名前:クロスラピス
パワー:E スピード:S 防御力:D 持久力:S
宝条ルリが変身(?)したヒーロー。
変身とは言っているものの実際にはコスプレである。
ユキヒョウの用意した魔女帽子に目元を隠す仮面とそれに短いケープをまとったハロウィンの魔女のような姿をしている。
長い三つ編みを伸ばして先端をワニの口のように変化させて色々な場所を掴んで移動する技を持っている。
そのスピードや小回りのよさは他のヒーロー達ですら追いつけない。
変幻自在の空中機動力が最大の武器だ。
反面、クロスラピス本人のパワーは強くはなく、火力不足は否めない。
どうやら他にもまだまだ特殊な能力が眠っていそうだが果たして…。
「……イエイヌ。」
「……ええ。アムールトラ。」
二人は大ピンチに陥っていた。
二人で先にお風呂をいただく事になって、仲良く背中を流しっこしたまではよかった。
二人が出会った思わぬ大ピンチとは……。
「シャンプー…自分でした事ある?」
「いいえ…。」
シャンプーだった。
アムールトラは大体ルリかユキヒョウに洗ってもらったり、まれに“教授”がシャンプーしてくれていた。
イエイヌの方はと言えば、ともえと萌絵と春香が洗ってくれていた。
二人に共通する事は一つ。自分でシャンプーした事がなかったのだ。
だが、二人ともシャンプーの際、泡が目に入った時の痛みは経験済みだった。
この二人で上手くシャンプーする方法は……思いつかなかった。
なにせ、される方は両目をキツク閉じて相手に全て委ねるしかない。相棒がミスれば目が痛くなるコースへまっしぐらだ。
「なあ…、いっそ今日はシャンプーなしで終わらせるってのは…。」
そのアムールトラの提案にイエイヌも思わず頷きそうになる。
だが、シャンプーするとしないとでは毛並みが全然違うので、しなかった事はバレバレになるのだ。
「アムールトラ…。わたしは貴女を信じていますよ。」
戦う決意を秘めた眼差しのイエイヌ。両目を静かに閉じると背中をアムールトラに向けた。
ここまで覚悟を決められてしまえばアムールトラとしても応じざるを得ない。
慎重にシャンプーをボトルから手にとると、普段ルリ達がするようによく泡立てて、いざ!とイエイヌの頭へと両手を伸ばした。
ともかく、アムールトラとしては爪を立てたりしないように慎重に慎重を重ねざるを得なかった。
「あぁー…。意外と上手ですよ、アムールトラ。でももう少し強めでも大丈夫です。」
もう少し強めがイエイヌのリクエストだったが、アムールトラは力を強める事が出来ずにいた。
万が一にもイエイヌに痛い思いをさせたくない、という意識が手に力を籠める事をためらわせる。
そうしていると、イエイヌが忍び笑いをもらしはじめた。
どうしたのだろう、と思っているとイエイヌが口を開いた。
「いや、洗い方も人それぞれなんだなあ、って思って。アムールトラのは性格通り優しい感じがします。」
そんな風に言われてしまうと、なんだか照れ臭く感じてしまうアムールトラ。そのままおっかなびっくりな手つきでシャンプーを終えた。
本来なら手早く終わらせるところを大分時間をかけてしまったせいで顔の方にまでシャンプーの泡が垂れてしまっていた。
手桶にお湯を汲むとアムールトラは泡が残らないように洗い流す。
もしもイエイヌが一瞬でも目を開けていたならおめめが痛いコースだっただろう。
「さあ、アムールトラ。次は貴女の番ですよ。」
こうなればアムールトラも覚悟を決めて全てをイエイヌに委ねるしかない。相手は既に乗り切ったのだ。
半ば以上はどうにでもなれ、という心持ちだったアムールトラ。キツク両目を閉じてイエイヌに背を向ける。
だが、始まってみればイエイヌは意外とテクニシャンだった。
「イエイヌ…。ほんまにはじめて?」
「ええ。ただ、ともえちゃんや萌絵お姉ちゃんが洗いっこしてるところは見てたので見よう見まねです。」
イエイヌの洗い方は力加減こそ時々強すぎるかな?と思う事もあったが、初めてにしては上出来過ぎた。
さすがは学習能力ではトップクラスの動物のフレンズである。
泡が目の方に垂れないように素早く丁寧に頭を洗っていく。
特に敏感な耳周りは優しく丁寧に洗ってくれた。
最初はおっかなびっくりだったアムールトラもすっかりイエイヌに身を委ねていた。
そうして洗い終わって泡を流しても、アムールトラは何故か動かなかった。
「アムールトラ?」
怪訝に思ったイエイヌが呼びかけてみる。
「その…。ウチが悪かった。」
何の事だろう。と首を傾げるイエイヌ。
「ともえや萌絵ねーちゃんを狙った事もイエイヌと戦った事も…。ずっと謝りたかったんや。」
ああ、その事か。とイエイヌはようやく思い至った。
気に病むな、と言ってもアムールトラの性格からして納得はしないだろう。
何と返せばいいか、とイエイヌが悩んでいるとアムールトラが振り返った。
「まあ、ケジメっちゅうもんや。ともえにも怪我させてもうたからちゃんと謝らんとな。」
と苦笑してみせた。
アムールトラとしてもこれが不器用なのはわかっていた。却って相手を困らせるだろうことも。
だがキチンとしておきたい、という気持ちもまた大切だと思えた。
こうして二人きりになった今はちょうどいい機会だった。
身体も洗い終わったし、懸念の一つも解消したし色々とサッパリしたアムールトラは湯舟に入るとイエイヌを誘った。
イエイヌも一緒に入るとお湯が盛大に溢れた。
湯舟は二人が入っても少しは余裕がある程度の広さがあった。
二人でシャンプーとの戦いを無事に切り抜けたいま、お湯の暖かさがいつもよりも心地良いように感じられる。
そんな中でアムールトラがポツリと呟いた。
「ほんまはな。わかってたんや。」
何がだろう?とイエイヌはまたも小首を傾げる。
「ルリがセルリアンと戦いたがってる事も、ユキヒョウと二人で準備してた事も。」
どうやらアムールトラはルリがクロスラピスになろうとしていた事を知っていたらしい。
「ルリの気持ちもわかるんや。けど危ない事はして欲しくない。ルリには危なくないとこで安心してて欲しい。もしもルリが戦う必要があるんやったら全部ウチが戦う。」
そんなアムールトラの独白はイエイヌもよく分かっていた。
なにせ、あの日の公園でアムールトラがルリの為にと戦った相手は他ならぬイエイヌ自身だったのだ。
「だから…、まあ、今日、ルリがクロスラピスになってウチらの前に出てきたのは……なんか複雑でな。」
アムールトラ自身もルリがクロスラピスとして戦場に出てきた事に対してどう思っているのかは整理しきれていないようだ。
だから、感情のままにルリに声を荒げてしまう事を止めてくれたイエイヌに感謝しかなかった。
「なあ。イエイヌはなんであの時、ウチを止めてくれたんや?」
アムールトラの言うあの時の候補が二つ程あってイエイヌはちょっとだけ迷った。
あの公園での戦いの時の事だろうか。それとも今日のセルリアンとの戦いの後の事だろうか。
どちらにせよ答えは決まっていた。
「それは…。あの公園でも言ったと思うんですが、『そんな顔するアムールトラなんて、絶対許さない』って。」
イエイヌはアムールトラにはルリと一緒に楽しそうにしていて欲しいのだ。
それはあの公園でアムールトラと戦った理由の一つでもあったし、今でも変わらずそう思っている。
「だから、わたしの我が儘みたいなものですね。……あれ?わたしってもしかしてすっごい自分勝手だったりしませんか…?」
と、急に不安になってきたイエイヌがアムールトラを見ると何故か彼女は俯いていた。
どうしたんだろう、とその顔を覗き込もうとしたイエイヌの顔にバシャリとお湯がかけられた。
「もうー!イエイヌー!そういうトコやぞー!?お前はウチを惚れさせる気かー!?」
「わぁー!?なんですかアムールトラ!?」
しばらくの間、キャイキャイと二人がじゃれ合う声がバスルームに響く。
アムールトラはあの公園の戦いでイエイヌに本物のヒーローの姿を見せつけられた。
その本人に、またそんな事を言われたらお風呂のせいだけじゃなく顔が熱くなってしまっていた。
ひとしきり二人でじゃれあった後にアムールトラがポツリと呟いた。
「せやけど、ありがとうな。イエイヌ。」
「どういたしまして。アムールトラ。」
アムールトラはまだ気持ちの整理はついてはいない。
けれども、ちゃんと向き合おう、という覚悟だけは決まったのだった。
の の の の の の の の の の の の の の
“教授”はすっかり日も落ちて暗くなった街を歩く。
宝条家のあるマンションには1階にコンビニもあるのでそこでサラダ油を探す事も出来た。
だが“教授”は敢えてそうしなかった。
時間は十分にあるし、少し歩きたかったのだ。歩いていた方が考えがまとまる事もある。
“教授”が考えるのは“ナイトチェンジャー”の事だった。
「(あれの凄いところは装着者のイメージ補助もしてくれるというところだ。)」
“教授”は一目で“ナイトチェンジャー”の機能を見破っていた。
彼女の見立てによれば、“ナイトチェンジャー”の主な機能は二つ。
一つは合言葉により、予め登録しておいた形にけものプラズムを変化させる事。
そしてもう一つが装着者が自らのけものプラズムを変化させようとイメージを持った際にそれを補助する事だった。
後者はもしかしたら意図した仕様ではないのかもしれないが、それだけの機能を備えた機械を作った発想には驚嘆するばかりだった。
「(けれど、いま私が欲しいものとは少し違う。)」
“ナイトチェンジャー”は元からある“けものプラズム”を変化させるのを補助する機械だ。
例えばこの世界で普通に生まれ育ったユキヒョウが“ナイトチェンジャー”を使ったところで“けものプラズム”が足りずに変身する事は出来ないだろう。
いま、“教授”が作ろうと思っているものはこの世界の一般フレンズをイエイヌ達のように強くする変身アイテムだった。
「(となると、もしもこの世界のフレンズを変身させようと思うなら、何とかして“けものプラズム”を外部から補う必要があるな。)」
チョーカーよりもさらに大型化した機械…。例えばベルト型はどうか…。いいや、それでは大した“けものプラズム”を生み出せない。
と、“教授”は歩きながらどんどん自分の思考に没頭していった。
「(そうだ…。カートリッジ式のように使い捨ての変身具というのはどうだろう…。いやいや、それはコストがかかりすぎる。いや、待てよ…。使い捨てではなく本体に何かを補給する形だったら…?)」
ちょうどスーパーの前で“教授”に天啓が降りたようだった。
「(そうだとも。そして“けものプラズム”に指向性を与えるにはそれこそメモリークリスタルを使えばいい)」
“教授”はポケットの中に入れていた小さく細長いクリスタルの結晶を取り出し街灯の明かりに透かしてみる。
それがメモリークリスタルというものなのだろうか。
「(いけるな…。メモリークリスタルを通して指向性を持たせた“けものプラズム”を放出する装置。それとサンドスターを“けものプラズム”に変化させる装置の二つを組み合わせれば…!)」
“教授”はポケットから取り出したメモ帳に素早く思いついたアイデアを書いていった。
一通り書き殴り終えたところで満足してメモ帳をポケットにしまう。
「そういえば、私は何をしにここに来たんだったか…。ああ、そうそう。油だよ。サラダ油を買いにきたのだった。」
いつまでもスーパーの店先で突っ立っていても何にもならない。
“教授”は店内へ向かおうとしたが、そこでふ、と気が付いた。
ちょうど入れ違いになるように買い物客の女性が店内から外へと出てきた事に。それだけなら別段特別な事ではないのだが、その彼女が突然足を滑らせたのなら話は別だ。
素早く手を伸ばした“教授”はその買い物客の女性が足を滑らせて転ぶ前に自分の方へ引き寄せて抱き寄せた。
「失礼。足を滑らせたように見えたのでね。どうか無礼を許して欲しい。」
不必要に近い距離に顔を寄せる“教授”。その眼差しと突然の事に買い物客の女性も思わず目を奪われた。
やたらと妖艶な雰囲気を見せる“教授”に女性がドキドキしているうちに、“教授”の方は地面に目をやった。
そこには確かに何か濡れたような跡がある。
「(うん?これは油…?)」
と思ったのも束の間。地面を濡らした油のような物はまるで意思を持っているかのようにニュルンと動いていずこかへ消えていった。
これは明らかに何者かが買い物客の女性を転ばせようとしたものだろう。
しかも、それは人の手によるものではない。
「(セルリアンの仕業か。)」
と“教授”は結論づけた。
「では奥様。暗くなったので足元にはお気をつけを。」
“教授”はまだ夢見心地といった様子で呆ける買い物客の女性を放して一礼すると、油のような物が消えていった方向へと向かった。
の の の の の の の の の の の の の の
夜の闇に紛れて異形の者がカサカサと動く。
その姿は壺に蜘蛛やカニを思わせる足の生えたようなものだった。
「ふっふっふ。やはり人間の驚きの感情とはよいものぞ。甘露甘露。」
先程“教授”が見た油のような物はニュルン、とその壺の中に消えてゆく。
「今宵はこれにて麿も満腹じゃ。明日、また人間どもを贄としてやろうかのう。」
その壺のような者は言いつつカサカサと夜の闇に消えようと踵を返した。
と、その目の前にローファーを履いた足が見えた。
いつの間に近寄ったというのか、一人の女性が先程まで独り言を言っていた壺の化け物を見下ろしている。
「ふぅむ。ここまで明確な意思を見せて言葉まで介するセルリアンか。なかなか珍しい。」
その女性は宝条和香。通称“教授”であった。
“教授”はその壺のセルリアンに手を伸ばそうとした…が、
「無礼者!」
叫んだセルリアンはその手を払うかのように壺から再び油のような物を鞭のように放った。
軽く後ろへと下がった“教授”はこの一撃を難なくかわしてみせる。
距離の開いた壺のセルリアンはさらに激昂しつつ続ける。
「人間如き若造が麿に触れようなど100年早い!麿を一体誰と心得るか!」
“教授”はその壺のセルリアンの言葉に少し考え込む様子を見せた。
「そうだね。キミは油壺に取りついたセルリアンといったところかな。使われている上薬や形状などを見るに江戸中期あたりに量産された油壷といったところだろう。」
「お、おう。」
それを言い当てられた壺のセルリアンは思わず頷いてしまった。
「そしてキミは生きるのにあまり“輝き”を必要としないタイプだね。ヒトを脅かしてそこに発生する感情のエネルギーを捕食する程度で事が足りる。なるほど300年以上もそうやって生きてきたわけだ。」
“教授”の言葉は目の前の油壷のセルリアンに対して言っているように見えて、実際はただ自分の予想を口に出しているだけだった。
そして、それは正しかった。
今までそのように言い当てられた事などなかった油壷のセルリアンことオイリアンは動揺を隠せない。
ともかくここにいるのは危険だ、と判断したオイリアンは逃げの一手を打つ事にした。
頭の壺口から油を大量に撒き散らしたのだ。
それは地面に広がって足場をぬるぬるに変えた。
この場をまともに歩ける人間などいないだろう。
「ふはは!貴様はここで油を売っているがいい!」
オイリアンは油の沼となった一帯を見て高笑いを挙げた…、が“教授”の姿がその沼の中に見当たらない。
キョロキョロと周囲を見るオイリアン。だが、“教授”の姿はどこにもない。
油まみれで尻もちをついている彼女の姿を見てやろうと思っていたオイリアンはそれが果たせず残念に思っていた。
「なるほど。キミはサンドスターを再構成して油を精製する事が出来るのか。長く生きて知性を得たセルリアン…サンプルとしても非常に興味深い。」
だが、“教授”の声は頭上から降って来た。
オイリアンが見上げるといつの間に移動していたのか街灯の上に“教授”がいた。
こちらに言っているようで実はこちらに向けられてなどいない“教授”の言葉にオイリアンは恐怖を覚えた。
「こ、このお!寄るな小娘!」
オイリアンは三日月状に圧縮した油を次々と“教授”に向かって飛ばす。
それは油を凝縮した油圧カッターであった。
滅多に使う事のない技であったが、その火力は十分。
ズバン!と“教授”の乗っていた街灯を切り倒したが、その時には彼女の姿は再び消えていた。
「(まずい!この得体の知れぬ小娘はまずい!)」
オイリアンはカサカサと壺に生えた足を動かして路地裏を駆けて形振り構わず逃走に入った。
「ふむふむ。きっと妖怪変化や付喪神とも混同されていたのだろうね。そうした勘違いもキミが知性を得た一因なのかな。」
と、“教授”の声はどこからともなく聞こえてくる。
「小娘が!来るなぁ!来るなぁ!!」
オイリアンは闇雲に油圧カッターを周囲に放つものの、“教授”の声は止む事はない。
「小娘、と若く見てくれるのは嬉しいんだがね。私の方がきっと年上だよ。」
その言葉にオイリアンは「そんなはずはあるまい…」と思っていた。
「本当だとも。実は私はね。出身はこの世界なのだけれども、ついこの前まで別な世界に渡っていたのさ。」
闇の中、どこからともなく響く“教授”の声にオイリアンは逃走を止めた。
このまま逃げても彼女を振り切る事は出来ない。
ならば姿を現した瞬間に必殺の油圧カッターを叩き込むしかないと覚悟を決めたのだ。
「そこではね。まあ、一言で言うと色々あったよ。例えばその世界に発生した女王種のセルリアンと和解して融合する、とかね。」
普段は脅かす側のオイリアンはいま、恐怖のどん底に突き落とされていた。
もう“教授”が話す言葉もオイリアンにはどんな意味を持つのか判別がつかない。
「私と同化した女王は随分と長い事生きていたようだよ。彼女の記憶を毎晩夢に見るから、寝るのも結構疲れるんだけれどもね。おかげで色々な知識を得られたよ。」
やはり“教授”の言葉はオイリアンに向けられているようで、その実は誰にも向けられていない。
ただの独り言のようなものだ。
“教授”が話すのに飽きたら自分は消滅させられるのだろう、とオイリアンは確信した。
「彼女と戦い、和解し、同化してこちらの世界に帰って来たわけなんだがね。その際に彼女に託された娘が一人いてね。女王が人間をコピーした模造品なんだが、これがまあ私などにはもったいない程にいい子なんだよ。」
オイリアンは一瞬「おや?」と違和感を覚えた。
今までと違い声に少しばかり照れくさそうな感情がこもっていたからだ。
「なんだ…。私はルリの本当の母親を倒した、ともいうべき仇なのかもしれないし、かといって半分くらいは確かにルリの母親でもあり…。その…。母親と名乗るのは少しばかり気恥ずかしいものがあってね。」
先程までとは違いなんだかしどろもどろになりはじめた声にオイリアンは少し余裕を取り戻せた。
余裕を取り戻したオイリアンは周囲の気配を探って“教授”の居所を掴もうとした。
「それにだね…。姉さんにも会いたいんだが私としては色々と自分が変わってしまった自覚もあってね、そんな姿を見せるのはやはり色々と躊躇われてね。」
オイリアンはとうとう揺れ動く“教授”の気配を察知した。
と同時に放てるだけの油圧カッターを全力でそこへ撃ち込む。
オイリアンは戦いは得意ではないが、この油圧カッターは先程街灯を切り倒したように鉄ですら切り裂く。
当たりさえすればどんな相手だろうが倒せるはずだった。
だけれども…。
「おいおい。年上の話は聞くものだよ。若造君。」
闇の中から現れた“教授”の腕はそこだけが別な生き物のように肥大化し真っ黒な“セルリウム”に覆われていた。
その腕にはいくつもの油圧カッターがめり込んでいたが、やがて威力を失うと、その巨腕に傷一つつける事なく元の油に戻ってしまった。
「さて。キミはいくつか私の気に障った。」
姿を現した“教授”はゆっくりとオイリアンに歩み寄る。
「まず一つめ。私の目の前で女性を傷つけようとしたね。」
“教授”は黒い巨腕に変じていない普通の腕の方で指を一本立ててみせる。
続けて“教授”は2本目の指を立ててみせた。
「最近マンションで回って来た回覧板に書いてあった夜中に女性を脅かす変質者、というのはキミの事だね。」
確かにオイリアンは最近この辺りで何人かの人間を脅かしてその感情エネルギーを食べていた。
まさかそれが原因でこんな凶悪な敵を呼び込む事になるなんて、と後悔しても遅かった。
「ルリの周りでそういう騒ぎを起こすのはいただけないね。」
“教授”は巨腕に変じた腕でオイリアンをつまみ上げた。
最早まな板の上の鯉。オイリアンは死を覚悟していた。
「そして…。たかだが300年程度しか生きていない若造に小娘呼ばわりされる覚えはないよ。」
オイリアンは正確には342年という長い時間を生きてきたのだが、それは相手にとってはどうでもよかった。
「こちらは2000歳だよ。敬いたまえ。」
ニヤリと笑ってみせた“教授”の笑顔を最後にオイリアンの意識は途切れた。
の の の の の の の の の の の の の の
「のう。“教授”殿よ。」
宝条家のリビング。お使いから戻った“教授”は何故かユキヒョウに正座させられていた。
「わらわはお主にサラダ油を頼んだはずじゃのう?」
そう。
“教授”が出かけた理由はまさにそれだった。
「なのになんでセルリアンを拾ってくるんじゃ!?」
正座している“教授”の横には何故かオイリアンがいた。
慌てたようにオイリアンが壺に生えた腕をシャカシャカと振って見せながら弁明しようとした。
「いやいやユキヒョウの姐さん!待ってくだせえ!?」
「ええい!?オイリアンと言ったか!?お主はちと黙っておれ!?」
一言で黙らされたオイリアンはシュン、と“教授”の隣で正座っぽい体勢に戻る。
すっかり“教授”に心折られたオイリアンは尊大な口調が一転、三下口調になっていた。
そんなオイリアンと“教授”に対しユキヒョウは、言い分は聞いてやるぞ、とばかりに“教授”の言葉を待つ。
「うん、ええとね。コイツは自由に油を精製する事が出来る。それこそ菜種油でも胡麻油でもサラダ油でもヒマワリ油でも椿油でもね。」
つまり“教授”の言い分を要約するとこういう事だった。
恐怖のあまり気を失ったオイリアンだったが、ちょうどその能力を見込んでサラダ油を出して貰おうかと連れ帰ったのだ。
ついでにオイリアンは“教授”にこそ危険極まりない油圧カッターを使ったものの、元来戦いは好まない。
貴重なセルリアンサンプルにもなるし、お使いも果たせるしで一石二鳥かと思った“教授”はこのオイリアンを連れ帰ったのだ。
なんなら普通にサラダ油を買ってくるよりも上々の成果だろう、と“教授”は本気でそう思っていた。
「で…。本当は?」
「いやあ。この子、私の事を小娘って呼んでくれたんだよ?小娘…。えへへ…私もまだ若く見られるってことじゃあないかな。」
ユキヒョウの嘆息しながらの言葉に、“教授”は何やら最後の方は両手をほっぺにあてて照れてみせた。
“教授”がオイリアンをサンドスターに還さなかった理由の最も大きなものは自分を小娘と呼んでくれたことだった。
あの場ではオイリアンが小娘呼ばわりした事を怒ってみせた“教授”であったが若く見てくれた事自体は嬉しかったのだ。
乙女心は複雑である。
「今すぐ元のところに返してくるのじゃ…。」
ユキヒョウは頭痛がしはじめた頭を抱えながら言うのだが、“教授”はなおも反論してみせた。
「そんな!?ちゃんとお世話するから!」
「ええい!?そんな事を言ってどうせすぐにルリに全部丸投げするのじゃろう!?」
と、なおもユキヒョウと“教授”のバトルは続く。
そこにルリが「ちょっといいかな?」と割り込んできた。
「とりあえず、夕飯の準備も終わらせたいしサラダ油、出して欲しいんだけど出来る?」
とオイリアンに話しかける。
「ヘイ!ルリお嬢様!お任せくだせえ!最上級の油を出させていただきやすぜ!」
顔はないけど、パッと表情を輝かせたオイリアンは蜘蛛のような腕をひしゃく型に変化させて自身の壺に入っている油をフライパンに垂らした。
「うわぁ。ユキさん、この油いい匂いだよ。」
「でやしょう!?コイツはあっしが味わった中でも一番の上物でさあ!是非ルリお嬢様にも味わっていただきたくて!」
ユキヒョウもフライパンで熱されたサラダ油の匂いを確認するが確かに上物のようだ。それが分からないユキヒョウではない。
ルリは一度IHコンロのスイッチを切ると“教授”の隣に正座して言った。
「ね。私からもお願い、ユキさん。」
三人がかりでユキヒョウを見上げれば、彼女も嘆息混じりに頷かざるを得なかった。
このマンションはペット可の物件でもあるのだ。
「仕方があるまい。ちゃんと世話して他人様の迷惑にならんようにするのじゃぞ。」
その言葉に三人ともパッと表情を輝かせた。
「よかったじゃないか。そうだ、ルリ。この子に名前を付けてあげたらどうかな?」
「ええ!?あっしに名前をいただけるんですかい!?ルリお嬢様、是非に!!」
「えっと…それじゃあオイリアンさんだから…イリアさんとかどうかな?」
そのまま三人でキャイキャイ楽しそうにし始めるのを見ればユキヒョウも苦笑まじりに笑うのだった。
こうしてオイリアン改めイリアが宝条家の一員に加わる事になった。
その前にお風呂あがりのアムールトラとイエイヌにイリアが退治されそうになるというもう一つの事件があった事を付け加えておく。
けものフレンズRクロスハート第12話『ミレニアムプロフェッサー』
―おしまい―
【登場人物紹介】
名前:宝条和香
通称は“教授”であるが遠坂春香の妹である。
とある事情で異なる世界に渡って、そこで紆余曲折の大冒険を繰り広げて来たらしい。
イエイヌやセルスザクとも違う世界に渡っていたらしいが、そこで女王種のセルリアンとの大激戦の末にその世界を救ったらしい。詳細は今のところ不明である。
ただ、その戦いの結果として、“教授”はセルリアン女王との融合を果たして半分人間で半分セルリアンという存在になってしまった。
セルリアン女王が最期に産み落とした“卵”から生まれたヒト型セルリアンをルリと名付けて、こちらの世界に帰還し、保護者となった。
“教授”は異世界で長い冒険を繰り広げてきたのだが、こちらの世界とは時間の流れが違ったらしく姉の春香の年齢を追い越してしまっていた。
年齢の事は大分気にしているらしい。
なお、2000年生きているのは彼女の中のセルリアン女王であり、彼女自身の実年齢は……おっと、秘密である。
夢の中でセルリアン女王の記憶を見たりするせいで、だいたいいつも疲れているように見えるのが特徴にもなってしまっている。
また、半分がセルリアンで半分がヒトであるせいで“セルリウム”を自在に操り戦う事もできる。
劇中で見せた身体の一部のみをセルリアン化する技の他に全身をセルリアン化させる技もある。
全身セルリアン化した時の戦闘能力はまさに女王に匹敵するが、物凄く疲れるのでやりたくない、とは本人談である。
性格としては、本人はクールで冷酷を気取ってはいるがその実、物凄く情が移りやすく、そして情け深い。
また、女性に対しては何故かナチュラルにイケメンムーブをかましてしまう為、今も昔もやけに女性にモテる……のだが彼氏がいた事は一度もない。
※宝条和香はニコニコ静画にてエルダー・デカマクラ様が投稿されたキャラクター『わかめ教授』の設定をけものフレンズRクロスハート用に一部改編して登場させております。
https://seiga.nicovideo.jp/seiga/im9215483
https://seiga.nicovideo.jp/seiga/im9252470
ネタバレ防止の為、原案がエルダー・デカマクラ様である事の発表が遅れてしまい申し訳ありません。
あらためて、原案の『わかめ教授』とエルダー・デカマクラ様にこの場を借りてお礼申し上げます。ありがとうございます。