けものフレンズRクロスハート   作:土玉満

50 / 107
第18話『未来へつなぐバトン』(中編)

「う、うへぇ……。」

 

 ともえと入れ替わった萌絵は大きく息を吐く。

 そのままその場にヘタれこみそうになるが、両脚を踏ん張って我慢だ。

 たった一度の声出しで萌絵はもう息も絶え絶えだった。

 ユキヒョウが慌てて水を差しだして来る。

 

「大丈夫かの?やはり理由を付けて休んでいた方が…。」

 

 ユキヒョウ、アライさん、フェネックの3人には既に事情を説明した。

 なのでこうして気遣ってくれる。

 今もアライさんとフェネックの二人が声出しの続きを買って出てくれていた。

 そして、ルリとアムールトラはこっそりと抜け出して今頃セルリアン探しに加わってくれているはずだ。

 自分だけが休んでいるわけにはいかない。

 それに何より、応援団の数が減った事を目立たせるわけにはいかない。

 幸いにして、シロ達率いる色鳥西中学校の応援団も合流してくれたから、イエイヌ達が抜けた穴も目立ってはいなかった。

 今は西中学校とジャパリ女子で合同の声合わせの最中だ。

 

「うむ!だんだん様になってきたな!」

 

 えっへん、と言いたげにシロは両手を腰にあてて仁王立ちだ。

 その隣は今は応援団副団長にして生徒会副会長でもあるアライさんが同じようにえっへん、と両手に腰をあてる。

 

「アライさんとシロがいるのだ!当然なのだ!」

「そうだな!当然だな!」

 

 言って二人して「「はーっはっは!」」と高笑いをあげる。

 ジャパリ女子も西中学校の面々も同じ事を思っていた。なんだか似た者同士の二人だなあ、と。

 二人の保護者的ポジションにあたるホワイトタイガーとフェネックも顔を見合わせて小さく笑っていた。

 ともかく、萌絵もいつまでも休んでいられない。

 

「みんな、ごめんね。もう平気。」

 

 と戦列に復帰する。

 

「そうか!それは何よりだ。だけど何かあったら無理せず言うのだ。なんせこのシロ様がついているのだからな!」

「アライさんもついているからな!」

「「はーっはっはっは!」」

 

 言ってまたも二人して高笑いするシロとアライさん。シロはともかくさっき事情を説明したはずのアライさんまで素でやっているのはどういう事だろう、と苦笑が漏れる萌絵だった。

 そうしてシロとアライさんが注目を集めている間にフェネックが萌絵に近づいてこそっと耳打ちしてくれる。

 

「萌絵さん。声を出す時はお腹から。この辺りに力を入れて意識するだけでも大分違うから。」

 

 ぽんぽん、と萌絵のおへそあたりを叩くフェネック。

 なるほど、音楽の授業とかでもそんな事を言っていた。

 

「みんなー!ごめんねー!もう平気!じゃあ応援頑張っていこー!」

 

 フェネックの言う通りにしてみたら以外と大きな声が出た。

 

「無理に喉で大きな声出そうと思うとすぐに声枯れちゃうからねー。」

 

 フェネックは微笑むと萌絵の隣に陣取る。

 

「わらわも及ばずながらサポートさせてもらうのじゃ。」

 

 そして逆側の隣はユキヒョウだ。

 

「「はーっはっはっは!」」

「シロに!」

「アライさんに!」

「「お任せなのだー!」」

 

 で、アライさんとシロの二人はもうすっかり意気投合しました、と言わんがばかりに全く同じ動きで腰に手をあて仁王立ち。

 そこからの高笑いだ。

 そんな調子だから他の生徒達の注目はこの二人に集中して、萌絵の姿を隠してくれる。

 

「まあ…あの二人は…。」

「多分何も考えてなさそうじゃがな。」

 

 フェネックとユキヒョウは苦笑が漏れる。

 何も考えてなくても最適な行動がとれてしまう。それはそれで才能といもうのか、なんて思ってしまう。

 こうして西中学校を加えた応援団は人数が増えた分、萌絵がともえと入れ替わっている違和感を少しは薄くしてくれていた。

 一計を案じたユキヒョウも狙い通り、とホッと一息だ。

 だが、同じ応援団であるアオイ、キタキツネ、ギンギツネの3人はやはり違和感を拭い切れずにいた。

 

「っていうか…。アレ…萌絵先輩じゃない…?」

 

 ギンギツネがアオイとキタキツネを集めて3人でこそこそ内緒話だ。

 さすがに『世界一見分けやすい双子』と言われるだけあって、最近ずっと応援団で一緒だったギンギツネは違和感の正体に気づいていた。

 

「でもさー、ギンギツネ。髪の色とかはともえ先輩じゃん?ちょっと調子悪いとかじゃないの?」

 

 キタキツネの言葉にアオイも同意、と頷いていた。

 

「髪色は染めたりカラーコンタクトとかで何とかなるかも?」

 

 とギンギツネは自分で言うものの、そこまでの手間をかけて萌絵がともえと入れ替わるような理由は全く想像がつかなかった。

 ふぅむ、とアゴに手をあて考え込むキタキツネ。

 

「イベントフラグ…。イベントフラグが立ってミッション開始したんじゃないかな。」

「またあなたはすぐにそうやってゲームに当てはめて考えるんだから。」

 

 そんなキタキツネの意見にギンギツネは呆れ顔だ。

 だが…。

 

「でも待って下さい。キタキツネちゃんの言う事にも一理あるかも。」

 

 生真面目なはずのアオイまでそんな事を言い出すからギンギツネは驚いて目を見開く。

 

「やっぱり恋する乙女は変わるのね…。」

「その話は今はいいですからっ!?」

 

 アオイはコホンと一つ咳払いしてから続ける。

 

「ともえ先輩が何かあってイエイヌ先輩と何かしてて…でもってルリちゃんとアムールトラちゃんが手伝いに行ってるんだとしたら…。」

 

 何かってなんだ、とは自分でも思うアオイだったが、そう考えれば合点はいく。

 

「ともえ先輩が応援団を抜けてまでしなきゃいけない何か…。」

 

 それは何だろう。やはり想像がつかない。

 そんなところにキタキツネがハッとする。

 

「時限イベントミッション…!時限イベントミッションが始まったんだよ!」

 

 なんだそれは、と思うギンギツネとアオイ。

 

「ほら!RPGゲームでよくあるでしょ!制限時間内にミッションクリアしないといけないヤツ!タイマー出てすっごい焦るヤツ!でもって宝箱とろうかどうしようか迷うヤツ!」

「ああ。遠回りして取った宝箱の中身がハイポーションで、あなたコントローラー投げてたわね。」

「今はそれはいいの!」

 

 そう言われるとアオイもキタキツネが言いたい事がわかった気がした。

 

「つまり、止むにやまれぬ事情があるって事ですね。」

 

 正直そんな事態とは一体何なのか、アオイ達には全くわからない。

 だがわからないなりにやる事は決まった。

 

「じゃあフォーメーションBね!」

 

 言ってキタキツネもユキヒョウの隣に並んだ。

 アオイはそんなキタキツネの背中を見ながらギンギツネに訊ねる。

 

「そんなのありましたっけ?」

「多分、今決めたんでしょ。」

 

 ノリと勢いで生きてます、と言いたげなキタキツネに苦笑しつつアオイとギンギツネも戦列に加わる。

 萌絵を中心に密集隊形だ。

 どうやらそれがフォーメーションBらしい。

 

「団長!団長はあんまし難しい動きはしなくて大丈夫だからっ!」

 

 キタキツネが萌絵を見上げてやたらキラキラした目を向けてくる。

 どうやら萌絵がともえと入れ替わっているのをバレないようにする事を自分のイベントミッションだと定めたらしい。

 

「同時進行イベントとか超燃える……!」

 

 どういうわけかキタキツネの闘志には火がついたようだ。

 

「事情はわかりませんが、手伝いますよ。団長。」

「ええ。今日は私たちがサポートに回る番ですね。」

 

 それはどうやらアオイもギンギツネも同じらしい。

 なんせ萌絵には練習中に随分とかいがいしくサポートしてもらった。

 その恩を返せるなら細かい事情などどうでもいい。

 そして、一方の萌絵もこの3人にも入れ替わりがバレている事は分かった。

 練習中は『団長』呼びなどしなかったからだ。

 

「ありがとう。キタキツネちゃん。ギンギツネちゃん。アオイちゃん。」

 

 それでも手伝ってくれる、という3人に今は甘える事にする。

 萌絵にはともえの代わりに応援団の団長なんて絶対無理だ。

 けれども仲間達と一緒だったら絶対無理なんて事はない。

 

「じゃあみんな!まずは最初の競技!ハードル走からいくよ!」

 

 萌絵の号令に全員が「「「おおー!!」」」と揃って返事した。

 

 

の  の  の  の  の  の  の  の  の  の  の  の  の  の

 

 

 クロスハートは薄暗い通路を走る。

 オレンジがかった髪色に耳の先は黒く尻尾の先端は白の毛並みに覆われている。

 纏う衣装は袖なしのスカジャンに白のミニスカート。そして首にヘッドフォンをかけていた。

 クロスハート・キタキツネフォームだ。

 彼女は既に『マグネティックサーチ』を使っていた。

 それはキタキツネという動物の、磁場すら感じとると言われる程に鋭敏な感覚器官を総動員した索敵技だ。

 

「セルリアン……どこにいるの…!」

 

 ぐるり、とフィールドを囲む形で配置された観客席。

 その観客席とフィールドをつなぐ通路には人気がなかった。

 クロスハートとクロスナイトはそこを走ってセルリアンを探していた。

 もう間もなく一周ぐるりとスタジアムを周り終わる。

 なのに、今のところセルリアンの反応はなかった。

 

「(焦ってますね…。)」

 

 そんなクロスハートに付き従うクロスナイトはそう感じていた。

 つい先日、萌絵が風邪を引いた時もそうだった。

 クロスハートは萌絵が心配なのだ。

 それはクロスナイトだって一緒だ。

 一刻も早くセルリアンを倒して萌絵の元に戻りたい。

 でも焦ってもいい事はない。何とかクロスハートの気持ちを落ち着かせる事は出来ないか。

 ふむ、と考えたクロスナイト。

 周りをキョロキョロしているクロスハートに後ろから近づく。

 

「えい。」

 

 言いつつ、クロスナイトはクロスハートを思い切り抱きしめてついでにモフモフしてみた。

 

「お、おぉ…。こんな感じなんですね…。」

 

 今はクロスハートにも狐耳と尻尾が生えている。普段とは逆にモフモフされる側になったクロスハートは目を白黒させた。

 

「あ。ええと…。普段ともえちゃんや萌絵お姉ちゃんにされてばっかりだから、わたしもしてみたかったんです。」

 

 こんな時に何を、と思うクロスハートだったが尻尾のあたりを撫でられるとお尻の辺りがやたらムズムズした。

 

「も、もう!イエイヌちゃん!?後にしよう!?」

 

 思わず変身前の呼び名が出てしまったクロスハートをパッと放すクロスナイト。

 そうすると、真正面からミラーシェードの奥にある瞳と目が合った。

 

「萌絵お姉ちゃんなら大丈夫です。だってわたし達のお姉ちゃんですから。」

 

 理屈になっていないクロスナイトの言葉だったが、それでもクロスハートは不思議と納得してしまっていた。

 

「そう…。だね。うん!なんたって萌絵お姉ちゃんは世界一のお姉ちゃんだもんね!」

 

 そうか、世界一か。それは大きく出たなとも思うが、クロスナイトも同じ気持ちであった。

 それに何より、クロスハートの顔がいつも通りに戻っている。何をしでかすかわからない不敵な表情に。

 それでこそだ、と思うクロスナイト。

 クロスハートは「よし!」と気合を入れ直して顔を上げた。と同時に…

 

「あ。」

 

 と思わず声をあげてしまった。

 顔をあげて気が付いた。上の方からセルリアンの反応があるのを。

 人間意識しないと頭上への意識というのは散漫になってしまう。

 それにここはドーム状のスタジアムだ。

 頭上には天井しかないと思い込んで索敵範囲から外してしまっていた。

 

「クロスナイト!こっち!」

 

 クロスナイトの手を引いて通路から飛び出すクロスハート。

 観客席へ飛び出した二人は上を見上げる。

 そこにはドームの屋根を支える鉄骨が見えた。

 この白虎スタジアムは天井が開閉式のドームとなっている。

 開閉式の屋根は天井パネルがレールの上を移動して開閉する仕組みだ。

 そのレールが梁となって天井を支えるわけだが、その骨組みの隙間にセルリアンが隠れていたのだ。

 遠目にもその姿が確認できる。

 

「あれって……。プロングホーン先輩と…。」

「チーター…さん?」

 

 その姿はプロングホーンとチーターの二人を足して二で割ったような姿をしていた。

 上はブラウスにヒョウ柄のネクタイ。下はブルマ。そこにスカートの代わりだとでも言うように長袖ジャージを腰に巻いている。

 その上、左右の足は片方がヒョウ柄ニーソックス。片足は白ソックスとそれぞれで違っていた。

 そしてヒョウ柄の尻尾に頭に二本のツノを持っている。

 黒ずんだ水のような色と顔の大部分を占める一つ目のおかげでそれがセルリアンだと一目でわかった。

 

「あれ…。チーター先輩とプロングホーン先輩それぞれの“輝き”から生まれたセルリアンなんだ…。」

「そうですね…。」

 

 二人で思わず固唾を飲む。

 そうしてからクロスハートはそのセルリアンを指さしながらクロスナイトに訊ねた。

 

「チープロンとプロンターンどっちがいいかな!?」

「何がですか!?」

「名前だよ。『プロングホーン先輩とチーター先輩の“輝き”から生まれたセルリアン』だと長すぎるでしょ?」

 

 クロスナイトも、「確かに長いけれども、それどころじゃないんじゃないかなあ…。」と若干呆れ顔だ。

 それにセルリアンはセルリアンと呼んでおけばいいんじゃないだろうか。

 しかし、クロスナイトはそんなツッコミを入れるのは諦めた。こんな事で言い争ってもそれこそ無駄というものだ。

 代わりに…。

 

「じゃあチープロンで…。」

 

 と答える。こっちの方が若干だけど語感がいい気がしたのが理由だ。

 プロングホーンとチーターの特徴を持ったセルリアン、通称チープロンの方はと言えば、チラ、とクロスハートとクロスナイトの方を見る。

 すると、そのまま梁の上をスルスルと滑るように移動しはじめた。

 やがてチープロンは屋根の梁のはじっこまで辿り着くと姿を隠した。

 一体どこに…。

 

「クロスハート!見て下さいっ!」

 

 クロスナイトの指さした先には梯子と点検口があった。

 その小さな穴にチープロンは入って行ってしまったのだ。

 一体それはどこに繋がっているのか。

 その疑問にはついに追いついた魔女帽子の小さな女の子、クロスラピスが答えてくれた。

 

「あそこ…。多分屋根の上に出るはず。」

「そりゃあええわ。人の目がない分思いっきり暴れられる。」

 

 そしてその後ろにはシルクハットに開けられた耳用の穴から猫の耳をピョコンと出したクロスラズリも控えている。

 

「二人も来てくれたんだ!ありがとう。」

「ちょっと着替えに手間取っちゃったけど。遅くなってごめんなさい。」

 

 そういう二人の格好はいつもの帽子にお揃いの短いケープと目元を隠す仮面をつけている。

 急いで駆けつけてくれたのか、ベース衣装はチアガールのままだ。

 ともあれ、これで役者は揃った。

 4人は頷き合うと立入り禁止の看板を越えて進む。

 チープロンの消えたのとは逆側にも同じような点検口があるはずだ。

 スタッフ専用通路ではあるが、緊急事態だ。止むを得ない。

 4人のヒーロー達も白虎スタジアム屋上へと向かうのだった。

 

 

の  の  の  の  の  の  の  の  の  の  の  の  の  の

 

 

 一方会場では最初の競技である女子100mハードル走が始まろうとしていた。

 ジャパリ女子の代表選手はゴマである。

 去年の新人戦ではかなりの好成績を残しており今大会でも期待されていた。

 けれども、その集中力は今、散漫になってしまっていた。

 なんせ心配ごとが多すぎる。

 まず、プロングホーンとチーターの二人の事。

 自分の頼みを聞いてセルリアンを追ってくれているともえやイエイヌの事。

 それに、今、ともえと入れ替わって応援団長をしてくれている萌絵にだって無理をさせてしまっている。

 

「こんな時に俺だけこんな…。」

 

 考えれば考える程、集中出来なくなっていく。

 なのに、このハードル走には強敵が待ち構えていた。

 同じく2年生、色鳥西中学校のホワイトタイガーも出場するのだ。

 去年の新人戦で戦った相手だが力強い走りをする選手だ。

 ホワイトタイガーは心配そうにゴマの方を見ていた。

 成り行きとはいえ、色鳥西中学校とジャパリ女子中学は今は共同戦線を張っている相手でもある。

 2人のエースを欠いてしまった事に同情はするが手を抜くつもりはない。

 ホワイトタイガーにも負けられない事情がある。

 

「がんばれぇー!ホワイトタイガー!」

 

 ピョンピョンと観客席で飛び跳ねる小さなフレンズ、シロの姿が目に入る。

 ホワイトタイガーは彼女の為にも負けるわけにはいかない。

 

「(だってシロ様にいいとこ見せたい!)」

 

 普段はクールな表情を保つホワイトタイガーではあるが、なんだかんだでシロの事は大好きなのだ。

 そんな彼女に応援されて張り切らないわけがない。

 

「悪いが手は抜かんぞ。」

 

 ライバルでもあるゴマに言ってからホワイトタイガーはコースに入る。

 相手は強く闘志も燃えている。

 なのに、ゴマの方は集中が乱れてしまっている。

 最初のハードルすら飛べる自信がない。

 それでも走らなくてはならない。

 どうしたらいい、という思いとどうしようもないという諦めの気持ちと共にコースに入るゴマ。

 と、同時に大きな声が響いた。

 

「ゴマちゃああん!頑張ってぇー!」

 

 それは今、ともえと入れ替わっている萌絵からのエールだった。

 続いてジャパリ女子応援団からのコールも続く。

 その姿にゴマの心にももう一度火が灯る。

 そうとも。運動が苦手のはずの萌絵がここまでしてくれているのだ。

 諦めている場合ではない。

 

「おうよ!」

 

 自身を鼓舞する為にもゴマは応援団に応えて手を振って見せた。

 と、その観客席に信じられないものを見た。

 さっきまで横になっていたプロングホーンとチーターの二人が立ち上がってゴマの方を見ていたのだ。

 顔色は未だ悪く、立っているのだけでも辛そうな二人が真っすぐにゴマを見てくれている。

 ゴマと目が合ったプロングホーンとチーターは頷いて見せた。

 言葉はなくとも分かる。

 二人は自分の勝利を信じてくれている。

 

「ビビってる場合じゃねぇ…!」

 

 自身の頬をピシャリと両手で打って気合を入れ直すゴマ。

 その目には強い光が宿っていた。

 ここで走らないでどうする。友達の為にも、先輩の為にも。

 その思いがもう一度ゴマの闘志を燃やしていた。

 ゴマも自分のコースに入る。

 ちょうどホワイトタイガーの隣のコースだ。

 と、ホワイトタイガーもゴマの表情を見るや、ニヤリと不敵に笑って見せた。

 相手にとって不足なし、とでも言いたそうだ。

 そういえば、ホワイトタイガーにも心配を掛けてしまっただろうか、と思うゴマ。さてなんと声を掛けたものか、と思案する。

 手は抜かない、と言っていたのだから望むところだ、と返すのがいいだろうか?いや…。それは自分らしくない。

 なら自分らしくこう言うか。

 ゴマはそこまでを考えて、ポン、とホワイトタイガーの肩を叩く。

 

「おい、どうした?ビビってんのか?違うんだったら勝負してみろ。」

 

 その物言いにホワイトタイガーは確信した。

 ライバルも土壇場ではあるがベストコンディションになったのだ、と。

 

「上等…!」

 

 ホワイトタイガーもますます燃える。

 このままぶっちぎりで勝っても歯ごたえがないというものだ。

 いよいよ選手達全員がスタート位置についた。

 それぞれに両手を地面につけてクラウチングスタートの体勢だ。

 

「位置について。用意ッ!」

 

 スタート係の合図で一斉にお尻をあげて両足に力を込める。

 

―パァン!

 

 スタートピストルの号砲と同時、全員が弾かれたように飛び出した。

 クラウチングスタートは練習すれば普通に立ってスタートするよりも早くトップスピードに乗せる事が出来る。

 このスタート方法で綺麗な加速を見せたのはこの二人、ゴマとホワイトタイガーの二人だった。

 他の選手を引き離してぐんぐん加速していく。

 頭一つ抜きん出たのはホワイトタイガーだ。

 どうやらハードルなしでの単純なスピードだけならホワイトタイガーに分があるらしい。

 

「(けど…!)」

 

 ゴマにだって勝機はまだまだ十分だ。

 ハードル走はハードルをいかにスピードを落とさずにテンポよくクリア出来るかが重要だ。

 まずはホワイトタイガーが最初のハードルをクリアする。

 まるで獲物に飛び掛かる虎の如き豪快なジャンプだ。スピード、勢い、そして着地、どれを取っても申し分がない。

 続いてゴマが最初のハードルに向けて飛ぶ。

 上体を前へ倒して最小限の高さでハードルをクリア。無駄のないジャンプだ。

 次のハードルに向かうホワイトタイガーとゴマ。

 一歩、二歩。

 三歩目で再び踏み切りジャンプ!

 まずホワイトタイガー、続いてゴマが第二ハードルをそれぞれクリア。

 少しずつ差が縮まっていく。

 

「(イケる!)」

 

 ジャンプの手応えにゴマは自信を深める。

 ハードルをクリアできるギリギリの高さに抑えられたジャンプでひたすら前へと進む。

 三つ目のハードルでホワイトタイガーとゴマが並んだ。

 4つ、5つ、6つとハードルをクリアする度にゴマが少しずつホワイトタイガーを引き離す。

 もう、ゴマの耳には他の選手の事も、応援団の声援も届いていなかった。

 極限まで高まった集中力が音も何もかもを置き去りにする。

 ハードル走では全部で10個のハードルを跳び越す。残りは4つのハードルだ。

 7つ目、8つ目と順調にハードルをクリアしていくゴマ。

 ホワイトタイガーも必死に追いすがるが差は広がっていく。

 そして9つ目のハードル。

 再びゴマがジャンプ。

 

―チッ!

 

 と擦過音が響いた。

 ほんのわずかにではあるが足がハードルに触れたのだ。

 

「(しまった!?)」

 

 わずかではあるが、それでも体勢は崩れる。

 ハードルをギリギリで跳び越せる高さにジャンプを抑えてきた事が裏目に出た。

 高さを抑えればその分、スピードは出せるがこうした不測の事態には弱くなってしまう。

 ハイリスクハイリターンを続けたゴマに今まさにツケが回って来てしまったのだ。

 残るハードルは一つ。

 崩れたテンポ、崩れた体勢で跳び越せるか!?

 ゴマの脳裏にハードルに激突する自分の姿が見えた気がした。

 

「(ダメなのか……。)」

 

 ハードルまでは残り3歩。その一歩目で体勢が大きく崩れる。

 最後のハードルがやけに高く感じる。

 このまま止まらずにハードルに突っ込めば故意にハードルを倒したとして失格。無理やり跳べば怪我だって有り得る。

 二歩目はさらに大きく体勢が崩れた。

 

「ゴマァアアアアアアアアアアアアア!」

 

 瞬間、大きな声が響いた。

 プロングホーンが両腕を組んだ仁王立ちでゴマにあらんかぎりの声で叫んだのだ。

 

「(そうだ…!何ビビってんだ…!!)」

 

 最後の3歩目。

 ゴマは転倒しそうになるのをグッと堪えて無理やりに踏み切り、跳んだ!

 

「(諦めねぇ!諦めていいわけねぇ!)」

 

 スピードは十分、しかし高さが足りない。

 

―ガシャン!

 

 と大きな音を立ててハードルが倒れる。

 しかし、それでも跳んだ。

 それが重要だ。

 ハードル走では、故意でないならハードルを倒してもペナルティはない。

 完全にスピードと勢いとバランスを失ったゴマだが、それでも全てのハードルをクリアした。

 最後の着地、もうゴマはバランスを取る事は諦めた。

 ゴロリ、と前転の要領で一回転してそのまま走り出す!

 

「(ここで諦めてみろ!どんな顔してともえや萌絵やイエイヌに会えるってんだ!)」

 

 勢いとスピードは失ったが、それでも前へ進むゴマ。

 そんなチャンスをホワイトタイガーが見逃すはずはなかった。

 彼女は全てのハードルを綺麗にクリア。そのままの勢いで先行していたゴマに追いつく。

 ハードルはもうない。

 素のスピードだけならホワイトタイガーに分があるのはさっき証明されていた。

 

「(けど負けるかよっ!)」

 

 地面を転がった事で埃まみれになってしまったが、それでも止まるよりはマシだ。

 ゴマは最後の意地を込めてスプリントを敢行。

 歯を食いしばり、漏れそうになる息を抑え込んで必死の形相で食らいつく!

 長いようで短い一瞬の間。

 ホワイトタイガーとゴマはほぼ同時にゴールを切った。

 審判が集まって着順と失格がないかどうかを協議する。

 ハードル走では故意でないならハードルを倒しても失格にはならない。

 しかし、自分のコースからハミ出したりした場合には失格になってしまう。

 ゴマが最後のジャンプを跳んだ時、もしかしたらコースをハミ出してしまっていたかもしれない。

 最後の着地で転がった時も同じだ。

 やがて着順が発表される。

 失格にだけはなってくれるなよ、と祈る気持ちで着順発表を待つゴマ。

 

「1着、ジャパリ女子中学、ゴマ選手。2位、色鳥西中学、ホワイトタイガー選手。」

 

 発表された着順にゴマは右の拳を大きく突き上げる。

 

「見事。よい勝負だった。」

 

 ホワイトタイガーも敗れた悔しさはあるものの、悔いはなかった。

 全力を出し切ったが、相手の意地がそれを上回っただけの事だ。

 だから右手を差し出した。

 ゴマもしばらくそれを呆けたように見ていたが、同じく右手を出して握り返す。

 固い握手を交わした後にホワイトタイガーはニヤリとする。

 

「生憎とタオルもハンカチも観客席に置いて来てしまった。汚れを拭うのは戻るまでお預けだな。」

 

 自分の頬っぺたをツンツンして汚れがついているよ、と教えてあげるホワイトタイガー。

 対してゴマは慌てて自分の手で頬っぺたを拭う。

 が、かえって汚れが広がってしまった。

 そんな顔を見せるゴマにホワイトタイガーは苦笑する。

 みんなのところに戻る前には何とかしてやりたいが、その必要もないかもしれない。

 ちょっと格好はつかないかもしれないが、それはそれで勝利をもぎ取った者の顔として恥ずかしいものではないのだから。

 

 

―後編へ続く

 




【アイテム紹介:変身スプレー(仮)】

 萌絵が“教授”と一緒に作った発明品の一つ。
 小さなスプレーの中身はサンドスターを含んだイリアのオイルを加工したものが入っている。
 現在、これを使えるのは萌絵だけで、スプレーの中身をかける事によって、髪色や爪の色、瞳の色をともえそっくりに変える事が出来る。
 それ以上の効果はなく、例え姿がともえそっくりになっても中身は萌絵のままなので運動が得意になったりはしない。
 当初は“リンクパフューム”のような変身アイテムを目指していたが、残念ながら狙ったような効果は出せず失敗した際の副産物である。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。