けものフレンズRクロスハート   作:土玉満

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第21話『真夏の夜にあった怖い話』(後編②)

 

 逆側の商店街入り口には、かばん、マセルカ、サーバルの三人とともえとイエイヌのコンビがようやく辿り着いていた。

 やはり五人も濃霧に包まれた商店街に息を呑んだ。

 誰もが顔を見合わせて戸惑うが、こうしていてもらちが明かない。

 

「ともかく、突撃あるのみだね!」

 

 やはりというべきか何というべきか。ともえが、いの一番で駆け出してしまった。

 

「ここはわたしが! 皆さんは何があるかわかりませんからここでちょっとだけ待ってて下さい!」

 

 それを追いかけたのはイエイヌだ。

 二人して霧の中に突入するけれども、すぐに引き返してきた。

 見守っていたかばん達も、引き返してきたともえ達もお互いの顔を見て「あれ?」という顔になる。

 

「あ、あれ? なんでかばんちゃん達が商店街の中に……?」

「あの……ボク達からはともえさん達が霧の中から引き返してきたように見えたんですが……」

 

 これは一体全体どういう事だろう。

 そうして疑問に思っていると、マセルカが口を開いた。

 

「あのね。あの霧、多分セルリアンだよ」

 

 その言葉に全員が驚きを隠せなかった。

 どうしてそんな事がわかるというのか。

 

「なんでって言われても、何となくわかる、としか言いようがないんだよ。マセルカは何となくだけど、セルリアンに出来る物とか、どんなセルリアンか、っていうのが分かるの」

 

 ふむ、と一同揃って考え込む。

 これはきっとマセルカの直観とかそういうものに根差した感覚的なものなのだろう。

 だけれども、セルリアンの仕業であれば、霧の中に突入したはずが入り口に戻されるという不可思議な現象も納得がいく。

 

「やっぱりマセルカってすごいね」

「へへー。そうでしょそうでしょっ! もっと褒めてくれてもいいんだよ?」

「うん! そんな事までわかっちゃうなんて凄いよ!」

 

 最初こそぎこちなかったサーバルとマセルカも今ではこんな感じですっかり仲良しだった。

 得意満面のマセルカはさらにちょっとした能力を披露するか、と両手を耳にあてて聴覚に集中する。

 一体何をするのだろう、と思って見ているとかばんが小声で教えてくれた。

 

「おそらくですが、エコーロケーションかと。自ら発した超音波が何かにぶつかって跳ね返ってくる音を聴いて周囲の状況を把握するイルカの能力です」

 

 なるほど、確かにそれは図鑑などにも載っていたのでともえも知っている。

 特にマセルカと戦った事のあるかばんとサーバルの二人はその能力の高さまでも実感していた。

 この情報は信用してもよさそうだ。

 

「うん。ええとね、商店街の中にはまだたくさんの人達が取り残されてるみたい。けど、セルリアンに攻撃されてる人は殆どいないね。誰かが囮になったりしてセルリアンを倒してるっぽいけど……。これは……うーん」

 

 マセルカの言葉に一同考え込む。

 おそらく、商店街の中にいたセルシコウとエゾオオカミが上手い事やってくれているのだろうか。

 

「それにね。多分だけどオオセルザンコウとアライさんとフェネックも商店街の中にいるよ。声が聞こえたもん」

 

 どうやらオオセルザンコウ達三人は霧の中にいるらしい。

 自分達は入れなかったのになんで彼女達は霧の中に入れたのだろう。

 その疑問には答えたのは意外な人物だった。

 一台のSUV車が商店街の入り口近くに急停車したのだ。

 運転席の窓が開くとそこから“教授”が顔を出した。

 

「やあ、こちらでも状況は何となくは把握しているよ。おそらくだけれども、セルリアンは十分な餌が網にかかったから入り口を閉じたんだろう。ここからは消化の時間だろうね」

 

 つまり、今まで無事だった商店街の人達にも危害が及ぶ可能性があるというのだ。

 

「じゃあ急いで何とかしないと!」

「せやな」

 

 SUV車から降りて来たのは既に着替え済みのクロスラピスにクロスラズリの二人だった。

 それにもう一人……。

 

「だれ?」

 

 と思わず訊ねてしまうともえ。

 クロスジュエルチームと一緒に降りて来たのは猫科のフレンズだった。

 

「こんにちわ。私はカラカル。別な世界から来た、って言ったらアンタ達にはわかるわよね」

 

 思わず驚きで目を丸くするともえ達。

 

「詳しい話は後にするけど、そこまで心配いらないわ。あの霧の中には菜々がいるもの」

 

 どうしてただの高校生のはずの奈々が? とカラカルとともえ達で微妙に話が噛み合っていない。

 

「そうだね。彼女の実力は私が保証するよ。なにせ彼女とは別な世界で一緒に戦った仲だからね」

 

 “教授”も一体いつ奈々と知り合ったのか。実は奈々には何か隠された才能でもあるのか?

 やはりともえと“教授”で話しているナナが別人なので会話が噛み合っていない。

 ただ、その説明を求めるのも今は時間が惜しい。ここは“教授”の言を信じよう。

 ともかく、こうしていても時間は過ぎていくばかりだ。

 

「なら……! かばんちゃん、イエイヌちゃん! 変身しよう!」

「はい!」

「わかりました!」

 

 ともえの号令で三つの声が重なる。

 

「「「変身ッ!」」」

 

 幸いにして商店街の中程ではないけれど、霧が周囲を隠してくれていた。

 ここで変身しても誰かに見られる心配はないだろう。

 程なくしてクロスハート・キタキツネフォームとクロスシンフォニー・サーバルシルエット、そしてクロスナイトの三人が現れた。

 しかし、変身したとして霧の中に突入できないのは変わらない。

 

「ええと、皆さん。アライさんとフェネックさんが中の様子を見てきてくれたそうです。お話しますね」

 

 サーバルシルエットに変身したクロスシンフォニーが挙手して説明する。

 中は霧で無限に続くかのような広い空間になっている事。

 時折、一つ目のヒト型セルリアンが現れる事。

 どうやら今は輝きの強い者を狙ってそこに集中しているらしい事だ。

 ちょうど、セルシコウとエゾオオカミが囮となってくれているらしい。

 

「それとオオセルザンコウさんが中に残っています。どうやらあのセルリアンが入り口を閉じる前に突入できたようなんです」

 

 その情報はクロスシンフォニーに『シンフォニーコンダクター』で合流したアライさんが大騒ぎで説明しれくれた情報だ。

 

「オオセルザンコウなら心配ないよ。だってマセルカ達の中で一番しっかりしてるし、あと防御が得意だから」

 

 マセルカの自信たっぷりの言葉にようやくクロスシンフォニーの心の中に合流したアライさんもホッと落ち着いていた。

 何はともあれ、さらなる情報が欲しい。

 先程からクロスハートは『マグネティックサーチ』で霧の中の状況を探っていたが、先にマセルカが説明してくれた以上の情報は得られない。

 

「なら……、シルエットチェンジ! アライグマシルエットッ!」

 

 クロスシンフォニーはアライグマシルエットへと変わる。

 アライグマシルエットであれば、手に触れたセルリアンの特徴を把握できる破格の分析技である『アライ・アナライズ』が使える。

 マセルカの言が本当ならば、商店街を包む霧はセルリアンの一部なのだ。

 だとすれば『アライ・アナライズ』で解析できるかもしれない。

 クロスシンフォニーは商店街の入り口に近づくと霧の中にそっと手を差し込む。

 

「なるほど……」

 

 確かにこの霧はセルリアンの一部だったようで、クロスシンフォニーはその特徴を掴んでいた。

 どうやらこの霧は極小の鏡のようなものらしい。

 それを展開する事で広範囲を鏡の迷宮とも呼べるものにしたのだ。

 だとしたら突破口は……。

 

「「「「「「「うーん……」」」」」」」

 

 全員が腕を組んで唸る。

 と、クロスハートの目にある物が飛び込んできた。

 それは商店街の入り口の掲示板に掲示されていた、青龍神社夏祭り開催のお報せだった。

 

「そうだ! こんな作戦どう!?」

 

 頭を付き合わせてクロスハートの作戦を聞いた一同は最初……

 

「「「「「えぇー……」」」」」

 

 と困惑を浮かべた。

 そんな作戦が上手くいくのかと最初は不安だったが、しかし先にクロスシンフォニーから聞いた情報を考えると案外悪くないように思えて来た。

 

「ま、他に作戦もないんだし、やるだけやってみましょ」

 

 カラカルの言に一同頷く。

 ちょっと不安がないでもないけれど、試してみる価値はある。

 果たしてクロスハートの作戦とは一体……。

 

 

の  の  の  の  の  の  の  の  の  の  の  の  の  の

 

 

 時は少しだけ遡る。

 クロスハート達が商店街入り口に集まる少し前、オオセルザンコウとアライさんとフェネックの三人は霧の商店街を歩いていた。

 既にオオセルザンコウは“アクセプター”にセルメダルをセットして変身している。

 今は硬質化した鱗のスカートに肩当てとリストバンド、それに帽子が変化したヘルメットから目元にバイザーが降ろされて一見でオオセルザンコウだと分かる者はいないだろう。

 今セットしているセルメダルはかつてクロスハート達が戦った『コンダラセルリアン』のものだ。

 これはオオセルザンコウとの相性がよく、ただでさえ硬い防御力をさらに補強してくれていたし、得意の回転攻撃の威力まで上乗せしてくれていた。

 先程から何度となく一つ目のヒト型セルリアンに襲われているが、難なく撃退してみせるオオセルザンコウである。

 

「オオセルザンコウは強いのだ! 頼もしいのだ!」

 

 そんな彼女をアライさんは手放しで褒める。

 無謀とも思える突撃をした三人はそれに見合うだけの情報を得ていた。

 そんな折だ。

 アライさんとフェネックが左腕につけた腕時計のようなものがピコピコと明滅してなにかを報せてきた。

 二人が心配そうにオオセルザンコウを見ている様子から察するにクロスシンフォニーが変身したのだろう。

 となれば、二人はオオセルザンコウを置いてクロスシンフォニーのところに行くしかない。

 

「まったく、そんな顔をしないでおくれ。作戦通りじゃないか」

 

 そう。

 この強行偵察はクロスシンフォニーの変身特性を利用したものだ。

 だから、ここに残られたら作戦が台無しである。

 

「それにアライさんだって言ってくれただろう? 私は頼もしいって」

 

 だからお互いに役割を果たそう。

 アライさんもフェネックも二人とも頷いてくれた。

 二人は一度、オオセルザンコウの手をとる。

 

「ならオオセルザンコウ。かばんさん達と一緒にすぐに戻るのだ」

「うん。だから絶対無事でいてよ」

 

 言うと、二人は光の粒子となって姿が掻き消えた。

 きっとクロスシンフォニーの元へ向かったのだろう。

 

「まったく、敵の心配をしてくれるとは酔狂な連中だな」

 

 オオセルザンコウはこれで一人になった。

 さて、どうしたものか。

 取り敢えずはセルシコウ達と合流するべきか、はたまた今も霧の中に取り残された商店街の人達を助けに行くべきか。

 

「いずれにせよ、どちらに向かったらいいかすらわからないわけだがね。」

 

 この霧の迷宮は中々に厄介だ。

 こうして霧の中に閉じ込めたヒトやフレンズの輝きを霧内に発生させた取り巻きセルリアンを使って回収するのだろう。

 今の所はオオセルザンコウを傷つけられるようなセルリアンはいないが、これが続けば疲労が溜まりどうなるかわからない。

 

「じっとしていても何ともなるまい。取り敢えずは歩いてみるか。」

 

 こうなってはオオセルザンコウに打つ手はない。

 後は運を天に任せて歩いてみるのみだ。

 その選択が一人の少女を救った。

 

「おや?」

 

 霧の中から赤毛をサイドポニーにした少女が飛び出して来たのだ。

 それは最近ずっと一緒だったから見間違えるはずもない。奈々である。

 ひどく慌てて何かから逃げているようだがどうしたのだろう。

 

「なるほどな」

 

 彼女のやって来た方向に視線を向けたオオセルザンコウは合点がいった。

 奈々によく似たヒト型セルリアンが追いかけてきていたからだ。

 ただのヒトである彼女にセルリアンの相手は難しいだろう。

 オオセルザンコウは奈々を追いかけていたヒト型セルリアンにショルダータックルをぶちかます。

 

―パッカーン!

 

「もう安心だよ、奈々」

 

 鎧袖一触でヒト型セルリアンを撃破したオオセルザンコウは奈々を抱きとめる。

 と同時に一つの推論も立てていた。

 このセルリアンは霧の中に閉じ込めたヒトやフレンズと似た姿のセルリアンを生み出す能力があるのだろう、と。

 

「という事は鏡のセルリアン……、といったところか」

 

 その推測が正しいかどうかはともかく、まずは奈々が無事でよかった。

 と、奈々が不思議そうな顔でオオセルザンコウを見ていた。

 

「ええと、助けてくれてありがとう……。けど、あなた誰?」

 

 言われて思い出した。

 オオセルザンコウは今、変身中だったのだ。

 ここでセルメダルで変身できる事がバレるのは得策ではないだろう。

 何か誤魔化さないと。

 思ったオオセルザンコウの頭には何故かこの文言が浮かんでしまった。

 

「あー。私は……。通りすがりの正義の味方さ」

 

 そう言われれば奈々も且つて商店街の路地裏で戦っていた彼女を見たような覚えがある。

 その時は電子掲示板で実況までしたのだ。

 

「も、もしかしてクロスハートの仲間!? ねえ、写真一緒に撮ってもらっていい!? それと取材してもいい!?」

 

 さっきまで慌てふためいていた奈々は突如としてキラキラした目でオオセルザンコウに迫る。

 

「いや……。すまない。遠慮させて欲しい」

 

 あまりの勢いにオオセルザンコウが若干引く程だった。

 それにせっかく正体を隠したのに、自ら身バレするようなリスクは負いたくなかった。

 

「じゃあ……。じゃあせめて名前だけでも」

 

 思わぬ奈々の嘆願にオオセルザンコウは焦った。

 まさかここでオオセルザンコウと名乗ったらいくらなんでも正体がバレてしまう。

 どうする、とイヤな汗が背中に浮かぶ。

 咄嗟に名乗る名前なんて考えていなかった。

 

「ナ……」

「な?」

 

 続く言葉を奈々はわくわくして待っていた。

 

「な、名前はまだない。すまない」

「そ、そうなんだ」

 

 明らかにガックリと肩を落とした奈々にオオセルザンコウは申し訳ない気持ちになってしまう。

 今度は何か考えておこうか、と頭の片隅で思っていた。

 と、そんなオオセルザンコウに声を掛ける者がいた。

 

「いやあ、お見事。奈々を助けてくれてありがとうね。通りすがりの正義の味方ナマエハマダナイさん」

 

 霧の中からもう三人の人影が現れた。

 オオセルザンコウは咄嗟に前に出て背中に奈々を庇う。

 

「名前はまだない、というのは名乗るべき名前がないというだけであって私の呼び名ではないよ」

 

 言いつつもオオセルザンコウは警戒した。

 キツネの耳と尻尾を持ったフレンズのようであるが顔立ちが奈々そっくりだ。

 まるでパンサーカメレオンのような毛皮をまとった彼女の物腰は強者のそれだ。

 確かこの毛皮はニンジャと呼ばれる職業を模したものだったか。

 それはともかく先程襲って来たヒト型セルリアンなど束になってかかっても彼女には敵うまい。

 警戒して身構えるオオセルザンコウだったが、そこでその謎のニンジャの後ろから二つの人影が飛び出した。

 

「奈々!」

「奈々姉さん!」

 

 それはキタキツネとギンギツネだった。

 奈々の方もオオセルザンコウの背後から飛び出し、思わずキタキツネ達を抱きしめてしまった。

 

「二人とも無事だったのね。よかったぁ……」

 

 最初何事かと思っていたオオセルザンコウだったが、どうやらこのニンジャがキタキツネとギンギツネを助けてくれたらしいと悟った。

 彼女は敵ではないらしいが一体何者なのか。

 

「私? 私はね、通りすがりの正義の味方、クロスレインボーだよ。」

 

 情報にない新しい戦士だとでもいうのだろうか。

 オオセルザンコウは警戒を解ききる事が出来なかったが、この状況を打開する為にお互い協力は出来そうだと考えた。

 

「ならばクロスレインボー。まずはお互いに、この霧のセルリアンをどうにかするという事でいいか?」

「そうだね、どうも囲まれちゃってるみたいだし」

 

 言って二人は奈々とキツネコンビをお互いの背に庇うようにして周囲に視線を走らせる。

 

―ゾロゾロゾロゾロ

 

 霧の中から次々と一つ目の化け物が現れて、奈々達三人は思わず息を呑んで震えあがった。

 その数は周囲を埋め尽くして余りある程だ。

 一体一体は弱いからしばらくの間はもつだろうが、その先はどうなるのか、想像したくはない。

 と、その時だ。

 

―あぁぁおおおおおおおおおおおおおおおん!

 

 遠吠えが一つ響いた。

 それは……。

 

「「クロスハートだ」」

 

 キタキツネとギンギツネが言う通り、クロスハートの声だった。

 その遠吠えには一つのメッセージが込められていた。

 曰く。

 

『今から霧を何とかするから、本体を倒して欲しい』

 

 と。

 

「乗る?」

「それしかなさそうだな」

 

 クロスレインボーとオオセルザンコウは頷き合うと、その瞬間を待った。

 

 

の  の  の  の  の  の  の  の  の  の  の  の  の  の

 

 

「よぉーし! これでこっちの作戦は伝わったと思うよ!」

 

 クロスハートが振り返る。

 彼女は今はオオカミの耳に尻尾、それにチェック柄のミニスカートと黒のブレザーにネクタイという姿だった。

 もっとも、ブレザーの下から素肌が覗いているところを見るに中にブラウスは着ていないらしい。

 クロスハート・タイリクオオカミフォームである。

 その必殺技『ムーンハウリング』は遠吠えによってメッセージを伝える事が出来る。

 これで霧の向こうにいる仲間達に作戦を伝えたのだ。

 

「さあ! まずはこっちの番だよ!」

 

 クロスハートの号令で残る全員が作戦を開始した。

 まずはルリ……いや、クロスラピスだ。

 二本の三つ編みを伸ばして、まるであや取りのように何かを形作る。

 出来たのは、大きな団扇の骨組みだ。

 

「マセルカさん!」

「任せて!」

 

 続けてマセルカがセルメダルを取り出す。それはかつてcocosukiで暴れたセルリアン、『アラクネドール』の姿を刻んだセルメダルであった。

 

「“アクセプター”セットメダル! 『アラクネドール』」

 

 マセルカの服がセーラー服の襟首をつけたスクール水着へと変化する。

 と同時にヘルメットが現れて彼女の頭を覆い、そして目元にはバイザーが降ろされる。

 変身を果たしたマセルカは両手をグイ、と突き出す。

 そこから、マネキンの腕がガション、と飛び出す。

 それは後から後からマセルカの両手から生み出されていく。

 次々と生み出されるマネキンの腕が連結してクロスラピスの作った骨組みへと絡みついていった。

 そうして出来上がったのは、お祭りなどで神輿の担ぎ手を煽る大団扇だ。

 

「じゃあ、みんな! いくよ!」

 

 ここまでは作戦通り、クロスハートはニヤリとすると残るみんなに号令をかける。

 クロスシンフォニー、クロスラズリ、クロスナイト、カラカルの四人がその大団扇に取りいた。

 

「せぇーの!」

「「「「わっしょぉーい!」」」」

 

 クロスハートの合図で、ヒーロー達の手で大団扇が振るわれた。

 

―ゴウッ!

 

 と巻き起こった旋風が霧を押し流していく。

 

「まだまだ! せぇーの!」

「「「「わっしょぉーい!」」」」

 

 一度で霧を押し流しきれなくても、何度も何度も大団扇が振るわれる。

 その度に起こった突風が商店街を駆け抜けて霧を払っていった。

 ちなみに、“教授”は見守るだけに留めている。彼女のパワーで大団扇を振るうと強度がそれに耐えられないからだ。

 霧を押し流された商店街には、ポカンとした顔の買い物客達がいた。

 さっきまで霧で立ち往生していたものの、突然突風と共に霧が晴れてしまったのだ。

 そして、とうとう彼女達も霧の迷宮から解放された。

 クロスレインボーとオオセルザンコウの二人である。

 

「待ってたよ!」

「この瞬間をっ!」

 

 霧の晴れた商店街、その中心に一組の手鏡が浮いていた。

 中を開けると二組の鏡になっており、お互いを重ねる事でコンパクトにしまえる伝統的な手鏡だ。

 それこそがこの騒ぎの元凶、ミラーセルリアンである。

 既にミラーセルリアンは目と鼻の先だ。

 クロスレインボーとオオセルザンコウはミラーセルリアンに狙いを定める。

 が……。

 

―ギィ!

 

 ミラーセルリアンは一声鳴くとクロスレインボー達の姿をその鏡に映した。

 と、なんと一つ目のクロスレインボーとオオセルザンコウが現れたではないか。

 

―ギギィ!

 

 さらに二枚一組の鏡がお互いに向き合う。合せ鏡だ。

 すると、なんと偽クロスレインボーと偽オオセルザンコウが大量に増えていった。

 なるほど、こうやって偽のヒト型セルリアンを増やしていたわけだ。

 すぐに大量のセルリアン達が商店街の路地を埋め尽くし本体のミラーセルリアンを守る壁となった。

 

「ふむ……クロスレインボーだったね。道を作るからトドメを任せても構わないかな?」

 

 この事態にオオセルザンコウは一計を案じた。

 おそらく自分ひとりの突破力ではミラーセルリアンまで到達出来ない。

 けれども二人なら。

 クロスレインボーとならこのチャンスを活かす事が出来る。

 あとは彼女を信用できるかどうかだが……。

 

「うん! 任せなよ!」

 

 そんな心配は無用と言わんがばかり、いい笑顔で返された。

 ならば、言うだけの実力があるところを見せてもらうか。

 そう決意したオオセルザンコウは膝を抱えて丸くなる。

 その場で回転を始めると……。

 

「ローラープレス!」

 

 かつて戦った『コンダラセルリアン』と同じ技でもって、ヒト型セルリアンの群れを轢き潰していく!

 ちょうどオオセルザンコウが通った位置が綺麗に舗装された一本道となってミラーセルリアンまで繋がった。

 それにクロスレインボーは面頬の下に隠れた口元をニヤリとさせた。「やるじゃない」と。

 せっかく作ってくれた道だが最速で駆け抜けないと、すぐに再びセルリアンで埋め尽くされるだろう。

 

「だったらコレだね」

 

 クロスレインボーは再び栞を取り出す。

 それは先程使ったのとは別のものだ。そこに押し花の要領で貼り付けられているのは、サバンナ草原でよく見られるイネ科植物の草だった。

 彼女はその栞を額に当てると叫ぶ。

 

「転身! チーターモード!」

 

 すると、クロスレインボーの周りをサバンナで見られる丈の長い草が生えて来て覆い隠してしまった。

 ほどなくしてその草が散った時、そこには先程までの姿とは打って変わったクロスレインボーがいた。

 彼女の忍者装束がヒョウ柄の袴と白の和装へ変わる。

 キツネ耳は猫科のものへ。そして尻尾もシュルリと細く長いこれまた猫科のものへと変わった。

 彼女がつけていたキツネ面はチーターを象ったものになっている。

 これが彼女の言うチーターモードなのだろう。

 

―ガリッ!

 

 商店街の道に鋭い爪が食い込む音がした。

 それはクロスレインボーの履く草鞋からしていた。

 草鞋から生えた鉤爪がしっかりと大地を捕らえた次の瞬間……クロスレインボーの姿は文字通り掻き消えていた。

 それを見ていた誰もが「え?」と驚く。

 クロスレインボーはミラーセルリアンの背後に現れていたからだ。

 ちょうど、オオセルザンコウが作った道にはちょうど彼女が通った位置がぶすぶすと煙をあげていた。

 

「必殺。瞬閃撃、ってね」

 

 言いつつ、クロスレインボーがサンドスターで輝く両手の爪を血振るいのように振るうと同時。

 二枚一組のミラーセルリアンに爪痕がビシリと走った。

 直後。

 

―パッカァアアアアアアン!

 

 と、砕け散る二枚一組のミラーセルリアン。

 ミラーセルリアンの能力で生み出されていたヒト型セルリアン達もそれに従うように次々と砕け散っていった。

 

「じゃあ、そういう事で。 ドロンッ!」

 

 クロスレインボーは言いつつ片手をシュタっと挙げると、チーターの俊足でいずこかへ駆け去っていった。

 商店街の人達もこんな経験は二度目なので何となくは理解していた。

 あの商店街入り口に陣取っている女の子達、謎のヒーロークロスハート達がまたも助けてくれたのだ、と。

 それぞれに撤収していくクロスハート達を見ながら商店街は史上二度目のクロスハートコールに包まれるのだった。

 

 

の  の  の  の  の  の  の  の  の  の  の  の  の  の

 

 

 さて、事件も解決した商店街はいつもの日常を取り戻していた。

 あんな事があった直後だというのに商魂たくましい事である。

 とうとう降り始めた夕立に、これ幸いと雨宿りの客を相手に店員達は忙しく立ち回っている。

 さてそれはともかく、こちらは写真屋さんである。

 

「なあ、いい加減機嫌なおせって、セルシコウ」

「別に怒ったりしてません」

「な? ほら、チョコバナナやるから」

 

 甚兵衛姿のエゾオオカミとミニ浴衣姿のセルシコウはそんな調子だった。

 霧は晴れたというのに、セルシコウのモヤモヤは晴れていないらしい。

 写真屋さんはそんな二人の姿を激写していた。

 これはこれで自然な姿の一つとして中々いい絵になると内心でホクソ笑む。

 

「なあ、セルシコウ。どうしたら許してくれるんだよ」

 

 とうとうエゾオオカミは降参した。

 さすがにエゾオオカミが悪いわけでもないのにちょっとやり過ぎたかな、と思ったセルシコウもようやく妥協案を考える。

 

「そうですね。じゃあ……」

 

 セルシコウはニヤリとするとこう言った。

 

「今日の練習メニューを倍にしましょう」

 

 その答えに、今日はいつも以上に過酷になるだろう特訓に想いを馳せてエゾオオカミは嘆いた。

 

「り、理不尽だ」

 

 と。

 なお、今年の青龍祭神社夏祭りのポスターには『不機嫌そうな彼女の機嫌をとろうと頑張る彼氏』という写真が採用された。

 彼女の方が見せる「しょうがないなあ」とでも言いたげな笑みと彼氏の方が見せる一生懸命さで案外人気の写真となったらしい。

 

 

の  の  の  の  の  の  の  の  の  の  の  の  の  の

 

 

 突如降り始めた夕立で奈々達は今日のバイトを中断していた。

 遠くで雷鳴も聞こえる。

 この休憩所にはギンギツネとキタキツネはもちろん、かばん達クロスシンフォニーチームもともえ達チームクロスハートも、それにエゾオオカミを除くクロスジュエルチームもいた。

 それと、今はセルシコウは別な仕事をしているのでセルリアンフレンズもオオセルザンコウとマセルカの二人のみである。

 この土砂降りの中を帰すわけにもいかないので、奈々の提案で休憩所で雨宿りしていたのである。

 

「それにしても……。クロスレインボー……一体何だったんだろうね」

 

 キタキツネがポツリと呟く。

 奈々にそっくりで、そして謎のニンジャに変身した。

 その正体はいくら考えてもわかるわけがなかった。

 ちなみに、その事情を知っているルリとアムールトラとユキヒョウはそれを説明するわけにもいかず苦笑で誤魔化すしかなかった。

 窓の外では雷鳴が鳴っている。

 

―ゴロゴロ……ビシャァアアアアン!

 

 雷が落ちる轟音が響いた。

 と同時、ふっ、と休憩所の電気が消える。

 窓の外も同時に暗くなっているところを見ると、商店街全体が先程の落雷で停電してしまったのだろうか。

 まだ昼間だというのに、雷鳴のなる今、休憩所の中は信じられないくらい薄暗くなった。

 

―ヒュウ……

 

 と生ぬるい風が休憩所に吹き込む。

 はて?

 いつ窓なんて開けただろうか。

 奈々が不思議に思っていると、再び……

 

―ビシャアアアアン!

 

 と落雷の音と閃光があたりを支配した。

 思わず奈々は両目を閉じる。

 そして音が治まって彼女が目を開けた時。窓枠に座るようにした一人の少女がそこにいた。

 スパッツに動きやすそうなスニーカー。半袖ジャケットにTシャツ。そしてサイドポニーにした赤毛にいつも鏡で見る顔立ち。

 ここは二階だったはずだよね、と思う暇もなく、奈々の姿をした何者かは口を開いた。

 

「いやー、さっきはごめんね。驚かせちゃったよね。あ、改めまして、私は菜々、よろしくね」

 

 怒涛の勢いで言われて、一同戸惑いを隠せない。

 そうして誰もが動けないでいる間に、菜々は窓枠からヒョイと降りると奈々に歩み寄ってその手をとるとにこやかにこう言った。

 

「実は私、どうしても奈々にお願いしないといけない事があって来たんだけど……」

 

 ゴクリと息を呑む奈々。

 一体何を言うんだろう。

 

「奈々。お願い。あなたの生き血をちょうだい」

 

―ゴロゴロ……ビシャアアアアアン!

 

 再び雷鳴が轟いて、奈々はとうとう卒倒した。

 

「え!? ちょっと奈々!? どうしたの!?大丈夫!?」

 

 奈々を慌てて抱き止める菜々であったが、直後、同じく窓から入って来たカラカルに怒涛のツッコミを喰らった。

 

「菜々!? アンタねえ! 言い方ってモンを考えなさい!?」

「うわぁああああん!? ゴメン!? なんかゴメンねええええ!?!?」

 

 そうして慌てる菜々を他の一同は生暖かい目で見守る事しか出来なかった。

 こうして、奈々の身に起こった怖い話は冴えない幕切れを見せるのだった。

 

 

けものフレンズRクロスハート第21話『真夏の夜にあった怖い話』

―おしまい―




【セルリアン情報公開:ミラーセルリアン】

手鏡にとりついたセルリアン。
二枚一組となっており、自身の写した者と似たセルリアンを生み出す。
また合わせ鏡となる事で、それを大量に複写する事も可能だ。
ただし、そうして生み出したセルリアンは本物とは姿は似ているが、その強さは足元にも及ばない。
また、ミラーセルリアンは自身の極小の分身体を多数展開して霧のようなものを発生させる事が出来る。
この霧に包まれた者は方向感覚を狂わされ、霧の迷宮に閉じ込められたかのようになってしまうだろう。
自身の霧の迷宮『ミラーラビリンス』に閉じ込めて、自身の複写したセルリアンで捕食する事を得意としている。
能力は凄まじいものがあるが、反面、本体そのものの攻撃力や防御力は大した事はない。
いかにして本体を見つけ出して攻撃するかが攻略の鍵だ。
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