けものフレンズRクロスハート   作:土玉満

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第20話『駆け抜けるけもの達』(中編)

 

 さて、一夜明けて今日から商店街では夏のイベントが開始する。

 夏休みが始まったというのに、むしろ普段よりも早起きして全員で朝のラジオ体操に参加。一日目のスタンプを貰ったら、そのままアルバイトへ出かける。

 

「うへぇ……。何でこんな早起きして体操なんてしないといけないの…。」

「コッチの伝統みたいなモンだ。慣れろ。」

 

 ぶぅぶぅ不平を言うマセルカの背中をポンと叩くエゾオオカミ。

 

「でも分かる!せっかく夏休みになったんだから朝はダラダラしたい!」

「おお、キタキツネ!分かってくれる!?」

 

 マセルカとキタキツネは話が合うようではあるが、それで二人して朝寝坊の癖がついてもよくない。

 

「ダメよ。それで生活リズムが狂いでもしたら学校始まったときが大変よ。」

「そうですよ。ギンギツネの言う通りです。」

 

 キタキツネはギンギツネが、マセルカはセルシコウがそれぞれに首根っこを掴んで引き剥がしてお寝坊同盟が結成されるのを防いでいた。

 そして、お互い大変だねぇ、なんて目線で苦笑し合う。

 

「あっはっは。みんな昨日の今日ですっかり仲良しだねぇ。」

「まぁ、悪い事ではないさ。何せ今日から一緒に仕事をする仲間なのだから。」

 

 賑やかなマセルカ達を最後尾で見守るのは奈々とオオセルザンコウだった。

 

「時に奈々。キミはピックアッパーとデリバリーマンどちらをやるのか決めたのかい?」

 

 今日からのイベントで彼女達が担う役割は二つある。

 一つは注文の入った品を商店街の各店舗から集めてまとめるピックアッパー。

 もう一つがそのまとめた商品を顧客へと届けるデリバリーマンだ。

 

「私はピックアッパーがいいかな。商店街の中は詳しい方だもの。」

 

 なるほど。商店街育ちの奈々なら効率いい商店街の回り方も心得たものだろう。

 そしてキタキツネも奈々の隣にやって来た。

 

「ボクもそっちがいいなぁ。色んなところまで走り回るの正直めんどい。」

「コラ。面倒なんてそんな事言っちゃダメよ。まあ…私もピックアッパーの方がいいなって思ってるけど…。」

 

 どうやらギンギツネもピックアッパーに回るらしい。

 3人とも商店街育ちだ。適材適所というものだろう。

 

「エゾオオカミ。キミはどうする?」

 

 オオセルザンコウが気になったのはエゾオオカミだった。

 彼女は商店街育ちではあるがどちらの役割を希望するのだろうか。

 オオセルザンコウの見立てではどちらでも出来そうではある。

 

「そうだなあ…。やっぱデリバリーマンの方かなあ…。こう見えて土地勘は結構ある方だし。」

「なら私と一緒ですね。どうです?どちらが沢山配れるか勝負してみます?」

 

 そう言うのはセルシコウだ。

 まあ、彼女ならより運動量が多いから修行になりそうという理由でデリバリーマンを選ぶだろう事は予想していた。

 

「なら、バランスを取る為にも私とマセルカもデリバリーマンの方だろうな。」

 

 オオセルザンコウはマセルカを引き寄せる。

 

「えぇー!?マセルカもキタキツネ達と一緒がいいー!」

「我がままを言うな。デリバリーマンの方が一つの仕事をこなすのに時間がかかる。だからそっちの方が多くないとバランスがとれないんだ。」

 

 オオセルザンコウの説得にマセルカはしぶしぶながらも頷いてみせた。

 これでピックアッパーとデリバリーマンの割合は3:4だ。ちょっと心許ない。

 思わず心配顔になってしまうオオセルザンコウだったが、その肩をエゾオオカミが叩く。

 

「その心配ならないぜ。今日来てくれる助っ人の4人はデリバリーマンでもピックアッパーでもどっちでもいいみたいだからな。」

「そうか。エゾオオカミが助っ人を呼んでいてくれたんだったな。それなら何とかなりそうだ。」

 

 とはいえ、オオセルザンコウはしばらく考え込む。

 エゾオオカミの呼んだ助っ人とは一体誰なのだろう。

 その疑問の眼差しを向けると、エゾオオカミにもそれが伝わったのか答えを返してくれた。

 

「ちょうど来たみたいだぜ。」

 

 エゾオオカミが視線で示した先には、ちょうど4人の人影が見えた。

 全員に声は掛けてみたけれど、どうやら今日は用事があるようで来てくれたのはかばんとサーバル、フェネックにアライさんの4人だけだった。

 

「(フレンズが3人にヒトが1人…か?サーバルキャット、アライグマ、フェネックギツネのフレンズと言ったところか…。)」

 

 オオセルザンコウは素早く分析する。

 いずれも動きやすいように軽装に身を包んでいる。

 彼女達は自分達の正体を知っているエゾオオカミが呼び寄せた助っ人だ。

 何者かわかるまでは一応注意深く観察しよう、と考えていたオオセルザンコウだったがいきなり思惑を崩された。

 

「あぁー!」

 

 マセルカが黒髪のヒトの女の子を指さして大声を出したからだ。

 

「ええっと、ええっと、なんだっけ!知ってる!知ってる子だ!なんだっけ!?」

 

 べしべし、とオオセルザンコウの背中を叩くマセルカ。

 いや、私がわかるわけがないだろう、と言いたいオオセルザンコウだったが、あまりに連打されて言葉を紡げないでいた。

 救いはないのか、とオオセルザンコウは視線を彷徨わせる。

 助け船は結局そのヒトの女の子が出してくれた。

 

「マセルカさん、水泳部の地区大会でもお会いしましたね。お久しぶりです。ジャパリ女子中学校の2年生、かばんです。」

「そうだ!かばんだー!えっとね、案内してくれたお礼言うの忘れてた!ごめんね!あとありがとう!」

 

 マセルカはかばんに詰め寄ると一気にまくしたてた。

 あの時は色々と余裕がなかったマセルカは後になってお礼を言うのを忘れていた事を思い出していたのだった。

 まさかこんなところで再会できるとは思ってなかったマセルカである。

 実はそれはセルシコウも一緒でマセルカと一緒にかばんに詰め寄っていた。

 

「久しぶりですね。かばん。早速ですが…」

「手合わせ禁止。」

 

 続く言葉を予想していたエゾオオカミがセルシコウとかばんの間に割って入っていた。

 先回りされたセルシコウは頬を膨らませていたが、さすがにこんなところで手合わせさせるわけにはいかない。

 

「二人とも。知り合いと会えて嬉しいのはわかるが、そんなに詰め寄ったら相手が困ってしまうだろう。」

 

 オオセルザンコウがマセルカとセルシコウを引き取った。

 かばんは奈々やキタキツネ、ギンギツネにも挨拶を済ませるとあらためてオオセルザンコウに向き直る。

 一度、視線でエゾオオカミに向けて何かを問い掛けるようにしていた。

 それに対し、エゾオオカミも頷きを返す。

 

「悪い、奈々姉さん。ちょっとかばん先輩達に仕事内容説明するから先に行っててくれるか?」

 

 エゾオオカミの言葉に奈々も怪訝な顔をするが頷いてくれた。

 キタキツネとギンギツネを連れて先に行く。

 この場に残ったのはエゾオオカミとセルリアンフレンズの3人。

 それに、今来たばかりのかばん、サーバル、アライさん、フェネックの4人である。

 はて、とオオセルザンコウは小首を傾げる。

 随分と剣呑な雰囲気のようにも思えるが何かあるのだろうか。

 かばん達4人はもう一度顔を見合わせていた。

 

「ま、しょうがないよ。皆、嘘と隠し事は苦手だからね。」

 

 なんて苦笑するフェネックである。

 

「はっはっは!サーバルはダメダメなのだ。」

「あ、アライさんだって嘘と隠し事は苦手じゃない!」

 

 そうやって言い合っている二人こそがこの場で最も嘘と隠し事が苦手なのだ。

 多分、一緒に働いているうちに何らかのボロは出してしまうだろう。

 そう話し合っていたかばんとフェネックは、今日この場でどうするべきか、というのも予め決めていた。

 かばんは意を決すると、あらためて挨拶をする事にした。

 

「どうも。ボクは星森かばん…。クロスシンフォニーです。」

 

 

の  の  の  の  の  の  の  の  の  の  の  の  の  の

 

 

 瞬間、その場に殺気が満ち溢れた。

 先程まで楽しそう話していたセルリアンフレンズ達が一斉に懐に手を入れる。

 取り出すのは“セルメダル”である。

 ここが公園と商店街を行き来する路地で今は人通りがないのは幸いか。

 エゾオオカミもポケットに入れた“リンクパフューム”の感触を確かめる。

 一触即発の雰囲気に、やはり自分の選択は間違っていたのか、とエゾオオカミの額に冷たい汗が流れた。

 

「出来ればこんなところで事を構えたくはありません。」

 

 殺気の籠った視線を一人受け止め、かばんは手でサーバル達を制する。

 かばんだけはすぐにでも戦えるよう構えをとらなかった。

 それなのにセルリアンフレンズの3人から放たれる殺気は緩む事はない。

 

「信じられるものか。一体何故この場に現れた。」

 

 いつでも変身できるよう身構えながら訊ねるオオセルザンコウ。

 思えば、彼女達3人はクロスシンフォニーにだけはやけに敵愾心を燃やしていたようにも思える。

 それはクロスシンフォニーを明確に脅威と考えているから、というだけでは説明できそうにない。

 

「一体どうして…。」

 

 エゾオオカミの疑問に、視線を外さぬままマセルカが言う。

 

「当然だよ。クロスシンフォニーはセルスザク様の命を奪った相手だもん…!」

「戦の世の常。恨みはしませんが仇を討てるとあれば、この場で戦う事もやぶさかではありませんよ。」

 

 セルシコウまでもがかばんに殺気を叩きつけていた。

 しかしかばんはその殺気を受けてなおも毅然とした態度を崩さない。

 手の平を向けて『待て』のハンドサインを出すと空いている手で携帯電話を取り出し、どこかに電話を掛ける。

 それをスピーカーモードにすると、オオセルザンコウ達の方へ向けてやる。

 すると、そこから声が聞こえて来た。

 

『勝手に殺すでない。このたわけ。』

 

 その声はスザクのものだった。

 そう。

 かつてオオセルザンコウ達と同じ世界からこの世界に送られて、『石』を砕かれて元のスザクへと戻ったセルスザクの声だ。

 

『お?びでおつうわ、とやらはどこを押すのじゃ?おお、ここか。スマンの。カコ博士。』

 

 電話の向こうで何やら悪戦苦闘があった後にかばんの向けた携帯電話の画面にスザクの姿が映し出された。

 

「「「セルズサク様っ!?」」」

 

 それに思わず驚きの声をあげるオオセルザンコウ達。

 

『おおー。ええとお主は確かセルゲンブの眷属のー…。オオセルザンコウじゃ。うむ。久しいのう。』

 

 オオセルザンコウ達はまるで幽霊でも見たかのように目を丸くした。

 携帯の画面に映されたスザクの姿を指さして「本物?」と視線でかばんに訊ねる。

 

「ええ。正直言って、どちらかがそうなっていてもおかしくない戦いでしたが、ボクもスザクさんも元気にしています。」

『うむ。もっとも我は『石』を砕かれたので元のフレンズに戻っておるがの。』

 

 携帯電話の画面の中でスザクは鷹揚に頷いて見せていた。

 ここに至って、ようやくオオセルザンコウは“セルメダル”を懐に納める。

 

「セルスザク様の命をどんな形であれ救ってくれた事は…礼を言う。ありがとう。」

 

 そうしてオオセルザンコウが頭を下げると、ようやく張り詰めた場の緊張が緩んだ。

 

「ところで、セルスザク様は今はどちらに?」

『我は今はこちらの世界の住人の元で療養中の身じゃよ。お主らに会えぬ事はないのじゃが…、今は会わない方がいいじゃろう。』

 

 オオセルザンコウの質問に対するスザクの返答は意外な物だった。

 その答えにセルリアンフレンズの3人はショックを隠せないようである。

 

「なんでだよ。会って話したらいいじゃねえか。」

 

 見兼ねたエゾオオカミが思わず声をあげる。

 スザクはそちらを見て一度目を細める。嬉しそうに。

 その表情の意味をエゾオオカミが訝しんでいるうちにスザクが続ける。

 

『オオカミの子よ。我の同胞を慮ってくれた事、まずは礼を言うぞ。じゃがのう、我は『石』を砕かれたからこそわかる事もある。それを今のオオセルザンコウ達に語って聞かせたところでとても信じられるものではなかろう。』 

 

 そして、スザクは改めてオオセルザンコウ達の方を見る。

 

『だがの。これだけは言える。お主ら自身の眼で見て、そして考えるがいい。“輝き”を保全するとは一体どういう事なのかをな。』

 

 それにマセルカとセルシコウはお互い顔を見合わせる。彼女は一体何を言っているのだろう、と。

 だがオオセルザンコウだけは胸にチクリと小さな痛みが走った。

 つい先日、陸上の地区大会で生まれた小さな疑問が再び浮かび上がって来ていた。

 自分達がしようとしている事は本当に正しいのか、と。

 そうして迷うオオセルザンコウの姿をやはりスザクは満足気に見ていた。

 

『オオセルザンコウよ。せっかくこちらの世界で友達が出来そうなのじゃろう?しばらくはこの世界を見てみるがよい。“輝き”の保全はそれをしてからでも決して遅くない。』

 

 オオセルザンコウは考える。

 確かに、一旦“輝き”の保全は保留して情報収集と橋頭保の確保を進めるつもりでいた。

 セルスザクの言を鵜呑みにするわけではないが、その路線で事を進めるべきか。そう判断した。

 

「分かりました。敵と馴れ合うつもりはありませんが、まずはこの世界をしっかりと見て情報収集に努めようと思います。」

『素直じゃないのう。』

 

 スザクは苦笑でオオセルザンコウに応じるが、今はそれでいいと頷いてもいた。

 

『そういうわけで手のかかるヤツらかもしれぬがよろしく頼むぞ。クロスシンフォニー。そしてオオカミの子よ。』

 

 それを最後にスザクは通話を切ろうとして…。

 

『ぬ…?通話を終わる時はどうしたら…。ぬ!?これか!?こっちか!?助けてカコ博士ぇええええ!?』

 

 としばらくの間悪戦苦闘していた。

 それを何とも残念なものを見る目で見送った一同。

 コホン、と咳払いするオオセルザンコウが場を仕切り直す。

 

「そういうわけで、勝手ですまんが一時休戦だ。クロスシンフォニー。それと……ええと…ええと…クロス…クロス…なんだったか…。」

「クロスアイズだ!そんくらい覚えてくれよ!?」

 

 オオセルザンコウが本気で名前を思い出そうと努力しているのが分かっただけにエゾオオカミのダメージも深い。そんなに印象薄いのか、とガッカリせざるを得ない。

 

「はい。まずは今日のアルバイト、よろしくお願いしますね。オオセルザンコウさん。」

 

 かばんは右手を差し出す。

 そういえば彼女達はこれから一緒に働く仲間でもあるのだ、と思い出すオオセルザンコウ。

 

「まさかクロスシンフォニーと一緒に働く日が来るとは思わなかった。」

 

 苦笑交じりにその手を握り返す。

 手強い敵ではあるが、その分一緒に協力出来るなら心強くもある。

 その姿を見守っていたアライさん達クロスシンフォニーチームも結果に満足というように笑い合う。

 

「アライさん…こういうのを何て言うのか知ってるのだ!」

「おぉー!?何て言うの!?」

 

 訊ねるサーバルに得意気な笑みを浮かべたアライさんは答える。

 

「ふっふっふ。アライさんは物知りなのだ。こういうのをな、恐悦至極…って言うのだ!」

 

 それに一同「?」と疑問符を浮かべていた。

 会話の内容が繋がっていないがどういう事、と。

 こういう時の解説役はフェネックだろう。皆の視線がそちらに集まる。

 

「アライさーん。また難しい言葉を覚えたねぇ。けど、言いたいのは呉越同舟、じゃないのかい?」

「そ、そうとも言うのだ!」

 

 誰もが同じ事を思って戦慄した。

 一文字も合ってない…!と。

 それを読み解いたフェネックに心の中で賛辞を贈る。

 

「アライさんは相変わらず明後日の方向に全力疾走だねえ。」

 

 そんな一同の戦慄は余所にフェネックはいつもの涼し気な笑みを浮かべるのだった。

 

 

の  の  の  の  の  の  の  の  の  の  の  の  の  の

 

 

 さて、夏の暑さがジリジリと大地を焦がし始める時刻になった。

 朝は幾分でもまだ清涼な空気があったが、今や夏真っ盛りの猛暑日だ。

 イベント初日となる今日は早速注文が入り始めているらしい。

 早速、奈々達商店街育ちの3人が注文の品をピックアップに向かっている。

 そして、大張り切りのアライさんとフェネック組が既に最初の配達へと出たところだ。

 今は休憩所代わりになっている集会所でかばん、サーバル、エゾオオカミ、それにオオセルザンコウ、マセルカ、セルシコウ達が待機中だ。

 

「デ…。かばん…。どうして、そうなったノ。」

 

 休憩所でオペレーティング中の水色ラッキービーストが言う。

 心なしかそのセンサーアイに呆れの色が見てとれるのは気のせいだろうか。

 それもそのはず、何故かマセルカがかばんの隣に座ってピッタリとくっついていて、しかしそうしているのが不満とでもいうようにむくれた顔をしているのだ。

 

「え、えーっと…。ボクにも何が何だか…。」

 

 かと言って、離れようと思ってもマセルカがかばんの服の裾を握っているので離れるに離れられない。

 逆側の隣に陣取ったサーバルも何度かマセルカに話しかけてみたりはしているのだが、あまり反応がない。

 かばんは助けを求めて視線を巡らせる。

 と、セルシコウと目線があった。

 

「そうですねぇ…。ほら、先日プールでマセルカを助けてくれたそうじゃないですか。そのお礼を言いたいけど、さらにその前にコテンパンに負けてて悔しい、でもありがとう。でも悔しい。というところなんじゃないでしょうか。」

 

 セルシコウは仕方ないなあ、とマセルカの胸中を代弁した。

 そうなの?とマセルカの顔を覗き込むかばんとサーバル。

 胸中を言い当てられたマセルカの顔はみるみる真っ赤になった。

 パッとかばんから離れるとセルシコウへ詰め寄る。

 

「もう!なんで言っちゃうの!なんで言っちゃうの!」

 

 ぽかぽか、とだだっこパンチを繰り出すマセルカだったが、その全てがセルシコウの掌で受け止められてしまう。

 

「まぁ、ともかくそういうわけです。クロスシンフォニー。私からもお礼は言わせて下さい。マセルカを助けてくれてありがとう。」

「なんで先に言っちゃうのー!」

「あなたがグズグズしているからですよ。まったくもう。」

 

 そうしてじゃれ合うマセルカとセルシコウ達に、エゾオオカミはどうしても一つ言っておかないといけない事があった。

 

「だからな…。お前ら全員っ!隠せよっ!少しはっ!正体をっ!!」

 

 この場には事情を知っている者しか残っていない。

 けれど、いつ誰が帰ってくるかわからないのだ。

 エゾオオカミの心配だってもっともな事だ。

 

「ったく…。ルリ達にも似たようなツッコミ入れた気がするぜ…。お前らそういうとこ本当無防備だよな…。」

 

 それには揃って申し訳なさそうな顔をするかばん達とマセルカ達だった。

 まあ、この場でこれ以上この話題を続けるのは得策ではない。

 エゾオオカミは話題を変える為にも自身の携帯電話を取り出す。

 

「ところで、お前ら。アプリの使い方はもう覚えたのか?」

 

 配達には専用のアプリをインストールしたナビゲートシステムを使う。

 配達完了の決済などもこれを使うのでこのバイトには必須だ。

 

「一応、商店街の方で携帯電話、というのは貸してもらったが…。」

 

 オオセルザンコウ達も今回の仕事の為に携帯電話を貸し与えられていた。

 けれど、その使い方はいま一つだった。

 

「どれ、見せてみろよ。っておいおい。まだ専用アプリのダウンロードすらしてないのかよ。」

 

 エゾオオカミはオオセルザンコウの携帯電話を受け取って、手早く専用アプリをダウンロードしてやった。

 

「すごいな…。取り扱い説明書を読むだけでも一苦労だったのだが…。」

「こうのは習うより慣れろ、だ。」

 

 携帯をオオセルザンコウに返すと、同じようにセルシコウとマセルカの分もアプリを入れてから返した。

 そうしてから、自分の携帯電話でアプリを起動してみせる。

 ほう、と感心したように目を丸くするオオセルザンコウ。

 

「こちらの世界の機械はこう使うのか…。」

「意外と簡単だろ?」

 

 その様子を見ていたサーバルが「はいはーい!」と挙手した。

 

「ねえねえ、今日は二人一組で配達行くんでしょ?だったらさ、オオセルザンコウ達に私達が一人ずつついたらどうかな?」

 

 確かにアプリの使い方に慣れてなさそうな彼女達と組んで教える人がいた方がよさそうだ。

 けどいいのか?とエゾオオカミは思う。

 サーバルがかばんと組みたいだろう事は想像に難くない。

 

「ん?かばんちゃんとはおうちでも一緒だもん。それにね、かばんちゃんね、教えるの上手なんだよ。私もアプリの使い方昨日教えてもらったからもうバッチリなんだから!」

 

 腰に手をあてえっへん!と胸を張ってみせるサーバルである。

 かばんの方はどうなんだろう、とそちらに視線をやれば、マセルカがその腕にしがみついていた。

 どうやら彼女の意志に関わらず、マセルカはかばんと組むつもりらしい。

 

「それなら俺は…。」

 

 エゾオオカミが見渡すと、サーバルは既にオオセルザンコウにアプリの使い方を教えていた。

 昨日教わった事を嬉々として話すサーバルとそれに感心しきりのオオセルザンコウの様子を見るに二人の相性は悪くなさそうだ。

 

「という事は、余り者同士一緒にやりましょうか?」

 

 セルシコウがエゾオオカミの肩を叩いていた。

 まあ、その通りではあるのだが素直に頷くのも何だかエゾオオカミの気が許さない。

 

「おう。足引っ張んなよな。」

「言うではありませんか。実力の割に。」

「実力の割に、は余計だ。」

 

 お互いにニヤリとするエゾオオカミとセルシコウ。

 どうやらこれで今日のデリバリーマンの組み合わせは決まったらしい。

 そこにタイミングよくオペレーティング中のラモリさんから声が掛かった。

 

「オウ。お前ら。ちょうどピックアップ終了が3件くるゾ。配達準備ダ。」

 

 ちょうどいい。

 それぞれの組で1件ずつ配れる。

 呉越同舟な即席ペアの肩慣らしにはおあつらえ向きだ。

 

「それじゃあ、いっちょ稼ぐとしようぜ!」

 

 エゾオオカミの号令に「「「「「おぉー!」」」」」と全員が気勢を返すのだった。

 

 

の  の  の  の  の  の  の  の  の  の  の  の  の  の

 

 

 さて、エゾオオカミとセルシコウは二人で配達の準備だ。

 配達用に自転車も貸し出してくれているので、これを使わない手はない。

 そう思っていたエゾオオカミだったが、セルシコウから意外な事を言われる。

 

「え?そんな物を使ったらかえって遅くなりません?」

 

 いや、走るよりも自転車の方が絶対早いと思うんだが、と思うエゾオオカミだ。

 それにセルシコウもハテナマークを浮かべる。

 どうにも話が噛み合っていない。

 

「ええと配達先ってアッチですよね。」

 

 セルシコウの確認に、エゾオオカミも頷く。

 彼女が指さした先は確かに方角としては正確だ。だけれども、目の前には住宅街の塀が見える。

 まさかと思っていたがセルシコウはその塀の上にヒョイと飛び乗る。

 

「ほら。ここを通ればすぐですよ。自転車、とやらを抱えていてはこんなところを通れないでしょう?」

 

 どうやらそのまさかで、セルシコウは可能な限りの直線距離を移動する作戦をとるつもりらしい。

 

「さ。エゾオオカミ。」

 

 塀の上から手を差し伸ばされれば、エゾオオカミも覚悟を決めるしかない。

 セルシコウの手を借りて塀の上に登るエゾオオカミは思っていたよりも高い視界に一瞬気後れしそうになった。

 

「さあ、行きましょう。」

 

 対してセルシコウの方は狭い塀の上をスルスルと滑るように進んでいく。

 さすがはサルのフレンズだ。

 エゾオオカミはその後ろを遅れないように着いて行くだけでやっとだ。

 

「あ。エゾオオカミ。配達物は今回食べ物みたいですから、崩れないように重心を一定に保つといいですよ。」

 

 まるで後ろに目があるかのようにアドバイスしてくるセルシコウにエゾオオカミは無茶言うな、と返す余裕すらない。

 このU-Mya-Systemでは商店街で販売しているものなら何でも配達する、という売りがある。

 そこには出前が可能な食事も含まれているのだ。

 今回の配達は公園でピクニック中のグループへオードブルや飲み物のお届けなのだ。

 崩れやすそうなものはセルシコウが持っていてくれるとはいえ、エゾオオカミの抱えた荷物には炭酸飲料が含まれている。

 あまり揺らせばどうなるか…。

 大惨事の予感にエゾオオカミは顔を青くした。

 直線距離を移動する、というセルシコウの作戦はエゾオオカミの心労と体力的な無茶を引き換えに大幅な時間短縮を成し遂げた。

 

「な、なあ…。セルシコウ。お前…なんだっけ…。“アクセプター”だっけ?アレは今日も制限入れてるのか?」

「ええ。もちろん最低出力に抑えてますよ。無用なトラブルの元になるから、とオオセルザンコウが言うので。」

 

 息も絶え絶えで訊ねるエゾオオカミにセルシコウは涼しい顔で答える。

 “アクセプター”を最低出力に抑えると、変身前のエゾオオカミ達と同じ程度の身体能力になるらしい。

 その割にセルシコウは塀から塀へ飛び移り、街路樹を飛び越し直線距離を苦も無く驀進しているように見える。

 

「そりゃあアレですよ。技の違い、というものですよ。」

 

 とうとう公園までの直線距離を進み切ってしまった。

 やはり涼しい顔でオードブルを取り出すセルシコウと、疲労困憊で飲み物を取り出すエゾオオカミ。

 炭酸飲料の開封は十分注意して欲しい旨を息も絶え絶えで説明すると、お客さんからは逆に心配されてしまった。

 何はともあれ専用アプリでお客さんの携帯電話画面に表示されたQRコードを読み取る。

 すると、エゾオオカミの携帯に配達完了の表示が出た。

 まずは順調……かどうかはともかく一仕事を終えたわけだ。

 

「お?エゾオオカミ。早速次の仕事が来てるじゃないですか。行きましょうよ。」

 

 セルシコウがエゾオオカミの携帯電話を覗き込みながら言う。

 まさか、ここで「ちょっと休ませてくれ。」とは言えないエゾオオカミはやせ我慢だ。

 

「おう!やってやらぁ!?」

 

 半ばヤケで応じるエゾオオカミにさらなる絶望が襲った。

 

「その意気です!じゃあ、また来た道を戻ってショートカットですね!」

 

 またあの道なき道を戻るのか…。戻るのだって早い方がその分沢山の仕事をこなせる。その理屈はわかる。

 だけれども、またあのパルクールをこなすのはエゾオオカミには荷が重たかった。

 

「さあ!エゾオオカミ!こっちですよ、こっち!帰りは荷物がないんですからもう少しルートを攻めちゃいましょう!」

 

 どうやらさらに過酷なコースが待っているらしいと知ってエゾオオカミはもう諦めの境地へと至った。

 

「こうなりゃヤケだぁあああああっ!」

 

 エゾオオカミはセルシコウを追いかける。

 公園から商店街へは今朝も通ったし、何度となく通ってもいた。

 けれど、こんなにも早く踏破した事は未だかつてなかった。

 その分こんなに疲れた事もなかったけれど。

 エゾオオカミは意地だけで商店街の集会所まで戻って来た。

 セルシコウにギリギリ引き離されずに済んだのは、彼女が要所要所で手を貸してくれたからだろう。

 

「ええと、次の荷物は…。アイスクリーム…?」

 

 戻って来たセルシコウは次の荷物を目の当たりにして小首を傾げる。

 溶けないようにドライアイスと共に保冷容器に入れられている。荷物はそれだけらしいからセルシコウ一人でも楽に運べる。

 届け先もすぐ近くらしい。

 

「オウ。溶けないうちにささっと配達しちまってくれ。」

 

 オペレート担当のラモリさんが言う。

 どうやらこれは楽な仕事の部類に入るのだろう。

 ならば、とセルシコウはエゾオオカミに振り返る。

 

「エゾオオカミ。貴女は少し休んでいますか?」

「ハッ。冗談キツイぜ。この程度でヘバってられるかよ。」

 

 どう見てもヘバっているように見えるエゾオオカミだが、彼女が意地を張るならまだまだ付き合ってもらおう。

 セルシコウはニヤリとする。

 

「私。貴女のそういうところは嫌いじゃありませんよ。」

 

 今度はどうやら商店街の中からの注文らしい。

 再び二人して配達に出る。

 今回は最短距離を走るにしても無茶なパルクールをせずに済む。

 単に人混みを避けて走るだけなので先程より難易度はグンと下がっていた。

 専用アプリのナビゲートに従って進んでいると、どんどんエゾオオカミの見覚えのある場所になってくる。

 目的地はエゾオオカミの家が営む和服屋さんだった。

 

「もしかして、このアイスクリームを注文したのはお母さんか…?」

「どうしました?行きますよ。」

 

 どういう事か訝しむエゾオオカミは置いておいてセルシコウはずんずん中へと入っていってしまった。

 エゾオオカミも慌てて後を追いかける。

 いくら保冷剤を入れているとはいえアイスクリームが溶けてしまっては元も子もない。

 確かに呆けている暇なんかない。

 店内にはいつも通りにエゾオオカミの母親と今日は珍しく一人お客さんがいた。

 お座敷となっている接客スペースで正座しているのは一人のフレンズであった。

 

「(すごい美人だな。)」

 

 そのお客さんを見たエゾオオカミの第一印象はそれだった。

 ただ正座しているだけなのに存在感が凄い。

 多分、猫科のフレンズだとは思うのだけれどもそれよりも何よりもこの既視感は一体なんなんだ。

 彼女がエゾオオカミとセルシコウに向けて微笑みと共に軽く会釈してみせただけだというのにそれだけで二人とも心臓がドキリと跳ねあがったかのようだ。

 

「あら。配達に来てくれたのはエゾオオカミだったのね。」

 

 そんな二人に声をかけたのはこちらも和服の美人、エゾオオカミの母親だった。

 とりあえず配達の品を渡すと、彼女は一度奥へ引っ込んでガラスの器にアイスクリームを盛り付けるとお座敷のお客さんへ出していた。

 そういえば、今日はやけにエアコンが強いのか少し肌寒さを感じるくらいだ。

 なのに、アイスクリーム…。

 それを出されたあのフレンズの目が嬉しそうに動いたところを見るに、暑さが苦手なのだろうか。

 ともかく、配達2件目が完了だ。

 

「ほら、行きますよ、エゾオオカミ。」

 

 セルシコウに腕を引っ張られてようやく彼女をじっと見つめてしまっていた事に気が付いたエゾオオカミである。

 さすがに失礼な態度になってしまったか、と頭を下げるエゾオオカミに、お座敷にいた美人は構わない、というように微笑む。

 いつまでもモタモタしているエゾオオカミにとうとうセルシコウが業を煮やした。

 

「何をしているんですか?次の仕事も待っているんでしょう?行きますよ。」

「悪い、今行く!」

 

 慌てて後を追いかけるエゾオオカミを店内に残った美人二人が見送った。

 

「ふぅん?あの子がエミちゃんの娘さん?可愛い子じゃない。」

「ユキちゃんのところの娘さんには負けるけどねぇ。」

 

 言って二人でクスクスと笑いあう。

 今日やって来た美人さんはユキヒョウの母親であった。

 この和服屋のお得意様でもあり、尚且つエゾオオカミの母親にとっては古くからの付き合いもある。

 今日、彼女がここに来たのには理由があった。

 彼女は何を隠そう色鳥町商店街最大のライバル、大型ショッピングモール『cocosuki』のオーナーでもあるのだ。

 何やら今回は一風変わったイベントを始めたとあって敵情視察……という理由もあるにはあった。

 だが、ユキヒョウの母親としてはもう一つ、ここに来なければならない事情があったのだ。

 

「で…!エミちゃん…!隣にいたフレンズちゃんが娘さんのお相手なの…!?」

「そうらしいのよぉ!昨日商店街で仲良さそうに一緒に歩いていたのを見た人がいるのよっ!」

 

 そう。

 昨日、電話で旧友から何やら面白そうな恋バナを話されては夏の暑さを推して出向かざるをえない。

 黙っていれば誰もが美人と評する花二輪がきゃあきゃあ言いながら恋バナに花を咲かせていた。

 何やら本人の与り知らないところで誤解が広がっているエゾオオカミだった。

 

「でね!でね!エミちゃん…!実は私もこの前ね、買い物帰りにうっかり足を滑らせちゃったんだけどね、すっごいカッコイイ人に抱き留められて助けてもらっちゃったの…!」

「ええ!?なにそれ詳しく!!」

 

 人目があれば、二人でかしましく語り合う姿にギャップを感じる者もいただろう。

 けれど、この場にはエゾオオカミの母親とユキヒョウの母親二人しかないので、はしたないとたしなめる者もまたいないのだった。

 

 さて、そんな誤解が広まりつつあるとは露知らないエゾオオカミとセルシコウペアである。

 セルシコウは歩みを少しばかりゆっくりにしていた。

 さすがにエゾオオカミに疲労の色が見てとれる事くらいは気が付いていたからだ。

 

「悪いな。俺が足を引っ張っちまって。」

 

 もちろん、そんな気遣いはすぐに見抜いてしまうエゾオオカミだった。

 

「まったく。貴女はそういうところは鋭いですね。」

 

 ふぅ、と嘆息するセルシコウ。

 彼女としてはエゾオオカミがいる事で慣れない機械操作をせずに済んでいるし、なんだかんだでちゃんと付いて来てくれるので助かっている部分だってある。

 だから、そう気に病む必要はないとは思う。

 

「エゾオオカミ。私と貴女では技の鍛錬の度合いが違います。だから無理はしないで下さい。」

 

 少し考えたセルシコウはそう告げる。だから、ついてこれなくたって仕方ない、と。

 

「いいや…。そういうわけにはいかない。だってさ。次に戦う時も同じままの俺じゃあセルシコウがガッカリしちまうだろ?今ここで頑張っておかないとお前に追いつくなんて出来ないだろうし。」

 

 その答えにセルシコウは面食らったように一度目を丸くする。

 そうだとも。

 彼女は敵だ。

 けれども嬉しい。

 かつてコテンパンにしてやったエゾオオカミが不屈の闘志で再び挑みかかってくるつもりである事が。

 そして何より、強敵とこそ戦いたいと望む自身を理解してくれていた事が。

 

「ならば。いっその事、私に稽古をつけられてみますか?」

「はいィッ!?」

 

 思わぬ提案にエゾオオカミは素っ頓狂な声を出してしまった。

 

「エゾオオカミ…。貴女には強くなれる素養があります。貴女の思い切りの良さや怖いもの知らずなところとか。それは得難い才能です。」

「それ……褒めてなくないか…?」

 

 とは言うものの、そう思ってくれている事は素直に嬉しいエゾオオカミである。

 勝手にライバル視していた相手にほんの少しでも認められていた事に思わず胸の中がくすぐったくなる。

 そんなエゾオオカミにセルシコウは手を差し出した。

 エゾオオカミもその手を取ろうとした。

 しかし、途中でその手を止める。

 

「エゾオオカミ?」

 

 どうしてその手を途中で止めたのか分からないセルシコウ。

 訝し気に小首を傾げる。

 エゾオオカミが強くなってくれる事にはセルシコウにとってもメリットがある。

 彼女は今まで、自分の手で育てた相手と戦うという経験をした事がない。

 それはきっと血沸き肉躍る体験となるだろう。

 エゾオオカミとならそれが出来る。

 だからこれはお互いにWIN-WINの関係というもののはずだ。

 なのに、どうしてその手を取らない。

 その答えはセルシコウにとって意外なものだった。

 

「いや…だってさ。仮に俺がお前と訓練して強くなったとしてだぜ?オオセルザンコウとマセルカが俺と戦う事になったらさ。お前、後悔するんじゃないのか?」

 

 その言葉にセルシコウはハッとする。

 自分が強者と戦うのは本望だ。その為にエゾオオカミに稽古をつけて強者に仕立て上げる。それは彼女にとって理に適っている。

 けれども、それでオオセルザンコウとマセルカに害が及んだら…。

 それは不本意だ。

 しかも、それに自分よりも早く気が付いたのが敵であるはずのエゾオオカミだ。

 その事実にセルシコウの胸にはこみ上げてくるものがあった。

 

「ぷっ……くっく……あはははは!」

 

 それは笑いだった。

 今は休戦中だが、本来敵同士のはずなのに。

 そんな事をしたって何のメリットもないはずなのに。だというのに、どうしてこのエゾオオカミというフレンズは自分達にここまで気を回せるというのか。

 事によっては自分なんかよりずっと考えてくれていないか。

 そう思ったら何故かわからないが笑いがこみ上げてきてしまったセルシコウだった。

 

「な、なんだよ。だってセルシコウはオオセルザンコウもマセルカも大切にしてるだろ?」

 

 エゾオオカミは変な事を言ってしまっただろうか、と不安になって言い募る。

 それがさらにセルシコウの笑いを誘ってしまった。

 

「いや、その通りなのですが……。なのですがどうして貴女がそんな事まで気にかけてくれるんですか。」

「だから、俺はお前らの事をちゃんと知りたいんだったら!」

 

 敵とするには何とも間の抜けた会話のような気がしてセルシコウはまたも笑ってしまう。

 もう、この状況が可笑しくて仕方ない。

 ひとしきり笑うと、目尻に浮かんだ涙を拭い、セルシコウは言った。

 

「ならば一つ約束をしましょう。オオセルザンコウとマセルカに手を出したいなら私を倒してからにしなさい。」

 

 エゾオオカミを真っ直ぐに見つめ、キッパリとそう言い切る。

 彼女ならば決して約束を違えない。その信頼がセルシコウにはあった。

 あとはセルシコウが負けなければいいだけだ。

 

「なるほど…。だったらこっちも。セルシコウが次に戦う相手は俺にしてくれよな。」

 

 対してエゾオオカミだって負けるつもりなんてコレっぽっちもない。

 

「ええ。私から挑む次の相手は貴女です。エゾオオカミ。」

 

 セルシコウはわくわくしていた。

 自分の手で強敵を育てあげてそれと戦えるのだ。

 その約束の証として、二人は小指を絡ませる。

 

「じゃあ、早速今日の仕事終わりから特訓しましょうか。」

「うぇ!?それは早すぎじゃ……!?さすがに今日は体力的な限界がだな……。」

「何を言うんですか。貴女に仕込みたい技なんて山程あるんですよ?時間が足りないくらいです。」

 

 セルシコウは無理やりエゾオオカミの手をとるとその手を引いて歩き始めた。

 

「楽しみですね、エゾオオカミ!」

 

 物凄いいい笑顔で振り返ってくるセルシコウにエゾオオカミは苦笑で応じる。

 

「ああ。期待に沿えるように頑張るよ。」

 

 エゾオオカミは今日、名実共にセルシコウのライバルとなったのだ。

 

 

の  の  の  の  の  の  の  の  の  の  の  の  の  の

 

 

 ゲンブファーム。

 そこは色鳥町北部に広がる田園地帯だ。

 古くから肥沃な大地が広がるこの一帯はこの街の食糧生産の多くを担っていた。

 近年ではサンドスター技術による合成肉の生産まで行う一大農業法人にまで発展している。

 そこには豊かな水源を湛える色鳥川の存在も大きい。

 そして、市街地へ生産物を運ぶ物流を支えるのが色鳥川にかかる玄武大橋だ。

 もしも。

 もしも仮にだが……。

 そこが通交出来なくなったりした日には、色鳥町の物流は大打撃を受けるだろう。

 

――ズッズッズッ……

 

 黒い水のような何かがその色鳥大橋へと近づきつつあった。

 人知れず、その懸念は現実のものになろうとしていた。

 

 しかし。

 

「さて、いつまでも後手に回ると思ったら大間違いだよ。」

 

 こうした事態に備えている者がいないわけでもなかった。

 それこそが遠坂ともえと萌絵の父親、ドクター遠坂である。

 彼は満を持してPCのエンターキーを押した。

 

 

 

――後編へ続く

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