けものフレンズRクロスハート   作:土玉満

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第22話『風雲! グルメキャッスル』(中編)

 

「みんなー! 今日は青龍神社夏祭りに来てくれてありがとうー!」

 

―おぉー!

 

 広場に作られた特設ステージ上では青龍神社巫女の家系である人面魚のフレンズ、コイちゃんが皆に愛想を振りまいていた。

 集まった祭りの見物客もノリよく返事を返す。

 

「まず、今日は前夜祭! 特設ステージでのイベントとかも楽しんでね!」

 

―おぉー!

 

 コイちゃんの横には、やはり青龍神社神主の娘であるアオイがいる。

 アオイは守護けものセイリュウの血を引いている。

 母親と同じ水色の髪と長い龍の尻尾が特徴だ。

 今日は二人とも巫女服姿で特設ステージに立つ。

 

「みなさん、今日は暑いので水分補給を小まめにして熱中症に気をつけて下さいね。救護所は広場にも境内にもありますので万が一の際には……」

「もうー。アオイちゃん固いよー?」

 

 やはり生真面目な性格のアオイはこの前夜祭開会の挨拶で何を言っていいのか戸惑っていた。

 学校と同じノリのアオイにコイちゃんがほっぺをぷにぷにと突いてくる。

 

「で、でも。前夜祭のイベントの事とか色々お伝えしないと……!」

「大丈夫大丈夫。大体パンフレットに書いてあるから」

 

 確かに、お祭りのパンフレットは各所で配られている。

 それを見ればいつイベントがあるのかとか、救護所がどこかなどもよくわかる。

 

「ってわけで、難しい事はパンフレットを見てねー!」

 

―おぉー!

 

 それでいいんだろうか、と悩むアオイだったがこれ程の歓声なのだからいいのだろう。

 

「まあまあ、難しい事は置いておいて、前夜祭の開会式は割と何言っても平気だから」

 

 なんと、今日の前夜祭開会式の挨拶にはコイちゃんとアオイの二人が抜擢されたのだ。

 緊張しっぱなしのアオイにコイちゃんは自らの言を示すべく、すっと一歩を前に出ると……。

 

「みんなぁー! 青龍神社の事は嫌いになってもコイちゃんの事は嫌いにならないで下さい!」

 

 とどこかで聞いたようなセリフを言い放つ。

 観客達はこれまたノリよく

 

―おぉー!

 

 と返してくれた。

 

「コイちゃん姉さん!? 逆です!? 色々と!」

 

 大慌てのアオイだったが、その様子を観客席で見守るセイリュウは笑いを堪えていた。

 

「っていうかコイちゃん姉さんはなんで芸風が若干ヨゴレなんですか!?」

 

 アオイのツッコミにドッっと笑いが起きた。

 セイリュウの横でアオイ達を見守るビャッコの娘、シロも笑い転げている。

 もう、これは収拾がつきそうにない。

 アオイはもうなるようになれ、とばかりに叫んだ。

 

「ともかく! ただいまより青龍神社夏祭りを開催します!」

 

 すっかり温まった観客達はこの日一番の歓声で応えるのだった。

 

 

の  の  の  の  の  の  の  の  の  の  の  の  の  の

 

 

 さて。

 前夜祭となる今日はどちらかというと神事以外のイベントがメインだ。

 例えば特設ステージでのアマチュアバンドの演奏会やダンスチームの発表会なんかだ。

 それらはパンフレットに何時からイベントが行われるのかきちんと記載されている。

 しかし、多くの人々が注目するイベントは見開き一ページを使ったこのイベントだろう。

 

『激突! 色鳥町商店街VSショッピングモール『cocosuki』』

 

 青龍神社夏祭りが開催される三日間でどちらがより多くの売り上げをあげられるか勝負するのである。

 いずれも相手に負けまいと普段からしのぎを削り合う商店街と『cocosuki』だ。

 その直接対決が見られるとあって誰もが勝負の行方に注目していた。

 アオイの開会宣言と同時に、各屋台も開店した。

 そしてそれは対決の開始でもある。

 まさかの各母親達が『cocosuki』側の刺客となって立ちはだかる展開だったが、果たしてその実力の程はどうなのだろうか……。

 豊富な資金力を背景に組み上げられた屋台は『グルメキャッスル』よりも圧倒的に潤沢な調理設備を備えていた。

 ガスボンベによるコンロは合計で6口。しかもそのうち二つは鉄板焼き専用とタコ焼き専用に既に改造されてある。

 さらには小型発電機で電子レンジや保温機、冷蔵庫まで使えるのだ。

 

「くっ……!?だが、勝負は味で決まる……! 味ならば決して負けていない!」

 

 オオセルザンコウの言葉にサオリがニヤリとした。

 

「本当にそう思うかしら? 特にこのお祭り屋台という戦場では……!」

「パフォーマンスも重要なのよ……!」

 

 そのサオリと背中合わせになるのは和服美人のエミリである。

 美人さん二人の姿はそれだけでも絵になる。

 だが、それがパフォーマンスという事はあるまい。

 サオリはタコ焼き用のピックを指に挟み、エミリは和服の袖をタスキで上げると焼きそば用のヘラをガンマンのようにクルクルと回して見せる。

 なんだかよくわからないが、その姿を見た観客達は感嘆の声をあていた。

 そのままサオリとエミリの二人は屋台へ入ると、それぞれにタコ焼き用コンロと鉄板焼き用のコンロに火を入れる。

 まずは二人とも鉄板に油を引く。

 タコ焼き用の型にはハケで丁寧に、鉄板には豪快にサラダ油をひく。

 

―ジュワァアア!

 

 直後サオリが豪快に出汁入りのタネを型へ流し込む。

 と同時、隣のエミリが鉄板で焼きそば用の具材を焼き始めた。

 そして、二人同時に既に切り分けた具材を投入。

 

「タコ焼きにタコいがいを入れてはいけないなんてルールはないのよ……」

 

 タコの他に入るのはチーズ、カニカマ、ウィンナーだ。

 具材を投入した後はピックで華麗に丸めていく。

 あまりの手の早さに見ている観客達も再び感嘆の声をあげる。

 

「そして、こちらも忘れてもらっては困るわ」

 

 豪快にヘラで投入した焼きそばと火の通った具材をかき混ぜていくエミリ。続けて投入されるのはソース焼きそばの命ともいうべきソースだ。

 

―ジュワァアアア!

 

 たちまちに響く快音と香ばしいソースの香り。

 その香りにオオセルザンコウは気づいた。

 

「あれは……。オイスターソースか!」

 

 オイスターソースは牡蠣から作られた調味料だ。

 牡蠣の旨味を存分に凝縮したソースは一風変わった風味を醸し出す。

 豪快にヘラで混ぜられた焼きそばは全体にオイスターソースを纏っていく。

 そして……。

 

「「スイッチ!」」

 

 エミリとサオリ、二人の声が響く。

 と同時、サオリはタコ焼き用ピックを、エミリは焼きそば用ヘラをそれぞれ空中に置くように手放したではないか!?

 一体何をするつもりだ、と見ていた観客は再び感嘆の声をあげる。

 二人はくるり、と舞うようにしてお互いの位置を入れ替えたのだ。

 パシリ、と空中に置かれたタコ焼き用ピックと焼きそば用のヘラを落下する前にそれぞれキャッチ。

 二人でそれぞれに最後の仕上げへと入る。

 

「オオセルザンコウ!? どうして二人はそれぞれ持ち場を変えたのですか!?」

「わからん!? 全然わからん!」

 

 セルシコウの疑問にオオセルザンコウも答える事が出来ない。

 それもそのはず、意味なんて特にない。もちろんそれで味が変わるわけでもない。

 ただ、そのパフォーマンスは見物客達の目をさらに釘付けにしていた。

 タコ焼きへスイッチしたエミリはピックの先端を器用に使ってパックへタコ焼きを並べると、ソースを塗って青のりを振り、最後にカツオ節をかけた。

 一方の焼きそばへスイッチしたサオリはゴマ油を回しかけて、ヘラを使ってかき混ぜ全体に馴染ませる。

 紅しょうがを乗せて刻みネギを散らしたそれをパックへと移して完成だ。

 

「ミックスタコ焼き」

「中華風焼きそば」

「「いかがかしら?」」

 

―おぉおおおおおおおおお!

 

 二つの出来上がったパックを手にポーズを決めるサオリとエミリに観客達の歓声と拍手が沸いた。

 

「ミックスタコ焼き一つ!」

「こっちは中華風焼きそばを下さい!」

 

 歓声と共に早速注文まで入り始めた。

 

「し、しまった!? 先手を取られたか!?」

 

 オオセルザンコウはここに至って出遅れてしまった事を悟る。

 グルメキャッスル側も遅れて調理へと入った。

 だが、流れは完全に『cocosuki』側だ。

 サオリとエミリのパフォーマンスに引き寄せられた人々は、とある人を目にする事になる。

 そう。

 青龍神社神主、セイリュウその人だ。

 セイリュウは自分に注目が集まっている事を悟ると、電動カキ氷機へ氷をセット。

 スイッチを入れるとすぐさま純白の氷が器に盛られる。

 

「そして、ここで……ドラゴンフォール!」

 

 セイリュウは器に盛られた氷に青色をしたシロップをたっぷりとかける。

 いわゆるブルーハワイだ。

 だがそれだけでは終わらない。

 白の練乳でマーブル模様を描いていくではないか。

 白と青のマーブル模様はまるで真っ白な氷山を駆け上がる青い龍のように見え……なくもない。

 

「セイリュウ特製カキ氷、ブルードラゴンも美味しいですよ」

 

 まさか祭りの主役がこんなところでカキ氷を作っているとは。

 しかもブルードラゴンって何だ。ただのブルーハワイと練乳の相がけじゃないか。

 色々なツッコミが浮かんでくるが、祭りの雰囲気はそれらを押し流した。

 

「セイリュウ様! ブルードラゴン一つ!」

「なんかご利益ありそう! 私も!」

 

 こちらにも早速人だかりが出来始めているではないか。

 もちろん、ただのカキ氷なのでご利益も何もないのだが客がそう思う分には自由だ。

 さらに『cocosuki』の屋台へと人が集まっていく。

 それにしてもこの人の流れはおかしい。

 いくらサオリとエミリのパフォーマンス、それにセイリュウの存在があるとしても『cocosuki』屋台への流れが止まらない。

 もちろん、その流れには理由がある。

 その仕掛け人こそ、和香教授だった。

 

「やあ、浴衣のステキなお嬢さん。こちらに面白い屋台があるんだけれど見ていかないかい?」

「は……、はい」

 

 なんと和香教授は片っ端から女性客をナンパして回っていた。

 料理では和香教授は戦力外どころかマイナスだろう。けれども、客引きという点では優秀だった。

 彼女の纏う妖艶な雰囲気は耐性のない者には効果てきめんである。

 

「おおっと。今日は暑いからね。そんなに汗をかいて可哀そうに。こちらの屋台でカキ氷も売っているよ。一緒に行こうか」

「は、はい」

 

 もう入れ食い状態で次々と女性客を『cocosuki』屋台へと誘導して人の流れを作っていく。

 ある者はサオリ達のパフォーマンスを眺め、ある者は注文していく。

 そうなると人だかりが気になった人が寄って来る。

 人が人を呼びさらに人だかりが膨らんでいく。

 もう流れは止められそうにない。

 

「ふふ。和香ちゃんも頑張ってくれてる事だし私も張り切っちゃおうかしら」

 

 さて、その人だかりを掴んで離さない最後のメニューがあった。

 それが春香の出すメニューだ。

 それを見たともえが驚愕の声をあげる。

 

「ふ、袋ラーメンッ!?!?」

 

 春香が用意していたのはスーパーなどで普通に買える袋ラーメンであった。

 いくらお祭りとはいえ、そんなものが売れるのか。

 だが、そこは春香である。

 ただの袋ラーメンをそのまま出すわけがなかった。

 まず残る四口のガスコンロは全て春香が使っている。

 最初の一つには寸胴で出汁スープが煮込まれていた。ただし、それは普通の昆布と煮干しの合わせ出汁のようである。

 なるほど、この出汁を使って付属の粉末スープを溶かす事でダブルスープ方式というわけか。

 ただ、それだけでは弱い。なんせ袋ラーメンには具材がつかない。

 いくらダブルスープで味に奥行きを出しても具なしのラーメンはいかにも貧相だ。

 そこで春香は残るガスコンロで既に切り分けられた焼きそば用の具材を使い野菜炒めを作り始める。

 ゴマ油をしいたフライパンからさらに強く香ばしい香りが漂う。

 これで香味油の役割までも持たせようというわけか。

 

「ふふ。まだまだよ」

 

 春香は寸胴で煮込まれている出汁にあるものを投入した。

 それは薄茶色をした氷のように見える。

 

「あ、あれはまさか……!?」

「し、知っているの!? 萌絵お姉ちゃん……!?」

 

 どうやら萌絵にはそれに心当たりがあるらしい。

 

「あれはエノキ氷だよ」

 

 それはエノキタケというキノコをミキサーで砕いて煮込んだ後に凍らせた代物だ。

 

「エノキを氷状にする事で出汁効果を引き出すの。あれを加える事によってさらに味に奥行きが出るんだよ」

「しかもエノキはクセが少ない分、色んな料理に合います。もちろんラーメンにも」

 

 萌絵の解説をかばんが引き継ぐ。

 エノキタケはスーパーでも簡単に買えるお手軽安価な食材だ。まさかそれにこんな使い道があるとは。

 だが、スープへの工夫はまだ終わらないらしい。

 エノキ氷を加えた出汁に付属の粉末を溶かして出来たスープに対してさらにもうひと手間。

 今度は春香はティーパックのようなものを出来上がったスープに浸すと電子レンジに入れてひと煮立ちさせる。

 

「……!? スープの匂いが変わりました……!」

 

 今度はイエイヌ自慢の鼻がその工夫の正体に感づく。

 

「アレはかつお節の匂いです……!」

 

 出汁だけではない、パンチの効いたカツオ節の香り。

 それの元は先程春香がスープに浸したティーパックのような物にあった。

 

「そうよ。このこし布の中には砕いたかつお節が入っているの。これでさらに口に入れた時にかつお節の香味が広がるのよ」

 

 そして、出来上がったスープに戻した袋麺を湯切りして、具材として野菜炒めを乗せて完成である。

 

「ご家庭でも出来る本格野菜たっぷりラーメン。希望者にはレシピカードもお付けしますよー」

 

 まさかこれは……。

 横目で見ていたかばんもピクリと反応していた。

 そう。

 このラーメンの主なターゲット層は主婦の皆様なのだ!

 お子さん達に野菜を沢山食べて欲しいという願いはどこの家庭でもあるらしい。

 目論見通り親子連れでやって来た人達には大好評なようで袋ラーメンだというのに次々と売れて行く。

 何ならご家庭の台所を預かるかばんや萌絵やルリも食べてみたそうにしていた。

 

「くっ!? このままではまずい……!?」

 

 完全に流れは『cocosuki』側だ。

 オオセルザンコウも焦りはするが、さりとて『cocosuki』の刺客達が繰り出して来た戦術を跳ね返せるだけの案が思いつかない。

 序盤戦は『cocosuki』側……いや、母親達が実力を見せつけて圧倒するのだった。

 

 

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 日も暮れてすっかり暗くなる。

 屋台街にも明かりが灯って最後の追い込みだ。

 明日まで持ち越せない在庫を値下げして何とかさばき切ろうと各屋台呼び込みに精を出していた。

 そんな中で悠々と店仕舞いしていたのは『cocosuki』と菓匠『若葉』である。

 商店街代表の『グルメキャッスル』も健闘はしていた。

 なにせ、味はいいのだ。

 決して売れていないわけではなかった。

 だけれども、初日の勝敗は中間発表を見る間でもない。完敗である。

 

「すまない……。みんな。完全に戦術を読み違えた」

 

 オオセルザンコウがガクリと肩を落とす。

 だが彼女を責められる者はいない。『cocosuki』が繰り出して来た刺客達が完全に予想外だったし、お祭りという戦場を活かした戦いを仕掛けて来たのも予想外だった。

 ともえ達も呼び込みをしたり、何とか巻き返しを図ったものの、成果は芳しいものではなかった。

 

「ねえ……マセルカ達このまま負けちゃうのかな」

 

 おそらくこの流れは明日以降も続くだろう。

 何か対策を考えなくてはマセルカの言う通りになってしまう。

 

「どうすればいい……? 味をさらに追及してみるか? いや、これ以上にインパクトのある味となると……」

 

 オオセルザンコウの頭には何も思いつかなかった。

 普段は司令塔としての役割を担う彼女であるのに。

 何かを思いつかなくては……。

 そう焦れば焦る程に頭の中が真っ白になっていく。

 

「ねえ」

 

 その時だった。

 ともえが声をあげた。

 

「作戦、あるよ。みんなの協力が必要だけど」

 

 一体どんな作戦なんだろう、とオオセルザンコウは顔だけをともえに向ける。

 

「彼女は大体突拍子もない事を思いつきますが、それが不思議と正解だったりします。戦った事のある私が保証しましょう」

 

 セルシコウに肩を叩かれたオオセルザンコウは、聞くだけ聞いてみようという気になった。

 

「じゃあ、作戦を説明するね」

 

 全員が円陣を組んでともえのヒソヒソ話に聞き入る。

 それを聞いた一同は

 

「「「「「「ええぇえええええぇえええ!?」」」」」

 

 と戸惑いの声をあげた。

 

「でも、やれそうじゃない?」

 

 そう言ってともえはニヤリと自信に満ちた笑みを見せる。

 

「むしろ、これだけのメンバーが集まってるんだもん。やれないはずがないよ」

 

 この場にはオオセルザンコウ達セルリアンフレンズ三人組の他にチームクロスハート、博士と助手は受験勉強でいないがクロスシンフォニーチーム、それにクロスジュエルチームが勢揃いしているのだ。

 根拠なんてないがこのメンバーなら何だってやれそうな気がしてくる。

 

「そうだな。ともえ。キミの言う通りだ」

 

 疲れ切っていたオオセルザンコウの瞳にも輝きが戻った。

 

「ようし! 明日は反撃開始といこうじゃないか!」

「「「「「「おぉー!」」」」」」

 

 やられっぱなしの『グルメキャッスル』ではない。

 反撃の狼煙があがろうとしていた。

 

 

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 翌朝。

 青龍神社夏祭り二日目となる今日が本祭開始である。

 今日は本殿での奉納神楽舞いや目玉イベントの一つ『昇龍走』がある。

 

「ねえねえ、アオイちゃん。『昇龍走』を知らないお客さんも多いだろうから説明してあげてくれない?」

 

 昨日に引き続き、屋台街近くに設置された特設ステージにはコイちゃんとアオイのペアが立っていた。

 

「はい。『昇龍走』とは青龍神社の長い階段を駆け上がる神事です。希望者がこの麓からスタートして頂の本殿まで誰が一番にゴール出来るかを競います」

「へぇー。じゃあ、一番にゴールすると何かいい事があるの?」

「はい。一番にゴールした人の家は五穀豊穣、商売繁盛、子孫繁栄が約束されるといいます」

「わぁ。それは凄いね。コイちゃんも走っちゃおうかなぁ」

「まぁ私が言うのも何ですが、一番を取ったとしてもご利益にあぐらをかいて努力を怠ってはいけませんよ。幸運とは常に努力の先にこそあるのです」

「アオイちゃん、セイリュウ様に似て来たねぇ」

 

 今日も特設ステージの二人は絶好調のようだ。二人の掛け合いに時折笑いが起こったりしていた。

 

「でもさぁ。なんで『昇龍走』なの?」

「それは階段を駆け上がる一団が天に昇る龍のように見える事からですね。階段を一番に駆け上がった者が龍になるという言い伝えもある神事です」

「そっか。鯉の滝登りを階段でやっちゃおうっていうわけだ」

 

 その説明を聞きながらオオセルザンコウは考える。

 今日の『昇龍走』も逆転の一手として狙っている。ただ、果たして狙い通りにここでの勝利をものに出来るかどうかだが……。

 

「ちなみに、参加者の方は全員このヘルメットと肘当て、膝当てのプロテクターを身に着けて下さいね。怪我の対策は入念に、です」

 

 言いつつ舞台上のアオイがコイちゃんにヘルメットとプロテクターを着けていく。

 やはり階段で行う競争だ。

 念には念を、という事なのだろう。

 

「それでは皆さん、今日もお祭りを楽しんで行って下さいね」

 

 今日もアオイの開会宣言とともに青龍神社夏祭りの二日目がスタートした。

 

「よし……!ならば作戦第一段階だ……!ルリ、アムールトラ。準備はいいか?」

 

 オオセルザンコウが振り返った先、ルリとアムールトラの表情は何とも言えない微妙なものだった。

 

「作戦はわかるんだけど……。ちょっと恥ずかしいっていうか何ていうか……」

「今さらなんやけど……ホンマにこんなんで上手くいくん?」

 

 そうして戸惑うルリとアムールトラにともえは自信たっぷりに言い放った。

 

「もっちろん! むしろ二人にしか出来ない事だよ! 頑張って!」

 

 ここまで頼りにされてはやらないわけにはいかない。

 ルリとアムールトラは意を決した。

 一方の『cocosuki』も早速動きはじめる。

 

「さて、じゃあ今日も呼び込みをしてくるよ」

 

 和香教授が昨日と同じように女性客をナンパ……もとい呼び込みを開始しようとしていた。

 そこに立ち塞がったのがルリとアムールトラの二人である。

 

「(ほほう? 止める気かな? この私を)」

 

 和香教授は目を細める。

 さて、どんな手段を講じるつもりなのか。まさか直接戦闘を仕掛けてくる事はあるまいが……。

 そう思って二人の様子を観察する。

 なんだろう……。

 二人は決意というよりは何か逡巡するような表情になっていた。

 これは、恥ずかしがっているだとかモジモジしているしているという表現が合っているように思える。

 そんな調子で一体何をするつもりなのか。

 そう思っているとルリがてけてけと近づいて来た。

 上目遣いで和香教授を見上げて言う。

 

「あ、あの……! お母さん! 一緒に屋台周りたいな!」

 

 ルリの取った行動が予想外で和香教授は一瞬反応が遅れた。

 その一瞬に和香教授は腕をとられる。

 

「母さんこっちこっち。こっちの屋台がオススメやでー。屋台『グルメキャッスル』のホットドッグ!」

 

 そのままアムールトラは和香教授を引っ張って行く。

 今度は逆の腕をルリが取る。両手に花状態だ。

 されるがままだった和香教授もさすがにこれは相手の術中だと気が付く。

 ルリとアムールトラの二人で和香教授の客引きを妨害しようというのだ。

 思わず手を振り払おうとした和香教授だが、そんな事を出来るはずがない。今、彼女の手を取っているのは大切な二人の娘達なのだから。

 

「(くっ!? 謀られたか!?)」

 

 それが分かっても和香教授はその罠を抜け出す事が出来ない。いや、逃れようと試みる事もしたくなかった。

 

「ほらほら、席も取っといたわよー」

「ここのベンチ使ってね」

 

 さらに準備がいい事に、浴衣姿のカラカルと菜々がベンチを確保していた。

 もっとも、菜々の方はキツネのお面で顔を隠していたが。

 

「たまには娘孝行でもしなさいな。和香」

「逆じゃないかな!? それ!?」

 

 カラカルにツッコミを入れている間に和香教授はベンチに座ってしまっていた。

 

「はい、お母さん。ヨーグルトソース味。私が萌絵さんと一緒に試作したんだよ。はい、あーん」

「ウチはどれもよかったんやけど、オーソドックスなトマトソースがオススメやで。はい、あーん」

 

 両側からの「はい、あーん」攻撃だ。

 腕には娘達の体温が伝わって来る。

 この二人以外だったら和香教授は苦もなくあしらえただろう。

 けれどこれは和香教授にだけ効く和香教授専用の罠だ。

 

「(よし……。諦めるか!)」

 

 和香教授はやたらといい笑顔で観念すると、娘達二人とイチャつきながらホットドッグを味わう事にした。

 

 

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 一方こちらでも反撃の狼煙が上がり始めた。

 それは対決とは全く関係ないはずのお祭り屋台での出来事である。

 

「はーい、よってらっしゃい見てらっしゃい。なんとなんと楽しい楽しいふわふわワタアメだよー」

 

 何故かその屋台の呼び込みをしているのがフェネックであった。

 

「ふっふっふ、見ているがいいのだ! ふわふわワタアメを作っちゃうのだー! おりゃりゃりゃりゃー!!」

 

 しかも何故かその屋台でワタアメを作っているのがアライさんである。

 アライさんの勢いになんだかんだで通行人も足を止めて見物を始めた。

 そこを逃さず、フェネックがこんな声を張り上げる。

 

「なんとなんと、今ならワタアメ自分で作れちゃうよー。この割りばし一本で大きくし放題。みんなはアライさんより大きなワタアメ作れるかなー?」

 

 これには親子連れの見物客達のうち、子供の方が興味をしめした。

 早速「やってみたい!」とねだる子供達が出始める。

 

「さあー! アライさんに挑戦する猛者は手をあげるがいいのだー!」

 

 アライさんが元気に両手を天に突き上げると、それに釣られたように子供達が手をあげていた。

 

「はーい。一回200円だよー」

 

 ちゃっかりフェネックがお代の回収と共に子供達に割りばしを配る。

 割りばしを受け取った子供達は早速アライさんの元に集まった。

 

「みんなー。よく見ているのだ! こーんな感じでこのワタアメ機の中で割りばしを動かしてワタアメを捕まえていくのだ。そうするとドンドン大きくなっていくのだ!」

 

 ワタアメは決して難しいものではない。

 ザラメ糖を溶かして、それを細かな穴のついた容器に入れた後に回転させることで、遠心力で紐状になった砂糖を作り出す。

 それを割りばしにくっつけるだけなのだ。

 ただ、これがやってみると意外と面白い。

 自分達にも出来るとわかった様子見の子供達も次々に輪に加わっていく。

 

「みんなで仲良く順番にワタアメをおっきくしていくのだ。そうそう、そんな感じで割りばしをくるくるさせてるだけでもワタアメはどんどん大きくなっていくのだ」

 

 いつしかワタアメ機に群がる子供達にアライさんが作り方を教えるという構図が出来上がる。

 自分のワタアメを作り終えた子供達はアライさんとフェネックにお礼を言って親達の元へと戻って行った。

 

「はい。みんなー。『グルメキャッスル』のホットドッグも美味しいから食べに来てねー」

「そうなのだ! 『グルメキャッスル』のホットドッグもよろしくなのだ!」

 

 そんな子供達を見送る際に二人は必ず『グルメキャッスル』を宣伝する。

 そうすると、子供達もその親達も何となくではあるが『グルメキャッスル』に興味を持ち始めた。

 それに、この屋台で楽しい思いをさせてくれたフェネックとアライさんは、どうやらそこの屋台の人らしい。

 お返し代わりにちょっと覗いてみてもいいか。

 そんな流れは最初小さな物だったが、徐々に徐々に『グルメキャッスル』へ人の流れが出来ていく。

 そんな情勢の変化にユキヒョウの母サオリは目ざとく気が付いた。

 これにはきっと仕掛け人がいる、と。

 

「なるほど。やるわね、ユキヒョウちゃん」

 

 その仕掛け人こそがユキヒョウである。

 昨日、菓匠『若葉』の鈴カステラに押されてあまり売り上げの上がらなかったワタアメ屋さんに提携を持ち掛けたのだ。

 とお祭り受けしそうな販売方法を教えるかわりに『グルメキャッスル』の宣伝をしてもらう。

 そうすることでお互いに利益があるというわけである。

 アライさんとフェネックが上手く盛り上げてくれているおかげもあって、昨日よりも大幅に売り上げアップした本来の屋台店主も嬉しそうだ。

 

「『グルメキャッスル』もよろしくな!」

 

 と自ら宣伝したりもしている。

 思っていた以上に手強くなっていた自らの娘にサオリは満足気な笑みを浮かべた。

 

 

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 こちらはエゾオオカミである。

 彼女も彼女で、実はこの祭りの場は本領発揮の舞台でもあった。

 もちろん屋台で料理をするのが本領ではない。むしろ料理はあまり得意な方ではなかったりする。

 いま、エゾオオカミはもう一つの顔、『木の実探偵』として存分に腕を振るっていた。

 

「お母さん!」

「もう、どこに行っていたの!?」

 

 多くの見物客で混雑するお祭り会場ではこうした迷子が出る事も珍しくない。

 いま、ようやく母親の元に戻った女の子はこう言った。

 

「あのね。オオカミのお姉ちゃんがお母さんを見つけてくれたの」

 

 その迷子を母親の元に返した人物こそ、『木の実探偵』エゾオオカミである。

 彼女は探し物が得意だ。

 たとえお祭りでごった返す人の中でも目的の人物を見つけられる程に。

 そうして娘を連れてきてくれたエゾオオカミに母親は深く感謝していた。

 娘を無事に連れて来てくれた事もそうなのだが、迷子センターなどに預けられて呼び出し放送をされるというのは実を言うと結構恥ずかしいものだ。

 そうならずに済んだ事にも感謝しっぱなしである。

 

「まあ……その……。俺、今日は『グルメキャッスル』って屋台で働いてるからよかったら来てくれ」

 

 今日は報酬の木の実はいただかない。

 代わりに『グルメキャッスル』の宣伝をしてから一礼するとエゾオオカミは祭りの雑踏に消えていった。

 そうされると親子としてはその屋台が気になって仕方がない。

 

「後でオオカミのお姉さんにお礼を言いに行こうか」

「うん!」

 

 こんな調子で小さいながらも着実に客を掴んでいくエゾオオカミ。

 ある時は友人とはぐれた誰かを見つけ、またある時は落としてしまった携帯電話を見つける。

 そうして事件を解決しては『グルメキャッスル』の名前だけを残して去っていくのだ。

 今日の『木の実探偵』は『グルメキャッスル』の広告塔となっていた。

 

 

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 さて、屋台『グルメキャッスル』の前は昨日よりも盛況だ。

 その理由はといえば……。

 

「マセルカちゃん! 来たよー!」

 

 色鳥東中学校、水泳部の面々やクラスメイト達がやって来ていたからだ。

 昨日ダメ元で電話してみたら二つ返事でOKして食べに来てくれた。

 それどころか、連絡網で拡散までしてくれたらしい。

 謎の美少女転校生マセルカ。その手料理が食べられるとあって集まった男子生徒の数だって少なくない。

 

「ほんとだー! ほんとにセルシコウ先輩がお料理してるー!」

「強くて勉強も出来てしかも料理まで……!?完璧じゃないか……!?」

 

 そしてそのうちの半分くらいはセルシコウファンでもあるようだ。

 

「なるほど、持つべきものは友人、というわけか」

 

 調理の手を休める事なくオオセルザンコウは苦笑する。

 今さらながらに、自分も学校に通っておけばよかったか、などと思ってしまったのだ。

 こうして沢山の友人に囲まれるのは羨ましくもある。

 けれど、今は『グルメキャッスル』の勝利だ。

 

「ここまでの手応えは昨日よりもずっといい……。けれども、ここまでやってもまだ巻き返しきれてはいないだろう……」

 

 オオセルザンコウの見立てではまだ昨日許した『cocosuki』のリードに追いついていない。

 

「ならば……やはり『昇龍走』が今日の鍵を握るか……!」

 

 『昇龍走』で一番を取った人物は注目を集める。

 そこで勝利を納めて『グルメキャッスル』の宣伝をする。

 そうする事で、一気に流れを取り返すつもりなのだ。

 しかし、それに出場するのはオオセルザンコウではない。もちろん、マセルカやセルシコウでもない。

 

「頼むぞ、ともえ……」

 

 オオセルザンコウは一連の作戦を発案し、『昇龍走』へ出場しようとしているともえに祈りを送るのだった。

 『昇龍走』はもう間もなくスタートしようとしている…………。

 

 

 

―後編へ続く

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