ジャパリ女子中学校空手部はやはり弱小だったか。
会場の他校は最初そう思っていた。
メンバーには初心者を示す白帯が二人もいて、しかも一方は1年生だ。
近年、徐々に力をつけて来たと思っていたものの、これは今年も予選敗退確定か、と。
それは形の部、団体予選開始直後も変わらなかった。
「よし。エゾオオカミ。別に間違えたっていいから思いっきり行ってこい。」
「お、押忍ッ。」
ジャパリ女子中学先鋒は白帯1年生、イヌ科のフレンズのようだ。髪の短い鳥のフレンズに送り出される。
通常、団体戦の先鋒はチームに勢いをつける為にも実力者を配置する場合が多い。
それがまさか白帯1年生とは。
随分緊張しているようだが大丈夫か、と見守る観客達。
「平安初段っ!」
予選は空手の形の中でも最も基礎的な演武である平安初段というものを行う。全員が同じ形だ。
手順として最初に形の宣言を行い、続けて演武に入る。
エゾオオカミと呼ばれたフレンズは緊張しながらも形を行う。
まずは受けからの正拳突き。
体裁きからの受けて正拳突き。
踏み込んで受ける、さらに踏み込んで正拳で突く。
最も基本的な形だけにこれの繰り返しになるのだが意外にも難しい。
何せ、手順を間違えると元の立ち位置には戻らない。
なので、素人目にも失敗したかどうかは一目瞭然になってしまうのだ。
しかし、エゾオオカミはしっかり規定通りの技をこなして会場から拍手が起こる。
白帯1年生にしてはよくやった。形をしっかり覚えているだけ大したものだ。そういった感情のこもった拍手だった。
「よくやったな、エゾオオカミ。ちゃんと家でも練習してたんだな。エライぞ。」
戻って来たエゾオオカミにオウギワシは手放しで褒めた。
形をなぞっているだけでお世辞にもよい演武とはいえなかったが、それでもあそこまで褒めている辺り、ジャパリ女子中学空手部はやはり弱小なのだろう。
後に観客達は知る事になる。
エゾオオカミを他のどこに置いても大きく見劣りしてしまう事を。
「さて。それじゃあちょっと会場の空気を入れ替えてくるぜ。」
言いつつ次に出て来たのはその短髪の鳥のフレンズ、オウギワシだ。
そこから会場の空気が変わった。
次鋒のオウギワシの演武は力強かった。
余計な力みもないのにしっかりとした止めで繰り出す払い、受け、そして突き。どれもが力強い。
見ていた他校の女子生徒からも「あの子、カッコよくない?」という声がチラホラ聞こえてくる。
オウギワシの演武が終わった後の拍手は先程とは違う感情がこもっていた。
「よっしゃ。ヘビクイワシ。次は任せたぜ。」
「ええ。任せてくれてかまわないのでありますよ。」
続けての中堅。ヘビクイワシの登場に会場の女子生徒はさらに色めき立つ。
長い銀髪の涼しげな美人。
密かにファンクラブだってあるくらい人気のヘビクイワシなのだ。登場からして会場の反応が違った。
そして演武の反応はそれ以上だった。
ヘビクイワシの形を見た者の感想は誰もが同じで、綺麗、だった。
それは足捌きの流麗さが主な要因だ。踏み込みはもちろん力強いけれど、その足運びはむしろゆっくりで長い脚もあいまってすごく綺麗に見える。
基本的な形なので得意の足技はないが、足捌きと体裁きだけで観客を魅了してしまった。
演武を終えたヘビクイワシには黄色い声援まで飛んでくる始末だった。
「さて、次はかばん君でありますが…。」
「あはは…。頑張ってみます。」
ヘビクイワシとバトンタッチして登場するのは今度は黒髪でやや癖っ毛の女の子だった。
こちらは白帯。副将で箸休めだろうか、と見ている観客達もほっと一息。
ハッキリ言ってオウギワシとヘビクイワシでお腹いっぱいだ。
なのに、主将のキンシコウが大将に控えている。ジャパリ女子中学のオーダーの配慮に感謝する観客達。
マネージャーらしいサーバルキャットのフレンズが「がんばれー!かばんちゃーん!」と大きな声で声援を送っているのも何だかほっこりさせられる。
初心者らしいし、形を間違えないといいね。とむしろ応援する気持ちで見守る観客達だったが、演武が始まるとそれは一変した。
形の宣言を行い、集中する為に一度目を閉じて深呼吸するかばん。
その眼が
―カッ
と開いた瞬間、見ていた観客達も一斉に圧を感じていた。
かばんと呼ばれた黒髪の女の子が放つ技の一つ一つが仮想の敵に対して振るわれている。
受けは確かに敵の攻撃を受け流し、裂帛の気迫と共に繰り出される突きは確かに仮想の敵を倒していた。
見ている者もかばんが相手する仮想の敵を幻視する程だった。
観客達は一様に思った。
「(なんてものを見せるんだ!?)」
と。
形を終えて一礼し自陣に引き上げる黒髪の女の子。仲間達と演武成功を笑顔で喜びあっている。
先程までの気迫が嘘のように演武開始前と同じ可愛い笑顔だった。
だが観客達の気持ちは一つだった。
「(今更可愛く戻ってもダメだからね!?)」
ちなみに、かばんはこの形を昨日の夜、動画を見ながらサーバルと一緒におうちの庭で練習したらしい。
「かばんちゃんが一晩でやったんだよ。」
と誇らしげにしているサーバル。
「まあ…。かばん君でありますからな…。」
「ああ…。生徒会長だからな…。」
と、先程見事な演武を見せたヘビクイワシとオウギワシもどう反応したらいいか困り気味であった。
ある程度はやってくれるだろうと思っていたけれど、予想以上過ぎて引きつった笑みしか出てこない。
で、エゾオオカミだったが、彼女はかばんがクロスシンフォニーだ、という確証をようやく得たらしい。
心の中で、疑ってごめんなさい、と謝っていた。
そんな興奮冷めやらぬうちに、登場するのは大将キンシコウである。
他のみんなと同じように形の宣言を行うと、場内は水を打ったように静まり返った。
そこから始まる演武はまさにお手本のようだった。
無駄もなければブレもない。
余計な力みはないが、力を入れるべき部分には全てしっかりと力が漲っている。
そして、ピタリと重心の定まった動きは力強くも、流れるように見える。
流麗さも、力強さも兼ね備えた演武だった。
全ての技を終えて一礼するキンシコウに会場からは最初、セルシコウだけが拍手を送っていた。
拍手を忘れる程に演武に見とれていたのだ。
やがてセルシコウの拍手につられるようにまばらな拍手が鳴り始めて、キンシコウが退場する頃には会場中に拍手の嵐が鳴り響くのだった。
「やはりキンシコウ…。私の見立てに狂いはありませんでした…!手合わせしたい…!絶対したい!」
自陣に戻るキンシコウを見つめるセルシコウの目はキラキラを通り越してギラギラしていた。
もう我慢ならないと言いたげに両手の拳をぶんぶん振っている。
残念ながらこのセルシコウにツッコミを入れてくれる者はいなかった。
観客たちはそれぞれにジャパリ女子中学の演武に魅入ってしまっていたのだから。
の の の の の の の の の の の の の の
結局、ジャパリ女子中学空手部は2位で決勝進出が決まった。
当初予選敗退が予想されていたのが、今や優勝候補だ。
決勝はそれぞれに得意形で相手との優劣を競う。予選では選手全員の総合得点で順位が決まるが、決勝では相手との白星の数を競う。
予選こそ初心者のエゾオオカミがいたおかげで何とか勝利できた相手校も決勝はどうしようと頭を抱えていた。
それはともかくとして、大会プログラムは続けて組手の部に移行していた。
組手の予選の後に形の決勝となる予定だ。
組手の部出場の選手達がそれぞれにアップを始めていた。
ところが…。
「キンシコウー。お願いですから手合わせしましょうよぉ。」
「セルシコウさん…。いいからちゃんと準備運動しておかないと怪我しますから…。」
なんでキンシコウがセルシコウのアップを手伝っているのか…。
形の部予選が終わってからセルシコウはこの調子だった。ずっとキンシコウに纏わりついて離れない。
仕方なしにキンシコウはセルシコウの柔軟体操を手伝っていた。
「でもセルシコウさん、身体柔らかいですねえ。」
「ええ。柔軟性は技を極める上で重要ですから。」
そんな二人はまるで猿の毛づくろいでも見ているようでほっこりさせられる。
「そうだ。じゃあこうしましょう。次の私の試合、見てて下さい。」
いいことを思いついた、というように手を打つセルシコウ。
まあ、そのくらいならいいか、とキンシコウも頷きを返した。
「きっと貴女も手合わせしたくなるような試合にしてみせますから。」
そこまでの自信とは…。一体どれほどの実力か、とキンシコウの興味もそそられる。
柔軟体操を手伝っているときにセルシコウの鍛えられた身体が持つ強靭さと柔軟性はよくわかった。
それに見合うだけの技も兼ね備えているのだとしたら、確かに言うだけの事はあるだろう。
そんな事を考えているとセルシコウはパッと離れてチームメイトの元に戻って行く。
どうやら彼女の出番が近いらしい。
色鳥東中学の空手部主将が何度もキンシコウに頭を下げていた。
きっとチームメイトが迷惑を掛けたと申し訳なく思っているのだろう。
キンシコウは気にしないで、と軽く手を振ってから「ご健闘を。」と色鳥東中学を送り出す。
組手の部は拳サポーターや防具をつけて相手と組手を行う。
多くの人が空手の試合と聞いて思い浮かぶのはこちらだろう。
相手を打ち倒す事よりも有効打を打ち込むのが主眼になってくる。
なので、どの選手もフットワークを活かしてスピードを乗せた一撃で小突く、という試合展開が多い。
「先鋒前へ!」
どうやら色鳥東中学校の先鋒がセルシコウらしい。
先程も言ったが、先鋒はチームに勢いをつける為に実力者を配置するのが定石だ。
特に5人団体戦では先鋒の勝利は重要だ。
なんせ、先に3勝すれば勝利確定なのだ。先に1勝をとれるのは精神的にも大きく優位に立てる。
それを任されるセルシコウの実力は推して知るべしである。
セルシコウは開始位置で相手と一礼を交わし合うとピタリ、と構えをとった。
腰を落としたドシリとした構えは組手の定石とは外れる。
対して相手の選手は定石通りにフットワークを活かしてまずは様子見から入った。
突っかけると見せかけて急停止。しかしセルシコウはそんなフェイントには微動だにしない。
焦れた相手選手はついに一撃を繰り出した。
セルシコウに向けて正拳突き。敢えて体重を乗せず戻しを重視した拳だ。
通常の空手の試合ではこうした技が主体になってくる。その方が受けられたりした際にも体勢を崩さないし、素早く戻して次の一撃を繰り出す事だって出来る。
けれど…。
「(つまらない。)」
セルシコウはその一撃を払い受けで流した。
相手選手もそれは想定の範囲内だ。すぐに戻して次の一撃を繰り出そうとした…、が。
その戻しと同時にセルシコウは一歩を相手に向けて踏み込んだ。
これは格好のチャンスだ、と相手選手はほくそ笑んだ。片手はまだ戻している最中だが逆の腕で正拳突きも可能だし、前蹴りで迎撃してもいい。
もらった、と繰り出した逆の腕での正拳突きは、しかしセルシコウが軽く頭をずらした事で空振りに終わる。
さらにもう一歩を踏み込んだセルシコウは相手選手とほぼ密着状態となった。
ここから繰り出せる技なんてあるのか。
見ていたキンシコウも疑問に思わざるを得なかった。
けれど、セルシコウは相手選手の胴にそっと拳を当てるようにしてさらに踏み込む!
「まさか!?」
キンシコウもその技には心当たりがあった。
ほぼゼロ距離から放つ一撃。寸勁、寸打、ワンインチパンチ。色々な呼ばれ方があるがいずれにしても強力な技だ。
たとえ防具をしていても、それを徹して衝撃を相手の身体に叩き込む技のはずだ。
これはいけない、とキンシコウは肝を冷やす。
―パァン!
とセルシコウの拳が相手選手の防具を打つ快音が響いた。
けれど、相手選手はその音でようやく打たれた事に気が付いた様子だった。
特にダメージがあるようには思えない。
チラリ、と審判の方を見るセルシコウ。
今のは有効打として認められないのか、と視線で問う。
そうされてからようやく主審は…。
「一本!それまで!」
とセルシコウの一本を認めた。
今のはセルシコウがわざと音だけを鳴らして相手の身体に衝撃を伝えないように手加減したのだろう。
そこまでこの技をコントール出来る者をキンシコウは知らない。
ペコリと一礼をして自陣に引き上げるセルシコウとキンシコウの目が合った。
―ドクン。
とキンシコウの胸が高鳴る。
この感覚はあの日、生徒会長と対峙した時と似ている。
目の前に強い敵がいる。
きっと己の持つ技全てを以てしても倒せないような敵が。
ぶつけてみたい。自分の技を。
キンシコウもまた我知らず、先程のセルシコウと同じ目をしていたのだった。
の の の の の の の の の の の の の の
組手の部も予選が終了した。
やはりセルシコウを擁する色鳥東中学校は予選通過、決勝トーナメントへと駒を進めた。
今は軽い小休止だ。
試合会場を整えた後、形の部から決勝戦を行う事になる。
会場の清掃作業をしようと会場管理員は清掃用具を入れたロッカールームの扉を開く。
清掃用具を持って戻ろうとした時、妙な一団とすれ違った。
空手道着に身を包んだ一団だ。
それだけなら大した事はない。なんせ今日は中学生の空手大会だ。道着姿で歩く者くらい珍しくない。
ただ、それが頭が瓦だったり防具の面だったりはたまた雄牛の頭をした者だったのなら話は別だ。
妙なコスプレだなあ。と思っていた管理員である。
何かパフォーマンスなんて予定されていただろうか。
まあ、いずれにせよさっさと清掃を済ませてしまわないといけない。
あまり待たせて大会プログラムに支障を来すわけにはいかないのだから。
の の の の の の の の の の の の の の
会場内の小休止では…。
「あの…。よかったらこのタオル使って下さい。」
「出来たら一緒に写真を…。」
とヘビクイワシが他校の女子生徒に囲まれていた。
「おいおい。悪いが集中が途切れてしまうから後でな。」
と、そんな女子生徒達をあしらうオウギワシ。
オウギワシとヘビクイワシが並び立つ姿を見た女子生徒達はそれはそれで騎士とお姫様みたい、と勝手に盛り上がってから退散した。
「ヘビクイワシ。人気だな。」
「ああ。オウギワシ君に渡してくれと頼まれた手紙もあるのでありますよ。」
はい、とヘビクイワシはオウギワシにハートマークのシールで封がされた封筒を渡す。
そうしてから、さっきのお返しとばかりに
「オウギワシ君。人気でありますな。」
とニヤリとするのであった。
ちなみに、かばんはサーバルと一緒に二人の空間を形成していたので割って入れる者がいなかったようだ。
そして、一方のエゾオオカミはセルシコウを探していた。
さっきの試合もそうだったが、以前に戦った時もセルシコウは最小限の攻撃しかしていなかったような気がする。
彼女達セルリアンフレンズはただ単に敵と一言で片づけてしまえるような存在ではないように思えて来ていた。
こうなるとエゾオオカミもセルシコウに対して随分と興味が湧いていた。
彼女達は一体何が目的なのだろうか。
そう思ってセルシコウを探していると、ちょうど一人でいるようだった。
チャンスか、とそちらに近づくエゾオオカミ。
「ようセルシコウ。ちょっと聞いてもいいか。」
と声を掛けてみたが、セルシコウは一体誰なのか分からない様子でしばらく考え込まれてしまった。
「商店街の路地裏で会っただろう。お前らがガチャガチャの機械をセルリアンにした時だ。」
一度周りを見渡してから近くに誰もいないのを見計らって、なるべく小声で言うエゾオオカミにセルシコウはようやく思い至った顔になる。
さて、このフレンズは何が目的で話しかけて来たのか、と訝しむ。もしや自分の正体をバラすつもりだろうか。
「そんな怖い顔すんなよ。取り敢えず話がしたいだけだ。」
どうやら、懐のセルメダルを今すぐに使う必要はなさそうだ。
そう判断したセルシコウは取り敢えずエゾオオカミに向き直る。
「そもそもあなたは誰でしたっけ?」
残念ながらセルシコウの中でエゾオオカミの印象はあまりに薄かった。
商店街の路地裏で一度会った以外は、この大会中でもあまり目立ってはいない。
「あー…。ええと…。何て言ったらいいかな…。あの公園で戦っただろう。」
そのエゾオオカミの言葉にまたもセルシコウは考え込む。
あの公園でセルシコウが戦った、という人物には3人程心当たりがある。
その3人の人物はいずれも同じ名前を名乗っていたはずだ。
つまり…。
「も、もしかしてクロスハーt……!?」
「しっ!?声大きい!?」
慌てて自分の口元に指を立てるエゾオオカミにセルシコウも自分の口を両手で覆ってコクコクと何度も頷いた。
しかし、これで少しは安心できた。
目の前のフレンズはどうやらセルシコウの正体を糾弾しに来たわけではないらしい。
それだったら、わざわざ自分の正体まで明かす理由がないからだ。
「あと俺の名前はエゾオオカミな。ったく。キンシコウ先輩しか目に入ってねえんだもんな。」
「そんな事はありませんよ。かばん、という子とも手合わせしてみたいですし、ヘビクイワシとオウギワシの二人ともよい勝負が出来そうだと思ってました。」
どっちにしたって自分は眼中にないじゃねーか、と苦笑するエゾオオカミ。
それはそれで悔しいが、今はそれは問題じゃない。
「聞きたかったのはな。お前らセルリアンフレンズが一体何をしたいのか、って事だ。」
エゾオオカミは真っ直ぐにセルシコウの目を覗き込む。
セルシコウも少しばかり考えた。
相手はわざわざ正体を明かしてまでこちらに話をしに来た。
つまり彼女はコチラに敵意だけではない何かを持って来てくれたのだろう。
セルシコウは応じるべきだ、と判断して口を開く。
「私たちは、この世界の“輝き”を永遠にしたい。その為に来ました。」
「“輝き”を永遠に?」
エゾオオカミには言っている事が抽象的過ぎてよくわからない。
“輝き”というのは何となくわかる。
ただ、それを永遠にするというのはどういう事か。
「ええ。“輝き”は生まれても短い時間で消えてしまいます。ですが、それを保全する事で輝き続けられるのだとしたら。」
セルシコウの言葉をエゾオオカミは考える。
“輝き”はつまり、人が生きていく中で生み出した想いだ。
嬉しいや楽しいや情熱を傾けたもの、それが“輝き”になる。
「なあ…。それってどうやって保全するっていうんだ。」
エゾオオカミにはその方法はわからなかった。
「その方法が、これ。“セルメダル”です。」
セルシコウは懐から一枚の“セルメダル”を取り出す。それにはエゾオオカミが出会った事のないセルリアンの姿が刻まれていた。
「“輝き”を取り込んだセルリアンを生み出して、そしてそれを倒して“セルメダル”にする。“セルメダル”から再び“輝き”を再現する。そうする事で私達はこの世界の“輝き”も保全するつもりだったんです。」
エゾオオカミはゴクリと固唾を飲む。
正直、何を言っているのかよくわからない。目の前の相手と話は出来る。なのに話が通じない。そんな感覚に陥る。
もしかしたら“教授”あたりなら話を理解出来るのかもしれない。今度聞いてみよう。
そう思うエゾオオカミだったが、一つだけ合点が行った事がある。
それは彼女達セルリアンフレンズが自ら生み出したセルリアンを倒すという一見するとちぐはぐな行動をとっている理由だ。
彼女達の目的はセルリアンを倒す事で作り出す“セルメダル”を集める事だったのだ。
そこまでを考えてエゾオオカミは一つ気が付いた。
それはセルシコウが背にしていた入り口の扉が開いた事だ。
大きな観音開きの扉が、ギィ、と小さく開いた。
それだけなら別に構わない。
だが、そこから顔を出したのが頭が瓦で出来た一つ目小僧だったのなら話は別だ。
「うへぇ!?」
エゾオオカミは驚き素っ頓狂な声を出してしまった。
その間にセルシコウも扉の前から飛び退いている。
二人にはわかる。それはセルリアンだ。
「な、なんでこんなところに…。」
「ってお前が出したわけじゃないのかよっ!?」
戸惑うセルシコウの様子からは彼女がこのセルリアン達と無関係である事が伺い知れた。
そうしている間に、瓦頭のセルリアンはヒョイと会場内に入って来た。
それは空手道着を着た人と同じ形をしたセルリアンだった。
手足の部分が拳サポーターや脛当てなどの防具で出来ている
それは一体だけじゃなかった。
瓦頭のセルリアンの後ろからは防具の面を頭にしたセルリアン、牛頭のセルリアンと次々会場内に入ってくる。
そいつらはズンズン進んで試合会場の中央にまでやって来た。
そんな目立つ事をすれば当然会場中の注目を集めた。
見かねた審判の一人が注意しようとその一団に近づく。
「こら、キミ達。今は休憩中とはいえ悪ふざけが………。」
その言葉は最後まで言えなかった。
一番身体の大きな牛頭のセルリアンが自分の身体の中に審判を取り込んだからだ。
―トプン。
と、まるで水の中に沈められたように牛頭セルリアンの身体に取り込まれた審判の男性。
しばらくもがくようにしていたが、どんどん力なくなっていく。
そこに至って、ようやく会場はこの異常事態に気が付いた。
「きゃぁああああああっ!?」
女子生徒の悲鳴を皮切りに会場はパニックに陥った。
エゾオオカミはセルリアン達が入って来た観音開きのドアをもう一度大きく開いて叫ぶ。
「落ち着け!落ち着いて外に出ろ!」
いち早く道を示した事で会場のパニックに歯止めがかかった。
他の大会運営の大人達もエゾオオカミに倣って会場のドアを開け放ち生徒達を外へ誘導しはじめる。
だが、セルリアンに取り込まれてしまった男性はどうしたものか。
誰が彼を助けられるというのだろう。
会場の大人達が迷っているうちに真っ白な帯と黒いちょっと癖っ毛の女の子が牛頭の化け物に近づいていた。
「あ、あぶないぞ!キミ!」
その癖っ毛の女の子は牛頭の身体に手のひらを押し当てると、
―ズダァアン!
と大きく音を立てて震脚を踏む。
それは先の試合でセルシコウが見せた技と同じ、寸勁や寸打やワンインチパンチと呼ばれるものだった。
衝撃を徹された牛頭の身体から、取り込まれた男性が背中側に飛び出そうとした。
彼女は確か、ジャパリ女子中学の副将…、かばんという名前の女の子だったはずだ。
その子がただ一人、牛頭の身体の中に取り込まれる審判の男性を救いに行ったというのか。
だが、惜しくも審判の男性は完全に外へ逃れるに至らなかった。
手足がまだ牛頭の化け物に取り込まれたままだったのだ。
ちょうど引っかかるようにして力なく垂れさがる審判の男性。
彼を助け出すにはもう一撃が必要だ。
「ブモォオオオオオオオッ!」
一撃を受けた牛頭の化け物は怒りの咆哮をあげて、かばんに向けて正拳突きを放とうとした。
が、その一撃が届く前にまたも…、
―ズダァアン!
と震脚を踏む音が響く。
さらに追加でもう一発、牛頭の化け物に寸勁を叩き込んだのは…。
「キンシコウ先輩!」
それはジャパリ女子中学空手部主将のキンシコウだった。
二発目の寸勁によって再び衝撃を徹されたセルリアンはとうとう取り込んでいた審判の男性を背中から吐き出した。
そこに無造作とも言える足取りで近づいたのは色鳥東中学校のセルシコウだった。
床に倒れ込む男性を拾い上げると他の大人のところまでこれまた無造作に歩いて渡してしまう。
あまりにも自然な動きで、不自然な事をしたはずなのにセルリアン達まで含めて誰もがポカン、とそれを見送ってしまった。
「急いでこちらの方を連れて外へ。」
短く言うセルシコウに大人達は何度か頷くと避難誘導を再開した。
ところが、今度は先程男性を救ったかばんとキンシコウが瓦頭やら面頭やらの化け物に取り囲まれているではないか。
彼女達も助けなくては、と大人達が迷っていると、その本人達が叫んだ。
「早く外へ!」
「はい、ボク達なら大丈夫ですから。」
言いつつキンシコウとかばんの二人は背中合わせでピタリと構えを取る。
まるで映画のワンシーンのような光景に一瞬我を忘れそうになる大人達だったが、その姿にしばらく任せても大丈夫そうだ、と避難誘導を続ける事にした。
まずは生徒達を外へ。その後で警察に通報して助けを呼ぼう。
どのくらいの時間がかかるかはわからないが、助けが来るまで彼女達なら大丈夫だと信じるしかない。
大人達は自分達の無力さに唇を噛み締めると、最善の行動をとるべく動き始めた。
の の の の の の の の の の の の の の
それから数分の後である。
色鳥商店街前交番にも危急を報せる通信が入った。
『繰り返す…。色鳥武道館に不審者が乱入。付近の警官は直ちに現場へ急行せよ。不審者の特徴は空手道着に仮面で顔を隠した……。』
ついぞ鳴った事のない緊急無線にハクトウワシは顔を青くした。
「セルシコウ……!」
今日は色鳥武道館で中学生の空手大会が開かれていたはずだ。そしてそこにはセルシコウが参加している。
昨夜あんなにも大会を楽しみにしていたセルシコウの顔を思い出したハクトウワシは、いてもたってもいられず交番の前に停めていた警邏用自転車に飛び乗ろうとした。
「待て。ハクトウワシ君。」
「止めないで下さい、ヤマさん。」
いつになく鋭い眼光のヤマさんにもハクトウワシは身じろぎすらせず反論した。
確かに、こんな小さな交番では出来る事はたかが知れている。現場に急行したところで何か役に立てるかなんてわからない。
もしかしたら待機しておく方が賢いのかもしれない。
それでも、例えヤマさんの命令であったとしてもセルシコウを放っておく事なんて出来るはずがない。
「誰も止めやせんよ。ただ、準備くらいはしっかりしていけ。」
ヤマさんは言いつつ手早くハクトウワシに防刃ジャケットを着せた。
そして金庫を開けると中に納められていた実弾5発を握らせる。
「ハクトウワシ巡査。弾丸装填。」
普段は拳銃に実弾を込める事はしない。
警官の拳銃はシンボルのようなもので実際に使われる事など殆どないからだ。
実際今までこの交番でも拳銃を使用した例などない。
だが、ヤマさんは今は実弾装填に値する事態だと判断した。
「どうした?ハクトウワシ巡査。弾丸装填だ。」
ハッとしたハクトウワシは「弾丸装填。」と命令を復唱してから腰の回転式拳銃を抜いて弾倉に弾を込める。
警察に配備されている拳銃は5発装填可能な38口径のリボルバーだ。
海外留学の経験があるハクトウワシはもっと大きな口径の拳銃だって撃った事があるけれど、今日はいつにも増して拳銃が重い。
「ハクトウワシ巡査。我々警官の仕事は市民を守る事だ。」
真剣な顔で言うヤマさん。情にかまけてセルシコウだけを優先するな、と言いたいのだろう。
「けど、セルシコウちゃんも市民の一員だ。しっかり守ってやるんだよ。」
ついでにまた彼女のお弁当が食べたいし、と付け加えるヤマさんの表情はいつも通りだった。
まったく厳しい事だ、とハクトウワシは苦笑する。
警官ならばセルシコウも含めた市民全員を守ってこいと叱咤されたのだ。
「さ。セルシコウちゃんが待っている。行っておいで。儂も後から追いかけるから。」
ヤマさんに促され、ハクトウワシは敬礼を返すと今度こそ自転車に飛び乗った。
しっかりと整備された自転車はハクトウワシにペダルを蹴られて一気にトップスピードへ。タイヤを軋らせながら走りだした。
警邏中のパトカーなどがいない限りは、地理的に見て現場に一番近いのはハクトウワシだろう。
だから一刻も早く駆けつけなくてはならない。
「お願いだから無事でいてよ…!」
ハクトウワシは祈らずにはいられなかった。
―後編へ続く
【用語解説:シード】
“シード”とはセルリアンフレンズ3人組が異世界から持ち込んだアイテムの一つである。
見た目は真っ黒なビー玉であり、これを割る事でセルリアンを生み出す事が出来る。
どんなセルリアンになるかは、憑りついた物に宿った“輝き”で千差万別となるが、マセルカは何となくそれが分かるらしい。
もっとも、ドン・カラマリが当初期待していたよりも小さなサイズで、マセルカにまで襲い掛かってきたあたりを見るに予想の精度が高いわけではないようだ。
“シード”は数に限りはあるようであるが、それでもセルリアンを自由に生み出せるアイテムは驚異となるだろう。