロスシンフォニーのサポートメカも色々と作ってきた。
反面、運動は萌絵と同じかそれ以上に壊滅的。
運動会の父兄参加競技に参加しただけで翌日は筋肉痛で動けなくなる程だ。
ちなみに、女性職員やフレンズも多い職場ではあるが、彼が愛妻家である事は全職員が知っている為、それをネタにからかわれる事も少なくない。
サンドスター研究所ではいよいよショッピングカートのセルリアン、ドンカートと接敵したジャパリバスがモニターに映されていた。
「ジャパリバス、後部ハッチ開放。ラモリケンタウロス発進。」
刻々と移り変わる状況をカコ博士が解説しつつ状況を捉えるのに一番いい監視カメラの映像へ切り替えていく。
ジャパリバスには後部を解放する大型の入り口の他に側面の乗降口と屋根の上に出られるリフトが備えられていた。
ジャパリバスを取り囲むようにじわじわと迫ってくる自転車型セルリアン、サイクラーズ達。
それに対してクロスナイトを乗せたラモリケンタウロスがまず発進して牽制に出るようだ。
さらに屋根にはヘビクイワシフォームに変身したクロスハートが陣取った。
側面乗降口には片側にアムールトラ、もう片方にはワシミミズクシルエットのクロスシンフォニーという布陣だ。
いよいよ戦いが始まっていたが、サイクラーズ達の攻撃方法は体当たりくらいしかないらしい。
まずは取り囲んできたサイクラーズ達を鳥型フレンズに変身したクロスハートとクロスシンフォニーがヒット&アウェイで迎撃していく。
そして取りこぼしはアムールトラが牽制してジャパリバスに近寄らせない。
攻めあぐねているサイクラーズ達にはラモリケンタウロスに乗ったクロスナイトが遊撃を仕掛けて次々と撃破していった。
まずは優勢に戦いを進めているらしい。だが…。
「ふぅむ。彼奴ら一向に数が減らんのお。」
モニターを見るスザクが言う通り、サイクラーズを撃破しても再びドンカートからサイクラーズ達が出現している。
「おそらくではあるけれど、ドンカートの方はサイクラーズを生み出す能力があるのかもしれない。カコ博士。解析を頼むよ。」
「了解。3分時間をくれ。」
ドクター遠坂の予測にカコ博士が応える形で映像からのセルリアン解析に入る。
そんな様子を見守る萌絵とユキヒョウとルリ。
「なんだか本当に秘密基地の指令室って感じがするねえ。」
「うむ。そうじゃなあ。わらわ達も何か手伝えればよいのじゃが…。」
萌絵の言葉にユキヒョウも頷いてあらためて周りを見渡してはみるものの、今のところ出る幕はなさそうだった。
そうしていると、ユキヒョウは未だに静かなままのルリに目が留まった。
「ふぅむ。ルリ。やはり置いて行かれたのがショックか?」
そのユキヒョウの言葉にルリは首を横に振ってポツリと呟いた。
「あのね…。あのセルリアンも本当は私が生んじゃったものなんじゃないかって…。」
かつて無自覚に“セルリウム”を生み出していたルリ。そのせいで生まれたセルリアンはどれほどの数になっているかわからない。
「だから、本当は私が戦わないといけないんじゃないかって…。」
けれど、アムールトラが自分を心配してくれている事だって分かってはいる。
だから危険な場所に行く事には遠慮があった。だからこそあの時、アムールトラに反論出来なかったのだ。
ユキヒョウはそんなルリに向き直り膝をおって目を合わせる。
「のう。ルリ。お主はどうしたい?」
「私は…。私は…。」
ルリはしばらく迷うようにしてからユキヒョウを見つめ返して言った。
「私は戦いたい。私のせいだとしたらアムさんにだけ任せて何もしないでいるなんてイヤだよ。」
ユキヒョウはやれやれ、と言いたげにして自分のバッグから風呂敷包みのようなものを取り出す。
「ユキヒョウちゃん。それなあに?」
成り行きを見守っていた萌絵は一体何を取り出したのだろう、とそれを見てみる。
「うむ、萌絵先輩のように凄いものは作れぬが、まあこのくらいはの?」
取り出した風呂敷包みを解くとそれはケープ状のマントのように見えた。
そして中にはおとぎ話の魔女が被るような三角帽子が入っている。
ユキヒョウはその胸までの短さのケープをルリに着せて三角帽子を頭に乗せた上で紐で顎へとしっかりと留める。
そして仕上げにこれまたおとぎ話に出てくるお城の仮面舞踏会で使うかのような目元を隠す仮面をつけてやった。
「うわぁー。可愛いね!魔女っ子さんかな?」
出来上がったルリに歓声をあげる萌絵。まるでハロウィンの魔女コスプレのようだった。
けれど何で今それを?と疑問に思った萌絵は「まさか」とその答えに行きつく。
ルリは今から戦場へ向かおうと言うのか。
「あ、あのー…それは危険だと思うの。一緒に待ってた方がいいんじゃないかな。」
萌絵は戸惑いつつも挙手しつつ遠慮がちに言った。
確かにルリの三つ編みを伸ばしての移動は他のヒーロー達ですら真似できない程速いかもしれない。だがそれだけだ。
本当にセルリアンと戦う事が出来るのかは疑問しかない。
それに今から移動すると言ったって、そのルリの特殊な移動方法ですらも現場に間に合わないかもしれない。
それでもルリは萌絵の提案に首を横に振った。
「ふむ。どうしても行くというのじゃな?」
いつの間にそばに来ていたのか。スザクがルリを見つめて訊ねる。
それには今度は首を縦に振って見せるルリ。
「うむ。正直その心意気はよし。ならばなけなしの我の加護じゃ。持っていけ。」
スザクは一枚のお札をルリへと渡す。
「それをセルリアンの『石』へ張り付ければ一度くらいは我が炎の力で焼き払えるじゃろう。」
「ありがとうございます、スザクさん。」
礼を言いつつ渡された札をポケットにしまい込むルリ。
「なあに、構わんよ。美味い弁当の礼じゃ。しかし、まさか我がセルリアンに加護を授ける日が来るなど思わんかったわ。」
苦笑と共にルリの頬に手をあてるスザク。
「我はいつでも頑張る者の味方じゃ。無事に戻るがいい。宝条ルリ。」
どうやらルリが戦場に出るのは本決まりらしい。しかし、萌絵にはまだ疑問が残っていた。
「でも、今から行ったって間に合わないかもしれないよ?」
「なあに。足ならあるじゃろ?そこに。」
その萌絵の疑問に事もなさげにユキヒョウが答えた。その視線の先にはガレージに一台残っているジャパリバイクがあった。
そうしているうちにルリは短いケープを翻すようにしていつの間にかガレージへと出ている。ドクター遠坂もカコ博士もモニターを注視していてそちらには気づかない様子だった。
「ま、まじで…!?」
萌絵が驚いている間にルリは三つ編みを伸ばしてその先端をワニの口のように変えるとそのハンドル部分を軽く咥えるようにする。
何をするつもりだろうと萌絵が見守る中、ジャパリバイクはまるで主に答えるかのように大きくエンジン音を響かせた。
カコ博士がようやくそのエンジン音に気づいて驚きの声をあげた。
「なっ!?なんでジャパリバイクが勝手に起動してる!?キーを挿してすらいないのに!?」
「ルリはこういう事も出来るようじゃよ。」
同じく見守るユキヒョウが教えてくれる。その言葉に萌絵は思い当たる事があった。
「カコ博士。セルリアンって無機物を模倣する事が出来るんですよね?模倣するにはその前段階として解析が必要だと思うんですけど…。」
「ああ、つまりルリ君はジャパリバイクを解析して起動した、という事か…!」
萌絵の予想をカコ博士が驚きと共に肯定する。
「ちなみに、我がセルスザクだった時にはこんな事は出来んかったわ。これはこれで宝条ルリの技なのかもしれんの。」
そうしている間にもルリはジャパリバイクに跨ってすっかり出発の準備を整えてしまっていた。
「カコ博士!ガレージのシャッターを閉めるんだ!」
ドクター遠坂の声が響いた。先ほどジャパリバスを送り出した時にガレージのシャッターは開いたままになっていたのだ。
「ごめんなさい!このバイクちょっとだけお借りしますっ!」
言うが速いかルリはバイクのアクセルを捻った。
―ドルゥウン!
と大きく低いエンジン音を響かせたジャパリバイクはそのまま外へ…戦場へと駆け出す。
「ね、ねえ、ユキヒョウちゃん。ルリちゃん大丈夫なの!?」
「うむ。大丈夫じゃよ。」
心配して慌てる萌絵にユキヒョウはやはり落ち着いて自信たっぷりに頷いてみせる。
「なにせわらわのルリは可愛いからの!」
「根拠になってないよっ!?」
思わず萌絵はツッコミを入れてしまったが、まあ、こうなってしまってはルリの無事を祈るしかない。
あっけにとられている一同を後目に、ユキヒョウはツカツカと中央に歩み出る。
「さて、わらわもせっかくじゃからやらせて貰おうかの。」
一体何をするつもりなのだろう、と全員がユキヒョウを注目する中、彼女は右腕を真っ直ぐにシュバ!と伸ばしてポーズを決めるとこう叫んだ。
「ジャパリバイク!発進じゃ!!」
ジャパリバイクはとっくの昔に発進済みだったが、それをツッコむ余裕のある者はここにはいなかった。
の の の の の の の の の の の の の の
「ナイトスラァアアアアアッシュ!」
これで10体目。ラモリケンタウロスに跨り純白に輝く骨型の剣を振るうクロスナイトは次々とサイクラーズを撃破していた。
今のところ一番戦果を挙げているのは遊撃に出ているクロスナイトであった。
一番大きな要因としてはやはりラモリケンタウロスの性能が挙げられるだろう。
4つ足の馬のような動きではなく、4本の足の先それぞれに車輪がついていて滑るように移動するのが特徴だ。
これが、曲がったりするときには足の角度をかえたりして、最適な体勢をとれるように調整してくれる。
ケンタウロス、というよりは見た目の動きとしてはアメンボの方が近いかもしれない。
おかげで、スピードの割に小回りも効くのでサイクラーズを遊撃するにはまさにピッタリだったのだ。
「クロスナイト、次は右後ろの集団にツッコむゾ。」
ラモリケンタウロスの制御はラモリさんが正確にこなしてくれていた。
右車輪を前回転、左車輪を後ろ回転させてまるでスピンするように180度のターン。4つの足を目いっぱいまで開いて安定を確保、タイヤを軋ませて方向転換。
ついでに鐙にあたる足かけと太ももを安全ベルトで一瞬だけ固定、クロスナイトが振り落とされないようにしっかりと抑え込んだ。
「了解です、ラモリさん。そのまま突撃しちゃって下さい!」
サイクラーズの集団3体に真正面から突撃するラモリケンタウロス!
「ドッグスロー!」
クロスナイトは今度はフリスビーを大型化させた盾をその集団へと投げつけた。
―パッカァアアアン!
とそれで先頭の一体を撃破。
そのまますれ違い様にナイトソード(鈍器)を振るってさらに追加で2体を撃破した。
「それにしても…!」
「アア。キリがないナ!」
大活躍のラモリケンタウロスとクロスナイトであったが、しかし戦況は膠着していた。
倒した分だけ次々とサイクラーズがドンカートから飛び出しては再びジャパリバスへと迫って来る。
「やっぱり、ドンカートの方を倒さないとダメという事でしょうか。」
ジャパリバスへ迫るサイクラーズの一体をヒット&アウェイで倒したクロスシンフォニー。わずかな隙に考え込む。
出来る事ならアライグマシルエットに変身してセルリアンを解析したかったが、この高速移動中では非常に危険だ。
「せめて『石』の場所がわかれば…!」
屋根の上のクロスハートも焦りの声をあげる。
「それだったラ。いま、解析できたヨ。カコ博士がデータを送ってくれたからネ。」
その声の主はジャパリバスの運転席のラッキービーストだった。
「ほんと!?ラッキーちゃん!?」
「モチロン。ドンカートの『石』はあの荷台の上にあるヨ。」
ラッキービーストの教えてくれた『石』の位置はここからでは確認できない。
何せドンカートは大型ダンプくらいの大きさがあるのだ。小型のジャパリバスでは屋根の上から見てもその荷台は見通せない。
となると『石』を攻撃するためにドンカートの荷台に飛び移るのがよさそうだが、この高速移動中にどうやってそれをするかが悩みどころだった。
そうして悩んでいると…。
ドンカートの開いている後部ハッチからサイクラーズ以外のものが飛び出して来た。
それは、クロスハート達もよく見知ったものだった。そう、それは……。
「バナナの皮ぁあああああああああ!?!?」
前方を走るドンカートがバラ撒いて来たのはバナナの皮だった。ジャパリバスよりも後方を走るラモリケンタウロスは辛うじてバナナの皮をかわす事が出来た。
だが、ジャパリバスはそうはいかない。
―グニュリ。
とタイヤを通してバナナの皮を踏んづけるイヤな感触がした。
「あれ?でも滑らない?」
クロスハートがほっと安心した次の瞬間、いきなりジャパリバスが制御を失ったかのように大きく挙動を乱す。
「アワワワワ。」
ラッキービーストの慌てる声が響く中でクロスハートはバスから振り落とされないように屋根に設えられた手すりにしがみつくのでやっとだった。
実はバナナの皮は広がった状態で踏んでもそれほど滑るわけではない。
ところがどっこい、これが閉じた状態で踏んづけてしまうと重なり合った皮の上側がとんでもなく滑るのだ。
つまり、滑るものと滑らないものが混じり合っているせいでラッキービーストの自動操縦がしづらくなっているのだった。
「ラッキーさん!」
そんな中でクロスシンフォニーは運転席に飛び込んで叫ぶ!
「ラッキーさん、セミマニュアルドライビングモードです!」
ジャパリバスのハンドルを握るクロスシンフォニー。
「ラッキーさん!後部客車の駆動系もオンです!車輪制御は任せます。ハンドルの方はボクが!」
素早くラッキービーストに指示を出したクロスシンフォニー。ラッキービーストはそれを最速で実行へと移した。
ジャパリバスは前部が4輪。後部客車が4輪。合計8輪のタイヤがあるが普段駆動するのは前部の4輪のみだ。
けれどドクター遠坂の手によって後部客車にも非常用の駆動系が仕込まれていたのだった。
ラッキービーストはそれを各車輪ごとに制御。滑ったタイヤは空転させて滑っていないタイヤで前へ進む力技でバナナの皮を抜けていく。
そしてハンドルはクロスシンフォニーが抑え込んで制御を取り戻す。
すんでのところで何とかスピンを回避するジャパリバス。
クロスシンフォニーは後部客車のアムールトラと屋根の上のクロスハートを振り返る。
「な、何とか平気や。」
「こ、こっちもぉ…。」
と大分振り回されはしたもののアムールトラとクロスハートが返事を返してきたのでほっと一安心だ。
クロスシンフォニーはそれを確認すると今度は反撃の算段を思考する。
『アライさんはこのまま後ろを追いかけてたらダメだと思うのだ。』
『だねえ。何とか前に出たいねえ。』
アライさんとフェネックの声がクロスシンフォニーの心に響く。
『石』のあるドンカートの荷台に後方から飛び移るには高速で飛ぶ必要がある。
だが、ジャパリバスを前に出してドンカートの前方から飛び移るのなら高速で飛ぶ必要性は殆どなくなる。
けど前に出るにはジャパリバスをドンカートに近づけなくてはならない。それは明らかに危険だ。
『けど、他に手詰まりになっているのも確かなのです。』
『ならばやる価値はあるのです。』
博士と助手の言葉にクロスシンフォニーは決断した。
リスクは承知。
やるしかない。
『いこう!かばんちゃん!』
「うん!みんな!しっかり掴まってて!」
サーバルの声に頷きつつクロスシンフォニーは蹴り込むようにアクセルを目いっぱい踏み込んだ。
一気に加速するジャパリバス。ドンカートの左側へ徐々に寄せていく。
自分を抜き去ろうとするジャパリバスの動きを察知したドンカートはそちら側に身を寄せていってブロックの体勢に入る。
ちょうど抜き去ろうと並んだところで壁と自身の巨体でジャパリバスを挟み込んでしまうつもりだろう。
ジャパリバスの鼻先がドンカートと壁の隙間へとねじ込まれた瞬間…。
「いくよ!ラッキーさん!」
「マカセテ。」
叫びつつクロスシンフォニーは一瞬だけフルブレーキング。重心が一気に前へもっていかれた瞬間にハンドルをほんのわずかに右へ切る。
タイヤに激しいスキール音をさせながら一気にドンカートの左側から右側へと滑っていくジャパリバス。
右側への移動完了と同時にハンドルを左へ回しカウンターをあてるクロスシンフォニー。
そこで絶妙のタイミングでラッキービーストが後部客車側の非常駆動系までフル稼働。
「ターボ、入れるヨ。」
さらに虎の子のターボ機能までオンにしたジャパリバスは制動を取り戻すと同時最高速度へ。一気にドンカートを右側から追い抜きにかかる!
だが、ドンカートもそれに気づいた。
巨体をぶつけるようにジャパリバスへ体当たりを仕掛けてきた。
こうなれば…!と覚悟を決めたクロスシンフォニーはハンドルをドンカートに向ける。このまま逃げる後ろを突かれた方が制御を失いやすい。
ならばここは…。
―ガァン!
と激しい音を立てながらドンカートとジャパリバスが側面をぶつけ合う。
ドクター遠坂によって強化されたジャパリバスの車体はその衝突にビクともしなかった。
小型のジャパリバスだが、パワーはドンカートに引けをとらない。だが、質量の差はいかんともしがたいのか少しずつ押されていっている。逆側の壁へと少しずつ押しやられていっていた。
だが、これはチャンスだ。
ドンカートとジャパリバスが至近距離で並走しているまたとない飛び移りのチャンスなのだ。
「アムールトラちゃん!」
「ああ、わかってる!クロスハート!」
屋根の上のクロスハートがヘビクイワシフォームの翼を広げて飛び上がる。
と同時、
「ぐるぁあああああああああっ!!」
と側面乗降口からアムールトラがドンカートの車体を思いっきりぶん殴った。
それでほんのわずかに車体を離したジャパリバスはその隙にドンカートを追い抜いて前に出た。
そしてクロスハートはドンカートの頭上へと飛び上がっている。
このまま着地すれば『石』のある荷台へと降り立てるはずだ。
だが…。
「うえ!?」
ドンカートのショッピングカートを大型化した荷台の上にはサイクラーズ達が5体ほどクロスハートを待ち構えていた。
―リンリンリィイイイン!
とベルのような音が鳴り響く。それはサイクラーズ達の自転車を模したベルが鳴る音だった。
その音を聞いた瞬間、クロスハートは自分が今上を向いているのか、それとも下を向いているのかわからなくなった。
サイクラーズ達の鳴らしたベルは攻撃力は全くなかった。だが、聞いた者の平行感覚をほんの少し狂わせる効果があったのだ。
それを空中でもろに浴びせられたクロスハートは平行感覚を失って無防備にコンクリートの地面へ落ちていこうとしていた。
このまま落ちれば高速移動中のいま、大怪我は避けられないだろう。
クロスナイトとラモリケンタウロスがクロスハートを拾い上げるべくアクセルを吹かすよりも速く…、青色の鞭のようなものが空中のクロスハートに巻き付いた。
「え…!?」
とクロスナイトが驚きの声をあげるよりも早く、それはあっという間に縮んでクロスハートを青い鞭のような物の持ち主へ引き寄せていった。
「間一髪…、セーフだったかな。」
クロスナイトと並走するのはつい先ほどサンドスター研究所で見たジャパリバイクと、それに跨った魔女の三角帽子を被った何者かだった。
三角帽子の後ろ側から伸びた二本の三つ編みのうち片方が青い鞭の正体らしい。
これには見覚えがあったが、なんで彼女が、と疑問に思うクロスナイト。
ともかく、その魔女帽子を被った小さな女の子は拾い上げたクロスハートをタンデムシートの上に降ろすと再び目いっぱい加速。
ジャパリバイクはその主の要望に従順に従って大きくエンジン音を響かせた。
「え、ええと…。あ、ありがとう。る、ルリ…ちゃん?」
クロスハートはその背中に呼びかける。
が、肝心の本人が…。
「ち、違うよっ。わ、私は!謎のヒーロー!そう、謎のヒーロー!クロスラピスだよ!」
と言いつつポーズを取るのでクロスナイトもクロスハートも、そしてクロスシンフォニーも一斉にこう呟いた。
「「「謎のヒーロー、クロスラピス……。一体何条ルリなんだ…。」」」
「もう殆ど言ってもうてるやん!?!?」
アムールトラのツッコミの通り正体はバレバレなのだが、せっかくの登場だから一同取り敢えず気づかないふりをしておくことにした。
「あ、あとルリ…!じゃなかった!?クロスラピス!?無理してポーズとるんやない!?危ないからしっかりハンドル握れ!?コケるわ!?」
とアムールトラだけは目を白黒させて忙しそうにしていた。
しかし、クロスラピスの参戦によって戦況はさらに動いていく。
現在、サイクラーズ達はドンカートの荷台にいる者以外は全てクロスナイトが倒していた。
そしてジャパリバスを先頭に、ドンカートが続いて、その後ろ側にラモリケンタウロスとジャパリバイクが並走している。
「ん…?」
とジャパリバイクのタンデムシートに座ったクロスハートが声をあげた。
それに気づいたクロスラピスが一体どうしたのだろう、とハンドルを握ったまま振り返る事なく訊ねる。
「どうしたの?クロスハート?」
「うん。作戦、思いついたかなって。」
そこからクロスハートとクロスラピスが何やらこしょこしょと内緒話を始めた。それをジャパリバスの後部客車に乗るアムールトラはハラハラと見守るばかりだ。
「あ、あの二人…!?一体何しとんの!?」
そんな心配するアムールトラに向けてクロスハートは叫んだ。
「アムールトラちゃん!アタシのジャパリボード!こっちに投げてー!」
どうやら作戦は決まったらしい。大きくアムールトラに向けて手を振るクロスハート。
アムールトラはジャパリバスの後部に積み込んでいたいたジャパリボードを拾い上げると…。
「わ、わかった!ルリ…じゃなかった、クロスラピスには無茶させんといてな!?」
言いつつ後方のジャパリバイクへ向けてそれを放る。
「なるべく頑張る!」
なんとも頼りない返事をキッパリと言い切ったクロスハートは空中でジャパリボードをキャッチ。そのまま着地と同時にジャパリボードを起動した。
―キィイイイ!
と内臓モーターが唸りをあげて蹴立てるようにジャパリボードが発進した。
クロスハートは思ってた以上に自分の望み通りに動いてくれるジャパリボードに軽く驚いていた。
それは萌絵が作った制御用AIのおかげだったりする。
ともえの動きのクセをしっかり理解した上で、ジャパリボードの動力を制御しているのだ。ともえの事をよく知っている萌絵だからこその技だった。
ジャパリボードの具合にクロスハートは作戦の実行を後押しされた気分だった。
「よっし!じゃあ行くよ!クロスラピス!」
「わかったよ!クロスハートッ!」
再び一人乗りに戻ったジャパリバイクの上でクロスラピスは二本の三つ編みを伸ばす。
その伸ばした先は大きく迂回させたように孤を描いてドンカートの荷台の頭上だった。
「よぉし!いっくよぉー!」
クロスハートは叫びつつジャパリボードを地面へと押し付けて跳ね返りの反動を利用してジャンプ。そのままクロスラピスの伸ばした三つ編みの上へと着地した。
「いっけぇえええええええ!」
クロスラピスの伸ばした二本の三つ編みはまるでジェットコースターのレールのような役割となっていた。
その上を全開で走り抜けるジャパリボードとクロスハート。クロスラピスの作り出した空中レールの上を走り抜けてそのまま大ジャンプ。
空中で頭を下にして二回転を入れるというトリックまでも決めつつドンカートの荷台へ飛び込もうとした。
しかし、それは先ほども迎撃されたはず。
荷台の上から10体に増えたサイクラーズ達が一斉にベルを鳴らしてクロスハートの平行感覚を狂わせに来た。
「うわわっ!?」
先ほどと変わらず空中でバランスを崩したクロスハートは、平行感覚を失い、地面に落ちそうになりながらもニヤリとしていた。
その視線の先に、クロスハートを送り出す為にクロスラピスが作り出した空中レールが形を変えてドンカートの荷台の端っこをしっかりと掴んでいるのが見えたからだ。
「クロスナイトっ!クロスハートをお願い!」
言うが早いか、クロスラピスはドンカートの荷台に繋いだ自身の三つ編みを元の長さに縮めていく。
するとそれに従ってクロスラピスの身体は宙を舞い…。
「よいしょぉ!」
と謎の掛け声を挙げつつ一気にドンカートの荷台へと降り立った。
サイクラーズ達もドンカートも完全にクロスハートの方にばかり意識を向けていてクロスラピスのこの行動には全く気づけないでいた。
その間にクロスラピスは、ペタリ、とスザクから貰ったお札をドンカートの『石』へと貼り付ける。
「じゃ、じゃあそういうことで!」
クロスラピスはシュタ、と片手を挙げるとサイクラーズ達が反応する前に三つ編みを再び伸ばして、今度はジャパリバスの屋根へと飛び移っていった。
一体何だったんだ、と言いたげにサイクラーズ達が顔を見合わせるのに一瞬遅れて……。
―ドカァアアアアアアアアアン!
とクロスラピスの貼り付けたお札が大爆発を起こした。
それをもろに受けたドンカートはサイクラーズ達もろともにサンドスターの輝きへと還っていった。
ジャパリバスの屋根の上へと降り立つクロスラピス。
囮役を見事につとめたクロスハートは今度はクロスナイトとラモリケンタウロスに拾われて事無きを得たのだった。
唯一、主を失った無人のジャパリバイクだけが……。
「「「「「あ」」」」」
と皆が気づくと同時に派手に転倒した。
の の の の の の の の の の の の の の
ジャパリバイクは派手に転倒はしたものの、どうやら無事だったらしい。
ドクター遠坂がしっかりと頑丈に作っておいたおかげで擦り傷は出来たもののそのくらいで済んでいた。
取り敢えずジャパリバイクとラモリケンタウロス、それとジャパリボードもジャパリバスの後部客車に収容して帰り支度を始める一同。
リニア実験線にも大した被害は出ていないし結果は上々と言えるだろう。
そんな中でアムールトラは、まずはクロスラピスの身体をペタペタと触るようにして確認。どこにも怪我がない事を知ってその場にへたり込むように安心してしまった。
「よかったあ…。ルリ…いやクロスラピス…いやもうルリでええわ!ルリに怪我がなくてほんまによかったぁ…。」
そうして安心してしまうと、アムールトラの心の中には何かモヤモヤしたものが顔を出し始めていた。
「なあ、ルリ…。どうして来たん?ここは危ないってわかってたやろ。」
ルリの両肩に手を置き訊ねるアムールトラ。その心の中のモヤモヤはどんどんと大きくなって来ていた。
アムールトラはその感情の昂ぶりのままにルリに声を荒げようと口を開こうとしたその瞬間…。
「はーい、ルリさん、アムールトラ。二人ともちょっとだけいいですか?」
二人の間にヒョコリとクロスナイトが割り込んだ。
「実は昨日、かばんさん達がうちにお泊りして凄く楽しかったので、今日はわたし、ルリさんとアムールトラのおうちにお泊りしたいです。」
シュバ、とクロスナイトが挙手してその返答やいかに!と言いたげに二人を交互に見る。
「あ、ああ。ウチは別にかまわんで。なあ。ルリ。」
「うん、私もイエイヌさんが遊びに来てくれるの嬉しい。」
と二人してクロスナイトにコクコクと頷いていた。
すっかり毒気を抜かれたアムールトラ。その視線がクロスナイト、いや、イエイヌと交差する。
「(またイエイヌに助けられてしもうたな。)」
なんだか苦笑するような表情を向けてくるクロスナイトにアムールトラは心の中で感謝していた。
あのまま感情に任せて何かを言っていたらきっと取り返しのつかない事になっていたかもしれない。
アムールトラはそうならなかった事に心底ホッとするのだった。
ルリとアムールトラの暮らす宝条家に遊びに行く事になったイエイヌの話は、また次回のお楽しみである。
けものフレンズRクロスハート第11話『走れ!ジャパリバス』
―おしまい―
【セルリアン情報公開】
名称:ショッピングカート型セルリアン『ドンカート』
ショッピングカートに取りついて模倣したセルリアン。その大きさは大型ダンプくらいにまで成長している。
巡航速度60km。最高時速で150km程度で暴走する。
主な攻撃方法は体当たり。その巨体から繰り出される攻撃は非常に強力だ。
また、後述のセルリアン、サイクラーズと合体しており、荷台でサイクラーズ達を再生させる能力も持っている。
最大で10体のサイクラーズを搭載し、護衛させている。
倒されたサイクラーズは荷台で再生されて再び襲い掛かってくるのだ。
さらに、かつてショッピングカートに乗せた事があるものを模倣してバラ撒いてくるという特殊能力も持ち合わせている。
劇中で繰り出してきたバナナの皮はこの能力を使用したものだ。
模倣できるものは食品などの単純なものに限られるが意外なところで意外な力を発揮する。
高速で走り回るこのセルリアンに如何にして接近するかが攻略の鍵だ。
名称:自転車型セルリアン『サイクラーズ』
自転車に取りついて模倣したセルリアン。単体であらわれれば大した強さではない。
主な攻撃方法は体当たりではあるが、その大きさや質量は普通の自転車程度なので、威力としてもそこそこだ。
このセルリアンは自転車のベルを鳴らしてそれを聞く者の平行感覚を狂わせるという特殊能力がある。
一体だけならこの能力は大した事はなく、一瞬立ち眩みでもしたかな?という程度でしかない。
しかし、複数のサイクラーズが集まってこのベルを鳴らした時には特に飛行中の鳥フレンズにとっては大きな脅威となるだろう。