“けものプラズム”とは、フレンズ達が纏うオーラのような物である。
これは物質化し、服やけもの耳や尻尾を形成する働きがある。
フレンズの姿は“けものプラズム”によって左右されていると言っていい。
また、フレンズ達が動物由来の超常の力を発揮できるのも“けものプラズム”のおかげである。
一部のフレンズはこの“けものプラズム”を変化させた武器を持つ者もいる。
“けものプラズム”はサンドスターが変化したものであり、フレンズが技を放つ際にサンドスターの輝きを発するのはこの為だ。
クロスハート世界ではフレンズはヒトに近づいた為、けもの耳や尻尾などは残っているものの、服を形成できるレベルの“けものプラズム”を有するフレンズは稀である。
もちろん、動物由来の超常の力を発揮できるフレンズもいない。
しかし、エゾオオカミのようにほんのわずかながら動物由来の力を残すフレンズは存在するようだ。
放課後の美術室。
「な、何をやっているのだ…?」
そこを訪れたアライさんは半眼ジト目であった。
その理由は…。
ともえがアムールトラをモフって萌絵がその様子をスケッチしていたからだ。
で、イエイヌはラモリさんと一緒に何か諦めた苦笑でもって三人を見守っていた。
アライさんの疑問に応えたのはイエイヌであった。
「ええとですね。ともえちゃんと萌絵お姉ちゃんにどうしても謝りたいって事で、アムールトラが来てたんですが…。」
そこまで言ったところで、アライさんと一緒に来ていたフェネックが「なるほど。」と手を打つ。
アムールトラが二人にどうしても謝りたい件と言えば、ビーストとして二人を狙った事だろうというのは察しがついた。
「許す条件で、モフらせて、と絵のモデルになって、ってお願いしたって事かな?」
そのフェネックの言葉にイエイヌは苦笑と共に頷いた。
「確かに、アムールトラの性格だとただ許されても気に病むかもしれないもんねえ。」
フェネックは面白いものを見た、といつもの微笑で三人を見る。
その視線の先ではちょうど、ともえと萌絵がタッチで交代して、今度は萌絵がアムールトラをモフモフしてともえがスケッチを始めていた。
「うう…。一つだけお願いがあるって言うから…。」
アムールトラは萌絵に思いっきりモフられて顔を赤らめていた。
「これはお願いが二つに増えてへんか!?」
「「いやあ、モフられながら絵のモデルになって、って事で。」」
そんなアムールトラのツッコミは、見事に重なったともえと萌絵の言葉でかわされてしまった。
こういう辺りは双子。コンビネーション抜群であった。
アムールトラとしてもこの二人にこうされるのは決してイヤではない。
なので、気恥ずかしさはあるけれど、実質無条件のようなものだ。
イエイヌはそんな三人の様子を微笑ましく思いながらも、気恥ずかしさに顔を赤らめるアムールトラには苦笑するしかなかった。
「そういえば、アライさんとフェネックさんはどうしてコチラに?」
イエイヌはやって来たアライさんとフェネックに訊ねる。
生徒会の二人は放課後に美術室に来ることは稀だった。もちろん、この二人だってクロスシンフォニーのチームで自分たちの仲間でもあり、友達でもある。
なので用事がなくたって大歓迎なのだけれど、何か用事があったのだとしたらそれを聞かなくてはならないだろう。
そのイエイヌの言葉にアライさんがハッとした様子で両腕をぶんぶんさせる。
どうやらここに来た用事を思い出したらしい。
「そ、そうだったのだ。応援団なのだ!」
「それだけじゃわからないよ、アライさーん。」
応援団…。確かにフェネックの言う通りそれだけではよくわからないなあ、とイエイヌも首を傾げる。
「ああ。もうそんな時期だもんね。」
とスケッチの手を止めないままにともえが頷いた。
どうやらともえには今ので話が通じたらしい。
どういう事だろう、とハテナマークを浮かべるイエイヌに、今度はアムールトラの喉あたりをこしょこしょしている萌絵が言う。
「えっとね、もうすぐ運動部は夏の大会があるの。」
「そうそう。それで文化部の有志で毎年応援団を作るんだー。」
と、フェネックが補足説明をしてくれた。
それだと1年生のアムールトラや編入したばかりのイエイヌが知らなくても無理はないだろう。
「で……。今年は応援団の団長をともえにお願いしたくて来たのだ!」
そのアライさんの言葉にパッとアムールトラを離した萌絵が素早く詰め寄る。
「その話詳しく!」
アライさんは何やらキラキラした目で言う萌絵の圧に若干圧されながらもコクコク頷いた。
「夏の地区大会に向けて文化部で応援団を作るけど、毎年団長選びは大変なのだ。でも今年はともえがいるのだ。生徒会からの推薦で一番に名前が挙がったのだ。」
毎年、応援団長選びは難航する。
何せ団長次第で応援団の集まり具合も左右されてしまう上に、応援なんて門外漢もいいところの文化部の面々だ。
適切な人材を探すだけでも一苦労だったりする。
けれど、今年に限っては満場一致で推薦する人物が決定していた。
それが遠坂ともえであった。
なんせ彼女は運動神経抜群。運動部の助っ人として練習に付き合ったりもしているから馴染みもある。
それにともえには密かにファンクラブまで出来ているくらい人気もあるのだ。
これ以上うってつけの人材はいないように思えた。
当の本人はというと…。
「うーん…アタシでいいのかな?」
とまだ悩んでいる様子を見せていた。どうやらアムールトラのスケッチは完成したようで、少し離して見て、うん、と満足気に頷いている。
そこに今度は萌絵がシュババ、と詰め寄った。
「やろう!ともえちゃん!アタシもサポートするから!」
姉のそんな圧にともえも押されてしまう。
「ま、まぁイヤってわけでもないし。運動部のみんなは応援したいし。アタシでいいならやるよ。」
ともえも姉に詰め寄られて目を丸くしながらもコクコク頷いていた。
萌絵はその返事を聞くや否や、シュバババ、と自分のスケッチブックに何かを描きはじめた。
素早くそれを完成させると、それをイエイヌへと見せる。
「ねえ、イエイヌちゃん。ともえちゃんにはどっちが似合うと思う?」
イエイヌが萌絵のスケッチブックを覗き込むと、そこにはチアガール衣装のともえと学ラン衣装のともえがラフスケッチで描かれていた。
「チアガールも可愛いだろうけど、学ランでビシっと決めたともえちゃんも捨てがたいよねっ!」
どうやら萌絵はともえを着せ替えしたいらしかった。
イエイヌはしばらく悩んだけれど、ともえには可愛い衣装の方が似合うような気がしたので、チアガールの方を指さした。
「だよね、そうだよね!アタシもそっちもいいなって思ってたのっ!」
イエイヌの手をとって上下にぶんぶんする萌絵。
早速、携帯電話を取り出すと母親の春香へメールを打つ。事の次第の報告と衣装の製作依頼の為だ。
萌絵がメールを打つために静かになったところでようやくアライさんがホッと一息だ。
「とにかく、ともえが引き受けてくれてよかったのだ。」
「もちろん、応援団は生徒会からもメンバー出すし協力だってするから。」
アライさんの後をフェネックが続けて補足してくれる。
「そっか。皆が一緒だと心強いや。」
それにともえも嬉しそうに頷く。
「そうだ。アムールトラちゃんもどう?応援団。」
「せやな…。ウチもやるわ。ルリとユキヒョウと、あとギンギツネにキタキツネにも声かけてみるわ。」
アムールトラとしてもともえの為なら出来る限り手を貸してやりたいという思いであった。
ルリは話に乗ってくれそうだし、ユキヒョウはルリがやるならと一緒についてきてくれるだろう。キタキツネはもしかしたら面倒くさがるかもしれし、そうなるとギンギツネも参加しないかもなあ、なんて考えるアムールトラ。
ともかく、今日帰ったらルリに話す話題も出来た。
それだけでも、今日は一人で美術室まで来た甲斐があったと思うアムールトラであった。
の の の の の の の の の の の の の の
一方その頃。
エゾオオカミはこう思っていた。
「(これ。いいのか?)」
クロスラピスとユキヒョウに案内された先は大きなマンションだった。
エントランスをくぐってエレベーターに乗って、着いた先は普通のマンションの一室であった。
ここに来るまでにクロスラピスは魔女帽子と目元を隠す仮面を外してしまっていたので素顔が丸見えだった。
そしてクロスラピスは残っていた短いケープも脱いで綺麗に折り畳んでしまう。
そうしてからエプロンをつけると台所に行って、先程1階のコンビニで買ってきた猫用ミルクを温めはじめた。
「(俺…。思いっきりクロスラピスの正体見ちゃってるんだけど…。)」
「どうしたんじゃ?変な顔して。ほれ、ここに座れ。傷の手当をするからの。」
そうして戸惑うエゾオオカミにユキヒョウは勝手知ったる他人の家、とばかりに薬箱を手にして戻って来た。
エゾオオカミをリビングのソファに座らせると消毒薬で頬に出来た切り傷を消毒し、そこにバンソウコウを貼る。
「うむ。大して深い傷でもないし既に血も止まっておるようじゃからな。このくらいで問題なかろ。数日もすれば跡も残らず消えるわ。」
と、ユキヒョウはその出来栄えに満足したようだ。
そして、エゾオオカミが助けた猫はといえば、クロスラピスと呼ばれた女の子が用意したお皿に注がれた猫用ミルクを夢中で飲んでいた。
それを見ながらエゾオオカミは周りをキョロキョロ見回す。物は少ないがよくまとまったリビングだと思う。
「……。正義の味方って案外普通のところに住んでるんだな。」
というのがエゾオオカミの感想だった。
てっきり秘密基地みたいなのに案内されるのかと思っていた。
「ともかく、助けてくれてありがとうな。俺はエゾオオカミ。ジャパリ女子中学の1年だ。」
助けてもらっておいて名乗りもしないのは失礼だろう、と思ったエゾオオカミはまずは自己紹介する事にした。
「わあ。同じ学年だったんだ。あ、私は宝条ルリ。私もジャパリ女子中学の1年だよ。」
なるほど確かに、クロスラピス…いや、ルリがエプロンの下に着ているのはジャパリ女子中学校の制服だ。
それに気づかないなんてどれだけ余裕がなかったんだろう、と苦笑が漏れるエゾオオカミであった。
しかしそこでハタ、と気が付いてしまった。
そして叫ばずにはいられなかった。
「って隠せよ!少しはッ!正体をッッ!!」
そのツッコミにルリは思わず「あ。」という表情になった。
「ど、どうしよう!?ユキさん!?私正体バレちゃった!?」
「あー、いや。別にお主もクロスラピスの正体を触れ回るつもりなどないのじゃろ?」
戸惑いの声をあげるルリにユキヒョウは落ち着いたものだった。
そして彼女の言う通り、エゾオオカミはクロスラピスの正体を言いふらすつもりなどない。
助けてもらってしかも傷の手当までしてもらっておきながらそんな不義理をする事はエゾオオカミのプライドが許さなかった。
ユキヒョウの言葉に頷いてみせるエゾオオカミの姿を見たルリはほっと胸を撫で下ろした。
「いや…でも…同じ学年って…。てっきり年下かとばっかり思ってたぜ。」
エゾオオカミとしてはそちらの方が気になっていた。
さすがに小学生…しかも低学年だと思ってた事は口に出さない。それでもそれは顔に出てしまっていたのか、ルリはほっぺたを膨らませた。
「そ、そりゃあ私は小さいけど、エゾオオカミさんと一緒の学年なんだよっ」
「ああ、悪い悪い。」
そうして怒ってみせる姿は見た目相応かそれよりも幼くしか見えない。
「そうだ。エゾオオカミさんだと長いからエミさんって呼んでいい?ねえねえ、エミさんはクラスはどこ?私とユキさんとアムさんはB組なんだ。」
そうやってコロコロと表情を変えてまくしたてて来る姿も商店街の駄菓子屋に集まる小学生に似ていてエゾオオカミは苦笑が漏れた。
「ああ。俺はC組なんだ。だからルリとユキヒョウとは会ってたかもしれないけど気づかなかったんだな。」
特にルリは転校してまだひと月足らずだ。違うクラスの人達までは顔を知らないのも無理はなかった。
「それにしたって、ルリは強いんだな。あんな化け物を倒しちまうんだから。」
エゾオオカミの苦笑には悔しさが滲んでいた。
自分と変わらない…同い年の女の子があんな化け物を倒してのけた事に少なからずショックを受けていた。
しかも、自分が何も出来ず怯えるしか出来なかった相手をだ。
「こんなんじゃあ、あの日、アイツに助けられた時と何も変わっちゃいねえ…!」
エゾオオカミは悔しさに思わず拳を強く握った。
あの日、クロスハートと名乗る女の子にハチの化け物から助けられた時から自分だって努力してきた。
なのに、いざとなればこのザマだ。
力が欲しい。
エゾオオカミはそう思わずにはいられなかった。
ルリもユキヒョウも何と声を掛けていいのかわからずにいた。
そんなエゾオオカミの耳元にある意味お決まりの文句が囁かれた。
「力が欲しいかい?」
いつの間に背後にいたのか。
一見美人でプロポーションも抜群の女性がそこにいた。
ただ、その目元はやけに疲れているように見えた。
それがエゾオオカミの背後から耳元へと囁いたのだ。
「だ、誰だ!?」
驚いたエゾオオカミは思わずそこから離れる。
「おっと、すまない。驚かすつもりはなかったんだ。」
と両手をあげて降参のポーズをしてみせるその女性。
エゾオオカミを面白そうに見ている彼女に嘆息しながらユキヒョウが言う。
「やれやれ。どう見ても驚かす気じゃったじゃろう。ほれ、客人じゃから挨拶くらいせぬか。」
それに一つ頷いて見せると彼女は挨拶を始めた。
「私は宝条和香。ルリの保護者だよ。気軽に“教授”とでも呼んでくれたまえ。」
“教授”と名乗った彼女にエゾオオカミは気になる事を訊いてみたくなった。
「さっきあんたは俺に力が欲しいか?って訊いたな?けどどうやってだ?」
そう簡単に悪魔の誘いには乗らないぞ、とでもいうように警戒するエゾオオカミ。それでもそう訊かずにはいられなかった。
その言葉に“教授”は一つ頷いてから口を開いた。
「そうだね。私が開発した新しい変身アイテムを使うのさ。それでキミは今よりは間違いなく強くなるはずだよ。」
変身アイテム…。つまりクロスハートやクロスラピスのようなヒーローになれるアイテムなのだろうか。
「そうだね。クロスハートはサンドスターを“けものプラズム”に変えて戦っている。まさにそれと同じ事が出来るようになるアイテムだよ。」
エゾオオカミの疑問に“教授”は微笑をもって肯定する。
それが本当だというのなら、そのアイテムはどこにあるのだろう?
「それなら私が持っているよ。ほら。これだ。」
“教授”は着ていた黒いジャケットの内ポケットからそれを取り出した。
それは何とも豪奢に飾り付けられた香水瓶だった。なんと、香水瓶にクリスタルのようなものまで付いているではないか。
その様はエゾオオカミも昔は見ていた女の子向けのアニメの変身ヒロイン物に出て来る変身アイテムのようだった。
「そうだね。これはまさにそういう物なんだ。名前は“リンクパフューム”という。」
“教授”は未だに戸惑うエゾオオカミの前で嬉々として説明を始めた。
「この“リンクパフューム”はね、まずイリアの精製するオイルが決め手だったんだ。いやあ、最初はベルト型にしようかと思ってたんだけどイリアのオイルにサンドスターを溶かせる事に気づいてね。それでそのサンドスターに方向性を与える為の“メモリークリスタル”を付加した結果、思った通りの機能が実現出来たんだ。」
ベラベラと喋る“教授”の言葉の半分もエゾオオカミは理解出来ていなかった。それでも“教授”の説明は止まらない。
「そして“メモリークリスタル”に記録されたフレンズの“けものプラズム”を発生させる事に成功したんだ。これはまさに画期的だよ。私自身で試してはみたんだがやはり“けものプラズム”の固着が上手くいかずに変身には至らなかったけれどフレンズであるキミならば或いは、とね。」
既にエゾオオカミの頭は怒涛の説明でパンク寸前だった。
とりあえず、自分になら使えるかもしれない変身アイテム、という事だけは何となく理解した。
「で?俺はどうしたらいいんだ?」
訊ねるエゾオオカミに“教授”はニヤリと目を細めると、彼女の手に“リンクパフューム”を渡してこう言った。
「まずは変身ポーズだ。」
「………は?」
思わず目が点になるエゾオオカミに構わず“教授”はどこかのアイドルよろしく人差し指と小指を立てた指を目元に持って行ってキラッ☆とでも言いそうなポーズをとってみせた。
「ああ。この時、なるべく可愛らしくウィンクするんだよ。もちろん最高の笑顔でね。」
「………おい。」
どんどんエゾオオカミの目線が冷たくなっていく。それでも“教授”は止まらなかった。
「そして変身の掛け声はこうだ。『リンクハート。メタモルフォーゼ。』だよ。ああ。これもちゃんと可愛らしくやっておくれよ。」
「そんな恥ずかしい真似が出来るかぁあああああああああああっ!?!?」
とうとうエゾオオカミは絶叫した。
それに“教授”は不思議そうな顔をした。
「ええー?やらないのかい?たったそれだけでキミが望んでいた力が手に入るというのに。」
そう言われてしまえば、エゾオオカミもぐっ、と文句の言葉を呑み込む。
だが、こういうのはルリのような可愛い系の女の子がやってこそ見栄えがいい。
ユキヒョウも美人だからきっと絵になるだろう。
だがエゾオオカミ自身は絶対似合わないと確信していた。彼女はボーイッシュというより男勝り、といった雰囲気のフレンズなのだ。
それでもやらなければならない。
真っ赤な顔でキラッ☆と決めポーズを決めつつ、ボソボソ、と教えられた変身の掛け声を唱える。
「うーん、ダメダメ。笑顔が足りないし声も小さいね。もう一度やってみようか?大丈夫。キミは可愛いよ。」
ノリノリでエゾオオカミに演技指導をする“教授”を見ながらルリもユキヒョウも何となく悟っていた。
これ、別にやらなくても変身出来るんだろうなあ、と。
それよりも何よりも気になる事があった。
「ね、ねえ。“教授”?この“リンクパフューム”って副作用とかはないの?」
そのルリの疑問に“教授”は少し考えてからこう言った。
「ない、とは断言できないかな。ただ、副作用と言ったって変身したまま身体を酷使したりしたら筋肉痛に襲われるって程度だよ。命の危険はないね。」
それにほっと胸を撫で下ろすルリ。
“教授”はこういう事では決して嘘は言わない。だからとりあえずは安心していいのだろう。
そして“教授”の説明はまだまだ続く。
「それにエゾオオカミ君にとって一番相性のいい“メモリークリスタル”を選んだつもりだよ。」
「で、その“メモリークリスタル”とやらは一体何なのじゃ?」
今度はユキヒョウが聞きなれない言葉にとうとう疑問を持った。
先ほどから何度か言葉としては出て来ていたが訊ねる機会がなかった。
“教授”はしばらくの間、うーん、と考え込むとこう説明した。
「そうだね。以前私が行った、別な世界に住んでるフレンズの力を記録した結晶、かな。」
この説明は嘘ではないが正確でもない。
かつて宝条和香が渡った世界では数種類のフレンズ達がセルリアンの手で既に絶滅ともいうべき危機に瀕していた。
そのフレンズ達が絶滅の前に残した結晶こそが自身を記録した“メモリークリスタル”である。
その結晶には、そのフレンズ達の様々な情報が記録されている。
いわばフレンズ達自身の情報全てを結晶化した存在なのだ。。
セルリアン達によって滅びの危機に瀕していたフレンズ達がそれでも未来に種を残そうと足掻いた結果がこの“メモリークリスタル”だったのだ。
ただ、それはこの世界に暮らす子供達には少しばかり刺激の強い話だろう、と思った“教授”は先の説明に留める事にした。
“メモリークリスタル”からフレンズ達を蘇らせる方法を研究するのは自分の役割で、他の者が不要に心を痛める必要などない、というのが“教授”の胸中だった。
「(まあ、今回の“リンクパフューム”のデータも役には立つだろう。うん。)」
という狙いもあった。
“リンクパフューム”自体は“メモリークリスタル”からフレンズを蘇らせる役には立たないだろうが、それでもそこから得られるデータは先の研究に繋がるだろうと思えた。
そうして考える“教授”の顔をエゾオオカミは訝しむ目で見ていた。
「なあ。そもそもコイツを俺に渡してアンタは俺に何をさせたいんだ?」
さすがに、ちょっと考えが顔に出過ぎていたかな、と反省する“教授”。
このエゾオオカミは案外勘が鋭いようだ。
ならば、ここは普通に目的を話してしまった方がいいだろう。
「うん。キミにはこの“リンクパフューム”の実証データをとって欲しい。なあに、難しい事はない。単にコレを使ってくれればいいのさ。」
「なるほどな。俺は試作品のテスターってわけか。」
考え込むエゾオオカミに“教授”はさらに言葉を続けた。
「キミは“リンクパフューム”で戦う力を得る。私はキミのおかげで“リンクパフューム”のデータを得られる。お互いに悪い話ではないだろう?」
しばらくの間、睨みあうようにお互いの瞳を覗き込む“教授”とエゾオオカミ。
そしてエゾオオカミが先に口を開いた。
「一個だけ条件がある。」
「何だい?」
一触即発、剣呑な雰囲気のままにエゾオオカミはこう言った。
「変身ポーズはもう少しなんとかなんねーのか。」
「そこは断固として何ともならないね。」
“教授”もまた真剣な顔で即答した。
しばらくの間、睨みあうエゾオオカミと“教授”。
やがてガックリと項垂れるエゾオオカミ。どうやら折れたのは彼女の方らしい。
「わかったよ!やりゃあいいんだろ、やりゃあ!」
そんな半分ヤケを起こしたかのようなエゾオオカミに、ルリもユキヒョウも言えなかった。
多分、変身ポーズはなくても変身出来るだろう事を。
エゾオオカミは“リンクパフューム”を構えて、人差し指と小指を立てた手を目元にもっていって不器用なウィンクを一つ。
続けて叫ぶ。
「リンクハート!メタモルフォーゼ!」
「ようし!そこで中身の香水をふりたまえ。」
“教授”の言葉にエゾオオカミは香水瓶の頭についた吹き出し口を一押し、手にシュっとかけてみる。
するとその手がキラキラとしたサンドスターの輝きに包まれた。
「そのまま逆の手、両足にも軽くかけていくんだ。」
その説明のままにシュ、シュっと“リンクパフューム”の香水をかけていく度にエゾオオカミの身体はどんどんサンドスターの輝きに包まれていった。
そうして全身がサンドスターの輝きに包まれたところで“教授”は頷き両手を広げて言う。
「そして仕上げだ。」
“教授”が言う間でもなく、エゾオオカミにもここまで来ればどうすればいいのか自然と頭の中に浮かんでいた。
「さあ、叫びたまえ!頭の中に浮かんだその言葉を!」
エゾオオカミは頷くと叫んだ。
「リンクエンゲージ!ニホンオオカミスタイルッ!」
エゾオオカミの身体を覆うサンドスターの輝きが散った。
まず現れたのは茶色の髪だ。
ピンと立った耳はオオカミの耳もふさふさの尻尾も同じ色をしている。
そして茶色のブレザーにピンクと白のチェック柄のネクタイが巻き付く。
さらに両足には茶色のニーソックスとネクタイと同柄のミニスカートが翻った。
仕上げに首と両手首と両足首に白いファーが巻き付いて、やたらとファンシーなポーチに“リンクパフューム”が収まって変身完了だ。
「うん。思った通り、フレンズならば“リンクパフューム”の生み出す“けものプラズム”を固着できるようだね。」
変身したエゾオオカミの姿を見ながら“教授”は満足気に頷いた。
エゾオオカミもエゾオオカミで自分の両手をまじまじと見つめる。
「嘘だろ…。なんなんだよ、この全身にみなぎる力は…。」
エゾオオカミも自身の身体に起こった変化に驚きを隠せない。
身体の奥から力が湧いてくるようだった。
試しに軽く拳を突き出してみる。
―ビュン!
と思っていた以上に速い速度と派手な風切り音がした。
軽く腕を振っただけでこれだ。本気を出せばどれ程の力を発揮できるのか。
その様子に微笑を浮かべる“教授”。
「どうやら気に入ってくれたようだね。」
「ああ。コイツはすげえぜ…。」
未だに変身の余韻に震えるエゾオオカミ。
そこに“教授”のこんな質問が来た。
「ところで。変身したキミは何と呼べばいいかな?」
それに少しだけエゾオオカミは考える仕草を見せた。
しかし、考えなくても答えは決まっている。
エゾオオカミにとってのヒーローとは一人しかいなかった。
あの日、商店街でエゾオオカミを助けた彼女をおいてヒーローと呼べる存在などいないのだ。
だからエゾオオカミにとってその答えは必然だった。
「クロスハート。通りすがりの正義の味方、クロスハートと呼んでくれ。」
の の の の の の の の の の の の の の
生徒指導室。
ここは生徒への面談などに使われる部屋だ。
進路指導や相談事、お説教などに使われる。
いま、この部屋にいるのは星森かばん、星森サーバル、そして…教師の星森ミライであった。
教師と生徒が生徒指導室にいる、という時点で生徒がお説教か何かを受けている、と思えなくもないが実態は逆だった。
「ミライお姉ちゃん…?」
ニコリと笑うかばんの笑顔にミライが凍り付いた。
「は、はひ…。」
「なんで、高性能デジタルカメラが学校備品として予算申請されてるんですか?」
かばんは机に置かれた書類をトントン、と指で音を立てて示した。
その書類は生徒会の予算申請書である。
そこには様々な部活や委員会で申請された予算の概算が記されている。
そのうちの卒業アルバム制作委員会の予算が飛びぬけて多くなっていた。
「卒業アルバム制作委員会の顧問は誰でしたか?」
相変わらずニコニコと笑ったままのかばんであったが、その笑顔はミライにとって恐怖でしかなかった。
その確認にミライは小さく挙手する。
星森ミライ。卒業アルバム制作委員会の委員会顧問でもある。
「卒業アルバム制作委員会には既に備品のデジタルカメラがありましたよね?そして予算申請する前に必要かどうかは顧問教師が一度確認するはずでしたよね?」
一つ一つ確認するような言葉にミライはやはり一つずつ頷いていく。
「では確認します。今回申請されている高性能デジタルカメラは必要ですか?」
「必要です!」
その最後の確認にはミライはきっぱりとそう言った。
「考えても見て下さい。もうすぐ夏の地区大会が始まりますよね?各部活の可愛いフレンズさん達の活躍を収めるには普通のデジタルカメラで足りると思いますか!?」
ミライの一転攻勢だった。
「フレンズさん達のピョコピョコ動くお耳や尻尾を客席から十分なズームで撮るにはやはり一眼レフが必要なんです!」
その言葉にかばんも思わずミライの言う場面を想像してしまった。
そして、ついついデレっと相好崩してしまう。
そこに付け込むようにミライがかばんの耳元に囁く。
「いいと思いませんか…?各種スポーツで揺れ動くフレンズさん達のお耳や尻尾…。きっと可愛いですよ…?」
その囁きに優秀なかばん生徒会長の心も揺れ動く。
確かにそれはいいかもしれない、と思ってしまう。
この二人は姉妹だけあって趣味嗜好も似たところがある。そこがミライの攻めどころだった。
「卒業アルバム制作の編集に生徒会の立ち合いが入ったっていいんですよ…?」
つまり、これは賄賂だ。
可愛いフレンズ達の写真データは見せるからこの予算申請は見逃せ、という裏取引である。
たしかにそれはかばんにとっても魅力的な提案だ。悪魔の取引というに相応しい。
だが…。かばんは半眼になるとキッパリとこう言った。
「いや、ダメでしょう。さすがにデジタル一眼レフを買えるような予算は全部の部活を合せても足りませんよ。」
「ですよねー。」
わかっていた、とミライも諦めの嘆息をつく。
ミライはフレンズが好きすぎてたまにこうした奇行に及ぶ事がある。それが表沙汰になる前にこうしてかばんやサーバルがトラブル処理するのが常であった。
なので、ミライは生徒思いのいい先生、というイメージはギリギリ保たれていた。
お話が終わったところでサーバルがさっきから思っていた疑問をミライにぶつけた。
「ねえねえ、ミライさん。おうちにある、なんかでっかいのついたカメラは使ったらダメなの?」
それはミライが学生時代から愛用しているデジタルカメラであった。
値は張ったが、型としては古くなった今でも十二分な性能を有していた。
ついでに耐衝撃と防水機能まで備えた優れものだ。
「それです!それですよサーバルちゃん!別に私物を使っちゃいけないなんてルールはありませんでしたからね!」
やれやれ、一件落着か、とかばんもほっと胸を撫でおろす。
あとはミライがあまり際どい写真を撮らないようにとフレンズ以外の生徒もちゃんと撮影してくれるように祈るばかりである。
「(そういえばアライさんにお願いした、ともえさんへの応援団長のオファーは大丈夫だったかな?)」
一仕事を終えたかばんは窓の外へ視線をやって想いを馳せる。
多分、ともえならば断わったりはしないだろう。
そこにミライの余計な一言が入った。
「ち、ちなみに…。新しいカメラを買う予算とか、我が家には…。」
「ミライお姉ちゃんのご飯だけ3年くらい抜きにすれば捻出できるかもしれませんね。」
再びニコリと笑顔を向けて言うかばんの迫力はミライを黙らせるのに十二分であった。
「かばんちゃんー!?冗談ですからそんな怖い事を言うのはやめて下さいー!」
星森家の財布の紐と胃袋はしっかりと握っているかばんであった。
――③へ続く
【登場人物紹介】
エゾオオカミ
ジャパリ女子中学に通う1年生。
ボーイッシュというより男勝りな印象が強いオオカミのフレンズである。
乱暴な言葉遣いで誤解されがちだが、面倒見がよく特に年下の子供達には優しい。
色鳥町商店街で生まれ育ち、商店街に集まる子供達の為に頼み事を解決する探偵ごっこをしていた。
しかし、ある日商店街に現れたハチの化け物に襲われ、危ないところをクロスハートに助けられた事がある。(けものフレンズRクロスハート第5話『おキツネコンコン。探検ボクらの商店街』より)
子供達の依頼をドングリ一個で解決する事から、“木の実探偵”とも呼ばれている。
その解決した依頼は既に100を超えており、本人曰く木の実100個分の名探偵だそうだ。