けものフレンズRクロスハート   作:土玉満

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第13話『対決!クロスハートVS偽クロスハート』⑨

 

 クロスラズリに浴びせられたビールが滴り落ちる。

 勝利を確信してニヤリとするオオセルザンコウ。

 『ラガースプラッシュ』は浴びた相手を強制的に酔っ払い状態にする技だ。

 確かにクロスラズリは強いけれど、酔っ払い状態にしてしまえば確実に戦力ダウンする。

 滴るビールに髪を濡らして俯くクロスラズリは微動だにしなかった。

 

「さて、止めといこうか。」

 

 オオセルザンコウは再びビール瓶ミサイルを生み出す。

 クロスラズリは既に酔っ払い状態。

 続く『ラガーミサイル』の斉射をかわす事は出来ない。

 

「『ラガーミサイル!』」

 

 オオセルザンコウの両腕の鱗を模した両腕のリストバンドからさらに追加のビール瓶ミサイルが飛び出してクロスラズリに襲い掛かる!

 孤を描くようにして四方八方から襲い掛かるビール瓶ミサイル。

 それに対してクロスラズリはいまだ俯いたまま動かない。

 が…。

 

―ピシリ。

 

 ビール瓶ミサイルの群れはクロスラズリに激突する寸前で空中で止まった。

 直後、それぞれに真っ二つになって崩れ落ちる。

 

「なっ!?」

 

 驚きの声をあげるオオセルザンコウ。

 これは先ほども同様にして『ラガーミサイル』をクロスラズリが防いだ方法と同じだ。

 だが、今の酔っ払い状態でそれが出来るはずがない。

 そうオオセルザンコウが戸惑っていると…。

 

「うっわ、何やコレ。妙な匂いやなあ。しかもベタベタして気持ち悪いし。」

 

 クロスラズリはぶるぶる、と身を震わせると自らの毛皮についたビールを振り払った。

 

「な、何ともない…。だと…?」

 

 オオセルザンコウの目が驚愕に見開かれる。

 そんな中でクロスラズリは不思議そうにしていた。

 

「いや、こんなくっさい水かけたくらいで何やっちゅうねん。」

「こ、これはビールと言ってアルコールが含まれていてそれを体内に取り込んでしまうと…。」

「しるかー!!」

 

 オオセルザンコウの解説が長くなりそうだったので、クロスラズリは思わず踏み込んでツッコミがわりの拳を振るった。

 訊いてきたのはそっちだろう、とオオセルザンコウは理不尽なものを感じつつもどうにか両腕でガード。事なきを得る。

 

「だいたいにしてやなあ!ウチがおらんのをいいことにルリにもユキヒョウにもよっくも散々好き勝手してくれよったなぁ!」

 

 そんなオオセルザンコウにさらに詰め寄るクロスラズリ。クロスラピスを変身前の呼び名で呼んでしまっているがそこには気づいてない。

 なんせオオセルザンコウに指を突きつけ詰め寄る彼女の目はすっかり据わってしまっている。どんな正論で反論したって無論無駄というものだ。

 

「(あ、これ、やっぱりちゃんと酔っ払い状態になってる。)」

 

 とオオセルザンコウも気づいた。

 ただ、酔っ払い状態にも個人差がある。一見すると酔っていないように見えるのに実は酔っていました、というパターンだってある。

 クロスラズリの場合は、これは絡み酒というヤツだろうか。

 

「ってわけでなあ!これは散々走らされたユキヒョウの分!」

 

 クロスラズリは拳を振りかぶるとオオセルザンコウへと叩きつける。

 大きく振りかぶられたそれは今までよりも速く、そして重たかった。

 ガードはするものの、勢いに押されるオオセルザンコウ。

 

「でもって…!」

 

 クロスラズリはまだ何かをするつもりだ、と悟ったオオセルザンコウは再び視線を彼女へ向けた。

 だが…。

 彼女が目の前にいない。

 クロスラズリはオオセルザンコウを放り出してあらぬ方向へ駆け出していた。

 その先に水色の何か線のようなものが見える。

 いや、それは線じゃない。

 三つ編みのロープのようだ。

 

「いまだよ!アムさ…じゃなかった!クロスラズリ!」

 

 そこでクロスラピスの声が響く。

 今の今まで静観していたのは、何もクロスラピスが酔っ払い状態でまともに動けない為ばかりではなかった。

 彼女はラモリケンタウロスに跨って移動しつつクロスラズリに頼まれたタネを仕込んでいたのだ。

 なお、ラモリケンタウロスは自動運転なので酔っ払い運転には該当しない。

 そのタネとは周囲に張り巡らせた彼女の伸縮自在の三つ編みであった。そのうちの一本がクロスラズリの向かった先にあったのだ。

 クロスラズリはまさにそれをロープにして反動をつけると、再びオオセルザンコウへ襲い掛かった。

 

「言ったやろ!3対1やってな!!」

 

 かろうじて身をかわしても、クロスラズリは今度は別な三つ編みをロープがわりに反動を利用してさらに加速して襲い掛かってくる。

 クロスラピスの張った三つ編みのロープはいつの間にかオオセルザンコウを囲むように張り巡らされている。

 これでクロスラズリは反動を利用して縦横無尽に飛び回る事が出来る。つまり、オオセルザンコウがガードを整えられない死角に回り込む事だって出来るのだ。

 なるほど、これは確かに3対1だ。

 

「でもって、これがルリの分!」

 

 どんどん加速したクロスラズリはとうとうオオセルザンコウの背後をとった。

 ガードを固められる前に背中に中段蹴りがクリーンヒット!

 たまらず吹き飛ばされて転がるオオセルザンコウ。何とか身を起そうとするよりも早くクロスラズリが追撃に移る。

 

「でもってこれが……!」

 

 倒れたオオセルザンコウの側にしゃがみ込んだクロスラズリ。

 

「ウチの怒りな。」

 

 ぺちん、とその額にデコピン一発。

 それでオオセルザンコウのヘルメットが上にずれて額の『石』が露わになる。

 

「それが一番強力な一撃で止めにするんじゃないのかあああああ!?」

 

 どんな攻撃が来るのかと覚悟を決めていたオオセルザンコウは、ただのデコピンで思わずツッコミを入れてしまった。

 

「いやあ…。だってウチの怒りとか割とどうでもええやん?なんかそれをお前にぶつけるのって八つ当たりのような気がするし。」

 

 言いつつクロスラズリはオオセルザンコウの額の『石』に気づいていた。

 サンドスター研究所で出会ったスザクの言葉によれば、この『石』を砕けばセルリアンフレンズを元のフレンズに戻す事が出来るはずだ。

 クロスラズリは考える。

 せっかくだから何かいい理由で止めの一撃を放ってやりたいなあ、と。

 

「あ。せや。」

 

 思いついた、というように手を打つクロスラズリ。

 

「でもってこれが……せっかく作ってくれた衣装を変な水まみれにされたウチの怒りやぁああああああ!」

「そんな理由かああああああああああっ!?」

 

 クロスラズリの拳がオオセルザンコウの額の『石』に吸い込まれる。

 ツッコミを入れながらもオオセルザンコウは思う。

 クロスラズリを酔っ払い状態にしたのは失敗だった。何せ酔っぱらうと中には暴れ出すような者だっているのだ。

 そうした酒癖の悪い者をトラと呼ぶのだが…。

 

「(これではまさに大トラだったな…)」

 

 オオセルザンコウの額の『石』にピシリ、と割れ目が入ったかと思った次の瞬間。

 『石』にスリットが現れると、そこから一枚のメダルが排出される。

 昨日クロスラピスが倒した『ラガーカチューシャ』の姿を刻んだそのメダルは『石』のかわりだ、とでも言うようにピシリとひび割れていってやがて砕け散ると同時に…。

 

―カッ!

 

 と周囲に閃光を撒き散らした。

 それに思わずクロスラズリもクロスラピスも目を閉じる。

 閃光が治まったとき、オオセルザンコウの姿は既に消えていた。

 やれやれ、逃がしはしたけどどうにかなったか、と胸を撫で下ろすクロスラズリ。

 そこにラモリケンタウロスに跨ったクロスラピスがやって来る。

 そして二人でパチン、と手を鳴らしてハイタッチ。

 そんな二人にラモリさんはどうしても保護者の立場として言わなくてはならない事があった。

 

「二人トモ。大きくなっても酒は程々にナ。」

 

 クロスラピスもクロスラズリもそれに頷いていた。

 酒は懲り懲りだ。と。

 

 

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 夕暮れの色鳥町商店街。

 エゾオオカミとともえとイエイヌ。そしてルリとアムールトラは商店街の駄菓子屋へとガチャガチャの機械を持ち帰っていた。

 エゾオオカミが店主のおばあちゃんに路地裏にあった事を説明すると大層感謝されてしまった。

 もう暗くなる時間だというのに子供達も心配して待っていてくれたらしい。

 で、子供達の付き添いに、と商店街に暮らす高校生の奈々が一緒に待っていてくれたのだ。

 

「あ、エゾオオカミ。聞いてよ!さっきね、クロスハートとなんかすっごい数のオバケたちが路地裏で戦ってたのよ!あなた達は大丈夫だったの?」

 

 この奈々という女の子は少しばかり年上という事もあって色々と世話を焼いてくれる。

 そんな彼女の心配ももっともな事に思えたが、今はエゾオオカミもともえも苦笑しか出なかった。

 まさか自分がクロスハートだ、というわけにもいかない。

 そんな奈々の話を聞いたのか子供達もついさっき聞いたクロスハートとオバケ達の大太刀周りをエゾオオカミに一生懸命に伝えてくれた。

 

「でもガチャガチャを取り返してくれたのはエゾオオカミ姉ちゃんなんだね!」

「うん!さすが木の実探偵だね!」

「すっごーい!」

 

 口々に言う子供達に「いや、あのな…。」と本当の事を言おうとしたところをともえに肩を叩かれて止められる。

 エゾオオカミにかわってともえが口を開いた。

 

「そうだよ。木の実探偵がガチャガチャの機械を見つけてくれたんだから。」

 

 それにやっぱり!と目を輝かせる子供達。

 ともえも嘘は言ってないよ、とエゾオオカミにウィンク一つ。

 エゾオオカミは苦笑しつつ子供達に言った。

 

「ああ。事件は解決した。だから早く家に帰れ。奈々姉ちゃんが見たっていうオバケに食べられちまうかもしれねーだろ?」

 

 その言葉でようやく周囲もすっかり暗くなっている事に気が付いた子供達。

 慌ててそれぞれの家へと戻っていった。

 子供達が見えなくなるまで手を振って見送ったエゾオオカミ達。

 

「じゃあ私も帰るね。エゾオオカミ達も早くおうちに帰るんだよ。きっと家族が心配してるだろうから。」

 

 奈々も子供達が帰宅したのを見届けてからようやく家路につく。

 今日は激動の一日だった。

 なんせ夕方に変なオバケの大群を路地裏で見てしまって、それと戦うヒーロー達の姿を固定ハンドルネーム『Seven』としてとある電子掲示板に書き込んでいたりしたのだから。

 噂には聞いていたけれど、クロスハートへの興味はますます沸き立ってしまった奈々であった。

 

「じゃあボク達もそろそろ。ともえさん達もルリさん達もエゾオオカミさんもまた明日。」

 

 と言うのはかばんである。

 今まで何処に行っていたかと言えば商店街のお店を巡って食材の買い出しであった。

 

「今日は帰ったらかばんちゃんにいーっぱいご飯作ってもらうんだー。」

 

 サーバルが両手に抱えた買い物袋を一度持ち上げてドヤ顔をしてみせる。

 クロスシンフォニーは切り札のトリプルシルエットを使ったおかげで消費が著しい。

 なのでその消費したサンドスターを補う為にも今日は大量の食事が必要になる。

 幸いここは商店街。安くて美味しい食材は主婦の皆様にも大好評だ。

 クロスシンフォニーチームも商店街で買い出しした食材を手に帰っていった。

 かばん達にも手を振って見送るともえ達とルリ達。

 

「ならばわらわ達もそろそろ帰るとするかの?」

「ユキさん!」

「ユキヒョウっ!」

 

 そんなルリ達に後ろから声が掛けられる。

 助けを求める為に走ったユキヒョウも今はすっかり元通り元気になっていた。

 ルリもアムールトラも嬉しくて思わずユキヒョウに抱き着いてしまった。

 

「なんじゃ。今日はわらわモテモテじゃのう。」

 

 と冗談めかして二人の頭を撫でるユキヒョウ。

 彼女がここにいるという事は萌絵も一緒に来ているという事だ。

 

「それじゃあアタシ達もそろそろ帰ろう。お母さんも心配してるかもだし。」

 

 萌絵の言葉にともえもイエイヌも頷く。

 けれど、ともえは帰る前にエゾオオカミにどうしても言っておきたい事があった。

 

「アタシ、商店街にもヒーローがいるだなんて知らなかったよ。」

 

 そうなのだろうか。とエゾオオカミは考える。

 結局自分は誰かに助けてもらってようやく生き残れたという有り様だ。

 だとしたら自分はまさにクロスハートの偽者なんじゃないか、と。

 そんな思いを見透かしたのか、ともえが商店街を示してみせた。

 そこはまだまだ仕事帰りの人などで賑わっていた。

 各商店の店員さん達ももうひと頑張りと商売に精を出している。

 いつも通りの光景だ。

 

「これを守ったのって今日はエゾオオカミちゃんとルリちゃんとユキヒョウちゃんだよ。」

 

 確かにあのまま路地裏に大量に現れたセルリアン達が溢れ出していたならこの光景はなかった。

 

「俺が…。ヒーロー……?」

 

 未だに実感が持てずにいるエゾオオカミにニマリと笑うともえ。

 

「カッコよかったよ。木の実探偵。」

 

 それについ先ほどの子供達の様子が思い出された。

 ああ。自分はクロスハートを名乗らなくてもとっくに誰かにとってヒーローだったんだな、と思い至るエゾオオカミ。

 

「せやなぁ。クロスジュエルチームに新しいヒーロー誕生やな。」

 

 とエゾオオカミの肩を抱くようにして引き寄せるのはアムールトラだった。

 それに頬っぺたを膨らませたともえが腕をぶんぶんさせながら抗議する。

 

「ええー!エゾオオカミちゃんはチームクロスハートでしょー?」

「いいや、クロスジュエルチームやって。」

「チームクロスハートだよう!」

 

 と睨み合う二人の間にイエイヌが割って入った。

 

「はい。お二人とも。エゾオオカミさんが困ってしまいますよ。」

 

 それに一時休戦、とともえもアムールトラも頷いた。

 

「じゃあこの問題はまた明日以降だねっ」

「せやな。」

 

 二人して負けないぞ、とばかりに火花を散らし合う。

 

「もう、二人とも。そろそろ遅いから帰ろうよお。」

 

 と萌絵がともえを引き取り…。

 

「お主もの。アムールトラ。」

 

 とアムールトラはユキヒョウが引き取った。

 それでエゾオオカミはどちらのチームなのか問題は一旦保留である。

 

「それじゃ、また明日ね。クロスハートっ。」

「ああ。また明日な。クロスハート。」

 

 言って見送るエゾオオカミ。

 それぞれに楽しそうに言い合いながら帰っていく背中を見ながらエゾオオカミはポツリと漏らす。

 

「ったく。敵わねえなあ。」

 

 

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 夜更け。

 すっかり人気もなくなった公園に三人の人影があった。

 それはオオセルザンコウ、セルシコウ、マセルカの三人であった。

 三人で膝を抱えるようにしゃがみ込んで作戦会議だ。

 

「もうー!クロスシンフォニー強すぎだよっ!?」

「ええ、それに、二番目に現れたクロスハートも相当な手練れでした。」

 

 もううんざり、とでも言いたそうなマセルカに対し、セルシコウはどこか楽しそうですらあった。

 二人の言葉にオオセルザンコウは頷く。

 

「こちらに現れたクロスラピスとクロスラズリも相当強い。やはりセルスザク様が送ってくれた情報とは状況が違う。」

 

 オオセルザンコウの意見には三人揃ってため息をつく。

 クロスシンフォニーは想定以上に強い。

 さらには相手の数まで増えている。

 こうなると当初予定を変更せざるを得ない。

 当初予定の任務は“輝き”確保と可能であれば保全。

 続けてこちらの世界の情報収集。そして橋頭保の確保である。

 

「“輝き”の確保にはおそらくクロスシンフォニー達が再び出てくる。また戦う事だって有り得る。」

 

 オオセルザンコウの予想にマセルカは「うへえ。」と露骨に顔をしかめる。

 トリプルシルエットのトラウマは相当に深いらしい。

 

「まあ、私としてはクロスシンフォニーとの手合わせもしてみたくはありますが、それで任務が失敗するのは本意ではありません。」

 

 対してセルシコウはちょっとばかりつまらなそうな様子をみせた。

 彼女も任務が最優先であることはかわりがない。

 となると、と考え込むセルシコウは言う。

 

「まずは情報収集、続いて橋頭保の確保を優先するというのがよろしいかと。つまらなくはありますが。」

 

 つまらないは余計だ、と思いつつもオオセルザンコウも頷く。

 クロスシンフォニーをはじめとした他のヒーロー達と戦って何も為せずに倒されるような事態になるよりは、“輝き”の確保は一旦保留にして他の活動をした方がいい。

 

「それなら絡め手でいこう。」

「なになに。オオセルザンコウ。なんかいい作戦あるの?」

 

 気を取り直したマセルカが続く言葉を期待の眼差しで待つ。

 

「ああ。まず我々にはセルシコウがいる。そしてマセルカ。この私オオセルザンコウも。」

 

 何を今さら当たり前の事を。

 とセルシコウもマセルカも頭にハテナマークを浮かべる。

 

「我々にはあるだろう?我々の世界を席巻した究極の“輝き”が。」

 

 そう。

 オオセルザンコウ達の世界では誰もがその虜となった究極の“輝き”があった。

 特にセルシコウはその“輝き”の名手でもある。

 そしてオオセルザンコウとマセルカもそれは得意としていた。

 しかし、それが一体この先どう任務に役立つというのか。

 

「簡単さ。セルシコウの作る“輝き”を前面に押し出してこの世界の住民たちを懐柔し、情報を得ると共に橋頭保も確保するんだ。」

 

 それが本当であればオオセルザンコウ達はクロスシンフォニー達との直接対決を避けて目的の大部分を達成できる。

 

「そう。我々の料理でこの世界の住民たちの度肝を抜いてやるんだ!」

 

 そのオオセルザンコウの言葉に、ようやくセルシコウとマセルカも作戦を理解した。

 彼女達の住んでいた世界には誰もが夢中になった料理という“輝き”があった。

 その“輝き”はこの世界の住人だってきっと虜にしてくれるはずだ。

 それを確信したオオセルザンコウは高らかに宣言する。

 

「オペレーション『グルメキャッスル』の発動をここに宣言するっ!」

「「おおー!」」

 

 思った通りになるかどうかはともかく、三人の拳は高々と夜空に突き上げられるのだった。

 

 

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 明くる朝。

 ユキヒョウは一緒に学校にいこうと、いつも通りにルリとアムールトラを誘いにやって来て…そしてそこで目を見開いた。

 なんと、今朝は眠たそうにしている“教授”までリビングにいるではないか。

 まさかとは思うが、今日は雨や雪どころか槍が降るかもしれない。

 そんな心配をしはじめるユキヒョウにそっとルリが耳元で教えてくれた。

 

「“教授”ね。昨日は徹夜で今から寝るみたい。」

 

 なるほど、いつも通りだったか。これなら今日もいい天気が続きそうだ、と苦笑する。

 ルリもアムールトラもすっかり身支度を終えて学校へ行く準備が出来ていた。

 そんなタイミングで…。

 

―ピンポーン

 

 と来客を告げるチャイムが鳴った。

 これはマンション内じゃなくて外からの来客らしい。

 まだ朝も早いこんな時間から来客とはいったい誰だろう、と思いつつルリがインターホンを取る。

 するとインターホンのモニターに映し出されたのはエゾオオカミであった。

 

「あ。エミさん、おはよう。もしかして迎えに来てくれた?一緒に学校行く?」

 

 ルリの言葉にアムールトラもユキヒョウもインターホンを覗き込む。

 油壷のセルリアンことイリアだけは、そそくさとキッチンの定位置に戻って壺のフリをしていた。

 しかし、エゾオオカミは何かを言いたそうにしていて中々切り出せないようであった。

 そんな様子にルリもアムールトラもユキヒョウもお互いの顔を見合わせる。

 そうして戸惑う三人の後ろから“教授”がヒョイと顔を出した。

 

「ふむ。ルリ。出がけに悪いんだがコーヒーを淹れてくれるかい?濃い目で頼むよ。」

 

 あれ?今から寝るのにコーヒー飲むの?というルリの疑問は放置して“教授”はインターホンの受話器をかわって話はじめた。

 

「エゾオオカミ君。私に用事かな?よかったら上がって行くかい?」

 

 それにモニターの向こうのエゾオオカミは頷いていた。

 どうやら何か言いづらそうにしていたのは“教授”に用事があったからだったらしい。

 それを見た“教授”はエントランスの入場許可を出す。

 

「まったく、いつもそうやって大人らしくしておればお主も格好よいのじゃがな。」

 

 とユキヒョウは苦笑しつつキッチンでブラックコーヒー一つとコーヒー牛乳4つを作りはじめた。

 まだ学校に行くには少し時間も早い。エゾオオカミの話を聞くくらいの時間はあるだろう。

 ルリも手伝ってそれらがテーブルに並ぶ頃にエゾオオカミもやって来た。

 

「それで、どうしたのかな?」

 

 早速コーヒーカップを傾けながら話を促す“教授”。

 その“教授”の目を見つめ返しながらエゾオオカミは端的に言った。

 

「“リンクパフューム”を返しに来た。」

 

 息を呑んで何かを言いたそうにするルリとアムールトラとユキヒョウの三人を手で制してから“教授”は「理由を訊いても?」と先を促す。

 

「俺は気づいたんだ。俺は木の実探偵エゾオオカミだ。クロスハートじゃない。」

 

 ふむ、と“教授”は頷きを一つ。

 

「“リンクパフューム”なんて借り物の力に頼ってたら俺は皆と一緒に戦う資格なんてないんじゃないのか、ってな。だから返すよ。」

 

 言ってエゾオオカミは豪奢な飾りをつけられた香水瓶“リンクパフューム”を差し出す。

 “教授”はそれを受け取ると、それをテーブルの上で弄ぶようにしながら話はじめた。

 

「実はね。“リンクパフューム”は失敗作だったんだ。」

 

 それにまたもやルリ達三人もエゾオオカミもどの辺が?と言いたそうにしていた。

 昨日だってセルリアンと戦う事だって出来たし、セルリアンフレンズの三人だってどうにか退ける事が出来たのだ。

 それなのに失敗作とはどういう事なのか。

 その疑問に対して、“教授”は論より証拠、と“リンクパフューム”をユキヒョウに向けると軽くひと吹き。

 

「む。お主は突然何をするのじゃ。」

 

 と言いつつも大して怒っているわけではない様子のユキヒョウ。“教授”が意味もなくそんな事をするわけがないと知っていたからだ。

 ユキヒョウに振りかけられた“リンクパフューム”は最初、サンドスターの輝きを放っていたが、やがて変身へと至らずに霧散してしまう。

 

「私はね。“リンクパフューム”を誰が使っても変身出来るつもりで作っていたんだ。けれど実際はそうじゃない。」

 

 確かにユキヒョウは“リンクパフューム”を使っても変身する事が出来なかった。その理由は…。

 

「それはね。“メモリークリスタル”がエゾオオカミ君を選んだからだよ。」

 

 つまり、変身機能の中核ともいうべき“メモリークリスタル”との相性がよくないと変身には至れないという事だ。

 

「この“リンクパフューム”はキミにしか使えない。それはキミというフレンズをニホンオオカミの“メモリークリスタル”が選んだからだ。」

 

 ここまで言えばわかるだろう?と“リンクパフューム”をエゾオオカミの手に握らせる。

 

「それでも“リンクパフューム”を使いたくなければもちろんそれでも構わない。けれど使いたくなった時に側にないと困るだろう?持っているといい。状況というのは必ずしも待ってくれるわけではないのだから。」

 

 手の中の“リンクパフューム”に視線を落とすエゾオオカミ。

 それに取り付けられた“メモリークリスタル”は目の前のコーヒー牛乳に対して「マヨネーズ、入れないの?」とでも言いたげな光を放っていた。

 いや、さすがにコーヒーにマヨネーズはいれねーよ、と苦笑するエゾオオカミ。

 

「あとまあ、失敗したと思う点としては、嗜好が少しばかり“メモリークリスタル”に引っ張られるかもしれないね。」

「手遅れだよ。」

 

 エゾオオカミはもう苦笑が止まらない。

 今日のお弁当には小分けにされたマヨネーズも入れてしまっているし。

 

「それと本来なら別な“メモリークリスタル”を使う事でクロスハートのようにフォームチェンジを可能としたかったんだけれど、相性の問題でそれも難しそうだ。」

 

 と“教授”は肩をすくめてみせる。

 

「失敗作だった“リンクパフューム”の力を引き出したのはキミだよ。だからそれはエゾオオカミ君が持っていて欲しい。」

 

 それにしばらくエゾオオカミは考える。

 

「わかったよ…。ありがとうな、“教授”」

「どういたしまして。」

 

 言って“教授”はコーヒーをひと啜り。

 一応大人の勤めは果たせたと思う。眠たいのを我慢した甲斐があったというものだ。

 でもせっかくだから一つ意地悪でもしてやろうか。とイタズラを思いついた顔の“教授”は…、

 

「ところで、変身したキミの事は何と呼べばいいのかな?」

 

 と初めて“リンクパフューム”を渡した時と同じ事を訊ねる。

 そういえばどうしよう、とエゾオオカミもルリもアムールトラもユキヒョウも顔を見合わせて戸惑う。

 

「さすがにクロスハートってわけにはいかねーよなあ。」

「せやせや、その名前にしたらチームクロスハートにエゾオオカミをとられそうやもんな!?」

「そ、そうだよ!エミさんはクロスジュエルチームなんだからっ!」

 

 と昨日の問題が再燃しはじめてしまった。

 そんな様子を面白そうに眺めている“教授”だったがルリが…、

 

「“教授”もユキさんもクロスジュエルチームだからね!あとイリアさんも!」

 

 と言い出すから問題が飛び火してきた。

 思わぬ方向からの攻撃に“教授”も目を丸くする。

 名前を呼ばれた油壷のセルリアンことイリアもキッチンの定位置から

 

「あっしもいいんでやんすか?」

 

 と出て来た。

 

「ななな、なんでここにセルリアンが!?り、リンクハートメタモルフォーゼッ!」

「まて!?エゾオオカミ、変身するでないっ!?」

「ちょ、イリアは違うんやー!?せやからパッカーンするんやないわー!?」

「エミさん!ステイ、ステイだよっ!?」

 

 

 この物語はある日突然フレンズの姿に変身する不思議な力を得た女の子、遠坂ともえとその仲間達の物語である。

 この先も彼女と仲間達の戦いはまだまだ続く。

 頑張れクロスハート。

 差し当たって次はエゾオオカミの変身後の名前を考えて争奪戦だ!

 

 

 

けものフレンズRクロスハート第13話『対決!クロスハートVS偽クロスハート』

―おしまい―

 

 




【後書き】

 大分長くなりましたがけものフレンズRクロスハート第13話と第2章も完結とさせていただきます。
 第1章で描き切れなかったアムールトラとルリの二人がヒーローになるまでの物語になりました。
 かなりの尺を使ったと思いますが、特にアムールトラがヒーローになるまでにはこれくらいは必要かなあ、と思っています。
 けものフレンズRクロスハートも無事2章の完結までお話を描く事が出来ました。
 これもひとえに、読んでいただいている皆様、応援感想コメントを下さる皆様、アイデア出ししてくださる皆様のおかげです。
 この場を借りてお礼申し上げます。
 そして、完結まで頑張っていこうと思っておりますのでこれからも是非ご愛読のほど、よろしくお願いします。

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