けものフレンズRクロスハート   作:土玉満

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第16話『水面の絆』(中編)

 

 

 夏の暑さはますます強さを増して真夏日となっていた。

 そんな中で、ともえ達応援団のパフォーマンスは思わぬ悪影響を及ぼしてしまった。

 それはあまりにも盛り上がり過ぎた一部の生徒がのぼせてしまったのか、熱中症のようになってしまった事だ。

 不幸中の幸いで大事には至らず、数人の他校生徒を保健室に運ぶだけで済んだ。

 選手ではなく、応援の生徒達だったので大会運営にも支障はない。

 

「まぁ、この陽気じゃ。無理もあるまい。」

「そうだね。この後も一応気を付けておこうね。」

 

 体調不良を訴えた他校生徒を保健室に案内した二人、ユキヒョウとルリはお互いに頷き合う。

 先程までチアリーディングでパフォーマンスをしていた二人は未だチアガール衣装のままだった。

 二人は万が一の怪我や具合が悪くなった人が出た時の為に救護班にもなっている。

 そんな二人が保健室に案内するのは先程のパフォーマンスで熱気を帯びてしまった生徒達には逆効果な気がするがまあ仕方ない。

 運んでいった先で待機していた養護教諭にも苦笑されてしまった。

 一度に複数の生徒達が来訪したので養護教諭もルリとユキヒョウに手伝いをお願いしていた。

 ようやく生徒達の処置が落ち着いて、二人が戻る頃には水泳大会もかなり進行してしまっている様子だった。

 

「応援の方はともえさん達がいるからきっと大丈夫だよね。」

「うむ。なんだかんだでこういう時には決めてくれる御仁じゃ。心配なかろう。」

 

 言いつつ校舎内を連れ立ってプールへと戻るルリとユキヒョウ。

 応援団の方から二人が抜けてしまったけれど、ともえ達ならば心配はあるまい。

 ユキヒョウの胸元にはつい先日“教授”からプレゼントされた雪の結晶を模したペンダントがつけられていた。

 

「それにしても…。これ凄いのう。これがなかったら、わらわも熱中症になっていたかもしれぬ。」

 

 それはパーソナルエアーコンディショナーという一人分の空間の気温を冷やしてくれるものだった。

 細かな調節は出来ない事を除いても夏の暑さを苦手とするユキヒョウはこれを随分と気に入っていた。

 

「むぅ…。母上の分も頼んでみようかのう…。」

 

 やはりユキヒョウの母親も同じくユキヒョウのフレンズだから夏の暑さは苦手としていた。

 現段階では商品化は無理でも同じものを作るのは出来そうな気がする。

 

「そういえば、ユキさんのお母さんと会った事なかったね。会ってみたいなあ。きっとユキさんに似て美人さんなんだよね。」

「うむ。自慢の母上じゃ。中々に忙しい人じゃから紹介する機会がなかったがのう。」

 

 ルリとしてはユキヒョウにこんなにもお世話になっているのだ。

 一度くらいお礼を言いたい。

 その手土産にパーソナルエアコンを“教授”にねだってみるのもいいような気がしていた。

 

「それはともかくとして、急げば最後の競技にくらいは間に合うかもしれぬな。」

 

 まずは、ユキヒョウのお母さんについては一旦置いておいた方がよさそうだ。

 養護教諭の手伝いですっかり時間を取られた二人。もう水泳大会は最後の競技であるメドレーリレーの時間になっていた。

 足を速める二人の耳にプールからの歓声が聞こえて来た。

 どうやら競技は盛り上がっているようである。

 が…。

 

―きゃぁああああ…。

 

「これは歓声というよりも…。」

「悲鳴…、じゃのう…!?」

 

 それに気づいた瞬間、ルリとユキヒョウは走り始めた。

 

 

の  の  の  の  の  の  の  の  の  の  の  の  の  の

 

 

 時間はまたまた遡り、水泳大会は女子50m自由形が開始しようとしていた。

 会場は緊張に包まれている。

 プールサイドでは今まさにジャパリ女子中学水泳部キャプテンのドルカがスタート台に登ろうとしていた。

 さらにその隣は色鳥東中学校の1年生エースが陣取っている。

 アップの練習水泳にすら参加していない全く謎の選手だが、どうやら相当速いらしい。

 それもそのはず、謎の1年生エースはイルカ系フレンズの特徴を持っていた。

 1年生でレギュラーの座を勝ち取っているだけでも、その実力の程が伺い知れる。

 

―ピッ、ピッ、ピッ、ピィイッ!

 

 ホイッスルの音と共に選手達が一斉に飛び込み台に登る。

 

「位置について!……用意!」

 

 全員が飛び込み台の上で身体を折り曲げ弓を引き絞るように力を溜める。

 誰もが固唾を飲んでスタートを待つ。

 それはジャパリ女子中学校応援団長のともえも一緒だった。

 自分がスタートを切るかの如く集中している。

 後ろに控える応援団メンバーと水泳部員たちにもポンポンを下にさげて、待ての合図を出し続ける。

 スタートの邪魔になっては応援の意味がない。

 タイミングを計るのは重要な事だ。

 そして…。

 

―パァン!

 

 スタートピストルが鳴ると同時、選手全員が綺麗なスタートを切った。

 と同時、ともえもポンポンをバサリと翻して全員に合図を出す。

 

「「「「「「「せぇーい!!」」」」」」」

 

 選手たちが着水と同時に声援が一斉に上がる。

 スタートから突出していたのは色鳥東中学校のマセルカだった。

 ジャンプからして一段他の選手よりも遠くへ着水していた。

 マセルカリードで始まった女子50m自由形。その後ろについているのはジャパリ女子中学のドルカである。

 二人とも潜水からのドルフィンキックを終えてクロールのストロークに入る。

 ここからがジャパリ女子中学校応援団の見せ場だ。

 再びポンポンをバサリと翻して応援団に合図を送るともえ。

 イエイヌ、かばん、サーバル、アライさん、フェネック、アムールトラがそれに応えた。

 

「「「「「「「いっけー!いけいけ!いけいけドルカ!」」」」」」」

 

 7人でピッタリとタイミングを合わせてコール。

 何せ一緒にセルリアンと戦ったヒーロー達だ。この程度のタイミング合わせくらい朝飯前だ。

 1度目のコールを終えたともえは控えていた残る応援団と水泳部員にポンポンを高く掲げて合図する。

 

「「「「「「「「「「「「「「「いっけーいけいけ!いけいけドルカ!」」」」」」」」」」」」」」」

 

 応援団のキタキツネ、ギンギツネ、アオイ、ヘビクイワシたちが率いる水泳部の面々が続いてコールを追いかける。

 水の中で声援が届きづらい対策に、とチームを分けて人海戦術をとった。

 おかげで、かどうかはともかく、ドルカがどんどんとマセルカに追いついていく。

 バサリ、と今度はマントのように羽織った学ランを翻したともえはイエイヌ達を率いて続けてコールする。

 

「「「「「「「おっせー!押せ押せ!押せ押せドルカ!」」」」」」」

「「「「「「「「「「「「「「「おっせー!押せ押せ!押せ押せドルカ!」」」」」」」」」」」」」」」

 

 確かにマセルカも速いがドルカにだって有利な点がある。

 それはホームグラウンドでの戦いである事だった。

 加えてこの大声援である。

 

「(なんかいっつもより調子いいかも!)」

 

 ドルカも声援に押されて身体に力が湧いてくるようだ。

 それにドルカだって3年間、プールに青春を捧げて来たのだ。1年生には負けられない。

 いよいよ25m地点のターンが近づいて来た。

 女子50m自由形は事実上ドルカとマセルカの一騎打ちとなって来た。

 他の選手を大きく引き離して、ほぼ二人同時にターンに入る。

 ターンまではほぼ互角。

 しかし、ターンの伸びはほんの少しマセルカの方が上だった。

 再びマセルカがトップに躍り出る。

 しかし、残り25mを切った事で応援のコールが変化した。

 

「「「「「「いけいけドルカ!」」」」」」

「「「「「「「「「「「「「「「「いけいけドルカ!」」」」」」」」」」」」」」」

「「「「「「押せ押せドルカ!」」」」」」

「「「「「「「「「「「「「「「「押せ押せドルカ!」」」」」」」」」」」」」」」

 

 ペースの上がった声援にドルカもまた速度を上げた。

 マセルカを抜いては抜き返され、一進一退の攻防が続く。

 あっという間にゴールが近づいて来た。

 果たしてゴールに先に辿り着いたのは……。

 

―わぁあああああ!

 

 と歓声が上がる。

 ほんのタッチの差ではあったが勝ったのは…。

 

「1着。ジャパリ女子中学ドルカ君。」

 

 であった。

 応援団と水泳部の皆に手を振るドルカ。応援団も声援で答える。

 一方のマセルカは悔しそうだった。

 

「ぐ…。くやしぃいいいいいいい!マセルカが泳ぎで負けるなんてっ!」

 

 マセルカは隣のコースで喜ぶドルカを睨みつける。

 彼女とは確かこの後のメドレーリレーでもう一度対決の機会があるはずだ。

 

「今度は…!今度は負けないんだから…!」

 

 雪辱に燃えるマセルカの頭の中からは水筒に入れて連れて来た、あの小さなセルリアンの事はすっぽりと抜け落ちているのだった。

 

 

の  の  の  の  の  の  の  の  の  の  の  の  の  の

 

 

 その後もジャパリ女子中学校水泳部は続々と好成績を残していった。

 何人もの選手達が自己新記録を更新していた。

 応援に来ていた他校の水泳部から何人か熱中症と思しき体調不良を訴える子が出たが、大事には至らずにつつがなく大会も進行していた。

 そして、ジャパリ女子中学校応援団も体調不良の生徒達を保健室に案内する為、救護班を兼任していたルリとユキヒョウが応援団から抜けるというアクシデントはあったものの、好評を博していた。

 もしもルリとユキヒョウの二人が残っていたなら、きっと色鳥東中学校の1年生エースがセルリアンフレンズだと気づいていたはずだ。

 なんせ二人は変身前のセルリアンフレンズとも会っていたのだから。

 ちなみにもう一人、変身前のセルリアンフレンズ達と出会っていたエゾオオカミは運動部である為、応援団には参加していない。

 なので、マセルカの正体に気づく者は誰もいなかった。

 

「さあ!みんな!後は最後の競技、メドレーリレーだよ!」

 

 応援団長のともえの声に全員が「おおー!」と気勢をあげる。

 快進撃を続けたジャパリ女子中学のボルテージは上がりに上がっていた。

 自習をサボって観戦に来ていた演劇部のコイちゃんもノリノリで応援に加わる始末だ。

 

―ピッ、ピッ、ピッ、ピィイイイイ!

 

 ホイッスルの号令と共に各校メドレーリレーの一番手、背泳ぎの選手たちが入水する。

 

「位置について!……用意ッ!」

 

 再び会場が緊張に包まれる。

 

―パァン!

 

 スタートピストルの号砲が鳴って…

 

「「「「「「「「「せぇーい!」」」」」」」」

 

 各選手のスタートと同時に応援の声援が上がる。

 メドレーリレーは白熱の展開を見せた。

 各校とも横並びの激しいデットヒートが繰り広げられる。

 しかし、徐々に突出を始めるのはやはりこの2校だった。

 応援団の大声援を背にしたジャパリ女子中学と、マセルカにばかりいい格好はさせられない色鳥東中学だ。

 背泳ぎの選手から平泳ぎ、バタフライの選手へとリレーを繋いでいって、現在のトップはジャパリ女子中学だった。

 

「ドルカ!」

「うん!」

 

 そのままトップでアンカーのキャプテン、ドルカへとバトンを繋ぐ。

 ドルカが綺麗な飛び込みから着水と同時にやや遅れて色鳥東中学校がアンカーのドルカにバトンタッチ。

 

「ごめん!」

 

 雪辱に燃えるマセルカに何とか有利な形でスタートを切らせてやりたかったが、それが果たせなかった。

 けれどもマセルカはニヤリと不敵に笑っていた。

 

「大丈夫!余裕!」

 

 この程度の差なら充分射程圏内だ。それに、この差をひっくり返してこそ、雪辱を果たせるというものだ。

 例え“アクセプター”の出力を最低に落としていたとしたって、泳ぎで誰かに負けるのはイヤだ。

 マセルカは猛烈な追い上げを見せてドルカに迫る。

 最後のターンはほぼ同時となった。

 

「「「「「「いけいけドルカ!」」」」」」

「「「「「「「「「「「「「「「「いけいけドルカ!」」」」」」」」」」」」」」」

「「「「「「押せ押せドルカ!」」」」」」

「「「「「「「「「「「「「「「「押せ押せドルカ!」」」」」」」」」」」」」」」

 

 応援団も最後の力を振り絞って精一杯の声援を送る。

 横並びのままゴールへと突き進むドルカとマセルカ。

 勝つのはドルカか。

 それともマセルカか。

 二人の手がゴールへと伸びる。

 その手がゴールへ届いた瞬間、会場は水を打ったように静まり返った。

 

「どっち…?」

「さあ…?」

 

 誰かの呟きはそのままその場にいる全員の総意だった。

 それほどに際どいタイミングで誰もがどちらが勝ったのかわからず戸惑っていた。

 その間に他の選手も続々とゴールしていく。

 だというのに、まだ着順発表のアナウンスはない。

 ゴールラインを見守っていたラッキービーストとラモリさんの二人がセンサーアイを明滅させてデータを交換。

 お互いのデータを参照しあった。

 結果、勝者は…。

 

「1着、ジャパリ女子中学!」

 

―わぁあああああああああああっ!

 

 会場が歓声に包まれる。

 ほんの爪の差程度ではあったが、わずかに早くゴールにタッチしていたのはドルカだった。

 ドルカが手を振って歓声に応える。

 対するマセルカは呆けていた。まさか二度も自分が負けるなんて…。

 そこに、色鳥東中学の選手達がプールに飛び込んで来た。

 

「ごめんねぇえええええええ!?」

「へ!?」

 

 マセルカは他のリレーメンバーに揉みくちゃにされていた。

 

「せっかくっ!せっかくマセルカちゃんが頑張ってくれたのに…!」

「私たちが遅れてなかったら!」

「そうだよ!マセルカちゃん負けてなかったよう!」

 

 何故かリレーメンバーの方が悔し涙を流している。

 そんなに悔しがられると自分は悔しがれないではないか。

 そう思ったマセルカがふと気づいてみれば、勝負に負けたというのに不思議と悪い気分はしていないのだった。

 

「(なんでだろ…。)」

 

 そう思って、自分を二度も破ったドルカの方を見れば彼女はチームメイトに引っ張り上げられてプールから上がっていた。

 その姿を見ても、怒りも何も暗い感情は湧いてこない。

 むしろ晴れ晴れとした気分ですらある。

 

「もう。みんな。マセルカ達もプールから上がろう?ね。」

 

 いつまでも悔し涙を流しているわけにもいかない。

 マセルカは自分がこんな気分なのは置いておいてプールから上がろうとプールサイドに手を掛ける。

 と、その手を掴んでくれた者がいる。

 そのまま凄い力で引っ張り上げてくれた。

 

「ありがと……。って…へ?」

 

 プラーン、と中空に吊るされるような格好になったマセルカ。

 マセルカの目の前には人の背丈ほどもあるイカによく似た謎の生物がいた。

 それが足の一本を使ってマセルカの手を引っ張り上げたのだった。

 

「あ…。」

 

 ここに至ってマセルカはようやく思い出した。

 自身が水筒に入れて連れて来た、あの小さなセルリアンの事を。

 そして会場も突然あらわれた巨大イカに一度静まり返った。 

 直後…。

 

―きゃぁあああああああああ!?

 

 会場に悲鳴が響き渡る。

 突然の巨大イカの出現に生徒達も混乱していた。

 その間にマセルカを捕らえた巨大イカのセルリアンは彼女ごとプールへと飛び込んでいた。

 この事態に素早く動いた者が何人かいた。

 そのうちの一人はアオイである。

 アオイはプールサイドに駆け寄るとまだプールの中にいる色鳥東中学校のリレーメンバーに叫んだ。

 

「水から出て!早く!」

 

 そして手を伸ばすと彼女達を引き上げはじめた。

 

「皆さん、出来るだけプールから離れて下さい!」

 

 教師の星森ミライもまずは皆をプールから遠ざけようと声を張り上げた。

 プールというのは基本的に出入り口は少ない。ジャパリ女子中学のプールも例に漏れず、出入り口は一箇所しかなかった。

 出来る事なら生徒達を避難させたいが、パニックを起こした生徒達が出口に殺到したらそれだけで大事故に繋がる恐れがある。

 いったんプールから生徒達を離して落ち着かせるのが先だろう。

 それにマセルカだって心配だ。

 水の中に引きずり込まれた彼女はいま、恐慌をきたしているはずだ。

 そうなれば水を飲んでしまい、溺れてしまう。

 マセルカも心配だが、今はプールサイドにいるアオイと色鳥東中学校のリレーメンバーをプールから遠ざけるのが先だ。

 ちょうど、アオイがマセルカを除くリレーメンバー全員をプールサイドに引き上げたところだ。

 ミライはそちらに向かって走ろうとして…。

 

―ザパァアアン!

 

 と、水の中から長い足がアオイに向けて伸ばされるのを見た。

 まるでスローモーションのようにアオイは自身に向けて伸ばされるイカの足を眺めていた。

 捕まればきっと水の中に引きずり込まれる。

 そうなればいくら水を司る青龍神社の娘であろうと、溺れるのは必至だ。

 かといって、この足をかわす事だって不可能だ。

 アオイは諦めと共に目を固く瞑った。

 自身の身体に何かが巻き付くのがわかった。

 が、いつまでも水の中に引きずり込まれる事はなかった。

 何故、とアオイが目を開けるとそこには意外な光景が広がっていた。

 なんと人面魚のフレンズであり彼女の姉ともいうべきコイちゃんが、まるで綱引きのようにイカの足を引っ張っていたからだ。

 

「ふぎぎぎぎぎ。」

 

 必死にイカの足を引っ張っているコイちゃん。

 このままではコイちゃんまで水の中に引きずり込まれてしまう。

 

「コイちゃん姉さん!手を離して下さい!」

「やだぁ!」

 

 なんで、とアオイは思う。

 このままじゃ二人とも…。

 せめてコイちゃんには助かって欲しい。

 だって彼女には無限の可能性があるんだから。

 きっと何にだってなれるんだから。

 自分なんかに仕える事はないのだ。

 その想いを込めてアオイは

 

「なんで…。」

 

 と問うた。

 

「そんなの決まってるじゃない!アオイちゃんがいない人生なんてコイちゃんには考えられないもん!」

 

 しかし、無情にもコイちゃんの体力も限界だった。

 この綱引きは当然のようにイカのセルリアンの勝ちだった。むしろ今までよく耐えたものだ。

 二人まとめて水中に引きずり込まれる直前…。

 

―スパァアアアアアン!

 

 と小気味よい音を響かせて二人を捕らえていたイカの足が細切れになった。

 続いて、

 

―ズシャシャァ!

 

 と滑るようにして制動をかけたのはヒョウ柄のミニスカートに白のブラウス。大きな耳と猫科の尻尾をもったフレンズだった。

 彼女の爪がサンドスターの輝きを放っている。

 イカの足を細切れにしたのはその自慢の爪だった。

 

「クロスシンフォニーだ…。」

 

 最近、巷で噂のヒーローがまさか本当に現れるとは…。新聞部の取材でやって来ていた奈々は驚きを通り越して呆けてしまった。

 そして、空中に放り投げられたアオイとコイちゃんをキャッチしたのは…。

 

「クロスナイト!」

 

 であった。

 ギンギツネがその名を叫ぶ。ちなみに彼女はクロスナイト派である。

 クロスナイトはアオイとコイちゃんをプールサイドに降ろすと、腰までの短いマントを翻して背中に彼女達を庇う。

 

「お二人は離れていて下さい。」

 

 今あらわれた二人は、プールに皆の注目が集まっているうちに物陰で変身したのだった。

 ちなみに、アムールトラは変身するのに着替えが必要だったのでまだ登場できていない。

 しかし、それを除いてももう一人、クロスハートはどうしたのだろう?

 

「ねえねえ、ギンギツネ。クロスハートは来ないの?」

 

 キタキツネもそれが気になったのかクイクイとギンギツネのチアガール衣装を引っ張って訊ねる。ちなみに彼女はクロスハート派なのだ。

 それにはギンギツネも当然答えられなかった。

 しかし、答えは意外なところから返って来た。

 萌絵がす、っとプールの飛び込み台を指さす。

 そこには不思議なフレンズがいた。黒髪がわずかな毛並みの違いで綺麗な模様を描いている。

 そして頭には水棲動物のフレンズの特徴であるヒレやエラと共に横向きにホラー調のお面を付けていた。

 着ている衣装も中々に際どい。

 なんせ、丈の短いミニ浴衣を肩まで着崩しているのだ。

 

「クロスハートだ!クロスハートだよ!ギンギツネ!」

「相変わらずね…。」

 

 大喜びのキタキツネに対してギンギツネはちょっとばかり呆れていた。

 いくらなんでも今回の衣装は際ど過ぎじゃあありませんか、と。

 萌絵も一足先に今回の新変身フォーム、人面魚フォームを見て最初は人前に出るのを止めた。

 中にワンピースタイプの水着を着ていなかったら他のフォームにしてもらうよう説得するところだった。

 見ている方としては、黒い模様の入ったミニ浴衣から色々と見えてしまいそうでドキドキしてしまう。

 ですが安心して下さい、着ています。水着を。

 なので健全です。

 それに今回はこの新フォームでなくては出来ない事がある。

 それは…。

 

「今行くからね!」

 

 人面魚フォームのクロスハートは相手セルリアンのホームグラウンドともいうべき水中に身を躍らせる。

 そう。

 水中に引きずり込まれたマセルカを救うには水中活動が出来る人面魚フォームがどうしても必要だったのだ。

 クロスハートはこの日誰よりも綺麗な飛び込みを見せた。

 

―後編に続く

 

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