いよいよ始まる青龍神社夏祭り。
そこで商店街に対してライバルのショッピングモール『cocosuki』から挑戦状が届く。
夏祭りの屋台でどちらの代表がより多くの売り上げをあげられるのか勝負しようというのだ。
商店街代表はセルリアンフレンズ三人組率いる屋台『グルメキャッスル』である。
ともえ達も交えてメニュー開発に勤しむ『グルメキャッスル』は快心作ともいうべきホットドッグを完成させる。
ところがその前に立ちはだかった刺客は意外な人物であった。
春香達が率いるお母さんチームがなんと『ccoosuki』側の代表として現れたのだ。
苦戦しながらも何とか勝利をもぎ取った『グルメキャッスル』の一同。
そして、青龍神社神主のセイリュウはともえ達をお泊り会に誘う。
どうやらセルリアンの事を知っているらしいセイリュウは一体どんな考えがあるというのか……。
「はぁ……はぁ……」
「大丈夫? お姉ちゃん?」
青龍神社へと続く大階段。
そこを登るのは息も絶え絶えの遠坂萌絵とそれを心配そうに眺めるともえの二人だ。
「なんでしたら、わたしが背中に負ぶったりしましょうか?」
「いっその事、ラモリケンタウロスを呼び出すとかナ」
さらにその後ろからイエイヌに抱えられたラモリさんが続く。
「だ、大丈夫! 荷物を全部ともえちゃんとイエイヌちゃんが持ってくれてるんだもん。このくらいでヘコたれたりできないよ! お姉ちゃんだし!」
無理やりにでも元気を出して見せる萌絵である。
青龍神社夏祭りから一夜明けて、ともえ達は青龍神社神主のセイリュウからお泊りの招待を受けていた。
一応の保護者としてラモリさんも同伴である。
そして、青龍神社へ続く長い階段を登り始めたのはいいものの、運動が苦手な萌絵はあっという間に息切れしてしまった。
「ほんと、こんな階段を走って登ったとか、凄すぎるよ……」
逆に運動が得意なともえは青龍神社夏祭りのイベントでこの階段を駆け上がったのだ。
今も萌絵の荷物をイエイヌと手分けして持ってくれて涼しい顔をして階段を登っている。
「じゃあ、お姉ちゃん。手を出して」
ともえは萌絵の手をとると、その手を引きながら階段を登り始めた。
「じゃあじゃあ、わたしは背中から」
さらに萌絵の背中をイエイヌが押し始める。
前から引っ張られ、後ろから押されて大分楽だ。
「二人ともありがとうね」
妹二人に押されたり引っ張られたりで萌絵は階段を登る。
長い階段も、そうしていたら楽しくてあっという間だった。
さて、階段を登り切ると境内では何だかとても小さな女の子が待っていた。
真っ白な毛並みを持つトラのフレンズである。
彼女とは陸上部の地区大会で会っていた。
守護けものビャッコの血を引く白虎シロである。
「みんなご苦労だったのだ! 長い階段はさぞ疲れたであろう!」
えっへん、と腰に手をあて仁王立ちで出迎えてくれた。
「夏祭りでは大活躍だったなぁ! シロもな『グルメキャッスル』のホットドッグ食べたのだ! 一番のお気に入りは何と言ってもトマトソースなのだ!」
さっそく階段を登って来た三人と一機にまとわりつく。
「久しぶりだね。シロちゃん。この前の陸上大会ではありがとうね」
萌絵がそんなシロの頭を撫でる。
ただ、それにはシロが不思議そうな顔をした。
「うむむ? 陸上大会……。ああ、一緒に応援したのだ。あれれ? でもジャパリ女子の応援団長って……あれ? あれれ?」
陸上大会の際、ともえと萌絵が入れ替わって萌絵が応援団長を務め、その間にともえは会場に現れたセルリアンを退治していたのだ。
シロはその時にともえと入れ替わった萌絵に会っていたのだが、今日は二人の雰囲気が全然違って混乱していた。
「あー!? ええと、ほら、セイリュウ様も待っているだろうから案内お願いしていいかな!?」
ともえが慌てて誤魔化すように言う。
あの陸上大会の日、ともえと萌絵が入れ替わっていたのはシロには内緒なのだ。
「そうだな! 冷たい麦茶も用意しているのだ! ホワイトタイガーとアオイがな!」
再びえっへんと胸を張るシロである。
そこは胸を張るところではないような気がしたけれど、藪を突いて蛇を出す事もあるまい。
ともえと萌絵とイエイヌの三人は顔を見合わせて何とも言えない曖昧な笑みを浮かべた。
元気なシロに先導されて社務所へと向かう。
色鳥町どころか、県内でも青龍神社は有数の大きな神社だ。
その社務所だけでも大きい。
玄関をくぐって客間へと通されると、そこは絨毯敷きでソファーが置かれていた。
律儀に立って待っていたアオイとホワイトタイガーが一礼し、コイちゃんはマイペースにソファーに座ったまま手をひらひらと振って見せた。
「ともえ先輩、萌絵先輩、イエイヌ先輩。今日は来てくれてありがとうございます。まずはお茶を用意していましたのでどうぞ寛いで下さい」
アオイに促され、萌絵は早速ソファーへ沈み込んだ。
テーブルに用意されたグラスには氷の浮いた麦茶が既に用意されている。
透明なグラスに注がれた麦茶は大階段を登って来た三人にはひどく魅力的に見えていた。
まさに砂漠で出会ったオアシスだ。
三人とも全く同じ動きでグラスを持ち上げると中身を一気に飲み干してしまった。
「行儀悪いゾ」
とラモリさんがたしなめるけれど、アオイはと言えば微笑んだままだ。
「もう一杯いかがですか?」
今度はホワイトタイガーがおかわりを勧めてくれる。
せっかくなのでもう一杯。
おかわりを再び飲み干す三人を見てアオイは内心喜んでいた。
「(今日はともえ先輩が! ともえ先輩がウチにお泊りとか!? お母様ありがとぉおおおお!)」
実はアオイはともえやかばんには強い憧れを抱いていた。
それを表に出す事はないけれど、憧れの先輩と今日は一つ屋根の下だ。自然と頬が緩みそうになる。
二杯目の麦茶を飲み干したともえは、そのアオイに訊ねる。
「ねえ。今日は他にも誰か来るの?」
昨日、お祭り最後の花火でセイリュウは確かにセルリアンの事を話そうとしていた。
だとしたら自分達だけではなく、かばん達やルリ達にだって関係がある話だ。
けれど、この場にはともえと萌絵とイエイヌ、そしてラモリさんだけしかいない。
「ええ。実は、かばん先輩とルリちゃん達はちょっと用事があるとかで……」
どうやら今日この場に来たのはともえ達だけなのか、と思ったら玄関から「ごめんくださーい」と声がした。
「あ、はーい」
アオイはパタパタと出迎えに出た。
どうやら他にもお客さんはいるらしい。
程なくしてやって来たのは……。
「菜々さんとカラカルちゃん」
別な世界からやって来た二人であった。
菜々とカラカルの二人はともえ達にもヒラヒラと手を振ってみせる。
「実はまだアッチに戻る準備がもう少し掛かってね。それで観光がてらどこか行きたいんだけど……」
「迂闊に出歩くと奈々に迷惑を掛けるものね。お祭りの時みたいに菜々の顔を隠しても目立っちゃうし」
「そうそう。だからセイリュウさんが私達も誘ってくれたから、お呼ばれしてみたってわけ」
肩をすくめて見せる菜々に苦笑いのカラカルだ。
確かに、青龍神社は神社だけあって人目にも付きづらい。ずっと和香教授の家で閉じこもっているよりもいいだろう。
菜々とカラカルにもホワイトタイガーがお茶を出してくれて、二人もそれを飲み干した頃に巫女服姿のフレンズがやって来た。
そのフレンズは頭に特徴的なヒレを持っていて、顔立ちはコイちゃんそっくりだ。
「皆さん、準備が出来ました。本殿でセイリュウ様がお待ちです」
コイちゃんそっくりの巫女さんはそう言って一礼した。
きっと彼女がコイちゃんの母親なのだろう。コイちゃんの家系は代々青龍神社に仕える巫女なのだから。
それにしても、彼女を見ているとコイちゃんがきっと将来美人になるだろう事が予想出来る。
つい昨日、各美人さんな母親達と激闘を繰り広げたばかりだというのに、まだこんな綺麗なお母さんが残っていたかと驚きのともえ達だった。
ともあれ、彼女の案内についていこうと、ともえと萌絵とイエイヌとラモリさん、それに菜々とカラカルが席を立つ。
けれども、アオイ達はソファーに座ったままだった。
「お母様がお呼びしたのはともえ先輩達だけですから」
やはり、それはセイリュウがセルリアンに関する話をするつもりだからなのか。
「ともえちゃん、後で一緒に遊ぼうねー」
「シロも! シロも遊ぶのだ!」
「もう、コイちゃん姉さんもシロちゃんも。遊ぶのは今日の宿題終わらせてからですよ」
「はい。それが終わったら遊んでも大丈夫ですから」
そうやって賑やかに見送られる。
ともえ達も今日やる分の夏休みの宿題は持って来ていた。
後でみんなで勉強するのも楽しいかもしれない。
そう思いながら本殿へと向かうのだった。
の の の の の の の の の の の の の の
「ひっま~♪ ひまひま~♪」
公園で一人、マセルカは暇を持て余していた。自作の『暇な時の歌』を歌うくらいに。
今日は朝からオオセルザンコウが『グルメキャッスル』の新店舗を下見に行っていた。
セルシコウも一緒に付いて行くと言ったものの、「今日くらいゆっくり休め」と返されてしまった。
というわけで、今日は休みである。
セルシコウは浮かない顔で何かを考え込んでいるし、ハクトウワシは今日もお仕事だし、一人暇になったマセルカはこうして公園までやって来た。
目の前には小川がある。
近くを流れる色鳥川から分流を引き込んで作った人工の小川だ。
ちょうど夏も真っ盛りの今日は親子連れが水遊びを楽しんでいる。
そして、そこはマセルカがクロスシンフォニーと戦った場所でもある。
マセルカは何をするでもなく、ぼんやりと親子連れが遊ぶ平和な光景を眺めていた。
「ちょっと暑いかなぁ」
真夏の太陽は何をするでもないマセルカにも容赦なく照りつける。
特に頭が熱い。
帽子くらい借りてくればよかったと思わなくもないが、今から取りに戻るのだって面倒だ。
そうだ。いっその事水の中に飛び込んでしまうのはどうだろう。
そう思っていると、ふわり、と急に頭が涼しくなった気がした。
気が付くと、頭に何か乗っている。
それが帽子であると気が付くのに一瞬の間を擁した。
そして……。
「こんにちわ。マセルカさん」
「マセルカー、昨日ぶりー!」
マセルカの右隣にはかばんが座って左隣にはサーバルが座っていた。
マセルカの頭に被せられたのはかばんの帽子だったらしい。
「ああ、えっと……今日は暑いですからあんまり日の当たるところにいると日射病になっちゃうかな、って」
そんな風に帽子を被せた理由を話すかばんだったが、マセルカが訊きたいのはそういう事ではない。
「二人とも、どうしたの?」
マセルカはかばんとサーバルに訊ねる。
まあ、この二人は仲良しだからお散歩がてらデートしてても不思議じゃないとマセルカは思っていたがどうやらそういう事でもないらしい。
何か言いづらそうにしているかばんに代わってサーバルが口を開いた。
「あのね、マセルカが元気なさそうだったから気になっちゃって」
そう言われてマセルカも思い返す。
そんなに自分は元気がなかっただろうか、と。
確かに自分は何かモヤモヤした気分を抱えていた。
それは昨日からだったような気がする。
そして多分それはセルシコウも似たようなもののはずだ。今朝見たセルシコウの浮かない顔を思い返すと、なるほど確かに元気なさそうと言われても不思議じゃない。
自分もどうやら昨日のお祭りの後からずっと似たような表情をしていてかばん達に心配を掛けてしまったようだ。
「元気ない……ってわけじゃないの。マセルカね。楽しかった。みんなとアルバイトしたり『グルメキャッスル』で働いたりするの」
「ええ。ボク達も楽しかったです」
ポツポツと話はじめたマセルカにかばんも頷く。
「もしかしたらこんな風にこれからも楽しい時間が続くんじゃないか、って思ってた」
けれども、それは違う。
やはりセルリアンフレンズとかばん達は敵同士なのだ。
また一緒に屋台をしたりアルバイトしたりするはずがない。
昨日、サオリの提案を受け入れて『グルメキャッスル』の店舗を借り受ける事を決めたオオセルザンコウの決断で、そう気付かされてしまった。
「そっか……。マセルカはオオセルザンコウが、まだ屋台の方の『グルメキャッスル』を続けてくれるんだって思ってたんだ……」
マセルカは話しているうちに昨日から抱えていたモヤモヤの正体に行き着いた。
その不満が分かるからこそ、オオセルザンコウは今日は一人でいる事を選んだのだろう。
そうして物思いに耽っていると、サーバルがマセルカの顔をヒョイと覗き込んで来た。
「私もね、マセルカ達と友達になれてすっごく嬉しい。だから、また戦う事になったりしたらヤだなぁ」
それはマセルカも同じ事を思っていた。
最初はセルスザクの仇だと思っていた仇敵クロスシンフォニーも実は全然違った。
この世界の輝きを保全して永遠の物にするという使命は変わらないけれど、それは戦いの先にしか成し得ない物なのか。
「マセルカね。今日、オオセルザンコウが帰ってきたらセルシコウと三人でちゃんとお話ししようと思う」
マセルカは自身に生まれたこの考えが正しいのかどうかわからない。
けれど、自分一人ではわからなくても仲間達と一緒に考えたらきっとそれも分かるかもしれないと思えた。
「はい。ボク達の話も聞きたくなったら呼んで下さいね」
「うん! 私も呼んでね! だってお友達だもん、絶対に行くよ!」
そう言ってくれるかばんとサーバルにマセルカも嬉しそうに頷いた。
三人だけで分からなくても、まだ一緒に考えられる仲間でもあり敵でもある何とも不思議な友人がいるのだ、と。
の の の の の の の の の の の の の の
青龍神社本殿へ案内されたともえと萌絵とイエイヌにラモリさん、それと菜々とカラカルの五人と一機。
彼女達を出迎えたのは青龍神社の主、セイリュウその人だった。
アオイと一緒の水色の髪をツインテールにして青色の長い龍の尻尾も娘とお揃いだ。
広い本堂に今はセイリュウが一人。用意された座布団に皆を促す。
「ようこそ。クロスハートの皆さん。そして異世界の戦士の方」
セイリュウは全員の着席を待ってそう切り出した。
セルリアンの事を知っているならクロスハートの事を知っていたって不思議じゃない。
なのでクロスハートと呼ばれた事も思ったほど驚きにはならずに済んだ。
セイリュウはともえ達が落ち着いているのを見て取ると満足そうに微笑み、そして深々と頭を下げた。
「まずはお礼を言わなくてはなりません。私達守護けものに代わってセルリアンと戦ってくれている事、感謝しております。守護けものの一人としても一人の母としても」
その物言いだと、本来セルリアンと戦うのはセイリュウの役目のように聞こえる。
だが、実際にセルリアンと戦って来たのはかばん達クロスシンフォニーだし、クロスハート達だ。
「実はセルリアンは少数ながら昔から存在しているのです。特に色鳥町は地脈が集まる場所でもあるのでセルリアンが発生しやすい土地柄でもありました」
「え……えっと……じゃあアタシ達……というかかばんちゃん達がセルリアンと戦う前ってどうしてたの?……じゃないや、どうしてたんですか?」
ともえは慣れない口調でぎこちないながらも訊ねる。
「当然、セルリアンと戦う者がいました。それは私達四神の一族やオイナリ校長の稲荷家、守護者の家柄である宝条家などの者がそうです」
聞き慣れた苗字が出て来てともえも萌絵もイエイヌも顔を見合わせた。
宝条。
和香教授の苗字でもあり、春香の旧姓でもある。
つまり……。
「ええ。私達の代だと春香さんと和香さんは私と一緒にセルリアン退治をした事がありますよ」
セイリュウはご名答、とばかりに微笑んで見せた。
春香からそんな事を聞いた覚えはなくて、ともえ達は揃って驚きに目を丸くしていた。
「もっとも、今のようにセルリアンが頻繁に現れたわけではありません。せいぜい1~2ヶ月に一回出れば多い方でした」
ならば、最近頻繁に現れるセルリアンはどいういう事なのだろう。
「そうですね。最近の場合は事情が違います。まず、一年前にセルスザクが放ったセルリアンの残党と宝条ルリさんが生み出したセルリウムの残りが少数ながらまだ存在します」
「あの……。少数だったらそんなにセルリアンも発生しないと思うんですが……」
萌絵が控えめに訊ねる。
確かに一時期ともえ達は毎日のようにセルリアンと戦っていた。
最近はセルリアンが現れる頻度も少なくなっているように思えるが、それでも週に一回くらいは戦っているんじゃないだろうか。
「それは、最近地脈が活発に活動している事と関係があります」
そういえば、ドクター遠坂が『観測史上類を見ない程にサンドスターの活動が活発になっている』と話していた事を思い出した。
そのおかげで彼の仕事は忙しくなってしまった。
「そうです。サンドスターは地脈から生み出されています」
それが活発になっているから、それを利用して生活している人々にも徐々に影響が出始めていた。
具体的には合成肉の値段が下がって来ているのだ。
この世界では肉は植物由来の成分をサンドスターで変換した合成肉が主流だ。
サンドスターが活発に活動している現在、その製造コストが下がって来ている。
だが、いい事ばかりではない。
サンドスター・ローも今までよりも多く観測されているし、天然のサンドスター・ローがセルリウムへと変化しているのだ。
「だからここ最近は例年になくセルリアンの発生頻度も高いのです」
ルリがセルリウムを生み出してしまう問題を解決したのに、セルリアンが相変わらず発生しているのはサンドスターの活動自体が活発になっている事も原因であったらしい。
「本来であれば、アオイやシロさんも守護けもの、四神の血を引く者としてセルリアンと戦わなくてはならないはずでした」
セイリュウはそう言うが、実際アオイはセルリアンの事は知らなかった。
という事はそうできない事情があったのだろうか。
「我々守護けものも代を重ねる毎に徐々に力を失っています。今でも四神としてこの地に在り続ける事で地脈の安定化は図れていますがセルリアンと戦う事が出来るかと言われれば心許ないというのが正直なところです」
先程も言ったように、最近のセルリアン出現率は物凄く高くなっている。
そんな渦中に我が子を投じる事はセイリュウにも難しかった。
「ところがあなた達が現れた。クロスハート、クロスナイト。あなた達には感謝してもし切れません。街を守ってくれた事、本当にありがとう」
そうしてセイリュウは再び深々と頭を下げた。
そんなにされると却って過剰な気がしてともえも萌絵もイエイヌもあわあわと慌てる。
こうして頭を下げ続けるのも困らせてしまうようだと悟ったセイリュウは居住まいを直してから続ける。
「今日こうして呼んだのは、あなた達の事を知っている大人もいると知っておいて欲しかったからです。そして力になりたい、と思ってもいます」
「あ、はい! あ、ありがとうございます!」
こんな風に大人の人に改まって言われるのは初めてでしどろもどろになりながらも、ともえはその言葉を嬉しく思った。
春香や父のドクター遠坂や和香教授などと同じように事情を知っている大人達が増えた事は心強い。
そして、知らないうちにアオイとシロの役に立てていた事も何だか嬉しかった。
「それと……クロスハート。そして異世界の戦士、クロスレインボー。あなた方に今日はお願いもあるのです」
再び居住まいを正して言うセイリュウに緊張感が蘇るともえ達。
果たしてセイリュウの頼みとは一体何なのか……。
の の の の の の の の の の の の の の
色鳥町駅前。
ここは色鳥町の玄関口とも言われている。
ここから仕事に出掛ける人や逆に仕事に来る人だっているし、観光に訪れる人も少なくない。
駅舎ビルは通勤客用の駐車場も整備されている他、テナント形式で様々な店舗も軒を連ねる。
そこには通勤客や駅前周辺のオフィスで働く人達をあてこんだ飲食店も少なくない。
「な、なあ、サオリさん。本当にこんな場所を借りてしまっていいのだろうか?」
「ええ。もちろんよ」
その駅舎ビル内のテナントがユキヒョウの母であるサオリの紹介する店舗であった。
人通りも多く、控え目に見ても一等地なのは疑いようもない。
さらに……。
「当面の運転資金も心配しなくていいわ。家賃から仕入れまでこちらで無期限の貸付にしてあるから」
どうやら条件まで破格らしい。
このチャンスを逃せば、これだけの好条件が揃った開店は望めないだろう。
なので、オオセルザンコウは決断した。
「わかった。これからも面倒をかけてしまうかもしれないがよろしくお願いするよ」
「ええ。私も『グルメキャッスル』で食事できるの楽しみにしてるもの」
言って二人は固く握手を交わす。
それから、二人して、厨房設備を見たり、ホールを見たりしてみる。
大型の業務用冷蔵庫もあれば、6口ものコンロとオーブンまである。
洗い場も広いし、これならセルシコウの腕を存分に振るう事が出来るだろう。
そして、サオリと一緒にカタログを見ながら内装に使うテーブルや椅子などにも目星をつけていく。
サオリの方でも色々とアドバイスをしてくれたので、次々と開店に向けての準備が決まっていった。
「それじゃあ、内装の発注を掛けるから、私は今日のところは失礼するわね。オオセルザンコウちゃんはどうするかしら?」
善は急げ。
サオリは内装の発注なども早速専門の業者へ依頼しようとしていた。
『グルメキャッスル』の腕は中々のものだ。きっと話題を呼ぶに違いない。だからサオリは一日も早く『グルメキャッスル』を開店したいと願っていた。
「私は少し、お店の中を見ても構わないだろうか」
対するオオセルザンコウは感傷にでもひたるような表情でそんな事を言う。
サオリは少し事を急ぎ過ぎただろうか、と反省である。きっと、オオセルザンコウも目標の一つを達成するのに何か思うところがあるのだろう。
そう考えたサオリは頷くと、テナントの鍵をオオセルザンコウに渡した。
「ええ。構わないわ。何か気になる事があればいつでも言ってね。私もあなた達の開く『グルメキャッスル』を楽しみにしているから」
「ああ。ありがとう」
オオセルザンコウの顔が少し寂し気に見えるのは気のせいだろうか。
けれど、内装も整ってお店が形になってくれば、きっと明るい表情も見られるだろう。
「なるべく進捗なんかも見てもらいたいからまた連絡するわ。今度はセルシコウちゃんやマセルカちゃんも一緒に内装工事を見ましょう」
そうしてサオリはオオセルザンコウを残して内装工事の業者を手配するべく先に戻って行った。
残されたのはオオセルザンコウのみである。
まだガランとした店内は彼女一人には広すぎる。
一人残されたオオセルザンコウは広いホールに懐から出した小さな石を置く。
それは小さな亀を象った像だった。
その像の前に片膝をついたオオセルザンコウは恭しく頭を下げるとこう言った。
「セルゲンブ様。橋頭保の準備が整いました」
すると、亀の像はキラリと目を光らせると言葉を発したではないか。
『よくやった。さすが我が眷属の中でも一番の知恵者オオセルザンコウだ』
その声の主こそ、セルリアンフレンズ三人組をこの世界へと送り込んだ張本人、異世界の四神が一人、セルゲンブである。
特に、オオセルザンコウはセルゲンブの腹心ともいうべき眷属だ。
『他の二人をまとめてよくぞここまで成し遂げた。あらためて礼を言おう』
「もったいないお言葉です」
オオセルザンコウはセルゲンブから託されたこの亀の像で情報を常にセルゲンブへと送っていた。
そして、この像にはもう一つ、重要な役割がある。
『そして今こそ、我、セルゲンブがそちらへと渡ろう』
亀の像にヒビが走り、まばゆい閃光と共に砕け散った。
そのまぶしさに一瞬オオセルザンコウはまぶたを閉じる。
その直後、片膝をついた彼女の目の前には足が見える。
「久しいな。オオセルザンコウ」
先程までのくぐもった像越しの声ではない、明瞭な声が頭の上からする。
この像はセルゲンブへと通信する為の端末としてだけでなく、来るべき時にセルゲンブをこちらの世界へと呼び寄せる役割を持っていた。
「一時はどうなる事かと思ったが、よくやったな」
セルゲンブはひざまづいたオオセルザンコウの肩に手を置く。
「この我、セルゲンブには秘策がある。この世界の“輝き”を永遠とする秘策がな。オオセルザンコウよ、貴様にはもうひと働きしてもらわねばならん」
こちらの世界へと顕現したセルゲンブの威容にオオセルザンコウは顔をあげる事が出来なかった。
そこにいるというだけでも圧倒的な存在感がプレッシャーとなって彼女を襲う。
オオセルザンコウの背中にはイヤな汗が浮かんでいた。
当然彼女の眷属であるオオセルザンコウにはセルゲンブの命令に逆らう事など出来ないし、するはずがない。
そう思っていた。
しかし……。
「おそれながらセルゲンブ様」
頭を下げたままのオオセルザンコウが言う。
「この世界の人々は良い者ばかりです。そして話が通じるだけの知性があります。どうか秘策を為される前に一度話してはいただけませんでしょうか? 穏便に事が済めば何より喜ばしいはず」
オオセルザンコウはセルゲンブの性格をよく知っている。
目的の為ならば手段を選ばぬ苛烈さも。
そのセルゲンブが自ら為す秘策はこれまでとは比べ物にならない程に過激な物となるだろう。
ほんの1ヶ月前であれば、それでいいと思っていた。
けれど、オオセルザンコウはハクトウワシをはじめとしたこの世界の人々と仲良くなった。仲良くなってしまった。
だから、オオセルザンコウにはセルゲンブにもこの世界の人々と触れ合って欲しいと願っていた。
きっと、自身が感じた暖かさをセルゲンブも分かってくれる。
そう信じていた。
だが……。
「くくく……。ははははは……」
セルゲンブは忍び笑いを漏らしていた。
一体何事かと顔をあげたオオセルザンコウはそこに快心の笑みを浮かべたセルゲンブの顔を見た。
「いやいやいや、こうも思い通りか。オオセルザンコウ。本当にお前は我の眷属として優秀だ」
ひとしきり笑った後、セルゲンブは膝を折り見上げるオオセルザンコウの顎をすくいあげ、その瞳をじぃと覗き込む。
「まず……。この世界の“輝き”は全て我らが女王の元で永遠とならねばならぬ。お主の願いは聞き入れられん」
「そんな……」
だとしたらセルゲンブは何が可笑しいというのか。自分がこちらの世界に対して情が移るのも計算のうちだったとでも言うのだろうか。
「その通りだ。オオセルザンコウよ、貴様にはこの“セルメダル”を使って貰わねばならぬ」
言いつつセルゲンブは一枚の“セルメダル”を取り出す。
それはオオセルザンコウが今までに見た事もないものだった。
通常の“セルメダル”は元となったセルリアンの姿が刻まれている。けれども今目の前にあるそれは真っ黒なのだ。
オオセルザンコウの本能はそれが危険な物だと告げていた。
「この“セルメダル”は少々特殊でな。使用者の負の感情を喰らって成長する強力なものだ。十二分に成長したなら、この世界全ての“輝き”を喰らう事も可能であろう」
しかし、この真っ黒な“セルメダル”はそれだけではない。
「まあ、強力過ぎて使用者も無事では済むまいがな」
やはりか、とオオセルザンコウは思う。
ただそこにあるだけだというのに、この真っ黒な“セルメダル”が放つ禍々しさはどうだ。
無事で済まないどころではない。おそらく生命の危機すらあり得る。
オオセルザンコウの本能はその“セルメダル”の使用を全力で拒否していた。
「なあに。別にお主でなくとも構わん。そうさな、セルシコウかマセルカのどちらかに頼むとするかな?」
セルゲンブの言にオオセルザンコウはハッとする。
セルゲンブがやると言ったならそれは必ず実行される。
セルリアンフレンズ一人の犠牲でこの世界の“輝き”全てを保全できるとなれば彼女がそれをしない理由がない。
けれど、ダメだ。
セルシコウもマセルカもオオセルザンコウにとって大切な仲間だ。
今日まで苦楽を共にしてきた。
どちらも犠牲になど出来ない。
「わかりました……。私がその“セルメダル”を使い、この世界の“輝き”を全て保全しましょう」
「そうかそうか。それでこそ我が愛しい眷属よ」
オオセルザンコウに選択肢はなかった。
彼女はセルゲンブから真っ黒な“セルメダル”を受け取る。
「あ……アクセプター……セットメダル」
オオセルザンコウの額の『石』にメダルを投入する為のスリットが現れる。
けれど、指が震える。
息も荒い。
ドクドク言う自分の胸の音がやけにうるさく思える。
そんなオオセルザンコウの手をセルゲンブが握った。
「さあ。我の為にその身を投げ出しておくれ。我が愛しの眷属よ」
セルゲンブの声はどこまでも優しく蠱惑的だった。
そのままセルゲンブはオオセルザンコウの手を『石』へと導く。
オオセルザンコウは首を横に振りたいけれど、それすら出来なかった。
やがて、真っ黒な“セルメダル”を持った自身の手がセルゲンブの手に導かれて『石』へと触れる。
そしてスリットへと禍々しい“セルメダル”が落ちた。
「……なんとも……ない?」
最初オオセルザンコウはそう思っていた。
だが……。
―ドクン
オオセルザンコウの胸が大きく脈打つと同時、全身が焼けるように熱くなってきた。
思わず、その場でうずくまり丸くなるが、それでも動悸は治まらない。
それどころか身を焦がすような熱さは激しさを増し、オオセルザンコウの耳には早鐘のように脈打つ自身の鼓動が響く。
「(ああ……。セルシコウとマセルカがこんな目に遭わずに済んでよかった)」
全身を焼くような苦しみに苛まれながらもオオセルザンコウの頭にはそんな考えが過った。
けれど……。
「我が愛しの眷属よ。貴様はいつからその二人と仲良しなのだ?」
頭の上からセルゲンブの声が降って来る。
いつから。
そんなのは決まっている。最初からだ。
ずっとずっと二人とは仲がよかった。
真面目ではあるけれど戦闘狂で強者を前にしたら我慢が出来ないセルシコウと、自由奔放で不真面目だけれども勘の鋭いマセルカ。
その二人とはずっとずっと仲がよかったはずだ。
「本当に?」
しつこく訊ねてくるセルゲンブにオオセルザンコウは何故そんな事を、と思わずにはいられなかった。
「ならば質問を変えよう。オオセルザンコウ。貴様は我らの世界でどうやって暮らしていた? 友人であるはずの二人とどういう会話を交わした? いつ会っていた? どんな思い出がある?」
オオセルザンコウはそれを思い出そうとして思い出せなかった。
何も浮かんで来なかったのだ。
一体全体これはどうした事だ。
そう焦っているとセルゲンブの声が続く。
「それはな……こういう事だ」
セルゲンブの手が優しくオオセルザンコウの額を撫でる。
熱くなった額にその手が心地よい。
その冷たさと共に一つの映像がオオセルザンコウの脳裏に滑り込んで来る。それもセルゲンブが持つ権能の一つなのだろう。
「な……」
それは雪と氷に閉ざされた大地だった。
黒く厚い雲がたちこめ、絶え間なく吹雪く雪はいつ止むのか見当もつかない。
「これこそ女王が全ての“輝き”を保全した我らが世界よ」
こんな雪と氷だけの世界がそうなのか。
オオセルザンコウはそう思ったが、それが真実なのだと頭のどこかで理解していた。
けれど、こんな雪と氷だけの世界でどうやって生き物が生きているというのだろうか。
「それはな……」
セルゲンブの声と共にオオセルザンコウが見ている映像が切り替わる。
それは厚い雪の下に埋もれたこれまた厚い氷の中の映像だ。
その氷の中に何かがいる。
「そんな……」
それは何人ものセルリアンフレンズだった。
誰もが一様に身体を丸め、まるで胎児のように氷の中で眠っている。
「彼女達はな、氷の中で眠り、女王が保全した“輝き”を再現した幸せな夢を見続ける」
雪と氷で全てが停まった世界。
それがオオセルザンコウのいた世界だった。
こちらの世界に来る前に学習していた事も、その“輝き”の再現だという事は理解していた。
しかしオオセルザンコウがセルシコウとマセルカの事を大切に思う気持ちは一体何だと言うのか。
その疑問に、セルゲンブが耳元に口を寄せて囁いた。
「それはな……。お前達三人をこの任に就ける時に我が見せた夢よ」
つまり、本当のオオセルザンコウ達はずっと眠っていて、元の世界で起こった事はただの夢だという事か。
ならば、三人の思い出にあった『グルメキャッスル』は。
誰もを虜にした究極の輝き、美食の殿堂は……。
「ああ。女王が保全した“輝き”の中にそういうものがあったかもしれぬな」
オオセルザンコウの頭がくらくらするのは、今身を蝕む黒い“セルメダル”のせいばかりではあるまい。
そういえば、セルスザクであったスザクと出会った時に彼女は何かを言いづらそうにしていた。
なるほど、確かにこんな話をされたところで、その真実に打ちのめされてどうなっていたかわからない。
あれは彼女なりの気遣いだったのか。
「光栄に思うがいい。これは世界を守護する守護けもの達にしか明かされぬ真実よ」
光栄かどうかで言えばそんな事はない。
けれど、オオセルザンコウにはわかる。
セルゲンブの言う事が真実であると。
しかしどうして幸せな夢を見せたままにしてくれなかったのか。
「言ったじゃろう? この“セルメダル”は使用者の負の感情を喰らって成長する、と。これの使用者になってくれるのではと期待しておったがそれ以上よ」
その言葉に今度こそオオセルザンコウは目の前が真っ暗になった。
それは気分的な問題ではない。
オオセルザンコウの身体が真っ黒な繭に包まれてしまったのだ。
それはオオセルザンコウに使用された真っ黒な“セルメダル”の影響なのだろう。
「ふむ。もう聞こえておらぬかな」
その真っ暗な繭を前にセルゲンブはしばし考え込む。
「この繭が孵った時こそ全ての“輝き”を喰らうセルリアン、『ヨルリアン』が誕生する時よ。そして……この世界も我が女王の元で“輝き”を永遠のものとするだろう」
オオセルザンコウを包み込んだ繭は宵闇の如き色をたたえたまま不気味に脈打つのだった。
―中編へ続く