けものフレンズRクロスハート   作:土玉満

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第16話『水面の絆』(後編)

 水中に引きずり込まれたマセルカだったが最初は落ち着いたものだった。

 なんせこのセルリアンは自分が“シード”で生み出したものだ。今だって軽くじゃれついているだけだろう。

 彼女はこのセルリアンにイカを表す外国語からとってカラマリ、と名前をつけていた。

 今は大王イカサイズにまで成長しているのだからドン・カラマリとでも呼ぼう。

 それにマセルカが本気を出せば、今彼女を捕らえているイカの足を引きちぎるくらい造作もない。

 

「えーっと、セルメダル、セルメダル…。セルメダルはー…っと。」

 

 マセルカは自由な腕で自身の水着をペタペタと触る。

 “アクセプター”は現在最低出力に絞っているけれど、セルメダルをセットしてしまえば勝手に最高出力に戻る。

 なので、セルメダルを探していたマセルカだったが、はた、と気が付いた。

 スクール水着に着替える時に、落としたら大変だから、と着替えと一緒にセルメダルを置いて来てしまった事を。

 つまり、自力での脱出は出来なさそうだ。

 いやいや、待て。

 まだ慌てるような時間じゃない。と、マセルカは思い直す。

 ドン・カラマリは自分が生み出したセルリアンだ。

 いくらなんでもマセルカに牙を向けるような事をするはずがない。

 こうやって拘束する足を増やして、あまつさえ締め上げるようにしているのもちょっとじゃれついているだけだ。

 飽きたら解放してくれるだろうからそれまで待てばいい。

 マセルカも水中で呼吸できるわけではないが、酸素消費を極力抑えるようにすれば随分長い時間水中に潜っていられる。

 でも、水着が食い込むからあんまり締めるのはやめて欲しいなあなんて思っていたら…。

 おや?

 なんかイカの口部分にどんどん引き寄せられているような?

 マセルカがドン・カラマリと目が合う。

 その瞬間、マセルカは悟った。

 ドン・カラマリが空腹状態である事を。

 それに、その目には知性を見出す事は出来なかった。本能のままに飢えを満たそうとするその目を見てマセルカはようやく自身の大ピンチに気づいた。

 

「た、食べないでー!?!?」

「食べさせないよ!」

 

 へ?とマセルカが呆けると同時、ドン・カラマリの眼に飛び蹴りをかました者がいる。

 丈の短い毛皮を着た水棲動物のフレンズのように見えるけれど何者だろう。

 

「アタシはクロスハート。通りすがりの正義の味方だよ。」

 

 ドン・カラマリが怯んでマセルカの拘束を弱めた隙に、クロスハートは彼女を助け出した。

 

「ちょっとごめんね!」

 

 クロスハートはドン・カラマリから助けたマセルカを抱えると、水上に大きくジャンプ。

 水飛沫をあげて跳ね上がると…。

 

「クロスシンフォニー!」

 

 プールサイドで待機中のクロスシンフォニーにマセルカを投げ渡した。

 

「おっと…。大丈夫ですか?」

 

 クロスシンフォニーにお姫様抱っこで受け止められたマセルカは青い顔をしていた。

 それは水中で溺れかけたからではない。

 まさか仇敵クロスシンフォニーに捕まるとは思ってもいなかったからだ。

 まな板の上の鯉ならぬイルカである。

 青い顔をして震えるマセルカを余所に水中ではなおも激闘が繰り広げられていた。

 

「あれ…。何か前より大きくなってない…?」

 

 水中を泳ぎまわる巨大イカを見ていた奈々が呟く。

 どうやらそれは見間違いではなく、ドン・カラマリは一回り大きくなっていた。

 おまけにプールに張られていたコースロープを取り込んでそれを自身の脚に変化させる。

 それらを次々とクロスハートに向けて放った。

 まるで嵐のようにクロスハートに襲い掛かるドン・カラマリの脚を見て誰もがかわせない、と思った。

 しかし…。

 

「おぉっとぉ!」

 

 くるくると、まるでダンスでも踊るかのような華麗なターンと共にその全てを回避してみせるクロスハート。

 

―ギョォオオオオ!

 

 確かに捕らえたと思った獲物の健在にドン・カラマリは怒りの咆哮をあげる。

 さらに躍起になって脚を伸ばしてくる。

 まるでピラニアの群れのように複雑な軌道を描いて迫りくる脚。

 クロスハートは縦横無尽にプールを泳ぎ回り、その全てを回避していく。

 水中に陣取ったドン・カラマリはプールサイドのクロスナイトもクロスシンフォニーも手を出せずにいた。

 うかつに水中に身を投じれば、ドン・カラマリの餌食になるのは目に見えていた。

 この場はクロスハートに任せるしかない。

 ただ一人水中戦を繰り広げるクロスハート。

 その光景に、一つの声が響いた。

 

「頑張れぇ!クロスハートぉ!!」

 

 運動が苦手で応援団のサポートに回っていた萌絵があらん限りの声を張り上げた。

 その声にギンギツネとキタキツネがうん、と頷き合う。

 

「「頑張れ!クロスハートッ!!」

 

 プールサイドのアオイとコイちゃんを連れて後ろに下がっていたヘビクイワシも3人で頷き合う。

 

「「「頑張れ!クロスハートぉ!!」」」

 

 その声は広がりを見せた。

 

「そうだよ…。頑張ってぇ!」

「頑張れクロスハートぉ!」

「いけいけクロスハート!」

 

 あっという間にプール中にクロスハートコールが響く。

 

「みんな…。」

 

 声援を受けたクロスハートはさらに加速。

 ドン・カラマリの本体へと向けて突撃を敢行!

 だが、ドン・カラマリだって無策ではなかったようだ。

 クロスハートの周囲を囲むように脚を広げる。

 周囲を囲まれて逃げ道のなくなったクロスハート。

 ドン・カラマリは一度周囲の水を吸い込むと、それを高圧でクロスハートに吹き付けた!

 色鳥東中学校のプールの底に亀裂を入れたのはこの技だ。

 成長する前ですらその威力だったのに、巨体となった今はさらに強力になっていた。

 高圧で吹きつけられた水は必殺のウォーターハンマーとなってクロスハートを襲う!

 

「きゃあああああっ!?」

 

 戦いを見守る生徒から悲鳴があがる。その一撃は確かにクロスハートを捉えた!

 プールに集まった生徒達も、プールサイドのクロスナイトも、マセルカを抱えたクロスシンフォニーも息を呑んだ。

 さらに追い打ちとばかりにドン・カラマリはクロスハートの周りに張り巡らせた脚を閉じて、四方八方からクロスハートを打ち据えた。

 ドン・カラマリは今度こそ勝利を確信した。

 あとは獲物ごと『輝き』を喰い散らかすだけだ。

 が…。

 

「ざんねーん。そうはいかないよ。」

 

 確かに先ほど攻撃を受けたはずのクロスハートが無事な姿でそこにいた。

 なんで、とドン・カラマリだけでなく見守っていた誰もが驚く。

 

「ふっふーん。必殺、『魅惑のイリュージョン』だよ。」

 

 クロスハートが言うと同時、3人のクロスハートが周囲に現れる。

 これが人面魚フォームの必殺技、『魅惑のイリュージョン』である。

 先程は幻のクロスハートを囮に攻撃をかわしたのだった。

 今は黒の模様のミニ浴衣を着たクロスハートに赤の模様、浅黄色の模様のクロスハートが付き従う。

 今度のは実体を伴う幻だ。

 3人のクロスハートはニヤリ、とイタズラっぽい笑みを浮かべると3人それぞれがドン・カラマリの脚を掴んだ。

 

「「「そぉーれ!!」」」

 

 ちょうど脚をまとめる格好になっていたドン・カラマリのそれを絡めて結んでしまった。

 

―!?!?!?

 

 脚を結ばれてしまって今度はドン・カラマリが驚愕の様子を見せる。

 慌てて距離を取ろうとするが脚が絡まって上手く泳ぐ事が出来なかった。

 ここがチャンス、と3人のクロスハートはドン・カラマリの周りを高速で泳ぎ回る。

 激しい水流が生まれて、ドン・カラマリは揉みくちゃにされて目を回した。

 さらに追撃に移るクロスハート。

 

「「「滝登りぃ!!」」」

 

 3人のクロスハートが一斉にドン・カラマリを持ち上げて水面から飛び出した。

 大量の水と共に空中に飛び出したクロスハート。

 再び一人に戻る。

 と同時、クロスハートの身体がサンドスターの輝きに包まれる。

 その挙動にキタキツネはハッ、と気づく。

 格闘ゲームでよく似たような場面を見て来た。これは…。

 

「ゲージ技…。ゲージ技だよギンギツネ!」

「ど、どういう事…?」

「見てたらわかるよ!」

 

 キタキツネはキラキラした目でクロスハートを見上げる。

 一体何が起こるのか、と他の者も同じように空を見上げた。

 

「エクストラチェンジ…!」

 

 クロスハートの叫びと共にサンドスターの輝きが一層強くなった。

 それが弾けた時にあらわれたのは水色の髪をツインテールにしたクロスハートだった。

 衣装も青色のノースリーブブレザーにネクタイを締めて、下は水色のミニスカート。同じ色のニーソックスが足元を彩る。

 そして長い龍の尻尾がひと際目を引いた。

 その姿を見てギンギツネはキタキツネに訊ねる。

 

「ゲージ技って…これの事…?」

「そうだよ!前のフォームでゲージを溜めたからあのエクストラフォームに変身できたんだよっ!」

 

 キタキツネの解説は当たらずも遠からずと言ったところだった。

 鯉は滝を登り切る事で龍になるという伝説がある。

 鯉が滝を登って龍になるのなら、人面魚が滝を登り切ったなら…。

 

「セイリュウに…」

「なった…!?」

 

 アオイとコイちゃんが驚きと共にその姿を見上げる。

 それこそがクロスハート人面魚フォームのエクストラフォーム…

 

「セイリュウフォーム!」

 

 である。

 だが、その一瞬、フォームチェンジの隙にドン・カラマリは最後の悪あがきに出た。

 空中で目を回しながらも、結ばれた脚をまさにハンマーのようにしてクロスハートに向けて振り抜いたのだ。

 

「残念。ここはもうこっちのホームグラウンドだよ。」

 

 対するクロスハートは回避するそぶりすら見せなかった。

 ドン・カラマリの脚がぶつかる、と思った瞬間…。

 

―ガコォン!

 

 といい音を響かせてその脚が弾き飛ばされた。

 

「ドッグスローです。」

 

 フリスビーを大型化した盾、ナイトシールドを投げた体勢でクロスナイトが言う。

 ドン・カラマリの脚を弾き飛ばしたのはそれだった。

 クロスハートはクロスナイトの援護が入る事を分かっていたのだ。

 チラリと目線を向けると、「ナイス!」と目線で言う。

 クロスナイトは「相変わらず無茶してしょうがないなあ」とでも言いたそうな苦笑と共に叫ぶ。

 

「クロスハート、今ですよ!」

 

 クロスハートも頷きを返した。

 セイリュウフォームに変身したクロスハートはツイっと指を上にあげる。

 すると、水がそれに従うようにして渦を巻いて、まるで龍のようにドン・カラマリに巻き付いた。

 クロスハートは水の龍に巻き付かれたドン・カラマリの巨体を抱えると…。

 

「ひっさぁつ!……ドラゴンフォールッ!!」

 

 錐もみ回転を加えて今度は頭からプールへ向けて落下!

 そのまま水の龍と一体となったクロスハートがドン・カラマリをプールへと叩きつける。

 プールに盛大な水柱が立って周囲に降り注いだ。

 大量の水の圧力に負けたドン・カラマリは…。

 

―パッカァアアアアアアン!

 

 と『石』ごと砕け散った。

 ドン・カラマリの身体はキラキラとしたサンドスターへと還り、その輝きがプールを照らす。

 

「勝った…。」

 

 と、誰かが呟いた。

 巨大なイカはもう影も形もない。

 プールから飛び出して、シュタッとプールサイドへ降り立つクロスハート。

 彼女に割れんばかりの歓声が降り注いだ。

 

「え、ええと…。みんな!応援ありがとう!じゃあ、水の事故には気を付けてね!」

 

 言いつつ、クロスハートは大きくジャンプするといずこかへと消えていった。

 それに続いてみんなにペコリと一礼してからプールのフェンスを跳び越えるクロスナイト。

 

「この子をお願いします。保健室へ連れて行ってあげてください。」

 

 クロスシンフォニーも抱えていたマセルカをヘビクイワシに託して大ジャンプで何処かへと消えていく。

 時間にすればほんの短い間の出来事だった。

 ヒーロー達が去ってしまえば、この出来事が夢だったような気さえしてくる。

 それでも、確かに目の前で起きた事は現実だった。

 最初は戸惑っていた生徒達だったが、やがてプールは再びクロスハートコールに包まるのだった。

 

「(完全に……。)」

「(出遅れてもうたー!?)」

 

 ちなみに、着替えに手間取ってしまったクロスラピスとクロスラズリの二人は残念ながら出番に間に合いませんでしたとさ。

 二人は誰かに気づかれる前にこっそりとその場を後にしたのだった。

 

 

の  の  の  の  の  の  の  の  の  の  の  の  の  の

 

 

 その後。

 水泳部の地区大会は閉会式もそこそこに解散となった。

 表彰式もなしで、賞状などは後日各校に送付するという対応になってしまった。

 教師達は頭が痛かった。なんせあの事件をどう説明していいのか誰もわからなかったからだ。

 おまけに、イカの化け物も消えてしまった以上、目撃証言は多数あれど物的証拠は何も残っていないのだ。

 事実を説明したところで到底信じて貰えるとは思えなかった。

 幸いだったのは、奇跡的に怪我人もなく大会が終了した事だろう。

 ともかく、教師達はどうするべきか対応を検討すべく、まずはあまり話を大きくしない事を選択したのだった。

 さて、一方で今日の帰り道についたマセルカである。

 今日は念の為にと、おうちの人に迎えに来てもらうよう養護教諭が手配してくれた。

 連絡を受けてやって来たのはセルシコウだった。

 

「まったく。今朝から何か様子が変だと思っていましたが…。」

 

 彼女は呆れの眼差しをマセルカに向けていた。

 今、セルシコウとマセルカの二人は色鳥東中学校の制服に身を包んでいた。

 マセルカは中学校1年生への編入であったが、セルシコウはマセルカのお目付け役として中学3年生に編入を希望したのだ。

 オオセルザンコウもマセルカもそれぞれ一人には出来ないセルシコウの苦肉の策であった。

 そういうわけで、セルシコウのところにマセルカを迎えに来てもらうよう連絡がいったのだった。

 

「でも、何はともあれ、マセルカが無事でよかったですよ。」

 

 言いつつセルシコウはマセルカの頭を撫でる。

 

「お、怒らないの?」

「ええ。マセルカが無事ならそれでいいです。」

 

 二人で養護教諭に礼を言ってから保健室を後にした。

 帰り道でセルシコウはマセルカに言う。

 

「さあ、早く帰ってオオセルザンコウを手伝ってあげましょう。お金を稼ぐ、というのは中々大変なようですから苦労しているかもしれません。」

 

 結局、オオセルザンコウは学校に通う事は諦めて何か仕事を見つける事にしたらしい。

 オペレーション『グルメキャッスル』を遂行するにもまずは資金が必要だ。

 ヤマさんも色々と仕事探しに協力してくれている。

 出来れば自分達も何かアルバイトとやらを探してみるか、とセルシコウは考えていた。

 

「そうそう。マセルカ。今日の晩御飯は何か食べたい物はありますか?」

「………。イカだけはしばらく見たくない。」

 

 好き嫌いのないマセルカにしては珍しいな、なんて思いつつセルシコウは今日の献立を考える。

 ハクトウワシもオオセルザンコウも好き嫌いはあまりないから何を出しても大体美味しいと言ってくれる。

 

「じゃあ、今夜はカレーにでもしてみましょうか。」

「わっふい!マセルカもカレー好きぃ!」

 

 落ち込んで見えたマセルカも元気を取り戻してくれたようだ、とセルシコウは微笑む。

 

「ああ、そうそう。マセルカ。私ですね。空手部に入ってみたんですよ。」

「あ、セルシコウも部活に入ったんだ。」

「ええ。どこかの部に必ず所属するよう言われましたからね。」

 

 色鳥東中学校は全生徒部活への所属が義務づけられていた。

 セルシコウは空手部を選んでみたものの、技術的にはあまり得るものはなさそうだと落胆していた。

 けれど…。

 

「実はですね!私も空手部のレギュラーとやらに選ばれたのですが…。ほら!こちらの世界のキンシコウも空手部らしいんですよ!」

 

 キラキラとした目でマセルカに力説するセルシコウ。しかしマセルカとしては話が見えない。

 

「明日の大会で直接手合わせとか出来るかもしれません!“アクセプター”の出力を最低にしてありますからいい勝負が出来るかも…。ああ、今から楽しみです!」

 

 マセルカはセルシコウのこういうところはよくわからない。

 普段は温厚な彼女も、強者との戦いを前にすると、こうしてよく暴走気味になる。

 敵なんて弱い方がいいに決まってるのに、どうして強い敵の方がセルシコウは嬉しいのか…。それがマセルカには理解出来ないでいた。

 まあ、応援くらいはしてやるか、とマセルカは気を取り直す。

 そんな彼女にセルシコウは更に詰め寄った。

 

「そういえば、マセルカ!今日はクロスハートと戦ったんですか!?クロスナイトとは!?そういえばクロスシンフォニーもいたんですよね!?どうでした!?」

「あー、もうわかった!わかったからぁ!」

「教えて下さいよぉ!マセルカぁ!」

 

 どうやら帰り道で話す話題には困る事はなさそうなマセルカとセルシコウであった。

 

 

の  の  の  の  の  の  の  の  の  の  の  の  の  の

 

 

「そういえば…。かばん君。あの時はどこに行っていたのでありますか?」

 

 帰り道。生徒会書記のヘビクイワシはかばんに訊ねる。

 あの騒ぎの最中だ。姿が見えなくても不思議はないのだが、一緒に帰っていたアライさんもサーバルも顔に「ぎくぅ!」と書いてあった。

 ただ一人、フェネックだけがいつもの微笑みを浮かべて涼しい顔だ。

 

「まあ、深くは訊かないのでありますよ。みな無事ならばそれでよしとするのであります。」

 

 ヘビクイワシは苦笑して話題を打ち切る事にした。別に詰問するつもりはなかったし。

 

「そういえば、明日は陸上部の応援でありましたな。」

 

 ヘビクイワシは話題を変える。

 地区大会は今日と明日の日程で行われる。

 各部活の中でも応援が必要な競技とそうでないものがある。

 例えば、今日、水泳部の他に剣道部なども他校で大会があったが、剣道部はあまり応援が行われない。

 応援が却って競技の妨げになる場合も少なくない。

 そうした競技は部活の選手に選ばれなかったメンバーが応援に回って、応援団が出張る事はない。

 

「ゴマ君も明日に向けて頑張っているようでしたから、明日もしっかりと応援するのでありますよ。」

「そうなのだ!明日もアライさんにお任せなのだ!」

「うん!頑張ろうね!」

 

 話題が変わってホッとしたのか、アライさんもサーバルも元気を取り戻していた。

 そうして、明日へ向けて気合を入れる生徒会メンバーの前に一人のフレンズが現れた。

 それはヘビクイワシがよく知ったフレンズだった。

 

「ん?オウギワシ君ではありませんか。」

 

 それは2年C組オウギワシだった。ちなみに空手部所属である。

 確か、空手部も明日が地区大会のはずだ。それがこんなところでバッタリ会うとは偶然ではないだろう。何か用事なのだろうか。

 そう思ってヘビクイワシが不思議そうにしていると、オウギワシが口を開いた。

 

「頼む、ヘビクイワシ。助けてくれ。」

 

 オウギワシはヘビクイワシに向かって深々と頭を下げた。

 一体全体何があったというのか…。

 それを語るのは後日の事になる。

 

の  の  の  の  の  の  の  の  の  の  の  の  の  の

 

 一方で、この3人も今日は帰り道を同じくしていた。

 ジャパリ女子高校1年の奈々とキタキツネにギンギツネである。

 この3人は商店街で暮らしているので、せっかくだから今日は一緒に帰る事にしたのだ。

 

「いやぁー。今日は凄かったね。写真、撮れなかったの残念だなあ。」

 

 奈々は水を被ったデジタルカメラの様子を見る。

 残念ながら防水機能のない機種だったので、修理が必要そうだ。

 大会の写真はメモリーカードに保存されているので問題ないが、あの巨大イカとそれと戦うクロスハート達の姿を写真に収める事は出来なかったのだ。

 

「えぇー!?奈々ぁ、クロスハートの写真ないのっ!?」

「もう、キタキツネ。せめて奈々さん、でしょっ。もう。ごめんなさい、奈々姉さん。」

 

 写真がないのに不満そうなキタキツネにそれをたしなめるギンギツネ。

 

「あはは、いいのいいの。それにしても特ダネゲットだと思ったのに残念だなあ。」

 

 逃がした魚は大きいと言うが、今回逃したのは大魚なんてレベルではなかったのではないだろうか。

 そう思うと、どうしてもこの特ダネをモノにしたいと思う奈々だった。

 

「追ってみようかな…。クロスハート…。」

 

 ポツリ、と言う奈々。

 ネットの目撃情報なんかを集めれば、もしかしたら傾向や出現パターンがわかるかもしれない。

 そして、今度こそ写真を撮って記事にしたら、それはきっと大きな反響を呼ぶだろう。

 奈々の呟きを聞いていたキタキツネは目を輝かせた。

 

「ねえねえ、奈々!もしかしてクロスハートを追うの!?ボクも!ボクもやる!」

「ええ!?キタキツネ、あなた本気なの!?」

 

 ギンギツネとしてはそれは危ないのではないだろうか、と思う。

 なんせ、クロスハートが現れるのは決まって化け物達と戦う為だからだ。その側に行くというのは火事現場に飛び込むようなものだ。

 それは奈々も同じように考えていた。

 

「キタキツネ。あんまりギンギツネを困らせちゃダメだよー?それに二人とも、期末テストだって近いでしょ?」

 

 奈々の言葉にキタキツネは「う”っ」と言葉を詰まらせる。

 ギンギツネは苦笑する。キタキツネはゲームは得意だけれど勉強は苦手なのだ。

 今回もキタキツネに勉強を教えてあげないといけないらしい。

 ちなみに、ギンギツネは理系科目を中心に学年トップクラスの成績だ。

 ギンギツネに関しては期末テストも問題ないだろう。

 

「あはは。じゃあ、もしもクロスハートの写真が撮れたらキタキツネにも見せてあげるから。ね。」

「本当!?奈々ッ!」

 

 その言葉にキタキツネが再び目を輝かせる。

 

「その代わり、ちゃんと勉強もするんだよ。」

 

 それにはイヤそうな顔をしながらも頷くキタキツネ。

 これで少しはキタキツネも勉強にやる気を出してくれるか、とギンギツネは奈々に感謝していた。

 それとは別にギンギツネは奈々に一つ頼み事が出来た。

 彼女は奈々の耳に口を近づけてコショコショと言う。

 

「あの…。奈々姉さん。もしクロスナイトの写真が撮れたら…私にも見せてもらってもいいですか?」

 

 重ねて言うがギンギツネはクロスナイト派だった。

 そんな可愛い願い事なら、奈々は二つ返事でOKするのだった。 

 

 

の  の  の  の  の  の  の  の  の  の  の  の  の  の

 

 

 青龍神社への帰り道。

 二人とも神社で暮らしているのだから当然帰り道も一緒だった。

 アオイもコイちゃんも無言だった。

 その沈黙を最初に破ったのはアオイだった。

 

「あの…。コイちゃん姉さん。もう二度とあんな無茶な事はしないで下さい。」

 

 あんな無茶な事とは今日のプールでの事だろう。アオイを助ける為とはいえ、まさか巨大イカの化け物と綱引き勝負をするとは。

 こうしたアオイの頼みはいつものコイちゃんなら二つ返事で頷いていた。

 けれど、今日は違った。

 

「心配してくれてありがとう。でもね。それは約束できないかな。」

「な、なんでですか!?」

 

 アオイはコイちゃんに詰め寄る。

 もしも。もしも自分の為にコイちゃんがまた危ない目に遭ったりしたら…。そんなのアオイには耐えられない。

 なのに、コイちゃんの答えはアオイの望みとは全く正反対だった。

 

「だって、またアオイちゃんが同じ事になったらコイちゃんはいつでも同じ事をしちゃうだろうから。」

 

 どうしてだろう。

 お役目だからだろうか。

 それともアオイがコイちゃんの仕えるべき主だからだろうか。

 

「違うよ。アオイちゃんが大事だからだよ。」

 

 その答えにアオイは目を丸くする。

 胸がドクン、と鳴った気がする。

 自分の望みとは正反対になってるはずなのに、どうしてこの一言がこんなにも嬉しいんだろう。

 

「それにね、コイちゃんはお役目を継ぐのもイヤじゃないよ。だってお役目を継いだらアオイちゃんとずっと一緒にいられるんでしょ。願ったり叶ったりだよぉ。」

 

 コイちゃんはいつものようにふにゃりとした笑みを見せた。

 それがいつも通り過ぎてアオイは逆に不安になる。

 

「あ、あの…。コイちゃん姉さん。自分で何を言っているか分かってますか?」

 

 アオイには今のコイちゃんの言葉がほんの少し遠回しな告白のように聞こえていた。

 コイちゃんはそれがバレたのが気恥ずかしいのか一度頬を掻くようにした後、アオイに正面から向き直った。

 

「うん、わかってるよ。あのねアオイちゃん。コイちゃんの事をずっと側に置いておいてくれますか?」

 

 どうやら聞き間違えやアオイの勘違いではないらしい。

 けれども、本当にいいのか。

 コイちゃんの未来を自分が決めてしまって…。

 しばらく迷った末にアオイの口から出た言葉は…

 

「……。はい。こちらこそよろしくお願いします…。」

 

 だった。

 たまに喧嘩もするし、ちょっぴり苦手だったりもするけれど、それでもアオイはコイちゃんが大好きなのだ。

 それに、こうなった以上、責任もってずっと一緒にいるしかない。

 コイちゃんが選べた他のどの未来よりも幸せだと思って貰えるようにしなくてはならない。

 そう覚悟してしまえば、アオイの胸は晴れやかだった。

 ただ、どうにも顔が熱くて仕方ない。きっと今の自分の顔は赤くなっているだろうが、夕日のせいという事にしておこう、と考えて照れ隠しをするアオイ。

 けれど、夕日のせいと言うには無理があるくらい、アオイの顔は茹でダコのように真っ赤だった。

 

「やったぁ!じゃあじゃあ、早速セイリュウ様とお母さんにも報告しないとねっ!」

「ちょ!?母上とおば様にですか!?それは今度にしませんか!?」

「こういうのは早い方がいいんだよぉ!大丈夫っ!二人とも絶対喜ぶからっ!」

「ちょっとぉ!?コイちゃん姉さんー!!」

 

 コイちゃんは青龍神社へ続く階段を駆け上がり、アオイは慌ててその後を追った。

 はたして二人の報告の結果がどうなったのか。

 その日の青龍神社の晩御飯がとても豪華になった事だけを追記しておく。

 

 

 

けものフレンズRクロスハート第16話『水面の絆』

―おしまい―

 




【セルリアン情報公開:ドン・カラマリ】

 マセルカが色鳥東中学校に溜まっていたプールの輝きから“シード”を使って生み出したセルリアン。
 見た目はイカのように見える。
 ビート版の変化した頭部に、コースロープが変化した脚を持つ。
 コースロープの脚で絡めとったり、高圧で水を吹き付ける攻撃を仕掛けてくる。
 最初は“輝き”が足りずに水筒にも入るくらいのサイズだったが、水泳大会で生まれた大量の“輝き”を取り込む事で巨大化した。
 なお、名前の由来はイタリア語で食材としてのイカを表すcalamariである。

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