けものフレンズRクロスハート   作:土玉満

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 これまでのけものフレンズRクロスハートは!

 いよいよ夏休みがスタートしたともえ達。
 時を同じくして始まった商店街の夏イベント。
 エゾオオカミはそこにアルバイトとして参加する。
 そこにはセルリアンフレンズ三人組も参加していた。
 紆余曲折ありながらもセルリアンフレンズ達と協力しながらバイトに勤しむエゾオオカミ達。
 そんな折に、商店街に商品を運ぶ玄武大橋がセルリアンの脅威に晒されていた。
 セルリアンフレンズの一人であるセルシコウの協力を得たクロスハート達は玄武大橋を守り抜いて今日も変わらぬ日常が訪れるのだった。



第21話『真夏の夜にあった怖い話』(前編)

 

 

 ルリとアムールトラは緊張していた。

 ここは彼女達が暮らしているマンションであるが、そこはいつもの宝条家ではなかった。

 今、二人が座っているソファーはいつもよりも数段座り心地のいいものだ。

 

「いや、二人とも……。そんな緊張せずともよいではないか」

 

 ティーセットとお茶菓子を持ってきたユキヒョウは苦笑する。

 ここはユキヒョウ達の家族が暮らす部屋だ。

 間取りは宝条家と一緒なのに部屋の様子はまるで違う。

 最低限で整えられた宝条家と違って、部屋を彩る調度品からして趣味のよさが伺える。

 例えばリビングに飾られた花瓶。

 そこには季節の華であるヒマワリが活けられていた。

 テレビ番組で見たが、左右が非対称になるように高低差をつけて活けるのが美しいらしい。

 そして、花器もルリには何か高そう、としか分からないがきっといいものなのだと思えた。

 

「すまぬな、せっかく来てくれたのに、父上は仕事で母上は……まだめかしこんでおるわ」

 

 言ってユキヒョウはまたも苦笑だ。

 今日はルリとアムールトラはユキヒョウの家に挨拶にやって来たのだ。

 目的としてはユキヒョウの外泊許可をもらうという狙いがある。

 実は明日、ルリとアムールトラと“教授”の三人は昔暮らしていた山奥の家を掃除しに行くつもりだった。

 ユキヒョウも手伝いについて来てくれるというが、せっかくだから一泊するかという事になっていた。

 そこで外泊許可をユキヒョウの保護者から貰うついでに挨拶をさせてもらおうとなったわけだ。

 例によって“教授”は寝こけていたので挨拶はルリとアムールトラの二人だけだった。

 初めて会うユキヒョウの母に二人は緊張しっぱなしだった。

 せっかく用意してもらった高そうなお茶とお茶受けも残念ながら手を付ける余裕がなかった。

 やがてリビングのドアが開く。

 と同時ルリが弾かれたように立ち上がった。

 

「ほ、ほらっ!? アムさんもっ!」

 

 ルリに促されてアムールトラもノロノロと立ち上がった。

 そして、やってきたフレンズを見て二人して硬直する。

 

「ああああっ!? アムさんっ! アムさんっ!?」

 

 ぺちぺち。

 ルリは隣のアムールトラを叩いていた。

 

「あ、ああ……綺麗なフレンズやなぁ。」

 

 二人ともやって来たフレンズの姿に目を奪われていた。

 それどころか、ルリは言葉にならない感想をアムールトラに伝えようと、何故か彼女を連打していた。

 灰色がかった髪色はユキヒョウとお揃いだ。

 雪のように白い肌も。

 そして、紅をさした唇がやけに艶っぽい。

 部屋着らしいサマーセーターとタイトスカートのプロポーションだって女性らしい曲線を描いている。

 

「はじめまして。ユキヒョウの母のサオリです。親しい人は未だにユキヒョウって呼ぶ子もいるけどね。」

 

 ユキヒョウの母、サオリは既に名前をユキヒョウに譲った後だ。

 昔からの知り合いの中には昔の呼び名をそのまま使う者もいる。それだって珍しい事ではない。

 何はともあれ挨拶だ、とルリは隣のアムールトラを叩くのを止めて気を付けの姿勢をとる。

 

「ははは、はじめまして!ゆ、ユキさんにはいつもお世話になってまひゅ……!」

 

 瞬間、冷房を強めにかけた部屋の空気が止まったような気がした。

 その場の誰もが同じ事を思った。

 

「「「(噛んだ……)」」」

 

 と。

 泣きそうな顔で真っ赤になるルリをフォローする為にアムールトラが口を開く。

 

「で、ウチがアムールトラ。こっちがルリや。」

「母上。二人ともわらわと同じクラスじゃし、うちのマンションの店子殿なのじゃ。」

 

 アムールトラの後をユキヒョウが引き継ぐ。

 

「二人ともよく来てくれたわね。どうぞ座って?」

 

 とりあえず噛んでしまった事はなかった事にしてサオリは二人に着席を促す。

 ツッコミを入れなかったのは武士の情けというものだろうか。

 

「ルリ。舌を噛んだりしなかったかの?」

「か、噛んでないよっ……!」

「あー……。うん。せやな。噛んだりしてへんで色んな意味で」

 

 ソファーに座り直しながらそんなやり取りをしていたらせっかくの気遣いも台無しな気がしてサオリは可笑しくなってしまう。

 

「みんな、随分仲がいいのね」

 

 それにユキヒョウはえっへん、と胸を張って言い放つ。

 

「当然じゃ。母上。なんせルリはわらわのルリじゃからの」

 

 まあ、と目を丸くするサオリ。口元に手を当てる所作までもが狙いすましたかのように美しい。

 とはいえ、その瞳はキラキラと獲物を見つけたかのように輝く。

 ユキヒョウのルリちゃんなの!?そこのところどうなの!?と言いたげだ。

 

「おいおい、ユキヒョウ。ルリはウチのやで? いくらユキヒョウでも譲らへんで?」

 

 まあ! 三角関係!? とサオリはワクワクが止まらない。

 

「はっはっは。妬くでない。なんならアムールトラもまとめてわらわの物にしてやろうかの?」

「やかましいわ。ユキヒョウはいいとこ悪友止まりやろうが」

「なんじゃ、わらわは親友のつもりでおったのにのう。つれないのう」

「いやまあ……。うん……、仲はええんやけど……。そのう……ウチが親友でよかったん……?」

 

 そうやってしどろもどろで赤面しているアムールトラを含めてますます興味をそそられてしまうサオリであった。

 だが、これはこの場であまり引っ掻き回すのは得策ではなさそうだ。ともかく様子を見よう。

 それにしても……。まだまだ子供だと思っていた娘もいつの間にかこんな可愛らしい子達と青春するようになったのか、と思えば感慨深い。

 

「そうじゃ。母上。明日、ルリとアムールトラと一緒にお泊りして来ていいかの?」

 

 今すぐどうこうなる事はないと思っていたが、まさか早くもお泊りイベントか、とサオリはさらに目を丸くしていた。

 とはいえ、サオリだって知っている。

 ユキヒョウが最近転校してきた同じマンションに住む女の子達のお世話を熱心に焼いていた事を。

 だから期待は過剰なものだ、と。

 それにお泊りと言ったって同じマンション内の事だ。

 いつもと変わりはない。

 

「いや、ルリ達の別荘に、ちとお邪魔させてもらおうかとのう」

 

 だが、どうやら思っていたよりも凄い事になりそうだ。

 別荘へお泊りイベントとは!

 二人とも見たところとても良い子のようだし、娘の事は応援したいと思っていたがサオリには一つ心配事があった。

 

「だけど、今は夏でしょう? この時期お外に出かけるのはちょっと心配ねぇ」

 

 ユキヒョウはいくらフレンズであるとはいえ、やはり元動物の特性だって少しは残っている。

 夏の暑さは彼女達にとって天敵と言っていい。

 

「それなら心配いらぬぞ。ルリ、例のものを」

「あ、はい。これ、私の母からです」

 

 ユキヒョウに促されたルリはラッピングされた細長い箱をサオリに差し出す。

 開けてもいいか、と視線で訊ねるサオリに三人は一様に頷いて見せる。

 中身は雪の結晶を象った飾りのついたネックレスだった。

 どうやら娘とお揃いのものらしい。

 

「それを着けてベランダに出てみてくれるかの? それの凄さがわかるのじゃ」

 

 今日も外は夏真っ盛りの猛暑日だ。

 こんな日に外に出るのは出来れば遠慮したい。

 だが、娘達三人に背中を押されてベランダの前へ連れて行かれてしまう。

 

「まあまあ。騙されたと思って。一瞬だけじゃし」

 

 ニヤリとしたユキヒョウは出窓を開け放つ。

 熱気が部屋に雪崩れ込んで来ることを想像してサオリはキツク両目を閉じた……が、ひんやりとした空気は微動だにしなかった。

 どういう事だろう?

 と不思議に思って目を開ける。

 

「は、はい! いま着けてもらったネックレスはパーソナルエアーコンディショナーって言って母が作ったものなんです!」

 

 まだ緊張した様子のルリも母親の事を話す時は少し誇らしげだった。

 それよりも……。

 

「作った、って言ったかしら?」

 

 この真夏の熱気を遮ってくれたネックレスは素晴らしいものだ。

 サオリは膝を折ってルリと視線を合わせると言った。

 

「ねえ。このパーソナルエアーコンディショナーっていうの……うちで売り出させて貰えないかしら?」

 

 その表情がユキヒョウと全く同じでルリとアムールトラは一度顔を見合わせてからぷっ、と吹き出すのだった。

 

 

の  の  の  の  の  の  の  の  の  の  の  の  の  の

 

 

 明くる日。

 

 早朝とも言えない時間に一台のSUV車が走り抜ける。

 それは“教授”が運転する車だった。

 まだ深夜と言ってもいい時間のせいで、いくら日が昇るのが早い夏とは言っても辺りはまだ真っ暗だ。

 そのSUVに乗っているのは運転する“教授”と後部座席にルリとアムールトラとユキヒョウの合計4人だ。

 後部座席の4人はまだ朝も早い事もあって身を寄せ合って眠っていた。

 今から向かうのはルリが色鳥町に来る前に暮らしていた家だ。

 こんな時間に出発したのは、夜型の“教授”が寝不足で運転しなくて済むようにという配慮だった。

 いくら元気な子供達とはいえこんな時間ではまだ眠いだろう。

 ちなみに、イリアとレミィの二人はお留守番である。

 なので、せっかくのドライブだというのに“教授”は一人で運転だ。

 現地についたらルリ達は掃除に取り掛かるのだから今のうちに眠らせておこう。

 “教授”はなるべく急ハンドルにならないように慎重に運転する。

 市街地を抜けて玄武大橋を渡り、北部の田園地帯を抜けてさらにそこから山道を走る。

 山道を走る事しばらく。

 道路の舗装もされていない道を進んだ先にかつてルリ達が暮らした家がある。

 それはこの山奥に相応しくログハウスであった。

 

「……?」

 

 運転していた“教授”はかつて暮らした家が見えた時違和感を感じた。

 それが何なのか、今一つよくわからない。

 だが、どうにもイヤな予感がする。

 彼女はSUVをかなり手前で停車させた。

 

「みんな、起きられるかい?」

 

 そして後部座席で眠っていた三人を起こす。

 眠い目をこすりながらもみんな起きてくれた。

 

「ちょっと様子がおかしい。私が見て来るからルリとアムールトラは車とユキヒョウ君を頼めるかい?」

 

 ルリとアムールトラは緊張しながら頷いてくれた。

 この二人ならば余程の事がない限りは安心だろう。

 

「あ、あの……お母さんも気を付けて」

「心配いらないさ。私は雑だけど強いからね」

 

 心配そうなルリを安心させる為に“教授”は不敵な笑みを浮かべて見せてから車外へ出る。

 念の為に右腕をセルリウムで覆って巨腕へと変じる。

 ヘッドライトで照らされたログハウスは確かに何かが変だ。

 

「なんだ……?この違和感は……」

 

 “教授”は慎重に歩みを進める。

 大抵の相手なら一蹴できる自信が彼女にはある。

 だけれどもそれでは済まないような予感がしていた。

 道から敷地内へと入った“教授”はようやく違和感の正体に気が付いた。

 

「綺麗過ぎるんだ」

 

 しばらくの間放置していた庭はもっと雑草が覆い茂っていておかしくない。

 だが、今“教授”が踏み込んだそこは全ての草が短く刈り揃えられていた。

 まるでもう既に誰かが草刈りでもしてくれたかのように。

 そんな業者を頼んだ覚えはないし、管理してくれる者もいなかったはずだ。

 “教授”はこの家の所有権を手放したわけではない。

 なので買い取った者が現れたという線だって有り得ない。

 

「やれやれ。私達が留守中に誰かが勝手に住み着きでもしたのかな?」

 

 だとしたらその何者かは、わざわざ庭の草刈りまでしたというのだろうか?

 

「いずれにせよ、トラブルの予感だよ」

 

 慎重に歩みを進める彼女に向けて……。

 

―ドンッ!

 

 空気が震えると一条の矢の如く飛び込んでくる者があった。

 

―ガキィッ!

 

 “教授”は巨腕に変じた右腕で襲撃者の一撃を受け止めた。

 

「ほう」

 

 襲撃者はスピードの乗った飛び込みから爪を一閃してきたのだ。中々の一撃だ。

 右腕の防御を破れる程ではないがほんの少し手が痺れてしまった。

 思わず感嘆の声をあげた“教授”は襲撃者が何者なのかを見定めようと目を凝らす。

 そして、絶望した。

 それは彼女にとって最恐最悪の相手だった。

 

「あら。セルリアンかと思ったら……。和香じゃない」

 

 襲撃者も“教授”を見て軽く驚きの声を上げた。

 それは一人のフレンズだった。

 黒い耳が波打つような独特の動きでピクリと動く。

 赤茶を基調としたアームグローブとミニスカート、それに白のブラウス。

 彼女は“教授”がよく知っているフレンズであった。

 

「ま、まさか……カラカル……!?」

 

 それはカラカルのフレンズだった。

 あちらも“教授”の顔を認めるとニコリと笑った。

 ただし、コメカミに青筋を浮かべて。

 

「和香……。アンタねえ……。正座なさい」

 

 ニコニコしたまま言い放つカラカル。

 

「いや、待ってくれたまえ、カラカル」

「正座」

 

 弁明しようとする“教授”に向けて問答無用と押し通すカラカル。

 とうとう“教授”は彼女に従って正座した。

 

「アンタねえ。この庭はどういう事?草が伸び放題だったのよ。せっかくアンタの世界に戻ったんだから綺麗にしなきゃダメじゃない。だいたいアンタは昔から……」

 

 カラカルは正座した“教授”に向けてクドクドとした説教を始めた。

 “教授”はと言えば黙って「はい。はい」と従順に相槌を打つばかりだ。

 まるで嵐が過ぎ去るのを身を縮めて待つ亀のようだ。

 車内で様子を見守っていたルリ達三人はお互いに顔を見合わせて視線でお互いに問いかける。

 これは助けに入った方がいいのかどうか、と。

 とりあえず危険はなさそうなので、“教授”達のところへ向かう事にした。

 ルリ達が“教授”達のところへ近づいてもまだカラカルのお説教は続いていた。

 が、カラカルは一度お説教の手を休めるとルリ達へ一瞥をくれる。

 その視線にルリは思わず気後れしそうになるがアムールトラが前に出てくれた。

 

「悪いな。ぐうたらで寝ぼすけで女ったらしで研究以外はだいたい何やらせてもダメダメやけど、そいつ、ウチらの母さんやねん。あんまり叱らんでやって欲しいんや」

「フォローになってないよアムールトラッ!?」

 

 “教授”の悲鳴は無視された。

 カラカルは嘆息一つ。とりあえず“教授”へのお説教は止めてルリ達に向き直る。

 

「私はカラカル。ごめんね、久しぶりに和香の顔を見たらお説教が止まらなかったわ」

 

 そうして、視線で「そっちは?」と訊ねてくる。

 

「ああ、ウチは宝条アムールトラ。ウチの後ろにおるのが宝条ルリ。で、友達のユキヒョウや」

「ん? 宝条……って事は……」

 

 アムールトラの紹介にカラカルは後ろの“教授”を振り返る。

 ようやく嵐が小康状態になったか、と“教授”は立ち上がり足についたホコリを払ってから言う。

 

「そうだね。ルリとアムールトラは……。まあ…。こういうのは少し気恥しいが、娘さ。私のね」

 

 “教授”は元に戻した右腕でほっぺたを掻く。

 そうやって紹介されるとルリとアムールトラも思わず照れてしまった。

 へぇ、としばらく感心していたカラカルだったが、アムールトラの後ろに隠れるルリに気が付いた。

 

「もしかして、ルリって……」

「そうさ。あの時の子だよ」

 

 何やら二人だけがわかるような会話でしんみりしている“教授”とカラカル。

 どうやら二人は昔馴染みらしいが、一体どういう関係なのか。

 その視線がわかったのか、カラカルが改めて言う。

 

「私は別な世界から来たの。そこの和香に救われちゃった世界からね」

「はっはっは。救われちゃったとはお言葉じゃないか、カラカル」

 

 どうやらカラカルは別世界から来たフレンズらしい。

 それであれば先程の強烈な一撃も納得がいく。

 それに、この草を短く整えられた庭はカラカルがやってくれたのだろうか?

 

「ええ、そうよ。和香の家の座標は聞いてたから、せっかく訪ねて来たのに草ボウボウで酷い有り様だったんだもん。我慢できずについ草刈りしちゃったわ」

 

 言いつつカラカルはサンドスターで輝く鋭い爪を見せた。

 おそらくその爪で草を刈り取ったのだろう。

 

「あ、あの……。カラカルさん。ありがとうございます」

 

 その事実に後ろに隠れていたルリもようやく顔を出して頭を下げた。

 カラカルは膝を折ってルリと目線を合わせるとニコリと微笑んだ。

 

「構わないわ。和香達が留守にしていて暇だったから」

 

 どうやらカラカルは“教授”に用事なのだろうか。

 それならその話を聞かなくてはならない。

 

「その前にさ。家入れてよ。別に外でもいいんだけどさ、アンタ達は落ち着かないでしょ」

 

 確かにこんなところで立ち話もないだろう。

 “教授”は黒いジャケットのポケットから家の鍵を取り出すと久しぶりに扉を開けた。

 

 

の  の  の  の  の  の  の  の  の  の  の  の  の  の

 

 

「ふぅん?家の中はそれなりに綺麗だと思うんだけど……。随分長く留守にしてたみたいじゃない。どういう事……?」

 

 家の中の家具にはホコリ除けのシーツが掛けられていた。カラカルはその様子に戸惑いを覚える。これはただ留守にしていたというわけではなさそうだ。

 “教授”が家の電力を入れると明かりがつく。

 ルリとアムールトラとユキヒョウの三人がシーツを取り払っていった。

 

「実はね。引っ越していたんだ。今は街の中に住んでいるんだよ」

「なるほど、どおりで一晩待っても全然帰ってこなかったわけね」

 

 “教授”の答えに、ようやく合点がいったカラカルである。

 

「それにしても、アンタにしては家具のホコリ除けとかしっかりしてるし、ちゃんと整理整頓してあるみたいだし偉いじゃない。感心したわ」

「ああ、それはルリがしてくれたんだ。」

 

 最初、感心していたカラカルだったが“教授”の答えに半眼になる。

 あんな小さな子に家事を全て任せているという事だろうか、と。

 

「アンタねぇ……。やっぱりお説教しないといけないかしら」

 

 嘆息するカラカルの後ろを大量のシーツを抱えたユキヒョウが通りかかる。

 

「是非してやってくれぬかの、カラカル殿。わらわ一人の説教ではとても足りぬと見える」

 

 その援護射撃に“教授”は「うへぇ」と顔をしかめた。

 

「それなら私も手伝うわ。さっさと掃除しちゃってお説教の続きしなきゃ。ルリ、私もシーツを運べばいいのかしら?」

「あ……。でも、お客様に手伝ってもらうのも……」

 

 訪問してきたお客様であるカラカルに手伝って貰う事には抵抗がある。

 けれども彼女はさっさとシーツの山を抱えると手伝い始めてしまった。

 

「いいのよ。どうせ和香は戦力外じゃない。それに私も手伝った方が早く掃除が終わって落ち着いて話が出来るでしょ」

 

 こうして四人がかりで家の中をお掃除する事になった

 窓を全て開けて換気して高所のホコリをハタキでパタパタ。続けて掃除機を掛けて床はモップ掛け。

 でもってテーブルやら椅子やらもふきんで丁寧に拭いていく。

 さすがに四人がかりならあっという間の作業になった。

 あとは洗濯したホコリ除けのシーツを干すだけだ。

 ちなみに、“教授”はと言えば、テラスで一人暇していた。

 下手に手伝うとかえって大惨事になるという全員の共通見解の末、テラスで大人しくしてもらう事になったのだ。

 あとは仕上げに洗濯したシーツとしばらく使っていなかった布団を干すのみとなる。

 

「こっちはOKよ。アムールトラ、ロープを引いてくれる?」

「おうよ!いくで、カラカルー!」

 

 洗濯物の量が量なので庭にロープを渡して干し台の代わりにする。

 カラカルが持ち前の身軽さを活かして近くの木にロープを括り付けてくれた。

 あとは逆側をアムールトラが張れば即席の干し台が完成だ。

 

「はい、じゃあユキさん、シーツちょうだいー」

「うむ。わかったのじゃ」

 

 で、ルリが伸ばした三つ編みで背伸びして次々とシーツを干し台に掛けていく。

 

「便利ね。それがルリの能力って事?」

 

 戻って来たカラカルが感心しながらルリを見ていた。そうしながらも手は休む事なくシーツが飛ばないように洗濯ばさみで抑えていく。

 

「はい、身体を引っ張ったりするだけじゃなくてこうやって支える事も出来るんですよ」

「梯子いらずねぇ」

 

 そのまま、伸ばした三つ編みを足のように動かして移動まで出来る。

 あっという間に庭には大量のシーツが翻る事になった。

 

「いやいや、思ってた以上に早く終わったのう」

「せやな。カラカルが手伝ってくれたおかげやな」

「ユキさんもカラカルさんもありがとうね」

「いいわよ。掃除してるのをただ見てるのも暇だったもの」

 

 そうして4人で満足気に翻るシーツの群れを見る。

 山間にはちょうどいいくらいのそよ風が吹いている。きっとあっという間に洗濯物も乾くだろう。

 

「お母さんお待たせー!今からお茶淹れるからー!」

 

 テラスに向けてぶんぶん手を振るルリに“教授”も手を振り返す。

 一人何もしていない“教授”であったが、彼女の場合こうした作業では何もしないのが最大の貢献になってしまうので仕方がない。

 さて、一通りの掃除が終わってようやく落ち着いて話が出来る。

 “教授”は運ばれてきたブラックコーヒーをひと啜りしてからカラカルに訊ねた。

 

「さて、カラカル。久しぶりだけれど一体全体どうしたっていうんだい?こちらに来るのもそれなりに大変だとは思うんだが」

 

 実はカラカルが住んでいた世界からこちらに来る方法はあるにはある。

 そもそもその方法がなかったら“教授”だって帰還できなかったわけだし。

 ただ、別世界に渡るには相当な時間と労力と機材が必要だ。

 そこまでしてやって来たのだから、わざわざ“教授”が元気にやっているのかどうかを確かめに来たという事はあるまい。

 

「そうね。順を追って説明しないといけないわね。和香。アンタ、クロスリアクターって知ってるでしょ?」

「まさか……。実現したのかい?」

 

 クロスリアクターという言葉にはルリもユキヒョウもアムールトラも聞き覚えがない。

 なので説明を求めて“教授”を見る。

 

「そうだね、簡単に言うとクロスリアクターっていうのは物凄い発電所だと思って貰えればいいかな」

 

 “教授”の説明によればクロスリアクターというのは、異なる世界の同位体の間に発生するある種のエネルギーを取り出す為の装置らしい。

 その効率は凄まじく、ほんのわずかな燃料で全世界にエネルギー供給が可能という代物だ。

 しかもそれは千年単位で稼働が可能らしく、実現されればあらゆるエネルギー問題は解決するだろう。

 

「私がこちらに帰還する時はまだ理論段階だと思っていたんだけれど、既に実現していたとはね」

「こっちもセルリアンの事は落ち着いて、色々と復興してきてるんだけどエネルギー供給が足りなくてね。急ピッチで研究が進められたってわけよ」

 

 “教授”とカラカルの話を聞けば聞く程すさまじいものだ、というのは分かった。

 だが、その燃料というのが問題だった。

 

「つまり、その燃料は別な世界から取ってこないといけないわけだけど……。それだってかなり難しいと思う。なんたって異世界の自分を見つけ出さないといけないわけだからね」

 

 異世界の同位体とは異なる世界に住む自分自身だ。

 どこかの世界には別な人生を歩んだ宝条和香がいるかもしれない。

 その人物を探し出して血液か何かを採取してきて、クロスリアクターの燃料となる要素を抽出するわけだ。

 

「あ、あの……。ちなみになんだけど、別世界の自分と出会っちゃったらどうなるの?もしかして爆発しちゃったりとか……?」

 

 ルリが気になって挙手して訊ねる。

 そんな凄まじいエネルギーを抽出出来るのだ。その異世界に住む自分同士が出会ったら何かが起こっても不思議はない。

 

「いやあ、さすがにそれはない。人物を構成する要素というのは多岐に渡るからね。きちんと抽出して調整しないと反応は起こらないよ」

 

 とりあえず、突然自分に似た人物に出会って爆発しちゃうなんて事はないらしいのでルリはホッと胸を撫でおろした。

 

「しかし……。クロスリアクターに燃料を提供できる人物を探し出すのだって難しいだろう。砂浜から砂金一粒を探し出すようなものじゃないのかい?」

 

 問題はまだあった。

 この沢山の人物が住む世界で目的の人物を探し出すのがいかに難しいか。

 だが、当のカラカルは涼しい顔だ。

 

「それなら問題ないわ。私達には“コンパス”があるもの」

 

 その“コンパス”とは異世界の同位体ともいうべき人物のいる方角を指し示すものらしい。

 

「ほう、そんなものがあるのか。で、それはどこに?」

 

 訊ねる“教授”にカラカルは首を横に振った。

 

「ここにはないわ。あの子が持って行っちゃったもの」

 

 そもそも“教授”達はカラカルが一人で来たと思っていた。

 けれども、そうじゃない。

 もう一人、一緒に異世界から渡って来た者がいるのだ。

 

「そ。和香と一緒に戦った仲間のあの子も来てるのよ」

 

 そのもう一人とは一体……?

 カラカルは今頃どうしているかなぁ、と街の方へ視線を投げるのだった。

 

 

の  の  の  の  の  の  の  の  の  の  の  の  の  の

 

 

 時間は遡って、昨日の出来事である。

 その日も商店街はいつも通りに大賑わい。

 夏休みから始まったイベントも大盛況だ。

 今日も今日とて、奈々は大忙しのアルバイトをこなし終えたところだ。

 それにしても、今日は妙な一日だった。

 アルバイトで荷物を受け取りに行ったお店で何度も「あれ?さっきも来なかった?」と訊ねられた。

 

「うーん……。まぁ、何度も商店街を往復してたからそういう事もあるかなぁ」

 

 奈々は最初気に留めていなかったが、それが続くとさすがに引っかかりを覚える。

 だが、これと言って何が出来るわけでもないので、忙しさに身を任せていた。

 どうにか今日も乗り切ったが、日も傾いて暗くなりつつあった。

 アルバイトに参加してくれている子の中には商店街に住んでいない子達も多い。

 かばんやサーバルやアライさんやフェネック。それにオオセルザンコウとマセルカとセルシコウも商店街とは少し離れたところに住んでいる。

 なので、暗くなりつつあるので、奈々はせめて公園まででも皆を見送りにいった。

 

「じゃあ、みんな気を付けて帰ってね」

 

 見送ってくれた奈々に手を振り返すかばん達。

 奈々は皆が見えなくなるまで手を振って見送ると自身も帰路へと着いた。

 公園から商店街までは大した距離ではない。

 なので、一人でも平気だ。

 そのはずだった。

 もうすっかり暗くなった道を一人戻る奈々の足音は何だか反響して聞こえる。

 その足音が二人分に聞こえたのも無理はない。

 ふと思い立って奈々は街灯の下でピタリ、と足を止める。

 

―トンッ

 

 一つ分の足音だけがやけに大きく響いた。

 奈々が足を止めたのだから、一歩分の足音が余計に聞こえるはずがない。

 なのにそれが聞こえた。

 それはつまり……。

 

「(誰かついて来てる!?)」

 

 奈々は背筋に冷たいものが走った。

 足音が二つに聞こえていたのは気のせいじゃなかった。

 誰かが後をつけている。

 そう確信すると奈々は一目散に走り出した。

 

「(なになに!? 私なんて食べても美味しくないよぉ!?)」

 

 つけて来ているのは何者なのか。

 オバケとかが後を追っていて食べられたりしたらどうしよう。

 走っていると悪い方向の想像ばかりが膨らんで、奈々は脇目も振らずに走った。

 夢中で走っていると、程なくして商店街の明かりが見えてきた。

 いつもの商店街のアーチを潜れば、この時間でもまだそこかしこに人通りが残っている。

 商店街の中に駆け込んだ奈々はようやく一安心だ。

 まさかこんなところまでオバケも追ってはこれまい。

 そうなると、奈々は自分を追いかけて来ていたのが何者なのかが気になった。

 もしも変質者だったりした場合には姿を見ておいて交番に相談しないと。

 なんせ、この商店街にはキタキツネやギンギツネやエゾオオカミなど可愛いフレンズも沢山いるのだから。

 奈々は使命感を燃やしてくるり、と振り返った。

 

「う、うそ……」

 

 そして信じられないものを見た。

 遠く、街灯の明かりの下に一瞬だけその姿が見えたのだ。

 半袖ジャケットに白のTシャツ。それにスパッツと動きやすそうなスニーカー。

 胸には大きな懐中時計のようなものを提げた女の子だった。

 それよりも何よりも、奈々にはその姿に驚くべきところがあった。

 何故ならその顔はよくよく見慣れたものだったからだ。

 赤毛を横で一本にまとめたサイドテールの髪型も、その顔立ちも何度も毎日鏡の前で見て来たものだった。

 街灯の下にいたのは、自分自身と同じ姿をした何者かだったのだ。

 

「あ、あわわわわわ……」

 

 奈々の姿をした何者かは既に闇の紛れて何処かへと消えてしまっていた。

 だけれども奈々は足の震えが止まらない。

 ちょうど夏休み前に書いた部活動の新聞記事。

 自身が書いた学校新聞の記事がちょうどこんな感じの怪談話だったのだ。

 

『夏の怪談。噂のドッペルゲンガー』

 

 その記事の内容は要約するとこうだ。

 自身によく似たヒトやフレンズに出会ったら注意が必要。それはドッペルゲンガーかもしれないから。

 もしもドッペルゲンガーに出会ったら注意してね……。

 近いうちに病気になったり怪我をしたり……、もしかしたらもっと大変な目に遭っちゃうかもしれないから……。

 

 まさか記事を書いた奈々自身がその状況に陥るとは思ってもみなかった。

 奈々はまだ明かりと人通りの残る商店街で一人青い顔をしてポツリと呟く。

 

「ど、どうしよう……!?私、ドッペルゲンガーと会っちゃった!?」

 

 

 

―中編へ続く

 

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