吹き飛ばされたエゾオオカミはどうにか着地を決めた。
クロスラピスとはかなり距離を離されてしまったが身体にダメージは残っていないようだ。
おそらく、セルシコウは大分手加減をしていたのだろう。
追撃に放った掌底も殴りつけるというよりも『押す』という方が正しい一撃だった。
おかげで遠くに追いやられてはしまったものの身体へのダメージは残っていないのだろう。
ただ、それはいい事ばかりではなかった。
なにせ、エゾオオカミはそういう芸当が出来る強敵とこれから戦わなくてはならないのだから。
「ちっ…、冗談キツイぜ。」
そしてさらに悪い事には目の前までやって来たセルシコウは二人に増えていた。
ただでさえ強いセルシコウが二人。
どちらかが本物でどちらかが偽物だとしても一人に集中できない以上不利は否めない。
そして、もしも二人ともが同じ強さを持っているのだとしたら…、状況は最悪だった。
とにもかくにも嘆いたところで仕方がない。
今はクロスラピスのピンチなのだ。どうにかしてそこへ駆けつけて加勢しなくてはならない。
しかもクロスラピス達がいるであろう方角につい先ほどジェットエンジンの轟音を立てる何かが落ちていた。
一刻も早くクロスラピスの無事を確かめたい。
エゾオオカミは拳を握って構えなおした。
「あくまで戦うおつもりですね。」
それを見てとったセルシコウもゆっくりと構えをとる。
二人のセルシコウが左右対称の構えをとってみせた。
自分のものとは違ってそれだけでも洗練された技を感じさせる構えだ。
だが負けるわけにはいかない。
「(大振りはダメだ。さっきと同じようになる。)」
両の拳を肩の高さに挙げたエゾオオカミ。ボクシングスタイルだ。
細かいジャブで牽制しつつ相手の防御を崩して本命のストレートを叩きこむ事を基本とするオーソドックススタイルだ。
確かテレビで見たボクシングではそんな事を言っていた。
そのエゾオオカミの構えを見てセルシコウは嘆息のため息をついた。つまらない、とでも言うように。
「つまらないかどうかは試してからにしやがれ…!」
―ダッ
と一気にエゾオオカミが踏み込み間合いを詰める。
その間も決して二人のセルシコウから目を逸らさない。
突撃にも動かないのを見てから左のジャブを繰り出す。
一発目は先ほどと同じように手で払われたが体重を乗せていない分、それで体勢が崩れる事もない。
即座に戻して二発目、三発目、と左のジャブを矢継ぎ早に繰り出す。
セルシコウも相手の腕を掴んで投げ技に持ち込む事が難しいと悟るとスゥエーでの回避に徹した。
しかし、二人のセルシコウに対してジャブを打ち込んでも全く崩せる気配がない。
何とか隙を作り出さないと本命の右ストレートを打ち込めない。
対するセルシコウは余裕の表情だ。
おそらく二人に分身していなくても一発だって命中する事はないだろう。
「そろそろよろしいですか?」
言いつつセルシコウは揃って大きく後ろに飛び退って間を開ける。
エゾオオカミがどういう戦い方をするのか、実力差を埋める為に何をするのか興味があったがそれも試し終わった。
仕切り直して対峙しなおすエゾオオカミとセルシコウ。
「いくぜ。」
「ええ。」
エゾオオカミも同じ戦い方をしても無駄なのはわかっていた。
先ほどは様子見をしてくれたセルシコウも今度は反撃に転じてくるはずだ。
ならば、とエゾオオカミも覚悟を決める。
―ダッ
再びエゾオオカミが地を蹴りセルシコウとの間合いを詰める。
両腕のガードを上げて顔から胸あたりを重点的に守る構えだ。
おそらくセルシコウが狙っているのはカウンターだろう。
だったら、とスピードを緩める事なく体当たりを仕掛ける勢いで肉薄する。
まだ手は出さない。
セルシコウが動けばそこで対応してこちらも拳を繰り出す。
お互いにカウンター狙いのチキンレースの始まりだ。
このまま行けば正面衝突だがそれだって望むところだ。
ともかく、二人のセルシコウどちらかにダメージを与えて取っ掛かりを作らなければならない。
エゾオオカミ自身も無事では済まないだろうが、そこは何とか気力と根性でカバーするしかあるまい。
この攻防で有利なのはエゾオオカミの方に思えた。
だが、互いに動く事はない。
「(だったら頭を叩きこんでやる!)」
決してセルシコウから目を離さずに突っ込んでいくエゾオオカミ。
狙いは頭突きだ。
これを鼻っ柱にでも叩き込んでやれば上手くいけば一人はしばらく動けなくする事くらい出来るかもしれない。
覚悟を決めてさらに加速。
途中で迎撃の拳なり何なりはもらうかもしれないが、その為に両腕でガードを固めている。
急所さえ守っていればそうそう押し止められる事もないだろう。
いよいよ蹴りの距離から拳の距離、肘、膝の距離を越えてエゾオオカミとセルシコウの距離が近づく。
このまま狙い通り頭突きを叩きこもうかと思ったところ…、
「!?」
ふ、とセルシコウがくるりと後ろを向いた。
何のつもりかと訝しむエゾオオカミであったが、直後、何故か天地が逆転したかのように視界が流れると背中に衝撃が走った。
「がっ…。」
とエゾオオカミの口から吐息が漏れる。
いつの間にかエゾオオカミは背中から仰向けに地面に転がされていた。
何故、と訝しむエゾオオカミ。
答えはセルシコウがコンパクトに折りたたんだ下段回し蹴りでエゾオオカミの足を払ったからなのだが、距離が近すぎてそれを認識する事すらできなかったのだ。
「諦めなさい。クロスハート。貴女と私では腕が違い過ぎます。」
見下ろすようにエゾオオカミを見つめるセルシコウ。
そこから踏みつけで止めを刺す事だって出来るし、どうにでも料理できるだろう。
エゾオオカミにもそれは理解できた。
セルシコウがまだまだ手を抜いているであろうことも。
つまりどう逆立ちしたところで勝ち目などない。
だが…。
「へ…。諦めるってのだけはどうにもな…。」
本物のヒーローだったら…、本物のクロスハートだったなら諦めたりはしないだろう。
まがりなりにもクロスハートを名乗るのであれば、勝てないからと言って諦める事だけは出来ない。
それがエゾオオカミに残された最後の意地だった。
「そうですか。ではしばらく眠っていて下さい。さようなら、クロスハート。」
セルシコウはエゾオオカミの意識を刈り取るべく足を振り上げた。
エゾオオカミは背中を強打した影響でまだ動けない。その止めの一撃をかわす事は出来ない。
が…。
「えー?まだ会ったばっかりなのにさよならなの?」
と唐突に後ろから声が掛けられた。
「!?」
それは予想外だったのか、二人のセルシコウも同時にバッとエゾオオカミから離れて振り返る。
振り返った先にいたのはやたらと丈の短い服を着たフレンズだった。
ピンと立った耳とふさふさの尻尾から察するにイヌ科のフレンズかと思えた。
「何者ですか。」
いつの間に現れたのか。
目の前の相手に集中しすぎてしまったか、と反省しつつセルシコウは訊ねる。
新たに現れたイヌ科のフレンズはとてとて、とエゾオオカミとセルシコウの間に割って入り、背中にエゾオオカミを庇うようにして言った。
「クロスハート。通りすがりの正義の味方だよ。」
―ああ。一緒だな。
とエゾオオカミは思った。
あの日、商店街にハチの化け物が現れた日に助けてもらった時と一緒だった。
自分を守って立つ眩しい背中もそのままだ。
だが同時にこうも思っていた。
どうして来た、と。
そして二人のセルシコウも戸惑っていた。
新たにあらわれた丈の短い服を着たフレンズを指さしてから訊ねる。
「クロスハート?」
「クロスハート。」
と、それに応じて新たにあらわれた方のクロスハートも自分を指さしてコクコク頷いてみせた。
それでますますセルシコウは混乱した。
じゃあ、そこで倒れてるのは?
とセルシコウは今度はさっき倒した方のクロスハートを指さして訊ねる。
「クロスハート?」
それには新たにあらわれた方のクロスハートも、そうなの?と倒れている方のクロスハートを振り返る。
その頃にはようやくエゾオオカミも少しは動けるようになってきた。
ギリ、と歯を食いしばってエゾオオカミは立ち上がった。
「ああ。通りすがりの正義の味方。クロスハートだ。」
そう宣言してからエゾオオカミは思う。
「(言っちゃったー!言っちゃったよっ!?どうしよう!?本物の前なのにっ!?)」
本当は以前助けてもらったお礼だって言いたいし、商店街を守ってくれたお礼だって言いたいしその他色々と言いたい事がてんこ盛りだ。何ならサインだって欲しい。
なのに一番最初に出た言葉はこれだった。
これでは自分がまるでクロスハートに敵対するつもりだと受け取られても仕方がないんじゃないだろうか。
そこまでを思ってエゾオオカミは立ち上がりおそるおそる顔をあげてクロスハートの反応を伺った。
「あ。うん。そっか。あなたもクロスハートなんだ。じゃあよろしくね、クロスハート。」
と、あっさり受け入れられてしまったのでエゾオオカミは目が点になってしまった。
「ちょ、ちょっと待て。俺もお前もクロスハートっておかしいだろ?」
「そ、そうです。私も二人もクロスハートがいるとややこしくて困ります。」
と、何故かセルシコウまで加勢する始末だ。
ただ、セルシコウの場合は現在セルリアンの能力を借りて二人に分身中なのでお前が言うな状態ではあったのだが。
そんな二人にクロスハートは困ったように頭を掻く。
「いやあ…、そう言われても…。クロスハートって結構いるんだよ?アタシもクロスナイトもお姉ちゃんもそうだし。ねえ、クロスナイト。」
と、これまたいつの間に来ていたのか、ミラーシェードで目元を隠し腰までの短いマントをたなびかせたイヌ科のフレンズもまたそこにいた。
「(く、クロスナイトだー!本物だー!か、カッコいー!)」
と内心大喜びのエゾオオカミだったが今はそれどころでもない。
「あー。実はわたしの正式名称ってクロスハートナイト。略してクロスナイト、なんですよ。」
あらわれたクロスナイトはそんな事を言いつつクロスハートの方へ歩いていく。
「ただ、皆さんが言ってるように二人もクロスハートがいるとさすがにややこしい気がします。」
「えー?アタシはいいと思うよ。クロスハートがいっぱいいたって。チーム、クロスハートって感じがするし。」
「だ、そうです。」
とそのまま話をエゾオオカミにぶん投げてしまうクロスナイト。
貴重なツッコミ役かと思ったら割とそんな事はなかったようだ。
ただ、エゾオオカミも理解した。
どうやら自分は憧れのヒーロー達と肩を並べる事を許してもらったらしい、と。
なので、一歩を踏み出し、クロスハートとクロスナイトの隣へと並び立つ。
「だったら足を引っ張るなよ。クロスハート。」
「大丈夫大丈夫。任せてよクロスハート。」
言って二人で構えをとる。
が、それにちょっと憮然とした表情のクロスナイト。
「あのー…。今日はわたしもクロスハートナイト、と正式名称の方で呼んでもらってもいいですか。」
それにクロスハートは両手を口元に当てて何か感極まったような表情を見せた。
「く、クロスナイトがヤキモチ妬いてる…。ちょ、ちょっと新鮮で可愛い。」
「もうー!そんなんじゃありませんったら!」
「わかったよ、じゃあ今日はクロスナイトもクロスハートね!」
「だからヤキモチとか妬いてませんからねっ!」
そしてあらためて三人のクロスハートはセルシコウに向けて構えなおす。
ようやく向き直ってくれた三人のクロスハートにセルシコウはどうしても言いたい事があった。
「ますますややこしくなったじゃないですか!」
三人のクロスハートVS二人のセルシコウという何ともややこしい戦いの幕が切って落とされた。
の の の の の の の の の の の の の の
「ふむ。クロスラズリ、と言ったかな。キミが私たち二人の相手をしてくれる、という事でいいのかな。言っておくがそちらのクロスラピスは戦える状態じゃないよ。」
あらたに現れた猫科の大型獣を思わせるフレンズにオオセルザンコウは言い放つ。
確かに彼女の言う通り、クロスラピスは先程の『ラガースプラッシュ』を受けてまだ酔っ払い状態だろう。まともに動ける状態だとは思えない。
つまり、オオセルザンコウとマセルカ二人の相手をクロスラズリ一人でしなくてはならない、という事だ。
だが、それにクロスラズリはチッチッと指を振って否定してみせた。
「いや?ウチ一人じゃないで。」
言いつつクロスラズリはクロスラピスをお姫様抱っこでラモリケンタウロスに乗せた。
「ほれ。これで3対2や。」
どうやらそれだけでクロスラピスを戦力として再計算できるというつもりなのだろうか。
「でもって!」
ゴウ、と烈風が吹き荒れる。
それはクロスラズリが野生解放したからだった。
“けものプラズム”が生み出したサンドスターの輝きが周囲に満ちて風を巻き起こす。
何か仕掛けてくる、とオオセルザンコウもマセルカもクロスラズリを警戒した。
「これで3対1になるわけや。」
が、クロスラズリはただニヤリとしただけだった。
と、同時。
「オオセルザンコウ!なにか…」
マセルカの警告の言葉は最後まで言えなかった。
空から再び何者かが降ってきたからだ。
マセルカは間一髪でその上空から急降下攻撃を仕掛けて来た何者かの攻撃をかわした。
「サイレントダイブを死角から放ったのにかわすなんて…。すごいですね。」
芝生に深く足先の爪を喰い込ませたのは茶色を基調としたコートのような衣装をまとった鳥系フレンズだった。
静粛性に優れた攻撃を仕掛けてきたあたり、おそらくフクロウなどの猛禽類のフレンズではないだろうか、とマセルカはあたりをつける。
「へっへー。おあいにく様。マセルカにはエコーロケーションがあるから音の反射で見えない範囲から攻撃されたってへっちゃらなんだから。」
クロスラズリが野生解放を囮にしてまで敵の注意を引き付けたのは彼女が一人を引き受けてくれるからだった。
「で、そっちはだぁれ?」
とマセルカはあらたにあらわれたフレンズへと問う。
「クロスシンフォニー。通りすがりの正義の味方です。」
その名乗りにオオセルザンコウとマセルカは一瞬驚愕の表情を浮かべる。
「ならばキミがセルスザク様を倒した…。」
「クロスシンフォニー…。」
たしかに、先程の一撃もマセルカでなければ、かわすどころか攻撃された事を認識すら出来ずに倒されていたかもしれない。
オオセルザンコウもマセルカもお互いに息を呑む。
とうとう一番警戒していた相手が出てきたか、とお互いに視線をあわせて頷きあった。
「マセルカ…。手筈通りに。」
「わかった。任せて、オオセルザンコウ。」
そして、こうなった時の対処方法も二人は考えていた。
「さあ、こっちだよ!」
マセルカは大きくジャンプしてその場から距離を離す。
明らかにクロスシンフォニーを誘い出すつもりだ。
しかし、それはクロスシンフォニーだって望むところだ。
先程の一撃でマセルカを捕まえて戦場を移動するつもりだったのだから。
なので、クロスシンフォニーはその誘いに乗る事にした。
クロスラズリと一度視線を合わせてから頷き合う。
お互いにここは任せて大丈夫なのだ、という確信があった。
だからクロスシンフォニーはそのままマセルカを追って飛び出す。
「さて、色々と待たせてもうたな。」
「なあに。それはお互い様だろう。」
クロスラズリはあらためてオオセルザンコウと向き直る。
怒りはある。
クロスラピスを危ない目に遭わせた事に対してだろうか。
いいや、違う。
それはクロスラピスが自ら選んだ道を進んだ結果だ。
クロスラズリが怒りを感じているのは自分自身に対してだった。
もう少し早く迷いを断ち切っていればクロスラピスが危ない目に遭うのを未然に防げたかもしれない。
まだまだ未熟、と思わずにはいられなかった。
怒ってはいても頭の芯は冷静なままの自分がいた。
もしかしたら、この公園で自分と喧嘩した時のイエイヌも似た様な心境だったのかもしれないな、なんて思って笑みがこぼれる。
「それとは別にやっぱルr……いや、クロスラピスに手ぇ出したんはものごっつい腹立つからぶん殴るんやけどな!」
獰猛な笑みを浮かべてアムールトラ…、いや、クロスラズリはオオセルザンコウに向けて踏み出した。
の の の の の の の の の の の の の の
マセルカを追って飛ぶクロスシンフォニー。
輪ゴムのセルリアンことワゴメリアンの特性を活かした移動は速く、そう簡単に追いつけそうもない。
そして、マセルカは目的の場所に辿り着くと移動をやめた。
そこは整備された小川だった。
この公園の目玉設備でもある。
この公園は近くを流れる色鳥川から分流を引き込んで小さな人工の小川を作っている。
夏になると、水遊びも出来るのだ。
マセルカがイルカ系のフレンズだというのはクロスシンフォニーにも察しがついていた。
だから彼女が得意な環境に引き込んだのだという事はすぐに理解できた。
飛び石などの足場もあるものの、環境は圧倒的にマセルカに有利だ。
それでもクロスシンフォニーはワシミミズシルエットのまま飛び石の上に降り立つ。
水深は深いところと浅いところが別れている。
水遊び用に膝までの水深の部分もあれば、川遊び用に腰までの水深の箇所もあり、看板で表示されていた。
「じゃあいくよぉ!」
マセルカは早速水深の深い部分に身を躍らせる。
まさに水を得た魚、というように高速で泳ぎ回る。
腰までの水深しかないが、それでもとても捉える事など出来ないだろう。
「わっふーい!」
と、飛び石の上のクロスシンフォニーに飛び掛かる。
かろうじて身体を捻ってかわす事に成功するクロスシンフォニー。
『相手が想定以上に速いのです。』
『ええ。これではアライグマシルエットで解析などと悠長な事は言っていられそうにないのです。』
心の中で博士と助手が言う通り、そんな余裕はなさそうだ。
今度はマセルカは飛び石の上に着地すると、ゴムの弾性を利用して再び躍りかかる。
たまらず空へと逃げるクロスシンフォニー。
マセルカは狙いを外したとみると水深の深い部分へと再び潜った。
『どうしよう、かばんちゃん。あんなに速いんじゃあ攻撃が当たらないよ。』
心の中でサーバルが不安そうに言う。
覚悟はしていたものの、思っていた以上に地の利はマセルカにあるようだ。
セルリアンフレンズ三人はクロスシンフォニーがあらわれた場合は水場に誘い込んでマセルカが戦う、と方針を決めていたのだ。
事前にセルスザクによって知らされていた情報によればマセルカが水場で戦うのが最も相性がいいと判断していたからだ。
「(攻撃は届くけれど、無闇に攻撃を仕掛けてもかわされる…。それどころか水中に引きずり込まれたら…。)」
クロスシンフォニーは空中で迷っていた。
先に不意打ちで放った『サイレントダイブ』はワシミミズクの静粛性に優れた特性を活かした攻撃で、死角から放ったそれは必中のはずだった。
なのにマセルカはかわしてのけた。
それはイルカのもつエコーロケーションという能力によるものだ。
超音波を放ち、その音の跳ね返りによって周囲の地形や生き物を探るというものだが、それで必中の『サイレントダイブ』を察知してかわしたのだろう。
『それにさー。水中って私苦手なんだよねー。』
『という事はフェネックシルエットに変わってもダメなのかー!?』
心の中でフェネックが言う通り、彼女の動物特性として水の少ない砂漠で暮らす動物であった為、水中での活動は苦手としている。
それはアライさんやサーバルや博士助手だって似たようなもので、水中を得意としているフレンズはいない。
つまり、最もイヤな弱点をついてきた形だ。
「ずーっと空にいるけどこっちの攻撃が届かないと思った!?ざんねーん!マセルカはジャンプだって得意なんだから!」
どうするか、と悩むクロスシンフォニーに向けて水中からの大ジャンプでマセルカが再び躍りかかって来る。
「しまったっ!?」
不意を打たれたクロスシンフォニーは一歩反応が遅れた。
尻尾を打ち付けるマセルカのテイルアタックを何とか両腕でガードするものの吹っ飛ばされる。
―ザッパーン!
と吹き飛ばされた先は水深の深い部分だった。
腰までの深さだから足は立つ。
けれど、水中に引きずりこまれてしまった格好だ。
既にマセルカも水中に再び潜りクロスシンフォニーの周りを高速で泳ぎ回る。
空に再び逃れたいところだが、翼を広げて飛ぶ一瞬の間にマセルカは再び攻撃を仕掛けてくるだろう。
「あははは!セルスザク様を倒したっていうからどれほどかと思ってたけれど大した事ないね!全然弱いよ!」
周囲を泳ぎ回りつつマセルカは勝利を確信していた。
あとは空に逃がさないようにしつつ隙を伺って細かい攻撃を繰り出していくだけだ。
言葉では大した事ないとは言いつつも、マセルカは決して油断しているわけではなかった。
だが、その挑発にカチンと来るものがいた。
『な、なんだとぅー!かばんさんは偉大なんだぞぉー!』
『そうだよ!かばんちゃんはすっごいんだから!』
『確かに我々はかしこいとはいえ、水中は少しばかり苦手ですが…。』
『ええ。それで調子に乗られても困るというものです。』
『こうなったらやるしかないんじゃなーい。まー。私もちょーっと怒ってるけど。』
それはかばんを除くクロスシンフォニーチーム全員だった。
『ではかばん。久しぶりにアレをやるのです。』
『セルスザクと戦った時のアレなのですよ。』
と心の中で言う博士と助手。
「わかりました。」
と苦笑交じりに笑うクロスシンフォニー。
自分の為に他のメンバーが怒ってくれたのが嬉しいのが大半。
あと、この切り札を使わなくても作戦はあるにはあったんだけどなあ、という想いがほんの少し。
ただ、今から使う切り札を使ったのなら勝利は揺るがないものとなるだろう。
その確信があった。
クロスシンフォニーはザッと構えをとる。
それは空中に逃れる為のものではない。そんな事をすればたちまちマセルカは攻撃を仕掛けてくるだろう。
「(一体何をするつもりなの!?何なのこのプレッシャー!?)」
周囲を高速で泳ぎ回るマセルカは戸惑いを覚える。
水中でまともに動けないクロスシンフォニーと水中でこそ真価を発揮する自分とでは圧倒的に有利なのは自分だ。
だからどんな手を使おうがクロスシンフォニーは詰んでいる。
そのはずだ。
けれど構えをとったクロスシンフォニーからは一層強い圧を感じる。
一体何をするつもりだ、と警戒するマセルカ。
まずは博士が心の中で叫ぶ。
『アフリカオオコノハズク!』
続けて助手が
『ワシミミズク!』
と叫ぶ。
そしてクロスシンフォニーが仕上げとばかりに高らかに叫んだ。
「トリプルシルエットッ!」
と。
瞬間、サンドスターの輝きが閃光となって迸った。
それだけで周囲の水が一瞬押しやられてマセルカも流される。
マセルカはあわてて飛び石の上へと避難した。
そしてそこで見た。
白と茶色を混ぜ合わせた不思議な模様のコートを着たクロスシンフォニーを。
頭の翼は大きくこれまた白と茶色を混ぜ合わせた模様をしていた。
やがて周囲の水が元通りに戻っていたがそれでもクロスシンフォニーは空へと羽ばたく事をしなかった。
腰まで水に浸かったままでマセルカに向けて手を伸ばすと、来い、とばかりに手のひらを自分へと向ける。
「くぅー!?まさか水中でマセルカに勝てるつもり!?」
今度はその挑発にマセルカが乗った。
飛び石から水中へ身を躍らせるとそのまま最高速度でクロスシンフォニーへと突っ込んでいく…、が。
「えいっ!」
今度はクロスシンフォニーが水をかくように腕をひと振り。
それだけで再び水が大波となってマセルカに襲い掛かった。
その波に呑まれて飛び石へと叩きつけられるマセルカ。
「な、なんなのその出鱈目なパワー!?」
マセルカの驚きも当然だ。
これこそがクロスシンフォニーの切り札中の切り札、トリプルシルエットである。
普段はかばんと誰か、という合体でフレンズの力を引き出しているがトリプルシルエットの場合はかばんともう二人分のフレンズの力を引き出せる。
パワーもスピードも防御力も段違いだ。
『たまには力でゴリ押しというのも悪くないですね。助手。』
『ええ。かしこい我々には似合いませんがたまには悪くありませんね。博士。』
と心の中の博士と助手も満足気だ。
ともかく、今がチャンスだ。
クロスシンフォニーは今度こそ空中に飛び上がる。
そしてマセルカの叩きつけられた飛び石へ向けて急降下!
狙いを察知したマセルカは慌てて飛び石から離れようとしたがもう遅い。
―ガァン!
とクロスシンフォニーの飛び蹴りが飛び石へと叩き込まれた。
その衝撃は水中を伝わりマセルカの脳を揺らす。
「あわわわわっ!?!?」
急な音にマセルカは戸惑いの声をあげて動きを止めてしまった。
ガチンコ漁と言って手ごろな岩に石を打ち付けるてそこに隠れた魚を衝撃で気絶させる、という魚を取る方法がある。
いま、クロスシンフォニーがやったのはそれだった。
本当はサーバルシルエットあたりでも十分やれそうだったけど、皆が自分の為に怒ってくれたのが嬉しくてついついトリプルシルエットを使ってしまったかばんである。
きっと今日の夕飯はたくさん作らないと足りなくなりそうだ。
ともあれ、マセルカのうなじにある『石』が見えている。
それさえ砕けばマセルカもスザクと同じように元のフレンズへと戻るはずだ。
『さあ、仕上げと行くのです!』
『必殺技を叩き込んでやるのです!』
博士と助手の声に従い、クロスシンフォニーは空中から水中に向けて急降下。
「『『インビジブルダイブッ!』』」
と三人の声が重なる。
一瞬姿が全く見えなくなったかと思ったらいつの間にかクロスシンフォニーの蹴りがマセルカのうなじの『石』へ叩き込まれた。
―ピシリ
と『石』に亀裂の入る音が確かにした。
だが、妙な手応えにクロスシンフォニーは訝しむ。
と、マセルカの『石』にスリットがあらわれると、そこからメダルが排出された。
それは以前クロスシンフォニーが戦ったワゴメリアンの姿を刻んだものだった。
それがピシリ、と音を立てて粉々に砕け散ると同時…。
―カッ!
と周囲に閃光が迸った。
思わずその光から目を庇うクロスシンフォニー。
と、気が付けばマセルカがいない。
先程“セルメダル”が割れる際に出た閃光を目くらましにして逃げたのだろうか。
「お、おぼえてろー!」
と、遠く色鳥川にまで既に逃げているマセルカ。
あの様子からどうも元のフレンズに戻ったわけではなさそうだ。
あっという間に川の水面に消えていく。
きっとここを戦場に選んだ時点で、もしも敵わなかったら本流の色鳥川に逃げるつもりでいたのだろう。
そして確かに『石』を砕いたと思ったのに、実際に砕けたのは“セルメダル”だけであった。
勝ちはしたもののクロスシンフォニーの胸中には新たな謎が残るのだった。
―⑧へ続く
【用語解説:クロスシンフォニートリプルシルエット】
クロスシンフォニーの切り札中の切り札である。
かつてセルスザクと戦った際に初めて使った。
普段はかばん+誰かという組み合わせでクロスシンフォニーになるが、トリプルシルエットの場合はかばん+誰か+誰かという三人でクロスシンフォニーになる。
その力は非常に強力で、守護けものの力を持ったセルスザクをも凌ぐ程であった。
今回使用した博士助手の合体シルエットの際は探知不能の異次元からの一撃、『インビジブルダイブ』が必殺技だ。
なお、この技は消耗もかなり激しく、これを使った後は非常にお腹が空く事態となる。
なので主に星森家の食費にダメージが入るため連発は出来ない大技だ。