けものフレンズRクロスハート   作:土玉満

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第21話『真夏の夜にあった怖い話』(中編)

 

 

 ルリ達が別荘の掃除に明け暮れていた頃、色鳥町商店街は今日も賑やかであった。

 きっと今日も忙しい一日になるだろう。

 だというのに……。

 

「あわ……。あわわわ……」

 

 一番の年長者である奈々は心ここに在らずという感じだった。

 今日もアルバイトに集まっていた商店街に住むキタキツネ、ギンギツネ、エゾオオカミにかばん達クロスシンフォニーチームとそれにセルリアンフレンズの3人までもが心配そうに奈々を見ていた。

 もうすぐ仕事も開始する時間だというのに、こんな様子ではとても仕事になりそうもない。

 

「ね、ねぇ。奈々姉さん。一体どうしたの?」

 

 見兼ねたギンギツネが訊ねる。

 

「あ、あぁー……。ギンギツネ……。いつもありがとねぇ」

 

 答えになってない返答を返しながら奈々はギンギツネに抱き着いた。

 

「ちょ……!? 本当どうしちゃったの!?」

 

 そんな様子の奈々は初めてでギンギツネは戸惑いを覚える。

 これはいよいよもって重症か。

 もう、その場の全員が奈々の元に集まってきた。

 

「なあ、奈々。一体全体どうしたっていうんだ? もし差し支えないなら話して欲しい」

 

 その場を代表して訊ねるオオセルザンコウに皆一様に頷いていた。

 奈々はこの商店街のイベント中、年長者としてみんなにさり気なく気を回してくれていた。

 昨晩の見送りだってそうだ。

 そうした細かな気遣いにはセルリアンフレンズの三人まで含めて全員がありがたく思っていた。

 だから何か困っていたり、体調が悪いなら今度は自分達が力になる番だ。

 それはこの場の総意だった。

 

「ああ……。うん……。あのね……」

 

 奈々は昨晩出会った自分にそっくりな何者かの話をした。

 

「そ、それってもしかして奈々が書いた学校新聞に載せた……」

 

 キタキツネはその話に聞き覚えがあった。

 自分そっくりのオバケ、ドッペルゲンガーの話をテスト期間中に奈々から聞かされていたのだ。

 

「そう……。そうなの……! 私、ドッペルゲンガーに会っちゃったんだよぉ!」

 

 奈々はそう言って叫ぶとキタキツネの両肩をガシと掴む。

 

「キタキツネ……。もし私がいなくなっても食べすぎたり飲み過ぎたりしちゃダメだからね……。あと夜更かししてゲームし過ぎるのもダメだし、宿題も毎日ちゃんとやってね! あとそれからギンギツネの言う事をよく聞いて……」

「縁起でもないからそんな事言わないで!?」

 

 長々としたお説教に発展しつつあったので、キタキツネは奈々の言葉を途中で遮った。

 だが、奈々がこうなっている理由もようやくわかった。

 

「つまり。奈々、キミはオバケが怖いわけだな」

 

 オオセルザンコウの言葉に奈々は素直に頷く。

 普通ならば、高校生にもなってオバケが怖いだなんて笑われるかもしれない。

 それでも奈々は昨晩、自分によく似た何者かに出会った事に対してショックを覚えていた。

 そして。

 話を聞いていたかばんまでもが青い顔をしていた。

 こっそりとフェネックがサーバルをかばんの隣に配置して、その手を握らせる。

 かばんはオバケは大の苦手だった。

 

「さて。そういう事ならば……。今日は奈々は誰かと一緒にいた方がいいだろう。キタキツネ、ギンギツネ。キミ達二人に奈々の事を任せたい。構わないかな?」

 

 しばらく考え込んでいたオオセルザンコウだったが、やがて何か考えついたのかそんな事を言い出した。

 奈々を放っておける状態ではない事は誰の目にも明らかだったのでキタキツネもギンギツネも二つ返事で頷く。

 

「でもさ、そうなるとピックアッパーの仕事は効率悪くならない?」

 

 キタキツネの言う通り、奈々達ピックアッパーはそれぞれ手分けして各商店から配達品を回収してまわっていた。

 だからそれがひと塊のグループとして動くとなれば途端に効率は悪くなるだろう。

 

「まぁ、それはその通りだ……。そこでエゾオオカミ、それにセルシコウ。キミ達二人はピックアッパーもこなしつつ近場の配達を頼みたい」

 

 その効率ダウンをカバーする為の策として出て来たのが、エゾオオカミとセルシコウのペアを近場の配達専門にしてピックアッパーとの兼業をしてもらう案だった。

 特にセルシコウは近場での配達なら、障害物を無視して最短距離を走るのでかなりの配達数を誇っていた。

 それにエゾオオカミは商店街で暮らすフレンズだ。地の利もあるのだから彼女達が兼任には最適だ。

 

「さて、少し詳細を詰めたいから、デリバリーマンの皆は残ってくれるかな? キタキツネ、ギンギツネ。奈々を頼むよ。もしも奈々の調子が悪そうなら無理はさせないように。ともかく二人は奈々を一人にしないように心掛けてくれ」

 

 キタキツネとギンギツネは二人して頷くと、奈々を連れて最初のピックアップへと向かった。

 休憩所になっている集会所に残っているのは、かばんとサーバルとフェネックにアライさん。そしてセルリアンフレンズの三人とエゾオオカミであった。

 

「いやあ。見事な手際だったねえ。凄いじゃないか」

 

 フェネックが作戦を立ててくれたオオセルザンコウに賛辞を贈る。

 ただ、彼女には一つ心配ごとがあった。

 

「ところで、今日もデリバリーマンのチームは同じでいくつもりかい? 出来れば今日の所は、かばんさんをサーバルと一緒にしておきたいんだ」

 

 それは何か理由があっての事か、とオオセルザンコウは小首を傾げる。

 

「あー……。うん。かばんさん、オバケは苦手だからさ」

 

 フェネックは少しばかり言いづらそうにその理由を答えた。

 

「そうなの……? かばん、大丈夫?」

 

 意外、とでもいうようにマセルカはかばんの顔を覗き込む。

 オバケが怖いという事実に顔を赤くしていいやら、青くしていいやら、何とも言えない表情のかばんであった。

 それにしても、つい先日まではかなり険悪な雰囲気だったのに、マセルカはすっかりかばんに懐いてしまっていた。

 昨日だって休憩時間に宿題を教えてもらったし。

 

「大丈夫だよ! オバケくらいマセルカがやっつけてあげるから!」

 

 そう言って胸を張って見せるマセルカに、かばんも少しは笑い返せる程の余裕が出て来た。

 

「まあ、その事なんだけれども……。セルリアンの仕業とは考えられないか?」

 

 オオセルザンコウに言われて、その可能性に思い至る。

 たしかに、セルリアンの特技は何かを模倣する事だ。

 何かの拍子に奈々を模倣したとしても不思議ではない。

 

「言っておくが我々が生み出したセルリアンではないぞ。恐らくこちらの世界のセルリアンだろう」

「ああ、今更疑ったりはしねーよ。商店街で騒ぎを起こしても、今はお前らも困るだろうからな」

 

 エゾオオカミの言う通り、セルリアンフレンズにも意図的にセルリアンを生み出す理由がない。

 むしろデメリットの方が大きい。

 

「それに、今回は奈々を助ける、という目的も一致はしている。だから手を組むのが早いと思っているがどうだろうか」

 

 仕上げにオオセルザンコウは全員を見回した。

 どうやら異論のある者はいないらしい。

 

「あ、あの……!でしたら、ドクター遠坂さんが作ってくれた、このセルリウムレーダーが役に立つと思います」

 

 さっきまで青い顔をしていたかばんが挙手していた。セルリアンであれば怖がっている場合ではないのだ。

 言いつつ、自分の携帯電話を取り出して見せる。

 その携帯電話の画面には、街の地図が表示されていた。

 それは通販サイトの管理システムであるU-Mya-Systemのもう一つの顔だ。

 これは活性化したセルリウムの位置を感知して、セルリアンの出現位置を予測する事が出来る。

 特定のメンバーにはこのセルリウムレーダーの機能も解放していたのだ。

 

「皆さんの携帯にインストールされているU-Mya-Systemにもセルリアンレーダーが使えるように認証しちゃいますね」

 

 かばんが自分の携帯電話とオオセルザンコウ達の携帯電話を通信させてアプリの機能制限を解除していった。

 

「なるほど。これは便利なものだ……。この微弱な反応は、私達のものだね。」

 

 自分の携帯電話の画面を確かめるオオセルザンコウは、ちょうど自分達のいる位置に微弱な反応がある事に気づいていた。

 やはり彼女達はセルリアンフレンズなのだ。

 “アクセプター”の出力を最低に抑えていてもわずかなセルリウム反応が検出されている。

 

「だが……。ふむ……。それ以外の反応は見当たらない……。まさか、セルリアンではない? だとすれば、本当にオバケ……?」

 

 そのマップ画面を見ながら考え込むオオセルザンコウだったが、ハッと気が付いた。

 かばんが再び青い顔になって泣きそうな表情になっていた事に。

 そして、マセルカが非難がましい目でオオセルザンコウを見ていた。「なんでかばんを怖がらせるような事を言うの!?」と怒っているようだ。

 確かに今のは失言だった。

 

「私が悪かった!? 私が悪かったから泣くんじゃない!?」

 

 オオセルザンコウは思わぬクロスシンフォニーの弱点を知れたというのにちっとも喜べる気がしなかった。

 それどころか、かばんの方も奈々と同じく一人にはしない方がよさそうだと一計を案じはじめてすらいるのであった。

 

 

の  の  の  の  の  の  の  の  の  の  の  の  の  の

 

 

 さて、配達する商品を各商店街のお店から集めに回っていた奈々達である。

 

「最初の配達品は、新作ゲームソフトと攻略本のセットね」

「うわぁ。何それいいな! ボクも欲しい!」

「アルバイト代が出たら買ったらいいわよ。でも夜更かししないようにね」

 

 ギンギツネとキタキツネは奈々を真ん中に置いて二人して言い合う。

 やはり奈々は心ここに在らずといった様子である。

 さて、その商品を回収してこようにも、本屋さんとゲーム屋さんは逆方向だ。

 三人まとめて行動するよりも二手に別れた方が効率がいい。

 

「じゃあ、キタキツネ。あなたはゲーム屋さんね。あなたならどこに新作ゲームが並んでるかすぐにわかるでしょ?」

「うん! ボクの得意技! 合点承知だよっ!」

 

 ぐい、と力こぶを作って見せるキタキツネであったが、一抹の不安がギンギツネにはあった。

 

「私は奈々姉さんと本屋さんで攻略本を回収してくるけど、ゲーム屋さんで油売ったりしたらダメだからね。すぐに戻ってよ」

「わ、わかってるよぅ」

 

 こうしている間も、やっぱり奈々はどこかうわの空だ。

 キタキツネだって奈々の事は心配だ。

 だから早く戻る事に異論はない。それにギンギツネならしっかりしているから、今の奈々を任せても平気だろう。

 

「じゃあ、奈々をお願いね」

 

 キタキツネは奈々をギンギツネに任せると一人ゲーム屋へ向かった。

 この商店街のゲーム屋さんもキタキツネにとっては自分の縄張りのようなものだ。

 よく訪れる場所だし、ライバルゲーマーだって出入りしている。

 ゲーム屋さんのアナログゲームスペースでは、馴染みのゲーマーがボードゲームの卓を囲んでいた。

 キタキツネは一瞬そちらに目を奪われそうになったが、ぶるぶると頭を振って邪念を追い払う。

 

「じゃあ、店長。配達用のMGS(もふもふギアそりっど)貰っていくね」

 

 言ってキタキツネは自身の携帯電話からU-Mya-Systemのアプリを開くと商品回収画面を店長に差し出す。

 店長はその画面に表示されていたバーコードをお店のレジで読み込んだ。

 これでレジには、該当商品を配達に出したと記録されるわけだ。

 

「おう。バイト暇になったらまた遊びにおいでな」

 

 アナログゲームに興じていた馴染みのゲーマーや店長達もキタキツネがアルバイトで忙しいのは知っていたので引き留める事はしなかった。

 さて、キタキツネは後ろ髪引かれながらもレジ袋に入れたゲームソフトを持って元来た道を引き返す。

 途中でピックアップ出来そうな商品も今はないから、さっさと戻ってギンギツネ達と合流しよう。

 何と言っても奈々の事が心配だし。

 そう思ってひた走るキタキツネだったが、ふと遠くに見知った後ろ姿を見た気がした。

 赤毛をサイドでまとめたその姿は奈々だった。

 

「あれ? 本屋さんは逆方向だよね……。しかもなんで奈々が一人なの? オオセルザンコウにだって奈々を一人にしちゃダメって言われてたのに……。」

 

 ギンギツネも奈々もかなり真面目な方だ。

 だから仕事をサボって油を売っているはずがないし、ギンギツネだってあんな状態の奈々を一人にするはずがない。

 そう疑問に思っているうちに、奈々らしき後ろ姿は商店街の雑踏に紛れて消えてしまった。

 ほんの一瞬の出来事だったから、もしかしたら見間違えだろうか。

 そう思ってキタキツネは目元をこする。

 再び目を開けてみてもやはり奈々の後ろ姿を再び見つける事は出来なかった。

 やっぱり見間違えだろうか。そう判断したキタキツネは不可解な出来事に小首を傾げながらも仕事を続ける事にした。

 程なくして、休憩所代わりに使っている集会所へ戻る。

 すると、ギンギツネに連れられた奈々はもう既に攻略本を回収して梱包準備も終わらせていてくれた。

 

「ちゃんと早く戻って来てくれたのね、えらいわ」

 

 ギンギツネはキタキツネを褒めてくれたが、いつもなら得意気になるはずのキタキツネの様子がおかしい。

 

「どうかした?」

「いや……。ギンギツネは奈々とずっと一緒にいたよね? 本屋さんから真っ直ぐこっちに戻って来たよね?」

「当たり前じゃない。奈々姉さんを放ってどこかに行ったりしないし、どこか寄り道なんてしたりしないわ」

「そう……だよね」

 

 得意気になるどころか、そうやって訝し気にしているキタキツネにギンギツネもますます不審に思う。

 

「ええと、ううん。何でもない。ボクの見間違えだから」

 

 まさか、奈々に似た後ろ姿を見たなんて言ったら、ますます彼女を怖がらせてしまう。

 キタキツネはさっき見たのは気のせいだったのだろう、そう思い込む事にした。

 

 

の  の  の  の  の  の  の  の  の  の  の  の  の  の

 

 

 さて、ところ変わって山奥の宝条家別荘である。

 山間に吹く清涼な風が干されたシーツの群れを揺らす。

 そんな中でルリとアムールトラにユキヒョウとカラカルの四人は……。

 

「「「「あぁー……」」」」

 

 と、揃ってレジャーシートの上でゴロゴロしていた。

 こんな日は木陰で昼寝するのに極上の日和だ。

 早朝から別荘の掃除をしていた四人にとってこのお昼寝タイムは最高のご褒美だった。

 ちなみに“教授”はというと木陰に張られたハンモックですっかり眠ってしまっていた。

 

「で、皆起きておるかの?」

 

 ユキヒョウの言葉に応えたのはルリとアムールトラとカラカルの三人だった。

 

「なんか、こんなに気持ちいいと眠るのも勿体ない気がして」

 

 ルリの言葉に同感、と全員が頷いた。

 心地よいまどろみに身を任せて、その感覚を味わっていたい。それは“教授”以外の全員が思っていた事だ。

 眠るのも勿体ないなら、ここは一つガールズトークと洒落込むのも悪くない。

 

「して、カラカル殿。“教授”とは一体どういう間柄だったのじゃ?」

 

 ユキヒョウが気になっているのはそこだった。

 ルリもアムールトラも“教授”は自身の事をあまり話さないので気になる話題だった。

 三人してカラカルの方を見る。

 

「そうね……。私は助手みたいな物だったの。和香のね」

 

 和香が渡った先の別世界。

 そこで彼女はやはりセルリアンを何とかする為の研究をしていたらしい。

 その研究所で彼女の身の回りの世話を色々と焼いたのがカラカルだったのだ。

 

「まーぁ、手を焼かされたわよ。和香ったらぐうたらだし、ねぼすけだし、女ったらしだし、研究と戦い以外は何をやらせてもだいたいダメダメなんだもの」

 

 言いつつカラカルは横になったままのアムールトラに視線を送る。

 今も昔も変わらないんだな、と二人して苦笑し合う。

 カラカルはゴロリと寝返りを打つとうつ伏せになって続けた。

 

「ルリ。アムールトラ。ユキヒョウ。ありがとね」

 

 はて?

 何かお礼を言われるような事はあっただろうか、と三人そろって顔を見合わせる。

 そんな三人を見るカラカルの表情は何とも優し気だった。

 

「和香が一人じゃなくて安心したわ。だから、ありがとう」

 

 もしかしたら、カラカルはクロスリアクターとやらの為よりも“教授”の様子を見る為だけに別世界に渡ってきたのではないだろうか。

 そう思わせるには十分な笑顔だった。

 だから三人揃って、どういたしまして、と笑いを返す。

 

「それに、ルリに会えたのも嬉しいわね」

 

 カラカルの言葉にルリは「へ?」と意外そうな顔をする。

 ルリはセルリアンだ。

 カラカルはセルリアンとの戦いが日常の世界からやって来たはずなのに、自分の事は怖くないのか。

 そう思ったのだ。

 

「そりゃあ怖いわけないじゃない。和香に似ないでちゃんと家事をしてくれるなんてむしろ偉すぎるわ……!」

 

 カラカルの判断基準はそこなのか、と苦笑が漏れてしまう三人だった。

 

「けどまあ、詳しい話をするのは和香の役割だから譲るけれど、これだけは言っておくわね」

 

 うつ伏せになったままのカラカルがやけに真剣な目をルリに向けて来た。

 一体何を言うのだろう、と三人も固唾を飲んで待つ。

 

「ルリ。アンタは望まれて生まれて来たの。だから、私はルリに、ううん。ルリ達に会えてよかったわ」

 

 ルリは何だか胸が熱く、くすぐったくなる。

 あらためて思えばアムールトラだってユキヒョウだって自分の事を大切にしてくれた。

 それに萌絵やともえやかばんやエゾオオカミだって自分の事を受け入れてくれた。

 だからきっと自分は……。

 

「幸せ?」

 

 そう言ってカラカルがニコニコと嬉しそうにルリの方を見ていた。

 それはルリが胸中で続けようとした一言だった。

 だから、うん、と満面の笑みで返す。

 

「そう。だったら私も嬉しいわ」

 

 それにカラカルも同じような笑みを見せる。

 真夏の山間には優しい風が吹き抜けていくのだった。

 

 

の  の  の  の  の  の  の  の  の  の  の  の  の  の

 

 

「………どうしてこうなった」

 

 エゾオオカミは今日もその一言と共に頭が痛くなる想いだった。

 頭痛の種は主に、すっごいニコニコしている目の前の彼女の母親だった。

 ピックアッパー件デリバリーマンという大忙しの役割を担う事になったエゾオオカミとセルシコウのチームだったが、何故か二人はエゾオオカミの和服屋さんで足止めを食らっていた。

 

「ねえねえ、エゾオオカミ。セルシコウちゃんにはどの浴衣が似合うと思う? ああ、浴衣と髪色を考えたらこの帯もいいわねぇ。 あ、せっかくだもの。カンザシも何かいいのを見繕わないとねぇ」

 

 エゾオオカミの母親はというと、セルシコウにあれこれと浴衣を選んでいた。

 さて、どうしてこうなったのか。

 それは、商店街会長から直々の依頼があったのだ。

 曰く、『青龍神社の夏祭りのポスターを作りたいから、モデルになって欲しい』と。

 ともかく、エゾオオカミとセルシコウが抜けた穴はちゃんと補充してくれるらしい。

 会長直々の頼みでは断れずに、こうして和服屋である自宅に戻ったわけだが、さっきから母親はずーーっとこの調子だ。

 

「あ、あのぉ……。エミリおば様」

 

 セルシコウもそんな様子の母親には困惑気味で声を掛けるが、母親のテンションは下がらない。

 ちなみに、エゾオオカミの母親も既に名前を娘に譲っていて、今の名前はエミリだったりする。

 エゾオオカミはルリからエミさんと呼ばれているが、美人で自慢の母親と同じような名前で呼ばれる事は密かに嬉しく思っていたりした。

 閑話休題。

 セルシコウがこうして戸惑っているのは、何もエゾオオカミの母親、エミリのテンションが天辺まで上り詰めているせいばかりではなかった。

 そして、エゾオオカミもその戸惑いの理由に心当たりがあった。

 だからそろそろ助け船を出してやる事にする。

 

「なあ、お母さん。セルシコウにはこういう浴衣の方が似合うと思うんだ」

 

 言って示して見せたのは、ミニ浴衣と呼ばれる類のものだ。

 腰から下はミニスカート状になっており、和洋折衷のデザインとなっている。

 正統派の和服を着せたいだろう母親の意向には沿えないだろうが、仕方がない。

 予想通りというか何というか、セルシコウもエゾオオカミが示してみせた浴衣には興味をそそられたらしい。

 セルシコウが戸惑っていた理由は、単に『浴衣って動きづらそうだなあ』というものであった。

 なんせセルシコウは別な世界からやってきたのだ。

 そんな場所で動きづらい格好をするのは何かとストレスだろう。

 

「確かに……。こちらならば幾分は……」

 

 言葉を濁しながらもセルシコウは、エゾオオカミの選んでくれた方がいいな、と暗に告げる。

 その理由はと言えば、もちろん、こちらの方が動きやすそう、というだけだった。

 素人考えでエミリの見立てに異論を挟んだ事で怒ったりしてないだろうか、と二人は恐る恐る彼女の様子を伺う。

 あれ?

 なんかやたらキラキラした目をしているぞ?

 

「そうよね! うんうん! わかる! わかるわよっ!」

 

 と、怒るどころかむしろ物凄い勢いで頷かれてもいた。

 エミリは胸中で大喜びだった。

 

「(オシャレに興味なんてなかったエゾオオカミが彼女の浴衣を選ぶだなんて……!ちょっとセンスはアレだけど……!)」

 

 やはりエミリの見立てでは、セルシコウには正統派の浴衣が映えると思っていた。

 だがそれでもセルシコウが選んだのはエゾオオカミが示したミニ浴衣だ。

 

「(これはやっぱりアレよね!? 似合う物よりも好みを合わせたいっていう乙女心よね!)」

 

 やはり、エミリは盛大な勘違いをしていた。

 

「助かりましたよ、エゾオオカミ」

「いいや。俺も動きづらい格好はあんまりしたくねーからな。気持ちはわかるってだけだ」

 

 そうやって二人してコソコソと内緒話をしている姿もエミリの勘違いを助長していた。

 二人のこんな姿を見られたのなら、ちょっと商店街会長にお願いしてポスターのモデルをエゾオオカミとセルシコウにしてもらった甲斐もあったというものだ。

 

「さあ、そうしたら今度はエゾオオカミの分の浴衣を選びましょうか!」

 

 もうテンションが常にMAX状態のエミリの言葉に、エゾオオカミとセルシコウは揃って絶望の表情を浮かべた。

 

 

の  の  の  の  の  の  の  の  の  の  の  の  の  の

 

 

 エゾオオカミとセルシコウのピンチヒッターとして現れたのは……。

 

「はいっ! 一件配り終わったよー! 次はどこに配達かな!?」

 

 遠坂ともえと……。

 

「あの……。お仕事なのは分かっているのですが……。楽しいですぅー! ともえちゃんと一緒に走り回れてすごくすごく楽しいです!」

 

 遠坂イエイヌのコンビであった。

 この二人もエゾオオカミとセルシコウペアに負けず劣らず、次々と配達とピックアップの両方をこなしてくれていた。

 

「ああ。一時はどうなる事かと思ったが頼もしいよ」

 

 オオセルザンコウの言葉に他のバイトメンバーも同意と頷いていた。

 ともえとイエイヌコンビの参戦は、絶不調の奈々とエゾオオカミ&セルシコウのペアが抜けた穴を補って余りあった。

 

「でも、ともえさん。お家のお手伝いはいいんですか?」

 

 かばんが遠慮ガチに訊ねる。

 ともえの家は喫茶店を営んでおり、夏休みはその手伝いに忙しいはずだった。

 

「ああ、今日はパフィンちゃんやエトピリカちゃんとオオアリクイ姉さん達もバイトに入ってくれてるからこっちは平気だよ」

 

 ともえの言う通り、今日は『two-Moe』にはバイトの三人に加えて萌絵も春香もいるのだ。

 イエイヌとともえの二人が抜けても大丈夫だった。

 今はちょうど昼休憩の最中で休憩所代わりの集会所にみんな集まっていた。

 ちなみに、エゾオオカミとセルシコウの二人は未だに捕まりっぱなしで戻ってきていない。

 なんでも、このままポスター撮影に入るそうだ。

 

「みんな、迷惑かけてごめんね」

 

 そう言うのは奈々であった。

 どうやら彼女もキタキツネとギンギツネのおかげか、少しは調子を取り戻したらしい。

 

「みんなが頑張ってくれたおかげで午前中のお仕事は全部片付いてるし、午後も頑張ろう!」

 

 調子は取り戻したものの、奈々の顔色はあまり良くなさそうに見える。

 なので、この後も奈々にはキタキツネとギンギツネを付けるつもりでいた。

 そうなると、ピンチヒッターにやって来たともえとイエイヌの二人にまた負担を掛ける事になってしまうが……。

 

「え? もっと走り回っていいの!?」

「でも、ちゃんと水分補給とかして下さいね」

 

 肝心のともえがやたらキラキラした目をしているのでいいんだろう。

 パートナーのイエイヌもたしなめるような事を言いながらも尻尾がぶんぶんだ。

 なので、オオセルザンコウは二人に甘える事にした。

 

「みんな、午後も同じチーム編成で行くけれど、どうにも天気が怪しい気がする」

 

 言いつつオオセルザンコウは窓を開ける。

 窓の外からは夏に相応しくない冷えた空気が流れて来た。

 どういう事かと小首を傾げていると、遠くの方でゴロゴロとした雷鳴が聞こえた気がした。

 

「にわか雨が来るかもしれないから、レインコートを持っていった方がいい。」

 

 すっかり司令塔になってしまったオオセルザンコウの注意にみんな頷く。

 遠くの空には入道雲がムクムクと育ち始めていた。

 

 

の  の  の  の  の  の  の  の  の  の  の  の  の  の

 

 

「やれやれ。珍しい事もあるもんじゃのう。まさかお主に起こされる日が来るだなんて思わなったぞ、“教授”殿よ」

 

 山間の宝条家別荘では世にも珍しい事態が発生していた。

 なんと、“教授”が眠りこけていたルリ達四人を揺り起こしたのだ。

 まさかそんな日が来るだなんて思ってなかったユキヒョウは驚きに目を丸くしていた。

 

「これは雪でも降らねばよいが……」

「いや、雪は降らないが雨が降る」

 

 ユキヒョウの心配に“教授”は被りを振ると続けた。

 

「あとね、セルリアンが出る。街にね」

「「「「はいぃい!?!?」」」」

 

 余りにも唐突な言葉に思わずルリ達は素っ頓狂な声が出てしまった。

 

「これを見てくれるかい?」

 

 “教授”はタブレット端末を示して見せる。

 その画面はU-Mya-Systemのマップ画面のようだった。

 そしてマップには色鳥町商店街を中心に赤い警告マークが広がっていた。

 画面にはアラートマークがいくつもついている。

 

「さっきセルリアンレーダーに引っかかったんだ。かなりの規模だね。商店街丸ごと呑みこまれかねない」

 

 あまりの事態にルリもアムールトラもユキヒョウもカラカルも言葉が出ない。

 そんな彼女達に“教授”は指を二つ立てると続けた。

 

「さて、キミ達には選択肢が二つある。行くか、行かないかだ」

「「「「行く!」」」」

 

 弾かれたように四つの返事が重なった。

 セルリアンが出るというなら彼女達に戦わないという選択肢はないのだ。

 

「なら、飛ばすからしっかり掴まっていてくれたまえよ」

 

 言いつつ“教授”はSUV車のキーを取り出した。

 

 

の  の  の  の  の  の  の  の  の  の  の  の  の  の

 

 

 午後に入って天気は急変しつつあった。

 急に気温が下がり、ひんやりとした空気が流れる。

 誰もが夕立ちの予感を感じていた。

 そして、急激に気温が下がった事で湿度が霧に変わる。

 突然の濃霧が色鳥町を包みつつあった。

 

「うわぁ……。結構な霧だねぇ」

 

 霧は商店街も包んでいた。

 午後の仕事も順調にこなしていた奈々達であったが、突然の濃霧には戸惑いがあった。

 多少視界は悪くなっていたが、まだ仕事に支障が出る程ではない。

 奈々達は仕事を続ける事にしたのだが、そんな時だ。

 

―ブワッ

 

 と急に奈々の視界が真っ白な霧に覆われた。

 さっきまで歩くのに支障はない程度だったのが、もう数メートル先すら見えない。

 

「これは、ちょっと仕事を中断した方がいいかもね。配達に出てるみんなも無理してないといいけど……。」

 

 言いつつ奈々は一緒にいるはずのキタキツネとギンギツネを振り返った。

 そして気が付いた。

 さっきまで側にいたはずの二人がいなくなっている事に。

 

「あ、あれ? ギンギツネ、キタキツネ、どこー?」

 

 声をあげても返事はない。

 奈々は真っ白な濃霧の中に独り取り残されてしまった。

 おかしい。

 霧が急に濃くなったのはともかく、側にいたはずのキタキツネとギンギツネとまではぐれてしまうだなんて。

 ともかく、二人を探さないと。

 奈々は濃霧の中、慎重に歩いた。

 それにしてもおかしい。

 商店街はこんなに広かったか?

 少し歩けば、どこかの商店に行き着くはずだし、どこかの建物の壁に当たるはずなんだけれど、歩いても歩いてもどこにも辿り着かない。

 それに賑やかな商店街にいるはずの買い物客達とも会わないのだっておかしい。

 一体全体どうなっているんだろう?

 奈々は不安に駆られながらも足を進めた。

 と、濃霧の中に一人の人影が見えた。

 

「キタキツネ? ギンギツネ?」

 

 もしかしたら、二人のうちどちらかだろうか?

 それに仮に買い物客だったとしたって、この様子の変な商店街で独りっきりよりはずっといい。

 奈々はその人影に声を掛けてみた。

 ゆっくりとその人影が振り返る。

 それは、あの夜に見た自分とそっくりの少女がしていたのと同じ格好をしていた。

 半袖ジャケットにTシャツとスパッツに動きやすそうなスニーカー。

 自分と同じく、横で一つにまとめた髪型。

 

「~~~~~!?!?」

 

 その顔を見た奈々は声にならない悲鳴をあげた。

 振り返った人影の顔には、本来目と鼻と口があるべき場所に大きな一つ目だけがあって、ギロリと奈々を睨みつけたからだ。

 商店街に突然立ち込めた濃霧は、まだまだその濃さを増していた。

 

 

―後編へ続く


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