白虎スタジアム屋上。
ここは人が出入りする場所としては作られていない。
しかし。今ここには5人の人影がいた。
クロスハート、クロスナイト、クロスラピス、クロスラズリ、そしてチープロンの5人だ。
やや湾曲しているものの、歩けない程ではない。
そして、大きなスタジアムを覆う天井はそれと同様に大きく広い。
陸上トラックよりもずっと広い広大な屋根がバトルフィールドとなっていた。
「よし!じゃあみんな!行くよ!」
クロスハートの号令と共に全員がチープロンに向かって駆け出す。
まずはクロスハートが突撃してその後ろにクロスナイトが続く。
クロスハートの無茶をクロスナイトがサポートする最近お決まりになってきた必勝パターンである。
まずは最初は正面から当たってみるか、とクロスハートが突撃する。
キタキツネフォームの右腕にサンドスターの輝きを集めて一撃を繰り出す!
が…。
―スカッ
と確かに当たったはずの右腕がすり抜けた。
「へ?」
思わずクロスハートは間の抜けた声を上げてしまう。
そういう能力のセルリアンなのか、とクロスナイトもクロスラピスもクロスラズリもチープロンを見やる。
「いや、違う…!」
キッと振り返るクロスハート。
その視線の先、先ほど捉えたはずのチープロンが彼方にいるではないか。
「まさか…瞬間移動…?」
思わず呟くクロスラピスだったがそういう事ではない。
「単純に物凄く速いんだ…!」
クロスハートが捉えたと思ったのはただの残像だ。ユラリ、と陽炎のように消えてしまう。
「なら…!」
今度はクロスラピスが三つ編みを伸ばす。
その二本の三つ編みを周囲に張り巡らせてまるで網のようにチープロンを取り囲んだ。
「クロスラズリ!」
「任せとき!」
張り巡らされた網の中に飛び込むクロスラズリ。
その網を構成するクロスラピスの三つ編みを蹴ってさらに加速。
その飛びつき攻撃を身を捻ってかわすチープロン。
しかし、それは想定内。
跳ねるように逆側に抜けたクロスラズリが、今度はその先にあった三つ編みをロープがわりに反動をつけて再び躍りかかる!
「もらったで!」
背後を取った形のクロスラズリはそのままサンドスターで輝く鋭い爪を一閃しチープロンを引き裂いた!
かに見えた。
が、クロスラズリは手応えのなさに舌打ちする。
「また残像や…!」
再び現れたチープロンはクロスラピスの張った網の外側にまで抜けている。
チープロンが姿を現すと同時、それが通ったと思しき場所だけ、クロスラズリの三つ編みが細切れにされていた。
その手にはセルリウムで黒い輝きを放つ猫科の鋭い爪がきらめく。
だがこの程度で諦めるヒーロー達でもない。
「いくらなんでもあんなスピードでずっと走れるわけはありません!」
言いつつ今度はクロスナイトがチープロンへ向かって行く。
「ドッグバイトぉ!」
サンドスターを集めた右腕の一撃は、しかし先の二人と同じように残像を捉えたのみだ。
「まだまだぁ!」
一撃でダメでも二撃目。それでダメでもクロスナイトは何度だって攻撃を繰り出すつもりだった。
再び彼方で姿を現したチープロンに対して今度はけものプラズムを変化させた丸形の盾、ナイトシールドを…。
「ドッグスロー!」
と投げつけた。
丸形の盾はまるでフリスビーのようにチープロン目がけて飛んで行く!
だが、やはりチープロンは飛んでくるナイトシールドを再び残像を残してかわしてしまう。
しかし…。
「クロスハート!」
それはクロスナイトだって予想していた。
だからクロスハートに叫ぶ。既に彼女は期待通りに動きだしていたのだから。
「チェンジ!Gロードランナーフォーム!」
丈の短いランニングシャツにブルマ姿、まだら模様の前髪をもつ姿に変身したクロスハートが、行き過ぎたナイトシールドへ追いつく。
Gロードランナーフォームはスピード特化とも言うべきフォームだ。
スピードをさらに上げるバフ技である『爆走!スピードスター』を使って最高速度をもってナイトシールドをキャッチ。
それを回避で体勢を崩したチープロンに投げつけようとした。
フリスビーの継投の如きチームプレイだ。
だが、それは果たされなかった。
何故ならナイトシールドをキャッチした瞬間…。
―ビュン!
と一陣の風がクロスハートの横を追い抜いたからだ。
その風の正体はチープロンだ。
まるで、自分の方が速い、というのを見せつけるかのようにクロスハートを追い抜いて見せたのだ。
完全に目論見が外れたクロスハートはナイトシールドでの攻撃を中止せざるを得なかった。
「Gロードランナーフォームの最高速度よりも速いだなんて…!」
クロスナイトも目論見が外れたのは一緒だった。まさかクロスハートの最高速度を越えて来るとは思ってもみなかったのだ。
しかも、クロスナイトはもう一つ驚くべき事に気づいていた。
それはチープロンの速度に全く陰りが見えない事だ。
持久戦に持ち込んで相手の疲労を待つというのも期待できそうにない。
「思っていた以上に厄介な相手ですね…。」
そういえば、とクロスナイトは思い出す。
ゴマに以前、『強さとは何か?』と問うた事を。ゴマの答えは『強いっていうのは速い事さ!』という分かるような分からないようなものだった。
だが、今なら理解できる。
「確かに速いっていうのは強いですね…!」
どんな技も連携も全て置き去りにして彼方へ走り去るスピードの体現者。
そして、チーターの瞬発力とプロングホーンの持久力を併せ持った地上最速の存在。
それがチープロンなのだ。
クロスハートもクロスナイトも、そしてクロスラピスとクロスラズリの二人もその事実に揃って一筋の冷や汗を浮かべる。
どうやって戦うか。
迷う間にも時間は過ぎていくのだった。
の の の の の の の の の の の の の の
一方、陸上大会会場では滞りなくプログラムが進行していた。
ゴマの奮闘により奮い立ったジャパリ女子中学であったが、その成績は決して芳しいものではなかった。
特にプロングホーンとチーターの代わりに1500m走と100m走に出場した選手達は揃って3位。県大会出場を逃してしまい落ち込んでいた。
やはりそれほどに部長のプロングホーンと副部長のチーターの存在は大きかったのだ。
こうなるとジャパリ女子中学陸上部には暗いムードが漂ってしまう。
「こんな時にともえちゃんだったら…。」
ともえと入れ替わっている萌絵は悔しさに歯噛みする。
きっと彼女だったら持ち前の明るさでこんなムードも吹き飛ばしてくれるのに。
もうすぐ最後の競技である400mリレーが始まろうとしているのに、ともえ達は戻って来ない。
それほどに今回のセルリアンは強敵なのだろうか。
「ジャパリ女子の応援団長!そんなに暗い顔をするものじゃないぞ!なんせ今日はこのシロ様がついているのだからな!」
そんな中で色鳥西中学校のシロをはじめ応援団の他のメンバー達の存在は救いでもあった。
だが……ホワイトタイガーが申し訳なさそうな表情を浮かべて言った。
「すまぬ。ジャパリ女子中学校の皆。」
何がだろう?
と一同ホワイトタイガーが何に謝っているのか分からずに小首を傾げていた。
「そろそろシロ様は体力切れだ。」
と疑問に答えてくれたところで、シロは電池が切れたかのように急にしおしおとへたりこんだ。
「特に体調が悪いとかそういうわけではないので安心して欲しい。シロ様は張り切ると大体いつもこうなる。」
ホワイトタイガーは言いつつ、手早く敷物を敷いて膝枕。ついでにシロの身体にタオルをかけてやる。
どうやらそれは本当のようで、まるでスイッチを切ったかのようにシロはホワイトタイガーの膝の上ですやすやと安らかな寝息を立てていた。
「あらら…。」
確かに、シロには随分と頑張ってもらった。
なんせ色鳥西中学の応援のみならず、ジャパリ女子中学の応援まで行ってくれたのだ。
最後の競技を前に体力切れになっても仕方ないというものだ。
ちなみに、シロと一緒に頑張っていたアライさんはというと、そんな膝枕を羨ましそうに見ていてフェネックに「後でねー。」と耳打ちされて嬉しそうにしてたりした。
それはともかく、今は応援団の主柱ともなっていたシロまで抜けるとなるとますますムードが暗くなってしまう。
どうしたらいいのか、萌絵も思い悩む。
と…。
その肩にポム、と手が置かれた。
「あんまし暗い顔してんじゃないわよ。何にも心配なんていらないから。」
その手の主は…。
「チーター先輩!?」
であった。
そしてもう一人。
「ああ。ゆっくり休ませてもらったおかげで大分マシになった。」
プロングホーンもいつものように腕組みして仁王立ちしていた。
二人の瞳には強い光が宿っている。
最後の競技になる400mリレーを走るつもりだというのは誰もが分かった。
その顔色は誰が見てもよいものとは言えない。
それに準備運動どころかアップすらしていないのだ。
二人のコンディションは不調を通り越して絶不調と言っていい。
「どうしてそこまで…。」
萌絵には疑問だった。
どうしてそこまでして走るのか。
一度だけ走れるのならどうしてそれぞれの個人競技ではなく、このリレーなのか。
それがとても不思議に思えた。
その疑問には他の3年生が答えてくれた。
「伝統ってヤツなのよ。」
伝統とは一体何なのか。
「この地区大会のリレーは3年生二人と2年生二人が走るっていうのは昔から決まってるの。結果に関わらずね。」
「そうそう。それで3年生はその時の部長と副部長が代表になるんだよね。種目が専攻であろうとなからろうと。」
他の3年生達がかわるがわる萌絵に教えてくれた。
「去年も、一昨年も、その前の年もずーっと同じ。このリレーだけはねー。」
3年生の陸上部員たちは誰もが同じように頷いていた。
彼女達だけが知っている何かがあるとでもいうのだろうか。
「だから、プロングホーン。チーター。」
彼女達は言った。
無理はするな、でもなく休んでいろ、でもなくただ一言を。
「頼むね。」
対するプロングホーンとチーターの二人もその言葉にニヤリとしつつ強く頷いてみせた。
「さ。行くぞ。」
プロングホーンはゴマの肩を叩く。
一方のチーターは2年生で彼女の代わりに100m走を走った女の子の肩を叩いていた。
ゴマと同じ2年C組の女の子だ。なんだかんだでよく気の回る子で真面目に練習していた事もあって補欠とリレーメンバーに選ばれていたのだ。
リレーメンバーはその4人だ。
その4人で走るのだ。
萌絵は戸惑う。
どうみてもプロングホーンとチーターの二人が走れる状態には思えない。
それなのに誰一人やめろ、とは言わないのだ。
萌絵は思う。ともえだったらきっと…、いや、絶対にこう言っていたに違いないと。
「頑張って!」
だから萌絵はともえの分まで精一杯の声援と共にリレーメンバーを見送った。
の の の の の の の の の の の の の の
400mリレー。
最終競技となるこの種目は各校決められたコースを走る。
もしもコースから外れたら失格だ。
スタート位置は外側のコースにいる選手ほどゴールに近くなっている。
コーナーで外側の選手の方がより長い距離を走る事になる為の調整だ。
なので、スタートを切る各選手はかなり遠く離れている。
ジャパリ女子中学は最内の第1コース。第1走者は2年生の女の子だ。
一見すると気が弱いように見えてここ一番のスタートに強い。
続けての第2走者はハードル走で活躍したゴマだ。
短距離走でもゴマは速い。
そして第3走者でチーター、アンカーにプロングホーンという布陣で最終競技に挑む。
「な……何故…。」
オオセルザンコウは各スタート位置に選手を誘導する際に信じられないものを見た。
“輝き”を保全したはずのプロングホーンとチーターの二人が出場選手に混じっていたのだ。
“輝き”を保全された直後はまともに動けるはずはないのに。
それほどまでにこのかけっこは重要なのか。
この競技場の“輝き”は保全したのだから必ず再現出来るというのに。
そんなオオセルザンコウの戸惑いは余所に、各校の選手達はスタート位置についた。
間もなくスタートの合図があるだろう。
止めるべきか、とオオセルザンコウが悩んでいるうちに各校第1走者がスタート準備を終えた。
「位置について!用意ッ!」
各選手クラウチングスタートの体勢に入る。
―パァン!
スタートピストルが今日最後の号砲を鳴した。
と同時に選手達が一斉にスタートを切る。
スタートは400mトラックのコーナー部分から始まる。
第1走者はスタートの強さと共にコーナリングのテクニックも求められる。
他の各校はやはり3年生の実力者を配置していた。
ジャパリ女子中学も必死で追いすがるが1年分の練習量の差がそのままタイムの差となってしまったようだ。
コーナーが短い最内側のコースであるにも関わらず、その差は殆ど縮まっているようには見えないままに最初のバトンパスが近づいて来ていた。
「ゴマちゃん!」
「おう!」
第2走者はゴマである。
テイクオーバーゾーンと呼ばれるバトン受け渡し区間で第1走者と第2走者が併走しつつ、タイミングを見てバトンをパスする。
「(ちょっと遅れ気味だけど、こんくらいどうってことないぜ!)」
バトンを受け取ったゴマはそのまま加速していく。
第2走者は400mトラックのストレート部分を走る事になる。
ゴマが最も得意とするのはハードル走ではあるが、短距離走だって得意だ。
ゴマは嬉しかった。
プロングホーンとチーターの二人が不調ではあっても出場してくれた事が。
3年生はこの夏の大会が終わったら引退してしまう。
だが、県大会出場となれば話は別だ。
それまでの期間は引退が先延ばしされる。もう少しだけ、プロングホーンやチーターと一緒に走る事が出来るのだ。
そう思えば自然と脚に力が入る。
出来る事なら不調のチーター達の為にもここでリードを稼いでおきたい。
最後の力を振り絞って前へ進む。
が…。
―ズキリ。
とその足首に鈍い痛みが走る。
先のハードル走で転んだ際に捻ってしまっていたのだろうか。
直線コースで順調に他校選手を追い上げていたゴマが失速した。
「(ちくしょう…!?こんな時に……!)」
ゴマは悔しさに歯噛みする。
が諦めるわけにはいかない。
歯噛みを食いしばりにかえて痛みを無視した。
「(こんなもん痛いわけあるか!プロングホーン様とチーター先輩が待ってんだ!この程度の痛みで止まってられるかっ!)」
ゴマが再び追い上げ始める。
最内側のコースであるジャパリ女子はスタート位置が最もゴールに遠い為、見た目上は最下位に見えてしまう。
それが徐々に追い上げていくのだ。
「いけぇ!ゴマちゃああああん!!」
萌絵の声援に続いてジャパリ女子応援団も最後の力を振り絞り精一杯の声援を送る。
途中の失速が悔やまれるが、ゴマは互角以上の走りでもって第3走者のチーターにバトンを繋ごうとしていた。
と、チーターはテイクオーバーゾーンから一切動かない。
通常であればバトンを受け取る側も並走する形で加速しながらバトンを受け取るのだ。
それを一切動かないという事は…。
「(チーター先輩…。俺の怪我…気づいてるのか!?)」
ゴマが思った通りだった。
チーターはなんだかんだで周囲の事を見ていて、いつも気にかけてくれた。
今も足を痛めたゴマが少しでも短い距離を走るだけで済むように加速を捨てたのだ。
「チーター先輩……!」
ゴマがバトンを渡すと同時。
チーターが弾かれたように飛び出す。
「(ったく…。そんな顔すんじゃないわよ。)」
チーターはバトンを渡すゴマの表情が泣きそうなものだった事にも気づいていた。
きっと自分に加速を捨てさせた事にも、リードを作れなかった事にも申し訳なく思ってそんな表情になっていたのだろう。
「(心配……いらないわよっ!!)」
チーターは大地を強く踏みしめて一気にトップスピードまで加速した。
彼女は持久力はないが瞬発力なら誰にも負けない。
バトンパスでのロスを一気に取り戻した。
だが、身体が重い。
まるで泥の中を進んでいるかのように身体が前に進まない。
やはり絶不調のチーターはいつものようなキレのある走りではなかった。
第3走者は再び400mトラックのコーナー部分を走る。
「(何とかこのコーナーで追い上げるしかないわね。)」
例え不調だったとしてもコーナリングの技は鈍らない。
チーターは目いっぱいまで身体を内側に傾ける。
左右の腕の振りを調節してスピードを落とす事なくコーナーを駆け抜けていった!
普段の彼女ならぶっちぎりだったはずだ。
だが、今はほぼ団子状態で各校一斉にアンカーへバトンを渡すテイクオーバーゾーンへ入っていく。
チーターもまた部長のプロングホーンへバトンを繋ごうとしていた。
ジャパリ女子中学陸上部には一つの伝統があった。
3年生の部長と副部長はこの地区大会のリレーで次代の部長と副部長に自分達の走りを見せる事。
そして3年生全員の3年間を乗せて次の代にその走りを伝える事だ。
チーターも去年、このリレーで当時の3年生から同じようにバトンを渡されたのだ。
今年は少々不甲斐ない走りになってしまったかもしれないが、今の自分に出来る精一杯は見せる事が出来た。
あとは…。
「(あの陸上バカなら、放っておいたって最高の走りを見せてくれるでしょ。)」
アンカーにはプロングホーンが仁王立ちで待っていた。
「チーターァッ!!」
と、プロングホーンが大声で自分に呼びかける。
何事かとその目を見れば、ギラギラとした目で不敵な笑みを浮かべていた。
「(まったく…楽しそうな顔しちゃって。で、何をやらかすつもり?)」
苦笑と共にチーターは覚悟を決めた。
プロングホーンがああいう顔をするときは決まって逆転の一手を考えている時だ。
何をやらかすにしたってドンと来いだ!
「アレをやるぞ!」
アレ、とはアレの事か。とチーターも理解はしていた。
だが、アレは練習でもまともに成功した試しがなかっただろうに…。
それでもチーターは苦笑と共に納得もしていた。
「(まあ…。そうよね。諦めるわけにはいかないものね。だったら後輩達にカッコいいところ見せてやろうじゃないの!)」
各校一斉に最後のテイクオーバーゾーンへ突入していく。
プロングホーンとチーターの二人は一体何を企んでいるというのか。
テイクオーバーゾーンでプロングホーンとチーターが併走状態になった。
「プロングホーンッ!」
「おう!」
プロングホーンはいつまで経ってもバトンを受け取る為に腕を後ろに伸ばさない。
だが、それは狙い通りだ。
チーターはプロングホーンの腕の振りに併せてバトンを差し込むようにして渡した。
アンダーハンドパスと呼ばれる技だ。
通常は合図でバトンを受け取る側が手を伸ばしたところにバトンを上から渡すオーバーハンドパスが主流だ。
アンダーハンドパスは腕の振りに併せて下手でバトンを受け取る事でスムーズに加速する事が出来る。
しかし、これは物凄く難しく、下手をすればバトンを落としてしまう危険の大きい技だ。
それでもプロングホーンとチーターのコンビはアンダーハンドパスに成功した。
やや遅れていたジャパリ女子中学もここに来てついに他校の選手達に並ぶ。
チーターは最後の力を振り絞って叫んだ。
「プロングホーンッ!見せてやりなさい!」
バトンはアンカーのプロングホーンへ渡された。
の の の の の の の の の の の の の の
「よし!みんな!ちょっと作戦タイム!!」
屋上ではクロスハートが残るクロスナイト、クロスラピス、クロスラズリの3人を集めていた。
このまま攻めていてもチープロンを捉える事は出来ないと思ったからだ。
チープロンの方も別に作戦タイムに入ったからといって攻撃してくる素振りはなかった。
これがまた厄介で、チープロンが攻撃しようとしてくるなら、その動きを予想して反撃する事だって出来る。
けれどもチープロンは徹底して逃げや回避に徹しているのだ。
これではチープロンの速度に追いつかない限り撃破は難しい。
「作戦って言ったって何かありますか?」
クロスナイトも肩で息をしながら訊ねる。
あの後も様々な攻撃を試してみたがチープロンへ有効打を与えるどころかかすり傷一つ付けられていないのだ。
「うん。多分ね、相手の土俵で戦っちゃいけないんだ。」
どういう事だろう。と顔を見合わせるクロスナイトとクロスラピスとクロスラズリ。
「足の速さでは勝てない。だから他の何かで勝つしかないと思うんだ。」
じゃあ、その他の何かとは、と一同揃ってクロスハートの続く言葉を待つ。
「作戦はこうだよ。」
皆を集めてこしょこしょと耳元で内緒話のクロスハートだ。
作戦を説明された一同は、また無茶な作戦を思いついたものだなぁ、と少しばかりの苦笑を浮かべる。
だが、確かに理屈の上ではいけそうに思えるのも確かだった。
「でも待って。チープロンに追いつく役目はクロスハートじゃなくて私にやらせてくれないかな。」
と言い出したのはクロスラピスだった。
確かに機動力という点でいけば一番高いのはクロスラピスだ。
クロスハートも思いついたはいいものの、その作戦を実行するにあたって一番負担のかかりそうなチープロンに突撃する役は自分がやろうと思っていた。
けれども、一番負担のかかるであろう役目に最も適任なのはクロスラピスなのだ。
ありがたい申し出ではある。
「ね。お願い。」
重ねて頼まれる。
クロスラピスも作戦を成功させてチープロンから“輝き”を取り戻したいのは一緒だ。だからこそクロスハートの作戦を信じて危険な役割に志願したのだ。
自身の作戦を信じてくれた以上、クロスハートもまたクロスラピスを信じる事にした。
「うん。ありがとう。全力でサポートするからね。」
作戦の決まった4人は再びチープロンに向き直る。
ニヤリとしつつまずはクロスラズリが前に出た。
「ちょうど、おあつらえ向きの新兵器もあるで!」
ヒョイっとシルクハットを脱いだクロスラズリ。
「It's Show Timeや!」
彼女がその帽子の中に手を入れて引き抜くと、どう見てもその帽子には納まりきらないであろう大きさの機械が出て来た。
それは一見するとクワガタのハサミを巨大にしたもののように見える。
ハサミの根元部分にグローブのような物が見えるので、どうやら腕に装着して使うものらしい。
そして、ハサミとグローブを繋ぐ接続部分にはネジのような突起がいくつもついていた。
「おおお!?な、何それ!?」
クロスハートも思わず目を輝かせた。
「へへー。いいでしょ。お母さんがね、作ってくれたの。」
「おう。ウチらのとっておきやで。」
クロスラピスもクロスラズリも何だか照れたようにしている。
こんな時だというのに、クロスハートもクロスナイトも顔を見合わせるとニヤニヤしてしまった。
“教授”が彼女達の為に何かを作っていた一部始終は遠坂家で行われていたので、事情は知っていたのだ。
クロスラピスとクロスラズリの様子を見るに、結果は上々だったのだろう。
それを知ったクロスハートとクロスナイトの二人はニヤニヤが止まらない。
「なになに、ルリちゃん“教授”の事をお母さんって呼ぶようになったんだー。」
「えへへ…。なんかまだちょっと慣れないけど…。」
クロスハートはクロスラピスの脇腹を肘でツンツン。
クロスラピスはというと仮面の下のほっぺが赤くなっていた。
そうやっていると、すっかり忘れられた格好のチープロンが自らの速さを見せつけるかのように高速反復横跳びしていた。
無視するな、とでも言うのだろう。
「あ…。すっかり忘れてた…。」
気を取り直してチープロンに向き直る4人のヒーロー達。
「ところで、その武器って名前あるの?」
訊ねるクロスハートにクロスラズリが頷く。
「あるで。その名も…!」
クロスラズリはあの日、エゾオオカミと“教授”とついでにイリアとレミィも含めたクロスジュエルチームみんなで考えた名前を高らかに宣言した。
「ジュエル・クロスバイスや!」
思わずおおー、と拍手するクロスナイトとクロスハート。
クロスラピスはその間にジュエル・クロスバイスを腕部に装着した。
クロスラピスの背丈の半分にもなるジュエル・クロスバイスを装着した姿はアンバランスな印象がある。
それに加えてどう見ても鈍重な武器だ。
チープロンはそんなものが当たるかとでも言いたげに自身の『石』を親指で指して挑発して見せた。
その『石』は背中についていた。
となると、やはりチープロンのスピードに追い付いて背後から一撃を加えるしかないように思える。
ジュエル・クロスバイスを装着して鈍重になったクロスラピスに果たしてそれが出来るのか。
「じゃあ…いくよ!」
クロスハートの号令で作戦が開始する。
まずはクロスナイトが再び突撃。
チープロンに攻撃を繰り出すも、やはりそれは簡単にかわされてしまう。
だが、ここからが作戦の本番だ。
クロスハートはスケッチブックを取り出すと叫ぶ。
「チェンジ!クロスハート・アムールトラフォーム!」
パラパラとめくれたスケッチブックがいつか描いたアムールトラのページで止まると同時、クロスハートがサンドスターの輝きに包まれる。
そして現れるのは丈の短いスクールベストに虎縞模様のミニスカートとガーターベルトのクロスハートだった。
パワー特化とも言うべきアムールトラフォームである。
アムールトラフォームへと変身したクロスハートはもう一人の力自慢であるクロスラズリに視線で合図する。
「おうよ!」
クロスラズリも応じて、二人でクロスラピスが伸ばした三つ編みの先端を握る。
そしてそのまま二人で…。
「「ぐるぁああああああああああああああああっ!!」」
咆哮と共に砲丸投げの要領で回転!
クロスラピスを砲丸にチープロンへと投げ放った。
「前にアムールトラちゃんと戦った時にパワーでGロードランナーフォームのスピードを越えてきた事があったよね。」
その経験がクロスハートに今回の作戦を思いつかせていた。
「パワーがあれば一瞬だけならスピードを越えられる!」
「しかもウチらのパワーを二人分やからスピードだって二倍やで!」
砲丸どころか砲弾と化したクロスラピスはチープロン目がけて飛ぶ。
クロスナイトに注意を引かれていたチープロンも気づいて逃げようとしたが、その速度よりもクロスラピスの手が届く方が早かった!
「ジュエル!」
ガキン、と機械仕掛けの顎がチープロンの『石』を挟み込んだ。
「クロスッ!」
続けて、クロスラピスはジュエル・クロスバイスを装着した手を思い切り握り込む。
その動きはグローブを伝って油圧機構に伝えられて何倍もの力でチープロンの『石』に圧力をかけた。
「バイスぅうう!」
仕上げに、クワガタのハサミの根本部分に仕込まれたいくつもの突起が内部に押し込まれる。
それは予め高圧をかけたオイルを充填したアキュムレーターと呼ばれる機構だ。
これでさらに油圧機構に高圧をかけて万力を締め上げるのだ。
結果……。
―パッカァアアアアン!
とジュエル・クロスバイスに挟みこまれた『石』は小気味よい音を立てて砕け散った。
続けてチープロンの身体も砕けてキラキラとしたサンドスターの輝きへと還っていく。
そして、勢いがついたクロスラピスの身体はクロスナイトがしっかりとキャッチした。
「ど、どうだぁ~…はらほれ~…」
振り回された格好になったクロスラピスは目を回していた。
『石』に一度しか使えないジュエル・クロスバイスを当てたのは奇跡なんじゃないだろうか、なんて思って苦笑するクロスナイトだった。
「はは…やったで…。」
「うん、やったねえ…。」
と、二人分のパワーでぶん投げた側のクロスハートとクロスラズリの二人も目を回してもつれるように倒れていた。
「まったく…。これはしばらく戻れそうにありませんね。」
そんなクロスナイトの苦笑を肯定するように、クロスハートとクロスラピス、クロスラズリの三人は仲良く目を回すのだった。
の の の の の の の の の の の の の の
リレーの第四走者。アンカーへとバトンが渡ると、その時点での順位が素人目にもハッキリする。
アンカーはストレートコースを走るので、もうコーナーを走る距離によってスタート位置を調整する必要がないからだ。
そしてアンカーにバトンが渡った瞬間、ジャパリ女子中学の順位は最下位だった。
高等技術であるバトンのアンダーハンドパスに成功したものの、それでも喰らいつくだけで精一杯だった。
「(それでも…!諦められるものか!)」
プロングホーンは重い身体を必死で前に進める。
3年生全員はこんな状態である事を知りながら自分にこのリレーを任せてくれたのだ。
プロングホーンは全3年生部員の3年間を背負って走っていると言っていい。
「(体調が悪い?調子が悪い?それがどうした!私は…私は…!)」
プロングホーンが少しずつ少しずつ追い上げていく。
「(ジャパリ女子中学陸上部部長!プロングホーンだっ!!)」
その追い上げを見るオオセルザンコウは有り得ないものを目にしていた。
“輝き”を保全されたはずのプロングホーンが再び“輝き”を放っていたのだ。
「どうしてそこまでする…!?」
“輝き”は保全されたのだから、いつか必ず再現できる。
だから、今苦しい想いなど必要ないというのに。
オオセルザンコウには全く理解が出来なかった。
だが、そんな事は関係ない。プロングホーンは決して脚を緩めようとはしなかった。
「(今、ここで走らなかったら…私は私じゃいられない…!だから…!)」
会場が歓声で沸き立つ。
最後の各校デットヒートに誰もがその勝負の行方を見守った。
「走れぇー!プロングホーンッ!」
既に走り終えたチーターの声が響く。
「(ああ…!走るとも!)」
プロングホーンの瞳に強い輝きが宿る!
と同時、プロングホーンが急加速した。並み居る各校を一気にゴボウ抜きにしていく。
「なっ!?」
と驚いたのはオオセルザンコウだ。
プロングホーンの“輝き”が完全に戻っていたからだ。いや。かえってその“輝き”は強くなっている。
何者かにチープロンが倒された事を悟ったオオセルザンコウはこっそりと自身がもっていた“アンプル”に“輝き”の一部を保全する。
完全に復調したプロングホーンに敵はいなかった。
一気にトップに躍り出たプロングホーンはそのままぐんぐんと他校を引き離していく。
怒涛の追い上げを見せた彼女はそのまま1着でゴールへ飛び込んだ!
会場に満ちる歓声に応えるようにプロングホーンは大きく右手を天に突き上げるのだった。
の の の の の の の の の の の の の の
結局、その後も閉会式はつつがなく終了した。
オオセルザンコウも一仕事を終えて帰路へと着く。
だが、その心は暗く沈んでいた。
「私は本当に正しい事をしているのだろうか…。」
思わず独り言が口から洩れる。
今日、“輝き”を保全したはずのプロングホーンとチーターの二人はそれに必死に抗って見せた。
その姿に、自分がやっている事は一体何なのか、という疑問がオオセルザンコウの頭に浮かんでいた。
その疑問を彼女は首を振って追い出した。
「いいや…!私達は正しい事をしているはずだ…!セルゲンブ様だってそうおっしゃっていただろう…!」
オオセルザンコウをこの世界に渡るように命令したのはセルゲンブである。
セルゲンブはセルスザクと同じように異世界の四神の一柱がセルリアンに憑りつかれた存在だ。
オオセルザンコウはセルゲンブの側近ともいうべきセルリアンフレンズである。
「だから…。セルゲンブ様の命令は必ず果たさなければならない…!」
オオセルザンコウは自身に生まれた疑問に蓋をして目を逸らすのだった。
の の の の の の の の の の の の の の
萌絵は家に帰りつくなりリビングのソファーに倒れ込んだ。
「だ、大丈夫?お姉ちゃん。」
そんな萌絵にマッサージするともえ。
イエイヌはといえば、少しでも疲れがとれるようにとハチミツ入りの紅茶を用意している最中だ。
「か、身体がバキバキ言ってるよぅ…。」
結局、ともえと入れ替わって応援団長を成し遂げた萌絵はもう指一本動かす気力がなかった。
それでも無理をした甲斐もあったようで、どうにか平和も保たれただろう。
「今日はお風呂入ったら、ちゃんとマッサージして身体をほぐしておかないと、明日筋肉痛でひどい事になるかもね。」
普段あまり運動をしない萌絵だ。
お風呂でのマッサージもきっと筋肉痛を和らげる程度の効果しか期待できないだろう。
「ともえちゃぁああん。」
萌絵は情けない声をあげてともえを見る。
何が言いたいのかはともえも理解していた。
「はいはい。今日は一緒にお風呂入ってマッサージもしてあげるからね。」
その答えに萌絵は何度もうんうん頷いていた。
「じゃあ…今日は…イエイヌちゃんと3人でお風呂ね…。ふわぁ…。」
疲れが限界に来ていた萌絵はそのままソファーで寝息を立て始めた。
お茶の準備が出来たところだったイエイヌは苦笑しつつお茶の代わりにタオルケットを持ってきて萌絵にかけてやった。
お茶は冷める前にともえと二人で楽しんで、萌絵の分はまた起きたら淹れ直そう。
そう思ってイエイヌは萌絵の寝顔を覗き込む。
とても満足そうな顔だ。
「ともえちゃん。」
「ん?なあに。イエイヌちゃん。」
今日、萌絵が頑張ってくれなかったらセルリアンと戦えただろうか。
こうして普通に家に帰れただろうか。
萌絵の寝顔を覗き込んだままのイエイヌはそんな事を考えながらこう言った。
「やっぱり萌絵お姉ちゃんは世界一のお姉ちゃんですね。」
ともえも眠る萌絵の黒髪を撫でながら…。
「へへー。でしょう?」
と自慢げに返すのだった。
の の の の の の の の の の の の の の
家路につくゴマは上機嫌だった。
結局、県大会に進めたのはゴマのハードル走と400mリレーだけだった。
それでも、もう少しの間プロングホーンとチーターの二人と一緒に部活が出来るというのが嬉しくて仕方なかった。
「しかし、走り足りないな!どうだ、チーター!ゴマ!あの夕日に向かってダッシュしないか!」
「お供します!プロングホーン様ぁ!」
「しないわよ…。アンタ達じゃないんだから。あとゴマはやめときなさい。足首捻ったの悪化したらどうすんのよ。」
すっかり復調したプロングホーンは元気が有り余っている様子だ。
大会を不完全燃焼で終えてしまったのだから仕方がない。
「ま、今日くらいは付き合ってあげてもいいけどね。」
それは実はチーターだって一緒だったようである。
「それよりもプロングホーン。アンタ、陸上の推薦入試どうするつもり?今回の大会で私達は個人競技に出場しなかったから推薦にも響くと思うんだけど。」
実はプロングホーンとチーターの二人は陸上の推薦でスポーツの盛んな色鳥南高校への進学を予定していた。
ところが、今大会での個人競技欠場だ。
いくら今までの実績があるとは言っても推薦入試に影響が出るのは確実だった。
「まあ、最悪一般入試って手だってあるわよ。」
気楽に言うチーターに対してプロングホーンは笑顔のまま顔を引きつらせていた。
その表情の意味するところを長年の付き合いであるチーターは正確に読み取っていた。
「プロングホーン…。あんたまさか…。全然勉強してないとか言わないわよね…?」
呆れ半分で言うチーターの疑問はそのまま的を射抜いていた。
引きつった笑みのままで頷くプロングホーンである。
「この陸上おバカ!地区大会の後は期末テストだってあるでしょ!?なんで勉強してないのよ!?」
「いやあ…。じっとしてるのは性にあわなくて…、つい…。」
「ついじゃなわよ!?期末テストで赤点取ったら夏休み補習よ!?っていうか受験もヤバいわよ!?あーもう!今から進路指導の先生んトコ行って予約するわよ!ほら!駆け足!ダッシュ!」
とチーターがプロングホーンを追い立てるように走り始めた。
「待って下さい!プロングホーン様ぁ!」
ゴマはそんな二人を追いかけて走り始める。
もう少しだけこんな賑やかな日々が続く事の幸せを噛み締めながら。
後日。
進路指導の教師は素っ頓狂なキンシコウの進路相談を受けた後に、さらにチーターに付き添われたプロングホーンの進路相談を受けて頭を抱える事になったのだった。
けものフレンズRクロスハート第18話『未来へつなぐバトン』
―おしまい―
【セルリアン情報公開:チープロン】
チーターとプロングホーンの“輝き”から生まれたセルリアンである。
外見はフレンズ型のセルリアンであり、顔には大きな一つ目がある。
見た目はフレンズ型ではあるが知性はない。
また外見はプロングホーンとチーターの二人を足して二で割ったような特徴を持つ。
頭にはツノを持ち、尻尾は長い猫科のものだ。
そして白のブラウスにボトムはブルマ。片足は白のソックスに逆側はヒョウ柄のニーソックスである。
腰にスカートがわりだとでも言うようにジャージを巻き付けている。
その最大の能力はクロスハートのスピードフォームであるGロードランナーフォームすら上回る速度である。
また、猫科の鋭いツメが持つ斬撃攻撃も威力は侮れない。
しかし、スピードに拘る習性があるらしく、敵を倒すよりも逃げ回る動きをする事が多い。
凄まじい速度を誇るチープロンにいかにして追いつくかが攻略の鍵だ。