けものフレンズRクロスハート   作:土玉満

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 これまでのけものフレンズRクロスハートは!

 ある雨の日。
 季節の変わり目という事もあって、萌絵は風邪をひいてしまった。
 甲斐甲斐しく世話を焼いてくれるともえとイエイヌ、そして『two-Moe』バイトのオオアリクイ、パフィン、エトピリカ達のおかげで順調に回復していた。
 が、そんな折にセルリアンが現れる。
 今度の敵はなんと低気圧!?
 そんなよくわからない相手に戸惑うともえ達だったが、萌絵の立てた作戦によって、何とか低気圧のセルリアンを倒すのだった。



第15話『クロスラピスも甘えたい』(前編)

 月曜日。

 昨日の雨降り模様から一転し、今日はすっかり蒸し暑い夏の陽気を見せていた。

 そんな中で図書室は静かで冷房も効いているので人気スポットだ。

 その一角に陣取っているのはジャパリ女子中学1年生、クロスジュエルチームのメンバーであった。

 

「えーっと…。オパール、ヒスイ、石英…。」

 

 と一生懸命に鉱物図鑑を見ているのはルリである。

 その隣でアムールトラも鉱物図鑑を覗き込みながら頭を捻っていた。

 

「やっぱしっくりくる名前って難しいもんやなあ。」

「そうじゃな。思っていた以上に難問かもしれぬ。」

 

 さらにその逆側の隣に陣取っているのはユキヒョウだ。

 彼女は夏の暑さが苦手なのでひと際冷房の効いた図書室はまさに天国と言わんがばかりに満喫していた。

 そして、その向かいに座っているのが新メンバーのエゾオオカミだ。

 

「なあ…。無理して決めなくてもいいんじゃないか…。」

「ダメだよ!」

「ダメやな。」

「諦めるのじゃ。」

 

 エゾオオカミの言葉は見事に三人ともに却下された。

 いま、4人はエゾオオカミが変身した際に名乗る名前を考えに図書室に来ていたのだった。

 さすがにクロスハートを名乗らせるわけにはいかないし、せっかくだからクロスジュエルチームの一員っぽく宝石や天然石の名前を冠したものにしたい。

 なので、さっきから鉱物図鑑を眺めているのだが、中々しっくりくるものがない。

 エゾオオカミ以外の3人が休み時間毎に図書室に入り浸っているのは何も涼を求めてばかりではない。

 何せチームクロスハートだってエゾオオカミを新メンバーに狙っているのだ。

 

「い、いくら萌絵さんでもエミさんは譲れないんだからっ。」

 

 ふんす、と気合を入れたルリは再び図鑑を食い入るように見つめる。

 エゾオオカミとしては、名前一つで大げさな、と思わなくもないんだけれど、自分の為にそうしてくれているのは悪い気がしない。

 なので、こうして休み時間の度に図書室に集まるルリ達に付き合っているのだった。

 

「いっそ豪華にダイヤモンドとかどうやろな。クロスダイヤ…とか?」

「それだとダイアウルフのフレンズさんだと思われないかなあ。」

 

 遠い目をして言うアムールトラに首を横に振るルリ。

 大分考えも煮詰まってしまっているように思えた。

 そこにユキヒョウが

 

「ちなみに、エゾオオカミの使う“リンクパフューム”から名前を取るという案もないではないぞ。リンク何某、というのも手ではないか?それこそリンクハート、とかな。」

「「却下。」」

 

 と言うが即座にルリとアムールトラに却下される。

 それだとチームクロスハートっぽいというのが理由だ。

 即断の却下にエゾオオカミも、うげ、と言いたげな顔をした。

 実はリンクハートはエゾオオカミの中でもかなり上位に位置していた候補だったからだ。

 これはいよいよもって長期戦の様相を呈してきた。

 なおも何かいいアイデアがないかと鉱物図鑑のページをめくるルリ。

 と、その中に気になる天然石を見つけた。

 

「タイガーアイっていう石もあるんだね。」

「ああ。金運をもたらすお守りとしても有名じゃな。」

 

 ルリの見ているページを横から眺めるユキヒョウ。

 

「タイガーといえばアムさんもトラだから…、クロスタイガーアイ…、っていうのもアリだったのかなあ。」

「いや…ちと名前が長いからクロスラズリの方がよいじゃろ。」

「せやな。ウチはクロスラズリの方が気に入ってるで。」

 

 と段々脱線しはじめた。

 そこに…。

 

「あ!これどうかな!ウルフアイっていう石もあるみたい!」

 

 ルリがいいものを見つけた、とばかりに声をあげる。

 

「ふぅむ。エゾオオカミのオオカミに由来も繋がるしよいとは思うのじゃが…。けれどもクロスウルフアイじゃとタイガーアイの時と一緒で長すぎる気がせぬか?」

 

 そう言われるとそれもそうか、と思い直す。

 また振り出しに戻ったような気がして四人でうーん、と考え込む。

 鉱物図鑑を視界の端で捉えたエゾオオカミだったが、ふとある事に気が付いた。

 

「へえ。俺の誕生石ってガーネットっていうんだな。ユキヒョウ。お前は?」

「うむ。わらわはサファイアじゃな。」

 

 それは誕生石の項目だった。

 誕生石は一か月毎に決まっているらしい。

 自分の生まれた月の石が誕生石となる。

 

「して、ルリとアムールトラの誕生石は?」

 

 と、今度はユキヒョウが二人に話しを振ってみた。

 が、どうにも反応が芳しくない。エゾオオカミとユキヒョウが怪訝に思っていると…。

 

「その…。誕生月ってなあに…?」

「誕生日ってヤツも…。その…。なんやろ…?」

 

 ルリとアムールトラは二人揃って首を傾げた。

 その反応は二人とも誕生日というものを知らない事を物語っていた。

 ユキヒョウは思い当たる節があったが一応確認する。

 

「の、のう。ルリ。それにアムールトラ。お主ら、誕生日を祝われた事は?」

 

 それには二人揃って首を横に振る。

 そもそも誕生日すら知らないのだから、誕生日を祝われた事などないのだろう。

 コメカミをピクピクと引きつらせたユキヒョウ。

 この件で問い詰めるべきは一人。

 ルリとアムールトラの保護者である“教授”こと宝条和香である。

 一方その頃、“教授”は研究室にしている宝条家の書斎でクシャミを一つしていた。

 

「昨日は寒かったから風邪でもひいただろうか?」

 

 なんて思っている“教授”だったが、これから数時間後にカミナリを落とされるとは今の彼女には予想だに出来ないのであった。

 

 

の  の  の  の  の  の  の  の  の  の  の  の  の  の

 

 

 そんなような出来事があってから数日。

 この数日ですっかり天気は夏らしくなってきた。

 運動部の皆はもうすぐ始まる大会の地区予選に向けて燃えていた。

 ともえ達も応援団の練習を始めている。

 思っていたよりも人数が集まってくれたので、きっと盛り上がるだろう。

 今日も一通りの練習を終えたともえと萌絵とイエイヌの三人はまだまだ熱気の残る帰り道を歩いていた。

 と……。

 そろそろ家が見えるかと思った頃に一つ妙な事に気が付いた。

 誰かがともえ達の家の辺りでうろうろしていた。

 ともえ達の家の1階部分で営んでいるカフェ『two-Moe』に入ろうか入るまいか悩んでいる。そんな風に見えた。

 その人物は黒いジャケットを着て頭には二本の羽根がついた帽子。スラリと背が高く出るところは出たプロポーションの女性だった。

 イエイヌだけはその人物が誰なのか知っていた。

 

「“教授”…?どうしたんですか?」

「わひゃあああああっ!?!?」

 

 何やら困っているようだったので、声を掛けたイエイヌだったが“教授”は飛び上がらんばかりに驚いた。

 振り返ってイエイヌとともえと萌絵の姿を認めた教授はコホン、と咳払いを一つ。居住まいを直してから…。

 

「やあ。イエイヌ君だったか。久しぶりだね。元気にしてたかな?」

 

 と落ち着き払って見せる。

 ともえと萌絵は誰だろう?と顔を見合わせる。

 

「ええと、こちらはルリさんとアムールトラのお母さんの“教授”です。」

 

 とイエイヌは二人に“教授”を紹介した。

 イエイヌだけは以前、ルリとアムールトラの家にお泊り会をしに行った事があったので“教授”とも面識があった。

 

「キミ達が萌絵君にともえ君かな。萌絵君はまだ小さい頃に会った事があったけれどきっと覚えていないだろう。元気そうで何よりだよ。大きくなったね。」

 

 “教授”は萌絵の前に膝をつくと下から見上げるようにした。

 

「それとともえ君ははじめましてだね。二人にもルリとアムールトラがすっかり世話になってしまった。あらためて礼を言わせて欲しい。ありがとう。」

 

 そして二人の前に片膝をついた格好の“教授”は一人ずつ手をとって丁寧にお礼を言った。

 そういえば、とイエイヌは思い出す。

 “教授”がともえと萌絵の二人にお礼を言いたいと言っていたのを。

 という事は今日の用事はそれだったのだろうか。店に入ろうか入るまいか迷っていたのも二人がいるかいないかわからないから、と考えれば合点がいく。

 ともかく、これできっと“教授”も肩の荷が一つ降りた事だろうと思ったイエイヌはせっかくだし何か飲んでいって欲しいと考えた。

 コーヒーの淹れ方だってあれから少し上手くなったのだ。

 

「というわけで“教授”。せっかくですから中でゆっくりしていって下さい。」

 

 と店のドアを開けようとしたイエイヌの手を“教授”は電光石火の早業で手首を掴んで止めた。

 ニコニコとした笑顔のままイエイヌの手を戻す。

 その笑顔に謎の迫力を感じるともえ達。

 お店に入りたくないんだろうか?と訝しがる。

 

「ああ、いやその…。うん。そういうわけじゃあないんだけれどね。そうだ。キミ達三人に折り入って相談があったんだよ。うん。」

 

 珍しくしどろもどろになりながら“教授”は取って付けたような事を言う。

 相談って一体何だろう?

 

「じゃあ、中でお話した方がいいよ。外で立ち話だって何だし。」

 

 ともえの言葉に萌絵も頷く。

 

「あ…。もしかしてお財布忘れたとか?」

 

 頑なに店に入ろうとしない“教授”の様子に萌絵は予想を口にした。

 確かにそれならお店に入る事は躊躇われるだろう。

 

「大丈夫ですよ。コーヒー一杯くらいならサービスしちゃいますからっ。」

 

 と再びイエイヌがお店のドアを開けようとしたが…。

 

「いやあ!?じじじ、実はそうなんだよっ!?私としたことがうっかりだなあ!?さすがに子供達に奢ってもらうのは大人として情けないから今日のところは遠慮するよっ!?」

 

 なんと“教授”は自分の背に入り口を隠すようにして立ちはだかってしまった。

 そうまでして店の中に入りたくない理由なんてないはずなんだけどなあ、と三人は首を傾げる。

 そうしていたら…。

 

「あら、萌絵ちゃん。ともえちゃん。イエイヌちゃん。お帰りなさい。」

 

 と声を掛けられた。

 ともえ達が後ろを振り返ったら両手いっぱいに抱えた荷物に埋もれるようになった春香がいた。

 それ、どうなってるの?と聞きたいくらい絶妙なバランスで積み上げた荷物は今にも崩れそうで崩れない。軽い曲芸を見ている気分だ。

 しかも、それをしているのがメイドさん風制服を着た外見は小さな女の子だ。通る人達も二度見する事受け合いの光景だ。

 ともえもイエイヌも萌絵までもが慌てて春香に駆け寄る。

 

「お、お母さん!?手伝うよっ!?どこ持ったらいいかなっ!?」

「と、ともえちゃんっ!?こっち崩れそうですっ!?…あぁあああっ!?今度はこっちがっ!?」

「お、落ち着いて順番に…!?お母さん、一回それ置こう!地面に降ろそうっ!?」

 

 アワワワワ、と慌てるともえ達に春香は涼しい顔だ。

 

「商店街まで行ったらたくさんおまけしてもらっちゃって。ついつい買い過ぎちゃったわぁ。」

 

 むしろ上機嫌ですらあった。

 きっと、気のいい商店街の店主達にいつものようにアレやコレやとサービスしてもらってしまったのだろう。

 結果、密かな『two-Moe』名物、春香タワーの出来上がりである。

 そんな姿で商店街からここまで歩いて来るのだから、お店はもちろん、商店街の宣伝にまでなってしまっている。

 お互いwin-winらしい。

 と、グラつく荷物からとうとうリンゴが一つ零れ落ちた。

 

「おっと。」

 

 慌てるともえ達をすり抜けてそれが地面に落ちる前に受け止めたのは“教授”だった。

 腕を覆う黒いインナーシャツで軽く拭う。

 

「あー。ええと…私も手伝おう。どうしたらいいかな?」

 

 “教授”は帽子を目深にしつつ訊ねる。

 

「そうねえ。じゃあ、ドア開けてくれる?和香ちゃん。」

 

 前が見えているのだろうか?と不安になる程の量の荷物を涼しい顔で運ぶ春香。

 “教授”が店のドアを開けるとお礼を言いつつ中に入ろうとして……。

 

「和香ちゃん!?!?」

 

 と今さらながらに気づくと同時、春香タワーが崩れた。

 ともえとイエイヌが飛び出す…、よりも早く“教授”が動く。

 “教授”がやった事を説明するとこういうことだ。

 崩れた荷物をキャッチした。それを地面に置いた。それをひたすら繰り返して全ての荷物を無事に着地させた。

 ついでにバランスを崩した春香の肩を抱いて支えるのも忘れなかった。

 それを電光石火の早業で成し遂げたのだった。

 

「か、完璧なイケメンムーブだ…。」

 

 それを見ていた萌絵は思わず漏らす。

 そんなギャラリーは無視して二人して彼女達だけの世界に入ってしまっていた。

 しばらくの間、お互いに見つめ合う“教授”と春香。

 ギャラリーのともえも萌絵もイエイヌもドキドキしつつ見守っていた。

 何せその距離感だけならマジでキスする5秒前的な距離なのだ。

 少女マンガのワンシーンのようだ。

 これは見てて大丈夫なんだろうか?でも気になる!ともえと萌絵は両手で目元を覆い隠しつつも指の間から成り行きを見守る。

 イエイヌはそんな二人を不思議そうに交互に見比べるばかりであった。

 

「わ、和香ちゃん…。いつの間に戻ってたの?」

「あー…。いや。その…。何年か前に…。」

 

 視線を逸らした“教授”は頬を掻きつつ言った。

 

「姉さんこそ、よく分かったね。かなり外見も変わってしまっていただろうから分からないと思ったのに。」

「もう。私が和香ちゃんの事がわからないわけないでしょう?これでもお姉ちゃんなんですから。」

 

 春香はニコリとした深い笑みを見せた。

 その笑顔にゾクリとしたものが“教授”の背を走る。

 成り行きを見守っていたともえも萌絵も思った。

 これ、ヤバいヤツだ、と。

 瞬間、春香の足が霞んだように見えた。

 音もなく、“教授”の身体が突然棒にでも弾かれたように一回転していた。

 そして次の瞬間には春香の腕の中にすっぽりと納まっている。

 お姫様抱っこ状態であった。

 当事者であった“教授”ですら何が起こったのかわからない。視界が天地逆になったかと思ったらいつの間にかお姫様抱っこされていたのだ。

 春香がやったのは、簡単に一言で言うと足払いだ。もっともあまりの速度でそれがわかった人物は春香だけだったが。

 そんな事をしてまで“教授”を捕まえた理由は一つ。

 

「じゃあ和香ちゃん?色々聞きたい事が山ほどあるから……ね?」

「は……。はひ……。」

 

 有無を言わさぬ迫力がそこにあった。

 かくして“教授”は『two-Moe』史上初めてのお姫様抱っこ来店を果たしたのである。

 なお、買い出しの荷物は今日はお留守番をつとめていたラモリさんとともえとイエイヌがしっかりと運んでバイトに来ていたオオアリクイと萌絵が仕分けして冷蔵庫にしまいましたとさ。

 

 

の  の  の  の  の  の  の  の  の  の  の  の  の  の

 

 

 “教授”こと宝条和香は遠坂(旧姓宝条)春香の妹である。

 

「ってことは“教授”ってアタシ達の叔母さんだったの!?」

「そういう事になるわねえ。」

 

 驚くともえに春香は頷いていた。

 

「じゃあ、和香叔母さん?」

「すまないがその呼び方は却下だ。これでも年齢の事は割と気にしているんだぞ?」

 

 ともえの言葉に“教授”は彼女の頭を乱暴にぐしゃぐしゃと撫でていた。

 萌絵は乱れたともえの髪を手櫛で直しつつ訊ねる。

 

「それじゃあ…。和香叔母様?」

「まあ、それくらいならギリギリ…。」

「ええー!?なんか“教授”って萌絵お姉ちゃんに甘くないっ!?」

 

 今は『two-Moe』の一角に陣取って皆で談笑していた。

 春香の詰問は最初に“教授”が「子供達の前でする話だとは思わないから。」という一言で終わってしまった。

 春香としても和香が無事…。いや、無事かどうかは実際よくわからないがちゃんと帰って来たのだからそれでもよかった。

 

「しかし、本当に和香さんなのか…。なんというか、記憶の中の和香さんとは違い過ぎて…。」

 

 オオアリクイは戸惑っていた。

 ちなみに、彼女は昔に何度か和香と会った事もある。

 小さい頃から一回り年上の彼女達には何かと世話を焼いてもらったものだ。

 長い間、海外で仕事をしていたらしいが詳しい事はオオアリクイも知らない。

 

「ああ。オオアリクイ君も久しぶりだね。確か結婚したんだったか。新婚さんかな?オオアリクイ君のようなステキなレディを伴侶に得られたのならそれは幸せな事だろうね。」

 

 その“教授”の物言いに、ようやくオオアリクイもこの人物が宝条和香だ、と確信した。

 すぐにこうやって口説いているのかどうかわからない事を言い出すのが彼女の特徴でもある。

 

「そういう和香さんこそ娘がいると聞いたぞ。中々に可愛らしい子達だそうじゃないか。」

「そうだった!?実はルリちゃんってアタシ達の従妹だったんだね!」

 

 オオアリクイの言葉にともえも思い出した。

 ルリとアムールトラは宝条和香の娘という扱いになっている。という事は当然、その二人はともえ達にとって従妹である。

 

「あの…。イトコって何でしょう?」

 

 イエイヌは控えめに挙手する。

 話の腰を折るようで申し訳なかったが、訊かずにはいられなかった。

 

「えっとね、イエイヌちゃんは春香お母さんの娘でしょ。で、ルリちゃんとアムールトラちゃんは和香教授の娘。ここまでいいよね?」

 

 萌絵はメモ帳に線を描いて示してくれる。

 まず、春香の下に萌絵とともえとイエイヌの名前を書いて、上下に線を繋ぐ。同じように和香とルリとアムールトラの名前を書いて上下に線を繋いで見せた。

 

「で、春香お母さんと和香教授は姉妹。アタシとともえちゃんのお母さん達バージョンって思えばいいかな?」

 

 今度は春香と和香の間を横向きの線で繋ぐ。その線の関係が姉妹だと説明した。

 そこまでは理解できた、とイエイヌも頷く。

 そこで今度は萌絵はルリとアムールトラとイエイヌの間も横向きの線で結んだ。

 

「この間の線の関係が従妹って事なんだよ。親戚っても呼ぶかな?」

 

 何だか新しい絆のような物が生まれたようでイエイヌは目を輝かせた。

 

「じゃあ…。わたしとアムールトラとルリさんは…。」

「うん。親戚だよ。」

 

 その答えにイエイヌは尻尾を揺らした。今度会ったら教えてあげないと、と考えるとそれだけでワクワクしてくる。

 

「それで、そのルリとアムールトラの事で相談事があってね。」

 

 と“教授”が言う。

 先程取って付けたように相談があると言っていたのは本当の事だったらしい。

 

「いや、二人の誕生日に何を贈ったらいいか、というのを悩んでいてね。」

「あら。あの子達もうすぐ誕生日なの?」

 

 悩みを相談する“教授”に春香は両手をポム、と合わせる。

 なんだかんだで和香もそうした事で悩むようになったのだなあ、なんて感慨の一つも沸いて来る。

 いつも仲良くしてくれる娘達の友人だし、自分もお祝いの一つもしたいなあ、と考える春香であったが答えは斜め上だった。

 

「いいや。二人の誕生日はとっくに過ぎているのさ。しかも、今まですっかり誕生日を祝う事をしてこなかったせいで二人とも誕生日というものをよくわかっていない。」

 

 “教授”の言葉にその場の全員が半眼ジト目になった。

 ラモリさんがその場の全員を代表して一言でバッサリと言う。

 

「最低ダナ。」

「わかってる!?わかってるぅうう!?でも忘れてたものはしょうがないだろう!?っていうかこの前さんざんユキヒョウ君に怒られたよっ!?」

 

 ナイスユキヒョウちゃん、と心の中で思うともえと萌絵。

 ただ、かつてのルリの事情から考えるとそれも無理からぬ事ではあった。

 かつてルリは無意識のうちにセルリウムを生み出していたから、人里離れた場所で暮らしていたのだ。

 うっかり忘れてた事があったとしてもそれを指摘してくれる人だって周りにいなかった。

 

「その…そういうわけでね。挽回というわけでもないが近いうちに二人の誕生日を祝ってやろうと思ってね。」

「なるほど…。じゃあいっそ二人の誕生日パーティーはうちでやる?予約入れてくれたら準備するわよ。」

 

 春香の言葉に名案だ、というようにオオアリクイも頷く。何せ『two-Moe』にはお誕生日お祝いコースだってあるのだ。

 

「私も婚約祝いの時にここでお祝いしてもらったんだが、とてもよかったよ。和香さんもどうだい?」

 

 オオアリクイも『two-Moe』のパーティーコースをお願いした事があるからこそ自信をもってオススメできた。

 

「それに、私も和香ちゃんの事を怒れないわぁ。イエイヌちゃんの誕生日パーティー、今年の分をまだやってないもの。」

「へ?わたしにも誕生日ってあったんですか?」

 

 春香の言葉に突然話を振られたイエイヌは驚いた。

 なんせイエイヌがかつて暮らしていた世界には暦すらなかったのだ。誕生日なんてあるわけがなかった。

 だが、そこは春香に抜かりはなかった。

 

「もちろんあるわよ。イエイヌちゃんの誕生日はともえちゃんと萌絵ちゃんと一緒の3月24日にしたの。」

 

 イエイヌの本保護申請の段階で誕生日が不明瞭な場合は、自分たちで任意の日を誕生日としてよいとの事だったから、春香はともえと萌絵と同じ誕生日にしたのだった。

 

「お揃い、嬉しいです!」

 

 イエイヌは嬉しそうに尻尾を揺らす。

 やっぱり同じ日にしておいて正解だった、と春香も内心ほっと一安心だ。

 

「せっかくだからイエイヌちゃんの分もお誕生日会一緒にさせてもらおうかしら。」 

 

 ルリとアムールトラとイエイヌ三人の誕生日会。それは楽しそうだ。

 けれども…。

 

「いや、今回はそれは遠慮しよう。やはりルリとアムールトラには色々と世話になった。今回ばかりは主役の座を譲るわけにはいかないのさ。」

「それもそうね。せっかくの二人の初誕生日パーティーですものね。」

 

 なんだかんだで和香もちゃんと娘達の事を考えているのだなあ、と春香は嬉しくなってもいた。

 それはそれとしてイエイヌの誕生日会はせっかくだからやってしまおう、とも考えていた。

 さて、イエイヌには何を贈るか、なんて考えていたけれど、その前に決めてしまわなければいけない問題が一つ。

 

「じゃあ、和香ちゃん。ルリちゃんとアムールトラちゃんのお誕生日パーティーは自宅でやるとして…、お料理とかどうするの?」

 

 春香の指摘に“教授”はしばらく宙を見上げるようにして考え込んで、そしてやがて両手で顔を覆った。

 どうやら絶望しかなかったらしい。

 そんな“教授”に春香は苦笑。

 

「いいわ。私達で誕生日のお料理作ってあげるから。お持ち帰りにしてあげる。」

「本当かい!?さすが姉さんだ!」

 

 しゅば、と春香の両手をとる“教授”。

 これで突然降って湧いた絶望もどうにかなった。

 

「あとはケーキは?」

「ケーキだったらパンケーキとかにしちゃえば簡単だからお料理苦手な人でも作れるよね。」

 

 ともえの疑問に萌絵が提案する。

 ケーキを焼くのはかなり難しいがパンケーキならば簡単だ。

 あとは見た目を豪華にするならカットフルーツやホイップクリームでデコレートしてもいい。

 なのでこれくらいなら“教授”でも手作りできるかな、と思ったのだが…。

 

「萌絵ちゃん…。人には向き不向きがあるの…。」

「ああ…。和香さんの料理は…。うん…。その…。まあ…。うん…。」

 

 と春香とオオアリクイにかなり重々しく止められた。

 “教授”の方もそれをわかっているのか再び両手で顔を覆っていた。

 なんだか悪い事を言ってしまっただろうか?と思うともえと萌絵。ともかく話題を変えなくては、と別な話を振ってみる。

 

「それと、お誕生日のプレゼントはどうするの?」

「ああ、それなら候補はあるんだ。そちらなら手作りも出来るからね。」

 

 “教授”はジャケットの内ポケットから紙を取り出した。

 それをテーブルに広げてみせると、それは何かの設計図のようであった。

 ともえもイエイヌも春香もオオアリクイも、そしてラモリさんまでもが一見しただけでは何なのかよくわからない。

 

「萌絵ちゃん…。お願い。」

 

 春香はその設計図らしきものの解読を早々に諦めて萌絵に丸投げしてしまった。

 萌絵はしばらくの間それを眺めて…、ん?と何かに気づいてそして訊ねる。

 

「“教授”…。これって実現可能…なの?」

「ああ。いけるよ。理論上は。」

 

 と答えられると萌絵の目は輝いていた。

 そして“教授”に詰め寄る。

 

「作ろう!これ!正直女の子に贈る誕生日プレンゼントとしてはどうかと思う部分がないでもないけどそんな事関係なく作りたい!」

「若干引っ掛かる部分がないでもないけど萌絵君ならそう言ってくれると思ったよ!」

 

 ガシリ、と二人は固い握手を交わしていた。

 その様子に残る一同はほんの少しの不安を感じないでもなかった。

 しかし、こうなってしまっては二人を止める事は出来ないように思える。もうなるようになれだ。

 

「じゃあ、早速『工房』の方に行こう!」

「ああ。中々の設備と聞いているよ。実はウチには工作室がないので楽しみだ。」

 

 そして二人で遠坂家の地下工作室、通称『工房』に向かおうとした。

 春香は、和香ちゃんは萌絵ちゃんと気が合うのねえ、なんて考えていてふと気が付いた。気が付いてしまった。

 和香は一体誰から『工房』が中々の設備だと聞いたのか。

 

―ガシリ。

 

 うきうきで『工房』に向かおうとする“教授”の肩を掴んで止める春香。

 

「ねえ、和香ちゃん…?『工房』の事を誰から聞いたのかしら?」

 

 瞬間、その場の空気が凍る。

 遠坂家の地下工房の事を知っている人物は限られている。この場にいる者以外でそれを知っている人物は…。

 

「ドクター……。だナ。」

 

 諦めたように言うラモリさん。該当する人物はともえ達の父、ドクター遠坂しかいない。

 そのラモリさんの言葉に他の一同もようやく事の深刻さを理解した。

 イエイヌだけがまだ事態を理解していないのか、きょときょとと周りを見渡している。

 普段は温厚を絵に描いたような春香であるが、彼女が怒る事がいくつかある。

 その中でも最大級にヤバいのが、ドクター遠坂が他の女性にデレデレするような事態である。

 もしも浮気など疑われようものならその被害はどのくらいになるのか想像すらつかない。

 

「和香ちゃん…?」

 

 ゴゴゴゴ。

 という効果音が聞こえてきそうな雰囲気で春香がニコニコとした笑顔を“教授”に向ける。

 その場の全員が顔を青くする事しか出来なかった。

 

「い、いや。その!?通話アプリとかで話してただけだよ!?うん、直接会ったりとかはしてないからっ!?」

 

 アワワワ、と言わんがばかりに釈明する“教授”。

 ドクター遠坂は妻一筋である。

 が、春香は意外とヤキモチ妬きでもあるのだ。

 果たしてこの釈明でこの空気は何とかなるのか…。

 一同固唾を飲んで状況を見守る。

 

「和香ちゃん……。」

「は……。はひ……。」

 

 春香は両手の拳を握ると……。

 

「ずるいわ!私も和香ちゃんとお話したかったのに!」

 

 ぶんぶんと上下させてみせた。

 ついでにほっぺたまで膨らませている。

 一同、肩を落として同じ事を思った。

 

「「「「「(そっちだったかー!)」」」」」

 

 こうして“教授”は携帯番号から通話アプリのIDからメールアドレスに至るまで全ての連絡先を春香に差し出す事になったのだった。

 

 

―中編へ続く




【セルリアン情報公開:ショー・タイフーン】

 低気圧に憑りついてその特性を模倣したセルリアン。
 始めはほんの一欠けらの小さな小さなセルリアンだったが、それが風に乗って空に巻き上げられて、低気圧の中心でそれに取りついてしまった。
 そこから少しずつ、周囲のサンドスターを巻き込み捕食する事でどんどん成長していった。
 本体は低気圧の中心におり、大きな目玉のような外見をしている。
 劇中では、成長しきる前に倒す事が出来たが、さらに勢力を増していたなら『ダイ・タイフーン』に進化していた事だろう。
 『ダイ・タイフーン』に成長したら強風と豪雨で広範囲に甚大な被害をもたらしていただろう。
 また、嵐の中心にいる事から近づこうとしても強風や稲妻で攻撃してくる。
 如何にして本体を叩くかが攻略の鍵だ。
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