けものフレンズRクロスハート   作:土玉満

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第21.5話『おかあさんもいっしょ』

 

 朝。

 今日も色鳥町に日が昇る。

 真夏とはいえ、この時間にはまだ清涼な空気が感じられる。

 ここ、宝条家では、ルリがいつものように目覚まし時計のなる10分前に目を覚ました。

 隣で眠るアムールトラの為に、目覚まし時計を彼女が起きる時間にセットし直す。

 そうしてから、そーっと自室を出て、早速朝ご飯の支度に入ろうとする。

 けれども今日はちょっと様子が変だ。

 なんで、既にキッチンからお味噌汁のいい匂いがするのか……?

 ルリは訝しみながらもキッチンへ入る。

 

「あら、おはよう、ルリ。早いのね」

 

 そこにはエプロンを着けたカラカルがいた。

 目の前にある鍋の中身をお玉でかき混ぜている。

 取り皿に中身を少量とると、ルリに差し出した。

 

「味、見てくれる?」

 

 どうやらキッチンからしていたお味噌汁の匂いはカラカルの仕業だったらしい。

 ルリは言われるがままに取り皿のそれをひと啜り。

 

「……美味しい」

「そう。ならよかったわ」

 

 カラカルはニコリとすると、そのまま朝食の支度に戻った。

 既に炊飯器は炊き上がって、今は蒸らし中なのだろう。

 

「ルリ、朝ご飯、もうすぐ出来るから座って待っててね」

「あ……、はい」

 

 言われるがままにリビングのテーブルに着く。

 程なくして、彼女の為にホットミルクが用意された。

 それをひと啜りしてから、ホッと一息。まだ眠気に支配された頭がようやく動き始めた。

 と、同時、ルリは気が付いた。

 

「ってそうじゃないよ!? カラカルさんごめんなさい!? お客様にそんな事させちゃって!?」

 

 かつて“教授”が渡ったという別な世界。そこからやって来たカラカルと菜々の二人はそのまま宝条家に滞在する事になった。

 既に彼女達は目的の物を手に入れて、あとは帰還を待つばかりだった。

 ただ帰還するにも準備が必要らしい。

 あちら側の世界で帰還の準備を進めているのだが、カラカルと菜々の二人が何かする必要はなく、本来であれば余暇との事だった。

 ルリは二人の分も食事の支度をしようと思っていたのだが、まさかお客様に既に用意されているとは予想外だった。

 

「いいのよ。私も何もしないで世話になりっぱなしってのはイヤだもの。このくらいはさせて頂戴」

 

 言いつつカラカルは手際よく調理を進めていく。

 

「イリア。サラダオイルをくれる?」

「あいよ! カラカルの姐さん!」

 

 そんな感じですっかり台所に馴染んでしまっているカラカルである。

 

「それにしてもこの台所、凄く使いやすいわ。よく整理されてあるし。ルリ、エライわ」

 

 普段ここを使うのはルリである。

 ユキヒョウもたまに手伝ってくれるが、こうして誰かがルリに代わって台所の主となる事はなかった。

 なんだか不思議な心持ちのルリである。

 なんたって、今まで黙っていて朝ご飯の支度が終わっているだなんて事はなかったのだ。

 そう思って、手持無沙汰なルリは用意されたホットミルクをもう一口。

 そうしていると、さらに声が掛けられた。

 

「ルリ、おはよー。取り敢えずだけど、お洗濯終わってるよー」

 

 ベランダからリビングにやって来たのは菜々だった。

 そちらを見れば、確かに洗濯物が既に夏の日差しを浴びていた。

 今日もいい天気だから、洗濯物もすぐに乾くだろう。

 

「って菜々さんまで!? ごめんなさい!?」

「いいよいいよ。泊めてもらってるお礼には足りないくらいだし」

 

 どうやら、朝食の支度どころかそれ以外の事まで終わってしまいそうだ。

 

「菜々、そっちが終わったのなら手伝いなさいよ」

「はいはい、何したらいいかな?」

「そうね、とりあえず食器並べてくれる? 盛り付けるから」

 

 カラカルは手早く作った出汁巻き卵を盛り付け始めた。

 菜々も菜々でヒョイヒョイと取り皿を用意していく。

 二人のコンビネーションであっという間に出汁巻き卵に、ほうれん草のおひたし、鮭の塩焼きというメニューが食卓に並んでいく。

 

「あ、あの……」

 

 自分も手伝いを申し出ようと思ったルリだったが、あまりにも手際が良すぎて口を出す暇もなかった。

 

「たまにはこういうのもいいじゃない。ね?」

 

 ウィンク一つ、菜々はルリの両肩をポム、と両手で抑える。

 立ち上がらなくていい、と静止の意味を込めて。

 

「そうそう。ルリがエライ子なのはよく分かっているんだけど、だから甘やかしたくなっちゃうのよ」

 

 と、こちらは苦笑のカラカルだ。

 実はルリはこの日、生まれて初めて他人が朝食を作ってくれるという経験をしたのであった。

 

 

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 ルリは実は昔の事というのは殆ど思い出せない。

 それもそのはず、実は生まれた時から赤ちゃんではなく成体だったのだから。

 気が付いたら、“教授”と暮らしていて、当たり前のようにその世話を焼いて来た。

 それはアムールトラが来てからも変わりない。

 自分が幼い頃の記憶というのはボンヤリとしていて思い出せなかったが、“教授”がいてアムールトラがいてくれたからそうした事は気にはならなかった。

 さて、それはともかくとして宝条家の食卓には“教授”とルリとアムールトラに加えてカラカルと菜々、それにユキヒョウもいた。

 

「まったく……和香。アンタがまさか家事全部ルリに丸投げしてるとは思わなかったわ」

「はっはっは。私が手を出すと大惨事になるのは知っているだろう?」

 

 カラカルのお説教もどこ吹く風の“教授”である。

 今日も徹夜になった“教授”は珍しく朝食を共にする事になった。これからルリ達と一緒に出掛ける事になったユキヒョウも加わって、いつも以上に賑やかな食卓だ。

 出汁巻き卵にほうれん草のおひたし、鮭の塩焼きと豆腐とわかめの味噌汁と和風なメニューである。

 

「すごい……。美味しい」

 

 ルリは今日の朝ご飯をそう評した。

 

「ああ。ルリの作ってくれるモンもええけど、これもええなあ」

 

 どうやらアムールトラにも好評のようである。

 作ったカラカルも喜んでもらえたのなら何よりだ、と笑みを返す。

 

「それに……、なんていうのかな……。ホッとする味っていうか何というか……」

 

 ルリの言葉にユキヒョウは想うところがあるのか、こう言った。

 

「それは所謂、おふくろの味、という物ではないかの」

 

 ユキヒョウも一緒に食卓を囲んでいるわけだが、カラカルが作ってくれた朝食は母が作ってくれたものと何処か通じているように思えた。

 それこそがきっと、おふくろの味、というものなのだろう。

 これに焦ったのは“教授”である。

 確かに、今まで母親らしい事を出来ていない彼女がどう思われているのか。

 むしろ、カラカルが母親であると思われたって不思議はない。

 

「いや、言っておくけど私はママじゃないからね……」

「ええー? カラカルってママっぽいところあるじゃない」

「だから、ママじゃないって言ってるでしょっ!?」

 

 そうして賑やかに言いあうカラカルと菜々の横で“教授”は何事かを考え込む様子であった。

 うぅむ、と唸りつつ何事かをぶつぶつ呟く“教授”にユキヒョウは一つ嘆息。

 

「ひと眠りしたら、『two-Moe』にでも行ってきたらどうじゃ? 愚痴るなり相談するなり気晴らしにはなろう」

「ななな、なんの事かな? でもまぁ、久しぶりにともえスペシャルを頼みに行くのも悪くないね。うん」

 

 ユキヒョウに考えを見透かされているようで何とも居心地の悪い“教授”である。

 実際その通りなのだが。

 そして、ユキヒョウの提案が最も正しい行動のようで、それも何だか複雑な想いだ。

 照れ隠しに啜ったお味噌汁は、相変わらず美味かった。

 

 

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「と、いうわけなんだぁあああ」

 

 喫茶店『two-Moe』のカウンター席に突っ伏す“教授”は今朝の事を洗いざらいぶちまけていた。

 

「あらら。じゃあ、和香ちゃんはカラカルちゃんにお母さんの座を脅かされている、というわけね」

 

 ちょうどお客さんの切れ目でもあり、今は店内に“教授”しかお客さんがいない。

 そこで彼女の相手をするのは春香である。

 実の姉である春香になら愚痴も相談もしやすい。まったくもってユキヒョウの提案は正しいものだった。

 

「まぁ、そんなに心配する事はないと思うんだけれども……」

 

 春香は言って苦笑する。

 ルリもアムールトラもとてもよい子だ。

 そして、二人ともここで突っ伏している“教授”の事をちゃんとお母さんだと思っている。

 そのぐらいの事は傍で見ている春香にだってわかる事だった。

 

「でも、ルリちゃんとアムールトラちゃんの為に何かしたいっていうのは良い事よ」

 

 言って春香は“教授”にコーヒーを差し出す。

 その匂いに彼女はガバリ、と身を起こす。

 

「そうだ……! いっその事カラカルに対抗して何か手料理を……」

 

 その言葉は続けられなかった。

 春香の目が笑っていなかったからだ。

 

「いい? 和香ちゃん……。人には向きと不向きがあるの……」

「わ、わかっているよ。言ってみただけさ」

「よかったわ。可愛い姪っ子たちの命が危ないのかと思ったわ」

「姉さん!? そろそろ私泣くよ!?」

 

 重々しい言葉は“教授”自身も重々承知だ。

 彼女は何故か昔から家事全般が苦手中の苦手だ。

 料理をすれば黒焦げにする程度なら可愛いもので、筆舌に尽くしがたいものが出来上がってしまう。

 それは今でも変わらない。

 まぁ、食べてもギリギリ死にはしないだろうが、お世辞にもおふくろの味とは言えない。

 

「ふふ、ごめんなさい。でも、和香ちゃんには和香ちゃんにしか出来ない事があるんじゃない? たとえ料理ができなくったって、ね」

 

 春香は知っている。

 確かに“教授”は料理はおろか家事全般が致命的に苦手だ。

 だが、それを補って余りあるくらいいいところだって沢山あるのだ、と。

 何と言っても春香は“教授”の、いや宝条和香の姉なのだから。

 

「そうね、和香ちゃん。私から一つアドバイス。」

 

 ピッと指を一本立ててから続ける春香。

 

「一緒にいたらいいわ。それだけで十分よ」

 

 一体どういう事だろう、と“教授”は訝しむ。

 最初は自分があまりにも母性というものからかけ離れ過ぎていて距離をとっていた。

 けれども、二人ともこんな自分が母親でいいと言ってくれたのだ。

 だとしたら、自分には一体何が出来るというのだろう。

 真剣な顔で考え込む“教授”はぐるぐると思考の渦でいっぱいになる。

 難しい科学の発見や新しい理論ならいくらでも湧いて来る頭脳も、こんな簡単な問題に答えは出せないでいた。

 そんな“教授”に春香は一つ苦笑すると腰に手をあて、正解ギリギリのヒントを与えるに留めた。

 

「とりあえず……夜更かしはやめたら? それでこれからは毎日一緒に朝ご飯を食べるの」

 

―バンッ!

 

 カウンターテーブルを叩いて立ち上がる“教授”

 その顔は何かを思いついたようであった。

 

「ご馳走様、姉さん」

「ええ、頑張ってらっしゃい」

 

 そのまま“教授”は踵を返すとドアを閉める事すら忘れて退店した。

 春香は知っている。

 和香という彼女の妹はこういう時は最高の結果を出して格好つけてくれる人だ、と。

 

 

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 連日のアルバイトの結果。

 この三人は一つの目標を達成していた。

 オオセルザンコウ、セルシコウ、マセルカの前にはピカピカに修理された一台の手押し式屋台があった。

 

「まぁ……やれば出来るものだな」

 

 最初はボロボロだった手押し式屋台だったが、今は車軸も車輪も新しくなり外装の木板も新品だ。

 修理代は安くはなかったが、その分いい仕事をしてくれた。

 ガスボンベを収納してコンロは三口。屋台上部には水タンクも収納されて、不自由はあるが水だって使える。

 食器や調理器具の収納棚も見た目以上に充実していた。

 さらに、サービスでつけてくれた暖簾には『グルメキャッスル』の文字が躍る。

 小さいが、それでも一国一城である。

 

「本当、やれば出来るものですね」

「そうだねえ」

 

 隣を見れば同じように感慨ひとしおといった様子のセルシコウにマセルカである。

 こちらに来た当初から考えればよくここまで来たものだと思える。

 

「本当、よく頑張ったわね。congratulations!」

 

 ハクトウワシも仕上がった移動式屋台を見て自分の事のように喜んでくれていた。

 彼女やヤマさんにも随分と世話になってしまった。

 それに……。

 

「ほんとすごいねえ!」

「ええ。これなら色々とお料理も出来そうですね」

「うん、思ってた以上に便利そうだよ、この屋台」

 

 屋台の納品を見物に来ていたともえ、かばん、ルリが興味津々でその周りに集まっていた。

 さらに、エゾオオカミやアムールトラやユキヒョウ。それにアライさんやフェネックや萌絵にイエイヌまで集まっているのですっかり大所帯だ。

 それにしても彼女達とも何とも不思議な関係になったものだ。

 なんせ今は休戦協定中とはいっても彼女達とは本来敵対関係のはずだ。

 それがなんで自分達の作戦であるはずの『オペレーショングルメキャッスル』の進捗を喜んでいるというのか。

 けれども、一緒に喜んでくれている事をオオセルザンコウ達も嬉しく感じてもいる。

 みんなとはこの為にアルバイトで一緒に汗水流した仲でもあるのだから。

 だが、こんな好事に水が差されようとしていた。

 

「おぉーい。みんなぁー。大変だぁー」

 

 向こうからこちらにやって来る人影が一つ。

 

「あれ? 会長さん、どうしたんだ?」

 

 エゾオオカミが一番に気が付いたけれども、それはその場の皆が見知ったヒトだった。

 商店街会長である。

 一体全体どうしたというのだろう。

 

「これを見てくれるかい?」

 

 やって来た商店街会長は一通の封筒をオオセルザンコウに差し出す。

 そこには『挑戦状』と達筆で記されている。

 既に封が切られた中身をオオセルザンコウは取り出して中身を一瞥して絶句した。

 

「な……なんだと……?」

 

 その中身はこうだ。

 

 拝啓 色鳥町商店街の皆様。

 夏も盛り。一層暑さに拍車がかかる季節となりましたが皆様にはますますご健勝の事とお慶び申し上げます。

 さて間もなく、青龍神社夏祭りも開催となりますが、我々ショッピングモール『cocosuki』は色鳥町商店街の皆様に挑戦状を叩きつけたいと存じます。

 その青龍神社夏祭りにて一つ勝負を致しましょう。

 我々『cocosuki』が繰り出す屋台と色鳥町商店街の皆様の屋台、どちらがより多くの売上を上げられるか。

 それで雌雄を決しよう、という趣向になります。

 色よい返事を期待しております。

 それでは、夏バテや熱中症に気をつけてますますのご健康をお祈り致します。

 ショッピングモール『cocosuki』 敬具

 

「な、なにぃ!?」

 

 一番に驚きの声を上げたのはユキヒョウだ。

 彼女の家は『cocosuki』オーナー企業である。

 確かに、今まで商店街と『cocosuki』はライバル同士で客を奪い合う商売仇ともいうべき相手だった。

 しかしこんなに表だって敵対行動をとるような事はなかったはずだ。

 それが今回に限ってこんな挑戦状を送り付けてくるなんて。

 

「も、もしかしてユキさん、今回は『cocosuki』の応援に行っちゃうの?」

 

 ルリが心配そうに訊ねる。

 ユキヒョウは『cocosuki』関係者と言っても過言ではない。だとすれば当然そちらの応援をする事になるだろう。

 だが、そうなれば商店街とは敵対関係。最悪、クロスジュエルチームみんなが『cocosuki』側に回ってもおかしくないのだ。

 それがわかるだけにユキヒョウも難しい顔をする。

 

「ああ、そこのところなんだけどね。ユキヒョウくんは商店街側を手伝ってくれるかな? もちろん、ユキヒョウくんさえよかったらだけれど」

 

 その物言いにユキヒョウは一瞬怪訝な表情をする。

 思えば、先程から商店街会長はやけに棒読みで言葉を発しているような気がする。

 これは…、とユキヒョウも思い至った。

 

「(つまり、これは……ガチバトルを装ったコラボイベント、というわけじゃな)」

 

 ユキヒョウはそう察した。

 青龍神社夏祭りを盛り上げるイベントとして商店街と『cocosuki』のガチバトルが発生だなんて、祭りを彩る華としてこれ以上の物はないだろう。

 そして、ユキヒョウを商店街側に配置するという配慮を見せたという事は、おそらくだがこのイベントの仕掛け人はユキヒョウの母、サオリに違いない。

 

「(では……母上は一体このイベントで何をしたい? 何故このような事を……?)」

 

 思考を巡らせるユキヒョウは一つの答えに行き着いた。

 恐らくだが、これはサオリからのちょっと周りくどい『グルメキャッスル』の開店祝いではないか、と。

 それを確かめる為に、ユキヒョウは一つ質問をする事にした。

 

「のう。会長殿よ。この戦いに出る商店街側の代表は決まっておるのかの?」

 

 それに会長はチラチラと完成したばかりの屋台『グルメキャッスル』を見ていた。

 

「いやあー、それがねえ。みんな尻込みしちゃって代表が決まらないんだ。ああー、どこかに新進気鋭腕自慢の屋台店主とかいないかなー。」

 

 何ともわかりやすい棒読みである。

 おそらくだが、これは商店街も噛んでいるな、とユキヒョウは察した。

 実はこの対決イベントはエゾオオカミの母、エミリも一枚噛んではいるのだが、そこまではさすがに分からなかったが。

 

「のう。オオセルザンコウ殿。『グルメキャッスル』の初陣にはうってつけのイベントとは思わぬか?」

「な? え? はい?」

 

 目を白黒させるオオセルザンコウが言葉の意味を理解するよりも早く、商店街会長が素早くオオセルザンコウの手を取った。

 

「それはいい! まさに『グルメキャッスル』は商店街を背負って立つにはうってつけだ! どうかお願い出来ないだろうか!?」

 

 ちなみに、これはヤマさんのテコ入れも入っているのだが、それを言う程商店街会長だって野暮じゃない。

 

「のう。オオセルザンコウ殿。わらわ達も手伝う故、頼まれてはもらえぬか?」

 

 オオセルザンコウ達が断ってしまえば、色々と気を回した大人達の苦労が無駄になる。

 だからユキヒョウはそっともう一押しを加えた。

 オオセルザンコウは傍らのセルシコウとマセルカを見る。

 二人とも大きく頷いて見せていた。

 

「確かに……どちらにせよ開店するつもりではいたんだ。いいとも。引き受けよう」

 

 こうなれば渡りに船だ。

 それに商店街の人達には世話にもなった。その恩を返せるのなら否はない。

 

「じゃあ、アタシも! アタシ達も手伝うよ!」

 

 ぴょんぴょん飛び跳ねながら言うともえに皆一抹の不安を感じていた。

 

「ともえちゃん……屋台でともえスペシャルはダメだからね?」

 

 萌絵の言葉に全員が一様に頷いていた。

 

 

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 “教授”が帰った後の『two-Moe』にはまたも一人のお客さんがやって来た。

 春香はその人物を目の当たりにして目を丸くする。

 その人物は忙しい身の上でもあるし、夏の暑さを苦手としている事もあってこの時期に来店する事は滅多になかった。

 

「サオリちゃん、珍しいわね。ちょっと待ってね、冷房の温度を下げるから」

 

 その人物はユキヒョウの母、サオリであった。

 サオリは冷房のリモコンを取ろうとした春香を手で制する。

 

「今はこれがあるから、冷房は下げなくても平気ですよ、春香さん」

 

 そして胸元に着けたペンダントを示して見せる。

 雪の結晶を模したそれはパーソナルエアーコンディショナーという“教授”の発明品だ。

 夏の暑さを苦手とする彼女も、これのおかげで精力的に動く事が出来ていた。

 

「それよりも春香さん。あなたの腕を見込んでお願いがあります」

 

 そう言いながらも、サオリの目は別な事を言っていた。

 

『面白い話があるんだけれど、乗る気はないか?』

 

 と。

 春香とサオリは学生時代を共に過ごした仲である。

 そして、彼女がこういう目をしている時は決まって何か面白い事が待っている。

 だから、春香は店の看板を『Closed』に返すとテーブル席にサオリを案内し、その対面に座った。

 

「じゃあ……詳しく聞きましょうか」

 

 その後、『two-Moe』は臨時休業となってしまったが、それをしても惜しくはないと思える程に面白い話が聞けてしまった。

 春香はこれから始まる一つのイベントに心躍らせるのであった。

 

 

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 夕食後の宝条家。

 ルリは今日はカラカルと一緒に夕飯作りだったらしい。

 ちなみに、和香の好きなものを教わってルリはご満悦だった。

 実は豆腐とわかめのお味噌汁は“教授”の好物である。

 秘伝のレシピを教えてもらったので、ルリは明日の朝ご飯に作ってみようかと考える。

 

「(あ。でもお母さんは殆ど朝ご飯食べないもんなあ…)」

 

 そんな事を思いながら洗い物も終わらせて夕食後のひと段落だ。

 

「あー、ええと、その……、ルリ、アムールトラ。二人ともちょっとだけいいかな?」

 

 今日は珍しく“教授”が二人を呼ぶ。

 何かな、と思って二人揃ってテーブルに着いた。

 一緒に座っているカラカルと菜々はどんな話題なのか知っているのか特に驚いた様子もない。

 不思議に思いながらも、ルリとアムールトラはテーブルに着く。

 

「ちょっと唐突かもしれないけど、カラカルと菜々が来てくれている今がいい機会かな、ってね」

 

 “教授”は胸元から二つのメモリークリスタルを取り出した。

 蜂蜜色と檸檬色の二つでチェーンを通して常に首から下げていたものだ。

 

「今からするのは、ルリとアムールトラ、二人の姉にあたるフレンズの話なんだ」

 

 “教授”は一度逡巡する。

 ルリとアムールトラは思っているよりも大人だ。以前には隠した真実も受け止めてくれる事だろう。

 

「その……メモリークリスタルというのはね。フレンズを記録したものだ、と説明したね。それは嘘ではないが全てではないんだ」

 

 ルリとアムールトラは一度顔を見合わせる。

 なんでそんなに言いづらそうにしてるんだろう、と不思議そうな顔をしていた。

 

「ええっと、メモリークリスタルが実はフレンズそのもの、って話なん?」

 

 これに驚いたのは“教授”とカラカルと菜々だった。

 

「し、知っていたのかい!?」

「あー……うん。エミさんが教えてくれたの。で、エミさんは“リンクパフューム”に使われてるニホンオオカミさんのメモリークリスタルから聞いたって……」

 

 “教授”は開いた口が塞がらない。

 メモリークリスタルとは別世界のフレンズが絶滅の危機に対しそれでも未来に種を残そうと自らを結晶と化したものだ。

 その解凍方法はまだ見つかっていないし、メモリークリスタルとコミュニケーションを取る方法すらわからない。

 なので、エゾオオカミがニホンオオカミのメモリークリスタルから何かの情報を得たというのは驚愕すべき話だった。

 

「“リンクパフューム”の副作用か……?いや、もしかしたら私と同じ融合状態……?いやそれであれば人格にもっと影響が出るしモニタリングデータにだって異常が……」

 

 ぶつぶつと自分の世界に入ってしまう“教授”にカラカルが軽くツッコミを入れる。

 

「今はそれどころじゃないでしょ」

 

 そうだった、と“教授”はタブレット端末を開く。

 そこに記録されたエゾオオカミのバイタルデータをチェックしてほっと一息。

 念の為だったが、“リンクパフューム”で彼女の身体に異常がないかどうかはモニタリングしていたのだ。

 

「あの……和香さん、それもそうなんだけど、ルリちゃん達の方が……」

 

 控え目に菜々に言われて、“教授”もそうだった、と思い出した。

 なんせ、子供達には刺激が強いと真実を濁したメモリークリスタルの真の姿をとっくに知られていたのだ。

 ルリとアムールトラ、それにエゾオオカミやもしかしたらユキヒョウも、その事実に潰されたりしていないか。

 その答えはルリが控え目に挙手して言った。

 

「そりゃあ、ちょっとショックだったけど……お母さんが何とかしてくれるんでしょ? メモリークリスタルの事」

 

 今度こそ、“教授”とカラカルと菜々は開いた口が塞がらなかった。

 直後、カラカルと菜々は腹を抱えて笑い出す。

 二人は“教授”が帰って来た時、やけに深刻な表情でルリ達に昔の話をする事を相談してきたのだ。

 もしも、説明が足りない事があれば補足して欲しい、と。

 だが、もうその説明も必要なさそうだし、どうやら自分達は子供達の事を甘く見過ぎていたらしいと分かって可笑しくてたまらない。

 

「和香、あんたの負けね」

「ああ。心外ではあるが嬉しくもあるね」

 

 目尻に浮かんだ涙をぬぐいながら言うカラカルに“教授”は憮然とした表情をしてしまう。

 ルリ達が思っていた以上に大人だった事は嬉しい。だがその成長に何の寄与もしてない事が不機嫌の原因だった。

 まぁ、ここは一つ大人らしく、しっかりと子供達の信頼に応えよう。

 

「メモリークリスタルを元のフレンズに戻す事は必ず私が何とかする。その為にずっと研究をしていたのだからね」

 

 “教授”の研究は最終目標をメモリークリスタルを元のフレンズに戻す事だ。

 その為に日夜研究を続けていた。

 そして、あらためて先程胸元から出した二つのメモリークリスタルを示す。

 

「この二つはね、私にとっても特別なメモリークリスタルなんだ」

「さっき、ウチらの姉にあたるフレンズのメモリークリスタルって言ってたけど……」

 

 アムールトラに頷く“教授”は話を続ける。

 

「それはサバンナキイロネコという人造フレンズのメモリークリスタルだよ。私がカラカル達の世界で生み出した、ね」

 

 人造フレンズとはなんとも不穏な言葉でルリとアムールトラの表情が陰る。

 

「言っておくけど、それをやらせたのは私達の世界の人間達よ。まあ、言葉の割に悪いものじゃないわ」

 

 カラカルが言って肩をすくめる。

 彼女達の世界はセルリアンとの激戦で消耗していた。

 その消耗した戦力を補う為に計画されたのが人造フレンズというわけだ。

 具体的に言うと、元となるフレンズの体毛の遺伝子情報をいじって、似て非なる別種のフレンズを生み出そうという計画だ。

 

「で、サバンナキイロネコは人造フレンズ計画の唯一の成功例ね」

 

 サバンナキイロネコはセルリアンとの戦いで喪われたとあるフレンズの体毛を使った。

 

「あなた達の世界では倫理的にどうかと思うけど、私は感謝してるの。本当は無為に失われたはずの命に意味を与えてくれたのだから」

「わ、私も! あの二人と一緒に戦ったり遊んだり楽しい思い出を沢山もらったの!」

 

 カラカルと菜々はどうやら人造フレンズとは知り合いらしかった。

 その二人が言うのなら、そこまで不穏なものではなかったのだろうか、とルリもアムールトラも納得する。

 では、なんでそのサバンナキイロネコというフレンズはメモリークリスタルになっているのだろうか。

 

「それは戦いの中で二人は私を守って大きな怪我を負ってしまった。そのままでは命も危ない程にね。だから二人はメモリークリスタルになる道を選んだのさ」

 

 “教授”は言いつつ、二つのメモリークリスタルを撫でる。

 

「二人はいつか必ずメモリークリスタルから元に戻す。だからその……その時はルリとアムールトラも仲良くしてくれたら嬉しい」

 

 そんな願いにルリとアムールトラは頷いて見せた。

 

「こっちの檸檬色のメモリークリスタルが『キイ』で、蜂蜜色の方が『サン』だよ」

「二人とも手が焼ける子達だったけど、いい子だから仲良くしてあげてね」

 

 “教授”の言葉をカラカルが続ける。それに菜々も頷いていた。

  その表情を見れば三人ともキイとサンというフレンズを大切に思っている事がわかった。

 “教授”は一つ息を吐いてから、ここからが本題だ、と気を入れなおす。

 

「ルリ、アムールトラ。二人に頼みがあるんだ。」

 

 ルリとアムールトラは改まって一体何だろう? と小首を傾げる。

 この話の流れで何を頼むというのか。

 

「キイとサンのメモリークリスタルを二人に持っていて欲しい」

 

 それは“教授”が肌身離さずに持ち続けていたものだ。

 それを預かる事にはわずかな躊躇いがある。

 そんな二人の気持ちが分かるのか、“教授”は頷いて続ける。

 

「そうだね。キイとサンのメモリークリスタルは私にとって大切だよ。けれど、だから二人に持っていて欲しい」

 

 ますます話が見えないルリとアムールトラである。

 そんな二人に“教授”は少しばかり恥ずかしそうに頬を掻いてみせた。

 

「まあ……その、決意表明みたいなものさ。ルリとアムールトラの二人が私にとって大切なものを持っている。だから私は何があろうと二人を絶対に守るっていうね」

「和香ー。母親として、ってのが抜けてるわよ」

「か、カラカルッ!? そこはさすがに気恥しいから敢えて言わなかったんだよっ!?」

 

 結局あの後色々考えては見たものの、今すぐ出来る何かというのは思いつかなかった。

 春香が奨めてくれた早起きというのはかなり大変そうだし。

 けれど、ルリとアムールトラの二人ときちんと向き合おうという決意表明だけはしたかったのだ。

 

「いや。そこは早起きもしなさいよ……」

 

 とカラカルに呆れ顔をされたものだ。

 

「その……こんな母親で申し訳ないとは思うんだが、これからもよろしく頼むよ」

 

 そういう“教授”にルリは抱き着いた。

 

「お母さんは今までもお母さんだったよ」

 

 アムールトラも“教授”の頭にポン、と手を置く。

 

「ま、ウチは母さんってのがどんなのか実感はわかんのやけど、多分母さんみたいなヤツの事言うんやろうなーとは思うで」

 

 そのままワシャワシャと“教授”の暗緑色の髪を撫でた。

 軽い口調に頬が染まっている辺り、やはり気恥しいのだろう。

 

「まぁ、これからは少しは一緒の時間を過ごせるように早起きの努力をしたいとは思うよ」

「え……早起きするお母さんって想像つかないよ……? 無理しないでね?」

 

 身から出た錆とはいえ、ルリにこう言われては立つ瀬のない“教授”である。

 そこに、「はいはーい!」と菜々が元気に挙手した。

 

「あのねあのね、クロスレインボーには疲労回復の『魅惑の極上マッサージ』って技が使えるピーチパンサーモードもあるんだ。とりあえず和香さん、今日はそのマッサージ受けてぐっすり眠ってみよう。きっと明日はめちゃめちゃ早起き出来るから!」

 

 それに一瞬引き気味になる“教授”

 以前、そのマッサージを受けた事はあるが、足つぼマッサージとかめちゃくちゃ痛いのだ。

 

「お、それええなあ。せやったら、今日はそれ受けて一緒に寝よか?」

 

 逃がさないぞ、とばかりにアムールトラは“教授”を抱きしめる。

 どうやら覚悟を決めるしかないらしい。

 

「すまないね、菜々。お手柔らかに頼むよ」

 

 “教授”は諦めの嘆息を吐くのだった。

 

 

の  の  の  の  の  の  の  の  の  の  の  の  の  の

 

 

 翌朝。

 

「おはよう、お母さん」

「おお、今日は雨が降るかもしれへんな」

 

 ルリとアムールトラは中々に珍しい光景を目にした。

 “教授”が既に朝食のテーブルに着いているのだ。

 徹夜明けでこうなった事はあるが、“教授”が先に起きてこうしているなんて初めての経験と言っていい。

 

「おはよう、ルリ。アムールトラ。」

 

 そうして朝の挨拶をする“教授”は快眠のせいか、随分と調子がよさそうに見える。

 

「ほら、アンタ達、朝ご飯出来たわよ」

「あ、カラカルさん。手伝います」

「ほな、ウチも。何したらええ?」

「あー。私もー!」

 

 家事には相変わらず手を出さない“教授”である。

 それでも彼女は満足していた。

 世間一般で言う立派な母親ではないかもしれないが、そんな自分を母と呼んでくれる二人がいるのだ。

 可能な限り向き合おう。

 そう心に誓う“教授”だった。

 

 ちなみに。

 この日からルリの胸元には檸檬色のメモリークリスタルが、そしてアムールトラの胸元には蜂蜜色のメモリークリスタルがそれぞれに輝く事になった。

 

 

 けものフレンズRクロスハート第21.5話『おかあさんもいっしょ』

―おしまい―

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