遠坂ともえはある日、フレンズの姿に変身する不思議な力を得て通りすがりの正義の味方、クロスハートとなった。
別な世界からやって来たイエイヌを相棒のクロスナイトに、双子の姉の遠坂萌絵のサポートの元でセルリアンと戦う日々を過ごしていた。
いつの間にやらネットで有名になっていたが、そんな折に、新たなクロスハートを名乗る正義の味方があらわれる。
ある日、ともえ達の暮らす色鳥町にある商店街でセルリアンの大量発生が起こる。
新たなヒーロー、クロスラピスともう一人のクロスハートとそしてセルリアンフレンズを名乗る3人組の力によってそれは治まる。
しかしセルリアンフレンズは今度はクロスラピスを狙う。
圧倒的なセルリアンフレンズの前にピンチに陥るクロスラピスともう一人のクロスハート。
そこに現れたのは、クロスハートとクロスナイト、クロスシンフォニー、そしてクロスラピスのパートナーとなる事を決意したクロスラズリであった。
ヒーロー達は力を合わせてセルリアンフレンズ3人組を退けるのだった。
第14話『雨の日。風邪の日』(前編)
今日はせっかくの日曜日だというのに生憎の天気だった。
朝からシトシトと雨が降っており、しばらくの間は上がりそうもない。
だというのにイエイヌはご機嫌だった。
その理由は……。
「すごいですよ!ともえちゃん、萌絵お姉ちゃん!毛皮が全然濡れません!」
早朝のお散歩に、と春香が着せてくれた雨合羽のおかげであった。
ポンチョタイプでパッと見は、てるてる坊主のように見えなくもない姿のイエイヌ。
耳をきちんと覆えるようにフード部分にはけもの耳もつけられている。
これまた春香お手製の逸品だ。
それに長靴まで装備なのだから雨だってへっちゃらである。
「アタシも子供の頃は雨の日って同じ感じだったなあ。」
と傘をさしてイエイヌの後に続くのはともえである。
さらにその隣を歩く萌絵も同じように傘をさしていた。
「うんうん、新しい雨合羽作ってもらった時ってテンションあがっちゃって雨の日が待ち遠しくなったりねー。」
今まさに目の前でテンションマックスになっているイエイヌは水たまりに自ら踏み込んでパチャパチャと蹴立てていた。
季節はこれから夏へと向かう。天気予報でも梅雨明けが近いと言っていた。
こうして雨の中のお散歩も回数は少なくなっていくだろう。
そうなったらいよいよ本格的な夏が到来する。
こうしたちょっと肌寒く感じられる日ももうなくなるのだろう。
「そういえば、ともえちゃん、雨の日が待ち遠しいからってお風呂で雨合羽を試そうとしてお母さんに怒られた事あったよね。」
「あったあった。あの時はいいアイデアだと思ったんだけどなあ。」
二人して思い出話に花を咲かせるともえと萌絵。
二人の視線の先ではイエイヌが元気に走り回っている。
こんな雨の散歩も悪くないなあ、なんて思っていると強めの風が吹いて二人の髪を揺らす。
「あ…。」
と突然萌絵が声をあげる。
どうかしたのかな?と視線を向けるともえに萌絵は…。
「ううん、何でもないよ。」
と被りを振った。
ともえは姉のこんな様子には心当たりがあった。
萌絵は身体が丈夫な方ではない。
こうした季節の代わり目に体調を崩す事だって少なくないのだ。
そして、萌絵も何度となく体調を崩した経験があるから、自身の体調の変化には敏感だった。
これから体調が下り坂に入ろうとしている予感を感じた萌絵だったが、楽しそうなイエイヌの邪魔をするのも申し訳ない気がしたので、この場を取り繕おうとしたのだ。
そんな姉のおでこに自身のおでこをくっつけるともえ。
「わひゃ…!?」
ともえの顔が思っていた以上に近くに来て萌絵も思わず赤面してしまう。
だが、ともえはそれどころではない。
「やっぱりちょっと熱い気がする。熱が上がり始めてるかもだから身体温めた方がいいかもね。」
ともえは着ていたパーカーを脱いで姉の肩にかける。そしてからイエイヌを呼び寄せた。
「どうしましたか?」
とダッシュで戻って来たイエイヌに事情を説明するともえ。
するとイエイヌの顔もみるみる真っ青になった。
「だ、大丈夫なんですか!?萌絵お姉ちゃんっ!」
「あはは、大丈夫大丈夫。心配してくれてありがとう。」
と萌絵は努めて明るく振舞った。
「ちゃんと休んでればすぐによくなると思うんだ。だから心配いらないよ。」
とは言うものの心配なものは心配だ。不安顔のままともえに振り返るイエイヌ。
ともえもイエイヌに過剰に心配を掛けないように頷いてから言った。
「うん。だから今日のお散歩はここまでね。」
お散歩が早めに終わるのは残念だけれど萌絵の体調には代えられない。
「はい!わかりました!すぐ戻りましょう!なんだったらわたし、萌絵お姉ちゃんを運んでダッシュしちゃいます!」
確かにイエイヌならそれも可能だけれど、それをすると萌絵は雨に濡れてしまう。
「たぶん、萌絵お姉ちゃんは身体冷えるとよくないから、イエイヌちゃんにはおうちに帰ったら暖かいお茶淹れて欲しいな。」
今にも萌絵を抱きかかえようとするイエイヌにともえは苦笑と共にお願いする。
「わかりました!ええと…何がいいでしょう…。身体温めるのによさそうな葉っぱは…。」
うんうん唸りながら考えるイエイヌ。
そんな彼女を見て、ともえと萌絵は一度顔を見合わせてから笑顔になる。
とはいえ、ともえはイヤな予感がしていた。
萌絵がこうして体調を崩した時にはすぐに回復する場合と、症状が重くなる場合があるのだが、経験上今回は後者のような気がしている。
なんだかんだでともえは本人の次に萌絵の体調の変化に敏感なのだ。
の の の の の の の の の の の の の の
家に戻ったともえ達3人。
早速萌絵をソファーに座らせる。
朝ご飯の用意をしていた春香もともえから事情を聞くと萌絵の顔を覗き込んだ。
「そうねえ。ちょっと熱は上がりそうねえ。萌絵ちゃん。朝ご飯は食べられそう?」
それに萌絵はコクリと頷く。
まだ食欲がなくなる程体調が崩れているわけではないのは幸いだ。
消化のよいものを食べて寝ていれば回復も早いだろう。
「じゃあ、今日は一日ゆっくり休んでね。きっと最近色々あったから疲れが出ちゃったのよ。」
言って春香は萌絵の頭を撫でる。
確かに色々あった。イエイヌが家族になり、ともえがクロスハートになり、パーソナルフィルター発生装置を作ってルリを救ったり。
思い出してみるだけでも激動の日々だった。
むしろこれだけの出来事があって体調を崩さずに済んでいた事が奇跡のようだ。
春香としては萌絵もずいぶんと身体が丈夫になってきたなと思っていた矢先の出来事だ。
「お母さんごめんね。」
「うん?どうしたの?」
「今日って日曜日だからお店のお手伝いしなきゃだったのに…。」
そう。
今日は日曜日。
春香の営むカフェ『two-Moe』もいつもより忙しいのだ。本来なら今日はともえもイエイヌもそして萌絵も夕方までバイトの予定だったのだ。
「気にしなくて大丈夫よ。今日はオオアリクイちゃんもパフィンちゃんもエトピリカちゃんも来る予定になってるから。」
イエイヌは聞きなれない名前に小首を傾げる。
ともえが教えてくれたのだが、その3人は『two-Moe』でバイトをしている子達だ。
今まで会った事がなかったのは3人とも忙しかったからだ。
パフィンとエトピリカの二人は高校生で部活の大会やらテストやらで忙しくてバイトしている余裕がなかった。
オオアリクイは春香の知り合いで、近所に住む主婦である。ともえと萌絵も小さな頃からお世話になっているお姉さんだ。こちらもこちらで実家に帰省していたりでバイトに入れる余裕がなかった。
「ええー!?久しぶりにフルメンバーだったのにぃ!オオアリクイ姉さんにもパフィンちゃんにもエトピリカちゃんにも会いたかったなあ。」
「そうね。でもまた今度会えるわよ。」
と春香は萌絵の頭を撫でる。
そうしてから今度はともえとイエイヌの方を振り返る。
「ともえちゃん。イエイヌちゃん。二人も今日はお店のお手伝いはお休みね。萌絵ちゃんの事お願い。」
それにともえは頷いていたけれど、イエイヌは大丈夫かなあ、と不安そうな顔をしていた。
何せ看病と言ったって何をしていいやらさっぱりわからないのだ。
そんなイエイヌの耳に春香は耳打ちする。
「あのね。ともえちゃんの方も今日はお姉ちゃんの側に置いておかないとダメだと思うからよろしくね。」
「へ?」
どういう事だろう、とイエイヌは頭にハテナマークを浮かべる。
大体いつも突拍子もない事をしでかすけれども、なんだかんだで頼りになる存在。それがイエイヌの中でのともえであった。
それがダメになるとはいったいどういう事だろうと疑問でいっぱいだ。
「ふふ。ともえちゃんはお姉ちゃん子だから。こういう時はお姉ちゃんが心配で色々手につかなくなっちゃうのよ。」
笑って言う春香の言葉に、そうなのか、とイエイヌも半信半疑である。
どうにもクロスハートとして戦っている時の姿や普段の様子と違っているような気がしてならない。
「ともかく、イエイヌちゃんも萌絵ちゃんとともえちゃんの側にいてあげて。イエイヌちゃんがいてくれたら私も安心だから。」
そこまで頼られては否はない。
イエイヌも今日は頑張ろうと気合を入れる。
それにしても、と萌絵の方をあらためて見てみると確かにいつもよりぽーっとした様子だ。
早くも熱が上がってきたのだろうか。
そんな様子の萌絵にともえがあれこれ世話を焼いている。
なんだかいつもと逆な気がするなあ、とイエイヌはちょっと微笑ましく思っていた。
ともえは今度は姉用にヨーグルトを手早く作っていた。
プレーンヨーグルトに食べやすい大きさにカットしたリンゴとバナナにハチミツを加えて出来上がり。お手軽簡単で栄養もある。
その姿に「ん?」とイエイヌは違和感を覚えた。その正体は…。
「(あ、あれ?ともえちゃんがともえスペシャルを作らない…!?)」
大体いつもならこの辺りで新しい味の探求と言い出してケチャップとか入れてみたりしそうなのに。
そうした新しい味を探求して作られたともえスペシャルはごくごく稀に成功もあるが大体の場合失敗に終わる。
この場合は良い事か、と思ったイエイヌは特にそれにツッコミを入れるような事は控えた。
「じゃあ、お姉ちゃんは先に食べててね。」
「ええー。ともえちゃん食べさせてくれないのー?」
と、萌絵はともえに甘えていた。
たまにこうして萌絵はすっかり甘えっ子モードになる時があるがそんな時はともえはひたすら姉を甘やかすのだ。
これはしばらくの間、萌絵はともえに任せておいた方がよさそうだ。
そう判断したイエイヌはキッチンで食後のお茶を用意しはじめた。
そういえば、身体を温めるお茶をリクエストされていたが何がいいだろうか。
「春香お母さん。こんな時によさそうな葉っぱってどういうのがあるでしょう?」
「そうねえ。ジンジャーミルクとかいいかしら。」
そう言って春香が出して来たのは葉っぱというよりなんだかゴツゴツした薄茶色の不思議な形の物だった。
最初何かの動物の角かと思ったイエイヌだったが、よくよく聞けばそれは植物の根らしい。
「これは生姜って言って身体を温める効果があるの。」
言いつつ、春香はささっとそれを適量下ろし金ですり下ろす。
それとミルクと砂糖を一緒に温めれば完成だ。
「お好みでレモンとかハチミツとか入れてもいいわね。」
なるほど、これなら簡単だからイエイヌでも作れそうだ。
「葉っぱいがいでもお茶って作れるんですね。」
「そうよ。実は根っこなんかもお茶に出来る植物は多いんだから。」
お茶はお湯に葉っぱを入れるものだと思っていたイエイヌは目から鱗だ。
お茶というのは奥が深い、とあらためて思うイエイヌだったが、今は萌絵の方が先決だろう。
そちらの様子を伺ってみると、ともえが萌絵にはい、あーんで先ほどのヨーグルトを食べさせていた。
案外元気そうだなあ、なんて苦笑しつつ食後のお茶を持っていく。
その時ちょうど、テーブルの方にラモリさんも来ていた。
今朝はラモリさんはどこに行っていたのだろうと思って訊ねると…。
「イヤ、ドクターとカコ博士から通信があってナ。そっちと話してタ。」
ともえと萌絵の父であるドクター遠坂からの通信はわかるが、カコ博士からというのは珍しいな、と思うイエイヌであったが続くラモリさんの言葉で考え事を中断した。
「その様子ダト、萌絵は体調よくなさそうダナ。ちょっとスキャンしておくカ。」
ラモリさんがセンサーアイを明滅させて萌絵の様子をじーっと見つめる事数秒。
「風邪の初期症状ダナ。無理セズ休んでいれバ大丈夫ダロウ。」
それを聞いてほっと一安心のともえとイエイヌ。
ラモリさんには簡易的な体調診断機能も備えられている。彼が言うのなら安心してよさそうだ。
「とはいえ、発熱ト倦怠感はあるだろうから、水分補給して暖かくして寝ているんだゾ。」
それなら特に病院に行く必要もなさそうだ。今日は日曜日だから救急病院くらいしか開いていないのでこれは助かった。
ともえは頷くと早速萌絵を部屋へ連れて行く。あとはパジャマに着替えさせて寝かしつけるだけだ。
なんだかんだで食事もちゃんと摂れてるし、あとは水分補給が心配なくらいか。
萌絵の部屋でパジャマを出して着せてやる。
今日は着替えもともえ任せだ。
その間にイエイヌがベットを整える。初夏だけれど肌寒い今日はもう一枚くらい毛布をかけておいた方がいいかもしれない。
「ともえちゃん、イエイヌちゃん。ありがとね。」
今日はすっかり甘えん坊モードで着替えまでしてもらった萌絵はベットに入るとしばらくもぞもぞしていたが、イエイヌが整えてくれた布団が思いのほか暖かく満足したらしい。
そうしてベットの中で大人しくなった萌絵の姿を見てからともえは立ち上がる。
「じゃあ、お姉ちゃん。今日はゆっくり寝ててね。アタシ水分補給用のスポーツドリンク買って来るよ。」
「えぇー…。眠たくなるまでいてー。」
と、今日は我がままっ子モードでもあるらしい。
ともえは苦笑するとベットサイドに再び腰を降ろした。
「この感じも久しぶりな気がするねえ。」
萌絵が体調を崩した日はこうしてひたすらに彼女を甘やかすのが常だった。
とはいえイエイヌは初めての経験なので、未だ戸惑っていた。
そんな彼女を見た萌絵は一つ頼み事をした。
「ねえ。ともえちゃん。アタシのノートPC取って。イエイヌちゃんに写真見せてあげようかなって。」
「いいけど、あんまり身体に障らないようにね。アタシが操作するからどの辺りの写真見たいか言って。」
早速ノートPCを立ち上げて画像閲覧アプリを起動。
指定のフォルダを開けた。
すると、スライドショー形式で写真がフルスクリーンで表示される。
早速一枚目の写真を目にしたイエイヌは歓声をあげた。
「うわぁ!ちっちゃい萌絵お姉ちゃんとともえちゃんです!お二人の小さい頃ですか?」
「そうだよぉ。」
写真の中の萌絵とともえは幼稚園入りたてくらいだろうか。二人とも髪型も一緒なので髪色が違わなければ見分けが付きづらいかもしれない。
スライドショーで流れていく写真は大体どれも二人一緒に映っている。
二人で砂場の砂に何かの動物らしき絵を描いているところ。
二人で今と見た目が全然変わっていない春香に抱き着いているところ。
二人でお昼寝してるところ。
流れていく写真のどれもが二人一緒だ。
と、中にともえ一人の写真もあった。
そんな一人で映っている時、写真の中の幼いともえは決まって不機嫌そうだった。中には今にも泣き出しそうな顔をしているものまである。
それをイエイヌが不思議に思っていると、萌絵がその理由を教えてくれた。
「この写真撮った時ね。多分アタシが体調崩して寝込んでる時だと思う。」
昔を懐かしむように萌絵は続ける。
「アタシが出来ない事は大体ともえちゃんが出来るし、ともえちゃんが出来ない事は大体アタシが出来るし。昔は二人でいると何だかすごく安心したんだ。」
「そうですね。アレです。無敵のコンビって感じです。」
「今はイエイヌちゃんもいるからさらに無敵のトリオだねっ。」
ともえの言葉に知らずイエイヌの尻尾が揺れる。あらためて言われると何だか照れ臭いような気がした。
「でね。その分、ちっちゃい頃のアタシ達って離れると不安な気がして、大体いっつも一緒だったんだ。手も離さないくらい。」
「さすがに今はそんな事ないけどね。」
萌絵の言葉にともえはほっぺたを膨らませて見せた。
今でも仲良しな二人だがちっちゃい頃からも仲良しだったらしい。嬉しくもあり羨ましくもあるイエイヌだ。
「でもね。昔からアタシが体調崩した時ってともえちゃんがすっごい頑張ってくれてね。カッコいいんだあ。だからアタシの中ではともえちゃんはいつでも王子様なの。」
「はいはい。お姫様はちゃんと寝ててねー。」
ともえが萌絵の肩が布団から出ていたので掛け直す。
「今はカッコいい騎士様もいるからさらに安心だねえ。」
布団から顔だけ出した状態の萌絵がニコニコしていた。
「だからね。体調崩した時ってちょっとだけ嬉しかったりしたんだ。」
萌絵は大体いつもお姉ちゃんとして頑張っている。それはイエイヌが来た今でも変わらない。
だからこそ萌絵にとって気兼ねなく甘えられるこうした日はちょっとした楽しみだったりもしていた。
「もう。治るまで思う存分甘えてていいからお姉ちゃんは早く元気になってね。そこまで心配はしてないけども。」
「わ、わたしは心配ですよっ!萌絵お姉ちゃん早く良くなって下さいね。」
「うん。二人ともありがとう。こんな可愛い妹が二人もいるとか、アタシってもしかしてすっごい人生勝ち組ってヤツじゃないかなあ?」
言って三人で笑いあう。
あとは静かにしていれば、萌絵は程なくして眠りに落ちたようだ。
ともえはそれを確認してから姉の額に手を当てる。その熱さに少しだけ眉をひそめると吸熱シートを貼り付けた。
「じゃあ、イエイヌちゃん。アタシ、ちょっと今のうちにお買い物してくるね。水分補給用のスポーツドリンクとか買っておかないと。」
「あ。わたしも行きます。」
二人でリビングに戻ると、どうやら春香はお店の方に行った後だったらしい。『何かあったらすぐに連絡してね。』と書置きが残されていた。
ラモリさんも再びドクター遠坂からの通信で忙しそうだ。
まあ、買い物だけならすぐに済む。手早く済ませて萌絵の側に戻った方がいいだろう。そう判断したともえとイエイヌは早速準備する。
イエイヌは再びお気に入りになった雨合羽に袖を通し、ともえも雨に濡れないようにフードつきのパーカーを一枚羽織る。
それでから大きな傘を用意。シトシトと雨の降る少し肌寒さを感じる外へと向かった。
気のせいだろうか。もう一段肌寒さが増したような気がする。
これでは冬とは言わないまでも春先くらいの寒さなんじゃないだろうか。
「ねえ、イエイヌちゃん。せっかくだから二人で相合傘してお姉ちゃんを羨ましがらせちゃおっか。」
大きめの傘を選んだので二人で入っても全然余裕だ。
そういえばさっき写真を見せてもらったから、二人の相合傘もアルバムに加えてもらおうかと思い立った。
ともえは携帯電話のカメラを起動。イエイヌの肩を抱き寄せて逆の手に携帯を持つと思いっきり手を伸ばして自撮り。
―パシャリ。
と音がして相合傘なともえとイエイヌの写真が出来上がりである。
「ふふ。元気になったらお姉ちゃんに見せてあげようね。」
と笑うともえだったが、イエイヌは自身の肩を抱く彼女の手に違和感があった。
「(あれ?ともえちゃん…。ちょっと震えてる?)」
もしや、ともえまで風邪だろうか、と思ったがすぐにそれは違うとわかった。
以前、プール清掃の時に萌絵が熱中症になりかけた事があった。
思い返せばあの時のともえも随分と取り乱していたように思う。
「(さっきはそんなに心配してないって言ってましたけど…。すごく心配なんですね。)」
それを言うのもせっかくのともえの我慢を無駄にするような気がするし、けれども見ないふりをするのもちょっと違う気がした。
なのでイエイヌは自身の肩に置かれたともえの手に自分の手を重ねて握る。
最初ともえは少し驚きの表情をしていたけれど、照れ臭そうに笑った。
色々と見透かされたなあ、と思うともえであったが不思議と悪い気はこれっぽっちもしなかった。
雨の中。相合傘の二人が一緒に歩いていくのだった。
の の の の の の の の の の の の の の
サンドスター研究所。
そこでセルリアン研究を行うカコ博士は焦っていた。
目の前には天気図をはじめとした各種資料が散らばっている。
自分の仮説が正しければ、今までとは一線を画する存在が近づいている。
こんな事があるのだろうか、と自身ですら疑いを持つけれどデータはそれが正しいと物語っている。
間違いであって欲しい、とカコ博士はラッキービーストとラモリさんにそれぞれデータを送って検証をお願いしていた。
とりあえず一息。
「今出来る事は全て終わった。あとは検証待ちか。」
カコ博士はデスクのグラスに束で挿していたチュッパチャップスを一つ手にとる。
取り敢えずは糖分補給だ。肝心な時に頭が働かなくてはどうしようもない。
包み紙を取り払ってから口の中に放り込むと、ちょうどよくデータ受信を告げる表示がモニターに踊った。
データ受信は2件。
ラッキービーストからもラモリさんからもほぼ同時に検証の結果が送られてきたのだろう。
ジリジリ、とデータ受信の進捗を示すゲージが100%へ近づいていく。
それが完了と同時にデータを開く。
時間が惜しい。
ほんの僅かなタイムラグでもイラ立ちを感じずにはいられなかった。
そして、開いたデータをしばらく食い入るように眺めたカコ博士はこう結論づけた。
「最悪だ。」
の の の の の の の の の の の の の の
午後から天気はさらに下り坂だ。
雨足はかわらないものの、風が強くなった。
時折、雨粒が窓を叩く音が聞こえる。
こんな天気だと比較的お店の方も暇なのか、久しぶりにバイトに来たオオアリクイ、パフィン、エトピリカの三人が萌絵を見舞いに来ていた。
「ねえねえ、イエイヌちゃんは何が食べたいー?パフィンはねー…。」
「もう、パフィンちゃん。イエイヌちゃん困ってるよお。でも何がいいかなあ。」
『two-Moe』のメイドさん風制服に身を包んだ鳥系フレンズ、パフィンとエトピリカがイエイヌに纏わりついていた。
なんとも人懐っこい二人である。
パフィンとエトピリカの二人はそれぞれにお昼の候補をあげてはそれを想像して表情を緩ませていた。
時刻はもうすぐお昼。
さて、今日のお昼はどうしよう、と悩み始めたところにバイトの三人が見舞いに来たのだった。
キッチンにいるのはこれまた『two-Moe』の制服に身を包んだオオアリクイとともえの二人だ。
「そうだなあ。やはりここは消化がよくて食べやすくて栄養のあるもの…。定番で言えばおかゆなどになるだろうが…。」
ふぅむ、とオオアリクイは顎に手をあて考える。
オオアリクイはまだ新米とはいえ主婦である。キッチンに立つ姿が様になっていた。
クールビューティーな彼女の立ち姿はそれだけで価値があるように思える。
そんなオオアリクイにキッチンのともえもアイデアを出してみた。
「オオアリクイ姉さん、いっそうどんにしちゃう?外もなんだか冷えてきたし暖かいのがいいんじゃないかなあ。」
「ああ。いいな。鍋焼きうどんとか風邪にもよさそうだし。」
お昼のメニューは鍋焼きうどんに白羽の矢が立った。
早速ともえとオオアリクイは準備に入る。
「ねえねえ。具は何入れるのー?パフィンはねー、えーとねー、何でも好きだよぉ。」
「パフィンちゃん、邪魔したらダメだよぉ。でもでも私も何でも好きぃ。」
どうやらパフィンとエトピリカの二人もすっかり相伴に与る気まんまんのようである。
オオアリクイも苦笑しつつ、それならば、と少し大きめの鍋を用意した。
いっそ久しぶりにみんなで食事にするのも悪くはあるまい。
パフィンとエトピリカの二人は食いしん坊だ。
が、この二人と一緒に食事するとついつい食が進んでしまう。風邪で食欲ない時には役に立つかもな、なんて思うオオアリクイである。
そうと決まれば、冷蔵庫の中を確認。
ひき肉、長ネギ、卵に油揚げ。あとは冷凍うどんもあるようだし材料は問題なさそうだ。
オオアリクイは手早くネギを刻んでひき肉と一緒にボウルに入れる。そして繋ぎに小麦粉を適量とパパッと調味料で味付け。
それをパフィンとエトピリカにパスした。
「パフィン。エトピリカ。それでつくねを作ってくれ。」
「はぁーい。じゃあじゃあたくさん作ろうっ。」
「イエイヌちゃんも一緒に作ろうっ。」
「は、はいっ!わかりましたっ!」
ボウルを託されたパフィンとエトピリカの二人はイエイヌも巻き込んでつくね作りに入った。三人してボウルの中身をこねる事から始めていた。
そしてともえの方は汁づくりに既に取り掛かっている。
オーソドックスに昆布出汁をとりつつ鰹節の準備も始めていた。こうしてみればともえも決して料理下手なわけではないんだけどなあ、とオオアリクイは思う。
けれども、やはりともえはともえスペシャルを作っている時の方が彼女らしい。
願わくば、早く萌絵がよくなっていつも通りの彼女達に戻って欲しいものだ。
オオアリクイはそう祈らずにはいられなかった。
―後編へ続く
【ヒーロー情報公開】
クロスハート・アムールトラフォーム
パワー:S 防御力:B スピード:B 持久力:C
必殺技:タイガーアッパーカット
ともえがアムールトラの力を借りて変身した変身フォーム。
特にパワーに優れており、普通に殴りつけただけで必殺技となり得る。
半そでブラウスにスクールベスト。ただし丈が短いのでおへそが丸出しだったりする。
そして虎縞模様のミニスカートとニーソックス。ニーソックスを吊るガーターベルトが艶めかしいフォームだ。