けものフレンズRクロスハート   作:土玉満

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 これまでのけものフレンズRクロスハートは!

 突然体調を崩してしまった部員が出た為に大会参加が危ぶまれたジャパリ女子中学空手部。
 生徒会のヘビクイワシとかばんが助っ人に入る事で何とか大会参加を果たす。
 急造チームながらも何とか決勝進出を勝ち取ったジャパリ女子中学空手部だったが、大会会場にセルリアンが現れる。
 現場にいたかばんとエゾオオカミはそれぞれクロスシンフォニーとクロスアイズへ変身してセルリアンを撃破し事なきを得る。
 そして、この事件を切っ掛けの一つとして、ジャパリ女子中学空手部主将キンシコウも夢を見つけるのだった。




第18話『未来へつなぐバトン』(前編)

 ジャパリ女子中学応援団はマイクロバスにて移動する。

 空手部の臨時助っ人としてかばん、サーバル、ヘビクイワシの3人が応援団から抜けてしまったが、それでもバスの中は賑やかだった。

 今頃、空手部とかばん達も会場について頑張っているはずだ。

 応援団が目指すは陸上部の地区大会が行われる白虎スタジアムだ。

 色鳥町にある屋外運動競技場の中では最大規模のものだ。

 サッカーやラグビーなど様々な競技に対応できるし、陸上競技場にだってなる。

 しかも全天候型のドーム状なので雨の日だってバッチリ試合が出来てしまう。

 そんな凄い施設なのだが、残念ながらマイクロバスの中の女の子達は別の話題で盛り上がっていた。

 

「え、えぇええ!?アオイさん、告白されたんですかっ!?」

「しーっ!?ルリちゃん、声大きいです!?」

 

 応援団の練習で仲良くなっていたし、1年生同士という気安さもあってアオイはついつい昨日の事を話してしまったのだ。

 だが、その行為はピラニアの群れに生肉を投げ入れるが如きだった。

 ルリが慌てて自分の口を抑えた時にはもう遅い。

 

「その話、詳しく。」

 

 と萌絵が目を輝かせて前の席から身を乗り出しており、後ろの席からは…。

 

「ええええ!?ちょっとアオイっ!?相手は誰なのっ!?」

 

 とギンギツネが身を乗り出している。

 何とか逃げ道を探そうと横を見れば通路を挟んだ反対側の席から…。

 

「それは私も聞きたいねえ。まだ会場に着くまでには時間があるからさー。ゆっくり話を聞かせてよ。」

 

 フェネックがいつもの微笑を浮かべて迫っていた。

 心なしかその目がいつもよりギラついて見えるのは気のせいだろうか。

 

「ボク、恋愛シミュレーションゲームも得意。」

「ほほう。ほほう!わらわもその話は興味があるのう。」

 

 キタキツネやユキヒョウまで集まってきた。

 もうみんなでアオイを囲んでしまっている。

 だがそれは、恋バナなんて爆弾をこの場で炸裂させたアオイの落ち度でもある。

 

「なあ。イエイヌー?みんな何を話しているのだ?」

「ええと…何でしょうね?アムールトラは分かりますか?」

「あー。えーっと…。惚れた腫れたの話やろ…?多分。」

 

 一方で恋バナには興味なさそうなフレンズもいる。

 なんの事かよくわかっていないアライさんとイエイヌ。

 ちょっと興味がないではないけど殊更に騒ぐ程でもないかなーというアムールトラの三人は最後尾の座席で大人しくしていた。

 でもアムールトラはお耳がアオイの方にピョコピョコと動いていた。

 そして、残る応援団長ともえは…。

 

「まあまあ、みんな。そんなに詰め寄ったらアオイちゃんも困っちゃうよ。」

 

 と助け船を出した。

 さすがともえ先輩です、と感激しているアオイだったが続く言葉で顔を青くする。

 

「さ、みんな。ちゃんとお行儀よくしてアオイちゃんのお話聞こうねっ。」

 

 団長命令では否はない。

 みんなで一旦落ち着きそれぞれの席でキラキラした目でアオイの言葉を待つ。

 

「(に、逃げ道を完全に塞がれたっ!?)」

 

 もうアオイに逃げ場はなかった。

 この場で言いふらすのはコイちゃんに悪いかなあ、と考えたアオイだったがふと気が付いた。

 コイちゃんの性格なら今頃、自習そっちのけでクラスメイトにのろけ話をしているだろう事を。

 そして、それはその通りだった。

 そう思ったら覚悟は決まった。

 

「実はですね…。昨日の帰り道で…。」

 

 と話はじめたアオイ。もう集まった女の子達はきゃあきゃあ言いっぱなしだ。

 この日、ジャパリ女子中学カップル談義に一組のペアが追加された。

 アオイとコイちゃんである。

 ちなみに、一位は現在不動のサーバルかばんペアだ。

 だがそれ以下のペアでは情勢が動いている。

 実はともえ萌絵ペアもこっそり話題に上る事が多いのだが、ここ最近では萌絵イヌ派とともイヌ派と従来のとも萌絵派に分散していた。

 なんだかんだであそこは三人まとめて末永くお幸せに、という事でまとまりつつある昨今だ。

 それ以外だと、ちょうど今から応援に行く陸上部部長のプロングホーンと副部長のチーターコンビも話題には事欠かない。

 まさに喧嘩する程仲が良いという言葉を体現するような二人だ。

 いつも言い争っている印象があるが、それでも二人は名コンビの呼び声も高い。

 陸上部部長のプロングホーンは長距離が得意でチーターは短距離が得意。

 お互いにお互いの得意分野でなら相手に勝てる。

 そんな間柄の二人は自然とお互いがお互いをライバルと認め合っていた。

 そして、この二人は県内でも有数のアスリートでもある。

 プロングホーンとチーターはそれぞれの得意分野で地区大会を勝ち上がって県大会にまで駒を進めるだろう事が確実視されている程だ。

 今年は全国の舞台に立つのだって夢じゃない。

 その為にもまずはしっかり応援しないと、と思うともえであったが、まさかその二人に暗雲が立ち込めているとは思ってもみなかった。

 そうしてアオイの恋バナで盛り上がっているうちにマイクロバスはいつの間にか会場に到着したようだ。

 

「よし!じゃあみんな、応援頑張ろう!」

 

 ともえの声にみんなも「おー!」と気勢を返す。

 バスの運転手にお礼を言って降車。そのままジャパリ女子中学の観客席へ移動するとそこには陸上部の面々がいた。

 だがどうにも様子がおかしい。

 部員達は皆一様に誰かを囲んでいた。

 一体どうした事だろう、とその囲いの中心をひょいと覗き込んだともえは息を呑んだ。

 そこには陸上部部長のプロングホーンと副部長のチーターが目元にタオルを掛けられて横たわっていたからだ。

 そして陸上部2年生のGロードランナーのフレンズ、ゴマが心配そうに表情を曇らせて付き添っている。

 どう見てもタダ事ではなさそうだ。

 

「ど、どうしたの!?プロングホーン先輩とチーター先輩っ!?」

 

 どうやら二人とも意識はあるようで、目元のタオルをよけるとともえにヒラヒラと手を振ってみせた。

 とりあえず一安心ではあるけれど、ただ事のようには思えない。

 

「それが…。部長と副部長が急に体調崩しちゃって…。熱中症ってわけでもなさそうなんですが…。」

 

 他の陸上部生徒が教えてくれた。

 会場入りするまではいつも通りどころか絶好調だった二人だが会場入りした途端に突然体調を崩したらしい。

 既にアップも始まっているというのにプロングホーンとチーターの二人はまともに動く事すら出来ないようだった。

 

「まったく…。体調管理すら出来ないなんてね。情けないわ。」

「反論の余地すらない。こんなに身体が動かないなんて生まれて初めてだ。」

 

 チーターとプロングホーンが自嘲気味に言うが陸上部の面々の暗い雰囲気はなおも深くなった。

 

「こうなった以上仕方ないわ。ゴマ。悪いんだけど、私の100m走とプロングホーンの1500m走は補欠の子を選手登録して来てくれる?」

 

 チーターの頼みにゴマはぐっ、と下唇を噛んだ。

 

「あ、あのっ!チーター先輩!ギリギリまで待てねーのかよ!補欠の子を登録しちまったらもう…。二人は今年の大会には出られなくなっちまう…。」

 

 ゴマが言いたい事は分かる。

 もしかしたら競技開始までに二人の体調が戻るかもしれないのだ。

 選手登録はこのままにして、もしも復調しないようなら棄権するって選択肢だってある。

 

「そんな我がままを言う事は出来ないよ。補欠の子達だって一生懸命練習してきたんだ。大会で走るに値すると思っているよ。」

 

 プロングホーンにこう言われてしまっては反論する事は出来ない。

 陸上部の他の3年生がオーダー変更シートを素早く記入してこれでいいか、と訊ねる。

 

「ああ。間違いない。問題ないな。チーター。」

「ええ。問題ないわ。」

 

 そのオーダー変更シートを確認したプロングホーンとチーターはお互いに頷き合う。

 

「じゃあ、これを大会運営に提出してきてくれ。頼んだぞ。」

 

 そのオーダー変更シートをゴマに託すプロングホーン。ゴマは下唇を噛んだまま頷いた。

 それを確認するとプロングホーンは再び目を閉じる。

 そんな様子のプロングホーンに何も言えず辛そうに見守るゴマは絞り出すように言った。

 

「悪い。ともえ、イエイヌ。萌絵。一緒に来てくれないか?一人じゃさ…。これを出せる気がしないんだ…。頼むよ。」

 

 そんな事を言うゴマなんて初めてでともえ達は一も二もなく頷いた。

 オーダー変更シートには100m走と1500m走の二つで選手変更が記載されている。

 どちらの種目もプロングホーンとチーターが県大会への勝ち上がりを確実視されていたものだ。

 だからゴマの悔しさはよくわかる。

 ともえ達を伴って大会運営事務局へ向かうゴマを横目で見送るチーター。そうしてから他の3年生に言う。

 

「悪いわね。我がまま言っちゃって。」

「何言ってんの。アレだけはアンタ達が走らないとダメでしょうが。」

 

 そう。

 他の陸上部3年生達は気づいていた。

 プロングホーンとチーターがオーダー変更したのは自分達の個人競技のみだ。

 大会最後のプログラムにあるリレーのオーダー変更はしなかったのである。

 

「一本くらいは何としてでも走るぞ。チーター。」

「あら。さっき私は言ったわよ。問題ないって。そっちこそ体調悪いからって腑抜けた走りをするんじゃないわよ。」

 

 言いつつプロングホーンとチーターは目を閉じた。

 もう無駄口を叩く時間と体力も惜しい。何としてでも体調を戻さねばならない。

 この二人はまだ諦めてなどいなかった。

 

 

の  の  の  の  の  の  の  の  の  の  の  の  の  の

 

 

 観客席からグラウンドへ続く通路を歩くゴマとともえ達。

 先程オーダー変更シートを提出して無事に受理してもらえた。これでプロングホーンとチーターの二人は出場出来ない。

 

「実はさ…。俺、見ちゃったんだ。プロングホーン様とチーター先輩が変な黒い水みたいなのに一瞬だけど呑まれるところを。」

 

 観客席へ戻る通路でゴマはポツリポツリと話はじめた。

 ゴマの話によると、会場入り口あたりでほんの一瞬だけれど、プロングホーンとチーターの二人が黒い水のようなものに呑まれたらしい。

 けれど、それはほんの一瞬の出来事で、服も濡れていないし、何かの見間違えかと気にしていなかったのだが、それから少しして二人は体調を崩してしまった。

 

「それって…セルリアンなんじゃ…。」

 

 話を聞いた萌絵はそう判断した。

 どうやらそれはゴマも同じだったらしい。

 

「なあ。助けてくれよ。クロスハート…。俺、プロングホーン様とチーター先輩がこのままなんてイヤだ。」

 

 もしも体調を崩したのが“輝き”を奪われた事が原因だったのなら…、今日どころかもしかしたらこの先ずっとプロングホーンとチータは再び走る事が出来ないかもしれない。

 いつもちょっと生意気で元気が取り得のゴマが肩を震わせる。

 そんな痛々しい姿を見せられては例えアテはなくとも、ともえもイエイヌも頷いた。

 

「当たり前だよ!アタシだってゴマちゃんと同じ気持ちだもん!」

「そうです。たとえゴマさんがイヤだって言ったって絶対助けます!」

 

 ともえもイエイヌにとってもゴマは大切な友達だ。

 だからそう答えるのは当然だった。

 けれども、どうやってプロングホーンとチーターを助けたらいいのか。

 それは、例によって全員揃って萌絵の方を見た。

 しょうがないなあ、という苦笑の萌絵。いつも通りに解決方法は自分に丸投げされたのだ。

 だが、頭脳労働は自分の得意分野だ。だから自然と自分を頼ってくれた事が萌絵は嬉しくも感じていた。

 そんな期待を裏切るわけにはいかない。

 幸いにして解決方法は何となくはわかる。

 この前、遠坂亭の工房を借りに来た“教授”とも色々話したし、時々父のドクター遠坂やカコ博士ともチャット通話をしたりしている。

 萌絵はその中でセルリアンとは何なのか、少しずつ情報を集めていた。

 だから、答えなら出せる。

 

「で…。解決方法だけどね。まだ仮説の段階ではあるけれど…。プロングホーン先輩とチーター先輩から“輝き”を奪ったセルリアンを倒せばもしかしたらそれを取り戻せるかもしれない。」

 

 萌絵の言葉にともえもイエイヌも、そしてゴマも顔を輝かせた。

 それならまさにクロスハートとクロスナイトの得意技である。

 ゴマにもそうなると希望が出て来た。

 

「も、もしかしたらチャッチャと倒しちまえばプロングホーン様もチーター先輩も大会に出られるかもしれない!」

「ゴマちゃん…言いにくいんだけどさ…。多分それは無理。」

 

 ともえの言葉にゴマもイエイヌも一様に「なんで!?」と言いたげな様子を見せる。

 

「選手登録の締め切りってもう1時間もないじゃない?その後のオーダー変更って出来ないよね…。そのセルリアンがどこにいるのかもわからないとなると…。」

 

 そう説明されると二人とも肩を落として納得せざるを得ない。

 今から1時間足らずでセルリアンを探し出して倒してついでにプロングホーンとチーターの回復を確認してオーダーを再び変更しなおす。

 それは時間的にまず不可能だろう。

 それともう一つ問題が。

 

「多分、セルリアンはまだ遠くに行ってないと思うから、探すなら今のうちだと思うんだけど…。」

 

 ともえがそれをしてしまうと応援団はどうするのか。

 さすがに団長のともえが抜けてしまえば応援にも大きな影響が出る。

 場合によっては観客達の前にクロスハートが出なくてはならない局面があるかもしれない。

 そんな時に団長のともえがいなくなっていれば、ともえとクロスハートを関係づけて考える者が出ても不思議はない。

 ともえの不在はあまりにも目立ち過ぎる。

 それに人手だって必要だ。

 幸いここにはクロスジュエルチームのルリとアムールトラだっている。これでセルリアンと戦える者は4人もいるが…その人数が一度に応援団から抜けて目立たないだろうか。

 せめて団長のともえだけは残っていて欲しい。

 

「いや…でも、セルリアンを探すのならクロスハートのキタキツネフォームの技ってすっごく頼りになるんだよね…。」

 

 ぐぅ、と唸るともえとイエイヌ。セルリアン探しにはともえの力も不可欠そうだが彼女は一人しかいない。

 あちらを立てればこちらが立たず、どうにもいい案が思い浮かばない。ゴマも不安そうに顔を曇らせた。

 そんな一同を見て、萌絵が指を一本立てた。

 

「どうにかなる方法。あるにはあるよ。相当無茶だけど。しかも無茶するのアタシだけど。」

 

 その言葉に一同、萌絵の方を見つめる。

 一体萌絵が何をするつもりなのか。ともえにもイエイヌにもゴマにも全く分からなかった。

 

 

の  の  の  の  の  の  の  の  の  の  の  の  の  の

 

 

 時間は少し前に遡って早朝の事だ。

 オオセルザンコウは今日、ヤマさんが紹介してくれたバイトの日だった。

 単発の仕事になるのだが、中学生の陸上大会のお手伝いをして欲しいらしい。

 

「今日のミッション…。失敗できないな。」

 

 オオセルザンコウは気合を入れ直す。

 彼女に割り振られた仕事は決して難しいものではない。

 出場選手をスタートラインまで誘導し、ゴール後に退場口まで送り出す係だ。

 朝に開かれたミーティングで各競技のスタート位置とゴール位置も把握した。

 

「あとは油断しないようにするだけだな。」

 

 仕事内容も把握したところでオオセルザンコウにも余裕が出て来た。

 周囲を見渡してみれば、とても大きなスタジアムである事が分かる。

 なんでも、この白虎スタジアムは色鳥町に拠点を構える自動車メーカー、ビャッコモータースがネーミングライツを取得して今の名前になったらしい。

 全天候型のスタジアムでは様々な競技が催される。

 それだけにこのスタジアム内には“輝き”が見て取れた。

 

「しかし、たったこれだけの“輝き”では生み出せるセルリアンも大した大きさにはならない。“輝き”の保全は残念だが見送る方がいいだろう。」

 

 オオセルザンコウはそう判断した。

 セルリアンを生み出す為の“シード”は手持ちが潤沢にあるわけでもない。

 “セルメダル”化出来るだけの強力なセルリアンを生み出せる見込みがないなら無駄使いは出来ない。

 それにセルリアンを生み出せば、目立ってしまうだろうからクロスシンフォニーが現れる可能性は非常に高い。

 今は“輝き”の保全は諦めるべきだ。

 と、そうこうしていたら選手達も集まってきたらしい。

 オオセルザンコウの最初の仕事はスタッフ腕章をつけての巡回だ。

 もしも道に迷っていたりする選手がいるようなら案内するのが仕事だ。もう見取り図は頭の中に叩き込んだし、一通り館内も歩いたし抜かりはない。

 そうして、スタジアム入り口近くに差し掛かった時、強力な“輝き”を見てしまった。

 それはプロングホーンのフレンズとチーターのフレンズの二人から放たれていた。

 他の選手達もそれなりに“輝き”を放っていた。

 けれどその二人は桁違いだ。

 あまりの“輝き”にオオセルザンコウはこう考えてしまった。

 

「(これだけの“輝き”を保全しないわけにはいかない…。この世界の為にも。)」

 

 そう思えばオオセルザンコウの手は勝手に“シード”を割っていた。

 “シード”から溢れた黒い水のようなものは素早くプロングホーンとチーターに忍び寄ると一息に彼女達を呑み込んだ。

 時間にすればほんの一瞬。周りの人物が気づくどころか、当の本人達ですら気のせいかな?と思える程に刹那の出来事だった。

 たったそれだけでセルリアンになれるだけの“輝き”を吸収してしまったのだ。

 

「(思っていた以上に強力な“輝き”だ。これならばこのスタジアム内の“輝き”を全て喰らうだけのセルリアンになるに違いない。)」

 

 そして“輝き”を全て吸収したセルリアンを“セルメダル”化する。

 この場には“コレクター”を持つセルシコウがいないが、セルリアンを倒した際に発生するサンドスターを一時的に保管できる“アンプル”は持って来ている。

 ならば“輝き”の保全は可能。

 この世界にとっても喜ばしい事のはずだ。

 

「唯一の懸念はセルスザク様を倒したクロスシンフォニーやこの前邪魔しに来たクロスジュエル達だが…。こうなった以上はもしも出て来るなら私が相手になろう。」

 

 オオセルザンコウにだって使命がある。

 彼女が暮らしていた世界と同じように、この世界の“輝き”も保全して永遠のものにするという使命が。

 

 

の  の  の  の  の  の  の  の  の  の  の  の  の  の

 

 

 色鳥西中学校。色鳥町の西部にあり、特に陸上競技では強豪校で県大会常連でもあった。

 だが、去年はジャパリ女子中学のプロングホーンとチーターにいいようにやられてしまった苦い過去を持つ。

 

「けれど!今年はこのシロ様がいるからな!!ジャパリ女子など一捻りにしてやるのだ!」

 

 やたらと背が小さく真っ白な毛並みに左右で色の違う不思議な瞳をしたフレンズが腰に両手をあてて仁王立ちしていた。

 色鳥西中学校1年生、白虎シロである。

 彼女は守護けものビャッコの血を引いており、ビャッコモータースの社長令嬢でもある。

 

「頼んだぞ!ホワイトタイガー!」

「はっ!シロお嬢様に勝利を!」

 

 そのシロの側には彼女によく似た白い毛並みのトラのフレンズが控えていた。

 彼女はホワイトタイガー。白虎家に仕える執事の家柄だ。

 

「先輩方もよろしくお願いします!」

 

 バサリ、とシロはポンポンを振りかざした。

 シロだけは白を基調としたチアガール衣装に身を包んでいた。

 やたらとスカートが短いが、白虎家の加護『鉄壁スカート』はこの時代でも維持されているのでそう簡単にはめくれないらしい。

 

「うん!シロちゃんも応援ありがとねー。」

「シロちゃんお菓子食べるー?」

「ありがたくいただくのだー!」

 

 白虎シロ。1年生ながらにして今年の色鳥西中学校の応援団に立候補していた。

 それに今年は彼女よりも一つ年上のホワイトタイガーが陸上部のレギュラーになっている。応援しないわけにはいかない。

 あと、ジャパリ女子中学には同じく四神の血筋の娘であるアオイがいる。

 ますます負けるわけにはいかない。

 と、先輩方からもらったスナック菓子で口元を汚しながら思うシロである。

 ホワイトタイガーがハンカチで口元を拭って綺麗にしてくれた。

 そんな折だった。

 

「た、大変だよー!みんなー!」

 

 と陸上部の生徒が一人、色鳥西中学校の集合場所に駆け込んでくる。

 

「一体何事なのだ。」

 

 と貫禄たっぷりに訊ねるシロ。1年生でしかも補欠にすら選ばれていないとはとても思えない。

 

「ジャパリ女子のプロングホーンちゃんとチーターちゃんが欠場なんだって!?」

「な、なんじゃとぅ!?!?なんでー!?!?」

 

 と、途端に取り乱すシロ。

 

「なんか急に体調を崩したとかで…。」

「それはいかん!?ホワイトタイガー!医務室の準備は整っておるな!」

 

 バッ、とホワイトタイガーに向けて手を伸ばすシロ。その手の先にポンポンが握られたままになっているのを見て、一度座席にそれを置く。

 そうしてから扇子を取り出し、バッ、と先程と同じようにホワイトタイガーに向けて手を伸ばし扇子の先で指し示してから…

 

「それはいかん!ホワイトタイガー!医務室の準備は整っておるな!」

 

 とやり直した。

 

「はい。大会運営スタッフには緊急事態に備えて養護教諭の資格をもったスタッフも待機しております。」

 

 なんせここは白虎の名を冠するスタジアムなのだ。

 万が一の事態に備えておくことはスポンサー企業であるビャッコモータースの利益にも繋がる。

 シロのお付きであるホワイトタイガーがそれを把握しているのは当然だった。

 

「ならば行くぞ!ホワイトタイガー!」

 

 シロはホワイトタイガーを引きつれてジャパリ女子中学の集合場所へ向かう。

 ついてみればそこはお通夜ムードといった様子だった。

 ジャパリ女子中学陸上部のプロングホーンとチーターの二人は精神的にも支柱といっていい。

 それが欠場となれば無理もあるまい。

 いたたまれない気持ちになるシロに声を掛ける者がいた。

 

「あら。シロちゃん。お久しぶりです。」

 

 守護けものの血筋である青龍アオイだった。

 シロは知り合いを見つけるといてもたってもいられずに訊ねる。

 

「なあ、アオイ。そちらの部長と副部長は大丈夫なのか?医務室も空いているからそちらで休んでもらってもよいのだぞ。」

 

 口調の割にはこの場で一番取り乱しているように見えるのはシロだった。

 

「心配してくれてありがとう。でも二人ともまだ諦めていないようですから。」

 

 対するアオイは落ち着いたものだった。

 不安そうにホワイトタイガーを振り返るシロ。どうしたらいいのか、と視線で問う。

 

「先方の意思を尊重するのがよろしいかと。ですが、助けが必要とあればお声掛け下さるようにお願いしてはいかがでしょうか。」

「う、うむ!そう。そうだな!」

 

 シロはホワイトタイガーに何度も頷くとアオイにいつでも力になるから言って欲しいと伝えておく。

 アオイも礼を言うと、陸上部の先輩達に事情を伝えておいた。

 正直、ありがたい申し出だし、心強くもある。

 

「そういえば、アオイ。アオイもチアガールなのだな。シロとお揃いだ。」

 

 伝える事を伝え終わったらシロも余裕を取り戻した。

 ようやくアオイもチアガール衣装なのに気づく。もっとも衣装は色が違うし、シロのようにスパッツなしというわけではなかったが。

 そうしていたら、ともえとゴマも戻って来た。

 はて?イエイヌと萌絵はどこに行ったんだろう。と思っていると、ともえはユキヒョウやルリやアムールトラ達にこしょこしょと何事かを告げる。

 その内緒話を聞いた彼女達は最初驚いていたが、ルリとアムールトラは連れ立ってどこかへ行ってしまった。

 そして、ユキヒョウはアライさんとフェネックのところにも行ってこれまたこそこそと内緒話だ。

 アライさんとフェネックも随分と驚いた表情をしていたが、一体全体何があったというのだろう。

 アオイが不思議そうにしているとシロはなんと、ともえのところにスタスタと歩いていくと声を掛けた。

 

「白虎シロなのだ。色鳥西中学校の応援団なのだ。何か困っているのか?」

 

 最初ともえは目を白黒させていたが、目の前の女の子の小ささに相好崩す。

 

「あ、ええとアタシは遠坂も……ともえ。ジャパリ女子中学の応援団団長なの。よろしくね。」

 

 と挨拶を返すのだが、アオイは何か違和感を感じていた。

 ともえはいつもと変わらない。

 緑がかった髪色に同じ色の爪。左右で色の違った光を宿した瞳。それに衣装だって今日も団長のトレードマークである学ランをマントのように羽織ったチアガール姿だ。

 でも何か変だった。

 そんなアオイの違和感は置いておいてシロはともえと話を続けていた。

 

「ジャパリ女子は何か大変だと聞いているのだ。もしもシロ達に何か出来る事があるなら出来る限り力になるのだ。何でも言って欲しいのだ。」

「ほほう。それは助かるのう。」

 

 とやって来たのはユキヒョウだ。

 

「シロ殿、久しいのう。」

「おお、ユキヒョウ。そういえばユキヒョウもジャパリ女子中学だったな。」

 

 どうやらユキヒョウも親の繋がりでシロとは面識があるらしい。

 さすが社長令嬢同士と言ったところか。

 

「ところで力になる、と言ってくれたのう。ならば一つ頼み事があるのじゃ。もしもよかったらなんじゃが…。応援は西中学校とジャパリ女子で合同に出来ぬかのう?」

「うーん。それはどうしてまた?」

 

 ユキヒョウの突然の提案にシロは小首を傾げる。

 

「正直、今のジャパリ女子はこの通り意気消沈もいいところじゃ。だから大人数での応援で少しでも元気を出して貰いたいと思っての。」

 

 なるほど、とシロは納得した。

 

「無論、西中学の応援は我らも手伝おう。どうじゃ?」

 

 ふぅむ、と考え込みながらともえの方を見れば、うんうん、と頷いていた。

 あちらの応援団長はそれで良しとしたようである。

 チラ、とホワイトタイガーの方を振り返るシロ。どう思う?と視線で問う。

 

「よろしいのではないかと。エール交換などは伝統的に行われておりましたし、集合場所もお隣同士ですし。こちらの先輩方にもそのように話を通しましょう。」

 

 エール交換とは他校の応援もしあう、というものである。

 競技開始前などに各校の健闘を祈って行われるもので各校の応援団が出場校全てにエールを送るものだ。

 その延長で合同応援というのもなくはないだろう。

 こういう形で勝利しても、色鳥西中学校としても嬉しくはないだろうし出来る限りジャパリ女子中学校にも万全の状態で出場して欲しい。

 そこまでを考えてシロはバッ、と扇子を広げる。

 

「うむ!ならばホワイトタイガー!よきにはからえ!」

 

 そう宣言するシロにともえはホッと胸を撫で下ろしていた。

 そして心の中でこう思う。

 

「(ともえちゃんー!お願いだから早く帰って来てねー!?)」

 

 今、この場にいるともえは萌絵だった。

 何を言っているのかわからないとは思うが、どうしてこうなったのかを語るには少しだけ時間を遡る必要がある。

 

 

の  の  の  の  の  の  の  の  の  の  の  の  の  の

 

 

「どうにかなる方法。あるにはあるよ。相当無茶だけど。しかも無茶するのアタシだけど。」

 

 ついさっき、観客席に戻る通路での出来事である。

 萌絵は確かにそう言った。

 萌絵が一体全体何をするつもりなのか。ともえもイエイヌもゴマも続く彼女の言葉を待つ。

 

「ええっと…。あったあった。変身スプレーかっこかりー。」

 

 てーれってれー、と自分で妙な効果音まで入れて萌絵が制服のポケットから小さなスプレーを取り出す。

 

「ええっとね。これはこの前“教授”が来た時に一緒に作ったの。正直失敗作かなーって思ってたけど、ものすごーーーく限定的な使い方は出来るから一応持ってたんだ。」

 

 そのスプレーは一体?と残る三人の視線が集中する。

 

「このスプレーが使えるのって今のところアタシだけなの。これを使うとアタシの髪の色がともえちゃんみたいになって爪の色とか目の色もともえちゃんそっくりになるんだー。」

 

 試しに萌絵は自分に向けてスプレーをひと吹き。

 するとみるみるうちに萌絵の黒髪が緑がかった髪色に変わっていった。

 それに爪の色もともえと同じ翡翠のような色だし、瞳にも左右で色の違う光点が宿っていた。

 

「どうかな?」

 

 と両手を広げてみせる萌絵。

 

「おおお!?萌絵お姉ちゃんがともえちゃんそっくりになってます!?」

 

 イエイヌは驚きが止まらない。くんくん、と萌絵の周りを回って匂いを嗅ぐ。

 匂いは萌絵なのに姿はともえ。なんとも不思議だ、とイエイヌは何度も首を傾げていた。

 ここに至って、ともえとゴマは萌絵が何をするつもりなのかを理解した。

 

「まさか…。入れ替わる気か?ともえと。」

 

 ゴマの言葉に頷く萌絵。

 

「そ、それは無茶なんじゃ…。」

 

 ともえが戸惑うのも無理はない。

 なんせ、ともえと萌絵は友達から『世界一見分けやすい双子』と言われるくらいだ。

 それは何も髪色が違うから、というばかりではない。

 二人は纏っている雰囲気が大分違うのだ。

 確かに似ている部分は多いけれど、それでも萌絵がともえと入れ替わって皆の前に立つのは相当無茶なんじゃないだろうか。

 

「そうですよ!ともえちゃんはこれから応援団長のお仕事がありますから…。だから…。」

 

 無茶だ、とイエイヌは続けたかった。

 萌絵は激しい運動が苦手のはずだ。

 それなのに、ともえと入れ替わるということは応援団長になるという事だ。

 正直荷が勝ち過ぎている。

 けれどそれは言えなかった。萌絵の意思が固い事がその目を見れば明らかだったからだ。

 それにそんな事は萌絵だってよくわかっているはずだった。

 

「だからね、ともえちゃん、イエイヌちゃん。早くセルリアンをやっつけて戻って来てね。」

「な、なんでそこまで…。」

 

 ゴマは絞り出すように萌絵に訊ねる。

 萌絵に出来る事は少ない。

 それでもこの事態に彼女だって自分に出来る精一杯をしたいのだ。

 理由は簡単。

 

「だって、友達を助けちゃいけないなんてルールはなかったもんね。」

 

 いつかゴマ自身が言っていた不思議な言い回しでもって萌絵は笑って見せた。

 そう言われてしまえば、ともえもイエイヌもゴマも萌絵の覚悟を受け入れるしかなかった。

 

「お姉ちゃん。なるべく早く戻るから。」

「うん、お願いね。」

 

 ともえと萌絵は手近な更衣室を借りて服を交換する。

 そうしてしまえば、今の萌絵は見た目だけは本当にともえと見分けがつかない。

 

「よし!じゃあいこう、イエイヌちゃん!」

「わかりました!」

 

 ともえとイエイヌは頷き合うと同時に叫ぶ。

 

「「変身!」」

 

 こうしてクロスハートとクロスナイトのセルリアン追走劇が始まろうとしていた。

 

 

―中編へ続く。

 




【用語解説:コレクター】

 コレクターとはセルリアンフレンズの一人、セルシコウが異世界から持ち込んだアイテムである。
 見た目はスマートフォンのような板状の形状をしている。
 コレクターの機能はセルリアンが倒された際に飛び散るサンドスターを回収して、そのセルリアンを“セルメダル”化する事が出来る。
 この機械も貴重なものなのか、セルシコウしか持っていない。
 なお、セルシコウ以外がセルリアンを倒した際に一時的にそのサンドスターを保管する“アンプル”というアイテムも存在する。
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