―ガァォオオオオオオオオッ!!
青龍神社のお堂では今まさに新たなセルリアンが生まれていた。
人形に宿った“輝き”をまとめて生まれたセルリアンの外見はやたら大きなテディベアである。大きな頭部に短い手足はまさにヌイグルミのそれだ。
けれども、本来顔のある部分は大きな一つ目が占有しており可愛いという印象はない。
しかも、身の丈三メートルはあろうかという巨体だ。
まさかここまで強力なセルリアンが生まれるとは、セイリュウの予想を上回っていた。
「おおぅ!? さすがにおっきいだけあってパワーは凄いね!」
「でもスピードはそんなでもないから、あしらうのは問題なさそうだよ!」
クロスハートとクロスレインボーはそれぞれにぐるぐると巨大なテディベアセルリアンの周囲を走り回る。
まずは様子見。
クロスハートはイエイヌフォーム、クロスレインボーはキタキツネモードでそれぞれにセルリアンをあしらっていた。
二人の実力もまたセイリュウの予想を上回っていたようである。
「ねえねえ、クロスレインボー。あのセルリアンは何て呼んだらいいかなぁ?」
「とりあえず、呼びやすさ重視でクマリアンとかはどう?」
相談しつつ、振るわれる巨腕をかいくぐるクロスハートとクロスレインボー。
巨体であるだけにプレッシャーはあるが、動き自体は鈍重だ。
歴戦の戦士と言っていい二人は余裕のある動きで攻撃をかわしていく。関係ない話題で盛り上がりつつも決して油断しているわけではない。
「やっぱり、『石』は……」
「うん、あの首のとこにあるリボンの中心だね」
巨大なテディベアであるクマリアンであるが、首元にはリボンが結ばれている。
その結び目に『石』があった。
クロスハートとクロスレインボーは攻撃をかいくぐりながら、しっかりと観察もしていたのだ。
「とはいえ、直接狙うのはちょっと危なそうだね」
「だね。飛び上がった瞬間を狙われたら上手くかわせないかもしれないものね」
クロスハートの言葉にクロスレインボーも頷いてみせる。
クマリアンは鈍重だけれど、パワーは凄まじい。『石』を狙って飛び込んだところにカウンターを貰えば一撃で戦闘不能になるかもしれないのだ。
「「それなら!」」
二人は同じ結論に達したらしい。
巨腕をかいくぐり、一気にクマリアンに肉薄! 二人でその右足に同時に拳を叩き込んだ!
が……。
―ボフン
柔らかい布団でも叩いたような音とともに、二人の拳がクマリアンの足にめり込むもののすぐに弾き返される。
手応えのなさに攻撃失敗を悟った二人は同時に散開。大きくクマリアンから距離をとる。
「うーん……。打撃はあんまり効いてないように見えるね」
クロスハートが唸る。本来なら足を攻撃してバランスを崩したところで『石』を狙うつもりだった。
けれども相手はヌイグルミだけあって打撃攻撃にはかなり耐性があるらしい。
さて、どうするかと考え込んでいるところに……。
―ガァオオオオオオオッ!
咆哮をあげたクマリアンが突っ込んでくる。
ズシンズシン、と走り込んで来て、大きくジャンプ!
フライングボディプレスを仕掛けて来た。
けれど、そんなものに潰される二人ではない。
すぐにその場を飛び退ってそれぞれに回避する。
結果、クマリアンはお堂の柱に突っ込んで行ってしまう。
このままでは建物に被害が出る。
クロスハートとクロスレインボーは「あ」と思うがもう遅い。クマリアンがお堂の柱へ激突した……
「壁よ!」
かと思ったが、セイリュウの声が響いた。
と、同時に投げ放ったお札が柱とクマリアンの間に割って入り水壁を生じさせる。
水壁がクマリアンを受け止めて、お堂への被害は免れた。
「どうですか! これがセーちゃんの防御技『
それに得意満面になったのはドール=ドールだった。
「「「か、かっこいい……!」」」
クロスハートとクロスレインボーとイエイヌがやたらキラキラした目でセイリュウを見るが、彼女はそんな視線を受けて顔を赤くしていた。
「ふっふっふ。セーちゃんの技は防御だけじゃないんですよ。必殺技の『
そんなセイリュウの様子に気づかず、ドール=ドールはなおも得意気に語る。
セイリュウは悶絶していた。
「あ、あれ? どうしたんですか? そうか! いつもの戦闘服じゃないから調子が出ないんですね! あの眼帯がないと右目に封印された邪龍の力が暴走しちゃいますもんね!」
カラカルとラモリさんは何が起こっているのか何となく察した。察してしまった。
「ドール=ドール。わかったから止めてあげて」
「おう。そっとしておいてヤレ」
二人が察した通り、若き日のセイリュウはそれはそれはノリノリでドール=ドールと一緒に技名や設定を考えたものだ。
ただ、母親となった今ではなんというか……黒歴史である。
ちなみに、今でこそドール=ドールは普段セイリュウの事をセイリュウ様と呼んでいるが、昔はセーちゃんと呼んでいた。今でもたまに昔のように呼んでしまう。
ドール=ドールがセーちゃん呼びになるとき、大体こうして悪気なくセイリュウの黒歴史を掘り起こしてしまう為、セイリュウは母親と神主の威厳を保つのに結構苦労しているのである。
そうしているうちにクマリアンは水壁から抜け出す。
セイリュウは黒歴史によるセルフダメージ……、いや、
こんな調子では援護は期待できない。早く決着をつけないと建物に被害が出てしまう。
意外なピンチであった。
の の の の の の の の の の の の の の
「なんだか天気がよくありませんね。傘を持って来るべきだったでしょうか」
「マセルカは濡れたって平気だよ」
セルシコウとマセルカの二人は色鳥駅へ向かって歩いていた。向かう駅の方には黒い雲がかかりはじめていた。
昼間の今は結構な人通りもある。
近くのオフォス街で働く人達や色鳥駅を利用する人達だろう。
色鳥駅は結構大きな駅だ。
駅舎に商業ビルが併設されて、そこを利用する人だってかなりの数だ。
「なんだか凄いところですね」
「ねえねえ! ここで『グルメキャッスル』をやるの!? すごくない!?」
その商業ビルのテナントがサオリの紹介してくれた物件だ。
少しばかり気後れするセルシコウを置いてマセルカはエントランスをくぐって商業ビルの中にずんずん入って行く。
「セルシコウ! 早くぅー! 置いて行っちゃうよー!」
言いつつマセルカは商店街から借りてるスマートフォンを弄る。
そこにユキヒョウから『グルメキャッスル』出店予定地を送ってもらっていた。
これでどこに向かえばいいのかバッチリである。
「マセルカはそういうのの操作覚えるの早いですね。私はようやく配達のやり方と電話の仕方を覚えたくらいですよ」
「そうだ。だったらさ、オオセルザンコウに電話してみたら?」
マセルカの提案に、なるほどとセルシコウは頷く。
すっかり携帯電話の事を失念してしまっていた。早速オオセルザンコウの連絡先を呼び出して電話してみる。
「うーん……出ませんね」
しばらくコールしても応答はなかった。
「案外、携帯電話をおうちに忘れてるとか?」
「ありえますね。オオセルザンコウは時々うっかりさんですから」
言って二人でクスクス笑う。
そうしているうちに出店予定のテナント前までやって来た。
扉は閉じたままだ。
「オオセルザンコウ……いないんですかね?」
しかし、耳を済ませば中から何か音がする。
耳のいいマセルカがよくよく聞いてみれば……。
「電話の音だ」
それにセルシコウは自身の携帯を見る。
まだコールしっぱなしだった。
という事はオオセルザンコウはやはり中にいるのだろう。
電話に出られない状況だろうか?
セルシコウが扉に手を掛けると……。
―カチャリ。
そこは開いていた。
誘われるようにテナント内へ入るマセルカとセルシコウ。
中は薄暗い。
「オオセルザンコウ? いるんですか?」
セルシコウが言うと、返事はあった。
「しまったのう。せっかくの橋頭保だというのに戸締りを忘れるとは。これはうっかりじゃ」
ただし、オオセルザンコウからではなく、セルゲンブから。
「セルゲンブ様……」
状況がよくわからずセルシコウは周囲を見渡した。
まだガランとして何もない店内にセルゲンブがいる。
彼女は四神の一人でセルシコウ達をこの世界へ送り込んだ張本人だ。
それがこんなところにいるなんて。
そしてもう二つ気が付いた事がある。
闇色の繭がセルゲンブの後ろにある事に。
そしてもう一つは、呼び出し音を鳴らす携帯電話がその側に転がっている事だ。
「オオセルザンコウ……?」
セルシコウがよくよく目を凝らせば、その繭の中にオオセルザンコウの姿が見えた。
状況を見れば、セルゲンブがオオセルザンコウを繭の中に閉じ込めているように思える。
「どういう……事ですか?」
戸惑うセルシコウはセルゲンブへ問いかける。
「オオセルザンコウにはな、この世界の“輝き”を全て喰らう為に『ヨルリアン』になってもらう」
ヨルリアンとは一体何だ。オオセルザンコウの様子を見るにただ事ではあるまい。
これをセルゲンブがやったというなら……。
セルシコウはキッとセルゲンブを睨みつけた。
セルゲンブはその視線を受けて、ふむ、と考える。少し説明をしてやるか、と。
「まず、『ヨルリアン』というのはな“夜”という概念そのものがセルリアン化したものじゃ」
確かに、セルリアンは何かを模倣したり憑りついたりする。
けれど、“夜”そのものがセルリアン化するなんてどれだけ大規模なセルリアンなんだ。
そしてどうしてオオセルザンコウがその『ヨルリアン』になるのか。
セルシコウは思考した末、答えに行き着いた。
「まさか……!? セルメダル!」
そう。
セルリアンフレンズはセルメダルを使う事でセルリアンの能力を使用できる。
だが、そんな強力なセルリアンのセルメダルを使ったならどうなるか。
オオセルザンコウの身はただでは済むまい。
いや、おそらく命すら危ういだろう。
「『ヨルリアン』が孵化すれば、この世界の“輝き”は全て喰らわれるだろう。それを保全する事でこの世界も永遠の輝きを得る事になる」
セルゲンブがやろうとしている事は分かった。
けれど、それはオオセルザンコウを犠牲にするという事だ。
「セルシコウ。マセルカ。お主達にもオオセルザンコウが『ヨルリアン』になるまでここを守って貰いたい」
セルゲンブは誘うように手を伸ばす。
「どうして……?オオセルザンコウはセルゲンブ様の眷属ではありませんか」
対するセルシコウはふるふると首を横に振った。
彼女にはわからなかった。オオセルザンコウはセルゲンブの眷属としていつも与えられた任務に忠実であった。
なのに、どうしてセルゲンブはそのオオセルザンコウを犠牲にしようというのか。
「そうさな。我もまた四神が一人。守護けものが一人。たとえセルリアンフレンズとなろうとも我が世界の守護者である事にかわりはないのじゃ」
「それがどうしてオオセルザンコウを捨て石にする事になるんです!?」
とうとうセルシコウは声を荒げてしまった。
ともかく、彼女にはオオセルザンコウを犠牲にする方法なんて認められない。
きっと、このまま話したところでセルゲンブは考えを改める気などないだろう。
だったら手段は一つ。
拳で語る他あるまい。
「アクセプター! セットメダル!」
セルシコウは叫び、己の『石』にセルメダルをセットしようとした。
しかし……。
「させぬよ」
セルゲンブがセルシコウとマセルカの方に手の平を向けていた。
たったそれだけだ。
なのに……。
「変身……できない!?」
セルシコウの『石』にセルメダルを投入する為のスリットは現れなかった。
「お主ら二人は我の眷属というわけではないから絶対服従ではない。しかしな。我の方がセルリアンとして上位個体にあたる。こうしてアクセプターを働かなくさせる事だって出来るし、その出力を最低に落とす事だって出来る」
どうやらセルゲンブには二人のアクセプターをある程度制御できる権限があるらしい。
もっとも、アクセプターの出力は元から最低に抑えられていたが。
いずれにせよ、変身も出来ないでは四神の一人セルゲンブと戦えるはずがない。
セルシコウが後ろを振り返れば、マセルカは真っ青な顔で戸惑っていた。
無理もない。
セルゲンブに刃向かおうなんてそう簡単に決められる話じゃない。
「マセルカ。あなたは逃げて下さい」
「セルシコウは……? どうするの?」
マセルカの疑問にセルシコウは逆にどうしたらいいのか教えて欲しいくらいだった。
けれどもオオセルザンコウを置いて逃げる気もないし、マセルカを追わせるつもりもなかった。
なんだ、だったら最初からやる事は決まっているじゃないか、とセルシコウの口には笑みが浮かんだ。
「当然、戦います」
変身できなかろうが、アクセプターの出力が最低で、この世界の一般人程度の身体能力しかなかろうがそんな事は関係ない。
戦わなくてはならないのだから戦うのみだ。
「誰か……誰か呼んでくるから!」
ここに至って何も出来る事がない事を悟ったマセルカは店外へと飛び出していった。
きっと誰かに助けを求めるつもりなのだろう。
まぁ、この状況をどうにかできる助けなんているのだろうか?セルシコウがそう疑問に思った時、何故かあの未熟なオオカミのフレンズが一番に思い出された。
何をバカな事を。彼女が万が一にも敵うような相手じゃない。きっと一撃だって入れる事はできないだろう。
セルシコウは自分の頭がおかしくでもなったか、とさらに笑いがこみ上げる。
「ふぅむ。さすがはセルシコウ。こんな状況で余裕を見せるか。お主と正面切って戦えばお主は我の防御を破り一撃くらいは入れられたかもしれぬのう」
その笑いを余裕ととったか、セルゲンブは油断なくセルシコウに対し身構える。
セルゲンブは防御を得意とするフレンズだ。
だが、セルシコウは防御を徹してダメージを与えられる技を持っている。
セルゲンブにとって相性が悪い。
「なんならアクセプターを使わせてくれたっていいんですが。きっと生涯忘れられない戦いにしてみせますよ」
「断る。我はお主程バトルジャンキーでもなければ貴様を甘く見てもおらん」
既に一触即発。
互いに構えをとる。
ジリジリと間合いを詰めていよいよ互いに射程圏内というところで……!
―ブワッ!
オオセルザンコウを包み込んでいた繭が周囲にその闇を広げた。
「おお……。孵化の第一段階か」
モクモクと繭から漏れ出てくる闇はまるで煙のように周囲を満たしていく。
それはどんどん外へも溢れていった。
店外を歩いていた人達もそれに気が付いたのかザワザワとした喧騒も広がっていく。
セルゲンブは相対するセルシコウの事すら忘れて、両手を大きく広げると感極まったように叫ぶ。
「さあ!いよいよ明けない“夜”の始まりだ!」
の の の の の の の の の の の の の の
「ねえ、クロスハート。何とかクマリアンの動きを止められないかな? そしたら私が『石』を砕くよ」
「動きを止めるっていうか、空中に浮かせる事なら多分できるよ」
クロスハートもクロスレインボーもそれぞれに決着の形を考えていたらしい。
そのイメージがお互いに重なり合う。
クロスレインボーはニヤリとして頷いた。
「空中に浮かせる、か。おあつらえ向きだよ」
「OK、じゃあそれでいこう!」
どうやら作戦は決まったらしい。二人は自信タップリといった表情だ。
即席コンビの動向をハラハラしながら見守るイエイヌも、これなら見守っていても大丈夫と判断した。それはカラカルも同じだったらしい。
イエイヌとカラカルに見守られたクロスハートとクロスレインボーはそれぞれにスケッチブックと栞を取り出す。
「チェンジ! クロスハート・アムールトラフォーム!」
「転身! カラカルモード!」
クロスハートは丈の短いスクールベストに白のブラウス、そして虎縞模様のミニスカートにニーソックスという格好に変化する。
ニーソックスを吊るガーターベルトが艶めかしい。
対するクロスレインボーは忍者装束が赤茶色へと変化。頭の横につけたお面もカラカルを象ったものへと変化している。
そして、クロスハートには虎縞の長い尻尾とオレンジがかった毛並みにピンと立った猫耳が、クロスレインボーの方は赤茶色の細長い尻尾と黒く長い耳がそれぞれに生えていた。
「じゃあ、いくよ!」
言って最初に駆け出したのはクロスハートだ。
水壁から出て来たクマリアンが気づいて巨腕を振るってくるが、床を蹴ってさらに加速!
巨腕をスライディングタックルで身を低くし、かわした。
クロスハートはそのまま滑るようにしてクマリアンの足に取り付くと……。
「ぐるぁああああああああああああっ!」
咆哮と共に力任せに振り回した。
アムールトラフォームはパワー特化だ。こうした力技だってお手の物である。
猫科の鋭い爪をしっかりとクマリアンの足に食い込ませ、ぐるんぐるん、と振り回してから……。
「いっくよぉおおお!」
空中に投げ上げた!
空中ならば動きは制限される。それはクマリアンだって同様だ。
こうなれば、格好の標的である。
「狙いドンピシャ……! やるじゃない、クロスハート……!」
それはクロスレインボーの狙い通りだった。
グッと一度身を縮めた後、全身のバネを利用して大きくジャンプ!
カラカルという動物は三メートルくらいの高さを飛行する鳥すら捕獲する事が出来るという。
クロスレインボーのカラカルモードもまた、対空攻撃を最も得意としていた。
「必殺! 百舌鳥落としぃいいい!」
空中で無防備となったクマリアンの首元にクロスレインボーの爪が閃く。
―パッカァアアアン!
狙い過たず『石』は綺麗に両断された。空中でキラキラと輝くサンドスターへ還るクマリアン。
シュタ、っとクロスレインボーは綺麗な着地を決めた。
「やったね、クロスレインボー」
「うん、そっちもナイスアシストだったよ、クロスハート」
言って二人ともパチンとハイタッチ。この即席コンビも中々のものだった。
セルリアンの脅威は去ったわけだし、二人とも変身を解除して元のともえと菜々に戻る。
「いやー、それにしてやるねえ。コッチの世界にいるヒトのフレンズも大したモンだよ。うん」
菜々は一人、うんうん頷いていた。
「へ?」
だが、ともえは何か聞き捨てならない言葉が聞こえたような気がして素っ頓狂な声を出してしまう。
「え?」
その反応が意外だったのか菜々まで意外そうな声を出していた。
ともえが気になったのは……。
「ねえ、菜々ちゃん……。ヒトのフレンズ……って……?」
フレンズは動物や動物由来の何かにサンドスターが反応して生まれる。
この世界では親のフレンズから同種のフレンズが生まれる事が一般的ではあるが、動物がフレンズとなる事は知られている。
様々な動物のフレンズや場合によってはセイリュウやオイナリ校長のように空想上の生き物のフレンズまでもが存在するが例外がいる。
それはヒトである。
ヒトのフレンズは存在しない。
今までに、ヒトがフレンズ化した事例などないはずだ。
「へ? いやだって、ともえちゃん変身出来るじゃない? だったらヒトのフレンズなんじゃないの?」
菜々は不思議そうにしていた。
彼女にとって、ヒトのフレンズとは変身出来る者の事を指すらしい。
「フレンズの力を借りて変身する。それってヒトのフレンズの技、だよね?」
そしてなおも逆に訊ねてくる。
訊きたいのはともえの方だった。
「(ヒトのフレンズ? ちょっと待って。アタシはお父さんとお母さんから生まれた萌絵お姉ちゃんの双子の妹で……でも……)」
胸中で混乱するともえは一つの事実に直面していた。
なんで自分は変身なんて出来たのか。
初めて変身した時は一人戦うイエイヌを助けたい一心だった。その後は何でか分からないけれど変身出来るんだ、という確信があった。
それは飛ぶ事を覚えた鳥が当たり前のように空を飛ぶように。イルカが水中を自在に泳ぐように当たり前の事だった。
「(そうだよ……。アタシがフレンズちゃん達の力を借りて変身出来るのって……ヒトのフレンズだから当たり前だって事……なの?)」
菜々の口ぶりではヒトのフレンズがフレンズの力を借りて変身するというのはそういう事らしい。
だったら……。
「ね、ねえ。も、もしかして……ともえって自分がヒトのフレンズだって知らなかったんじゃ……」
いつの間にか側に来ていたカラカルが言う。ここに至って菜々はようやく自分の失言に気が付いた。
だがともえはそれどころじゃない。イエイヌも萌絵もラモリさんも心配そうにともえの顔を覗き込んでいた。
「あー、あはは……そ、そっかぁー。アタシってヒトのフレンズだから変身出来てたんだぁー……あはは……」
そう言って笑うともえであったが、そんな笑い方をするのを萌絵は初めて見た。
ヒトのフレンズというのがどうやって生まれるのか。
それは全く分からない。だが、ヒトとは違う生まれ方をするんじゃないかと思えた。
だとしたら……。
「だとしたら……アタシって……」
ともえが言い終わる前にお堂の扉がバンと大きな音を立てて開いた。
それで一旦思考が中断される。
驚きはしたものの、ともえはどこか安心していた。
その先を考えるのが怖かったからだ。
「お母様! 大変です!」
扉を開けたのはアオイだった。コイちゃんもシロもホワイトタイガーも一緒だった。
「一体どうしたのです。ここに入ってはいけないと言っておいたはずですよ」
セイリュウはまだアオイ達にはセルリアンの事を話しているわけではなかった。
だから、今日はこの人形達を安置したお堂に近づいてはいけないと固く言いつけたはずである。
アオイは言いつけを破るような子ではない。という事はそれだけの緊急事態という事だろう。
「あっち! あっちの空を見るのだ!」
シロが入り口でわぁわぁ騒いでいる。一体何事だろうと全員でお堂の外に出てシロが指さす方を見てみた。
そして言葉を失った。
それは異様な光景だった。
シロが指さす空の方だけが夜になっていた。
分厚い雲がかかって暗くなっただとか、皆既日食で一時的に暗くなっただとかそういう事ではない。
文字通り、そちらだけがまるで水の中に墨汁をたらしたかのように夜が広がっているのだ。
しかも、それはどんどん広がっているように見える。
その時、ともえと萌絵とイエイヌが持つ携帯電話が震えてアラートを報せて来た。
それはともえ達の父であるドクター遠坂が開発したU-Mya-Systemからだった。
「物凄いセルリウム反応が検知されていル……。間違いなくセルリアンの仕業だナ……」
画面を確認するまでもなく、ラモリさんが教えてくれた。
この空を覆い始めた夜の闇はセルリアンの仕業らしい。
だとしたら……。
「行かなきゃ……」
ともえはフラフラと前に出た。
「行かなきゃ……。でも……でも……」
行ってどうするんだっけ?
その疑問にともえは足を止めてしまった。
そうだ。
クロスハートに変身して街の皆を守らないと。
ともえは止まってしまった足を再び動かそうと懸命に考えを巡らせた。
けれど……。
ともえは皆の方を振り返ると心底困ってポツリと漏らした。
「どうやって変身するんだっけ?」
と。
その疑問には誰も答えられなかった。もうともえが変身するのは当たり前だと思っていたからだ。
心配そうにしていた萌絵とイエイヌと目が合う。
大好きな二人の視線が今は痛かった。何でか分からないけれど見て欲しくなかった。
「ごめん」
そしてともえは確信した。
いま、変身する事は出来ない、と。いつも心の中にあった何か大切なものが急になくなったような妙な喪失感だけがあった。
初めて変身した後、何故か同じ事が出来ると思ったあの気持ちがぽっかりとなくなっているのだ。
ともえは萌絵とイエイヌの視線から逃げるように走った。
どこに行けばいいのかなんて分からない。
けれど、ここでなければどこでもいい。
あまりの出来事に誰も反応が出来なかった。
その間にともえはアッと言う間にどこかへ消えてしまう。
遠くの空では夜の闇がどんどんと広がり始めていた。
けものフレンズRクロスハート第23話『守護けもの』(後編)
―おしまい―
【次回予告】
次回、けものフレンズRクロスハート第24話『クロスハートがいない夜』