それから数日。
こっそりとルリとアムールトラの誕生日パーティーの準備を進めていた“教授”だったが、いよいよ決行当日となっていた。
「まずは料理…。これは姉さん達が作ってくれたから間違いはあるまい。」
宝条家のテーブルにはお持ち帰りにしてもらった包みにオードブル類が入っている。
そしてもう一つの紙箱にはバースデーケーキがホールで用意されていた。
「さらにはプレゼントも抜かりなしだ。」
綺麗にラッピングされたプレゼントボックスには丁寧にリボンまでかけられている。
こちらはこの数日間で遠坂家の『工房』を借りて作ったものだ。
楽しかったなあ、と“教授”は思い出す。
萌絵と一緒に『工房』であれこれ作業したり、差し入れにイエイヌがお茶を淹れてくれたり。
「ああ…。あとともえ君がともえスペシャルを作ってくれたな…。あれは新境地だった。」
思い出す“教授”は個性が溢れすぎてしまったともえ作のお菓子やお茶を思い出す。
「あれ…。今度また頼みにいこうかなあ…。」
“教授”は意外な事にともえスペシャルを気に入ってしまった。
あの味は何というか、新しい発想をくれそうで癖になりそうなのだ。
春香曰く、和香ちゃんは大体のものは美味しく食べちゃう子だから…、と。
その春香は特に色々と世話を焼いてくれた。
「こちらの世界の時間だと大体10年以上は会ってなかったのか。」
宝条和香が渡った世界とこちらの世界では時間の流れが違う。
結果、“教授”は姉の年齢を追い越してしまっている。
別な世界で長い時間を過ごした和香であったが、こちらの世界でも短くない時間が過ぎてしまっていた。
その間、ずっと音沙汰がなかったのだ。
和香に再会できた春香の喜びは察して余りある。
それだけに、今まで連絡しなかった事の罪悪感もないではなかった。
「まあ、それは今は置いておこう。」
これから、ルリとアムールトラの誕生日(ではないけれど)を祝わないといけないのだ。
暗い気持ちは一旦置いて二人には楽しい時間を過ごして欲しい。
もうすぐルリとアムールトラの帰宅時間になる。
せっかくだから、と今日の事は二人には内緒にしていた。ユキヒョウが協力してくれて少しは準備の時間を稼いでいるはずだ。
「さて、後はオードブルの盛り付けとかをするだけ、なんだけれども、悪いね。イリア。」
「いえいえ。姐さんのお役に立てるんでしたらこのくらい。」
宝条家で一緒に暮らしている油壷のセルリアン事イリアがテーブルの上に取り皿やらを並べていく。
彼は長い年月を生きてきたせいか、しっかりとした知性を持ち合わせている。
油壷に生えた蜘蛛のような手足を器用に操ってお持ち帰りしてきた料理を盛り付けていく。
イリアとしても“教授”にこの手の作業をさせると大惨事を招きかねない事を理解していた。
「さて…。準備としてはこんなものだろうか…?」
「いやあ。あっしも人間達の宴の事にはとんと疎いもんで…。」
“教授”は一通り周りを見渡してみるが何か足りない気がしていた。
首元にチェーンで繋いだネックレスにつけている二つのメモリークリスタルをしばらくの間眺めて考える。
一体何が足りないんだろう…、と。
「飾り付け…だろうか?」
遠い記憶を掘り起こしてみると、そんな記憶がある。
しかし、今から飾り付けを施そうにもモノもなければ時間もない。
何か対策を考えるか、と“教授”は腕組みして思考する。
と……。
―ピンポーン。
とチャイムが鳴った。
早くもルリ達が帰宅してしまったかと思うがすぐにそうではないとわかった。
ルリ達ならチャイムなど鳴らさない。
しかも、これはマンション外からの来客だ。
一体誰だろう?と思いつつも“教授”はインターホンのモニターを確かめる。
するとそこに映されていたのは……。
「エゾオオカミ君?」
…だった。
彼女もゲストとして呼んでいたのだ。一人だけ随分早い到着になってしまったな、なんて思っていたら、モニターの中のエゾオオカミは紙袋を掲げて見せた。
『きょうじゅー。ユキヒョウから届けモンだぜー。どうせ飾り付けの事なんてすっぽり頭から抜け落ちてるだろうから持ってってやれってさー。』
“教授”とイリアは顔を見合わせてから苦笑する。
「どうやらユキヒョウ君にはすっかりお見通しだったらしいね。また頭が上がらなくなりそうだ。」
「ユキヒョウの姐さんには尻に敷かれておくのが正解じゃねーですかね。」
違いない、と“教授”はもう一度苦笑。
早速エゾオオカミを招き入れるべく、入場許可を出す。
これで飾り付けが出来なかったでは、またユキヒョウを怒らせてしまう事になりそうだ。
思えば、今日の大分遅れた誕生日パーティーだって彼女に焚き付けられた結果なのだ。
しっかり祝ってやる事が彼女への感謝にも繋がるだろう。
そうこうしていたらエゾオオカミもやって来た。
「よっしゃ。ユキヒョウが時間を稼いでくれてるうちに飾り付けもやっつけちまおうぜ。」
エゾオオカミを加えた三人で部屋に飾り付けを施していく。
彼女の持ってきてくれた紙袋には金銀色のキラキラしたテープや発光ダイオードなどが入っていた。
エゾオオカミは手際よくテーブルの縁に発光ダイオードを取り付けて、さらに金銀色のテープを上から被せる。
ついでに余ったテープで椅子の縁なんかも飾り付けてやればテーブル周りだけでも華やかになった。
その手際に“教授”も感心しきりだ。
「へえ。上手いものだね。」
「商店街のイベント事の飾り付けだって手伝ってきたからな。このくらいならお茶の子さいさいってもんだぜ。」
エゾオオカミが意外な器用さを発揮してくれたおかげで思った以上に体裁は整った。
あとは主役の登場を待つばかりだ。
「ああ、そういやあ、ケーキに立てるロウソクも持ってきたぜ。」
「何から何まですまないね。助かるよ。」
それならば、今のうちにケーキにロウソクを立ててそちらも準備しておくか、と思った矢先…。
―フヨフヨ…。
とどういうわけかケーキ箱が宙に浮いていた。
これには“教授”もイリアもエゾオオカミも驚きの表情を浮かべる。
「なあ、“教授”……。また何か変な発明品でも作ったのか…?」
「いや。さすがに空飛ぶバースデーケーキなんて作る発想はないよ。ともえ君でもあるまいし。」
―スゥ……。
エゾオオカミと“教授”が戸惑っているうちに宙に浮いていたバースデーケーキの紙箱は目の前で忽然と消えてしまった。
こんな不可解な事が起きるのは“教授”の発明品以外では思い当たる節は一つ。
「セルリアン…。」
「だな。」
“教授”の呟きにエゾオオカミが頷いて見せる。
ぷるぷると肩を震わせる“教授”。
そこに浮かんだ感情は怒りであった。
感情のままに右腕のみをセルリウムで覆い異形の巨腕へと変じようとした刹那…。
「待てよ。そんな事をしたらパーティーどころじゃなくなるだろ。」
エゾオオカミに肩を掴んで止められた。
ハッとする“教授”。
確かに、今、軽く腕をひと薙ぎすれば、こんな事をしでかしたセルリアンを消し飛ばすのだって容易だろう。
けれど、せっかく用意した料理もプレゼントも飾り付けも部屋ごと吹き飛ばしてしまっていたに違いない。
その逡巡の間に、部屋の扉が開く音がする。
おそらく見えない何かが部屋を出て行ったのだろう。
きっとエゾオオカミの持つキラキラの飾り付けに微かな“輝き”を見て引き寄せられてここまで来て、もっといい餌を見つけてしまったのだろう。
このマンションは外から中に入るにはある程度の手続きが必要だが、中から外に出る分にはフリーパスなのだ。
つまり、バースデーケーキ泥棒をこのまま逃がすしかないという事だ。
せっかく春香が焼いてくれたケーキなのに…。
それに、バースデーパーティーなんて無縁の別世界で長い時間を過ごしていたせいで、うっかりルリとアムールトラの誕生日を祝う事を忘れてしまっていたけれども、二人の事を大切に思ってないわけじゃないのだ。
だとういうのに“教授”には今まさに見えない何者かに持ち去られようとしているケーキを無事に取り戻す手段はなかった。
「むぅうぅうううう!」
結果、“教授”の感情は限界を突破してしまった。
ほっぺを膨らませ、両手をぶんぶんする。その仕草は春香にそっくりだった。
「いや…“教授”…?キャラ変わってんぞ…。」
「いや、どっちかって言うとこっちが素なんじゃねーですかね。」
「そこぉ!?余計なお世話だよっ!?」
そんな様子をヒソヒソと見守るエゾオオカミとイリアに“教授”のツッコミが入った。
が、そんな場合ではない。
「どどど、どうしよう…!?お姉ちゃんのケーキ取り返さないと…!」
“教授”は相変わらずキャラが戻らずに慌てていた。
その彼女の肩をポム、と叩いた者がいる。
エゾオオカミだった。
「“教授”…。おちつけー。」
これが落ち着いていられるか、と言いたい“教授”だったが慌て過ぎて上手く言えないでいた。
「なあ、“教授”。ここは木の実探偵の出番じゃないか?」
ふふーん、とドヤ顔で自分に親指を突きつけるエゾオオカミ。
「木の実探偵の特技は探し物なんだぜ。」
エゾオオカミが“探偵の勘”と呼んでいる能力がある。
それはエゾオオカミの元動物の特徴に由来するものだ。
その片鱗を残している彼女は“探偵の勘”に従って探し物をすればいつの間にか目的を果たしている事が多い。
「だからさ。“教授”は家でルリとアムールトラを待っててやれよ。」
願ってもいない申し出だ。
“教授”の力は凄まじいものがあるがこうした状況には不向きでもある。
エゾオオカミに任せるのが適任に思えた。
ならば、彼女は探偵なのだ。それなりの作法というものがあろう。
そう思った“教授”はそれを果たす事にした。
「わかった。依頼しよう、木の実探偵エゾオオカミ君。あいにく木の実の持ち合わせはないから、これでも構わないかい?」
“教授”は爪楊枝を刺したオードブルの唐揚げを一つ彼女に差し出す。
エゾオオカミはニヤリとすると、そのままパクリと一口でそれを食べてしまった。
まだほのかに温かみの残っている唐揚げを飲み下して…。
「美味いな、これ。」
「だろう。」
と、二人して笑いあう。
だが呑気に唐揚げを味わっている場合でもない。
「じゃあ、バースデーケーキを取り返す依頼は確かにこの木の実探偵エゾオオカミが引き受けた。」
「頼みやしたぜ!エゾオオカミお嬢!」
イリアにも頷き、エゾオオカミは部屋の外へと飛び出していく。
ポケットに“リンクパフューム”が入っている事をしっかりと確認して。
の の の の の の の の の の の の の の
部屋の外へと飛び出したエゾオオカミ。
共用通路にはセルリアンらしき気配はしない。
これは急がないとまずいか。
エゾオオカミは一度周囲を見渡し、人影がないのを確認。ポケットから“リンクパフューム”を取り出す。
「リンクハートっ!メタモルフォーゼッ!」
そして、“リンクパフューム”の中身を両手、両足、と振っていくと、 彼女の身体がサンドスターのキラキラとした輝きに包まれる。
「リンクエンゲージ!ニホンオオカミスタイルッ!」
叫びと同時にエゾオオカミを覆っていたサンドスターの輝きが晴れた。
茶色の長い毛並みと、同じ色のブレザー。そしてピンクのチェック柄のミニスカート、ふさふさのオオカミ尻尾とピンと立ったオオカミ耳のフレンズがそこに現れる。
エゾオオカミは変身を果たすとすぐに周囲の匂いを探る。
変身した事で身体能力だけでなく、感覚器官も鋭敏になっている。
おかげで匂いを辿る事だってお手の物だ。
セルリアンの匂いは共用通路を越えて外へと続いている。
なので、エゾオオカミも転落防止用の壁と手すりを乗り越えて外へ身を躍らせた。
ここは4階。
普通なら無事では済まない高さだが…。
―タンッ
変身したエゾオオカミはマンションの壁面を蹴ってジクザグに降りていく。
そしてついに両手両足で着地。
身体を確かめてもダメージは残っていない。
「やっぱすげえな。」
と自身の身体に感心している場合ではない。周囲の匂いを辿ればセルリアンの匂いは路地裏の方へ続いている。
エゾオオカミはそちらへと駆け出した。
変身した今だと匂いがよくわかる。
ケーキの匂いとセルリアンの匂い。双方がハッキリと残っているから追跡は朝飯前だ。
「匂いが強くなってきた…!」
路地裏に入るとどんどんセルリアンに近づいている実感が湧いてくる。
「いるな。」
そう確かに確信できる。
だが匂いはすれども姿は見えない。
つまりそういう能力のセルリアンなのだろう。
「さて…。どうしたもんかな。」
この辺りにいるのは確実だ。
けれど正確な場所がわからない。闇雲に攻撃したらうっかりバースデーケーキにも被害が及んでしまうかもしれない。
エゾオオカミは思考する。
相手は決して強力なセルリアンじゃない。
もしもそうじゃなかったなら近くに来ていた時点で何か気配がしていたはずだ。
そして、逃げ出すようにケーキだけを持ち去った事も、そうしなければならない程度の力しか持っていないという事なのではないか。
「だったら……!」
エゾオオカミは大きく息を吸い込むと…。
「あぁぁおぉおおおおおおおおん!!」
と遠吠えで“天上ぶち抜きボイス”を発動させる。
それは攻撃力を引き上げるバフ技なのだが、今欲しいのは攻撃力ではない。
こうして、攻撃の意思を見せる事でほんの少しでも相手が怯んで身じろぎすればそこに気配の揺らぎが生まれるはずだ。
「さあて、お前がビビれば俺の勝ち。お前がビビらなければそっちの勝ちだぜ。」
毛を逆立てて今にも攻撃を仕掛ける体勢をとるエゾオオカミ。
しっかりと周囲の気配を探るのを忘れない。
彼女の言う通り、この勝負は単純だ。
ビビるか、ビビらないか。
ただそれだけだ。
「!!」
ほんの少しだけれど、空気が動いた。
セルリアンと、そしてケーキの匂いもそこからしている。
「見つけた!」
ダンッ!と音を立ててそちらへ疾るエゾオオカミ。
だが、今はまだ攻撃出来ない。
何せケーキの位置を把握していない。
だが、これでいい。
―バサァ!
と羽音がした。
そう。
こうなった以上、セルリアンはなりふり構わず逃げ出すしかないのだ。
しかし、動けば動いた分だけエゾオオカミには状況が手に取るようにわかる。
どうやら相手は鳥のようなセルリアンであるらしい事も。
そして、ケーキ箱をその足で掴んで吊り下げているらしい事も。
たとえ見えなくても完全に把握できた。
「どうやら俺の勝ちだったみたいだな。」
エゾオオカミは飛び立ったセルリアンが逃げ出すよりも早く、それを右手で捕まえていた。
そして、取り落としたケーキ箱を左手でキャッチ。
願わくば中身が崩れていない事を祈るのみだ。
あらためて右手を見ると、ちょうどソフトボールくらいの大きさの毛むくじゃらなセルリアンがそこにいた。
毛むくじゃらな身体の奥に一つ目があって鳥のような翼が生えている。今はエゾオオカミの手の中で翼を羽ばたかせてジタバタとしていた。
「さて…。それじゃあ…。」
放っておけばきっとまたどこかで悪さをしてしまうのだろう。
そのまま逃がす事は出来ない。
エゾオオカミはセルリアンを捕まえたその手に力をこめようとした、まさにその瞬間…。
―グゥウウキュルルルルル…。
と、盛大にそのセルリアンの腹の虫が鳴った。
「わかったわかった。腹空かしたヤツを問答無用でパッカーンってのも寝覚めが悪そうだ。」
右手のセルリアンに視線を落とすエゾオオカミ。
「なあ…。お前、ちゃんと大人しく出来るか?」
それにセルリアンは何度も頷くような仕草をしてみせた。
「んじゃあ、帰ろうぜ。料理はかなりの量だったからお前ひとり増えたってなんとでもなるだろ。」
右手にセルリアン、左手にケーキの紙箱を持ったエゾオオカミは取り敢えず宝条家に戻る事にした。
「そういやぁ、お前、名前なんて言うんだ?」
右手の中のセルリアンはキュウキュウ、と妙な鳴き声をあげるばかりだ。
多分、こちらの言う事を理解する事は出来るけれども、言葉までは話せないのだろう。
それを理解したエゾオオカミは、まあいいか、と名前を聞くのを諦めた。
だが、セルリアンの方は何か言いたそうにしている。
何となくだけれど、エゾオオカミには何を言いたいのかわかったような気がした。
多分、セルリアンはこう言いたいのだろう。
―そっちは何て言うの?
と。
だが、エゾオオカミにはまだ名乗るべき名前がない。
数日が経った今でもまだ変身後の名前は決まっていないのだ。
しばらく迷ったエゾオオカミだったが、ちょうどいい機会か、と思い直す。
いつまでも自分の名前決めでルリ達を迷わせるわけにもいかない。
ここは鶴の一声で決めさせてもらおう。
ちょうど、候補に考えていた名前の中でちょうどよさそうなのが出来ていた。
それはウルフアイという天然石から色々連想を繋げていった名前であった。
「俺は…クロスアイズ。通りすがりの正義の味方、クロスアイズって呼んでくれ。」
天然石にはタイガーアイや猫目石などの動物の瞳に例えられる石も多い。
そして、クロスハートのハートに対して瞳を表すアイズも悪くないと思っている。
チームクロスハートにもクロスジュエルチームにも両方に配慮した名前でもあった。
まあ、何はともあれ、新ヒーロー、クロスアイズの初戦果でもある。
こうして、エゾオオカミ改めクロスアイズは初の戦果であるセルリアンと取り戻したバースデーケーキと共に宝条家への道を戻るのだった。
―後編へ続く
【ヒーロー紹介:クロスアイズ】
パワー:B スピード:B 防御力:B 持久力:S
必殺技:天井ぶち抜きボイス
エゾオオカミが“リンクパフューム”の力を借りて変身したヒーロー。
茶色のブレザーにチェック柄のミニスカート。そしてスカートと同じ柄のネクタイを締めている。
ニホンオオカミのメモリークリスタルから力を借りている為、その格好もニホンオオカミに似ている。
また、嗜好もニホンオオカミに似てしまうのか、変身後はやけにマヨネーズを食べたくなってしまうのも特徴の一つだ。
必殺技の天上ぶち抜きボイスは攻撃力を引き上げるバフ技である。