ある夏の日にドッペルゲンガーに出会ってしまった奈々。
何かよくない事が起こるのではと怯えてアルバイトにも手がつかない。
時を同じくして、和香教授の前にかつて渡った世界からのお客様が訪れていた。
異世界からの来訪者であるカラカルと交流を深めるルリ達。
一方の商店街では謎の濃霧が発生していた。
セルリアンが発生させた濃霧の迷宮に閉じ込められる奈々やキタキツネやギンギツネ。
彼女達を救ったのは、もう一人の異世界からやって来た戦士だった。
その名は菜々。またの名をクロスレインボーである。
クロスレインボーに変身した菜々の協力を得たクロスハート達はまたも商店街を救うのだった。
オオセルザンコウは腕を組んで唸る。
その理由は簡単だ。
まさか『グルメキャッスル』の初陣が、この地域最大の祭りである青龍神社の夏祭りになるとは。
しかも、『グルメキャッスル』は商店街の代表として、ライバルのショッピングモール『cocosuki』との対決に臨むのだ。
青龍神社夏祭りは明日から開催で前日祭が一日と本祭が二日間の合計三日間行われる。
当然、対決もその三日間の日程だ。
「さて、どうしたものかな」
対決開始が明日に迫っているというのに、やる事は山積みだ。
幸いなのは、屋台『グルメキャッスル』が完成していた事だ。
これなら当日の料理も可能だろう。
何から手をつけたらいいか迷うオオセルザンコウの視界にヒョイと顔を出してくるのはセルシコウだった。
「まずは、メニューの決定じゃないでしょうか」
確かに、食べてもらう料理が決まらない事には勝負も何もない。
そこにマセルカも頷いて見せる。
「お祭りなんでしょ? お祭りで食べやすい料理がいいんじゃない?」
そうなると候補はいくつか絞られてくる。
「食べ歩けるようなもので仕込みはともかく調理自体は簡単なもの……例えば串焼きとかか」
オオセルザンコウは考え込んでみるが、そこに異論が挟まれた。
「待って下さい、オオセルザンコウさん。皆さんの腕ならシンプルな串焼きよりもいいメニューがあるんじゃないでしょうか」
遠慮がちに挙手して言うのはかばんであった。
「アライさんはワタアメがいいと思うのだ。お祭りと言ったらワタアメなのだ」
「それはアライさんの好きなものだねぇ。作り方も簡単だし」
実はこの場には、セルリアンフレンズ3人組の他にも、かばん、サーバル、アライさんとフェネック。それにともえと萌絵とイエイヌ、そしてルリとアムールトラとエゾオオカミにユキヒョウもいた。
大所帯である。
「いやしかし、キミ達……本当に私達と同じチームでいいのかい?」
ここにいるメンバーは同じ商店街チームとして対決イベントに臨む。
これまた呉越同舟が過ぎるというものだが、ともえ達が気にした様子もない。
一方のセルシコウもマセルカも「何か不都合が?」と意味がわかっていないようだ。
訊くだけ無駄だったか、と肩をすくめてからオオセルザンコウも気を取り直すと作戦会議を再開した。
「ふぅむ……。出来れば相手の出方が分かればいいんだが……」
「それじゃったら、去年の事でよいならわらわが知っておるぞ」
とユキヒョウが挙手する。
彼女は対決相手の『cocosuki』オーナー企業の社長令嬢である。今回は商店街側に助っ人となっていた。
その情報ならば信憑性もあるだろう。
「そうじゃな。去年の青龍神社夏祭りで好評じゃったのは、何と言っても菓匠『若葉』の鈴カステラかのう」
菓匠『若葉』はショッピングモール『cocosuki』に入っている高級和菓子屋さんである。
その職人は腕もよく、値段はちょっとお高いもののそれに見合ったものを出す。
毎年青龍神社夏祭りにも参加しており、その屋台で出される鈴カステラはそれを目的に来るお客さんまでいる程だ。
「それほどか……。だとしたら、相手のメニューは鈴カステラになるかな」
「だったら、それに対抗するか競合を避けるか……アタシとしては競合を避けた方が無難だとは思うよ」
考え込むオオセルザンコウに萌絵が言う。
確かに、相手にはネームバリューと固定客が既についている。同じようなお菓子系のメニューで対抗する場合はそれだけで不利だ。
「だったら……やっぱり、ガッツリ食事系の何かがいいんじゃない? 焼きそば、お好み焼き、タコ焼き……」
指折り数えるともえ。どれもお祭りで定番メニューではある。
ちなみに、ともえの両脇にはサーバルとイエイヌが配置され、両手に花状態だ。
万が一にも屋台でともえスペシャルを作る、などと言い出さない為である。
モフモフを与えて満足してもらおう作戦というわけだ。
「ねえねえ、屋台でカレー作ったりしたらダメなの? かばんちゃんのカレー美味しいよ?」
サーバルに言われて一同考え込む。
確かに、お祭りでカレーというのは無くはない。
「候補の一つにはなるか……」
オオセルザンコウも頷いては見せるたけれども、どうにもピンと来ない。
確かに、カレーなら腕の見せどころだって多い。
けれど、味にバリエーションが作りづらくもある。
出来る事なら3日間のお祭り期間中にリピーターのお客さんだって狙っていきたい所だ。
その為にはバリエーションは必須だ。
「じゃあ、やっぱり複数のメニューを出すのがいいんじゃないかなぁ。さっきともえさんが言ったみたいにカレーも焼きそばもお好み焼きも」
ルリの言葉にセルシコウが首を横に振った。
「そうしたいのは山々なのですが、調理設備にも限りがあります。やはりメニューは絞るべきでしょう」
屋台『グルメキャッスル』の出来栄えはかなりいい。
けれども、店舗と違って潤沢な調理設備とは言い難い。
そんな中で多彩なメニューを提供するのは無理があった。
「やっぱ難しいもんだな」
ふぅ、と溜め息をつくエゾオオカミ。
そのオオカミの尻尾がユラユラと動いていた。
それを見ていたセルシコウの頭には何か閃くものがあった気がした。
一体何を閃いたというのか、まだハッキリとは分かっていない。だから視線を巡らせてみた。
「ああ」
ポム、と手を打つセルシコウ。
彼女の視線の先には、ともえにモフられたイエイヌがいた。
イエイヌと目線があって「?」と小首を傾げられてしまったが、閃きの正体は彼女のおかげで分かった。
「ホットドッグ……というのはいかがでしょう?」
まさかエゾオオカミとイエイヌを見ていて思いついたとは言えないセルシコウである。
「それ、いいですよ! セルシコウさん!」
「ああ、持ち歩いてもいいし手軽に食べられる」
その提案にかばんとオオセルザンコウがうんうん頷いていた。
だがアムールトラは小首を傾げる。
「確かに気軽に食べ歩きできるやんな。けど、ホットドッグってパンにウィンナー挟んだだけの料理やろ? そんなんでホンマに勝てるん?」
彼女の疑問にはルリが答えてくれた。
「ソースで味にバリエーションを作れるから工夫しだいだと思うよ。それに仕込みはともかく調理は楽だからすぐに出せるのも屋台向きだし」
「さっすがだね! じゃあさじゃあさ、ルリはどんなのがいい? マセルカねえ、ヨーグルトソースとかいいんじゃないかなーって思うな」
そこにマセルカが割り込んで来る。
ルリとはあまり面識はないはずなのだが、それでもすぐに馴染んでいる辺りがマセルカなのだろう。
「あ、いいですね。ヨーグルトソース。オーソドックスにトマトソースなんかもいいですね」
そこにかばんも加わって来た。
熱々のウィンナーを挟んだパンに真っ赤なトマトソースをかけたホットドッグ。
想像しただけで美味しそうである。
けれども、サーバルは不満だったようだ。
「えぇー!? カレーじゃないの!?」
「大丈夫だよぉ。カレー風味のソースっていう手だってあるもん。ね?」
そうやって萌絵に話を振られたオオセルザンコウは苦笑混じりに頷く。
「カレー風味も含めた複数のソースで味付けを変えてホットドッグか……いいな」
オオセルザンコウは頭の中では勝利パターンが出来上がっていた。
一食目で客を掴み、別の味も試してみたいと思わせる。
そうしたら二日目と三日目にリピーターを獲得できるかもしれない。
「なら、メニューはホットドッグで行くとして、次は試作か。商店街で食材を買ってこよう」
「その必要はないわ!」
ばばーん。
食材集めに行こうとしたところで現れたのは、奈々とキタキツネとギンギツネの三人だった。
「『グルメキャッスル』は商店街代表! という事は当然商店街のみんなも協力してくれるって! ほら!」
奈々がドサリと段ボール箱を置く。その中には各種調味料が入っていた。
「みんな。試作に必要な食材は言ってね。私とキタキツネと奈々姉さんで集めて来るから」
「ちなみに、経費で落とすって会長が言ってたから遠慮しないでね!」
二人でふんすと気合を入れてみせるキタキツネとギンギツネ。
「なんたって、今回は『cocosuki』との直接対決だもん! オール商店街で応援しちゃうからね!」
どうやらいよいよ『cocosuki』と色鳥町商店街全面対決の様相を呈してきた。
その代理戦争を『グルメキャッスル』が引き受けるわけだが、オオセルザンコウは一度黙して苦笑する。
「これもWIN-WINの関係というものか」
むしろ、商店街側が実力未知数の『グルメキャッスル』に投資する形になっているから、そちらの方が不利な気がする。
そうなると、今回のイベントへの『グルメキャッスル』抜擢に誰か仕掛け人がいるのでは、とオオセルザンコウも察した。
「後でヤマさんにも礼を言っておかねばな」
そうニヤリとするオオセルザンコウにセルシコウとマセルカは不思議そうな顔をした。
の の の の の の の の の の の の の の
さて、いよいよ試作である。
場所は色々考えたが交番横の空き地になった。
やはり、試作とはいえ、屋台の設備で作れないと意味がない。交番横の空き地に屋台『グルメキャッスル』を置いて早速準備に取り掛かる。
「なんだかこういうの見てるだけでワクワクしてくるわね」
すぐ隣での出来事だ。普段は真面目一辺倒のハクトウワシも交番から覗き込んでいる。
ちなみに、ホットドッグは彼女の好物の一つでもあった。
「ハクトウワシには試食係になってもらいますから、お腹を空かせておいてくださいね」
言いつつ腕まくりをするのは屋台『グルメキャッスル』総料理長セルシコウである。
そこに、かばん、萌絵、ルリの3人が加わってのドリームチームだ。
残りのメンバーは食材集めやレシピ完成後の量産に向けて待機している。
「そうですね。甘酸っぱいトマトソース、爽やかヨーグルトソース、辛うまカレーソースの三つで味の方向性を決めようと思います」
セルシコウは既に頭の中で料理の味を思い浮かべているようだ。
まず作るのはやはりオーソドックスにトマトソースからだろう。
調理助手のかばんが素早くトマト缶を開け始めた。
今回はトマトの湯剥きなどをしていては十分な量のソースを作る事が出来ない。なにせ青龍神社夏祭りは明日に迫っているのだ。そこでトマト缶の出番というわけだ。
ルリと萌絵も調理助手として、それぞれにタマネギとニンジンをみじん切りにしていく。
タマネギは既に軽く電子レンジで加熱しており、みじん切りの辛さも軽減されていた。
二人ともやはり普段から料理をする女の子だ。あっという間に大量のみじん切りが出来上がる。
「そして、香りづけにニンニクを少々」
セルシコウは皮を剥いたニンニクを包丁の腹で潰していく。
こうする事で少量のニンニクでも香りが付きやすい。
フライパンにオリーブオイルを敷いてニンニクを焼き始めれば途端に食欲をそそるいい香りが立ち上る。
ちなみに、フレンズの中にはタマネギやニンニクを苦手とする者もいる。
それは元動物は食べてはいけないものだからだ。
けれども、フレンズであれば特に食べても問題はないのだが食わず嫌いになるケースが多い。
「サーバルちゃんも生タマネギは苦手なんですけど、よーく炒めて甘くすると食べてくれるんですよ」
「あ、わかるー。ウチもイエイヌちゃんは最初タマネギ苦手だったけど、オニオンスープとかですぐに好きになってくれて……」
「ウチも。ハンバーグの中にタマネギ刻んで入れてたって知ったら、アムさん驚いてましたよ」
どうやらそれぞれのおうちでも、食わず嫌い克服にはそれなりの工夫をしているらしいかばんと萌絵とルリである。
そんな各ご家庭あるあるで盛り上がっているうちにみじん切り作業も終わったようだ。
セルシコウはそれを受け取るとフライパンに投入した。
「オリーブオイルに香りが付いたところで、タマネギとニンジンのみじん切りを入れてタマネギが透き通るまで炒めていきます」
―ジュワァ!
フライパンからは快音が響く。屋台『グルメキャッスル』備え付けのガスコンロは十分な火力があるようだ。
「そして、ここでもう一味を足す為にスライスマッシュルームを入れて、火が通ったらトマト缶の中身を全部入れちゃいます」
セルシコウはトマトを潰してほぐしながらさらに中身を加熱。
「あとは弱火にして焦げ付かないように水分を飛ばして……塩コショウで味を調えて……」
しばらくの間をかけて水分を飛ばされたトマトソースは固形に近づいていく。
こうすることでホットドッグにかけても中身が染み出さないようになるのだ。
「最後に味を見ながらハチミツを少しずつ足して……」
セルシコウはかばんと萌絵とルリにも味見をしてもらって、三人ともが親指を立てたところでトマトソースの完成である。
「そして、次はウィンナーです」
いよいよ、本体のお目見えだ。
ここからは早い。
「ちなみに、皆さんはウィンナーは焼き派ですか? それともボイル派?」
セルシコウの質問に萌絵とかばんとルリは同じ答えを返した。
「「「両方!」」」
その答えにセルシコウは満足そうに頷く。
「私もです」
言いつつ、商店街のお肉屋さんから提供されたウィンナーにまずは強火で一気に焼き目をつけていく。
さっと炙って焼き目が付いたついたくらいですかさずお湯の中に入れてボイル。
こうすることでウィンナーの旨味と肉汁を逃さず中の脂もしっかりと溶かしていくのだ。
手間は多少かかるが、これが一番美味いウィンナーの加熱方法だと思っている。
「そして、パンの切れ目にバターを塗って、そこにレタスを敷く」
こちらもパン屋さんから提供されたパンに八百屋さん提供のレタスである。
そして主役の焼き立てウィンナーの上から真っ赤なトマトソースをかけて完成だ。
「ちょっと甘めの味付けなので、お好みでマスタードをかけても美味しいですよ」
十分に水分を飛ばしたトマトソースは紙袋に入れても染みてはこない。
ウィンナーとトマトの赤にレタスの緑も合わさって彩りだっていいし、片手で手軽に食べられるのだってお祭り向きだ。
早速出来上がった試作品第一号をハクトウワシに持っていく。
「じゃあ、私はマスタードをかけて頂こうかしら」
ハクトウワシはちょっと辛めの方が好みだ。
波線を描くようにマスタードをかけてやると、さらに黄色も加わって彩りもよくなる。
いよいよハクトウワシは試作品一号を一口。
途端に口の中に様々な味が踊った。
まず、トマトの酸味と旨味が溶けだした濃厚なトマトソース。ハチミツで甘さも加えられて酸味が程よく抑えられている。
マッシュルームスライスで味にさらなる奥行きを与えられたトマトソースの後はウィンナー本体が登場だ。
絶妙の加熱をされたウィンナーは噛み切られた瞬間に肉汁を迸らせた。
それがトマトソースと合わさり味わいが深くなって旨味の猛攻撃が続く。
それらを最終的にパンが受け止める事で一体感まで出るのだ。
「ぐ……Great……!」
もう、ハクトウワシは食べる手が止まらない。
あっという間に試作品を完食だ。
何とか食レポをしてセルシコウ達の役に立ちたいが、頭に浮かんでくる言葉は「美味しかった」のみだ。
もう、それ程までに完成度の高い一品だった。
「ちなみにですね、ハクトウワシ。お肉屋さんのご厚意でウィンナーをプレーンとチョリソーから選べるのですがいかがです?」
セルシコウの提案にハクトウワシは愕然とした。
今のをチョリソーで辛さを増して味わえるのだとしたら、さらに味のバリエーションが広がる。
そこにかばんが追い打ちをかけた。
「マスタードもいいんですが、チーズをトッピングして黄色の彩りを加えても美味しいですよ」
「チーズもいいですけど、スクランブルエッグという手もありますよね!」
さらにルリにまでバリエーションを広げられてしまった。
トッピングでさらに別な味を楽しめるのだとしたら……、まさに千変万化のホットドッグだ。
「もう……もう、私、一生ホットドッグで生きていってもいいわ……」
「いや、絶対栄養偏りますからそれはやめて下さい」
最上級の褒め言葉だったハクトウワシだが、セルシコウに苦笑されては立つ瀬がない。
「とりあえず、トマトソースはこれで完成として、ヨーグルトソース、カレーソースもいってみましょうか」
どうやら千変万化のホットドッグにはさらにバリエーションが追加されるらしい。
これはまさに……。
「無限ホットドッグ……!?」
ハクトウワシは戦慄する。
とてもお祭り期間中に全てを網羅しきれない。
まさか『グルメキャッスル』の実力がこれ程とは思っていなかった。
襲い来る『グルメキャッスル』の刺客にハクトウワシの胃袋はきっとすぐに一杯に満たされてしまうだろう。
「ち、ちなみに……。おうちで作ってくれたりは……」
「別に構いませんよ。お安い御用です」
「Yes!」
セルシコウの返事にガッツポーズのハクトウワシだ。
これぞ家主の特権というものである。
お祭り期間中に味わえなかったホットドッグは後で作ってもらおう。
そうしている間に、ヨーグルトソースもカレーソースも出来上がったようだ。
「ヨーグルトソースはプレーンヨーグルトとマヨネーズ、それにレモン果汁を混ぜた爽やかな味が特徴なんです」
「そしてカレーソースはリンゴとハチミツ、隠し味にインスタントコーヒーを軽く混ぜてコクを出してみました」
ヨーグルトソースは萌絵とルリが二人で、カレーソースはかばんがメインで作ってくれた。
「三人とも……中々やりますね」
味見した総料理長セルシコウも太鼓判の出来らしい。
「ねぇ、セルシコウ……。試食だけで太っちゃいそうだわ」
「大丈夫ですよ。ダイエットに効果ありそうな料理はオオセルザンコウもマセルカも得意ですから」
「ほんと……、三人とも至れり尽くせりね」
既に出された試食品を完食してしまったハクトウワシだ。
三つもホットドッグを食べたというのに、まだ食べられそうな気がする。
この出来栄えならきっと、明日からの対決も勝利間違いなしだ。
「さて。そう上手くいくものかな……。ふふふ」
お裾分けのホットドッグに舌鼓を打ちつつも、ヤマさんはほくそ笑んでいた。
確かにこのホットドッグは美味しい。
けれども、果たしてそれだけで勝てるかどうか。
まぁ、明日になれば分かる事か、とヤマさんはホットドッグを完食した。
の の の の の の の の の の の の の の
翌朝。
青龍神社前には各屋台がお祭りの準備に勤しんでいた。
青龍神社境内へと続く長い階段前の一等地が決戦の舞台だ。
ちなみに、境内は神域である為、屋台の出店はこの階段下の広場になる。
向かって左側に色鳥町商店街代表『グルメキャッスル』が陣取って、既に屋台の展開も終えている。
既に昨日、商店街の有志が手伝ってくれた各ソース作りも終えて、冷凍したものをクーラーボックスに入れてある。
それにパンやウィンナーのメイン食材の他、野菜や調味料なども商店街の各店主が提供してくれた。
対して、まだ向かって右側の『cocosuki』陣営は屋台の設営にも現れてはいない。
とりあえずの準備を終えて敵の出現を今か今かと待つ『グルメキャッスル』メンバー達と商店街の面々。
と……。
「現れたようじゃな」
ユキヒョウが視線を投げた先、白の割烹着に白の帽子を着けた和食職人といった様子の青年がやって来る。
隣に同じ格好をした赤毛の女性を伴っている。その二人こそ『cocosuki』に出店している高級和菓子屋、菓匠『若葉』の若夫婦だ。
毎年青龍神社の夏祭りに参加してきた菓匠『若葉』が屋台で出す鈴カステラは絶品である。
間違いなく『cocosuki』の代表は彼らだろう。
緊張と共に、両手の手刀を前に謎のファイティングポーズを取る『グルメキャッスル』一同。
が……。
あれ?
菓匠『若葉』の若夫婦二人はその前を会釈と共に怪訝な顔をしながら通り過ぎて行った。
そのまま彼らは一等地から離れた場所へ移動して屋台設営をはじめたではないか。
「へ?」
と思わず間の抜けた顔をしてしまうユキヒョウ。
どうやら『cocosuki』代表は菓匠『若葉』ではないのだろうか。
『cocosuki』に入っているテナントはチェーン店系のファミリーレストランやファーストフード店が多い。
確かに腕のいい調理師だっているだろうが、お祭りの屋台に参加するようなお店はないだろう。
ましてや『cocosuki』の看板を背負って代表を務めるには色々と問題がありそうだ。
つまり、ネームバリューや諸々の事情を考慮すると『cocosuki』側の代表は菓匠『若葉』だと踏んでいたわけだが、これは一体全体どういう事だろう。
そう疑問に思っていると後ろから声が掛けられた。
「『cocosuki』の代表は私達よ」
そこには美女がいた。
ユキヒョウそっくりの灰色がかった髪に一つ一つが美しい所作の女性。
それは……。
「は、母上!?」
ユキヒョウの母にして、『cocosuki』オーナー企業社長婦人のサオリであった。
確かに、彼女は料理も中々の腕前だ。きっと平均的な主婦よりも上だと思う。
けれども……サオリ一人で屋台を切り盛り出来るとも思えない。
それに彼女は言った。『私達』と。
他に一体誰がサオリと一緒に代表を務めるというのか。
そう疑問に思っていると……。
―スッ
と商店街メンバー達の中から一歩を踏み出した者がいる。
和服姿のオオカミ尻尾と耳を持つ美人はエゾオオカミの母親、エミリだった。
そのままサオリの目の前まで行くと……。
―クルリ
百八十度回れ右して商店街メンバーに対峙する。
「ふふ、私は今回『cocosuki』側よ!」
ご丁寧に両手の手刀を前に謎のファイティングポーズを取ってみせるエミリである。
言って、二人して「いえーい」とハイタッチまでしている。
突然の裏切りにエゾオオカミの開いた口は塞がらなかった。
「お、お母さん!? 何やってるんだ!?」
ようやく我に返ったエゾオオカミは慌て始める。けれども母、エミリが戻って来る事はなかった。
「実は、ユキヒョウちゃんとトレードって事で皆には話が付いてるの。ごめんなさいね、エゾオオカミ」
ごめんなさい、と言いつつも、イタズラ大成功とでも言いたげなエミリである。
商店街の面々もそんなエミリに苦笑だ。表向きはともかく、なんだかんだで『cocouki』と商店街の仲というのも悪くはないのかもしれない。
しかし、この二人の実力の程はどうなんだろう?
「ま、まさか……!?」
その疑問に対して、かばんはある事に気が付いた。
サオリはその気づきを肯定するかのようにニヤリと頷いて見せる。
「さすが、ジャパリ女子中学校生徒会長さんね。よく気が付いたわ」
他の面々は話が見えない。「し、知っているのか、かばんちゃん!?」とばかりに誰もがかばんに注目する。
「ジャパリ女子高等部の文化祭で、かつてぶっちぎりで歴代売り上げナンバーワンを記録した模擬店があるんです」
かばんの頬を一筋の汗が伝う。
その高校生離れした売り上げを記録した模擬店は、そんなはずないだろー、と冗談めかして語り継がれる程であった。
「その模擬店のメンバーが当時のエゾオオカミさんとユキヒョウさん、つまりエミリさんとサオリさんです」
つまり、エミリとサオリの二人には、このお祭り屋台という戦場で大記録を打ち立てた実績があるという事だ。
「それだけではないわ」
「当然、チームは私達だけじゃないのよ」
そう二人揃ってニヤリとしてみせるエミリとサオリに「まさか!?」とかばんの顔が青くなる。
再び全員の視線が「し、知っているのか、かばんちゃん!?」と集まった。
「その記録を打ち立てた模擬店を出店していたのは当時の高等部生徒会……!会計のユキヒョウさん、庶務のエゾオオカミさん……そして……」
「そう」
かばんの言葉を継ぐかのように一人の少女が現れた。
その場の誰もがよく知る人物であった。
「当時生徒会会長の宝条春香。つまり私もなの」
「「「ってお母さん!?!?」」」
ともえと萌絵とイエイヌの声が見事に重なった。
なんせ現れたのは彼女達の母親、春香だったからだ。
今日はミニ浴衣にエプロンをつけて頭にはカチューシャも着けてどこかメイドさん風だ。
「たまにはお母さんも混ぜて欲しくて来ちゃった。今日は『cocosuki』側の助っ人だけどよろしくね」
と、ともえ達に手をふりふりする春香である。
今度はともえ達の開いた口が塞がらない。
だがそれだけでは終わらなかった。
「あとね、当時の生徒会メンバーには書記の……」
「あー……。はい。当時の生徒会書記、宝条和香だ」
さらに今度はルリとアムールトラの開いた口が塞がらなくなった。
「ええええ!? お母さん模擬店で料理したの!? お客さん大丈夫だった!?」
「母さん!? 死人出さへんかったやろうな!?」
「ルリ!? アムールトラ!? 私もそろそろ泣くよ!?」
和香を知る誰もが同じ心配をしたので、ルリとアムールトラは悪くない。
「大丈夫よ、ルリちゃん、アムールトラちゃん。和香ちゃんには調理は担当させなかったから」
春香の説明に二人ともホッと胸を撫で下ろした。
和香教授は何とも言えない憮然とした表情になっていたが、コホンと咳払い一つ。
「さて、ルリ。アムールトラ。私はついこの前何があってもキミ達を守ると誓ったわけだが……」
ゴクリ、と固唾を呑んで続く言葉を待つルリとアムールトラ。
「それとこれとは話が別だ。今回は私も『cocosuki』側に加わらせて貰うよ」
これで、『cocosuki』側のメンバーはサオリを筆頭に、エミリ、春香、和香と揃ったわけである。
「そして最後にもう一人」
その声は上の方から聞こえて来た。
それは青龍神社の境内へと続く長い階段の方からだった。
「当時生徒会副会長にして、現青龍神社神主」
階段を下りて来るのは水色の髪をツインテールにした龍の尻尾を持つフレンズであった。
「私の名はセイリュウ。『cocosuki』側助っ人として参戦させていただきます」
今度こそ全員の開いた口が塞がらなくなった。
なんせその人物は今日という青龍神社夏祭りの主役とも言うべき人物だったからだ。
アオイの母親にして青龍神社の神主であるセイリュウその人が『cocosuki』陣営に加わったのだ。
そんなフレンズがいる屋台が話題にならないはずがない。
ともえが辛うじて絞り出すように言う。
「ず、ずるくない!?」
それにセイリュウはニコリと微笑むとこう返した。
「たまには娘達に試練を与える母親の皆さんに力を貸したいと思いまして。なのでズルではないですよ」
まさかのセイリュウ参戦で『cocosuki』側も想像以上のドリームチームを繰り出して来た。
唖然としている『グルメキャッスル』側。
泣いても笑っても間もなく決戦の火蓋が切って落とされようとしていた。
―中編へ続く