けものフレンズR投稿祭にもう1本参加させていただきます。
企画詳細は以下URLです。
https://seiga.nicovideo.jp/seiga/im10192791
この番外編のみご覧いただいても大丈夫なように、前書きで軽く解説させていただきます。
よかったら番外編だけでもご覧下さい。
【これまでのけものフレンズRクロスハートは!】
ヒトがいなくなって荒廃したジャパリパークでヒトを待って一人くらしていたイエイヌは、ある日オイナリサマの手によって別な世界へと送られる。
そこはフレンズとヒトが仲良く暮らす賑やかで現代的な街だった。
そこで遠坂ともえとその家族と出会い、幸せな暮らしがはじまろうとしていた。
ところが、本来その世界にはいないはずのセルリアン魔の手が忍び寄る。
そんな折、どういうわけかフレンズの姿に変身する不思議な力を得たともえは通りすがりの正義の味方、クロスハートとしてセルリアンと戦う事になった。
セルリアンのいない平和な世界に暮らすフレンズ達はヒトと殆ど変わらない身体能力しかなくセルリアンと戦う事は出来ない。
イエイヌはセルリアンと戦うのが当たり前の世界からやって来た為、それと戦う力も宿していた。
そこでイエイヌはクロスハートの相棒、クロスナイトとなるのであった。
この物語は平和な日常を守る為に成り行きで戦う事になった通りすがりの正義の味方、クロスハートと仲間達の物語である!
【登場人物紹介】
遠坂 ともえ
ジャパリ女子中学校に通う2年生。
ちょっとおっちょこちょいでお転婆だけれど、いつでも明るく誰とでも仲良くなれる元気印の女の子。
お勉強はそ、そこまで苦手ってわけじゃないんだけど好きってわけでもない…。
家事も苦手というわけじゃないんだけれど、お料理だけはアレンジャー系のメシマズである。
新たな味を求めて調味料マシマシで作られた“ともえスペシャル”はちょっとした恐怖の代名詞だ。
そんな彼女はどういうわけかフレンズの姿に変身する不思議な力を得てしまった。
半分以上は成り行きだけど、謎の変身ヒーロー、クロスハートとしてセルリアンと戦う事になった。
遠坂 イエイヌ
ヒトに尽くす事を無上の喜びとするイエイヌのフレンズ。
ヒトがいなくなって荒廃したジャパリパークでヒトの帰りを待つだけの無為な日々を過ごしていたがオイナリサマの手によってヒトとフレンズが仲良く暮らす別世界へと送られた。
そこで遠坂家の家族となり楽しく暮らしていたものの、本来その世界にはいないはずのセルリアンがいる事に気づいてしまった。
イエイヌはともえの双子の姉である萌絵が作った変身アイテム“ナイトチェンジャー”でクロスナイトに変身し、家族と友達と日常を守る為に戦う事になった。
いつでも一生懸命でどんな事でも全力投球!
遠坂 萌絵
ジャパリ女子中学校に通う2年生。
ちょっとのんびり屋さんで運動は苦手だけれどとても頭がよくて成績優秀な女の子。
遠坂ともえの双子の姉である。
機械工作なんかも得意で、イエイヌの変身アイテム“ナイトチェンジャー”を作ったのも彼女だ。
クロスハートとクロスナイトをサポートしてきた。
遠坂家の長女として頑張るお姉ちゃんである。
遠坂 春香
ともえと春香の母…であるがそうは見えないほど若いというか幼い容姿をしている。
三人並べると春香が妹に見られる事すらある程だ。
そんな彼女は喫茶店『two-Moe』を営んでいる。
普段は温厚を絵に描いたような春香であるが、遠坂家怒らせちゃいけないひとランキングは第一位である。
ラモリさん
赤いカラーリングのラッキービースト。
尻尾が試作型多機能アームへと換装されている。
遠坂家で暮らしており、主にこちらの世界に不慣れなイエイヌのサポートや見守りをしている。
遠坂家のみんなを見守る事が多く、貴重なツッコミ要員でもある。
簡易ではあるがセルリアン解析機能も搭載している。
喫茶店『two-Moe』は丁度お客さんの切れ目で小休止だった。
そんな中で看板娘の三人、ともえと萌絵とイエイヌは顔を突き合わせて何やら深刻な空気を醸し出していた。
「ピンチなの。」
そんなともえの言葉に萌絵とイエイヌがゴクリと固唾を飲む。
「アタシのお財布がピンチなのっ!」
続く言葉に萌絵とイエイヌの顔は半眼になった。ジト目というやつである。
「はい、かいさーん。お仕事お仕事。」
「待ってお姉ちゃんーっ!?」
ちなみに、萌絵は割と計画的にお小遣いを使う方なのでこうしたピンチとは無縁だ。
イエイヌはそもそも何にお金を使っていいのかすらわからないので貯めっぱなしである。
ともえはその場のノリでお金を使ってしまう事も多い為、たまにこうしたピンチを迎える事があってしまうのだった。
「今月ね!“名探偵ギロギロ”の新刊が出るの!なのにアタシのお財布は大ピンチなんだよぉ!」
仕事に戻ろうとする萌絵に抱き着いて引き留めるともえ。
取り敢えず話くらいは聞いてもいいか、と苦笑しながら萌絵は話に戻る。
なんだかんだ言っても萌絵はともえに甘いのだ。
しょうがないなあ、と萌絵は一つ確認する為に口を開いた。
「“名探偵ギロギロ”ってあのギロギロだよね?」
それはともえが現在読んでいる漫画の一つである。
いつもは成績も悪くて運動も苦手なフレンズがある日、知恵のジャパリまんを食べて超天才な別人格が生まれてしまう。
彼女はその頭脳を活かして名探偵ギロギロとして正体を隠して探偵業を営み、難事件をこっそり解決していくという物語だ。
実は萌絵もこのタイトルは知っている。
主役のギロギロが作るハイテクマシンにインスピレーションを得る事だって少なくない。
それに、このタイトルには応援したい理由もあった。
「あー。じゃあアタシも読みたいし半分ずつ出し合ってもいいかも…。」
と、しばらく萌絵も考え込む。素早く頭の中でお小遣いの使い道を再計算。
科学雑誌に工作用の消耗品にPPPの新曲。
そして…電動グラインダーの新色。これは前々から狙っていたのだが、やはり高いのでお小遣いを少しずつ貯めていて今月ようやく届きそうだったのだ。
再計算しなおすとそこにはどうしても届かない。
むしろ、急な掘り出し物パーツが出た時の為にお小遣いは貯めておきたいので、やはり無駄遣いは出来そうにない。
難しい顔をして考えこむ萌絵にイエイヌも心配そうにしている。
「あ、あの…、それでしたら私がその本?漫画?っていうのを買えば…」
「「それはダメ。」」
イエイヌの提案にともえと萌絵が声を揃えて否定した。
「あのね、イエイヌちゃんはまだお金の使い方がよくわかってないでしょ?だから、どういう事にお金を使いたいかわかるようになるまで無駄遣いはして欲しくないの。」
萌絵の言葉にともえも頷いている。
今は使い道がわからなくても、いつか何かが必要になる事だってある。
そういう時に無駄遣いを後悔して欲しくはなかった。
そんな三人を春香がカウンターから微笑んで見ていた。
ちなみに遠坂家のお小遣い制度は毎月のお小遣い+お店の手伝いをしたバイト代で同年代の子達よりは多めである。
が、そのうちのバイト代の半分以上は春香が娘達の口座に貯金していた。
なので、お小遣い額としては飛び抜けて多いわけでもない。
これも娘達にはいい経験になるだろう、とまだまだ静観の構えの春香であった。
「出来れば発売日に欲しかったけど…、来月のお小遣いまで待とうかー。」
「それが無難かもね。」
無い袖は振れぬ。
いくら萌絵が頭脳明晰であろうともそれは覆しようがなかった。
ともえと萌絵が揃って諦めの吐息をつこうとした時…。
―カランカラン。
と店のドア鈴が鳴った。
瞬間、三人とも営業スマイルになって揃って接客モードに移行した。
すっかりイエイヌもメイドさん業が板についてきているのだった。
「いらっしゃいませー…って、あー!」
そんなイエイヌよりも先輩店員にあたるともえが驚きの声をあげる。
続けて萌絵も嬉しそうに入って来たお客さんへと駆け寄った。
「タイリクオオカミ先輩、お久しぶりですっ!」
入って来たのは一人のフレンズだった。黒毛に同色のブレザーとチェック柄のミニスカート。それときちんと結んだネクタイがどこか大人びた印象を与える犬系フレンズである。
イエイヌにはそのフレンズに見覚えはなかったが、萌絵がタイリクオオカミ、と呼んでいたのだからおそらくそのフレンズなのだろう。
「やあ、萌絵。ともえ。久しぶりだね。早速いい顔いただき。」
タイリクオオカミは持っていたスケッチブックにさらさら、と何かを描き始めていた。
その姿がともえと萌絵に似ていてイエイヌも思わず可笑しくなってしまった。
「こっちの子は初めましてだったね。私はタイリクオオカミ。ジャパリ女子高校に通う1年生だよ。」
そんなイエイヌに気づいたタイリクオオカミがイエイヌにも挨拶をしてくれた。
「あのねあのね、イエイヌちゃん。タイリクオオカミ先輩はね、去年までアタシ達と一緒の美術部だったの。」
「そうそう。先代の美術部部長だったんだよっ!」
ともえと萌絵が教えてくれた思わぬ共通点にイエイヌもびっくりだった。
「で、タイリクオオカミ先輩っ。こっちはイエイヌちゃん。アタシ達の家族で美術部に入った転入生なんですっ」
今度はともえがイエイヌに抱き着くようにしてタイリクオオカミにイエイヌを紹介した。
「そうかそうか。じゃあキミも私の後輩だね。うん。イエイヌもいいモデルになりそうだ。」
と、早速イエイヌのスケッチも始めるタイリクオオカミであった。
「やはりここはいいね。ここに来ると絵を描きたくなってしまう。」
シャカシャカ、とスケッチを続けながら言うタイリクオオカミ。
その物言いにともえと萌絵は顔を見合わせた。何かあったんだろうか?と。
イエイヌだけはピンとこないようで頭にハテナマークを浮かべていた。
「あのね。さっきともえちゃんが言ってた“名探偵ギロギロ”って漫画あるじゃない?それを描いてる漫画家さんがタイリクオオカミ先輩なの。」
萌絵が教えてくれた事は実はとんでもない事だった。
タイリクオオカミは現役女子高校生にして連載漫画の原作者ともいうべき人物だったのだ。
漫画には詳しくない萌絵が“名探偵ギロギロ”のタイトルは知っていて応援しているのもその為だった。
もっとも肝心のイエイヌはそれがどのくらい凄いのか今一つ理解できてはいなかったようだが。
それよりもイエイヌとしては先程ともえと萌絵が心配そうにしていた事の方が気になっていた。
なので、萌絵の言葉の続きを待った。
「それでね?タイリクオオカミ先輩は漫画を描くのに行き詰まるとよくウチに来てくれてたの。」
なるほど、今の状況はタイリクオオカミが漫画の執筆に煮詰まってしまったので気分転換に『two-Moe』へとやって来たという事だろうか。
「恥ずかしながらその通り。しかも悪い事に締め切りももう間近だったりするのさ。」
肩をすくめて見せるタイリクオオカミ。まだ余裕の色が見て取れた。
だがともえも萌絵もやはり再び心配そうな顔になった。
「それって大丈夫…?」
「なんですか…?」
と言うともえと萌絵にタイリクオオカミはピタリ、と動きを止めた。
続けてギ、ギ、ギ、と油が切れたロボットのように首を二人の方に向けると表情はそのままに顔色だけを真っ青にしてこう言った。
「端的に言って大丈夫じゃないね。」
その様子にともえと萌絵は同時に理解した。
「「これアカンやつだー!!」」
の の の の の の の の の の の の の の
喫茶店『two-Moe』のテーブルでタイリクオオカミは頭を抱えていた。
「ええと、タイリクオオカミさん。これをどうぞ。落ち着く匂いのする葉っぱを使ってみました。」
そんな彼女にイエイヌがお茶を出す。最近覚えたハーブティーである。
一口それを飲んでみたタイリクオオカミはそのお茶の香りと暖かさに少しばかりの余裕を取り戻した。
それを見計らったかのようにテーブルにラモリさんが乗っかるとタイリクオオカミに向けて言う。
「で?締め切りはいつナンダ?」
その言葉に指を三本立てるタイリクオオカミ。
それにイエイヌは考え込むと口を開いた。
「3時間ですか…。それは厳しいですね。」
「いや、さすがにそこまで絶望的じゃない。3日だよ。3日。」
と思わずツッコミを入れられる程度にはタイリクオオカミは回復したらしい。
しかし、それでも状況としてはかなり絶望的だった。
「で、タイリクオオカミ先輩。今はどのくらい進んでいるんですか?」
「所謂、進捗どうですカ?ってヤツだナ。」
ともえの後に続くラモリさんの言葉にタイリクオオカミは再び頭を抱えた。
どうやら絶望的というよりも既に絶望しかないという状況なのかもしれない。
「実はね…。一度は原稿を完成させたんだ。ちゃんと郵送だってしたよ。」
ポツリ、と呟くように言うタイリクオオカミ。だとしたらどうしてこんな事になっているのか。
「けれどね、編集部に届いた原稿は白紙だったらしいんだ。」
タイリクオオカミとしては、郵送した時には確かに原稿を確認したと思っていた。
けれど、それだって脱稿明けのふらつく頭でしたことだ。郵送した後に倒れるようにして眠り込んだ事を考えるとそれが夢だった、と言われたらそんな気さえしてくる。
何はともあれ、原稿が出来上がっていないという悪夢のような現実が目の前にあるのは変わりがないようだ。
「それで、嘆いていても仕方がないから何とか原稿を描きなおそうかと思ったんだけれど、どうにも筆が進まなくてね。」
明らかに気落ちした様子のタイリクオオカミの頭をともえも萌絵もイエイヌも交互に撫でていた。
その心中は察して余りある。
ともえと萌絵は知っていた。
タイリクオオカミは嘘をつく。
けれど、タイリクオオカミが嘘をつく時は決まって誰かを楽しませようとする時だけだ。
そうしたタイリクオオカミの語るフィクションの物語はともえも萌絵も楽しませてもらった。
だからタイリクオオカミはこんな嘘はつかない。
ともえと萌絵は顔を見合わせると頷きあった。
「ねえ、タイリクオオカミ先輩。原稿は一度は描き上げたって事はストーリーとかは出来上がってるって事ですよね?」
「ああ、そうだね。ネームは編集さんにもOKを貰っているから後は描くだけなんだ。」
ネームとは漫画を描く際の設計図のような物だ。ラフな絵でコマ割りやストーリーなどを描いていく。
それを元にペン入れやベタ塗り、トーン貼りなどを経て出来上がるのが漫画原稿になる。
「という事はあと3日…。ギリギリのライン…?」
「だね…タイリクオオカミ先輩一人じゃ厳しいと思うけど…。」
ともえと萌絵は顔を見合わせてもう一度頷いて、そして言った。
「タイリクオオカミ先輩。アシスタントが二人追加されたら何とかなりませんか?」
自身の胸に手を当てて言うともえ。横では萌絵が頷いていた。
つまり二人が言うアシスタントとは自分たち自身なのだろう。
タイリクオオカミとしてはありがたい申し出だった。
二人とはかつて美術部で気心知れた仲であり、まだデビュー前に漫画の作業を手伝って貰った事だってある。
まさに地獄に仏とはこの事か、という心持ちですらあった。
だが…、タイリクオオカミとしてはすぐに頷く事は出来なかった。何故なら…。
「ハッキリ言って…修羅場だよ?」
ともえと萌絵の二人を助っ人に入れても、スケジュールとしてはギリギリになるだろう。
その作業は想像しただけでも地獄と呼ぶに相応しい修羅場になると思えた。
自らその地獄に飛び込んでくれるのか?とタイリクオオカミはともえと萌絵の二人を見つめる。
「去年の文化祭だってあの無茶なスケジュールを三人で何とかしたじゃないですか。」
ともえが言うのは去年の文化祭の出来事である。
タイリクオオカミを部長としていた去年の美術部はオリジナルストーリーの漫画を一作描いてコピー本として配る同人活動を予定していた。
スケジュールは余裕をもって進めていたはずだったが、そこに演劇部の書き割り制作依頼や展示宣伝用のポスター制作依頼が大量に舞い込んできてしまったのだ。
通例ならば捌ききれない依頼は断るところを去年は全ての依頼を成し遂げた上に自分たちの展示までやってのけた。
そんなわけで昨年の美術部は一部でドリームチームと呼ばれていたりもするのだった。
「今回だって何とかなりますよ!」
ともえの言葉に萌絵も頷いている。既に覚悟は決まっているようだった。
「せめてアシスタント料くらいは弾ませてもらうよ。」
言った後に小さく、ありがとう、と呟くタイリクオオカミ。
それを聞こえないふりでともえと萌絵は揃って頷いてみせた。
そこには古い戦友同士とでもいうべき信頼関係があった。
「あ、あのっ!わたしにも何かお手伝い出来ますか!」
そこにイエイヌが挙手してみせた。
「ああ、モチロンだよ。なんたって猫の手どころか犬の手だって借りたいんだ。まさに犬の手だろうと大歓迎さ。」
とタイリクオオカミがイエイヌに手を差し伸べる。イエイヌは思わずその手に自分の握り拳を乗せてしまった。
お手状態であった。
とはいえ、イエイヌはお絵かきをはじめたばかりでとても漫画の原稿作業が出来るとは思えない。
「雑用だって色々あるからね。差し当たって消しゴムかけとかはお願いするかもしれない。」
タイリクオオカミはアナログ派だった。
タイリクオオカミ、ともえ、萌絵、イエイヌの即席チームが出来上がったところでそれまで見守っていた春香がパン、と手を打つ。
「はい。それじゃあ無理はしないようにちゃんとルールは決めておきましょうか。」
それに全員が揃って気を付けで直立不動の姿勢をとる。
去年の文化祭の時も遠坂亭で作業する事もあったタイリクオオカミであった為、春香の指示は絶対なのである。
「まず本当だったら、学校にはちゃんと行きなさい、って言うところなんだけど、今日は金曜日で明日と明後日は土日でお休みね。だから学校の事は考えなくても大丈夫。」
ともえだけは素早く目を逸らした。
その理由は……。
「ただ、宿題は忘れちゃダメよ。」
という事であった。
春香は殊更にともえに笑顔を向けた。その圧にその場の全員が固まる。
これで原稿を仕上げる上に宿題も当然やらなければならなくなった。
「それと、夜更かしはあんまり遅くまではダメ。どんなに遅くても夜の10時には寝るのよ。」
正直、徹夜してでも作業時間を確保したかったがそれも封じられてしまった。
「でも早起きは止めないわ。朝6時からの作業ならOKとします。」
春香のその宣言に希望が出てきた。それならば作業時間は十分確保できそうだった。
確かにいくら修羅場とはいえ、眠らずに作業したところでどんどん効率は落ちてしまう。
むしろ名采配なのではないだろうか?とすら思ってしまうタイリクオオカミであった。
「よし。そうと決まれば私は先に戻って下書きから作業を始めていよう。」
タイリクオオカミは言うとお会計を済ませて一足先に戻る事にした。
正直、気持ちが萎えていたところにこの援軍は何よりも心強かった。
そう。
他人をこの修羅場に巻き込んでしまった以上は自分が腐っている場合ではないのだ。
の の の の の の の の の の の の の の
お泊り用の着替えやアシスタント用の画材などなどの準備を終えたともえと萌絵とイエイヌの三人とラモリさんはとある場所へやって来ていた。
そこは2階建てのアパートだった。
しかし、各部屋に直接出入りするタイプではなく玄関から入って各部屋に出入りする造りになっていた。
そして、お風呂とキッチンなどは共用のようだった。
もしかしなくてもアパートというよりは寮という方がしっくり来る。
「あなた達がタイリクオオカミ先生の臨時アシスタントね!話は聞いているわっ!」
と何故か仁王立ちで出迎えてくれたのは一人のフレンズだった。
「私はタイリクオオカミ先生の担当編集にしてこの寮の管理人でもあるアミメキリンよ!」
なんだかやたらと元気な人だなあ、と思いながらイエイヌは挨拶しようとしたがアミメキリンに止められる。
「待って!なんのフレンズか当ててあげる。なんたって私、推理小説とかもよく読むから!」
言いつつアミメキリンはイエイヌを制止したポーズのまま逆の手で顎に手をあてて考えこむポーズをする。
「そうね。ピンと立った耳にふさふさの毛並み。それでいて決して毛足が長いわけでもない。寒冷地や標高の高い場所での活動を前提とした動物のフレンズ、といったところかしら。」
途中までは真面目に聞いていたともえ達も「ん?」と疑問が浮かび始める。
「あなたは………そう!………ヤギねッ!!」
「違います。」
わざわざ一回転をしてまでポーズと共にイエイヌを指さしたアミメキリンだったが即座に本人に否定された。
アミメキリンはコホン、と咳払いをすると落ち着き払った様子でこう言った。
「ようこそ、マルヤマ出版女子社員寮へ。」
「「「(な、なかった事にしたー!?)))」」」
そんなアミメキリンへのツッコミは辛うじて口には出さずに済んだともえ達であった。
ともかく、萌絵は気を取り直して気になる事を聞いてみる事にした。
「ええと、マルヤマ出版女子社員寮…?」
「はい。タイリクオオカミ先生は我が社で“名探偵ギロギロ”を執筆していただいていますから。制作環境を整える一環としてこちらの社員寮から一部屋提供させていただいております!」
と、ドヤ顔のアミメキリン。
なるほど、確かにこの寮はタイリクオオカミの通う学校にも凄く近い。
加えて食堂などもあるから食事も作ってくれるのだろう。
そして担当編集がすぐ近くに住んでいるというのは心強くもあるのかもしれない。
「出版社のご厚意でね。親元だと制作環境としても色々不都合が出るかもしれない…特に深夜や早朝の作業とかね、という事で高校入学に合わせてこちらでお世話になってるんだよ。」
とタイリクオオカミがやって来た。
「やあ。よく来てくれたね。……ここはこう言った方がいいかな?地獄へようこそ、ってね。」
締め切りまでの時間は正確には日曜日の朝までだ。
が、作業としては土曜の夜までには終わらせないといけない。
日曜日、出版社が開く頃には原稿を完成させないとならないのだ。
つまり、今日の夜、明日と明後日の朝までしか残されている時間がないという事でもある。
しかし、タイリクオオカミの眼は今はやる気に満ちているように見える。『two-Moe』で会った時は気落ちしたようだったが、すっかり気分転換も出来たようだ。
その顔からは言外に「それだけの時間があれば十分。」と言っているように思えた。
何はともあれ、タイリクオオカミがこの戦いにおける総指揮官なのだ。この方がずっと希望が見えてくる。
「さ、タイリクオオカミ先生もアシスタントの皆さんもどうぞどうぞ!不詳このアミメキリンも今日はサポートさせていただきますから!」
そうして寮の中に入ってみると、木造のアパートで古い建物ではあるものの、手入れはしっかり行き届いているように見える。
ときどき、廊下に複合コピー機や複数のFAXなど建物の雰囲気に似つかわしくない機械が並んでいるのが見て取れる。
よくよく柱や壁を見ると新たに増設したであろうケーブル配線が隠し切れていない。
電源ブレーカーのある配電盤などが新しく見える辺りは、おそらく機器の電力を賄う為に古い配電盤を改修したのだろう。
ラモリさんの見立てによると、建物は古いものの、使用している電力はかなりの量になっているようだった。
1階はお風呂や食堂、洗面所などの共用部分が殆どであり、住居部分は2階の部屋が割り当てられているようだ。
タイリクオオカミの部屋は2階だった。
絨毯敷の部屋に製図用の机が一つ。それとミニテーブルが一つとベットが一つ。
一人での制作環境ならば十分ではあるが、今回はともえ達が助っ人に入る。
ミニテーブルで作業をしてもいいのだが、ずっと床に座っての作業は辛そうに思える。
「ふっふっふ。そう言うだろうと思って、簡易で申し訳ないですが机とイスは用意させていただきましたよ!」
アミメキリンは折り畳みの机を部屋に運び入れてパイプ椅子であっという間にともえ達用の席を用意した。
さらにトレス台やらデスクライトを手際よく設えていく。
「あとはなるべく負担をかけないように椅子につけるクッションなんかも用意してありますがお好みでご利用下さい。」
この手際を見るとアミメキリンという管理人兼編集者は中々に優秀なんだろうと思える。
「そうそう。アミメさん。今日は泊まりになるだろうから彼女達の分のお布団も借りれるかな?」
「ハッ!?そ、それは考えが及ばず申し訳ないです!早速準備させていただきます!」
アミメキリンは早速バタバタと階下へ降りて行った。
さて、作業環境もとりあえず最低限整ったところで…。
「まずは作戦会議だね。」
ギシ、と愛用の椅子をきしませて足を組んでみせるタイリクオオカミ。
「まずは萌絵とともえとイエイヌの三人は自分たちの課題を片づけてしまってくれ。春香さんとの約束は守らないといけないからね。」
「わかりました。ちなみにタイリクオオカミ先輩の方は宿題は…?」
「運がいい事に今週は特に課題が出てないんだ。ラッキーだったよ。」
萌絵の言葉に苦笑してみせるタイリクオオカミ。この状況だとタイリクオオカミは課題よりも原稿を優先してしまっていただろうが、それがなかったのは本当に運がよかった。
そんな事をすれば春香はもちろん、アミメキリンからもお叱りを受ける事になっただろう。
「で、私はその間に下書きとペン入れをするから、出来上がったページからまずは消しゴムかけだね。」
「さっき言ってたわたしに頼むかもしれないって言ってた作業ですよね。」
タイリクオオカミの言葉にふんす、と気合を入れるイエイヌ。
イエイヌはまだお絵かきは殆ど出来ないが、それでもお役に立ちたいと張り切っていた。
「そうだね。簡単に言うとページ全体に消しゴムをかけて下書きの線を消してしまうんだ。ただ原稿を破ったりしないように力を入れ過ぎずにお願いするよ。」
「はい!優しく丁寧に、ですね!」
そのイエイヌの答えにタイリクオオカミも満足そうに頷いた。
「そして、次はベタ塗りは萌絵にお願いするよ。」
ベタ塗りとは黒く塗りつぶすべきところをインクで塗りつぶしていく作業になる。
「その後は効果線入れと効果音だね。それはこっちで下書きを入れるからペン入れはともえに頼む。」
効果線と効果音は漫画の迫力を決める重要パートでもある。
「そしてそれが終わったら次はトーン貼りとセリフ入れになるけれど、私が指定を入れるからそっちは萌絵に頼むよ。」
そして、最後の仕上げとも言うべき箇所は再び萌絵が担当となるようだ。
直観と漫画的センスが必要な部分にはともえ、丁寧さと絵画的センスが必要な部分には萌絵をアシスタントに入れるタイリクオオカミの采配であった。
タイリクオオカミはさすがに1年間同じ部活をしてきた仲間である。ともえと萌絵の絵の強みを理解していた。
既に数枚、ペン入れまで終わった原稿が洗濯物干しに吊るされてインクを乾かしている最中だった。
どうやらタイリクオオカミはともえ達が来るまでの間も一人作業を進めていたようである。
「さあ、時間もない。みんな、よろしく頼むよ!」
タイリクオオカミの号令と共に修羅場が開始した。
の の の の の の の の の の の の の の
―バチバチ。
街の電線が電光のスパークを放つ。
通常であれば絶縁されたそれがそんな現象を起こすはずがなかった。
しかし、そんな青白い光は電柱へ移動するとさらにバチバチ、と激しさを増した。
やがてその稲光は四足の獣のような形をとる。
そこから、シュタっと地面に降り立った稲光の獣。
キョトキョト、と周囲を見渡すと天へ向けてあおおおん!と遠吠えのようなものを吠え猛った。
街では最近一つの噂が囁かれるようになっていた。
曰く、イラストや絵画や写真が一晩のうちに白紙になってしまうという噂だった。
もしも、その噂と今の稲光の獣をともえ達が見たならきっとこう思った事だろう。
セルリアンの仕業だ、と。
―後編へ続く
後編は明日に間に合うといいなあ……。