けものフレンズRクロスハート   作:土玉満

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【用語解説】

 メモリークリスタル

 メモリークリスタルとは、かつて宝条和香が渡った別世界に存在した物質である。
 セルリアンの手によって滅びの危機に瀕していたフレンズ達が、それでも未来に種を残そうと自らを記録した結晶。
 それこそがメモリークリスタルであり、いわばそのフレンズ達自身でもある。
 特に絶滅種のフレンズがメモリークリスタルを残しているパターンが多いようだ。
 和香教授がどれだけのメモリークリスタルを所持しているのかは謎である。


第13話『対決!クロスハートVS偽クロスハート』③

 

 

 意気揚々と先頭を歩くエゾオオカミにルリもユキヒョウも声を掛けられずにいた。

 “リンクパフューム”を受け取った彼女は、まずは迷子の猫を家に帰すべく宝条家を後にした。

 それに付き添う形でルリとユキヒョウも一緒に歩いている。しかし、彼女は本気で“リンクパフューム”で変身してクロスハートを名乗るつもりなのか、と困惑していたのだった。

 “教授”はエゾオオカミを止めるつもりはないようだ。エゾオオカミが何を名乗ろうがそこには興味がないのだろう。

 ただ、ルリにとってはクロスハートは恩人だ。エゾオオカミがどういうつもりなのかくらいは問いただしたいが、何と声を掛けたらいいか迷っていた。

 歩幅の広いエゾオオカミにルリは小走りになってついていく。その様子にようやくエゾオオカミが気が付いた。

 

「ああ、ルリ。悪い悪い。早いとこコイツを家に帰してやって安心させてやりたくてさ。」

 

 と言いつつ、抱っこしたままの猫を軽く示してみせながら足を緩める。

 猫はルリに猫用ミルクをもらって腹も膨れたのかエゾオオカミの腕の中で安心したように眠っていた。

 こうしていると、エゾオオカミは特に他意があってクロスハートを名乗ろうとしているわけではないように思える。

 ならば、とユキヒョウは直球で疑問をぶつける事にした。

 

「のう。エゾオオカミよ。お主は本気でクロスハートを名乗る気なのか?お主とてクロスハートが何者なのか知らぬわけではあるまい?」

「ああ。通りすがりの正義の味方。クロスハート…。よく知ってるよ。」

 

 最近、クラスでもクロスハートの噂話はチラホラと聞こえていた。

 何せクロスハートの活躍の場はジャパリ女子中学校がメインになっているのだ。いくら隠そうとしても人の口に戸は立てられない。

 エゾオオカミがクロスハートの事を知っていたって不思議はないのだ。

 だが、エゾオオカミの口ぶりからは単に噂話としてクロスハートの事を知っている、という以上の感情が見てとれた。

 

「ちょっと前にさ。この商店街にハチの化け物が現れた時があったんだ。その時、その化け物から俺を助けてくれたのがクロスハートだったんだ。」

 

 話ながら歩くエゾオオカミはいつの間にか色鳥町商店街のアーチをくぐっていた。

 エゾオオカミはその目でクロスハートの活躍を見ていたという事だろうか。しかも危ないところを助けてもらったように聞こえる。

 

「ねえ、エミさん。じゃあなんでクロスハートを名乗ろうと思ったの?」

 

 エゾオオカミを見上げるようにして訊ねるルリ。

 ルリは不思議だった。

 エゾオオカミは受けた恩を仇で返すような事は決してしないフレンズだ。まだ出会ったばかりと言っていいがそれくらいはよくわかる。

 

「そうだな…。まあ…なんだ。一言では説明しづらいな。」

 

 困ったような顔で笑うエゾオオカミ。

 その姿にルリとユキヒョウは顔を見合わせる。二人ともどう考えていいのかわからずにいた。

 そうして戸惑っているうちにエゾオオカミは目的地へと到着したようだった。

 そこは商店街の駄菓子屋であり、夕暮れが近づくこの時間には子供達も残っていないようだった。

 いや、一人だけ残っている。

 ベンチに座って足をぶらつかせているのは、依頼人の女の子だ。俯いている彼女はまだエゾオオカミに気づいた様子はない。

 だから、エゾオオカミは先に声を掛ける事にした。

 

「やっぱコッチだったか。もうすぐ暗くなるから家で待っててよかったんだぜ?」

 

 その声に女の子はバッと凄い勢いで顔をあげた。

 

「ほれ。依頼達成だ。もう迷子にしないように気を付けてやれよ?」

 

 そこにすかさず猫を差し出すエゾオオカミ。最初目を丸くしていた女の子はすぐに喜びに表情を変えた。

 

「ありがとう!エゾオオカミお姉ちゃん!」

 

 女の子は猫を受け取り抱きしめながら言った。

 急な力の変化に眠っていた猫も目を覚ましてしまったようだ。慌てたようにジタバタと手足を動かす猫は女の子の手をすり抜けてしまった。

 ここで猫を逃がしてしまっては今までの苦労も水の泡だ。

 そこをすかさずルリが猫を抱きあげなおした。

 

「はい、優しく抱っこしてあげないと猫ちゃんが驚いちゃうから、ね。」

 

 と、もう一度女の子に猫を手渡しなおす。

 女の子は一度ルリを見てからエゾオオカミの方を振り返り、誰だろう?と視線で問いかけた。

 

「ああ。コイツはルリ。えーっと…、猫探しを手伝ってくれたんだ。」

 

 さすがに本当の事は言えないと思ったエゾオオカミは嘘ではないが真実でもない答えを口にした。

 女の子はどうやらそれで納得したようでキラキラとした笑顔をルリにも向けてくれた。

 

「ルリお姉ちゃんもありがとう!ルリお姉ちゃんは木の実探偵の助手さんなんだね!」

「あ、うん!そ、そう!そうだよっ」

 

 木の実探偵って何だろう?とは思いながらもルリは頷いてしまった。

 何せ、お姉ちゃんなんて呼ばれたのは生まれて初めての経験だったのだ。ついつい女の子の言葉に頷きを返してしまっていた。

 

「ありがとうね、エゾオオカミお姉ちゃん、ルリお姉ちゃん!」

 

 今度こそ猫をしっかりと抱いた女の子は小走りで家へと帰って行った。

 女の子が見えなくなるまで手を振っていたエゾオオカミとルリ。ルリは女の子が見えなくなるや否や、バッとユキヒョウの方を振り返る。

 

「どうしよう、ユキさん!?お姉ちゃんだって!?」

 

 たしかに、あの女の子から見ればルリもギリギリ年上に見えなくもなかっただろう。

 いつも年下に見られがちだから、お姉ちゃんなんて呼ばれたらそりゃあ舞い上がってしまうというものだ。

 頬に手をあて真っ赤な顔の熱を冷ますようにするルリの様子は残念ながらお姉ちゃんっぽくはなかったが。

 

「まあ、なんじゃ。よかったのう。ルリ。」

 

 そうして照れているルリというのも非常に新鮮でユキヒョウとしてはいいものを見れた、という気分だった。

 ただ、ルリが木の実探偵とやらの助手にされてしまったのはどうしたものか、と思案する。

 そもそも木の実探偵とは何だろう?とユキヒョウもまた疑問だったのでエゾオオカミに訊いてみる事にした。

 

「ああ。木の実探偵ってのは俺が始めた探偵ごっこだな。」

 

 エゾオオカミはこの商店街で子供達の頼み事をドングリ一個で解決する探偵業を営んでいた。

 今回のように子供達の困り事を解決して得た木の実は既に100個を超えていた。いつしか商店街で木の実探偵を知らない子供はいないまでになっていたのだった。

 

「なるほどのう。木の実探偵は商店街の子供達にとってはまさにヒーローじゃな。」

 

 言いつつユキヒョウは考える。

 何故エゾオオカミはクロスハートを名乗ろうとしているのか、それは分からない。

 けれど、今日見てきたエゾオオカミは多少言葉に乱暴なところはあるかもしれないがいい子だった。

 だったら様子を見ようか、という考えに至った。

 となれば、出来る事なら自分たちの目の届く範囲で行動してもらった方がいい。

 そうすればエゾオオカミがどんな考えであろうとも事前にともえ達に報せる事だって出来るだろう。

 そこまで考えたユキヒョウは一つ提案をしてみる事にした。

 

「のう、エゾオオカミ。お主、クロスラピスと一緒に戦う気はないか?」

「は?そりゃあ願ってもないが…。一体なんでだ?」

 

 実はエゾオオカミ自身もそれは考えていた。多分ユキヒョウが言い出さなかったら自分からルリに頼んでいただろう。

 だがユキヒョウがそれを言い出す狙いがわからない。

 

「そうじゃな。理由としてはお主もルリも見ていて危なっかしいのじゃ。じゃが二人揃えばお互いに補い合う事は出来よう?」

 

 ユキヒョウはエゾオオカミの疑問にそう言って返してみせた。さらにユキヒョウは畳みかける為に続ける。

 

「それに、エゾオオカミ。お主、ぶっちゃけ変身して何が出来るかすらわかっておらんじゃろう?」

 

 エゾオオカミはぐっ、とうめく。

 図星だった。

 

「まずはお主は自分の力を知るべきじゃ。」

 

 ユキヒョウの言う事は理にかなっている。それはエゾオオカミも認めざるを得なかった。

 

「明日の放課後に場所は用意しよう。じゃから、そこでまずは変身したお主が何が出来るのかを把握する事から始めようではないか。」

 

 その提案にエゾオオカミも頷いた。どうやらユキヒョウはクロスラピスの参謀とも言うべき立場なのだろう、とエゾオオカミもようやく思い至った。

 

「敵を知り、己を知れば百戦危うからずじゃ。敵はわからんからこそ、己を知らねばならぬ。」

 

 確かにエゾオオカミは“リンクパフューム”を受け取ったばかりだし、あの化け物を相手に戦えるのかという疑問もあった。

 だからこそ、クロスラピスも妙に大人びた雰囲気を見せるユキヒョウも頼もしいとすら思う。

 

「わかった。世話になる。」

 

 そうして頷くエゾオオカミにユキヒョウも頷きを返した。

 ただユキヒョウは心の中で一つだけ思うところがあった。

 

「(出来ればデュオではなくトリオの方がより安全なんじゃがのう。アムールトラのヤツはまだ迷っておるのかのう。)」

 

 ここにはいないもう一人の友達に思いを馳せるユキヒョウであった。

 

 

の  の  の  の  の  の  の  の  の  の  の  の  の  の

 

 

 一方その頃。

 アムールトラは結局最後まで美術室で美術部に付き合った。その帰り道は自然とみんなで一緒に帰ろう、という事になった。

 ともえと萌絵とイエイヌの三人+ラモリさんに加えて、アライさんとフェネックまで一緒だった。

 今日の帰り道は何とも賑やかだった。

 

「そういえば、今日はかばんちゃんは?」

「かばんさんはミライ先生と重大な話があるって言ってたのだ。」

 

 ともえの疑問にアライさんはドヤ顔で答えた。

 

「多分だけど地区大会のスケジュールとかそういうののお話なのだ。かばんさんは難しい事もちゃんと出来てスゴイのだ!」

 

 アライさんが実際の場面を目撃したら何と言うのかは定かではないが、幸いにして真実を知る者たちは当事者のみであった。

 そんなアライさんに萌絵が言う。

 

「アライさんもちゃーんと応援団団長を確保したもんねえ。エライよー。」

「ほんとか!?ともえも応援団長引き受けてくれてありがとうなのだ!」

 

 萌絵に褒められたアライさんはともえの手をとって両手をぶんぶんと上下させる。

 そのままイエイヌとアムールトラのところにも駆けて行って同じように両手をとってぶんぶんしながら言う。

 

「イエイヌもアムールトラも応援団への参加ありがとうなのだ!今年の応援団はきっと盛り上がるのだ!」

 

 ともえもイエイヌもアムールトラもここまで喜んでもらえるなら悪い気はしなかった。

 しかし、フェネックがアムールトラの表情がすぐに曇ったのを見逃さなかった。

 

「ねえねえ、アムールトラ。何かあったの?もしかして応援団イヤだったとか?」

「いやいや、そういうワケやないで。」

 

 フェネックの言葉にアムールトラは慌てて両手を振る。

 そうしてみせるアムールトラの様子に、イエイヌには心当たりがあった。

 

「もしかして、ルリさんの事ですか?」

 

 ちょうどつい先日お泊りに行った際に打ち明けられたアムールトラの悩み事はまだ続いていた。

 しばらく考えてからアムールトラは頷いた。

 それにともえと萌絵とアライさんも集まって来た。

 

「ルリちゃんってこの前、魔女っこになって助けに来てくれたよね。」

「うんうん。ビュンビュン飛び回ったりバイク乗ったりしてすっごいカッコよかったのだ!」

 

 フェネックの言葉にアライさんも先日サンドスター研究所へ遊びに行った際の出来事を思い出していた。

 それはともえもやはり変わらない。

 

「アタシもすっかり助けられちゃったもんね。」

「ともえちゃんはもう少し慎重に行動しましょう?私は心臓が止まるかと思ったんですから。」

 

 と、ルリことクロスラピスが助けに駆けつけてくれた時、クロスハートはちょうど大ピンチだった。

 イエイヌもあの時の事を思い出すと、自分のフォローが間に合うか間に合わないかちょっと微妙だったなあ、と思う。

 そういう意味ではクロスラピスが助けに来てくれてよかった。

 だが、アムールトラが悩んでいるのはそういう事ではない。

 

「もしかして、ルリちゃんが心配?」

「あー。心配っちゅうのはそうやな…。うん。」

 

 萌絵の言う通り、アムールトラの悩みは一番は心配だった。

 ただ、そればかりではない。

 

「アムールトラ。せっかくですからみんなに話を聞いてもらったらどうですか?」

 

 イエイヌの提案にしばらくの間考え込んだアムールトラだったが一つ頷いた。

 やはり三人寄れば文殊の知恵。他の人に話しただけでももしかしたら違う見方が出来るかもしれない。

 

「そのな…。ルリはセルリアンが未だに出てる事に責任を感じとる。せやからクロスラピスになってセルリアンと戦おうっちゅうんはわからんでもない。」

 

 アムールトラの言葉に聞き入る一同。

 

「けどな…。ウチはルリには安全なところにいて欲しい。怪我とかせんで欲しい。ルリが戦う必要があるんやったら全部ウチが代わりに戦う。」

 

 そこまで言って一息。今度は自嘲気味な笑みを浮かべるアムールトラ。

 

「けれども…。それはウチの我がままなんやないかって。そう考えるのはルリの為になるんやろうかって最近はずーっとグルグル考えとってな。」

 

 アムールトラの吐露に一同何と声を掛けていいのか戸惑いを覚えた。

 しかし、そこに二人だけ例外がいた。

 アライさんとともえである。

 

「そうかー。アムールトラはルリをとても大事にしているのだな。エライのだ。」

「うんうん、だよね。アムールトラちゃんはいつでもルリちゃんの事を考えてるもんね。」

 

 二人して腕組みの姿勢でうんうんと頷きあうともえとアライさん。

 

「「けど…。」」

 

 と二人の声が重なった。

 

「アライさんだったらそれはイヤなのだ。」

「うん。アタシも。」

 

 二人の答えにアムールトラは動揺してしまう。

 やはり、こんな自分がルリの為を思うのは余計なお節介にしかならないのだろうか、と。

 そんな思いを見透かしたのか、ともえは首を横に振る。

 

「違うよ。ルリちゃんは同じくらいアムールトラちゃんの事を考えてるよ。」

 

 そうなのだろうか。と自問するアムールトラ。答えは決まっていた。

 そこにアライさんが続ける。

 

「アムールトラ。実は、かばんさんも昔はアライさん達に怪我をさせないようにって痛い事や苦しい事を一人で抱えてたのだ。」

 

 思わぬクロスシンフォニーの話にアムールトラは驚きを隠せない。

 

「でも、それはアライさんイヤだったのだ。アライさんはかばんさんと楽しい事だけじゃなくて苦しい事だって一緒にしたいのだ。」

 

 かつてクロスシンフォニーは変身時にかばん一人だけが痛みを引き受けて、それを内緒にしていた時期があった。

 それは博士によって見破られてしまったわけだったが、その出来事はクロスシンフォニーの結束をより強固にしたのだった。

 

「あのね。アライさんはアムールトラがルリちゃんを大切に思う事は間違ってないけど、でも、それでルリちゃんがどう思うかも考えて欲しいって言ってるんだよー。」

 

 フェネックのフォローにアムールトラはまたも考えさせられた。

 そこにもう一度ともえが口を開く。

 

「それにね。アタシだったらさ。もしもアタシがクロスハートになれなくても、イエイヌちゃんがセルリアンと戦ってるのを見てるだけなんてイヤだな。」

 

 ともえの性格ならそうだろうな、と思うアムールトラ。

 そこでアムールトラは気が付いた。

 かつてイエイヌは言っていた。自分とアムールトラはどこか似ている、と。

 それはきっと置かれている境遇でも似た様な部分があるという事だろう。

 だとしたら、ともえが言うように、ルリもまた見ているだけなんてイヤだ、と思っているのかもしれない。

 やはりそうなると、ルリがセルリアンと戦うのを反対するのは自分の我がままのような気がしてきてどこかモヤモヤした気分になるアムールトラ。

 それは自己嫌悪の気持ちだった。

 そんな彼女の肩にポム、とイエイヌが手を置いた。

 

「また言いますが、私は貴女が大好きですよ、アムールトラ。」

 

 そのイエイヌの言葉だけで何だかモヤモヤした思いが晴れるような気がする。

 正直、一度にたくさんの話を聞いて頭がぐるぐるする思いのアムールトラ。それでも、話を聞いてもらってよかった、と思えた。

 結局自分がどうしたいのか、という答えはまだ出ていない。

 それでも、今日教えて貰った事はきっと大切な事なのだろう、と思ったアムールトラは家に帰ってからもう少しじっくりと考えてみる事にしたのだった。

 

「(青春だナ…)」

 

 そんなアムールトラはじめ、みんなの様子をまたも黙って見守っていたラモリさん。

 ラモリさんは保護者として必要以上にはみんなに干渉しない立場をとっていたが、何かしら自分の手が必要になったなら手助けの一つもしてやるか、と相変わらず沈黙のままに考えるのだった。

 

 

の  の  の  の  の  の  の  の  の  の  の  の  の  の

 

 

 その日の夜。

 宝条家の夕食はちょっとした不自然さがあった。

 表面上はいつも通りだ。いつものようにアムールトラがルリの作るご飯をペロリと平らげて美味いと褒めちぎり、ルリが照れる。

 そして、ルリが一日の出来事を話したりするのを“教授”が聞いていたり。

 ただ、今日は何か会話がズレているような、そんな違和感があった。

 理由の一つはルリがエゾオオカミの事を話さなかった事だろう。普段のルリならばエゾオオカミと友達になった事は絶対に話していただろう。

 けれど、それを話すと、今日、たった一人でクロスラピスとしてセルリアンと対峙した事も話さないとならない。

 それはアムールトラにまたも心配を掛けてしまう、とルリはそれを話せないでいたのだった。

 そしてアムールトラもアムールトラで、結局自分はどうしたいのか、という肝心な答えが出せずにいた。

 だからどこか会話もうわの空になってしまっていたのだった。

 “教授”はと言えばタブレットを横目に眺めつつ、食事をつつく状態だ。

 今日はユキヒョウは自宅に戻っていたので、行儀が悪いと“教授”をたしなめる者もいなかった。

 ちなみに、最近宝条家に居候している油壷のセルリアンことイリアであったが、彼は食事を摂る必要がないので台所で大人しくしている。

 ただ、イリアのおかげで天ぷらなどの揚げ物を作りやすくなったとルリにも大好評ではあった。

 それはともかくとして、表面上はいつも通りの食事も終わって、ルリは後片付けの洗い物。その間にアムールトラと“教授”はお風呂に入る事になった。

 二人で背中を洗いあって、アムールトラは“教授”にシャンプーしてもらって、でもって二人して湯舟に入る。と、色々とダイナマイツ!なプロポーションの二人だ。盛大にお湯が溢れる。

 

「あー…。もう。なんか頭使い過ぎたせいかもう溶けそうや。」

「おや。キミが頭脳労働なんて珍しい事もあったものだ。明日は雪でも降らなければいいね。」

「うっさいわ。」

 

 心地よいお湯の暖かさに蕩けるアムールトラに“教授”の軽口が届く。

 背中を預けた格好のアムールトラは軽口の礼、とばかりに“教授”に体重をかけてやった。もっともその程度ではビクともしないのではあるが。

 

「なあ、“教授”…。ウチはどないしたらええんやろ?」

「なんだい、藪から棒に。」

 

 とは言うものの、“教授”もアムールトラが何かを悩んでいる事くらいは何となく察しがついていた。

 だが、それを共に思い悩んでやるのは何かが違う気がするし、自分らしくもない。それに何よりアムールトラ自身が答えを与えられる事を望んで言っているわけではないのだろう。

 存分に思い悩んでみて欲しいところではあるが突き放してしまうのも無責任すぎる気がする。

 “教授”はしばらく立ち上る湯気を見上げながら考えて、一つ口にした。

 

「なら…。直すかい?“ビーストドライバー”」

 

 “ビーストドライバー”はアムールトラの中にわずかに残ったビースト因子を活性化させてビースト状態にしたうえで制御するための機械だ。

 それはイエイヌとの戦いで壊れていらいそのままになっていた。

 それを直すのは難しくない。

 ビースト化したアムールトラの力は通常状態のクロスハートやクロスナイトよりも強い。

 特別な野生解放をしたイエイヌでようやく互角のレベルなのだ。

 それに頷くだけでもアムールトラは再び破格の力を手に出来る。

 

「力で解決できるような問題ならそれで充分だろう?」

 

 しかし“教授”の言葉にアムールトラは即座に被りを振った。

 アムールトラとしてはビースト化の力は大切な友達を傷つけようとしてしまった間違いの象徴のようなものだ。

 再び使いたいと思えるようなものではない。

 そうするアムールトラの頭に“教授”の手が置かれた。そのままぐしぐしと撫でつける。

 

「ならば、それはそういう種類の問題だという事さ。」

 

 つまり、力では何ともならない、という事だろう。それはアムールトラにだってよくわかっている。

 だが…。

 

「キミはどうして“ビーストドライバー”を使わないと決めたんだい?」

 

 その“教授”の言葉にアムールトラはすぐに答えられなかった。

 その代わりというように“教授”はさらに続ける。

 

「それはね、きっと誇りだとか矜持だとかそういう問題なんだよ。」

 

 なんだか難しい物言いにアムールトラは怪訝な顔をしてしまった。

 “教授”の言うように凄い理由ではないような気がしてアムールトラは首を横に振って言った。

 

「そんな大層なモンちゃうわ。なんちゅうか…ウチの我がままが原因なんや。」

「ははは、誇りだとか矜持なんて元を辿れば意外と大した事はないんだよ。頑固だったり我がままだったりこうしたいとかそういう駄々みたいなものから来てるんだ。」

 

 そう言って笑う“教授”の言葉は不思議とアムールトラの胸に響いた。

 

「何をどうしたいのかわからなくなったら、たまには自分の誇りや矜持の元にでも目を向けてみたまえ。」

 

 言いつつ“教授”はアムールトラの肩に顎を乗せてその顔を覗き込むとイタズラっぽい笑みを浮かべてみせた。

 

「ところで。今の私は中々に保護者っぽい事を言えたと思わないかい?」

 

 そんな“教授”にアムールトラは一つ嘆息。

 

「“教授”……。そういうとこやぞ。」

 

 と呆れまじりに言うのだった。

 

 

の  の  の  の  の  の  の  の  の  の  の  の  の  の

 

 

 夜も更けた色鳥町商店街。

 もうどの店も店じまいして昼間の喧騒もどこへやら。人通りもまったく見られない。

 いや、その色鳥町商店街に三つの人影が現れた。

 

「ねえねえ、オオセルザンコウ!セルシコウ!これ見てよ、これ!」

 

 夜の商店街をパタパタと走って店じまいした駄菓子屋の店先までやってきたのはマセルカだった。

 その後を、しょうがないなあという顔をしたオオセルザンコウとセルシコウが続く。

 マセルカが指し示しているのは駄菓子屋の店先にあるガチャガチャの機械だった。

 

「ふぅむ?不思議な機械だな。中にカプセルのような物が入っているようだが、何かの貯蔵庫なのだろうか?」

 

 オオセルザンコウもそれを見てみたが、そもそも何の機械なのかすら判別がつかない。

 それはセルシコウも似たようなもののようで二人して顔を見合わせ困惑の表情を浮かべた。

 

「もうー、二人とも!“セルメダル”だよぉ!これを使ったらたああああっくさん手に入るんだったらっ!」

 

 そのマセルカの言葉をセルシコウが解説した。

 

「マセルカが主より授かった“輝き”は生まれるセルリアンの特性がわかるものです。オオセルザンコウ、ここは貴女の“シード”の使いどころではありませんか?」

 

 それにオオセルザンコウも頷く。

 

「いいだろう。」

 

 オオセルザンコウがガチャガチャの機械へと手を伸ばす。

 と、同時ガチャガチャの機械が黒ずんだ水のようなものに包まれ、グニャグニャと形を変え始めるのだった。

 

 

――④へ続く

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