昨日の夜から続く季節外れの氷雨は色鳥町に降り続いていた。
その雨は当然、この三人の頭上にも降っているわけで…。
「止まないな。」
「そうですね。」
「マセルカは別に構わないよ。濡れても平気だし。」
オオセルザンコウ、セルシコウ、マセルカのセルリアンフレンズ3人組は雨を避けて公園の遊具の下にいた。
トンネルのような穴の開いた滑り台の下は雨を凌ぐ事が出来ないでもなかったけれど、風が強くなってきたせいで大分心許ない。
「それに冷えて来た。」
「そうですね。」
「ならいっそ焚き火でもしちゃう?」
確かに、この公園には大きな樹木もたくさん生えている。
その側には木切れだって落ちているだろうから、それを集めて暖をとる事だって出来なくはない。
マセルカは早速外へ出ると木の葉や小枝などを集めてきた。
思った程量が集まらなかったのは、この公園がしっかりと管理されて清掃されているからだ。
集めて来たのはいいものの、それはどれもがぐっしょりと濡れてしまっている。
これでは火をおこす事もできない。
セルシコウ達は料理という“輝き”を得た際に炎を恐れる動物的な本能をも克服していた。
なので、こういう場面でもそれは役に立つはずだったのだが…。
「ままなりませんね。」
「だな。」
セルシコウの言葉にオオセルザンコウも溜め息をつく。
オペレーション『グルメキャッスル』を発動させたセルリアンフレンズ3人組であったが、厳しい現実に直面していた。
まず食材。
どこかの池で魚を捕まえようとしたら怒られた。
民家に生えていた桑の実から実を採ろうとしたら、実は誰かの持ち物だと知って慌てて退散した。
同じようにその辺りの木を切り倒して木材にして適当に小屋でも作って店舗にするかと思っていたら、これまた慌てた近くにいた人に止められた。
どうやらこの世界はほとんどの物が誰かの持ち物だったり、縄張りだったりするようだ。
今いるこの滑り台の下だって実は誰かの縄張りだったりするかもしれない。
自分たちのいた世界とはあまりにも勝手が違い過ぎてオオセルザンコウもセルシコウも溜め息が募る。
一人、マセルカだけが集めて来た葉っぱと小枝で錐揉み式着火に挑戦していた。
当然、雨に濡れた木切れでは着火になど至るはずもないのだが、他にする事もないので好きにやらせていた。
もっとも、着火していたらしたで、それはそれで誰かに公園での焚き火は禁止だと怒られていただろうが。
オオセルザンコウはもう一度嘆息すると、雨の降る外へと目をやる。
「それにしても…。この雨と風。何というか…少しばかり変じゃないか?」
「というと?」
オオセルザンコウの言葉にセルシコウは小首を傾げた。
しかし、オオセルザンコウの方も自身の感じた違和感を何と説明していいのか迷う。
この季節外れの氷雨に感じる違和感。それが一体何なのか、上手く言葉に出来なくもどかしい思いのオオセルザンコウ。
そんな彼女をマセルカは不思議そうに見ていた。
「変って、そんなの当たり前じゃない?だって…。」
だって、一体何なんだろう、とオオセルザンコウもセルシコウもマセルカの言葉の続きを待っていた。
しかし、それは果たされなかった。
突然後ろから新たな声が聞こえてきたからだ。
「あなた達。ここで一体何をしているの?」
唐突に外から掛けられた声は明らかに自分たちに向けられていた。
もしかしてこの巣穴の主だろうか。
だとしたらまずい。怒られる前に退散しなくては。
おそるおそる振り返った三人の目の前には黒い雨合羽を来たフレンズがいた。
フード部分をとると、そこには鳥系フレンズの特徴である羽根が生えている。
綺麗な白い髪と意思の強そうな眼が特徴のフレンズだった。
「ねえ、あなた達。こんな天気なのに一体全体どうしたの?」
いつまでも答えないでいる三人に、もう一度問い掛ける鳥のフレンズ。
なんと答えていいのか、オオセルザンコウ達は迷った。
どうやらこちらを覗き込んでいるフレンズはこちらを詰問するというよりは心配しているような様子を見せていた。
未だに答える様子を見せないオオセルザンコウ達に、彼女達を覗き込んでいたフレンズも戸惑う。
ともかく緊張を和らげようと、まずは自己紹介する事にした。
「私の名前はハクトウワシ。色鳥商店街前交番の警官なの。よろしくね。」
その自己紹介にオオセルザンコウ達はもう一度顔を見合わせる。
「コーバン…って何だ…?」
「ゴハン…とは違いますよね…。それにケーカン…とは?」
「まさか景色ってわけじゃないよね。」
三人して膝を突き合わせてひそひそと話し合う。
自己紹介したら少しはコミュニケーションの切っ掛けになるかと思ったハクトウワシだったが、かえって戸惑わせてしまったようでアテが外れてしまった。
ハクトウワシは自己紹介した通り、色鳥町の商店街前交番に配属された新人警官だった。
こんな雨の日にも巡回を欠かさない彼女はご近所でも真面目なおまわりさんとして評判だ。
そんな彼女が事情はわからないけれども雨の中で公園の滑り台の下にいる女の子を放置するはずがなかった。
「ともかく、あなた達。一緒にいらっしゃい。暖かい飲み物くらいは用意してあげるから。」
暖かい飲み物というのにオオセルザンコウ達は目を輝かせた。
今日の雨は思っていた以上に冷たい。身体を温められるなら大歓迎だ。
ハクトウワシは自身がさしていた傘をオオセルザンコウに手渡す。
これにセルシコウと入ってもらえばいくらかマシだろう。
一方でマセルカは早速雨の中に飛び出そうとしていた。
「こら、あなた待ちなさい。濡れちゃうでしょう。」
「マセルカは濡れても平気だよ。」
確かにイルカ系のフレンズの特徴をもつ彼女だが、雨に濡れて平気なわけがない。
ハクトウワシは雨合羽の前を開くと、それをマントのように広げてマセルカを中に入れる。
どうやら雨粒を叩く音が気に入ったのか、マセルカは大人しくなった。
ともかく、どうやらこの三人は付いてきてくれそうだ、とほっと一安心のハクトウワシ。
「さあ。Let's Go together!」
セルリアンフレンズ三人組を引きつれたハクトウワシは雨の中を交番へと戻っていく。
とりあえずタオルと暖かい飲み物を準備しなくては、と思いつつ。
オオセルザンコウはそんなハクトウワシについていきながら何か忘れてるような気がしていた。
「(あ。マセルカに何が当たり前なのか聞くの忘れてた。)」
と思い出したものの、まあいいか、と流してしまった。
今は暖かい場所に行きたい。
今日はそれほどに肌寒い日なのだ。
の の の の の の の の の の の の の の
「ここは天国かなあ?」
ひと眠りから目覚めた萌絵。
相変わらず身体は気だるく思考は鈍い。
けれども、会いたかったパフィンとエトピリカがベットの上の萌絵にじゃれついてきていて、イエイヌが身体を起して支えてくれているのだ。
「(な、なんというモフモフハーレム!)」
労せずしてモフモフに囲まれる萌絵はご満悦だった。
一方でオオアリクイとともえは鍋焼きうどんを取り皿によそっていた。
せっかくなので皆で萌絵の部屋でご飯にしていた。
ちょっと多めに作った鍋焼きうどんなので食いしん坊二人がいても全然余裕だ。
問題は萌絵の方で、あまり食が進んでいない。
それでも少しは食べられたのは、ともえが頑張って作ってくれたというのが分かっていたからだ。
「んー…。やっぱりもう少しパンチが効いた隠し味が欲しくない?」
それでも、味の方に問題があったかと不安になったともえは自身の作った出汁をひと啜りしつつ言う。結果その場の全員が一斉に首を横に振った。
「ともえちゃん!多分その隠し味絶対隠れてないヤツだからダメだよっ!」
「そうそう!これで絶妙のバランスだからっ!」
パフィンとエトピリカの二人が慌てて止める。
ね!と二人揃ってイエイヌの方に振り返って同意を求めた。
「そうですね。とても美味しいです。」
コクコク頷くイエイヌ。
これ以上何か必要だろうか?と思える程美味しい。
その様子を見ていたオオアリクイはクスクス忍び笑いをもらした。
どうしたんだろう、と全員の視線がオオアリクイに集まる。
「いや、実は私も似た事をよく思うんだ。食べる人は美味しいと言ってくれるんだけれど、作った自分自身では満足いかないということがね。その理由は…。」
ゴクリ、と息を呑んで続くオオアリクイの言葉を待つ一同。
「隠し味の愛情は作った本人には感じられないからなんだよ!」
「「「「「「な、なんだってー!?」」」」」
これは新説もあったものだと思う一同だったが、確かにそう言われてみればそんな気がしないでもない。
クール系のオオアリクイだったが、たまにこうしたお茶目な事を言い出すのが不思議と絵になったりする。
しかし、よくよく冷静に考えてみれば、正しい意見ではないだろうか。
なんたって、ともえは他人の作る料理には無茶な味付けをせずに美味しくいただくのだから。
「あはは、じゃあ今日のは愛情たっぷりなんだ。」
と笑う萌絵。
「ええ。愛情マシマシのともえスペシャルですね。」
イエイヌも尻尾を揺らす。
思わぬ褒められ方にともえは真っ赤になっていた。
そんなともえの両肩に手を置きつつオオアリクイが言う。
「そういうわけで、ともえの愛情だからもう少し食べておくといい。」
もう少しだけ萌絵の取り皿に鍋焼きうどんをよそうオオアリクイ。
そう言われると萌絵の食欲も少しだけ復活した気がする。
「でもせっかくだからもう一声っ。」
萌絵は何を言っているんだろう?と一同ハテナマークを浮かべたが、ともえは何を求められているのか理解していた。
しょうがないなあ、とでも言うようにベットサイドに腰を降ろすと…。
「じゃあお姉ちゃん。熱いから気を付けてね。はい、あーん。」
と食べさせはじめた。
なるほど、と納得するオオアリクイ達。
これはお邪魔になってしまうかな?なんて顔を見合わせて笑いあう。
「萌絵の方はともえ達に任せて私たちは戻ろう。春香さんと交代しないとな。」
「そうだね。じゃあまたね、萌絵ちゃんっ。」
「早くよくなってねっ。」
オオアリクイとパフィンとエトピリカの三人はお昼休憩を春香と交代しに店へと戻っていく。
それを手を振って見送るともえ達。
さっきまで賑やかだった部屋が三人も急にいなくなったせいで少し寂しく感じられる。
ともえも春香の分も鍋焼きうどんを作ろうかと席を立とうとした。
解凍したうどんと具材は春香の分も用意してあるので、あとはそれを追加してもう一度温めてやるだけだ。
―ガチャリ。
と再び部屋の扉が開く。
春香かな?と思って振り返った一同の前にはラモリさんがいた。
「あれ?どうしたの?ラモリさん。」
何かを言いたそうにしながらも、それを言えないでいるラモリさん。だが、言わなくてはならない。
意を決したラモリさんはまず、一番重要な事を言った。
「ともえ。イエイヌ。セルリアンがあらわれタ。」
「な…!?萌絵お姉ちゃんがこんな時にですか!?」
イエイヌも言ってもしょうがない事くらいはわかっていたがそれでも言わずにはいられなかった。
セルリアンは彼女達の事情なんておかまいなしなのだから。
「しかも、カコ博士からの連絡だと今回のセルリアンは今までで最大規模の相手らしイ。」
朝からラモリさんが忙しそうにしていたのはそのせいだったか。しかし、今までで最大規模というのはどういう事か?
「イエイヌ。少しだけ窓を開けてみロ。お前の鼻ならわかるハズだ。」
言われた通りに窓を少しだけ開けると、朝とは比べ物にならないくらい強くなった風に、雨足まで強さを増して来ていた。
そして、その風にほんの微かにだがセルリアンの匂いが感じられた。
でも一体どこに?
そう思って、イエイヌは匂いの元を辿ろうとするも、匂いがいろんなところからしていてよくわからない。
「今回あらわれたセルリアンは…。この風と雨を降らせているんダ。」
は?
ともえもイエイヌも、そして萌絵も目が点になる。
「データを映すゾ。」
ラモリさんは自身の胴体につけられたレンズのようなコアからホログラム画像を映す。
それは天気図だった。
いま、色鳥町を覆う低気圧を示す等圧線にわかりやすいように色が付けられていた。
「カコ博士が今朝がた見つけたんだが…。最初は反応が弱すぎて気づかなかったくらいなんダ。」
それが時間経過と共にどんどんと勢力が大きくなっていく様子が映し出されていた。
「そして、これがこの低気圧ガ、セルリアンだという証拠ダ。」
次に映し出されたのは周辺のサンドスター濃度を計測した画像だ。
この世界ではサンドスターはありふれている。それこそ空気中にも微量に含まれているくらいだ。
だが、それは風の影響を強くは受けないはずだ。
それが、この数時間、低気圧の中心に向かって流れ込んでいる。風で流されたにしては明らかに不自然だ。
そして、サンドスターを取り込めば取り込む程に低気圧は勢力を増している。
「カコ博士はコレをセルリアンの仕業だと結論づけタ。」
重々しい様子のラモリさんにともえもイエイヌも息を呑みはするものの、まだ事態の深刻さに気付いていなかった。
一人、ベットに半身を起していた萌絵だけが段々と理解して顔を青くしていく。
「ちょっと待って…。つまり、セルリアンは低気圧にとりついてその特性を模倣してるって事…?」
萌絵の確認にラモリさんは頷きの代わりに多目的アームを縦に振って肯定した。
「それ、まずいよ。つまり低気圧がどんどん成長しちゃったら、スーパーセルになりかねないって事だよね…。」
スーパーセルって何?とともえもイエイヌも首を傾げる。
「えっとね。スーパーセルっていうのは簡単に言うとすっごい強い嵐だよ。厳密には違うんだけど、爆弾低気圧って聞いた事ない?」
ともえはそういえば天気予報などで稀に聞く事があるなあ、と思い出す。
「ラモリさんが今見せてくれた低気圧は急速に発達する爆弾低気圧なんだけど…、それがすごく成長してスーパーセルっていうものすごく強い嵐になるかもしれないの。」
爆弾にスーパー…。聞いているだけでも強そうでイエイヌもゴクリと息を呑む。
「カコ博士も同じ見解ダ。市内全域に避難勧告を出すよう準備中ダ。」
そこまでの事態か。と戸惑いを隠せないともえとイエイヌ。
でも、確かにこんな規模のセルリアンとは今まで戦った事はない。それに相手は遥か雲の上だ。ただ殴ればいいだけとはわけが違う。
それに…。
「ちょっと待って。避難勧告ってお姉ちゃんは風邪ひいてるんだよ?安静にしてないとダメだよね。」
そう。
避難するにしたって、萌絵を動かさないといけない。
別に動けないわけではないだろうが、それで風邪を拗らせる可能性は非常に高い。
ならセルリアンを迎え討とうとしても、そもそも嵐なんてセルリアンをどうすれば倒せるのか見当もつかない。
どうすれば…、と悩んでいるところに萌絵が言った。
「ねえ、ともえちゃん。アタシのノートPC取って。」
何か考えがあるんだろうか。
いや、ダメだ。
こんな状態の萌絵に無理をさせるわけにはいかない、とともえは被りを振る。
「お願い。」
もう一度真っ直ぐに見つめ返されながら言われれば、ともえも折れざるを得なかった。
萌絵の愛用のノートPCを手渡す。
萌絵はそれを起動させるとラモリさんに頼む。
「ラモリさん。さっきのデータをアタシのPCにも送って。」
「オ、オイ。一体何を…。」
戸惑いはあるもののラモリさんは萌絵の意思が固い事を見てとると、データを転送した。
「んー…。やっぱりこのセルリアンは低気圧の特性を模倣している…って事は…。」
考えが纏まりそうで纏まらない。
いつもなら簡単に出来る計算もいつも以上に時間がかかる。
熱くなった頭が考える事を拒否しているようだ。
だったら、と萌絵はともえが買ってきてくれたスポーツドリンクの入ったペットボトルを一気に煽った。
ほんの一瞬だけども身体が冷える。
今なら少しは頭も回る。
萌絵は今がチャンスとばかり一気にPCのキーボードを叩いた。
やはりこのペースだったら、この低気圧のセルリアンはやがて台風並み、いやそれ以上の勢力を得てしまうだろう。
そうなれば街に及ぼす被害だって測り知れない。
ならば、どうするか。
一つだけ。
たった一つだけだけれど方法がある。
それはともえ…いや、クロスハートにしか出来ない。
だから萌絵はみんなを見渡して言う。
「ねえ。ともえちゃん。イエイヌちゃん。ラモリさん。作戦があるの。」
しかし、ともえは萌絵に抱き着くと首を横に振った。
「ごめんね。無茶して心配かけちゃったね。」
萌絵はそんなともえの背中をあやすようにポムポムと叩いていた。
イエイヌもいつもと様子が違うともえに戸惑いを覚える。
「ともえは萌絵が体調を崩してる時は大体こうダ。」
とラモリさんが教えてくれた。
春香も言っていた。今日はともえは萌絵が心配で色々手につかなくなるだろう、と。
今日はいつも以上に頑張っていたともえだったけれど、とうとう心配の限界に来てしまったようだ。
だからイエイヌは訊いてみる事にした。
出来る事ならともえは萌絵の側にいて欲しい。
「萌絵お姉ちゃん。その作戦ってわたしでは出来ないんですか?」
萌絵はそれに頷きを返す。
「この作戦はね。ともえちゃんにしか出来ないよ。それにイエイヌちゃんとラモリさんのサポートも絶対に必要。」
萌絵はともえをあやしながら三人に作戦を説明した。
彼女の説明を聞きながらともえ達もなるほど、確かにこれはクロスハートでなくては出来ないと納得した。クロスシンフォニーでもクロスジュエルチームの皆でも不可能だろう。
「だから、ね。ともえちゃん。街のみんなを助けてあげてくれるかな?」
それにともえはコクリと頷いた。
けれども…。
「お姉ちゃんは平気?」
と、なおも心配そうにしているともえ。
そこに後ろから声を掛けられた。それはオオアリクイ達と交代した春香だった。
「萌絵ちゃんの事は私たちに任せて。今日はこの後天気が大荒れになるみたいだから臨時休業にする事にしたから。オオアリクイちゃんもパフィンちゃんもエトピリカちゃんもついててくれるわ。」
そういえば、とイエイヌは思い出す。
かつてショッピングモール『cocosuki』で起こった戦いで萌絵はピンチに陥った事があった。
ともえがその場を任せてくれたのは春香やイエイヌがいたからだ。
そして、今もまた萌絵を任せられる人たちがここにいる。
そのイエイヌの予想を肯定するように、ともえの表情がいつもと同じものに戻っていた。
何をしでかすかわからない、自信たっぷりといった瞳だ。
それでこそだ、とイエイヌも一安心である。
ともえは萌絵から離れると立ち上がる。
そんな彼女を送り出そうと萌絵は言う。
「いってらっしゃい。カッコいいとこ見せてね。王子様。」
「任せて。そっちもしっかり風邪治しててよね。お姫様。」
言って二人で笑いあう。
準備をしたらいよいよ出陣だ。
正直、萌絵の立てた作戦は賭けもいいところだ。
けれど、それ以外に方法がないのも事実。
それでも勝てる、とともえは確信して戦いの舞台へ赴くのだった。
の の の の の の の の の の の の の の
外は少しずつ風も雨足も強くなっていた。
もうそこかしこで窓がガタガタと鳴っているのがわかる。
そんな中で既に変身してラモリケンタウロスに跨るクロスナイト。
そして、ともえは未だ変身せずに雨合羽を着ていた。
萌絵の立てた作戦はどれだけともえを消耗させずに温存するかが作戦成功の可否を握っている。
なのでギリギリまで変身はしない。
「じゃあ、お願いね。クロスナイト。ラモリさん。」
ともえは萌絵が改造したスケボーであるジャパリボードに乗るとラモリケンタウロスに片手で掴まる。
それを確認するとラモリさんはラモリケンタウロスを発進させた。
クロスナイトを乗せて、ともえを引きつれていつもよりも慎重に走るラモリさん。
なんせ、ともえは今変身していない。ちょっとした事で大事故に繋がりそうだ。
ラモリケンタウロスが向かう先は低気圧の中心だ。
「おあつらえ向きだナ。低気圧は公園の方に向かっているゾ。」
そこなら広いし、作戦にもうってつけだ。
ラモリケンタウロスはさらに慎重に公園への道をひた走る。
低気圧の中心に向けて進むたびに、雨も風も強さを増していく。
公園へ着くころにはとうとう、ゴロゴロと稲光までしはじめていた。
やはりこの天気では公園で遊ぶ者もいない。
ますます好都合というものだ。
ともえは着ていた雨合羽をバサリと脱ぎ捨て、やはり思い直して丁寧に畳んでからジャパリボードと一緒に風の当たらない木陰に置いた。
どちらも大切なものだ。風で飛ばされたりしたら後で春香に怒られてしまう。
準備も出来たともえは一つポーズを決めると叫ぶ。
「変身!クロスハートッ!」
愛用の肩掛け鞄から飛び出したスケッチブックがいつか描いたオイナリ校長先生の会の面々のページで止まる。
「オイナリサマフォームッ!」
真っ白な長い髪に、これまた真っ白なキツネ耳。もちろん尻尾だって真っ白だ。
肩から先がなく肘部分から袖がはじまる不思議な和装に、下は白のミニスカート。
足元は足袋と高草履という和洋折衷な格好だ。
最後に左太腿のみに飾り紐が巻き付けられて変身完了だ。
消費は激しいが特殊な攻撃が可能なオイナリサマフォームはクロスハートの切り札の一つでもある。
クロスハートはクロスナイトと代わってラモリケンタウロスに飛び乗る。
「じゃあいきますよ!」
クロスナイトはクロスハートごとラモリケンタウロスを抱え上げた。
そして軽く助走をつけて…。
「せえのぉ…いっけぇええ!」
と空に向けてぶん投げる!
いくらクロスナイトが別世界のフレンズの力を持っているとしてもその程度で空まで届くわけはない。
なので、今度はラモリさんが…。
「ラモリケンタウロス!ペガサスモード!」
と叫ぶと同時、ラモリケンタウロスの胴体から左右に翼とジェットエンジンが展開された。
すかさずエンジンに点火。
さらに重力に逆らって空へと駆けるラモリケンタウロスとクロスハート。
クロスナイトをカタパルトにしてラモリケンタウロスを空へと射出した格好だ。
クロスハートの目の前には黒々とした雨雲が迫る。
―ゴロゴロ……ビシャァアアン!
と、稲光がクロスハートとラモリケンタウロスを襲った。
が、その一撃はクロスハートがキツネマークにした手を差し出すと、まるで見えない壁に阻まれたかのように霧散する。
オイナリサマフォームの力の一つ。結界による防御だ。
そして雨雲も近づいたところで、いよいよ作戦の最終段階だ。
「邪気払い結界!キツネのヨメイリ!」
ボボボン!と周囲に狐火が生まれる。その狐火達が照らす範囲が結界となって雨雲を切り裂いていく。
「まだまだぁ!フルパワー!大結界ッ!」
さらに追加で狐火を生み出すクロスハート。全力で張った結界は雨雲をぽっかりと切り取った。
これが萌絵が立てた作戦だった。
オイナリサマフォームで生み出す結界で、低気圧を完全隔離。周囲の風が流れ込まなければ低気圧はこれ以上成長しない。
そして、低気圧の中心ごと結界を展開すれば、今回の事件を引き起こそうとするセルリアンだって結界の中に閉じ込められる。
問題は消耗の激しいオイナリサマフォームでどれだけの時間低気圧を隔離出来るかだ。
時間的余裕は殆どない。
もうイチかバチか、最後の仕上げに移るしかない。
「ひっさぁあつ!結界落としぃ!!」
クロスハートはキツネマークにした手を勢いよく振り下ろした。
―ズモモモモ…
それに従い、狐火で形成された結界が黒々とした雨雲ごと地面へと落ちていく。
黒い雨雲は地面にぶつかると濃い霧となって周囲に広がった。
あとは結界の中に原因となったセルリアンを捕らえられたかどうか。それが一番の問題だったが、地上で待つクロスナイトにその心配はなかった。
「(いる!)」
クロスナイトの鼻は確かにセルリアンの匂いを感じていた。
たとえこの霧で視界を塞がれていても問題にはならなかった。
匂いの流れてくる方向に一気に駆け寄り、その姿を捉えると同時……。
「ワンだふるアタァアアアアック!」
サンドスターをありったけかき集めた両腕を叩きつけた!
台風の目だとでもいうような巨大な丸い一つ目セルリアンのその目にまず一撃。
怯んだところで、今度は真っ白な骨型の剣を具現化して構える。
「ナイトスラァアアアッシュ!」
素早く背後にある『石』へと回り込んで骨型の剣(鈍器)を叩きこんだ!
―パッカァアアアアン
という音と共にセルリアンが砕ける余波で周囲の霧までも吹き飛んだ。
霧が晴れて上を見上げれば、ラモリさんがラモリケンタウロスに搭載されたパラシュートを開いたところだった。
ふよふよ、と公園に降りてくるクロスハートとラモリケンタウロス。
もう限界、というように地上に降りると同時、クロスハートは変身を解除した。
「ぷはぁ!いやあ。何とかなったねっ。」
「はい。何とかなりましたね。」
クロスナイトも変身を解除して、二人でパチンと音を鳴らしてハイタッチ。
ちょうどポッカリと空いた雲の切れ目から日が差し込む。
それなのに、周りはまだ低気圧の影響で雨が降っていた。
まさにそこだけ狐の嫁入りである。
晴れ間はどんどん広がっていって、雨も風も弱くなっていた。
「でも、このまま濡れるとアタシ達まで風邪ひいちゃうね。」
「大丈夫ですよ。ともえちゃんは風邪をひきませんから。」
「それどーいう意味っ!?」
「そりゃア、そういうイミだろウ。」
「もう、二人ともー!」
楽しそうに言い合いながらお天気雨の続く街を家路につくともえとイエイヌとラモリさん。
帰ったら取り敢えずお風呂だ。
いくらともえが頑丈が取り得でも、濡れっぱなしではもう一人風邪ひきさんが増えてしまうかもしれないのだから。
の の の の の の の の の の の の の の
夜のニュースでは色鳥町付近で急速に発達しつつあった低気圧が急に消滅した、という話が報じられていた。
気象観測史上でも非常に珍しい現象という事だったが、低気圧消滅の原因は不明と言われていた。
まさか、クロスハートが雨雲をやっつけた、とは流石に誰も考えつかないのだろう。
そして、夜には…。
「よかったわ。もう萌絵ちゃんもすっかり元気ね。」
春香はほっと一安心。
夜には萌絵の熱も下がって、体調もいつも通りだ。
夕ご飯は、やたらとおかわりしまくるともえにつられたのか、一回おかわりしていたし、きっと明日の朝にはすっかりよくなっているだろう。
もう殆ど復調したにもかかわらず、ともえとイエイヌはあれこれと萌絵の心配をしていた。
心配してくれる皆には悪いけれども、たまにはこんな日も悪くないと思う萌絵であった。
の の の の の の の の の の の の の の
「すみません、ヤマさん。」
「なあに、いいよいいよ。」
色鳥町商店街前交番ではハクトウワシが年配の男性警官に頭を下げていた。
男性警官は通称ヤマさんと呼ばれている。
引退間近の彼は昔は凄腕刑事だった、という噂だが真偽のほどは定かではない。
それは置いておいて、交番ではセルリアンフレンズ3人組が…。
「な、なんだこれは!?」
「ラーメン、なのはわかりますがこの短時間でこれだけの味…!?一体どうなって…!?」
「おいしいからもう全部どうでもいい!」
と、ヤマさんが作ってくれた袋ラーメンを食べていた。
取り調べといえばカツ丼かなあ、とも思ったヤマさんだったが、今日は天気がよくないので出前ではなく予め買っておいた袋ラーメンにしたのだった。
具材は卵とハムを追加。
今日の夜食にと思っていたけれど、三人ともここまで喜んでくれるなら作った甲斐もあったというものだ。
とはいえ、この子達は一体何者だろう?
巡回に出たハクトウワシが雨の中にいた彼女達を連れて帰ってきたが、住所はもちろん、どのあたりに住んでいるかすらわからないのだ。
ヤマさんは長年の警官人生でもこんな事は初めてだった。
けれど、思い当たる節はある。
「ハクトウワシ君。この子達……。」
ハクトウワシも続くヤマさんの言葉を待つ。先輩にしてベテランで、しかもかつての名刑事の言葉だ。きっと間違えなどあるまい。
「この子達、自然発生した生まれたてのフレンズなんじゃないかなあ。」
それにハクトウワシもまさか、と思う。フレンズの自然発生自体かなり稀な現象なのだ。
それが三人も同時に…。
けれど、そう考えると色々辻褄も合う。
「だから、ハクトウワシ君。明日、この子達を市役所に連れていってあげてくれないかなあ。」
ヤマさんが言うように、名前もまだよくわからない三人が本当に自然発生した生まれたてのフレンズであるなら市役所の方で手続きを進めなくてはならない。
そして、今日は日曜日だし役所はお休みだ。
確かに明日市役所へ連れて行くのがよさそうだが、問題が一つ。
今日はこの子達はどこに寝泊まりさせたらいいだろう。
その疑問にもヤマさんは答えてくれた。
「で、ハクトウワシ君は一人暮らしだったよね。すまないんだけれど今夜はこの子達をキミの部屋に泊めてあげてくれないかなあ。」
その言葉にハクトウワシは鳩が豆鉄砲喰らったような顔になった。ワシだけれど。
そして思わず
「ぱーどぅん…?」
と聞き返してしまうのだった。
けものフレンズRクロスハート第14話『雨の日。風邪の日』
―おしまい―
【ヒーロー紹介:クロスラズリ】
パワー:S 防御:B スピード:B 持久力:C
必殺技:野生解放
アムールトラがユキヒョウの用意した衣装で変身したヒーロー。
シルクハットにクロスラピスとお揃いの短いケープ。それに目元を隠す仮面をつけている。
実際は変身ではなくコスプレではある。
特にパワーに優れており、ただ殴りつけただけでもその威力は必殺技に匹敵する。
そして、安定した野生解放を使える点も他のヒーロー達にはない特徴だ。
ビースト化とそれを制御するための“ビーストドライバー”はなくなったけれど、クロスラピスの頼もしいパートナーである。